紅き槍が心臓を穿った。それは必殺の一撃であり、因果逆転の呪い。真名解放がなされた時点で、高ランクの直感や高い幸運を併せ持っていない限り、この結果は必然。
だからこそ、油断など一片たりともしていなかったとしても。勝利を確信したその一瞬に、隙が出来てしまう。
「……は」
槍が敵の心臓を貫いているのと同様に、二振りの刀も彼を貫いていた。
「ただではやられねえ、ってか」
彼はスキル『戦闘続行』を有するが故に致命にはならないが、それでも相当のダメージだ。肉は裂け、夥しい量の血が流れ出している。
その一方で心臓を貫かれた二刀の剣士は、強者との戦いを充分に楽しんだとでも言うように、微かな笑みを浮かべていた。
「──『青き雷光』、セシルス・セグムント」
最期の瞬間、雷速の剣士はその一言だけを遺して消えていった。
「……名乗るんなら、最初に名乗れってんだ」
傷口からどくどくと血を流しながら、吐き捨てるように言う。そんな彼もまた、どこか満足げな表情を浮かべていた。
「だ、大丈夫なの、それ?」
「この程度大したことじゃ……おっと、と……」
振り返って踏み出そうとした瞬間、体の軸がぶれてふらつく。倒れかけたその体を、咄嗟にエミリアが肩を掴んで押し留め、強制的にその場に座らせる。
「大人しくして。今、治癒魔法かけてあげるから」
「お、おう。悪いな、嬢ちゃん」
エミリアが両手を患部にかざすと、柔らかな暖かい光が傷を癒していく。みるみるうちに傷は塞がり、呼吸も整ってくる。
「ありがとよ、もう平気だ」
「ほんとに? 本当に大丈夫なの?」
「おう。ちょいと手を貸してくれるか」
そう言ってクー・フーリンが手を差し出すと、エミリアも言われるがままに手を差し伸べる。エミリアの力を借りつつだが、何も無かったかのように立ち上がった。
「な?」
「……そうね、本当に平気みたい。すごーく丈夫なのね」
「あぁ。でなきゃ英霊にまでなってねえし、サーヴァントなんてやってる意味がねえ」
クー・フーリンの耐久ステータスはCランクだが、保有スキル『戦闘続行』や、何より彼自身の精神性によって、サーヴァント中でもしぶとさで彼の右に出られるものは少ない。
「それじゃあ、他のみんなと合流しなくちゃ!」
そう言って、エミリアは張り切って駆け出していく。その背中を追いかける前に、藤丸は隣のクー・フーリンに問い掛ける。
「なんで、嘘を?」
「……やっぱり、マスターにはバレるか」
魔力のパスが繋がっているから、ある程度サーヴァントのコンディションもわかる。今のクー・フーリンは、外見を取り繕っているだけ。エミリアの治癒魔法も、効き目が弱かったようだ。
「使ってる魔力が根本から違うせいだろうな。オレ達みたいな霊体には効果が薄いらしい」
「じゃあ、回復を……」
「いや、いい。さっきので霊核をやられてな。あと一撃、いいのを喰らえばそれで終いってとこだ。回復したところで大差ねえ」
彼の声音に、考えを改める余地はありそうにない。どちらにしてもあと一撃で終わり。一足先に彼はカルデアに送還されることになるだろう。
「それよりも、だ。あの嬢ちゃんのことだが……」
「エミリアさんがどうかしたの?」
彼の態度に疑問を覚えた藤丸が聞き返した。一瞬の逡巡の後、彼はゆっくりと口を開く。
「あの嬢ちゃんだが……生身じゃねえ。さっきと今とで二回触れてわかったが、ありゃ魔力で構成された肉体だ」
「さっきと今……? え、じゃあセクハラした訳じゃないの?」
「食いつくとこそこかよ!?」
本題からズレた藤丸の物言いに、クー・フーリンのツッコミが冴え渡る。疑惑が解けたとは言え、そういう形で話を脱線させられるのは不本意だった。
「魔力で構成された肉体……ってことは、つまりどういうこと……?」
「さあな。異世界の住人なら、元々そういう生態ってこともあるだろうさ。あるいは……」
「『サーヴァント』……とか?」
「その可能性もあるって話だ。思考の隅にでも残しとけ」
少し先に行ってしまったエミリアが、振り返ってこちらに手を振っている。謎は残るが、今はとにかく先に進む。とりあえずは、はぐれてしまった皆と合流しなくては。
*
目的の達成、その瞬間をもってこの場に留まる理由は無くなった。アンリマユはオットーを担ぎ、スバルはベアトリスを肩車した上でレムを腕に抱えている。
アンリマユは自前の高い敏捷でその場を離脱、スバル達もベアトリスの『ムラク』を最大限発揮して高速でその場を離れる。
大兎からはそう簡単に逃げられるものでは無いが、あの水晶の迎撃機能のことも考えるなら、ある程度距離を取ればそれ以降は比較的簡単に逃げ切れる。
「羨ましい限りだが、そろそろキツくなって来たんじゃない? どっちか片方くらい、オレに任せてくれちゃってもいいんだぞー?」
「馬鹿言え。どっちも手放せねえし、手放したくないからこの状態で走ってんだ。羽のように軽……くはねえけど、
レムから伝わってくる生々しい重み。それを自分の腕で感じていることが嬉しくて、その喜びを心底から噛み締めている。湧いてくる活力は実質無限だ。
「ベティーも、スバルから離れるつもりはないかしら。それでも、無理しすぎは良くないのよ。もし大変なら、言ってくれれば……」
「ベア子が俺を運ぶ、か? 気持ちは嬉しいけど……レムの前で、そんなかっこ悪いことできねえよ」
「いや、オットーにこのまま担がせるのよ」
「なんでその話の流れで僕の名前が出てくるんですかねえ!? 三人まとめて肩車とか、無茶にも程がありますからね!?」
ツッコミを入れるオットーだが、周囲を警戒してか妙に小声だ。それがおかしくて、スバルは笑ってしまう。
「……と、ここまで離れりゃ少しは落ち着ける……よな?」
「そうですね、油断は禁物ですが」
ムラクで軽くしているとは言え、美幼女と美少女をいっぺんに抱えて走り続けるというのは、そろそろ限界がくる。
「重さより何より密着度が高すぎて心拍数がやべぇわ。ここらで少し離れとかないと健全な男子的には刺激が強すぎて死ねる」
「そりゃまた贅沢な事で……」
「なんだよ、そういう話がなかったわけでもないくせに。棒に振ったのはお前だろうが、奴隷二号?」
「その話蒸し返すのやめてくれませんかねぇ!? あれで良かったって何度も言ってますが!?」
軽口を交わしつつ、スバルはレムを一旦下ろす。壁にもたれかけさせるようにして、姿勢を安定させた。
「そういや、この辺の地形なんか妙に見覚えある気がするな」
「ここら辺は最初に僕がいた場所ですよ。急に変なところに放り出されて、ナツキさんとガーフィールが助けに来てくれなかったら危ないところでした」
「ああ、だからか……うん?」
オットーの言葉に、どこか引っ掛かりを覚える。この場所のこと、スバル単独ではなく、ガーフィールを伴って助けに来たこと。
「どうかしましたか?」
「いや、なーんか忘れてるような気が……あ」
周囲を見渡して、その引っ掛かりの正体に思い当たる。視界の端、少し離れたところに数十にも及ぶ石像──否、
「ああ、成程……どおりで、見覚えがある訳だ」
こちらに来て奴と出くわした時、胸に突き刺された
「
そう呟くスバルの視線の先には、人影が一つ。ゆっくりと、しかし確実にこちらに歩みを進めている。
「えっと……敵、でいいんですかね?」
「ヒヒ、なんなら『オレたちは戦うつもりはありません』って言ってみます? 殺されて終わりでしょうがね!」
「敵で間違いねえよ。やらなきゃ、こっちが殺られる」
敵を見据える。影のようなその姿からして、シャドウサーヴァントというやつだろう。
本来のサーヴァントよりも弱体化しているということだったが、この戦力でどこまでやれるかは微妙なところ。
「こっちで一番戦えるのが
スバルとベアトリスは、
「無茶だな! この場はどうにか誤魔化して退散するってのが最適解でショウ!」
「だろうと思ったよ、知ってた! じゃあ、その方法を考えなきゃだな……あ?」
「ナツキさん? どうかしましたか?」
体に違和感。そして次の瞬間には、指先さえ動かせなくなっていた。間違いなく、
まだ具体的に石化した訳ではないが、それでもスバルの身は石化されたように動かなくなっていた。
「く……!」
無防備、隙だらけ。『見たものを石に変える』伝承を持つゴルゴンの怪物、メドゥーサ。彼女を前にすれば、その状態になるのは当然の帰結。
そうして格好の的になった彼に高速接近。高い敏捷でそれを妨害すべく動いたアンリマユも、その怪力の前に撥ね除けられる。
耐久が低いとは言え、アンリマユもサーヴァント。それがこの扱いだ。もしスバルがその攻撃を喰らえば、即死だろう。
そして、その『
──もう、彼の眼前まで迫ってきていて。
「……ぁ」
ごしゃり、と音がする。
脳天に響く音は、潰れるような、嫌な音。その後を引くように、じゃらじゃらと鎖の音が耳の奥に残る。
──耳?
頭を潰された筈。なぜ、まだ音が聞こえるのか。
「あ……れ?」
声が出る。死ぬどころか、身体さえ動くようになっている。
「──な」
──
「──るな」
スバルの頭は潰れていない。ならば、さっきの潰れる音は何か。
その答えは、言うまでもないだろう。
「──スバルくんに、触るなァァァァァ!」