週末、商店街の一角にある広場で開会宣言が行われた。壇上には学校の後輩であり葉月庵の看板娘葉月柚子が立ち、祭りを盛り上げようと躍起になっている。広場には老若男女が集まり、様々な思いを胸にそれを聞いていた。開会前、舞台裏で緊張していた葉月だが、今舞台を見る限りは全然大丈夫そうだ。表情も声も柔らかい。
俺はそれを持っていたカメラに収めると、見回りの腕章を付けて、開会宣言の終わった会場を後にした。
―――
「ほら!下僕急ぎますわよ!」
「ちょっ!?引っ張るな!?」
聖櫻で見かけた気がする男女を見ながら、注意するべきかと思ったが、それを見守っていた黒いスーツの人が
「迷惑にならないように見張っているのでご安心ください」と言っていたのでそちらに任せよう。商店街はイベントと言うのもあり、祭り好きな人や雰囲気を楽しみに来た人、セールに惹かれて来た人、家族連れなどで賑わっていた。五月に入り気温が上がってきていて、アーケードの中は少々暑かった。それもあり冷たいお団子や抹茶などの売れ筋が良かった。
「開会の挨拶緊張しましたよ...」
葉月がほっとした顔で答えると、彼女の幼馴染みの朝比奈が、葉月を労わっていた。しかし歩いていると怒号が響いた。何事かと思い現場に向かうと葉月と朝比奈の親父さんが我が校の教頭、藤堂静子先生をどちらの店に招くか言い争っていた。
「静子ちゃんはうちに来るんだよ!」
「そこのお父さん方、他の人の迷惑になるので喧嘩は
控えてください」
「坊主!うちの酒屋と奴の蕎麦屋、静子ちゃんはどっち
でお茶していくべきだと思うか?勿論俺の所だよな!」
「坊主!そいつの言う事は信じちゃいけねぇ!静子
ちゃんはうちに来るべきなんだ!」
ダメだこの人たち話を全く聞いちゃいねぇ...。
「...皆さん、お騒がせしてすみません」
「藤堂先生ですか...」
「でも何で藤堂先生をお父さんたちが取り合ってるの?」
葉月の疑問はここに居る高校生組が思っている事だった。確かに何故そこで、しかも怒号を撒いてまで取り合う必要があったのか。
「俺達の時代の聖櫻マドンナつったら静子ちゃん
だったんだよ」
まあ、今でもお綺麗でいらっしゃるし、そうなのだろうか。これは将来村上先輩や椎名が苦労しそうだな...。
「まあ、そんな事もあったかもしれませんね...」
「でも周りに迷惑かけて取り合う事とは違いますよ」
「坊主分かってねぇな、そうだ!静子ちゃんうちに
来れば蕎麦つけるぜ!これは貰ったなぁ!」
「何をぅ!ならうちは日本酒だ!いいのそろってるぜ!」
全く...本当に分かってないのはこの人達だっての...。側であんたらの娘たちも慌ててる...。
「分かってねぇのはあんたらだ」
「な、何だと!?坊主!」
「俺たちが分かってないだと!?何をだ!」
愛娘の前で醜態を晒し、愛娘たちの学校の先生をナンパ。まだここは不問にするとしても...。
「確かにあんたらの時代の聖櫻マドンナは藤堂先生かも
しれないが、あんたらが射止めた、あんたらにとって
のマドンナは藤堂先生か?」
『!?』
「あんたらの醜態、奥さんに見せられるか?」
「...その通りだぜ坊主...。俺は見失っていたぜ...」
「俺にとってのマドンナは...嫁さんの事だって事を...」
「坊主!俺はあいつを悲しませる所だったぜ!ありがとよ!」
「俺だって、あの時のミスコンで見に行ってたのは嫁だ!」
『俺にとってのマドンナはあいつだ!』
『あんたら店の前で何恥ずかしい事叫んでるのよ!』
『す、すまん...』
ま、まあ一件落着と言った所だろうか...。
「和倉先輩、お父さんたちの喧嘩を止めてくれてあり
がとうございました!」
「和倉先輩が止めてくれなかったら大変な事になってた
と思います!」
「まあ、仕事だしな...俺は職務を果たしただけだし...。
それよりもお前らの親父さんに人の話は聞くように
言ってくれ。話が通じないのはどうしようもない」
揉め事は解決したし、また巡回を始めるだけだ。
「じゃあ見回り続けるから」
「頑張って下さいね」
何事も人に迷惑をかけなければ問題ない。だがこう言う祭り会場は人々に熱狂を与えるだけでなく、危機管理能力を奪い取っていく。つまり正常な判断が出来ず、雰囲気に飲み込まれ羽目を外すのだ。祭りと言う麻薬を打たれた若者は、イベントに飢え、満たされると問題を起こす...薬物中毒者よりもタチが悪い気がしてきた。打つだけなら犯罪にはならないしな。そして歩いていると...お祭り中毒者が通りのど真ん中で喧嘩を始めた。
「あんたら、ここでの喧嘩は御法度だ。他所でやれ」
「な、何を...!?あんたは番長を倒した和倉か!?」
「な、何だと!?」
え?何これ?喧嘩は収まったが、俺の名を聞くと一同石像になった。俺はメデューサじゃねぇ。
『すみませんでしたぁ!!』
「あ、ああ。喧嘩するなとは言わんが人目につかない
場所でやってくれ。ここは子供や貴婦人の目がある」
現に小さい女の子が泣き出しそうだ。
「...撤収だ!このケリ今度付けるぜ柿生高!」
「湘北工の番長が鈍ってるうちはこっちの勝ちだぜ!」
他でやり合うわけでもなく、解散していった。喧嘩しないに越した事は無いが、これで良いのかあんたら。
「お兄ちゃんありがとー!」
女の子が俺の所に来るとお礼をしてくる。
「大した事はして無いよ。俺は仕事してるだけだからな」
「お父さんとはおーちがいー!」
お父さん...。せめて主夫である事を願おう。本当に仕事してないわけでは無いだろうし。
しかし、いくら祭りだからって…喧嘩は流石にないと思うんだ...普通は楽しみに来てるんだから...因縁の対決とか普通しねぇだろ。しかしここら辺の高校荒れ過ぎな気がするんだけど...治安大丈夫なのか?
「道聞いてもいいかしら?」
「どちらまで?」
「ステージのある広場がよく分からなくて...」
「それでしたらこの先のうどん屋さんの所から伸びる
道を進み頂けたらありますよ」
「ありがとうね」
普通は道を聞いたり、迷子の子の親を探したりだよなぁ...。
―――
陽が頭上にある頃、休憩の時間を貰えたので和菓子屋さんで一服していた。店主曰く、今日は五月にしては暑いという事もあり、冷やし団子とお抹茶が飛ぶように売れて、繁盛しているらしい。
「花香里さんの息子も頑張ってるし、三本おまけと
タダで配ってる草餅だ」
「親父さん太っ腹ですね、ありがとうございます」
団子屋の親父さんの奥さんと、うちの母親は高校の同級生と言う事もあり中が良いのだ。ゴールデンウィークも休み無しに働く両親なので、あまり会えていないらしいが。てかうちの両親、いくら仕事好きだからっていい加減休んでくれよ...。有休いくつ溜まってるのだろう...。有休あったら、それ使って仕事するくらいだし...。休んでくれ、そんな息子の顔が見たくないのか?
「花香里は昔から仕事好きだからねぇ。生徒会長やって
色々仕事を持ち込んで学校を盛り上げたのも花香里
だったのよ」
校内全体のケイドロも、七夕の祭りも、冷涼祭も母親の提案だ。とにかく盛り上げる、仕事をするってのが大好きな人だからなぁ...。父親は趣味がゴルフでもランニングでもなく仕事だし...。二人は何故結婚したのか...いや、出来たのか...不思議に感じた、昼下りだった...。
この作品の謎
『未登場の主人公の両親、主人公は両親の飯を作らないどころか、作中会話も無し』
書いてた途中で気付きました...。まあ、多分これからも殆ど出ませんが...。