そんな君に   作:秋の月

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難産でした。


19話 日帰り江ノ島

「何故ここに居るのでしょうか」

 

龍宮城をモチーフとした片瀬江ノ島駅の前に俺は居た。俺をここまで連れてきた御三方の中の留学生は年甲斐も無くはしゃいでいた。

 

 

冒頭部分から遡る事一時間前。と言うのも今日は先生方が一斉に出張に行ってしまうので、部活なし、四限で終了の短縮日程だった。俺はやる事も無いし飯食ったら帰ってゆっくりしようと思った。るいは部活の先輩とお昼を食べると言っていたので、今日は一人で帰ろうと思いながら、珍しく人気が少ない屋上で弁当を広げて食べ始めた。

 

『おぉ〜!スイサンじゃありませんカ〜!』

 

特徴的な喋り方をしている人が俺の事を呼んでいるなと思いながら振り返ると先輩のクロエ・ルメールさんがいた。聖櫻には留学生めそこそこいて、彼女もその中の一人、フランスからの留学生だ。久しぶりにと言うことで一人で飯食ってたら俺を見つけて、俺のソロランチを邪魔しに来たのだろうか?いや、彼女は天然なだけで悪意の無い人間だからそんな事は無いだろう。でもそんな人が一体なんの用だと思うと村上先輩と望月先輩も一緒にいた。

 

「和倉君こんにちは」

 

「スイくんやっほー!今日も女の子は可愛いね!」

 

「いや、クロエ先輩に呼び止められてしまい...」

 

「ねぇ無視?私の事無視なの〜?」

 

「あ、ソウダ!スイサンも一緒に来ませんか?」

 

「え?え?」

 

「それじゃあ行くわよ!」

 

え?話が見えない...と思っていると両手が繋がれていて、歩き出していた。え?えぇ...。

 

 

そして冒頭部分に戻る。

 

「和倉君ごめんなさい。もしかして用事とかありましたか?」

 

「...いや、ありませんでしたけど、何も言われず連れてこられると困ります」

 

と言うか用事があったらどうするつもりだったのだろうか。

 

「本当に困るわ〜」

 

「望月先輩貴方たちに言ってるんです。あざとく出来ないようにしてやりましょうか?」

 

「す、スイくん?怖いわよ?え?マジなの?」

 

「えぇ」

 

「ちょ!スイくん!?真顔でこめかみをグリグリしないで!?ごめんなさい!痛い!許して!」

 

「ごめんなさい」

 

「いたたたたた!?」

 

到底許されるべき行為ではない。悪ふざけが過ぎるなと、俺は思うわけです。財布の中身は今月の残りの生活費、諭吉一人だけだと言うのに。

 

「わ、和倉君?そ、その辺にしといた方が...」

 

「わ、ワタシもゴメンナサイデス...」

 

確かに人の視線が来る中視線を集める事をしてもなぁ...。仕方ない。

 

「今回は許します。さっさと行きますよ」

 

どこに行くかは分からないけど。

 

「と言うか何処行くんですか?この時期の江ノ島とか神社と水族館くらいしかありませんよ」

 

強いて言うならタワーと路面電車くらいだ。でもそれだけだ。後は生しらすが旬だったか。食えない事は無いがさっき軽く昼を途中まで食ったからなぁ...。

 

「島に行きマしょー!」

 

「お腹もすいたしねぇ~」

 

あぁ、江ノ島神社からの生しらすルートですか...何となく分かるぞ。定番だもんな。

 

「江ノ島は野良猫が多くいる事で有名ですよね」

 

「そうですね、僕も何度か餌を強請られましたよ」

 

物欲しそうな目で餌を求められた時はついつい上げそうになったけど、確か猫に餌を与えてはいけないとか言われた記憶がある。一年以上も前の話だけどな。

 

「猫...美少女との組み合わせ...いけるわ」

 

何が「いけるわ」ですか...分からなくは無いですけど...。

 

「しかし平日なのに人が多いですね...」

 

「外国人の方も多くいらしてますからね。仕方ないです」

 

クロエさんの様に、江ノ島に訪れる外国人は多数いる。都心から近い観光スポットだしな。それに有名漫画の舞台にもなってると、海外の観光雑誌にも掲載される。日本のサブカルチャーは世界に誇るものだからな。俺も好きだ、スラムダンクは。

 

「どこから行くんですか?」

 

「ジャパニーズジンジャ!行きたいデス!」

 

「じゃあ取り敢えず島の方に向かいますか」

 

「そうね〜」

 

―――

 

「この橋の光景はテレビでよく見かけますよね」

 

「夏場の天気予報とかの背景とかですね」

 

「ダカラ見覚えがあったのデスネー!」

 

「観光案内とかにも乗ってるわよね〜」

 

テレビで観た景色を目の当たりにして、気分が高揚しているらしく、先輩方の足取りが更に軽くなった感じがする。天気にも恵まれているが、やや陽射しが強めだ。先輩方は元気過ぎないだろうか?それとも俺が元気無いと言う事なのだろうか。

 

「スイサーン!早く早く!」

 

「クロエさん落ち着いてください」

 

「元気で良いわね〜」

 

やや狭い歩道の上でカメラを構えた望月先輩はクロエさんに向かってシャッターをきった。本人は満足そうにしているし、クロエさんも楽しそうにしているし、ピーク時に比べて混んでないし騒ぐ事でもないか。

 

「それにしても...暑いですね...」

 

「夏本番では無いと言っても...暑いですね。それに比べてクロエさんは元気そうですね...」

 

この時期から夏服移行期間で、今日みたいに暑い日は夏服で来れる様になっている。俺も暑くてブレザーを置いてきた人間だ。それでも暑い。願わくば冷房の効く部屋でのんびりとアイスを齧りたい。

 

「まあ、置いて行かれない様について行けば良いと思いますよ。そのうちバテてくれる筈です...」

 

「そうでしょうか...取り敢えず行きましょうか」

 

昼真っ盛りの空の下、額に浮かぶ汗を拭うとクロエさんたちと離れている事に気づく。あの人たち元気過ぎる...早く歩き過ぎだ。

 

「待ってくださいよ!」

 

隣を走るバスは、渋滞に遭うこと無く快適に人を乗せて、先を行くクロエさんたちも抜かして前に躍り出る。端からバスを使うべきだったのかもしれないが、歩きながら景色を眺めるのも観光の一つだ。村上先輩には悪いけど仕方ない。

 

声が届いて居ないのか、彼女らは更に先へと急ぐ。

 

「...ゆっくり行きましょうか」

 

「...そうですね」

 

彼女らは童心に戻ってしまったのか。可愛らしさもあるが比較的インドア派の俺たちには手が負えない。

ならば諦めるだ。誰かの座右の銘だが「押して駄目なら諦めろ」だ。案ずることは無い。そのうち向こうからやってるくる。

 

「暑いですけど景色は良いですね」

 

絶景と呼べる海は、沖縄とか、ハワイとか...透き通っている様な、スカイブルーと言うのだろうか、その様な印象があるが、そこら辺でも見れる海は、他のものと写るからこそ映えるのだなと感じさせられる。

 

「確かに...これもこれで良いものですね」

 

知らない訳では無いが、見聞したものが多くなると考えも変わってくる。

 

「偶には遠出も良いものですね」

 

微笑んだ顔の村上先輩も、中々美しいものだった。流石聖櫻ミスコンテストの王座と言うべきなのか、だから王座に立てると言えるのか。謙虚にし過ぎな彼女だが、やはり美しく思う。

 

「...ですね」

 

ところで...クロエ先輩たちがすっかり見えなくなった事に触れるべきなのだろうか?

 

―――

 

聖櫻生愛用のアプリ『ヒトコト』で、俺宛に「江島神社に来て」と望月先輩から連絡が入っていた。急ぐ気は無いのでゆっくり行こう。神社までの通りには土産物店や飲食店が軒並み連なっていて、平日だと言うのに海外からの観光客で賑わいを見せている。

 

「思ったより人がいますね...」

 

橋の時には人が少なかったのだが、バス利用が多いの島には人が溢れていた。そりゃそうか。面倒臭い徒歩よりも金さえ払えば楽を買えるバスの方が手頃だもんな。

 

「見た感じ外国の方でしょうか」

 

「そんな感じですよね...平日ですし」

 

少なくとも学生の姿は俺たちだけだ。

高身長の方や横に大きい方、どれもがビッグサイズ。勿論一般的な体格の人もいる。

 

「お〜い!二人共遅いわよ〜」

 

「のんびり屋さんデスネ!待ちくたびれましたヨ!」

 

「貴方たちが速いんですよ...」

 

待ち惚けを食らっていた二人と合流すると、鳥居を潜り本殿に向かう。階段が少し長めに続いているのを見ると、登るのも億劫になると言うものだ。無限体力とも思えるクロエさんだって疲れるに違いない。疲れなかったらこの人は相当すごい人になるだろう。元気を分けてもらいたい。

 

「江島神社は弁財天を祀っている神社でしたよね」

 

「ベンザイテン?天ぷらですカ?」

 

「食べ物を祀ってどうするんですか...せめてお供えですよ。金運上昇のご利益があることで有名な神様ですよ」

 

「金運ですカ?大金持ちですカ!?」

 

「そこは努力としか言い様が...」

 

祈っただけで大金が手に入るのならば人類天にお祈りするだろう。人類に試練を与える唯一神でもそこまではしないだろう。

 

「少しお金の事についてご利益はあると思いますよ」

 

「信じる者は救われるって言うしね〜」

 

「ワタシも祈ってみマス!」

 

いやクロエさん祈らなかったら此処に何の為に来たんですか?

 

「江島神社って縁結びでも有名よね」

 

「俺には無縁ですけどね」

 

「そ、そんな事は無いと思いますけどね」

 

地味な俺には無縁だと思うのだが、もっと顔が良くて、男らしくて、頼り甲斐のある男だったら良いものの...。まあ、モテた所で選ばなくてはならないのだろう。自分が好きになった人を選びたいからな。今の所見当つかないけどな。

 

「それよりも、本殿が見えてきたわよ〜」

 

「本当ですね」

 

「あそこに行けばお金が...!」

 

「賽銭入れたりお守り買ったりしたら減りますけどね」

 

『あはは...』

 

現実は置いといて、それにしても長かった...最初連行されてここまで来たけど長かった。昼飯食べて正解だった。

 

「いい所デスネー!感激デス!」

 

別に寺社巡りを趣味としていない俺にとっては、どれも似たようなものだと思うのだが、目の前の少女にはその似たようなもの一つ一つが感動の風景なのだろう。疲れ知らずなのか、ここが境内だと言うのに目を輝かせてはしゃいでいる。

 

「文緒サーン!エレナサーン!一緒にお参り行きまショー!お二人の恋愛ジョージュお手伝いしまーす!」

 

「ちょ、ちょっとクロエちゃん!」

 

「く、クロエさん...!そ、その事は...!」

 

...?確かにあの二人は傍から見れば仲の良い百合カップルだと思うけど、わざわざ二人一緒に連れていくものなのだろうか?

 

「そして俺は置いてかれた...」

 

どうやら俺は、まだ女子の輪には入りきれない様だ。仕方ない。野郎は花園には邪魔と言うことだ。初めて望月先輩と会った時がそんな感じだったからな。

 

まあ、それは置いておこう。

 

江島神社と言えばるいと初めて一緒に来た神社だったな。

 

『江島神社ってえんむすびのごりやくがあるんだって!』

 

『へぇ〜』

 

『ここでいのれば私達はいのればむすばれるのよ!』

 

『そうだね』

 

思えばあの頃はまだお互い純粋だったのだろう。今じゃるいとはそんな話が出来ないからな。照れ屋になってしまったのだから仕方ない。

 

「翠く〜ん!早くこっちに来なよ〜」

 

「...今行きます」

 

るいにお土産話持っていくか...。

 

 

 

 

―――

 

「今日江島神社行ってきたんだよ」

 

「どうしたの?疲れてるの?」

 

「俺は平常なんだけどな...いや、昔行ったよな、俺ら」

 

「初めて一緒に行った神社だったものね」

 

「あの時はるいも素直だったのにな」

 

「...よ、余計なお世話よ!(今じゃ恥ずかしくて言えないわよ...)」

 

「何か言ったか?」

 

「何も言ってないわよ!」

 

幼馴染みは俗に言うツンデレらしい。




今年も終わりですね。ギリギリ駆け込めたので良かったです。来年は就職試験が待っているので投稿頻度が激減するかもしれませんが、気長に待って頂けるとありがたいです。それでは良いお年を...

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