Re:ゼロから始めるグランドオーダー   作:タイガ原

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第20話 「三つの壁」

 息を切らし、肺が焼け付く苦痛を誤魔化す為に頬の内側を強く噛み締める。太腿と脹脛の筋肉が悲鳴を上げている。

 

「それで、今は必死こいて逃げてるだけなんですが、結局どうするつもりなんですかねぇ!?」

 

「建物とか壁とか、とにかく遮蔽物の多い場所まで誘い込む! この辺じゃ勝ち目がねえ!」

 

「とは言っても、このままじゃすぐに追いつかれるかしら!」

 

 スバルたちの走る速さと、あちらの走る速さは兎と亀ほどの違いがある。もたついていたら、今この瞬間にも追いつかれてしまう。

 

「そうだな、オットーはしっかり掴まってろ。頼んだぜ、ベア子!」

 

「わかったかしら。ムラク、なのよ!」

 

 対象にかかる重力の影響に干渉する魔法──要するに、軽くする魔法だ。脚に力を込め、膝を軽く曲げて地面を蹴る。その勢いのまますっ飛んでいき、その速さは先程までとは比べ物にならない。

 

 何やらオットーが騒いでいるが、そちらに気を回す余裕はない。あまりに大きい一歩を幾度も重ね、距離を確実に稼いでいく。これだけ離れていれば、すぐに追いつかれはしないだろう。

 

「ナツキさん、あ、あれ!」

 

「アレじゃわかんねえよ! 具体的に……うぉ!?」

 

 オットーが指で前を指し示す。その意味するところにスバルも同時に気付き、足で地面を削りながら勢いを殺す。

 

 指し示された先には──

 

「さすがに、立て続けに問題起こりすぎだろ……!」

 

 遠くに、薄緑色の水晶を確認した。そして、そこに囚われているのは特徴的な桃色の髪をしたメイド少女──ラムだ。

 

「……今の戦力じゃ足りねえ、よな。アレも一緒に相手するとなると」

 

「アレって?」

 

「何の事なのよ?」

 

 スバルの言葉に、二人が一瞬だけ無理解を示す。

 

 もう一度水晶に意識を向け、そこに(たか)っている()()を視界に収め──()()を現実として呑み込むのにもう一瞬の時を必要として、困惑の声を先に漏らしたのはベアトリスだった。

 

「どういうことなのよ……」

 

 見ると、水晶の根元に小さな白い毛玉のようなものが大量に蠢いている。三大魔獣の一、食欲の権化──『多兎』、転じて『大兎』。

 

「おかしいかしら。アレは、確かに……」

 

 彼女は自身の記憶を確かめるように眉を寄せる。過去の記憶と現在の現実とが矛盾している。噛み合っていない。彼女の表情は険しくなっていく。

 

「てい」

 

「あぎゃーなのよ!?」

 

 考え込むあまりに、下向きがちになるベアトリス。彼女の可愛らしく広い額に、スバルがデコピンを喰らわせる。

 

「あんまり眉間にシワ寄せんなよ。せっかくの可愛い顔が……いや、その顔もめちゃくちゃ可愛いな?」

 

「ベティーはスバルのベティーなのよ。いつでも可愛いのは当然かしら。……じゃなくて、何を真顔でふざけたことを言ってるのよ!?」

 

 ぷんすかと可愛く怒りを露わにするベアトリスの、その頭にスバルが右手を置く。

 

「あんまし悩みすぎんなよ。殲滅出来てなかったとか、アルシャマク(あの魔法)で飛ばした先がここだったとか色々考えようはあるだろうが全部後回しだ。まずはこの状況をどうにかする。俺に、どんと任せとけ」

 

「そもそも悩んでなんかないかしら。それに、スバル一人に任せておけないのよ。むしろスバルの方こそ、ベティーにどーんと任せるかしら」

 

 スバルの手を頭から振り払う。行き場をなくしたその右手を、ベアトリスの左手がしっかと繋ぎ止めた。それだけで、負ける気がしない。胸の奥から込み上げる頼もしさを互いに感じながら、目の前の障害を見据える。

 

 その様子はどう見ても異常だ。水晶を齧っては防衛機能によって大半が死に、その度に分裂、増殖、共喰いを繰り返し、また水晶を齧り始める。

 水晶も抵抗しているが、修復も攻撃も間に合っていない。水晶が食い尽くされ、中にいるラムにその牙が届くのも時間の問題だ。

 

「どうするつもりかしら」

 

「まずは、レムを正気に戻す! そのために……」

 

 そこで一度、言葉を切る。スバルの無茶に二人を付き合わせることへの、一瞬の躊躇いがそうさせた。しかし、ベアトリスは何も言うことはないと強く手を握り、オットーは、不安そうながらも決意を帯びた眼を向けている。それを見て、呼吸と共に覚悟を握り固める。

 

「──無茶を承知で、アレを利用する!」

 

 *

 

 藤丸が判断に使える時間は数瞬。あの異様な速さに追い付けるサーヴァントを。戦闘時のみの不完全な力としての『影』であっても、あの剣士と渡り合う必要がある。

 

「来てくれ……!」

 

 呼び出すのは、何より速さが自慢の二騎。ギリシャ神話にて最速とうたわれる不死の英雄と、同じくギリシャ神話にてアルゴノーツの一員として知られる、純潔にして俊足の狩人。

 

「アキレウス! アタランテ!」

 

 威風堂々たる影が二体、藤丸の前に召喚される。共にギリシャ神話にて速さを誇る英雄。あの雷速にも対応できるだろう。白兵戦を苦手とするアタランテも、今回はカリュドーンの皮を被った状態(アタランテ・メタモローゼ)なので、戦闘力も申し分ない。

 

 本来なら、というか同行しているのなら獣化のリスクなどを考慮するが、単に『力』として使い潰すのなら、ステータスが上昇するのでこちらの方が都合がいい。

 

 ただし、影であっても大英雄であるアキレウスと、アタランテ・メタモローゼを召喚するとなると魔力消費が激しく、二騎が限界だった。とは言え、相手は一人、一般的な人間サイズ。あまり多すぎても、連携が困難になるので結果的にはよし、だ。

 

 相手は積極的にクー・フーリンを狙ってくる。こちらの決め手となる攻撃が、彼の宝具のみであることを理解しているのだろう。

 

 いくら影を呼び出しても、それはサーヴァント本体よりも劣ってしまう。アキレウス本人に言わせれば、影のアキレウスは踵を射抜かれた状態よりなお遅いらしい。

 

「頼んだ!」

 

 影に指示を飛ばす。ただ、その速さに藤丸の指示が追いつけるはずも無いので内容は最小限。謎の剣士の集中を散らすこと、それだけ。あとは二人の判断に任せる。

 

 二つの影が剣士へ飛びかかっていく。目にも留まらぬ速さ、と言うほどではないにしても超スピードで。

 

「……ッ」

 

 槍と爪の攻撃を受け止め、いなす。そこに出来た一瞬の隙に氷の礫が飛び込み、脇腹を抉る。

 

「私がいること、忘れないでよね!」

 

 エミリアが謎の剣士をキッと睨み付け、魔力を解放。青白い輝きを放つ氷の粒子が周囲に広がり、ある種の結界となって空間の支配権を握る。

 

 剣士は一瞬だけ動きを止め、こちらの戦力を確認するように視線を向けた。

 

 そこで、ようやく藤丸の目も相手の姿を捉えた。揺らめく影のようでわかりにくいが、和装で草履を履いているらしいことがわかった。

 本来ならそれは真名のヒントであり、日本のサーヴァントだとわかるのだが──今回は異世界案件。あちら側の人間だとすれば、真名などわかるはずもない。

 

「……」

 

 剣士は変わらず無言のまま、その草履を脱ぎ捨てた。その行為の意味を──

 

「え?」

 

 考える暇もなく、それは結果として眼前に示されていた。

 

 氷の盾に阻まれた二振りの刀がきちきちと音を立てている。本当に一瞬、一刹那。草履を脱いだと理解するよりもおそらく早かった。

 

「アイスブランドアーツ・アイシクルライン」

 

 ギリギリのところで藤丸の命を守った氷の盾は、エミリアの魔法によるものだ。空間に広がる氷の粒子は、彼女の意志によって如何様にもその形を変える。

 

 次の瞬間には大気のひび割れるような音とともに、氷の武器が無数に現れる。エミリアの魔力と、スバルの発想によって生まれた絶対破壊領域、氷結結界アイシクルライン。

 

「うー、やあ!」

 

 エミリアは氷の大戦鎚を手に取ると、それを思い切り振り下ろす。そのような大振りは当たるはずもないが、その一撃は地面を砕く。

 草履を脱いでスピードが大幅に上がったことからもわかるように、速く動くには踏み込みが重要だ。当のエミリアにその思惑があったかどうかは別として、アレの動きを制限する手段としては悪くない。

 

「てや! うりゃりゃ!」

 

 気の抜ける掛け声とともに、それとは逆に苛烈なまでの攻撃。武器が砕けるのを前提とした、氷の物量で押し切る戦法。

 

「こりゃ、オレも負けてらんねぇなぁ!」

 

 その美しく苛烈な戦法が、攻めあぐねていたクー・フーリンの魂に火をつける。

 

 執拗に宝具解放の妨害をしてくる相手の、その剣を弾く。そしてその少しの隙を、二つの影がこじ開ける。

 

 更に、その瞬間──

 

 ──空間が、揺らいだ。

 

 まるでこの空間を構成する根底が弱まったように、この空間という存在の基底そのものが罅割れるがごとく。

 

刺し穿つ(ゲイ)──」

 

 それだけの時間があれば宝具の真名解放には充分。しかし、この時点ではまだ因果を逆転させる呪いは発動していない。

 発動前に効果範囲外に出てしまえば、心臓を貫かれるには至らない。そしてそれは、彼のスピードであれば造作もないことだった──が。

 

「……ッ!」

 

 剣士は蹲ったまま動かなかった。おそらく、彼はこの空間に根ざしたもの。先程起きた揺らぎの影響を強く受けたのだろう。

 

 呪いは既に発動した。

 

 槍の穂先は剣士の心臓に狙いを定めた。

 

死棘の槍(ボルク)──!」

 

 *

 

 ウェアウルフの如き影のシノビが、あちこちから襲いかかって来る。更にあらゆる方向からクナイが飛んでくるので、その対処にも追われる。

 

「チィ、『カマラの籠城戦』じゃァねえかよォ!」

 

 襲い来る影を拳で抉り飛ばしながら、上下の歯をガチガチと鳴らす。いくら影を倒してもキリがない。

 

「攻めにくい、という意味で良いのかな? 確かに、敵がどこにいるかもわからず、その上で本体を見つけなければならない」

 

 弓に矢を番え、引き絞りつつエミヤがそう言う。その矢は赤原猟犬(フルンディング)、射手が健在である限り敵を追尾し続ける剣。

 

「フッ!」

 

 引き放つ。剣であり矢でもあるそれは、一直線に目標を射貫く。さらに軌道を変え、続けて幾つもの影を射抜いた。勢いが弱まったところで、内に秘める魔力を、神秘を、爆発力に転化する。

 

「数を減らしてはいるが、手応えは無いな。本体を倒さねばなるまい」

 

「ですが、場所がわからないことには……」

 

 飛んできたクナイをマシュが盾で弾くと、それは解けて魔力となり、空気に溶けていった。

 

「木々に隠れられるのが面倒だ。こちらの領域に引き込むとしよう」

 

 彼の心象、無限に剣の突き刺さった荒野。そこへ相手を引き込むことが出来れば、隠れられる場所は大きく制限される。

 

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

 紡がれる呪文は、彼の奥義たる固有結界を発動させるための自己暗示。自らを剣とし、剣を自らとする意味を持つ呪言。

 

 心象で世界を塗りつぶす絶技、魔術の最奥──しかしそれは、不発に終わる。

 

「……っ、ぐ!?」

 

 固有結界と言うものは、世界の法則を捻じ曲げ、塗りつぶし、侵蝕する異物。そうであるが故に、世界そのものからの修正力を受ける。

 

 しかし、それでも本来は数分程度ならば維持できるもの。今のように、発動さえ阻害されるような力ではない。

 

 この空間とエミヤの固有結界が干渉しあった結果か、彼の固有結界は不発に終わったが──その代わりに、空間が大きく揺らいだ。

 

 景色全体が歪み、ひび割れてねじ切れるような感覚があって、一瞬の後には元に戻っていた。

 

「何が起こりッやがったァ……?」

 

「今の感覚……まさか、この空間は……」

 

 アーチャーが、何か思い当たるようなことがあるように思考を巡らす。だが、それを考える前に目の前の状況を確認──こちらにとって、大いに有利な状況だった。

 

 この空間と強く結びついていたのか、影のシノビが軒並み消滅していく。そして、動いてはいないが消滅もしない影が一つ、少し遠くに見えた。

 

「意図していた形とは違うが……好都合!」

 

 その影に狙いを定め、引き放つ。偽・螺旋剣(カラドボルグII)の虹霓が影を引き裂き、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)によって跡形もなく消え去った。

 

 *

 

 分断された三つの内、二つが壁を乗り越えた。

 

 残る壁は、一つ。




更新めちゃくちゃ遅くなってごめーーーーん! ごめんねーー!
いや、マジすみませんでした。書くモチベが上がらなくて……
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