影に、全てが呑み込まれて行く。
全て、全て、全て。
だが、驚きもなければ絶望もない。あるのはただ、虚無感と諦念のみ。胸に抱いていた筈の『大切なもの』も、既に落としてしまっていて。
ただし、その諦念は『この自分』に向けられるものだ。『違う自分』が目的を果たすだろう、と言う確信があった。
それで全ては闇に沈み、消え去る筈だった。
──だが。
「────?」
沈みに沈んだその先の、果てることなき闇の中。だと言うのに、眩く光り輝くものがあった。
それは、取り落としてしまった筈の『それ』であり──『諦めるな』、『まだ終わっていない』──とでも言うように、闇の中にあってただ一つ、煌々と光を放っていた。
だから──『それ』に手を伸ばす。
自分にとって、『それ』が全てだ。『それ』が『まだ終わるな』と言うのであれば、それに従う以外の選択肢は無かった。
*
「あ──先輩!」
「マシュ! 無事でよかった!」
彼女の姿を視界に捉えると、喜びのあまり駆け出した。それはマシュも同じで、二人の距離が縮まるのは一瞬だった。
目が合って、なんとなく恥ずかしくてお互いはにかんでしまう。思わず抱きしめたくなるのを、他のみんなが見ている手前ぐっとこらえた。
『──あ、あーあー』
小気味よい電子音が鳴り、ドクターの声が聞こえてくる。
『よ……よかった! やっと繋がった! 藤丸くん、聞こえてるかーい?』
「ドクター! はい、聞こえてます!」
通信が途切れていたのはほんの数時間程度だったが、すごく久しぶりに──それこそ、数ヶ月ぶりくらいに声を聞いたような気がした。
『……あれ? 藤丸くん、マシュ? どうかしたかい?』
「いや、別に何も……」
藤丸とマシュの間に漂う微妙な雰囲気を察して、ドクターが聞く。
声が聞けて嬉しい、という思いもないではなかった。が──それ以上に、マシュとの再会に水を差されてしまった、という思いの方が大きかった。
『ともあれ、無事が確認できて何よりだ。藤丸くんの方はこっちでモニター出来ていたけど、マシュの反応は拾えなかったからね』
「さっきまで離れ離れだったんだ」
『なるほど、通信が不安定だったのはそれが原因かな。それじゃあ……通信も復旧したことだし、現状を確認しようか』
離れていた間に起こったことを共有し、情報の擦り合わせを行う。初めに、エミヤが口を開いた。
「では私から。元の場所に戻る方法について、だ。そのために、まずはこの場所について話す必要があるだろう」
その言葉に、一行がザワつく。エミヤと離れていた三人のみならず、全員が。それはつまり、彼だけが知り得た情報ということだ。
「先程、会敵した際に固有結界の発動を試みたところ、不発に終わった。その時の状況から、ある程度は推察できる」
「魔力とか、集中が不足してたってわけじゃねえのか?」
「魔力供給は問題なく行われていた。集中力についても、君の思っているようなことはなかったと言っておこう」
飽く迄も、固有結界の不発は外的要因によるもの。それを前提にして、この場所について考察すると言う。
「いま言った通り、私の固有結界は不発。だが、それと同時にこの空間そのものに変調が見られた。そちらでそれらしい反応は確認出来なかったか?」
「……あ」
その声は藤丸のものか、あるいはクー・フーリンのものか。そう言えば、と。
セシルスと名乗った『彼』との決着の直前、空間が揺らいだ感覚があった。より正確に言えば、それこそが決定的な隙になったからこそ、決着した。
「心当たりがあるようだな」
「うん。あれがなければ、あの人……セシルスには勝てなかったと思う」
少なくとも、あの時点での決着はなかっただろう。雷の如き速さを誇る、二刀遣いの剣士。只者ではなかった。
「……セシルス、だァ?」
「ガーフくん、知っているんですか?」
「話に聞いたッことぐらいはあらァ。ヴォラキア九神将の『壱』、帝国最強の剣士だッてなァ」
ヴォラキア。地名のようだが、耳慣れない。ガーフィールが知っているとなると、異世界の地名で間違いないだろう。あの男もまた、異世界の住人。
「そいつに、勝ったッてのかよォ」
「うん。けど、不完全な感じだった。多分、シャドウサーヴァントと似たようなものなんだと思う」
「死体が操られッてる……みてェなことか?」
「うーん。劣化した複製、みたいな感じかな」
本物のセシルスを見たことなどあるはずもないので、これはあくまで彼を見た時の所感に過ぎない。だが、おそらくはそれで正しいだろう。
「ふむ……では私達が出会ったのも、そのヴォラキア九神将とやらの一人ということだろうか」
「多分、そうじゃァねェ。本物より弱いんだろ? だったら、あれァカララギ最強のシノビ、『礼賛者』ハリベル……かもしれねェ。ヴォラキア最強に、カララギ最強。そうなってくッと、ルグニカ最強が出張って来てもおかしかァねェな」
「それって……」
藤丸も、スバルと話した時に規格外の存在である『剣聖』の話は聞いている。聞いた話をそのまま信じるなら、どう考えても相手にするのは無茶だ。
「すまないが、話が逸れているようだ。本筋に戻しても構わないだろうか」
「あっ、ごめんエミヤ……」
「なに、そう気にすることはない。疑問を残したままにしておくのも、あまり良い事ではないからな」
一呼吸おいて、話を再開する。
「この空間は、固有結界である……と、そう推測できる。先程の現象は、固有結界の相互干渉による結果だろう」
「固有結界のぶつかり合いって、そうなるものなの?」
「いや、結果は条件によって様々だ。上書きされることや相殺することもあれば、共存することもある」
結果が多岐にわたるため確定は出来ないが、エミヤ本人の感覚としては固有結界でほぼ間違いないと言う。
「ただの固有結界ではない。特異点と融合……いや、固有結界を基に特異点を作った、という感じだろうか」
「で? その話がこっから出る方法にどう繋がるってんだ?」
「そう急くな。今から話すところだ」
先を催促するランサーに、エミヤが呆れたような目を向けた。それを受けて、渋々といった様子で話を聴く姿勢に戻る。
「……感覚は掴んだ。上書きはできないが、穴を開けることはできる。その穴に飛び込めば、元の場所に出られるだろう」
──そこからは早かった。
藤丸がエミヤに魔力を回し、マシュやガーフィール達といった他のメンバーが周囲を警戒する。
「So,as I pray──『
自分を中心に全方位に展開、ではなく。たった一点にその力を集中させ、固有結界を部分的に相殺させる。それが、『穴』であり『門』。
「あまり長くは保たん! すぐに飛び込め!」
本来なら不発に終わるはずのそれを、範囲を絞ることで拮抗。その穴を維持するために、エミヤは魔力と集中力を途切れさせない。
次々と穴に飛び込んで行く。あとはクー・フーリンと、術者であるエミヤだけ。というところで──
「──ウル・ゴーア」
何処かから、炎弾が降り注ぐ。当たればただでは済まないと判断したエミヤは、主の身を守るため『穴』を閉じた。彼とランサーのみが、こちらに残される。
「『
七枚の花弁が開くように、盾が展開される。飛び道具の類であれば完全に防ぎ切るアイアスの盾。それは、魔力の弾であっても変わらない。
「誰だ!」
ランサーが叫び、炎弾の飛来した方向を見やる。そこには──
「おーぉやおや。固有結界の綻びを感じて来て見れば、賑やかなことだーぁね。……しかし、防がれてしまうとはねーぇ」
──不敵に笑う、道化がいた。
*
その一方、sideナツキスバル。
「何、言ってんだよ、レム……白鯨は、とっくに……」
それどころか、その先に立ちはだかる『怠惰』も撃破している。その裏でレムが暴食に襲われていて。
レムが『眠り姫』となってから、聖域を解放し、一年以上が経過して、水門都市では多数の大罪司教とやり合って。大罪司教の犠牲となった人達を救うため、知識を求めて監視塔へ──
「いや、そうだ。そもそもの話だ」
何故、レムは今、目覚めているのか。
「スバルくん?」
何も進展していないはずだ。暴食を倒したわけでもなければ、それ以外の解決法を見つけたわけでもない。
暴食の影響が抜けきらないまま、何らかの方法で中途半端に目覚めてしまったのか。
そう仮定したとして、メイド服を着ているのが不可解だ。プレアデス監視塔に来るに当たって、彼女は旅装に着替えさせられている。
それを加味して考え、スバルの中に一つ憶測が生まれる。
「けど、もしそうだとしたら……前提が崩れる」
自分で思い当たってしまった『可能性』に、自分で怖気を覚える。補強する材料も既に揃っていて。それを否定するために、さらに深い思索に入ろうとして──
「痛いのよ、スバル」
「あ……悪い、ベア子」
無意識のうちに、手を握る力が強くなっていた。それはベアトリスの手を握る方の手だけではなく、レムの手を握っている手も同じで。
「ご、ごめんレム! 大丈夫か?」
「いえ……ですがその、そんなに情熱的に求められると、レムは困ってしまいます」
「お、おう」
魔獣騒ぎの後、屋敷にいた頃はある程度冗談として流せていたレムの言葉も、今ではそうもいかない。曖昧に返事を濁し、変な空気が流れる。
その雰囲気を破るように、ひび割れるような音。
「何だ?」
「気を付けてください、スバルくん」
レムが手を離し、スバル達の前に歩み出る。その視線の先には、先程シャドウライダーを押し潰した氷の塊。
「……ッ」
氷がひび割れ、崩れる。空気が張り詰め、全員がその様子を注視していた。
「何も、起こらない? ただ崩れただけ──」
「──スバルくん!」
完全な意識の外、死角からそれは現れた。
もちろんアンリマユの宝具によって共有された『動かない右足』はそのままだ。左足だけで超スピードを発揮し、そこまで迫ってきていた。
しかし、その姿はライダーのものではなかった。
だが、その姿には見覚えがあった。それを見て、右足が動かせなくとも体は止まらない狂気に得心がいった。
牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。それが、『彼女』のやり方。
「『腸狩り』……っ!」
なぜ奴がここにいるのか。なぜライダーが奴に『変わった』のか。推測は出来ないでもないが、命の危機を前にしてそんな悠長なことができるはずもなく──
「──ッるるるらァ!」
そこに、横から蹴りが入れられた。
派手に『腸狩り』が吹き飛ぶ。瓦礫にぶつかり、大きく砂煙を上げて埋もれる。
「大将に手ァ出させッねェよ、黒女ァ!」
──黄金の虎が、牙を剥いて笑った。
大変お待たせしました。こっからです。こっから。