Re:ゼロから始めるグランドオーダー   作:タイガ原

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第17話 「ひとりじゃなにもできないから」

「どう、して……こんな……」

 

 目の前には、空中で静止した青髪の少女。その手から真っ直ぐに伸びる鎖は、スバルの頭を潰した鉄球に繋がっている。

 

「う、ぷ」

 

 気分が悪い。前回スバルが『死んだ』時は、光線に胸を貫かれていた。どちらも同じ『死』でこそあれ、それが与える印象はまるで違う。

 

 胸からどくどくと血を流す彼を見た時、焦燥感を覚えた。どうにかしなくては、と思った。

 

 だが、今は違う。絶望と無力感だけが心の中を支配している。それに、自分本位な自分自身に腹が立ってくる。死に方が違うくらいで、なんでこんなにも揺れ動いているのか、と。どちらにせよ、スバルは死んだ。

 

 彼の苦しみなどお構い無しに、『胸を貫かれて死ぬ姿より、頭を潰されて死ぬ姿の方が見ててつらい』なんて思ってしまう自分が許せなかった。

 

「ハイハイ。ストップだぜ、マスター」

 

 後ろから、頭に軽い手刀を受ける。軽薄なその口調は、親しみやすいような、あるいは却って近寄り難いような印象。

 

「……アンリ」

 

「色々考え込んでたって仕方がないですよ。それより、次に同じ失敗をしないように、多少なり話し合っといた方がいいと思いますよ?」

 

「そう、だね」

 

 心の隅で蹲っていた戦意を鼓舞して激励して、叩き起す。力み過ぎていた拳から力を抜いて、確固たる思いと共に握り直す。

 

「どうしよう、エミヤ」

 

 困った時、真っ先に相談したくなるのは彼だった。自分よりよっぽど落ち着きがあると言うのもそうだが、サーヴァントの中ではマシュの次くらいによく顔を合わせる相手だから、だろうか。

 

 いや、もっと簡単だ。彼なら、藤丸が目を背けようとしている『現実』を、納得できる形で叩き付けてくれる。

 

「あの少女を水晶から出さない。それが最も簡単だと思うが、どうだろうか」

 

「うん。やっぱり、そうだよね」

 

 スバルにとって、あの少女……レムはとても大事な存在のようだった。だから、そんな結論を出してしまうのが申し訳なくもあったけど。助けないか死ぬか、という話だ。きっと、スバルも納得してくれるはず。

 

 アンリマユが青く発光する。その光がどんどん大きくなっていって、この空間全てを包み込み──

 

 そして、『戻る』。

 

 おそらく、前回『戻った』場所と同じ場所だろう。色々とリセットされてしまうのが残念ではあるが、スバルとちゃんと話して、特異点の謎に挑もう。

 

 *

 

 何が起きたか分からない。レムの水晶を破壊して、それで。

 

「うぶ、ぶ……」

 

 思い出して、理解する。夢と現の間をふらふらと行き来するような頭でも、それくらいはわかった。その途端、胃がひっくり返るような気持ち悪さを感じて嘔吐(えず)く。

 

 ──レムに、殺された。

 

 初めてではない。屋敷に来たばかりの頃、彼女に殺されたことはある。けれども、それが衝撃を和らげる緩衝材になるわけではない。

 

 それに、わからないことだらけだ。なぜレムが起きているのか。なぜレムはスバルを殺そうと──否、殺したのか。

 

 頭の中で思考が行ったり来たり、ぐるぐると堂々巡りして、どこにも辿り着かない。一人でいくら考えてもわからなくて。握っていた小さな手に、さらに力を込めてしまう。

 

「スバル、痛いかしら。どうしたのよ」

 

 近くから声が聞こえた。幼い声。何度聞いても飽きのこない、それどころかむしろ魅力が深まっていくような声。だけど、それを気にしている余裕はなくて。

 

「気持ち、悪──」

 

「──スバルッ!」

 

 遠くから声が聞こえた。男の声。この短期間で友人と呼べるまでに言葉を交わした間柄、藤丸立香の声だ。

 

 もやもやと渦巻く思考を振り払おうと、声がした方向に顔を向ける。それと同時に、疑問にも思う。

 

 どうして藤丸は、あんなにも焦った声で、焦った顔で──

 

 

 

 

 

「魔獣、魔獣魔獣魔獣────魔女!」

 

 

 

 

 

「────ぇ?」

 

 横っ面に酷い衝撃のようなものを受けたような感覚があって、そこでスバルの意識は途絶えた。

 

 *

 

 スバルとアンリマユの『同調』によって、カルデアの一行もスバルが『戻った』地点まで『戻る』。

 

「スバ──」

 

 ル、と続けようとして、気付く。

 

 ──遠い。

 

 この声では届かない位置に、彼はいる。そして、もっと致命的なことに気付いてしまった。

 

「────っ!」

 

 スバルが、()()()()()()()()()()()()()。その時点で、『戻った』場所が、先程とは違う地点であると理解出来た。だが、それで終わりではない。

 

 ──エミヤとの会話が、無駄になった。

 

 スバルはベアトリスと手を繋いでいて、この場にはガーフィールがいて、オットーがいて、エミリアがいて。

 

 そして、スバルの頭上には、鎖鉄球を握ったレムがいた。

 

「──スバルッ!」

 

 肺から空気を絞り出して、全力で、届くように叫んだ。その声にスバルが反応して、こちらを向く。

 

 だけど、どうにもならない。

 

「魔獣、魔獣魔獣魔獣────魔女!」

 

「────ぇ?」

 

 最期の瞬間、スバルのその顔を藤丸は見てしまった。縋るようにしてこちらを見て、何も気付かないまま、その表情を顔に貼り付けたまま──ひしゃげていく顔を。

 

 次の瞬間、スバルの頭部は弾け、血霧と化す。

 

「なんで。なんで、なんでだ。なんでだよ」

 

 スバルの最期、その瞬間の顔が心にこびりついて剥がれない。人というものが死体になるまでの、その一瞬の過程が胸中で何度も壊れたレコードのように繰り返される。

 

「おぇ、ぶ、ごぉえ……っ」

 

 吐き気がおさまらない。目の奥が熱を持って、顔中の穴という穴から液体を垂れ流しているのがわかる。

 

 スバルの肉体には、この時点で既に失われた機能だ。なにせ、顔そのものがない。藤丸は、それで苦しんでいる自分が、なんて贅沢なのだと叱りつけたくなる。

 

 その思考が既におかしいのだと、わかってはいる。わかってはいるけれど、無力感ゆえに自罰的になってしまう。

 

 どうしたらいい。どうしたらいい。どうしたらいい。どうしたらいいんだ。

 

 そんな状態の藤丸をよそに、世界は静止する。

 

「かふっ、けほっ」

 

 特異点から熱が失われる。それに伴って、藤丸の思考からも少しばかり熱が抜ける。

 

 ほんの少しだけ冷静になって、考える。あの状況を、脳内で整理する。

 

 スバルの最も近くにいるのが、手を繋いでいるベアトリス。次に、鎖鉄球の持ち主であるレム。そこから少し離れて、自分──藤丸立香。他のみんなは、さらに遠い。

 

 何故そんなに遠くにいるのかと言えば、その理由は『気遣い』以外のなんでもない。異世界組はともかく、こちらのサーヴァント達も、スバルが持つレムへの思いの強さはわかっていた。だから、二人にしてやろうとした。スバルが手を引いたベアトリスは別として。

 

 何故藤丸がその中で一番近くにいたのか。ただ単に身体能力的に、離れるのが一番遅かっただけ、とも言える。だが、本質はそうじゃない。

 

 藤丸が、最も野次馬根性が強かった。二人にしてやればいいのに、どうしても見ていたかった。特にこれと言った理由がある訳でもないのに。

 

 だから、だから藤丸は彼らから最も近い場所にいた。

 

 だから、だから藤丸がどうにかしなくてはならない。

 

 だから、だから藤丸は思考の渦に沈んだ。彼らを自分がどうにか助けるために。青い光が静止した世界に満ちるその瞬間まで。

 

 ──マシュやサーヴァント達に声を掛けられたのにも気付かずに。

 

 また、『戻る』。

 

 *

 

 思考は冷静。視界は明瞭、集中は適度。戻ってきたその瞬間にそれを見据える。指先を標的に向け、狙いは正確に、青髪の少女を撃ち抜く。

 

 ここぞという時、藤丸の判断は早い。

 

礼装起動(プラグ・セット)──ガンド!」

 

 紡がれる言葉(ワード)はカルデア戦闘服を励起させる呪文(キー)だ。魔力が迸る感覚があって、それが指先から放出される。

 

「魔獣、魔獣魔獣魔じゅ──うッ!?」

 

「やった! 止めたぞ!」

 

 ガンドは確かに青髪の少女に命中し、その動きを止める。ああ、確かに。確かに──()()()()()()()()()、止めた。

 

「────ぉ」

 

 だが、それだけ。ほんの刹那の差だった。ガンドが命中する前に、既に鉄球は投擲されていた。

 

 藤丸の狙いは正確だった。『戻って』から撃つまでの時間は最速だった。それを喝采するが如く、鉄球は唸りを上げて血の華を咲かせた。

 

 間違っていたのは、根本。藤丸が、たった一人でどうにかしようと言う傲慢な考えそのものが、間違いだった。

 

 藤丸は、誰かの力を借りるべきだった。あるいは、誰かの言葉に耳を傾けるべきだった。

 

「ごめん、スバル……俺の判断が、間違ってたせいで、無駄に……」

 

 スバルは応えない。情報を映像として取り込む眼球も、音として取り込む耳も、そもそも情報を受け取る脳も、既にない。さらに言えば、スバルの死によって、世界は静止している。だから、これは当然だ。

 

「ごめん、みんな。自分ひとりでどうにかしようとしてた」

 

 マシュがいて、サーヴァント達がいて、今回はスバルやガーフィール、オットー、エミリア、ベアトリスもいる。

 

 最初から、わかっていたはずなのだ。

 

 藤丸は、ひとりで全てをどうにかできるような人間じゃない。誰かを頼って、頼って頼って、藤丸に任されるのは、ここぞと言う時の判断だけなのだと。

 

 *

 

 また、『戻って』くる。

 

 今度は間違えない。藤丸はやっぱり、どこまで行っても誰かの力を借りるしかない。

 

 だから──、

 

「──ベアトリス! 防げ!!」

 

 だから、自分よりスバルの近くにいる彼女に呼びかけるのが、最も正しい選択肢だった。

 

「──! ミーニャ!」

 

「魔獣、魔獣魔獣魔獣────魔女!」

 

 叫びと共に投擲される鉄球。それに対抗するは、結晶化したマナの塊、破壊の杭。

 しかし、正面からぶつかり合えばそのまま突破される可能性もある。故に、ベアトリスは少しだけ狙いをずらし、鉄球の側面に『ミーニャ』をぶち当てる。

 結果、鉄球の軌道は逸れ、地面を削った。

 

「ムラク!」

 

 ベアトリスはそう唱えると、呆けているスバルをしっかと掴み、重力を無視しているのかと思わせるような跳躍で距離をとった。

 

「たす、かったぜ。ベア子、藤丸……」

 

「フジマルが声を掛けなかったら危ないところだったかしら。それに免じて、命令したことには目をつぶってやるのよ」

 

 ベアトリスの言う通り、藤丸が声を掛けていなかった場合は死んでいた。つまり、あの局面は藤丸の選択に委ねられていたということだろう。

 

 無事に、いや、無事ではなかったのだが、突破できてよかった。

 

「それで、スバル。……どういうこと?」

 

「『鬼化』が極まって暴走してる。角に衝撃を与えれば、正気に戻るはずだ」

 

「……っ! じゃあ、助けて良いんだね!?」

 

 一時は、彼女を見捨てるという考えもあった。『戻った』タイミングもあってその選択肢は消えたが、それでも。助けたいと、そう思うスバルを裏切るのはつらかったから。

 

「当たり前だ! じゃあ、頼むぜ藤丸!」

 

「うん! じゃあ、頼んだよ、皆!」

 

 スバルに預けられた信頼を、そのままサーヴァントのみんなに、藤丸の信頼もプラスして預ける。

 

 自分ひとりじゃなにもできない、そんな彼らは目を合わせて、不敵に笑った。




リゼロ1章の「──パック! 防げ!!」のオマージュ。これがやりたかった。
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