連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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final phase FD事変
75.激動


「リーダー! 強力なエネルギー反応が高速接近しています! パターン黒、エクスキューショナーです!!」

 

「なんですって!?」

 

 マリアが目を見開く。

 クォークのオペレータ、マリエッタの一言から緊張は始まった。ブリッジに集まった一同は、モニタに映された宙図を見て言葉を失う。

 クォークが所有する航宙艦、ディプロを示す黄色の(グリッド)が、赤い(グリッド)に取り囲まれている。赤い点、ざっと五十以上。

 これがエクスキューショナーの総勢である。

 

「重力ワープ展開、振り切るわよ!」

 

 マリアが鋭く指示する。だが、マリエッタは首を振って、悲痛な声を上げた。

 

「ダメです! 振り切れませんっ! エクスキューショナーと接触まであと十秒!」

 

 マリアは短く舌打った。ソフィアが不安そうに、フェイトを見る。

 

「私達がシャトルで降りた時は何もなかったのに、どうして?」

 

 惑星ストリームを徘徊するに過ぎなかったエクスキューショナー達が、牙を向く。まるで自己を持ったかのように。

 

「二十万キロメートル前方で、二体のエクスキューショナーがすでに当艦への攻撃準備を完了しています」

 

「マジかよ……」

 

 クリフは思わず渋面を作った。相手は連邦の最新鋭艦ですら敵わない強敵だ。普通に考えれば、ディプロは逃げる事も戦う事も出来ない。

 皆の脳裏に、撃墜されたアクアエリーが過ぎる。

 マリアは宙図を睨み、言った。

 

「緊急回避プログラム作動! 量子魚雷準備! フェイズキャノン発射!」

 

 ディプロデッキに緊張が走る。ミラージュがコンソールパネルを素早く叩き、状況を復唱する。

 

「了解。量子魚雷準備完了、フェイズキャノン共に発射します」

 

 エクスキューショナー――断罪者による術式が、光線となってディプロを襲う。全部で三本、自動操縦で回避行動を実践するディプロは、艦内に積まれた演算回路が、敵の攻撃より遅い時点で全て終わる。

 第一射、第二射、回避成功。ただし第三射で光線がディプロの脇を掠める。激しい揺れがディプロに走り、一同は手近な突起にしがみついた。振動で、こけそうになるソフィアの手を、フェイトが慌てて引っ掴む。

 マリエッタがモニタにかじりついたまま、声を荒げた。

 

「敵シールドに量子魚雷、フェイズキャノンとも命中! ですが、まったくダメージはありません! 全てシールドに吸収されています!」

 

 ディプロが叩きだす数値に、マリエッタは背筋が冷えるのを感じた。マリアの表情が強張る。――予想できた事だ。だが、絶望的過ぎる。

 

「さすがはエクスキューショナーですね」

 

「感心してる場合か。どうにか、重力ワープで逃げ切るぞ。敵砲撃をかわすと共に重力ワープ展開」

 

 ミラージュの軽口に突っ込みながら、クリフは厳しい視線を宙図に向ける。その時、アルフが無名(カタナ)を抜いた。

 

「お前、こんな時にんな(モン)抜いてどうする気だっ!?」

 

 殺気だったクリフに答えず、アルフは無名(カタナ)を水平にし、己の気を高める。

 剣技、活人剣。

 自らの能力を底上げする気功術は、無名の刀身を青白く輝かせ、一瞬、ディプロデッキ後方を白く染める。アルフは更に、刀身に紋章力を込めた。

 風が巻き起こる。アルフの銀髪が、ふわりと舞い上がった。

 

「宙行く幾星霜の星々よ、彼の地より来たりて驟雨となれ」

 

「敵エクスキューショナー、更に高速接近! 全方位から六射、来ますっ!!」

 

「ったく、撃ちたい放題撃ちやがって!」

 

 マリエッタの実況で我に返り、クリフは舌打つ。モニタ内のエクスキューショナーの掌に、紋章が集う。急速に、迅速に。

 

(――ッッ!)

 

 フェイトはディプロデッキ後部で身を伏せ、息を飲む。艦隊戦で――この広い宇宙で、フェイト達は戦う事が出来ない。同じようにデッキ後部の突起にしがみつくアルベルが、視線をこちらに向けた。

 

「……やべえのか?」

 

 そう、冷静に問うて来る。フェイトはおもむろに頷いた。

 

「激ヤバだよ」

 

「私達は外に出られないのかい? 肉弾戦ならどうにか――」

 

 言いかけるネルを、フェイトは押し止めた。

 

「残念だけどネルさん、宇宙に出た瞬間、僕等は氷漬けになるか、呼吸出来なくて終わっちゃうんだ」

 

「なら、打つ手無しじゃないかっ!?」

 

「――ねぇ?」

 

 ネルに頷きながら、フェイトは頬を掻く。ネルが絶句した。座席(シート)にいるマリアとクリフ、クォークメンバーも心境は同じだ。

 激しい揺れがディプロを襲う。

 フェイトは歯を食いしばり、ソフィアを抱えてうずくまる。調子に乗って気を抜くと、衝撃で突起から手を離しそうだった。

 

(腕がっ、腕が千切れるぅうううう……!!)

 

 心の中で絶叫しながらフェイトはアルフを見上げる。神々しいまでの光に包まれたアルフは、衝撃の中でも平然と立っている。それが平衡感覚のおかげか、別の要因かはフェイトには分からない。

 ただ、

 

「この紋章――!」

 

 フェイトの腕の中で小さくなっていたソフィアが、目を丸くしてつぶやいた。どうした? とフェイトが問う前に、マリエッタの声が走る。

 

「艦長! シールド効率67%に低下! あと一撃でも掠めたら、ひとたまりもありません!」

 

 マリアは眼を見開いた。

 

(――終わるの?)

 

 ふと、マリアの脳裡に、四年前の出来事が過る。銀河連邦の最新鋭艦にディプロが襲われた時の事だ。あの時も今と同じ、撃墜されるしかなかった絶望の中にあった――。

 

「……ああ……」

 

 マリアは頭を抱える。体が震えだした。両手で自分自身を抱きしめるマリアを、アルベルが眉をひそめて見据える。

 

「おい。マリアの奴、どうなってやがる?」

 

「へ?」

 

 アルベルに問われ、フェイトは顔を上げる。ディプロの座席(シート)で小さく丸まったマリア。この状況で、全てを投げ出すような人間ではないマリアが、モニタも見ずに唸っている。

 

「クリフっ! 代わりに指示を!!」

 

 フェイトは鋭く叫んだ。クリフがハッとマリアを見る。うずくまる彼女を視界の端に、クリフは鋭くミラージュを見る。

 

「ミラージュ! プログラム変更、ともかくエクスキューショナーの攻撃を避けるコース算出を優先だ! ワープは後だ、後!!」

 

「了解。――プログラム変更終了、敵砲撃の回避に全演算を集結させます」

 

 言う間も、ディプロはどうにか執行者の攻撃を四発躱している。後二発――躱し切れれば、数秒生き延びられる。

 と、

 アルフの紋章術が完成した。

 

「クリフ、宙図を寄越せっ! エクスキューショナーを全滅させる!」

 

「あんっ!? 全滅――!?」

 

 珍しく声を張り上げるアルフに、クリフは首を傾げながらも反射的に応える。アルフの目の前に宙図――ディプロを示す黄色の(グリッド)を取り囲む、五十以上の赤い(グリッド)

 その座標軸全てを頭に叩き込んだアルフは、左手を掲げた。無名が、眩い光を放つ。

 

「メテオスォーム!!」

 

(――そうか!)

 

 フェイトは手を打った。アクアエリーが撃墜される時に使ったアレンの紋章術。――旧世代の最強紋章が、幾多もの隕石を呼び、鳳凰の炎を孕んで執行者を襲う。

 エクスキューショナー全てを焼き尽くす、広範囲で。

 同時。

 

「敵砲撃、躱し切れません――っ!!」

 

 マリエッタの悲鳴が、ディプロデッキに響き渡った。

 

 死――……

 

 誰もがその言葉を確信した瞬間、マリアの額が強く輝いた。彼女の脳裏を過ぎる、母の言葉。

 

 ――決してあきらめないで、最後まで生きて! 

   あなたにはそうできる力があるのだから……。

 

 マリアはモニタの執行者を睨み据えた。

 

「ミラージュ、電磁シールド展開っ!」

 

「りょ、……了解」

 

 ミラージュはマリアの額に浮かんだ光を見るや、慌ててパネルに指を走らせた。直後、ディプロ――被弾。

 フェイトはあまりの衝撃に言葉を失う。必死に突起にしがみつくが、強烈な揺れはフェイトを玩具のように弄ぶ。脳を揺さぶられ、どこが前なのか、床なのか、それすら掴めない。

 気温が急激に上がり、まるでサウナのような熱が押し寄せた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 腕をもぎ取られそうになりながら、フェイトはどうにか衝撃に耐える。揺れが止み、恐る恐る目を開けると、デッキ内が真っ赤な非常灯で照らされ、暗くなっていた。

 シートで固定されたクリフ達は無事だが、ネルは今の衝撃で体を打ったのか、小さく呻いている。

 

「ネルさん!」

 

 フェイトは呼びかけた。彼も立ち上がれるほど元気では無い。平衡感覚を失った体で、床を床と認識せずにぺたぺたと這う。頭を抱えたネルは、痛たた……とつぶやきながら、手を振った。

 

「大丈夫さ。ちょっと、さっきので頭を打っただけ」

 

「フン、情けねえ」

 

 アルベルもそう言いながら、床から立ち上がろうとはしない。睨み合う両者をフェイトは溜息混じりに見て、視線をマリアに向けた。

 

「なんとか、マリアのおかげで助かったみたいだな」

 

 電磁シールドをアルティネイションによって高次元シールドに変えた――そう解釈したフェイトは、緊張の名残で心臓が鳴っているのを聞きながら、笑った。

 マリアの表情は――優れない。血の気を失った彼女に、フェイトとアルベル、ネルは顔を見合わせた。

 呆然と、マリエッタが現状を報告する。

 

「機関室被弾、ワープエンジン緊急停止(スクラム)。予備では、必要な回避行動がとれません」

 

「敵エクスキューショナー、十体撃墜」

 

「凄い……!」

 

 マリエッタが息を飲む中、アルフは眼を見開いた。無名を握りしめる。

 

「十体だと?」

 

「やっぱり彼等(アルフ)の紋章力は、エクスキューショナーの防御力を上回ってる。なのに、どうして!?」

 

 マリアはモニタを睨み据えた。炎の流星群(メテオスォーム)は確実にエクスキューショナーに直撃した筈だ。事実、五十体いる内、十体はそれで消滅している。

 なのに、何故四十体も生きている――?

 マリアの疑問に答える代り、フェイトが声を張り上げた。

 

「こらぁっ! アルフ! ちゃんと当てろ~!」

 

「失敗したってのか?」

 

 アルベルが問う。

 答えたのは、ソフィアだった。

 

「エクスキューショナーが空間を曲げて、アルフさんの紋章術を逸らしたの……」

 

「えっ!?」

 

 フェイトはソフィアを見下ろす。ソフィアは眼を見開き、ガタガタと震えていた。ソフィアの目の焦点が合っていない。この非常灯――言われてみれば、ハイダが襲撃された時と似ている。しがみつくソフィアを、フェイトは力強く抱きしめ返した。

 

「くそっ……!」

 

「回避行動すら取れなくなったとなると……、ここまでか」

 

 クリフはつぶやいて、座席(シート)に身を預けた。口惜しそうに膝掛を拳で叩き、頭を背もたれに乗せる。そんなクリフを、ミラージュが鋭く見る。

 

「諦めるんですか、クリフ?」

 

「諦めたかぁねえが、世の中にはどうにもなんねえこともある」

 

 クリフの言う通り、ミラージュも薄々分かっていた。

 マリアのアルティネイションを以てしても、今回の敵、エクスキューショナーの攻撃を止める事は出来ない。アルフが紋章術で反撃している間に、ディプロが堕ちる。

 後一発。

 それこそ直撃すれば。

 

「皆、諦めちゃダメ!」

 

 アルティネイションを顕現させたマリアが、鋭く言い放った。沈黙したクォークメンバーがマリアを見上げる。それこそ、縋るように。

 

「――行けるのか、マリア?」

 

「分からない。でも、最後まで諦めないわ!!」

 

 クリフの問いにそう答え、マリアはモニタを見据える。ミラージュが嬉しそうに頷き、マリエッタも弾かれるようにして、パネルに指を走らせる。

 マリアは言った。

 

「アルフ! もう一度、お願い!」

 

「了解。すぐ撃てる紋章術(ヤツ)で、敵エクスキューショナーを撹乱する。どれを改変(アルティネイション)するかはアンタに任せる」

 

「ええ!」

 

 マリアは短く頷き、視線をクリフ、ミラージュに向けた。

 

「二人はディプロをコース316に進めて! ストリームとディプロ、エクスキューショナーが一直線に並ぶタイミングを見計らって通常エンジンフルパワーで反転させるわ!」

 

「……その作戦」

 

 ミラージュが目を丸くする隣で、クリフがにやりと笑った。

 

「いいのか、マリア? それだと俺達もワープ先を指定出来ねぇぜ?」

 

「覚悟の上よ」

 

 笑い返すマリアに、クリフは力強く頷いた。

 

「聞いての通りだ、ミラージュ!」

 

「了解」

 

 ミラージュはディプロの航路を指定する。だが、今のディプロは緊急回避行動が出来ないただの鉄の塊だ。エクスキューショナー達の格好の的である。

 

「敵第二射を発射しました! 四発接近中です!」

 

 マリエッタの緊張した声。それを視界の端に、アルフは紋章術を乱発(・・)した。

 イラプション、エクスプロード、サンダーストーム、エナジーアロー、スターライト、ライトクロス、レイ……

 思いつく限りの紋章を構成し、放つ。宙図を睨むアルフは、狙撃手(スナイパー)の如く正確に、撹乱用と迎撃用に紋章力を分ける。エクスキューショナーを撃墜させるとなれば長い詠唱が必要だが、敵に当てるだけならば短いモノで十分だ。その紋章術を、もしもマリアがアルティネイションで強化出来るとあらば――イケる(・・・)

 フェイトは確信した。

 

「にしても――、なんて早口だ……!」

 

 弾幕のように走る紋章の嵐を見据えて、フェイトは拳を握る。ネルも頷いた。

 

「こいつは……、たまげたね」

 

 そう言いながら、ネルはアルフを見る。下位紋章術なれば、アルフは詠唱を必要としない。そして――一つの紋章を発射させる間に、別の紋章を練っている。

 まるで、弾切れの拳銃に素早くカードリッジを詰め替えるように、アルフは中級紋章術を放つと同時に次の詠唱を始めている。間髪置かず、次々と。

 が。

 

「うそ……」

 

 アルフの紋章術を更に強化させようとしたマリアは、凍りついた。正確な紋章術によるアルフの遠隔射撃(・・)――それらすべてが、エクスキューショナーの手前の空間で曲げられ、あらぬ所で爆発している。

 アルベルが目を見開いた。

 

「あれは……!」

 

「代弁者!」

 

 フェイトも天使の様な女性――代弁者の姿を見つけ、絶句した。あれ(・・)は空間に直接干渉して、間合いをゼロに短縮してくる。その技を逆に使用すれば、当然、アルフの紋章術はエクスキューショナーには当たらない。

 

「それじゃ、奴等の攻撃は――!」

 

 息を飲むネルの勘は的中し、マリエッタの声が響いた。

 

「敵エクスキューショナーの攻撃、直撃します!」

 

「おわっ――」

 

 フェイトは息を飲んで身を小さくした。モニターを見ずとも凄まじい光が、ディプロ全体を呑みこむのが分かる。

 

 ――そして、

 

 数秒後、フェイトはゆっくりと瞼を開けた。

 

「……?」

 

 予期した衝撃がやって来ない。否、クリエイション砲を上回る攻撃が直撃したとなると、痛みすら感じる前に消滅しているだろうが。

 非常灯すら消えたディプロ艦内。

 フェイトは暗がりの中、立ち上がった。

 

「……皆?」

 

 問いかけてみる。抱えたソフィアからも、返事は無い。

 フェイトは固唾を飲むと、努めて冷静に、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら周りを見渡した。

 

 ぶつんっ、……!

 

 突如、電源コードをいきなり引き抜いたような音が鳴り、フェイトは反射的にそちらを振り返った。ついで、駆動音。二、三、白い電灯が艦内を照らし――座席でうずくまっていたクリフ達が顔を上げる。

 

「痛ぁ……っ! 一体、どうなったってんだ……!?」

 

 つぶやくクリフに、ミラージュが答えた。

 

「長距離センサーが、エクスキューショナー後方に信号を捕らえました。この信号――船のようです」

 

「艦籍は?」

 

「データ照合中。テトラジェネシス所属の戦闘艦、ソレイユ、リュナ、ルノワールの三隻を中心とした連合艦隊です」

 

「ジェネシスだと?」

 

 クリフが眉をひそめる中で、ミラージュはさらに続けた。

 

「連合艦隊のクリエイション砲により、敵エクスキューショナー、残り二十。更に通信が入っています」

 

「スクリーンへ」

 

「了解」

 

 マリアの指示に従って、ミラージュは入力する。ほどなくして、ディプロのメインスクリーンに、若い女性が映された。長い金髪が柔らかく波打った、上品な顔立ちの女性だ。彼女は黒いドレスに身を包み、ゆったりとした笑みを浮かべていた。

 

[こんにちは。初めまして、クォークの皆さん。私はジェネシス艦ソレイユ艦長、オフィーリア・ベクトラよ。会えて嬉しいわ]

 

 女性の視線を受け、マリアは眼を見開いた。一瞬呆然としたが、すぐに我に返る。

 

「私もです。テトラジェネシス宗主、ベクトラ嬢自らがご出陣なされるとは。状況はそれだけ差し迫っていると言う事ですか?」

 

[その通りよ。でも、今はそういう話は後。まずはエクスキューショナーを倒しましょう。協力して頂けるかしら?]

 

「願っても無い申し出です。しかし、当艦は回避行動もままならない状況――如何致します?」

 

 マリアの現状を聞いて、オフィーリアの美貌がわずかに歪んだ。オフィーリアは視線を落とし、指示を出す。

 

[どうやら思ったより状況は厳しいみたいね。――ヴィスコム、ルノワールでディプロの援護をお願い]

 

[了解]

 

 弾かれたように、アルフが顔を上げた。フェイト達も一瞬、オフィーリアの言葉が理解出来ない。

 

「ヴィスコムって……」

 

 息を飲むフェイト達を置いて、状況は目まぐるしく変わる。包帯で右腕を吊ったヴィスコムの副官――フラン大尉が、ディプロに向けて言った。

 

[当艦ルノワールはこれより、航路256でそちらに接近します。ディプロは座標347まで後退して下さい]

 

「了解」

 

 ミラージュが短く頷く。映し出された宙図に、ルノワールの航路が描かれる。それはエクスキューショナーの中央を割り入るようなコースだった。

 

「おいおい! いくらアクアエリークルーったって、こいつぁ無茶があんだろっ!」

 

 クリフが苦笑する中、アルフが首を横に振った。

 

「――(いや)。今度は『特務』だ」

 

「それってどういう……?」

 

 フェイトが問う前に、答えは出た。雨のように降るエクスキューショナーの攻撃の中を、ジェネシス艦ルノワールが合間を縫って進行している。反撃として放たれるクリエイション砲、フェイズキャノンまで正確無比の射撃だ。副砲でエクスキューショナーの動きを制限し、クリエイション砲で撃墜させる。最新鋭艦が最高速度で航行しながら――、である。

 

「あれだけ複雑な回避行動が取れるなんて……、さすがはジェネシスの最新鋭艦ね」

 

「オート操縦じゃねえよ。あれは全部手動だ」

 

「手動ですって!?」

 

 唸るマリアに、アルフは頷いた。

 

「おいおい、バカ言うなよっ!? 光速に地球人の反射神経で対応できるわけねぇだろうがっ!」

 

 クリフの問いに、アルフは答える。

 

「専用の観測官が数人、乗ってんだ。そいつらが空間歪曲を感知し、二人以上の操舵手が舵を切る。そして、あらゆるシミュレーションを頭に叩きこんだ砲撃手が、執行者の動きに合わせて主砲を撃つ。――連邦が、最新鋭艦を以てしても敵わない相手と戦う時の為に創られたのが『特務』だ。とは言え、連中も半分以上は勘だろうけどな」

 

「どうして分かるんだ? そんなこと」

 

 フェイトが問う。すると、アルフはわずかにこちらを振り返って微笑った。

 

「フラン大尉が特務(この)服に着替えてたろ? 恐らく、提督が銀河中から『特務』を呼び集めて来たんだ」

 

「……それで、あんな動きを」

 

 マリアが息を飲む間にも、ルノワールは着々と進軍する。針に糸を通すような、わずかな安全地帯を通って前へ、前へ――。

 だがその時、ソフィアが首を横に振った。

 

「ダメ……それ以上来ちゃ、だめぇえっ!!」

 

 モニタに向かって、ソフィアが鋭く叫ぶ。フェイトは嫌な予感を感じ、宙図を睨んだ。

 目標地点まで、残り十万キロ。

 あと少しで、エクスキューショナーの群れを通り抜ける。その、瞬間。

 

 ――グォオオオオオッッ!!――

 

 エクスキューショナーが一斉に声を張り上げた。代弁者の白い翼と、執行者の黒い翼が大きく広がる。

 宙図に――巨大な熱反応が起きた。

 

「空間歪曲……」

 

「ブラックホール!?」

 

 マリエッタとマリアが同時に言葉を失う。フェイト達に緊張が走った。アルフが素早く、紋章術を放つ。

 

「スターフレア!!」

 

 短縮詠唱で放てる、最も強力な紋章術スターフレア。星々の力を得て放つ光の紋章術が、ブラックホールに難なく飲み込まれて行く。――そして、ルノワールも。

 

「マリア!」

 

 フェイトは鋭くマリアを振り仰いだ。

 ――アルティネイションを!

 そう叫ぶ前に、マリアは額に紋章力を集中させ、能力を顕現させている。――だが、ブラックホールの質量に改変が間に合わない。

 

「くそぉおっっ!」

 

 フェイトはディプロの壁を殴りつけた。乾いた音が鳴る。――皆、息を飲む。

 その時、

 

 ソフィアの全身から、白い光が放たれた。

 

「皆を守ってっ!!」

 

 悲鳴に近いソフィアの祈り。彼女の身体が強く輝くと同時、ブラックホールの中心に白い光が生まれた。光は徐々に大きくなり――闇に呑みこまれたルノワールを包む。

 そして、

 ディプロの直前に、ルノワールを転移させた。

 

「マリアさん! アルフさんっ! 反撃を!」

 

 ブラックホールから広がった光は、エクスキューショナーのいる宙域全体を呑みこむ。ソフィアは白い光を放ちながら鋭く言うと、マリアとアルフが即座に頷いた。

 ネルが目を丸くする。

 

「エクスキューショナーの動きが、止まった?」

 

「……ぶっ殺す」

 

 アルフは嬉しそうに口許を歪め、紋章術の詠唱を完了する。紅瞳が底光り、マリアを横目見た。

 

「行くぜ」

 

「任せて。――塵になりなさいっ!」

 

 アルフが展開した紋章陣にマリアが触れる。瞬間。最強の紋章術が、凶悪に改変された。

 エクスキューショナーの宙域全体を、金色の炎を宿した巨大な隕石が降り落ちる。その数――測定不能。

 加えて、これを好機と見たルノワール始め、連合艦隊が、停止したエクスキューショナーに向けてクリエイション砲を発射した。

 エクスキューショナーに襲い掛かる小太陽の(・・・・)流星群(・・・)とクリエイション砲。

 宙域一帯は巨大なエネルギーで覆われ、測定器が通常では考えられない数値を叩きだす。

 そして――、消えた。

 赤黒い炎をまとった朱雀(・・)が宙域を駆ると同時に、全てが闇と化したのだ。

 

「……!」

 

 フェイト達は息を飲む。

 ブラックホール中心に生まれた光から、触手のような翼を広げて『彼』が現れる。身長の三倍はある巨槍を手に、断罪者を引き連れて。

 『彼』は言った。相変わらず、表情の無い顔で。

 

 

〈我は神の代行者……。世界を汚染する異物どもを、抹消する存在〉

 

 

「どうやら、本格的に人間じゃなくなったみたいだな……。アレン」

 

 アルフがつぶやく。その瞳に、一切の同情は無い。構わず詠唱に入るアルフを置いて、マリアが目を見開いた。

 

「マリエッタ! B208、拡大してっ!!」

 

「は、はいっ!」

 

 マリアが指定した宙域は、『彼』が現れた場所――エクスキューショナーに比べれば、人の大きさである『彼』のいる場所だ。背負った朱雀が巨大でなければ、誰も気付かない宇宙の塵の様な存在。

 マリアに言われ、拡大された画像は――違わず『彼』を映し出した。だが、その傍らに、一人の女性がいる。スフィア社の黒い制服を着た、銀髪をショートカットにした女性。

 色白な彼女の顔には、見覚えが合った。

 

「ブレア……さん?」

 

 フェイトがこれ以上ないほど目を見開く。クリフが忌々しげに肘掛を殴った。

 

「くそっ! やっぱ敵だったのかっ!!」

 

「そんな……そんなっ!?」

 

 ソフィアが言葉を失う。頭を抱えて座り込みそうになるソフィアを、ネルが両肩を握って支えた。

 

「しっかりしな! 私達の戦いは、まだ終わっちゃいないんだ!」

 

「そう――その通りよ、ネル。絶対……私達は諦めないっ!」

 

 マリアは拳を握り、モニタを睨み据える。アルベルが忌々しげに舌打った。

 

「チッ! 訳の分からねえ戦いで無く、ここが地上ならば早いモノを――」

 

『だから、よ』

 

 『彼』の隣に立つ女性――ブレアは、そう言って微笑んだ。通信を許した訳ではないのに、ディプロのスクリーンに一方的にブレアの顔が映し出される。マリエッタが息を飲んだ。

 ブレアは言う。

 

『このエターナルスフィア内であれば、あの方(・・・)の力が存分に発揮される……。そして、貴方達はこちら側のルールを破る事は決して出来ない。だから(・・・)、私とこの子が抹殺しに来たの。――分かりやすいでしょう?』

 

 ブレアはクスクスと笑って、『彼』の肩を叩く。マリアは唇を噛みしめた。

 

(私が能力を完全に使いこなせていれば――!)

 

 そんな考えが、マリアの脳裡を過る。

 ディプロのスクリーン端に、オフィーリアが映し出された。

 

[……これは、どういうことなの?]

 

 オフィーリアは眼を見開いて、ジッと『彼』を見据える。亡霊に会ったかのように、その表情は凍りついていた。

 ブレアは言う。

 

『この子は私と同じ存在――……まぁ、そんなことはどうでもいいわ。これから貴方達は、消えていくのだから』

 

 それが合図だったかのように、朱雀が動いた。執行者達にも劣らぬ巨大な朱雀は光速よりも速いスピードで宙を駆け、ソレイユに肉薄する。

 

「提督っ!」

 

 アルフの鋭い叱責。同時、ディプロの盾になったルノワールが、朱雀に照準を定めた。アルフは更にソフィアを振り返り、叫ぶ。

 

「エスティード! 空間を直結させてクリエイション砲を朱雀に当てろ!!」

 

「っ!」

 

 ソフィアが息を飲む。その怯んだ反応――顔色を失ったソフィアを見るなりアルフは指示を止め、詠唱途中の紋章術を朱雀に向けて放った。

 

「メテオスォーム!」

 

 最強紋章術を牽制で放つ。が、中途半端な詠唱故に威力は低い。赤黒の朱雀は槍を一閃し、並み入る隕石を斬り飛ばすと、ソレイユに向けて――野太い光線を放った。

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