Re:ゼロから始めるグランドオーダー   作:タイガ原

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第21話 「二つ目の一番星」

「……ゥ」

 

 体が熱い。胸が熱い。頭が熱い。心臓が熱い。角が熱い。魔獣の臭いと、魔女の残り香が感覚を狂わせる。

 

 悪臭を辿って走る。例えどこまで逃げようとも、他の誰も気付かなくとも、その悪臭の発生源を見失うことはない。

 

 ──「大丈夫。お前は俺を見失わない」

 

 ──「他の誰も気付かなくても、お前だけは俺の臭いに気付く。俺の身にまとう悪臭に、咎人の残り香に──そうだろ?」

 

「……?」

 

 灼熱する思考の隙に響く声がある。それがなんだったかと考える余裕はなく、逃げていった悪臭源を仕留めることだけが今の目的。

 

 走る。走る。走る──。

 

「……ぇ」

 

 走り抜けた先で、思わず足を止めた。悪臭を辿ることも忘れて、目の前のそれに釘付けになった。

 蠢く白い毛玉。その白い毛玉に(たか)られる緑色の水晶。そして、そこに囚われている、桃色の髪をしたメイド──レムの姉、ラムに。

 

「──姉様」

 

 考える前に、体が動いていた。

 

 レムの手から離れた鉄球は地面を抉り砂埃を上げ、数匹の兎は断末魔さえ上げることなく、血溜まりを残して消え去る。

 

「あああぁァァァッ!」

 

 静止する鉄球に掴まって空中で一回転。足蹴りで兎を吹き飛ばし、踵落としで潰し殺す。

 次の一手、鉄球を水晶めがけて投擲。その小柄な体躯に見合わない、鬼の膂力を以て水晶を破壊にかかる。

 

「姉様……今、そこから」

 

 助け出さなくてはならない。自分なんかが助けずとも、姉様ならば自力で抜け出せるかもしれない。でも、だからこそ──助けずにはいられない。

 

 だが、まだその思考に入るのは早すぎた。

 

 助ける前に、大兎に囲まれているこの状況では、ラムを助けるどころかレムも助からない。なのに、一瞬でも大兎から意識を逸らしてしまった。

 

 だから、後ろから迫る牙への反応が遅れた。

 

「────ッ!」

 

 気付けなかった。否、気付けなかった訳ではない。気付きはしたが、致命的に遅れていた。反応できない、咄嗟に体を動かせない。体を動かせても、避けられない。

 

 無限にさえ思える刹那の思考、その果てに。

 

 その思考は無価値となる。為す術なく、その牙はレムの首に──

 

「──エル・ミーニャ」

 

 食らいつく前に、紫炎を纏った杭に貫かれた。

 

 *

 

 時間は少し遡る。

 

「利用する、って……どういうことですか?」

 

「言ったまんまだよ。あの水晶と大兎とでレムの気を引いてもらう。んで、隙ができたところにこいつで角に一発ぶち込む」

 

 束ねた鞭の感覚を確かめる。握り心地は悪くない。今ある攻撃方法のうちでほぼ唯一、レムの角を折らずに一撃をかませる手段だ。

 

「危険、どころの話じゃないかしら」

 

「もちろん、安全な方法があるならそっちを選ぶし、遠距離からベア子の魔法で狙い撃つって手もあるにはあったんだが……」

 

 ベアトリスの魔法『ミーニャ』の威力では角を折ってしまう可能性が十分にある。それは彼女自身もわかっているようなので、その先は言葉にしない。

 

「……スバルが大兎の群れに飛び込めば、まず間違いなく死ぬかしら」

 

「そうだな。だから、そうならないためのベア子だ。レムも俺も、誰も死ななくて済むように」

 

 そしてスバルは、特大の無茶をベアトリスに押し付ける。だがそれは、彼が彼女を信頼しているからこそ。

 

「全滅は無理として、襲いかかって来るやつを頼む。時間稼ぎさえ出来れば、それでいい」

 

 *

 

 破滅の杭に穿たれた兎は、そのまま地面に落下。その死体を食べに、さらに兎が群がって来る。死肉に群がるハイエナ、それ以上におぞましい何かだ。

 

「本当に、無茶を言う契約者なのよ」

 

 襲いかかって来るやつだけを魔法で撃退してくれればいい、ということだったが、ここまで至近距離に来ればその殆どが襲ってくる。前にやったように『アル・シャマク』で全部まとめて、という方がよっぽど楽だ。

 ただ、魔力も足りない上に、やるとしたら双子を巻き込んでしまう。そのため、その方法はそもそも除外していた。

 

 魔力によって生成された四十ほどの杭を、それぞれ全く違う軌道で動かし、自分を襲ってくる兎や、レムが反応できなかった兎を的確に穿っていく。

 

「あまり長くはもたないのよ。なるべく早く済ませて欲しいかしら!」

 

 僅かに張り上げられた声には、ほんの少しの焦りと、それを補って余りある信頼が込められていた。それがわかるから、スバルとしても失敗するわけにはいかない。

 

「ああ。やってやるぜ、ベア子。────レム!」

 

 それは相棒の信頼への返答であり、二つ目の一番星への宣言だ。彼女の声をもう一度聞くために。そして何より──、

 

「──笑え、レム」

 

 彼女の、笑顔を見るために。

 

「何度でも言うぞ」

 

 バクバクと心音がうるさい。これまで手の届かなかった、彼女の笑顔がすぐ先にあるかもしれない──そう考えると、緊張と武者震いで鞭を上手く握れなくなる。

 

 喉が熱くて熱くて仕方なくて、喘ぐように空気を取り入れる。そして、それを想いと共に吐き出す。

 

「恐い顔してねぇで笑え、レム! ──俺は『死に……」

 

 いつかの時と同じ言葉を。いつかの時よりもっと強い想いを込めて。心臓を握り潰されるような苦痛を覚悟して、高らかに愛を叫ぶ。

 

 暗く昏い闇の中に一人取り残されたような感覚と、それでもなお擦り寄ってきて、愛を囁く黒い靄。スバルがその愛に溺れてしまわないのは、その愛を突っぱねられるのは、同じくスバルも、愛を届けたい相手がいるからだ。

 

 視界が、晴れていく。

 

「戻って……きた……っ!」

 

 身体中から嫌な汗が吹き出ているが、それに気を取られている暇はない。少しでも遅れてしまえば、一瞬にして鉄球のサビ、もしくは大兎の餌だ。

 

「今だ、オットー!」

 

「こ、これほんとに大丈夫なんですかねえ!?」

 

「さあ、大丈夫じゃないかもな!」

 

「そこは嘘でも大丈夫だって言ってくださいよ! ええい、やりますよ、やりゃあいいんでしょう!? ──ドーナ!」

 

 それは地属性の魔法。スバルの足元から勢い良く大地が隆起し、そのままスバルは空中へと投げ出される。かつてと同じ状況。あの時は、敵の魔獣が使う魔法によって投げ出されたのだったが。

 どう頑張っても後戻りの出来ない状況に身を置く背水の陣。これくらいしなければ、経験則からして腰が引ける。

 

「うおわぁぁぁぁあっ!?」

 

 空に打ち上げられたスバルだが、それで追われなくなる訳ではない。大兎は、互いを蹴落とし牙を向けあいつつ、届かないながらも積み重なるようにしてスバルに食らいつこうとする。

 

 それはつまり、ひとかたまりになっているということで。

 

「ベア子!」

 

「──『シャマク』、なのよ!」

 

 ベアトリスの手から放たれる黒い霧が、大兎を丸ごと覆っていく。意識と肉体とを分断する魔法であり、食欲のみで動いている大兎にどれほど効果があるかは不明だが、一時的な足止めくらいにはなるだろう。

 

「これで、お前だけに集中できる」

 

 彼女を見据える。あちらもこちらを見据えていて、自然、見つめ合う形になる。

 

 本当のことを言うと、魔女の残り香に釣られてスケルトンも集まってこようとしているので、完全に彼女だけに集中できる状況ではない。

 

 だが、それでも。

 

 この一瞬、この一刹那だけに限れば。

 

「──笑え」

 

 腰の鞭を、力の限り握り締める。そしてレムの額、その一点を目掛け──振り抜く。

 

「レム──!!」

 

 鞭の先端は音速をも超える。たとえレムでも、それを空中で躱すことは難しいだろう。

 

 だが。

 

 無情にも、その鞭は空を切った。

 

「な……」

 

 握り締める力が強く、力み過ぎてしまったからか。あるいは、前と同じ展開をなぞろうとしたせいで、空振りの運命さえも引き寄せてしまったか。

 

 洒落にならない。ここで失敗したと言うことは、次の瞬間に鉄球がスバルの頭蓋を粉砕する未来が確定したようなもの。事実、目の前まで鉄球()は迫ってきていて──、

 

「────?」

 

 だが、その未来がやって来ることはなかった。スバルの頭蓋、それどころか額にさえ傷を残さず。

 

「う、おぉ!」

 

 落ちる。当たろうが当たらまいがこうなるのは必然。前回は着地に失敗して盛大に肩の骨を外してしまったが、パルクールを習得した彼は同じ轍を踏まない。五点着地と前転で衝撃を分散し、ほぼ無傷で生還する。

 

 あと数センチ、という所で横槍が入ったらしい。いや、槍と言うよりは──短剣。()()()()()()()()()()()()()()を、スバルは既に目にしている。

 

「ヒヒッ」

 

 スバルの意識外より現れた彼は、同じくレムの意識外から現れた者でもある。そして彼は高い敏捷を活かし、影を縫うようにしてレムの背後に回る。

 両腕を両腕で抑え込む、羽交い締め。しかし悪神の偽物たる彼の貧弱な筋力では、鬼の膂力には敵わない。それでも、ほんの一瞬だけその動きを止めさえすれば、それだけで充分だった。

 

「やれ! ──ナツキ・スバル!!」

 

「お、ぉぉおおおお!」

 

 スバルの着地点は、レムの着地点の目と鼻の先。振り向けば、そこには光り輝く角がある。

 

 あまりに近くて、鞭を振るう余裕さえなく。

 

 気付けば、まるで殴りかかるが如く。

 

 鞭のグリップエンドが角に引き寄せられるような錯覚があって、一瞬の後に鈍い音が響く。

 

 ──クリーン・ヒット。

 

 ほんの少しの期待と、大きな不安が胸中を占めていて。彼女が目覚めてくれることを、何度願ったかわからない。眠ったままの彼女を背負った時、いやに軽く感じたことは忘れられなくて。

 

 だからこそ。

 

 倒れ込む彼女を支えた、この瞬間。

 

 彼女に『生』の重みがあったことが、たまらなく嬉しかった。

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