「────ゴーア……!」
前に突き出した掌の前に、こぶし大ほどの火の玉が現れ、数秒の後に揺らめいて消えた。
さらに数秒の沈黙があり、口を開くのは藤丸。
「……焚き火の火種くらいにはなるかな?」
「あ、えっとそれ以外にも、ほら、寒くてちょっと火に当たりたい時とか……」
「エミリアたん、それフォローになってないよ」
「え!?」
微苦笑して、魔法のしょぼさを改めて理解する。使う前からそう言われてはいたが、実際に使ってみるのとみないのとでは感覚が段違いだ。
「でも、暴発して動けなくなる、みたいなことにならなくて良かったんじゃね? 初めての時、俺の場合はそうなったからな」
「うん……スバルは、ゲートが使い込まれてなかったから。でも、不思議なの。フジマルもゲートを一度も使ったことないみたいだったのに……体にマナを通すのには慣れてるみたいで」
「それは……」
藤丸は自分の手の甲、令呪を見る。一画を使用済みで、残り二画の令呪。魔法を使う感覚は、令呪を使う感覚、あるいは礼装を起動させる時の感覚に似ていた。
おそらく、その感覚を身をもって知っているかどうか、というのが関係してくるのだろう。
「他の属性魔法も使ってみたいところだけど……」
あまり時間を無駄に浪費する訳にも行くまい。たとえ六属性全てを藤丸が使えたところで、大して状況が好転する訳でもない。
「まだ、水晶はあるんだよね?」
『そうだね。特異点上にいくつか点在しているようだ。一番近くの水晶まで案内するよ』
*
「──エル・ミーニャ!」
破滅を埋め込んだマナの矢、破壊の杭がスケルトンを葬っていく。魔力を惜しまず使っているようで、スバルは不安に思ってベアトリスに声をかける。
「魔力、大丈夫なのか?」
「平気なのよ。禁書庫時代とは言わないまでも、普段より遥かに魔力が有り余っているかしら。どうしてなのかは分からんのよ」
「……そうなのか」
水晶を破壊すると、それは光の粒子となって収束する。その際に水晶の魔力を吸収している、ということか。
「それにしても、バケモンみたいな奴らばかりかしら。本当にニンゲンなのか疑うのよ」
ベアトリスが、周囲で戦うサーヴァント達を見回して、そう言う。
「いや、人間ではないぞ。元人間ではあるけど」
「どういうことなのよ?」
「えっと……精霊と似たようなもん、と言ってもちょっと違うんだけど……」
サーヴァントについて、手短に要点だけ話す。つもりではあったが、何しろ話者がスバルなので無駄に長くなってしまうのはご愛嬌。
「……つい最近、似たようなのと会ったかしら」
「やっぱそこ気になるよな」
レイド・アストレア。あの監視塔での奴の在り方は、サーヴァントに近しい。ただ、アレは本来なら感情を持たない人形として使われるようだった。レイドの規格外さ故に、そのルールは破られてしまったが。要は、元々の用途は全く別だ、ということ。
「そこのルール破りしてくるレイドマジやべぇな。あいつに弱点とかあるのか? 過去見たところで何も変わらなくねえ?」
シャウラの言によれば、『弱点とかあるならあーしが突いてるッス!』だそう。同時代の人間までもがそう言うのであれば、やはり無駄なのでは。
「っと、やる前から諦めるとか俺らしくねえ」
──らしかった時期もあるにはあった。
──だが、その時期は既に通り過ぎた。
頬を叩く。そもそも、今は別の問題が目の前にあるのだ。そんなことに気を取られている場合ではない。
そうこう言っているうちに、スケルトンは掃討されていた。
『そろそろ着くね。みんな、気を引き締めてくれ』
ドクターの言葉の通り、すぐにそれは見えてきた。ガーフィールが囚われていたものと同じ、青い水晶。
スバルは驚きを隠せなかった。
「──レム?」
いいや、レムが囚われていること、それ自体はそこまで驚くようなことではない。
──着ているメイド服。
──手に握られた鎖鉄球。
その二つが、スバルに驚きを与えた。
「な、んで」
監視塔へと向かうに当たり、レムは旅装に着替えされられていた。それに、あの鎖鉄球を手に握れるような状態ではなかったはずだ。
なにせ、レムは──
「……ナツキさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。クソ、馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は。なんにしても、とりあえず助け出さなきゃならねえってのに」
レムを──青い水晶を睨みつける。必ず助け出す、という固い意思を込めて。もちろんそれは、水晶の中から、というだけの話ではない。
「ベア子。魔力、有り余ってるって言ってたな」
「そうなのよ。少しくらいなら、使ってもいいかしら」
スバルはベアトリスの手を、ベアトリスはスバルの手を。二人はそれぞれ互いの手を握る。離さないように、慈しむように、愛おしむように。
「アーチャー! こっからは俺も戦える! 積極的参加、とまで行くかはわからねえが、自分の身くらいは自分で守れる!」
スバルがエミヤに声を飛ばす。鵜呑みにできるような内容ではなかった。しかし、その顔が、その目が、その声が。『できる』と自信に満ちていた。それがあって、なおも突っぱねるような男ではない。
「……了解した。その言葉信じさせてもらうぞ、ナツキ・スバル! くれぐれも、失望させてくれるなよ!」
「おうよ! 行くぜ、ベア子!」
「言われるまでもないかしら!」
初めに水晶に傷を付けたのは、文字通りの一番槍──クー・フーリンの
「──エル・ミーニャ!」
破滅の込められたマナの結晶、杭であり矢でもあるそれが、全ての光線を正面から相殺したからだ。
「ミーニャ!」
それに続けて、スバルが叫ぶ。ベアトリスのそれよりは数の劣るそれを、水晶の根元に殺到させる。わざわざ根元に狙いを付けたのは、万が一にもレムを傷付けないようにするためだ。
「へぇえ! 嬢ちゃんに坊主、やるじゃねえか! こりゃ負けてらんねぇな……っと! そらァ!」
ケルトの朱槍使い、『剣』の固有結界使い、悪神の名を被った少年、災厄の席に立つ騎士を宿す少女、黄金の虎、幼女使いと大精霊、氷結の魔女、そして武闘派内政官。正直言って過剰戦力だ。
「いや僕は後ろで震えてるだけなんですがねぇ!? ……ドーナ!」
壁の裏に隠れ、さらに光線が迫る瞬間に地面を隆起させ、防ぎきる。これでも、生き汚さに関しては一流だ。伊達に死なないながらも実りのない商人生活を続けてきたわけではない。
「恨みますからね、ナツキさん……! というか、なんで僕まで護衛を外されてるんですかねぇ!?」
「何、君ならば自分の身くらいは守れるだろう、と思ったまでだ。現に、君は無事だ」
「よくこの惨状を見て無事って言えましたね!? 死んでないだけですが!?」
オットーの身を案じてやってきたエミヤだったが、会話の中でまだ余裕がありそうだと判断する。
「私は前線に戻る。身を守るだけならどうにかなるだろう」
「ああもう、わかったよ! 足を引っ張るような真似はしたくありませんからね! どうぞ行ってください!」
覚悟を踏み固め、絞り出すようにして声を荒げる。生き残るだけなら、オットーの独壇場だ。
*
「よし……!」
今回の青水晶は、ガーフィールの時とは違い、修復と同時に氷の魔法まで使ってきた。修復速度はガーフィールの時ほどではなく、氷の魔法もエミリアの時ほどではなかったため、対応は容易だった。
ほどなくして水晶は砕け散り、光の粒子となって青髪の少女へと収束する。
「──レム!」
ベアトリスの手を引いて、レムの下へと駆け寄る。なんでメイド服なのかとか、なんで鉄球を持ってるのかとか、そんなことは二の次。
とにかく、落ちる彼女を受け止めるために走る。
「──ぅ」
「レム!」
──だから、気付かなかった。
「……え?」
額に発現した角。狂気に染まった瞳。そして──空中の彼女から伸びる、スバルの顔面へと迫る鎖鉄球。
「魔獣、魔獣魔獣魔獣────魔女!」
「────ぉ」
その状況を、その事実を。呑み込めたものはほとんどいない。
スイカか、あるいはトマトか何かをぶちまけたような光景が目の前にあった。
さっきまで金髪の縦ロールを上機嫌に揺らしていたベアトリスも、絶句して体が震えている。
「──大将ッ!」
ガーフィールは思わず叫んだ。が、そんなものはもう遅い。
「スバル!」
銀鈴の声音が空気を凍てつかせる。その声も、どこか震えていて。
「どういうことだよ、これ……」
藤丸が怒りを孕んだ声でそう呟く。その怒りは何に向けられたものかと言えば、もちろん自分に対してだ。何が過剰戦力だ。戦闘が終わったばかりだと言うのに、なんでこんなにも気を抜いていたんだ。
──そして、空間が静止する。
カルデアの面々を除いた全てが時を止め、彼らだけが古い時間、古い世界に取り残される。
何が起こったのか、なんて言うまでもない。
ナツキ・スバルは──助けたはずの青髪の少女、レムに殺されたのだ。
さて、今度のセーブ地点はどこでしょうね?