「げほっ、ごえ」
汗で霞む目を拭い、胸に手を当てて心音を確認する。今回は、あの赤い光に胸を貫かれて死んだらしい。
「──! ──!」
ぼんやりと思い出す声。死に際に、必死になってスバルを治癒しようとしていたガーフィールの声。
「──ル! ──バル!」
俺がオットーと固まって一箇所にいれば、あるいは──などと、益体のない思考をめぐらせる。
「……今回は、割といい感じだと思ったんだが」
まだ目が霞んでいる。ぼやけた視界に、彼ら──カルデアの一行の幻が映る。ああ、あるいは。ここ、最初の地点で彼らがいれば、また違う展開になったのやも──
「スバル!!」
「うひぇっ!? 藤丸!?」
がっしりと肩を掴まれている。スバルを呼ぶその姿は間違いなく藤丸だ。『死に戻り』をしたのであれば、彼がスバルを覚えていることも、この場所に彼がいるのもありえない。であるならば。
「……もしかして俺、死に損なったか?」
『いいや? 間違いなく君は死んだはずだよ?』
虚空に問いかけたスバルに、思いもよらぬ方向から返答が飛んできた。
「え、と……ダ・ヴィンチ?」
レオナルド・ダ・ヴィンチ──現界に当たって自らをモナ・リザに作り替えたとかいう変人。万能の天才、だと言うが。
『そう、ダ・ヴィンチちゃんさ。いやしかし、君がループ前の記憶を持っているとは意外──いや、私からしてみればそう意外でもないんだけどね?』
「……」
スバルには驚きだった。カルデアが『死に戻り』──『ループ現象』を、外から観測しているらしいことはわかっていたが、実際に自分以外に死に戻り前の記憶を持った者を見る、というのは不思議な感覚だった。
『さて』
その目に射竦められる。彼女──彼の前では、全てがお見通しな気さえしてくる。実際、わかっているのだろう。
『ナツキ・スバル──君が、このループ現象の原因で間違いないね?』
心臓がびくんと跳ねる。石かと思うほどに硬くなった唾を飲み込んで、ゆっくりと息を吐く。
「……なんで、そう思った?」
『なんでもなにも、ループ現象の話を出した時に心当たりがあると言っていただろう? その時点で断定するとまでは行かなくても、疑うくらいはするさ』
「それは、まあ、確かに」
納得してしまう。誰だって、俺だってあの状況ならとりあえずナツキ・スバルを疑う。全く隠せていなかったわけだ。
『そもそも、藤丸くん達はどうやってそこに行ったと思う?』
「え……いや、どうやってって言われても……」
『君が死んで、藤丸くん達は時の止まった古い世界に取り残された。古い領域から消えていき、その消滅に巻き込まれるかもしれない──そんな状態だった』
「時が、止まった? 古い世界だって?」
死に戻りの原理は、まだよくわかっていない。単なる時間遡行なのか、平行世界移動なのか。しかし、カルデアという外から観測できる要素があれば、その原理を紐解くことも出来るのだろうか。
『まるで、君の死と同時に世界も死んでしまったかのようにぴたりと止まってしまってね。私達カルデアだけがそれに置いていかれた』
「なら、どうやって」
よく分からない。外から死に戻りを観測できるならば、そこに干渉することは出来るのではないか。それこそ──
「レイシフトとか言うやつか……?」
『レイシフトは危険度が高すぎて出来なかった。アヴェンジャー、アンリマユが──
アヴェンジャーと目が合った。ぞわりと背筋に寒気が走り、冷や汗が頬を伝う。
「オレの中にあった『残り』と、オタクが上手いこと共鳴した。オタクがループ能力を
「……
まさかとは思うが、またか。ロズワールの時のように、やり直しをしている所まではわかっても、それが『死に戻り』とまではわかっていないのか。
「だから、ループ能力は使わないで欲しい。出来ることがあるなら協力するから」
「藤丸……」
使わないで欲しい、と言われたってスバルにはどうにも出来ない。死に戻りは死に戻りだ。元々スバルの思い通りになるものでもない。
『あっはっは! 藤丸くんも酷なお願いをするものだ。スバルくんのその能力、
「……それは」
『その反応は肯定と受け取ろう。 それから、言動にいくらか制約があるね?』
驚きっぱなしだ。天才というのは、こういうものか。それらしい人物には何人か会ったが、こいつは飛び抜けている。
『何かを言いかけて顔を歪めていたし、その後のエネミーの出現を言い当ててもいた。この二つ──何らかの苦痛と敵性存在の引き寄せが、制約を破った際のペナルティといったところかな?』
「……すげえな、ダ・ヴィンチちゃん」
『お? 初めてそう呼んでくれたね? これで、ちゃんと協力関係になれると言うことかな?』
「協力、関係?」
意外な言葉が出た。てっきり、これがバレてしまえば完全に敵対するか、保護という名目で監視下に置かれるか、だと思っていたのだが。
『君をこちらで保護できれば手っ取り早いんだけどね。レイシフトでは現地の人間を連れ帰ったりとか出来ないから』
「あ、そうなんだ……」
『君がこのループの原因なのは確かだが、君や君の仲間達がここに来ているのにも理由、原因があるはずだ。それを探るためにも、協力関係を結んだ方がいいと思うけど?』
ダ・ヴィンチの言葉を受け、藤丸の顔がぱっと明るくなる。話して感じた印象通り、お人好しだ。俺と敵対するのが、それだけ嫌だったらしい。
そして、その提案に対するスバルの返答はもちろん──
「願ってもねえよ。よろしく頼むぜ、藤丸」
*
スバルの情報を元に、探索を再開することに。とりあえずは、ガーフィールとオットーを回収し、エミリアさんを助けることが目標だ。
スバルが死なないよう、護衛としてエミヤを付ける。彼なら、多彩な方法で守ってくれるだろう。
「……その、スバルさん」
「どうかしたか?」
「前回のことは、全て無かったことに?」
沈痛な表情のマシュ。ああ、そうか。ガーフィールに教えていたことは、全て無かったことになる。その事に心を痛めているのか。
「……スバルさんは、こんなことを何度も?」
「慣れねえけど、慣れねえことに慣れた。これがなきゃどうにもならないことだってあったし、その辺は割り切って……」
割り切ってる、だろうか。ただの強がりな気もするが。実際、割り切れてないことはままある。が、わざわざ言うことでもないだろう。
「お前達の旅だってさ、みんなの記憶に残らないんだろ? なら、俺と似たようなもんじゃないのか?」
「で、ですが! 覚えていて下さる人は沢山います! ドクターに、ダ・ヴィンチちゃんに、スタッフさんたち……それに、記録には残っているので、サーヴァントの皆さんも閲覧することは出来るんです! ですが、スバルさんはたった一人で……!」
「……はは。なんか、新鮮だな」
これまで、死に戻りを知っているのはロズワールや、あの
エキドナとの『茶会』で彼女に
だから、こんな風に言われることなんて──
「あ、れ」
涙が零れる。自分以外に死に戻りを知る者が現れることで、自分で自分の境遇を客観的に見てしまった。正直、割と辛い。こんな内容のラノベとかあったら途中で読めなくなるレベルだ。
「馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は」
乱暴に涙を拭う。自分の境遇なんて顧みてる場合じゃない。まだ、エミリアを助けられていないのだから。
「とりあえず、ガーフィールを回収しに行く。オットーはその後。んで、次にエミリアだ」
「オットーって人、ほっといていいの?」
「しばらくは大丈夫なハズだ。それに、今回はお前らのおかげで早く動けるからな」
スケルトン達から逃げ回らないでいいのが大きい。これまで無駄にうろうろしていた時間が無くなるのは助かる。
*
「確か、この辺にガーフィールが──」
前回ガーフィールと出会った辺りの場所。しかし、前回と同じように出会うことは出来なかった。
「え……?」
そこには、
今回はちょっと短めです。