連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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10.クリムゾンブレイド

 アリアスからペターニへ向かう街道で、幾度目かの野宿をすることになった。エリクールを周回する三つの月が西へと向かう深夜帯だ。

 ネルは獣が寄ってこないよう、黙々と火の番をしていた。

 

「……………………」

 

 てっきりもう来ないと思っていた、明日を待つための夜。

 ペターニまでの道程を、ネル達はもうほとんど踏破している。明日には目的地に辿り着くだろう。

 くすぶる炎を見つめながら、ため息をつく。

 ――まっすぐな眼差しを向ける、フェイトの顔を思い出しながら。

 

「……少し、いいか?」

 

 そこで。

 ネルは顔を上げた。視線を横に流すと、声の主らしき青年が立っていた。闇に溶ける黒の上下に、対照的な深紅のコート。それがまず、ネルの目を惹く。

 

「……ああ」

 

 ネルの頷く声が、やや生返事になった。

 少しして焚火の前に現れたアレンは、ネルの対面に腰掛けた。

 

「貴方に聞きたいことがある」

 

 そう前置きする彼は、足音も気配すらも感じさせない。昼間の方が視認できる分、存在感があった。

 

「……何?」

 

「何故、助けに行ったんだ?」

 

 意外にもそこだけ強い光を宿した蒼瞳。その瞳を、じっと見返して、彼女は首を傾げた。

 ――質問の意味が分からない。

 

「何のことだい?」

 

「あの二人の部下のことだ。貴方は何故、あの二人を助けに行ったんだ?」

 

 思わぬところを突かれた気がして、ネルは彼を仰ぎ見た。

 冬の湖面のように澄んだ蒼の瞳には、ぱちぱちと燃える焚火が映っている。その炎は揺れていたが、彼の瞳は、少しも揺るぎはしない。

 彼は続けた。

 

「貴方はたった一人の人間と、国民全体の命なら、考えるまでもないと言った。……なら、あの二人の部下は、貴方が命を落としてでも救わなければならないほど、国を左右する大人物なのか?」

 

「……それは……」

 

「カルサアで、彼女達を治療したときに聞いた。貴方が『クリムゾンブレイド』と呼ばれる女王直属部隊の指揮官で、実質、シーハーツ(この国)の軍を、貴方と、ラーズバード指揮官が動かしていると」

 

 言葉を切ったアレンは、ネルを見据える。対する彼女は顔をしかめて唇を引き結んだ。視線が下がる。

 

「……………………」

 

 彼が何を言いたいのか、理解できたからだ。

 

「フェイトに言っていたな? 俺達を助けたのは、俺達なら貴方々の国を救うことが出来ると考えたからだと。だが、損得勘定の話をすれば、貴方が二人を助けに行ったのも、誤りじゃないのか?」

 

 俯くネルを、別段、責めている口調ではない。

 だがその指摘は、深く彼女の胸を抉った。返す言葉も見つからぬほど、深く。

 

「それでも――!」

 

 それでも何か言わねば、フェイトの行為を許すことになってしまう。

 もしかしたら、シーハーツを再び敗北の危機に追いやってしまうかもしれなかった、彼の行為を。

 

「それとこれとは規模が違うんだよ……! アンタ達の知識は、直接国の勝敗に左右する! だけど私は……!」

 

「現状不利なところに、国の一翼を担う存在(クリムゾンブレイド)が消えて、それで兵の士気がもつと? それも最前線(アリアス)の総指揮官が俺達の護衛についた状態で?」

 

「……っ、っ!」

 

 拳を、握り締めた。

 クレアなら、彼女がいれば何とかなると、そう確信していた自分をばっさりと切り捨てられた。

 

 そんな甘い考えでは、フェイト達が聖都に着く前にシーハーツは落ちると。

 

 彼の瞳が、彼の蒼が、言外に語っていた。

 淡々と、相手を見定めるように。

 彼は続けた。

 

「ゼルファー指揮官。俺も、ある機関に属する軍人だ。だから、軍人としての務めを果たすつもりでいる」

 

 切り出した彼に、ネルは顔を上げた。湧き立ってくる感情をこらえきれず、それでも無理やり抑えつけながら、アレンを睨む。

 首を傾げるネルは、見ようによっては今にも泣きそうな表情をしていた。彼は視線を外して、眼前の焚火に目を落とした。

 

「俺は民間人(フェイト)を守る。例えどんな状況であれ、軍人(オレ)がついていながら民間人(カレ)に人殺しはさせない。絶対に。――それが、俺の務めだ」

 

「!」

 

 表情をしかめるネルを、アレンは睨み据えた。まるで目の前にいる彼女こそが、仇敵と言わんばかりに。

 彼を包む空気が、底冷えする。

 だが不思議と、その焦点はネル自身を向いてはいない。例えるなら、ネルのいる空間を、睨んでいるようだ。

 ――彼女の後ろにある、何かに向けて。

 それを憎むように。

 許さぬように。

 

「……………………」

 

 ネルは思わず固唾を飲み込んだ。得も知れぬ緊張感が、肌に突き刺さる。

 しんと静まり返った空気は、凪いだように動かない。

 アレンが目を伏せた。すると、固まった空気が離散する。停止した時間が動き出して夜気がネルの頬を撫でた。

 少しの、間。

 緊張で喉を鳴らす彼女の、呆けた眼差しをとらえて、アレンは言った。

 

「少し眠って、気持ちを整理するといい。今ここで、俺に反論するよりは意義のある時間を過ごせる筈だ」

 

「何をっ!」

 

「貴方の、クリムゾンブレイドではない『貴方自身の』考えを聞かせてくれ。その方が俺も動きやすいし、きっとフェイトも喜ぶ。……積極的ではないだろうが、クリフも断らないだろう」

 

 どこか温かみのある声だった。

 反して、月明かりに照らされたアレンの表情は固い。感情を押し殺したような表情(カオ)だ。それが何の感情を押し殺したものなのかは、ネルにも分からない。

 ただ分かった風な口をきく彼に向かって、ネルは虚勢を張った。

 

「私の考えだって? そんなの――!」

 

「自分を殺しきれないんだろう? だから部下を見殺しに出来ず、危険を承知であの二人を助けに行った。……誰よりも、仲間を失う哀しみを知っているから」

 

「っ!」

 

 ちり、とネルは胸の奥が焼かれた気がした。苛立ちが湧き起こる。唇を噛んだ彼女は、彼が何か言う前に乱暴に立ち上がった。

 

「勝手なこと言うんじゃないよ! 私は、私の意志で行動してる! 最初から自分を殺してなんか……!」

 

「戦争は」

 

 ふと。底光りする蒼の瞳と目が合った。訳も分からず、他を圧倒する、その瞳と。

 息が詰まる。

 

「……っ」

 

 間。

 

 ネルの強張った表情を見上げて、彼は静かに言った。

 

「戦争は何も、兵器でするものじゃない」

 

「……え?」

 

 ゆるりとアレンの瞳が焚火を映す。ネルはきょとんと目を瞬かせた。先ほどまでの緊張が、その空気が、いつの間にか和らいでいる。

 脱力した。

 ため息が出る。

 

(遊ばれてるんじゃないだろうね……?)

 

 舌打ち混じりにつぶやくネルに、彼はようやく微笑った。

 

「それから――、あまり親友を泣かせるな」

 

「え……?」

 

 それは言葉(こえ)にもならないつぶやきだった。驚いて見返すネルの方は見ず、彼は薪をくべる。

 

「今日はもう遅い。火の番は俺がやろう」

 

 話はそうして打ち切られた。アレンを怪訝に覗き込んでも、彼は何事もなかったかのようにネルを見返すだけで、先ほど見えた複雑な眼差しは、もう影もない。

 ネルは鼻白んだ気分で、二、三度、瞬きを繰り返す。

 

「……………………」

 

 思考が空転した。――今の、複雑な彼の眼差しが、あまりに似ている気がしたのだ。

 ネーベル・ゼルファー、父の面影に。

 アレンがあらためて、こちらを見上げて言った。

 

「休むといい。……いろいろ言って、すまなかった」

 

 そうやって簡単に謝ってくるのが、どうにも気に入らない。まるでネルとは違う、余裕を見せつけられているようだ。

 だから彼女は鼻白んだ表情から目を覚ますなり、アレンを睨んだ。

 

「……別に。アンタの言いたいことは大体分かったよ。でも、私は国を守りたい。そのためなら、何も厭うつもりはない! ……そう、覚えておきな」

 

 言い放つ。不機嫌に口調が速くなったが、後の祭りだ。彼女は逃げるように野宿用の布団にもぐりこんだ。

 目を瞑る、ほんの数瞬前。

 確か火の番をするのは自分だったと思い出しながら。

 苦虫を噛み潰したような気分で、ネルは硬く目をつむった。

 

(クリムゾンブレイドであることが、私の証さ……!)

 

 心の中で叫んで。

 戦場は、私情など挟む余地なく無情であると知っているからこそ。

 彼女はきつく唇を噛み締めた。

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