「ブラックセイバー!」
彼女を中心として幾筋もの黒い真空刃が、地中から生える執行者の棘を弾く。ムーンベースの強化ガラス天井で串刺しになったナツメが崩れ落ち、床に転がった。まるで物のようにナツメは、受け身を取ることも、起き上がることもない。
「っ!」
それに短く舌打った女性は、ピンと立った猫耳をひょこひょこと動かした。ナツメを守るように立ちはだかり、執行者を睨む。青みがかった翡翠の髪を肩まで伸ばした、翡翠の瞳のエクスペル人――リオナ・D・S・ゲーステだ。
彼女は床に付きそうな長い白衣を翻し、分厚い本を片手に、顔を不機嫌に歪める。
「アンカース! しっかりしろっ!」
鋭く呼びかけるが、返事がない。血溜まりに倒れた少女はパッと見ただけでも重傷で、リオナは頬に冷汗が伝うのを感じた。
早く治療しなければという焦りと、居並ぶ執行者に勝てる算段がつかないことで肝が冷える。
「わ、私は天才だが、戦いは専門外なんだぞ……!」
誰にともなく毒づいた。執行者の胸から光線が襲い掛かる。リオナは目を瞠るや慌てて盾を出現させた。
「プ、プロテクションッ!」
短い爆発音を立てて、盾が揺れる。最初の二、三発――執行者の光線を防げた。が、リオナの後ろに回り込んだもう一体が、腿の棘を地面に埋め込む。
瞬間。
執行者の棘がリオナの視界を黒く染めた。塵一つないムーンベースの床。それでも、執行者の放つ霧が視界を遮り、全てを黒く染める。リオナの脳裡に串刺しになったナツメの姿が浮かんだ。思わず屈みこんで、両手で頭を押さえる。
ペタン、と彼女の猫耳がしおれた。
「…………!」
目をつむる。数秒。体を貫かれた自分を思い浮かべて、震えが走った。それでも覚悟した痛みはいつまでも訪れず、リオナは恐る恐る目を開けた。
すると、
――霧が立ち込める闇の中に、
リオナは目を見開く。ナツメは
瞳の深紅を撒き散らして、執行者が消えていく。それを見送ることもなく、ナツメはフンと鼻を鳴らすと、
リオナは引きつった表情で頬を震わせる。ナツメの両肩には今、奇妙な物体がとり憑いていた。左右の肩から、細長い何かが伸びているのだ。
(……なんだ?)
リオナは瞬いた。目を凝らす。右肩の細長い何かが――、ゆっくりとリオナを向く。
竜だった。
右肩に赤い竜、左肩に青い竜が、ナツメにとり憑いているのだ。リオナが息を呑む。ナツメは普段からは考えられない低い声で嗤った。
「ククッ……! 四百年ぶりの目覚めか……。アシュトンほどではないが、悪くない動きだ」
ナツメは左手に握ったシャープエッジを一瞥し、頷く。およそ彼女らしくない、冷酷な笑みである。
と。
またナツメの雰囲気が一変し、今度は落ち着いた口調で言った。
「調子に乗るな。我らが目覚めたのは、あくまで人間を守る為だ。この娘に負担をかけるような事があってはならぬ。無闇に暴れるだけが能では、低俗な魔物どもと変わらぬぞ」
途端、また雰囲気が冷酷なものに変わった。
「やかましい! 四百年経っても口うるさく私に説教しやがって、何様だ!? そもそも、私とて目的を忘れた訳ではない。要は倒せばいいのだろうが、倒せば!」
「――貴様」
「このような雑魚など私の敵ではない。お前は黙っていろ!」
リオナは要を得ず、ぱちぱちと瞬いた。まるでナツメらしくない――気性の荒い人格と、泰然とした人格が、ナツメの身体を使って舌戦を繰り広げている。この時、ナツメの瞳が、口調が変化するに従って色を変えていた。
「邪魔だ、女」
気性の荒い人格――青瞳の人格はリオナに冷たく言うと、生き残った二体の執行者に向かって駆る。それはまさに風の速さで、リオナが瞬きした時には、二体の執行者の胴が上下に両断されていた。
腿の剣山で串刺しにしようとした棘もろとも、執行者は斬られ、消えて行く。
青瞳の人格は、ククと喉を鳴らすと、新たに現れた代弁者と執行者、さらに断罪者達に向かって言った。
「さて、久しぶりの目覚めだ。串刺しにしてくれようか、それとも氷漬けにしてくれようか……」
つぶやいた青瞳の人格は、テレポートして間合いを0にする代弁者の翼を
「ノーザンクロス」
途端、リオナは全身の毛が逆立つのを感じた。――そのぐらい強烈な、圧倒的な紋章力。
とても人間のそれでは無い。
ムーンベースの床、壁、天井が、凍る。甲高い音を立った。
ナツメの
そして――、彼女が
まるで霜が降りたように、冷え切った空気がリオナに白い息を吐かせる。
舞い散った氷の欠片がキラキラと輝き、エクスキューショナーで埋め尽くされていたムーンベースの通路が、静寂を取り戻した。
そこでリオナに向き直った青瞳の人格は、興味深そうに目を細めた。
「ほぅ……。これはまた、……ずいぶんと懐かしい顔だな」
「……懐かしい?」
リオナは首を傾げる。だが、青瞳の人格は答えず――代わりに、赤瞳の人格がナツメの身体を借りて言った。
「……娘よ。今、世界は大いなる闇の只中にある。我らも四百年の眠りより覚め、力を貸そう。好きに使うがよい」
「四百年……だと?」
リオナはつぶやきながら、自分の知識を総動員して現状を把握しようと努めていた。
四百年間眠っていたという――赤と青の人格。そして、ナツメの肩に突如生えた、赤い竜と青い竜。
この姿はまるで――
「四百年前の、十二勇者……?」
その内の一人、アシュトン・アンカースによく似ていた。
青瞳の人格がニヤリと嗤う。リオナは息を飲んだ。
「では、お前達はエクスペルの双頭竜……!」
掠れる声でつぶやくリオナに、青瞳の人格は得意げに両腕を組む。
赤瞳の人格は小さく苦笑した。
「我らも、少し見ぬ間に名を馳せたものよ」
「おぉ~~い! ナツメ~! それから、……あっ! リオナさんも!」
リオナがハッとして後ろを振り返ると、青い髪を揺らして、青年が駆けて来るところだった。ロキシ・ラインゴッドの息子――フェイト・ラインゴッドだ。彼は明るい笑顔を浮かべて、両手を振る。
数秒もすると、彼は目の前まで近づいて来て足を止めた。
「てっ、ナツメ!? お前血だらけじゃないかっ!? だ、大丈夫かぁあああっ!」
「……ほぇ?」
ふと、間の抜けた声がナツメから発せられる。
リオナが驚いて振り返ると、ナツメはいつの間にか、いつもの黒瞳を取り戻していた。
「フェイトさん……?」
ぼんやりとした表情で、彼女は首を傾げる。
と、
フェイトは彼女の両肩についた双頭竜に驚き、声を張り上げると同時に後ろに下がった。
「な、なんだそれはぁあああああっっ!?」
「ギャフ」
「フギャ」
ナツメの両肩についた赤い竜と青い竜が返事をするように短く鳴く。
そのやりとりを聞いて、はた、と瞬いたナツメが、後ろを振り返った。――自分の肩から生えた、双頭竜を。
数秒。
ナツメはゆっくりと目を見開くと、顔をこれでもかと引きつらせて、叫んだ。
「肩から……肩から竜が生えてるよぉおおおおおお!」
黒瞳からこれでもかと涙を振り乱して、彼女はわたわたと両手を振る。全身風穴があいていて、血まみれのハズなのに、今の彼女に暗い影はなかった。
双頭竜が満足げに、ギャフ、フギャと鳴いているが、そんなものはナツメの知ったことではない。
「取って~! これ取って~! フェイトさぁああんっ!」
「うぉおっ!? 僕に駆け寄って来るなぁああっ! さすがにモンスターは僕の専門外だぞぉおおおっっ!?」
ダダダダッと軽快なステップを踏みながら、ナツメとフェイトはムーンベースを所狭しと走り回る。
そう言えば、彼には仲間が居たはずだが――と、リオナが首を巡らせると、ムーンベースの通路から、呆れ顔のマリアがやって来た。後ろに、他の面々もいる。
「……この状況で、遊んでる場合じゃないでしょう」
「やはり阿呆か」
マリアとアルベルが心底呆れたように首を振る。
リオナはアルフの姿を見つけるなりハッとして、言った。
「そ、そうだ! アンカースの傷が酷い! 治してやってくれ」
リオナは回復紋章術を覚えていなかった。そのため、顔見知りにそう言ったのだが、アルフよりも先に、苦笑したネルが紋章陣を展開した。――彼女達の言葉で言うなら、施術を。
「ヒーリング!」
青い光がナツメに宿り、彼女の全身の傷を塞いていく。体が楽になったのか、ナツメは、はた、と動きを止めると、不思議そうに自分自身を見下し――ネルを見て、ぱちぱちと瞬いた。
「ほぇ……」
ネルが穏やかに笑う。
「無事で何よりだよ、ナツメ」
「……ネル、さん……!」
ナツメは口をへの字にして、溢れる涙をこらえた。それでも堪え切れず、結局は袖で涙を拭う。
「ネルさぁあああんっっ!」
そう言いながら駆け寄って来る少女は、肩に竜を連れている。
途端、ネルの頬が引きつった。
双頭竜は――なかなかにいかつい顔をした竜だったのだ。
「アルフ、任せたよ!」
「だが断る!」
振り返って言い放つネルを、アルフは全力で跳ねのけた。その珍しいやりとりでアルフに気付いたナツメが、泣きながらターゲットをアルフに絞る。
アルフはカッと目を見開くと、真顔でカツカツと軍靴を鳴らして――ナツメから背を向けた。
「うわぁああああ~~~んっ!」
「コッチくんな」
割と本気の拒絶だった。
距離がどんどんと縮まって来る。アルフはあくまで早足に距離を取ろうとしたが――ついに、駆ける。
「コッチくんなぁあ~~!」
「アルフさん逃げるなんて酷いですよぉおお! みんな酷いよぉお~~!」
「ギャフ♪」
「フギャ♪」
双頭竜が悪ノリして更にいかめしい顔をしていることに、初対面の皆は気付かない。
アルフと言わず、フェイトと言わず、ネルと言わず、さらにアルベルやマリアと言わずにムーンベース内を駆け回る面々を見て、ヴィスコムはやれやれと首を横に振った。
「今は銀河の危機なのだが……」
「ホント、どうしようもねえ奴らだな」
巻き込まれていないクリフが、優雅に肩をすくめて見せる。だがそれも、数秒後には阿鼻叫喚の追いかけっこに放り込まれた、哀れな犠牲者の断末魔に過ぎなかった。
「え、えと……」
ナツメとは初対面になるソフィアだけが、所在なさそうに左右をうろうろと見回している。
一同が落ち着いたのは――実に、一時間近い追いかけっこをしてからのことだった。
………………
…………
「ほら、ナツメ。うまい棒」
「わぁっ! ありがとうございます、フェイトさん!」
「……今時、うまい棒で喜ぶ十五歳がいてもいいのだろうか……」
自分で餌付けしておきながら、フェイトはしみじみとつぶやいていた。ようやく落ち着いて話を出来る段階になり、フェイト達が首を揃えたのは――ロキシ・ラインゴッドの研究所だ。
肩から竜を生やしたナツメを見るや、興味深々でいろいろな検査にかけようとした父を、フェイトは軽く見なかったことにしている。
うまい棒は、ちょっとしたお詫びの印だった。
「で。――父さん。これがFD人の持ってたアンインストーラーって奴なんだけど、どうかな? エクスキューショナーに対抗できそう?」
ロキシは浮足立った様子でアンインストーラーを受け取りながら、わざわざ渋い顔を作った後、答えた。
「まだ中身を見ていないため何とも言えないのだが――。数秒間だけとはいえ、全宇宙からエクスキューショナーが消え去った事実を鑑みれば、これを改良することで新たな活路を見出すことは可能性だろう」
(…………なんか、父さんの場合だと妙な魔改造しそうだけどな)
ワクワクしている父に、フェイトは冷めた視線を送る。と、傍らでマリアが呆れたように溜息を吐いた。
「なんだか先が思いやられそうね……」
「所詮父さんだからねっ!」
「明るく頷いてんじゃねえよ!」
クリフが突っ込まれ、フェイトは不満そうに口を引き結んだ。スフレが嬉しそうに声を弾ませる。
「それにしても、あのフェイトちゃんとソフィアちゃんが、こんなにスゴイ人達だったなんて……驚きだよっ!」
ストリームからタイムゲートを通ってFD空間に行って来た――。
その経緯を話す上で、執行者達をも撃破したというフェイト達の報告は、スフレからすれば信じられないものだ。
ナツメでさえ、しばらく呆然と瞬いていた。
「それで、フェイトさん達はこれからどうするんですか?」
気を取り直してナツメが問うと、フェイトは顎に手を据えて皆を見渡した後、アルフに視線を向けた。
「僕は、この後エリクールに向かおうと思ってるんだ」
「エリクールに、ですか?」
「ああ。アンインストーラーはあくまで道具だからね。僕達みたいな特殊能力がなくても発動できる代物なんだ。……つまり父さんたちさえいれば開発・運用できるわけだ。なら、あと僕等が確認しなきゃいけないのは、エリクールにあるセフィラだけだろ?」
「ブレアの真偽を確かめるわけね」
「ああ」
マリアの問いに、フェイトは頷く。
ナツメは拳を握って、フェイトに言った。
「あの……! 私も、エリクールに連れて行ってもらえませんか?」
「いいけど、――どうして?」
思い詰めたような彼女に、フェイトは首を傾げる。ナツメは――アレンが敵に回ったことについて、何もフェイト達に尋ねていない。そしてフェイトも、ナツメを気遣って、アレンがエクスキューショナー側に回ったことは伏せてロキシ達に説明したのだ。タイムゲートを使ってFD世界に行ってから、ここに来るまでのことを。
フェイトはバール山脈での一件を思い出す限り――、アレンの現状を知っているなら彼女がこんなに明るいわけがないと、考えていた。
そして、それは半分以上正解である。
ナツメは力強い眼差しをフェイトに向けて、答えた。
「私も、出来る限り皆さんの役に立ちたいんです。……オフィーリア様が言っていました。フェイトさん達は、銀河の希望だって」
だから――と言葉を繋げる彼女を、アルフが制す。ナツメはアルフを振り返ると、わずかに黒瞳を揺らした。不安で。
「とは言え、ラインゴッド博士の護衛を、粗末にするわけにはいかねえだろ。保険をかけた上でブレアの話に乗るのはいいとして、その保険となるアンインストーラーを確実に開発出来なきゃ意味がねえ」
「そいつはまあ――そうだな」
クリフが両腕を組んで頷いた。
ネルもマフラーに口許を埋める。
「つまり、ここに居る誰かを、護衛役に置くって話かい?」
「そうなるな」
淡白に頷くアルフに、ナツメは涙を浮かべ始めていた――。
「それならば、心配無用です。ラインゴッド博士の護衛は、私が引き受けましょう」
「ん?」
耳慣れぬ声にフェイトが振り返ると――そこに、ヴィスコムの副官を務める連邦軍人がいた。
褐色がかった金髪を左右に分けた、三十前後の軍人だ。瞳の色は青。クリフを更に優男にして、爽やかにした人物だった。その彼は今、アクアエリー艦内の個室にフェイトを案内してくれた時とは違い、連邦軍特務の証たる赤い
「フラン大尉!?」
驚くアルフを制して、銀河連邦軍人――フランはフェイトに向き直ると、アクアエリーで見せた人当たりの良い笑顔で、言った。
「私とて特務の端くれ。貴方々が無事戻るまで、ラインゴッド博士を守り抜いて見せましょう。そこに居るヴィスコム提督と」
「なにっ!?」
突然話題を振られたヴィスコムが、目を丸くする。フランはヴィスコムの反応などどこ吹く風と、フェイト達に向けて飄々と言った。
「ベクトラ嬢より頂いたルノワール。遠慮なく使ってください」
「――いいの?」
マリアが戸惑ったように問う。フランは短く、ええ、と頷いた。
「このムーンベースには、我が銀河連邦軍の艦が数隻残っています。元アクアエリークルーとしても、そちらの方が使い慣れていましてね。エクスキューショナーの数を考えると、我々特務の力はお貸しできませんが、ジェネシスの最新鋭艦であればクォークの方々がエクスキューショナーに遅れを取ることもないでしょう」
「……言ってくれるじゃねえか」
低く笑うクリフに、フランは自信に満ちた笑みを返す。その不敵な仕草はどこか――アレンに似ていると、フェイトは思った。
「ちっ……」
視界の端で、アルフが舌打ちする。フェイトは首を傾げた。
(どうした?)
一応、空気を読んで小声で問いかける。すると、アルフは呆れた
(フラン大尉は、俺達の直属の上司なんだよ)
(直属のじょーしって?)
(要するに、特務隊長ってこと)
「この人がかっ!」
フェイトは口を台形にして目を見開き、フランを振り返った。アクアエリーで会った時はそれほど凄い人物と思わなかったが、アレンやアルフを率いていると聞くと、途端に尊敬せねばならないように思えて来る。
「なんてったって理不尽と超マイペースのコンビを引っ張らなきゃいけないんだからな! 並大抵のリーダーシップじゃないぞ……!」
「……お前、そういうことはもっと小声で言えよ」
静かに抗議して来るアルフは当然無視して、フェイトは自分の顎を撫でた。
アルベルが訝しげにフランを見る。
「隊長ってことは、コイツがお前等の中での一番強いってのか?」
「――……ある意味では」
遠くを見つめてつぶやくアルフに、アルベルは首を傾げた。剣術の腕前――というニュアンスでは無さそうだ。
これにはアルフでなく、ナツメが答えた。
「連邦では、正式に特務同士の総当たり戦をやってませんから誰が最強かはわかりません。けれど、アレンさんとアルフさんは『連邦の双璧』と言って、特務の中でも最強の軍人なんじゃないか、って呼び声が高いんですよ」
「少なくとも、純粋な戦闘能力では、私はアレンやアルフほどではありません」
微笑みながら言うフランに、アルベルはアルフとはまた違ったタイプの、掴みどころのない相手だと悟った。
フランはそこで笑みを消し、アルフを見る。
「それで。ここは私に任せてエリクールに行って来いというメッセージなんだが――。当然、ナツメも連れて行くよな、アルフ?」
「……………………」
ナツメが嬉しそうに顔を跳ね上げる。その傍らのアルフは無言で、これでもかと言わんばかりにフランを睨み据えていた。視線で人が殺せそう――とはよく言ったものである。だが、そんな狂人の視線を、フランは笑って受け流す。
「なんだ、上官の命令が聞けないのか?」
「必要性を感じませんね。その命令には」
アルフはそう言って拳を握り――打ち出す前に、深い溜息を吐いた。
フランは満足そうに笑う。ぽん、とアルフの肩を叩いた。
「連れて帰ってこい。――何があっても、だ」
「……善処はしますよ」
含みを持たせて放たれた言葉に、アルフは低く返す。正直、――自信はない。
フランは苦笑した。
「心配するな。――私も、提督とあの女の子との関係を、念入りに聞いておく」
キリリと表情を引き締めて、フランは親指をグッと立て、視線でスフレを指す。するとアルフはやる気のない視線を返して――グッと親指を立てた。
「私語は慎むように!」
ヴィスコムの鋭い声が響く。
フランとアルフは互いを見合うと、かすかに肩を揺らして笑いを噛み殺していた。
――恐らく、これが普段のアクアエリーなのだろう。
フェイトは、ほぅほぅと頷きながら、そんなアルフ達のやり取りをクリフと一緒に眺めていた。
エリクール二号星へ。
フェイト達が向かったのは、これから十分後のことである。