狂気に染まった虚ろな瞳から、凍てつくような視線が刺さる。身が竦んで震えるのを、奥歯を噛んで誤魔化す。
「……来るぞ!」
青髪の少女が魔力を励起させ、何かを仕掛けてくる様子を見せた。巨大な氷の塊が空中に浮かび、先端をこちらに向ける。
「アル・ヒューマ!」
氷塊が飛来する。それをマシュが盾で受け止め、後退しつつもその勢いを殺す。そうするのがわかっていたので、クー・フーリンとエミヤは前進、攻撃の発生源へ走る。
二人に一歩遅れて、エミリアとガーフィールが続く。その二人の後ろを走るのが、氷を防ぎきったマシュ。藤丸は、さらにその後ろからマシュを追う。
「────ッ!」
本能で危険を感じ取ったのか、青髪の少女が飛び退く。だが、サーヴァント達がその距離を詰めるのに、そう時間はかからない。
そう思った瞬間──
この地点はさっきまで青髪の少女が立っていた場所。もっと言えば、水晶があった場所だ。
その場所が、どうして裂けたのかは分からない。地割れのようにも見えるが、その先は地面の中ではなく未知の空間だ。特異点という不安定な世界が、さらに不安定になった皺寄せ。それが、空間の断裂という形で現れた。
『……いじょ……い、藤ま…………が、できな……』
「ドクター!?」
ノイズ混じり、と言うよりはノイズにドクターの声が混ざっていると言った方が正しいような、ほとんど聞き取れない通信が耳に届く。
その時にはもう、足場を失って落ちていた。エミヤが、クー・フーリンが、マシュが、ガーフィールが、エミリアが、藤丸が。全員が全員、その裂け目に巻き込まれて落ちていく。
「──スバル!」
何も出来ずに落ちていくよりは、と声を上げた。その声は二重に重なっていて、藤丸のものと、もうひとつはエミリアのものだ。が、それでどうなる。そもそも距離は遠く、助けは期待できない。
しかも、何故スバルの名を呼んでしまったんだ。あの中では、一番頼りにならない。いや、頼りにしてはいけない。
きっと彼は、これまでにも数々の修羅場をくぐって来たのだろうが、それは彼の持つ、死んだら時間が巻き戻るという特殊能力あってこそだ。
それ以外は、本当に普通の人間。藤丸と大して変わらない。違いがあるとすれば、それはスバルの方が前で戦っているということくらいだ。
本当は戦えるような人間じゃないはずなのに、戦っている。藤丸には、きっとできない。サーヴァントに魔力を提供するために、できる限り近付いてはいる。でも、敵と直接殴り合う、なんてことはできない。
だから、尊敬できる。でも、だからこそ、無理はさせたくない。じゃあ、どうして名前を呼んでしまったのか。
咄嗟に何かしようとして、出来ることが声を上げるくらいしかなくて。なんとなく、その名前を呼んでしまった。
「──ごめん、頑張って!」
「──こっちのことは気にしないで!」
藤丸の謝罪と激励に、エミリアの信頼が重なる。どちらも、自分を助けて欲しいなんて微塵も考えていない。そこにあるのは、残される者への想いのみ。
それを最後に、藤丸の意識は空間の狭間に吸い込まれていった。
*
前に飛び込んだ全員が狭間に落ちていくのを、何も出来ないまま見届ける。
「藤丸の奴に、エミリアたんまで……自分がどうなるかもわかんねえのに、こっちの心配かよ」
「ナツキさんだって、同じ状況なら同じことするでしょう。似たもの同士ですよ」
鋭い指摘だ。それを受けて、スバルはほんの少し自省する。それが後に活かされるというわけでもないが。
「随分余裕だな、オットー。もしかして、エミリア陣営筆頭武闘派内政官殿にはこの状況を打開する策でもあんのか?」
「わざわざ長ったらしい二つ名で呼んでくれてる所悪いですが、そんなもんないですよ。そういうナツキさんも余裕そうですけど?」
「特に策がある訳じゃねえよ。けど、こっちにはオットーもいるし、ベア子も好調だ。割と何とかなるんじゃねえかと思ってる」
前に暴走したレムを止めた時は、ラムとスバルの二人だった。その上ラムは動けない状況だったので、実質スバル一人だったと言える。
ただし、ラムだからレムの気を引けたと言うのと、あの時はウルガルムの群れがいた。その違いが、今の状況に良く転ぶか、悪く転ぶか。
「ただやっぱ正面からの戦いってなると、非戦闘員だけだと……うぉわ!?」
暴力の嵐が横を通り過ぎて、地面が抉られる。何とか避けられたが、そうでなければ体が豆腐のように粉々にされていたのは言うまでもない。
だが、スバルは足を一歩も動かしていない。彼を破壊の射線上から退かしたのは、小さな一つの黒い影だった。
「おいおい、自分の命を無駄にしなさんな? 無防備が過ぎますよ、ホント」
「アヴェンジャーか……悪いな、助かった」
抱えられながら、横目で破壊の跡を視界に入れる。鎖に繋がれた鉄球は、引っ張り上げられて持ち主の元へと戻って行く。
スバルは地に下ろされて、まず初めに戦力を確認。内政官のオットー、精霊騎士のスバルとその精霊ベアトリス、最弱英霊のアンリマユ。
「よし、じゃあ俺が臭いでレムの気を引く。オットーは足音飛ばすやつで気を引いて、アヴェンジャーは……」
「オレ? オレは、速さだけならちょっとしたもんですよ?」
「そうか。だったら、その速さを活かしてちょこまかして、レムの気を引いて……って、気を引いてばっかりだコレ!?」
自分の立てた戦略がボロボロで自分にツッコミを入れる。気を引くだけでこちらから何も出来なかったら何も意味が無い。
「や、悪くない案だと思いますよ? あんな状態なら、一点集中させたりしちゃ逆効果だ。注意の先を散らして、隙がありゃ叩けばいいんじゃねーの?」
「そう……か? じゃあ、それで行こう。オットーとベア子もいいか?」
「めちゃくちゃ危険ですけどね……まあ、いいんじゃないですか?」
「ベティーも、文句はないのよ。スバルは安心して任せるかしら」
二人が肯定する。それを合図として、スバルは意を決して息を吸い込む。
「とりあえず、全員耳を塞げ! 俺は、『死に戻り』して──」
──心臓が大きく跳ねる。
耳元で囁く声が聞こえるような気がして、悪寒が全身を走る。思わず叫び出したくなる感覚だが、スバルはそれを発散させる手段を持たない。影の手が脈打つ心臓を愛撫する。次の瞬間には、影の手は強く握り締められていた。
「ぐ、お……戻って、来た……っ!」
苦痛に表情を歪め、それでも前を向く。
レムの表情が明らかに強ばったのがわかる。魔女の残り香、その発生源であるスバルを睨みつけている。
「──魔女ッ!」
地面が破裂し、砂埃が上がる。それがレムの踏み込みだと気付くのに数瞬かかる。
「ヒヒッ」
最も早く反応したのはアンリマユ。正面からでは勝ち目はないと判断し、飛来する鉄球を繋ぐ鎖を奇形の短剣で絡めとる。
鎖のちょうど中間を点として、鎖の主導権を奪い取る。伸びた鎖のこちら側を百八十度ぶん回して、勢いそのままレムの元へと突撃させる──!
鎖の軌跡が半月を描き、着弾と同時に爆音が響く。砂塵が舞い、様子は伺い知れないが手痛い一撃になったはずだ。
「しかし無事だろうな? 助けるのが基本方針だから、大怪我とかされたら困るんだが……」
砂埃が晴れ、相手の姿が鮮明になっていくと共に、鎖がじゃらりと音を立てる。
「チ、そう上手くは行かねえか」
鉄球はレムの掌にきっちりと収まっている。ダメージを与えた様子は微塵もない。自分の武器で傷付く程
「うお、っと!?」
逆に鎖を絡めとった事が仇になる。アンリマユごと鎖が振り上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。
「がァッ、クソ! 召喚されたてのオレだったら死んでるぞ……!」
体中の激痛を無視して、軽口を叩く。だが、本当に聖杯転臨までしていない素の防御力では、間違いなく死んでいたと思える。
「魔女……魔女……ッ!」
「オレには目もくれねえか。アイツに首ったけってワケだ」
そちらへ目線をやると、既にそこにはいない。単に逃げたとは思えないので、何か策があるはずだ。
「ヒューマ」
「うげぇ!?」
油断を見せたところに、氷弾が飛んできて頭に激突する。強い衝撃が頭を揺らし、意識が遠くなるのがわかる。
「少しだが、時間は稼いでやった。あとは上手くやれよ──ナツキ・スバル」
更新しました、1時です。(猫先生リスペクト)
今日はリゼロ更新されませんでしたね。代わりにAbemaTVでメモスノ見てました。しばらく無料で見れるので、また見たい!って人やまだ見てない! って人は見よう。本編に疲れた人向けの、誰も死なないワイワイ話。もちろんスバルも死なないぞ!
リゼロ好きに見てもらうためには、この時間に更新するのがベストなのでは?
明日(10/26)もこの時間に更新するので、楽しみにしててね?