「レイシフト、成功です。先輩、お身体は……」
「全然平気。マシュは?」
「平気です。デミ・サーヴァントですので!」
『両者のバイタル、正常。問題はなさそうだね』
ロマニからの通信。ふわふわとした彼の声音は、特異点という異常な場所であっても、緊張が解れる。緊張感が無くなるのは困るのだけれど。
「ふむ。しかし、特にこれと言って異常があるようには見えないな。ランサー、そちらはどうかね?」
「ああ? 同じだよ。なんにせよ、辺りを探索しないことには始まらなさそうだ」
エミヤ、クーフーリンの二人とも見解は同様。やはり、周囲の探索をする所から始めることになるか。ついでに、もう一人のサーヴァントの見解を聞いてみることに──
「あれ? アンリは?」
「ここにいますよ、マスター?」
ぬらり、と藤丸の影から影そのもののような、人型の黒いものが現れる。
「うわっビックリした! 影に溶け込まないでよ!」
「ヒヒヒ。ちょっとした悪戯心ですよ。でもまあ、影に潜んでたのがオレで良かったでしょう? もっとヤベーもんが潜んでなかっただけ儲けもんでショウ!」
「フォウ!? フォフォウ!?」
「おや、フォウさん。今回も、フォウさんは同行してくれるのですね。たいへん心強いです」
同じく藤丸の影に隠れていたフォウくんが驚きの声を上げる。フォウの言葉はわからないけれど、おそらく「それはアンリが許される理由にはならないだろう!?」とかそんな感じのニュアンスだろう。多分。大いに同意。あとマシュがかわいい。
「と、ともかくっ。辺りの探索に当たりましょう。今回の
「うん。頑張ろう!」
*
オットーと再会を果たしたスバル。が、状況が好転した訳ではない。むしろ、あの骨たちに見つかる可能性が高くなったと言えなくもない。
「はあ……最初に会ったのがオットーか」
「役立たずですみませんねえ!?」
「役立たずだなんてそんな。お前はエミリア陣営の頼れる武闘派内政官殿だろ? 頭から爪先まで頼りきりだっつの」
「というかそもそも、内政官って戦うものじゃないですよねナツキさん……?」
オットーの言葉を背に、建物の外をこっそりと窺う。見たところ、あの骨たちが近くにいる様子は見られないが──、
「なんだ、アレ」
「ちょ、ちょっとナツキさん!?」
──見てしまった。居ても立っても居られなくて、その場から駆け出していた。人影のようなものが多く見られた。早く避難させなければ。
「……ぁ? これ、石像か?」
人の形をした石像が、数十体。いや、精巧に出来すぎている。人間が石になったと言う方が、まだ納得出来る。
「なあオットー、これ」
「石化した人間……ですかね。いえ、これだけのものを作れる職人がいる可能性も否定できるわけではないんですが」
「人間が、石化……」
衝撃を与えれば、すぐに砕け散ってしまいそうだ。ちょうど、凍らされて砕かれたスバル自身のように。──身震いがする。過去のこと、それも死に様を思い出すものではない。
「──ナツキさん!」
「ああオットー、すまん。いきなり飛び出しちまって」
「そうじゃありません! 後ろです後ろ!」
「後ろ──?」
焦った様子のオットーの言葉を受け、後ろを振り向く。そこには──影が立っていた。大きめの人のようなカタチをした、揺らめく影。
直感で、それが恐ろしいものだと分かる。ともすれば、あの
「がっ、ごふ」
その刹那だった。その影の手から、鎖に繋がれた短剣のようなものが、スバル目掛けて放たれていた。
「ナツキさん!?」
「油断大敵、ってことか……よ」
胸に突き刺さった短剣に、どこか見覚えがあるような──という思いは確信を得ないまま、スバルの意識は途絶えた。
*
──かしゃん。かしゃん。かしゃん。かしゃん。
「敵性体、スケルトンタイプ複数! 迎撃します! マスター、指示を! 」
「よし来た!」
マシュが盾を持ち上げ、エミヤが双剣を手にする。クーフーリンが槍を構え、アンリマユは足を交差させ頭の後ろで手を組んでいる。頼むから働いてくれアンリ。
「マシュとクーフーリンは各個撃破しつつ時間稼ぎ! エミヤは
「はいはーい。じゃあ、ほかの皆さんが打ち漏らしたやつをちまちまと殴ることにしましょう!」
アンリも、完全にやる気がない訳ではないようで安心した。それでも、積極的に動く気はないようだが。まあ仕方ない、自他ともに認める最弱英霊だ。
「先輩! そちらに──!」
一体一体の強さは大したことはないようだが、やはり数が多い。マシュとクーフーリンでは捌ききれない分が、抜け出てきてこちらに襲いかかる。
「おぉら、よ! マスターには手出しさせませんよっと!」
「ヒヒ。オレみたいな三流サーヴァントでも、これくらいはできるんですよ。マスターが気前よく種火と素材をぶち込んで、散々連れ回してくれましたからね!」
「ちょっと後悔してるって言ったら?」
「おおっと! こりゃ名誉挽回のチャンス! そこら辺の骨どもには、マスターに指一本たりとも触れさせませんよっと!」
アンリの動きが、ほんの少し積極的になる。しかし、それだけでは戦況は大きく変わらない。
「おい、アーチャー! 準備は終わらねえのか!」
「音を上げるのが早いなランサー。耐久、持久力には自信があるものだと思っていたが。私の思い違いだったかね?」
「言ってる場合か! できるんならさっさとしろ!」
エミヤとクーフーリンは、こんな時でも通常運転だ。エミヤは普通に気のいいお兄さん、あるいは面倒見のいいお母さんなのだけれど、クーフーリンなど一部のサーヴァントに対しては、皮肉めいたことを言うことが多い。仲が悪いと言うわけでもないと思うが。
「私が、時間を稼ぎます! 真名、開帳──宝具、展開します! 『
盾の
「長くは
「ああ。十分だ、マシュ君。あとは私に任せてくれたまえ──『
エミヤの詠唱。覚悟と、彼が通ってきた道を表現するような言葉。それを推し量ることも出来ないが──並大抵のものでなかったことは確かだ。
「So,as I pray──『
景色が塗り替えられる。魔術の最奥、心象風景で世界を塗りつぶすもの。固有結界──『剣』の起源を持った彼の心象、無限に剣の突き立つ荒野。
「
無数の剣が空中に投影され、スケルトンへと飛んでゆく。突き立つ剣がひとりでに大地から抜かれ、スケルトンたちを葬り去ってゆく。
「こんな所か。戦闘終了だ、マスター」
固有結界が解かれる。元の景色へと引き戻されたそこには、既に
「みんなありがとう! お疲れ様!」
*
「また死んだ、か」
胸のあたりをさすって、傷がないことを確認する。辺りを見回して、ここが最初の地点であることを理解。また死に戻りをしたことになる。
「オットーがあっちにいる、ってのは分かってるんだが」
考えなしに同じことを繰り返すのは、スバルとしては避けたかった。ひとまず、オットーがいた方向とは真逆の方向に向かう。もしかすると、知っている人物が他にもいるかもしれない。
──かしゃん。
「おっと」
何度目かに耳にする音。その音が聞こえる方向を確認し、壁を上手く使って骨の群れに存在を悟られないようにする。どうやら、それほど感覚が鋭敏という訳でもないらしい。
音が遠くに離れたのを確認、駆け出す。できるだけ距離を取って、出来れば二度と出くわしたくない。
「はぁ、はあ」
ある程度走ったところで、一休みして深呼吸。焼け付くような空気が一気に肺に入り込み、咳き込む。体力はそれなりに付いてきたはずだが、こんな酷い環境下ではやはり体力の消耗も早い。
「オットーは、1人で大丈夫……だよな」
あれで、オットーは存外にしぶとい男だ。そうでなければ、エミリア陣営で内政官になるようなこともなかっただろう。
「ふぅ、はあ」
もう一度深呼吸。熱気が肺を灼く。盛大に咳き込んで、少しでもマシな所はないかと近くの建物に入る。建物の中は比較的空気の温度は低い。それでも暑いことに変わりはないが。
「ん? なんだあれ。白い毛布……クッション?」
建物の片隅に放置されている、白い毛布、あるいはふかふかのクッションのようなものを発見する。それなりに疲れてきたところだ。少しでも疲れを取れたらと思い、それに近付く。
──手を伸ばそうとして、気付いた。気付いた時には、もう手遅れだった。
「──ぁ」
もぞりもぞりと蠢動する白い毛の塊。毛布などではなく、握り拳ほどの大きさの白い小さな毛玉のようなものが、一箇所により集まってそう見えていただけ。
ひとつひとつの白い毛玉それぞれが、赤い二つの丸い眼をスバルに向けた。その時点で、スバルの命運は定まっていた。
「──が、っ」
どうして、と。なぜこれがこんな所に、と。そんなことを考える暇など与えてはくれなかった。それは──大兎。多兎、転じて大兎。あの時確かに全滅させたはずで──
「────」
その場に倒れ込んだ時点で、声帯は既になかった。ぷすりぷすりと、情けなく空気が漏れ出るだけ。両の腕、両の脚から伝わってくる
痛みは、時と共に無くなっていく。否、痛みを感じていた部位が無くなっているだけだ。痛む部位は少しづつ腕、脚から胴へと移動する。
肉が抉られる。骨が齧られる。脳が焼け付くほどの痛みに、思考が白く染まる。
「────」
叫ぶことも出来ない。気絶さえできない。その痛みを甘んじて受け続けるしかなかった。痛い、痛い、痛い、痛い。「痛い」がゲシュタルト崩壊を起こし、感じなくなる。その脳をさらなる痛みで殴りつけられ、思考が正常に戻る。痛みに正面から向き合わせられ、またも思考は狂乱に堕ちる。
「────」
口腔内を食い尽くしたものが、喉から体内に侵入する。食道の壁を齧りながら、胃にたどり着き内側から喰い破っていく。
腕を食い尽くしたものが、そのまま胴を食い漁る。骨も肉も隔てなく、平等にこの獣の食欲を満たす食料にすぎない。
脚を食い尽くしたものが、肛門から侵入し腸を貪る。被食物に尊厳などなく、ただただひたすらに食い荒らされるのみ。
「────」
目を喰われ、耳を喰われ、脳髄を喰われ、腕を喰われ、脚を喰われた。喰われている、喰われていく。
そこにあるのは、最早ナツキ・スバルなどではない。ただの肉片。兎の群に貪り食われるものである以上の意味など、その肉片には存在しなかった。
*
「どう? 何かあった?」
「いえ。現時点では、ループ現象の原因となるような異変等は発見できません」
エミヤ、クーフーリン、マシュ。それとアンリがいてくれるので、藤丸の身にさほどの危険は今の所はない。しかし、異変が見つからない。これまでと何ら変わらない、燃え続ける街があるだけだ。
「うーん……あれ、うさぎ?」
ぴょこぴょこと体を動かす白い毛玉。それをうさぎだと気付いたのは、やはりその大きな耳が特徴的だったからだ。
長い二本の耳に、白くふわふわな毛並みを持つ小動物。赤い二つの丸い眼が特徴的で、もそもそと口を動かしながらせわしない仕草であたりを見回し、藤丸を見上げると小さい頭を傾けて、高い声で鳴いてみせた。
「フォウゥゥゥ……」
「あはは。心配しなくてもマスコットの座を奪われたりしないって」
フォウがうさぎに対して敵意のようなものを向ける。確かにうさぎは可愛いけれど、フォウくんはフォウくんだ。カルデアのマスコットにして頼れるランナー。彼の地位が揺るがされることはないだろう。
「兎か。それもかなり小さいな。よくもまあこの炎上都市で生き残っていたものだ。どこかで飼われていたのが逃げ出したか? いや、ここにはもう人は住んでいないんだったか」
「うさぎって、けっこう可愛いですよね。俺、小学校で飼育委員をやってた時は一度も触らせてもらえなかったんですけど……ほら、おいでおいで」
「おいおい、不用意に近付くんじゃ……」
ちょいちょい、とうさぎに手招きする。うさぎは小さな赤く丸い眼をこちらに向けると、またも高い声で鳴いてみせた。クーフーリンの制止はあったが、既に手遅れ。兎は藤丸へ向けてぴょん、と飛びつき──
「ガ──」
藤丸の口から、声が漏れ出ていた。
純白の──兎。