連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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79.戦う道

「そこをどけ」

 

 瓦礫にまみれた聖殿カナンの最奥で、アレンは身の丈以上もある巨槍を、前方に向けた。

 埃まみれの石床に、彼女がひざまずいている。

 シーハーツ軍の最高司令官、クレア・ラーズバードが。

 彼女は右肩から流れる血を左手で握った。周りにシーハーツ兵が八人。浅く呼吸しているが、足を穿たれて動けずにいる。地面に伏し、低く呻く部下たちの声を聞きながらクレアは唇を噛み、アレンを睨み上げた。

 

「なぜ、こんなことを……!」

 

「やるべきことがあるからだ」

 

 怒りに震えるクレアに反し、アレンは淡々と言った。

 クレアが片眼を細める。痛みを堪えながら、立ち上がろうと下肢に力をこめた。

 

「セフィラは、貴方に渡さない!」

 

 毅然と言い放つ。

 

 シーハーツの施術士は、施力を視る(・・)特殊な能力を秘めている。

 ゆえに、完全なエクスキューショナーとなり果てたアレンが放つ、『卑汚の風』――とクレアたちが呼んでいるエクスキューショナーの力を、黒い施力として視ることができたのである。

 

 最初に、アレンの異変に気づいたのは、女王、ロメリアだった。

 

「――渡してもらおう」

 

 アレンは右手をかざした。腕に同心円上の紋章陣が、いくつも浮かび上がる。雷花がのたうち、紅紫色の紋章が矢となった。

 強烈な闇の力を孕んだ『紋章の矢』だ。

 轟音が立った。

 『エナジーアロー』という古代の紋章術は、フェイズガンのように強烈で光速な矢となって聖殿カナンの床をえぐり取る。

 短い悲鳴が上がった。

 クレアの体が宙を舞い、壁に背を打ちつけて停止した。

 直撃したわけでもないのに、強かに身を打ちつけ鈍い音が鳴る。クレアの頭ががくりと落ち、壁に血痕をつけながら床に転がる。

 アレンは無表情に見下し、セフィラの間に続く扉を押し開けた。

 

「……アレ、ン……さ……」

 

 クレアの呻きに、アレンの頬がぴくりと震える。

 クレアは床に転がったまま、首を横に振った。

 

「いまの、あなたが……セフィラに、ふれては……」

 

 言葉の途中で、コツンという足音がクレアを遮った。

 霞む視界の中、クレアは目を凝らしながら首を横に振る。

 

「あなたが、ふれては……!」

 

 足音が遠ざかって行く。

 クレアは顔を歪めた。

 

 

 

「見事な手並みね」

 

 アレンの背に、声がかかった。彼は振り返らずにセフィラに向かう。――見ずとも、分かるのだ。

 自分の後ろをついてくるのは、彼がよく知る仲間ではない。

 この宇宙、FD人が創り出した仮想空間『エターナルスフィア』を破壊せんとする執行者(エクスキューショナー)。自分と同じ、(まが)いモノだ。

 アレンは拳を握った。せっかく戻った右腕が、やや薄く――消えかかろうとしている。

 首を横に振った。

 余計な思考を振り払う。

 前を見た。

 

「シーハーツ軍の抵抗は予定外だったが、問題ない。俺はこうしてセフィラ――いや、『特殊ID』を手に入れた」

 

 IMITATIVEブレアの話によると、オーパーツとは、FD人たちに『特殊ID』と呼ばれ、FD人がエターナルスフィアで力を発揮するために必要なツールだという。つまり、FD人以外が触れても、なんら意味をもたない代物だ。

 セフィラがどんな働きを持つツールなのか、についてはIMITATIVEブレアも知らない。

 アレンは思った。

 

(FD人以外が触れてもなんら意味をもたないのなら、俺はどうして……)

 

 その疑問を払うために、アレンは台座に浮かぶ銀色の球体――セフィラに、触れた。

 

「っ!」

 

 鋭い痛みが、指先から脳に走る。

 思わず膝を折った。銀色の球体が白い雷を走らせ、アレンの腕を焼く。普通なら気絶する痛みだが、アレンにとっては耐えられないほどではない。

 息を呑むIMITATIVEブレアを置いて、アレンはセフィラに触れた自分の手に、紋章力を籠めた。

 

 ザ、ザザ……

 

 音が、聞こえてくる。

 電波状態の悪い受信機のような、雑音。

 鎖骨上にできた痣が、溶けた蝋を浴びせられるように引き攣った。

 アレンは目を凝らす。

 

(視えるはずだ。なにか――!)

 

 以前のように。

 祈るように念じると、銀色の球体――その奥にある宇宙に、時計のような奇妙なオブジェが、無数にうっすらと浮かびあがった。

 それが、どこかは分からない。

 ふと。

 電流を流されたように、アレンの身体が痙攣した。思うように動かなくなる。

 悲鳴さえ焼き切るような強烈な電流。

 部屋を埋め尽くす光が、セフィラから(ほとばし)り、部屋の中央から紋章が天井に向かって四散する。

 放電が、やんだ。

 

『……ぜ、……えのような者が!』

 

 肩で息を切らしながら、天井を見上げる。

 どこからともなく男の声がした。聞いたことはない。なのに、懐かしい。

 

「まさか……! この声は!?」

 

 息を呑むIMITATIVEブレアの声を背中に、アレンは目を細める。彼女の反応で、それなりに状況は把握できた。

 

「……貴方が、オーナー?」

 

 頬を伝う汗をぬぐい、慎重に問うと、『声』が明瞭になった。

 

『……そうか、貴様ら特殊IDを。まさか、この期に及んでバグフィックスプログラムまでもが自らの意思を持つようになるとは。

 だが、与えられた役割には反せまい。その上で、私とコンタクトを取ったというのかね?』

 

 アレンは人知れず拳を握っていた。

 表情には出さず、告げる。

 

「貴方と、話がしたい」

 

『話だと?』

 

 声を潜めるオーナーに、アレンはうなずいた。

 

「エンターテイメントを実現するのが貴方の仕事だと聞いている。なら、いつまでもシミュレータ内のバグを是正する映像――エクスキューショナーが猛威をふるっている場面をFD人見せているより、次の局面、流れを作った方が観客は喜ぶはずだ」

 

『……ほぅ?』

 

「つまり、もっと分かりやすい形でエターナルスフィアの命運を左右させてはいかがだろうか?」

 

『面白いことをいう』

 

 オーナーの声が、かすかに揺れた。哂っている。

 アレンは淡々と、感情を殺して続けた。

 

「このエターナルスフィアで、最大の脅威である三名――FD空間にすら乗りこんでくる能力を持った者たちと、きちんとした場で決着をつけようと思う。そうすれば、あとは執行者を始めとした奴らだけで、この銀河は消滅する」

 

『私が送り込んだバグフィックスだけでは心許ない、というのだな?』

 

「だからこそ貴方は、俺や、このブレアを作った」

 

 アレンは言って、自分の右腕を掴んだ。

 一度は消えた右腕。

 それは『自分』という存在そのものが、オーナーに握られていることを意味していた。

 オーナーも同じ考えに至って満足したのか、小さな失笑をあげた。

 

『なるほど。――だが、お前たちだけで勝算はあるのか? それこそ、銀河区画と言うフィールドそのものを消去させ、奴らに絶望を与えてやった方が、確実だろう?』

 

「だが、人は刺激を求める。特に貴方々FD人は刺激に飢えているはずだ。それもエターナルスフィア側の反発が強ければ強いほど面白おかしく感じられ、貴方々は安全な場所から戦いを見下ろせる」

 

『……ふむ』

 

 オーナーは少し、沈黙を置いた。

 アレンは、息を呑む。

 銀河消滅や、神々との戦いなどとエターナルスフィア(こちら)では囃したてられているが、実際のところ、FD人にしてみれば、これは“見世物”に過ぎない。

 どうやってバグフィックスプログラムと、ただのプログラムたちが戦うのか。

 彼らはそれを安全な所――まったく別の次元から見て笑っている。

 ある者は、関心すら抱かない。

 ある者は、フラッドのように興味本位でエターナルスフィアを応援する。

 そんなものに、自分たちは付き合わねばならないのだ。だが、考えようによっては――相手が『遊び』と認識しているのなら、その思考を逆手に取れる。今なら、まだ。

 

エターナルスフィア(おれたち)には、時間がないんだ)

 

 こうしている間にも、星々は消滅の道を辿っている。

 アレンは唇を噛んだ。心臓が脈打つ。

 オーナーがこの先、どう答えるのか。

 それで宇宙の命運が決まる。

 オーナーは、言った。

 

『――臨場感を与えるために必要な、約束された危険か。貴様の考え、悪くはない』

 

「ならば」

 

『いいだろう。貴様にもう少しだけ、私の権限(ちから)を譲ってやるとしよう』

 

 その声と同時、

 セフィラが強く輝いた。

 あまりの眩さに、思わず両手で頭をかばう。

 目を開けると、アレンは別の場所に居た。

 

 ファイアーウォール。

 

 スフィア社オーナーの、膝元である。

 

 

 ◇

 

 

「クレア! しっかりしな、クレア!」

 

「あまり動かすな。傷にひびく」

 

「でも!」

 

 ネルが青ざめた顔を振り乱す。鼻から口許へ微かな震えが走っていた。

 アルフは構わず、左手に宿した紋章力から、回復紋章術(フェアリーヒール)をクレアにかける。

 ジェネシス新鋭艦、ルノワールがエリクール二号星に到着して、二時間余が経過していた。

 シランド城にやって来たフェイトたちを待ち受けていたのは、アレン率いるエクスキューショナーの軍勢が聖殿カナンを襲撃し、セフィラを奪ったという訃報。

 

 応戦した光牙師団『光』は、クレアを始め、全員が重傷を負っていた。

 

 奇跡的に死者は出ていない。だがそれも、アルフの紋章術がなければ危ういところであった。

 足を震わせて立ち竦むナツメを置いて、アルフはシーハーツ兵の治療を一通り終えたあと、皆をふり返った。

 

「間違いない。アイツは――アレンは正気に戻ってる」

 

「ならどうして!? どうしてクレアたちを攻撃なんかするんだい!」

 

 ネルの疑問はもっともだった。

 アルフの表情は動かない。

 

「さあな。その辺の事情は俺よりも、アンタの上司の方が知ってるんじゃないか?」

 

「なにを――」

 

「下がりなさい、ネル」

 

 凛と、声が通った。

 ネルが驚いてふり返る。医務室の戸口にシーハーツ女王、ロメリア・ジン・エミュリールが立っていた。

 

「陛下……!」

 

「下がりなさいと言っているのです」

 

 ロメリアは眉を寄せ、気難しい顔をわずかに俯けた。慌てて敬礼するネルを、一瞥すらしない。

 

「アンタ、何を見た?」

 

 と、アルフが問う。

 

「卑汚の風を」

 

「ひおのかぜ?」

 

 フェイトは首を傾げた。物憂げに伏せたロメリアの視線が気にかかる。

 

「先刻、謁見の間でそなたたちに申したでしょう。――羽の生えた黒き魔物。あれは、そなたたちの世界にも現れ、猛威をふるっているのだと。それを根本から排除するために、そなたたちは今一度、この地に戻って来られた」

 

「ええ」

 

 言葉が喉でつっかえた。エリクールの人間から『黒き魔物』――エクスキューショナーにまつわる話を聞くのが、厭だった。

 唇を動かさずに喋るアレンの顔が、フェイトの脳裏を過る。

 

「『卑汚の風』とはつまり、あの黒き魔物たちが発している悪しき波動のことです。いま、シーハーツでもアーリグリフでもサンマイト共和国でも大問題になっているように、その波動には生命の肉体と魂とを繋いでいる施力を破壊する恐ろしい力があります。卑汚の風に身を侵された生物は、徐々に正気を失い、肉体を歪められ、最後には狂気に駆られた異形の存在へとなり果ててしまうです」

 

「その卑汚の風の影響がもっとも強いのが、サンマイト共和国……。先日、モーゼル砂漠で数体の合成獣(キマイラ)が目撃されたわ。……お父様の話によると、そのキマイラは、卑汚の風によって砂漠に棲む幾つかの生物が融合して出来上がった――とのことなの」

 

「クレア! ダメだよ、まだ横になっていないと」

 

「心配しないで、ネル。見た目より酷くないの」

 

「けど!」

 

 寝台から起き上がったクレアを支えながら、ネルが言い聞かせるように、クレアの両肩を握った。

 その手に、クレアの手が重なる。大丈夫とつぶやきながら微笑するクレアは、視線をフェイトへ向けた。

 疲れた顔である。さすがに気絶から醒めて間がないからか、顔色が黒く、唇が白い。それでも視線だけは別人のようにしっかりとフェイトを見据えてきた。

 

「教えてください、フェイトさん。一体貴方がたに何が――いえ、『彼』に何があったのかを」

 

 すぐには答えられなかった。

 ロメリアの視線も重なってくる。

 フェイトはクリフ、アルフ、マリアの順に視線を交わした。

 『自分の好きに話してもいいのか』と訊くと、三人の答えは、是だった。

 

「僕も、すべてわかっているわけじゃありません」

 

 そう言い置いて、これまでの経緯を話し始めた。

 省いた点と言えば、この世界が『シミュレーター』であることと、スフィア社の存在だ。

 それからアレンが銀河連邦にS級犯罪指定を受けたことも事実であったが、エリクール人には関係がない。

 なにより、フェイト自身に『犯罪指定』という言葉に対して馴染みがなかったのである。

 すべてを聞き終えたロメリアとクレアは、神妙な面持ちで沈黙した。

 

「それではやはり。アレンは『黒き魔物』と同じ存在になってしまったのですね……」

 

「けれど、そのお話を聞いて合点がいきました。そちらの(かた)が、アレンさんは正気だと言った意味」

 

 気落ちするロメリアの隣で、クレアが凛とアルフを見る。そちらの方、といって示されたアルフは、不思議そうに眉をあげた。

 シーハーツとアーリグリフの戦争に参加しなかったアルフは、クレアと初対面である。

 

「どういうことだ?」

 

「彼は――少しだけ、我々と話をしたんです。『自分に必要なのはセフィラだけだ。そこをどけ』――と。

 彼が、ただ『黒き魔物』と化してしまったのなら、そんな警告をせず、我々を排除したはず。そう出来るだけの力が、彼にはありましたから」

 

 アルフは視線を落すと、そうか、とだけつぶやいた。

 ナツメが問う。

 

「でも、それならどうして、セフィラを?」

 

「考えられるのは二通りね」

 

 マリアは腕を組み、顎に手を添えた。

 

「一つ目は、彼自身が状況を把握するためにセフィラを求めた可能性。でも、これだとクレアたちを攻撃する理由が分からない。彼は容赦ない男だけど、無差別な攻撃はしないもの。こと『訓練』以外ではね。

 二つ目は、彼が正気に戻っていても、いまだエクスキューショナーとして動いている可能性。こちらは攻撃理由もそれとなく察せられるし、オーナーを助けるためにセフィラを利用するのだと考えられなくもない」

 

 ナツメがしゅんと肩を落した。

 ソフィアが小声で遮る。

 

「マリアさん」

 

「私は可能性の話をしてるだけよ。その実、本人に会ってみなければ真相なんて分かりっこない」

 

 口ではそう言いながら、マリアは細い柳眉を気遣わしげに寄せた。ナツメを見つめる視線は弱く、当のナツメはしばらく床をジッと見つめている。

 やがて顔を上げると、ナツメは小さく頷いた。

 ――覚悟は出来ている。

 そう宣言するようにマリアを見返す黒瞳が、かすかに揺れていた。

 そのとき、

 

「ギャフ!」

 

「フギャ!」

 

 ナツメの両肩に乗った二匹の龍が彼女の頭をつついた。短い悲鳴を上げてナツメは目を丸める。

 

「ど、どうしたんですか? 二匹(ふたり)とも?」

 

「ギャフ!」

 

「フギャ!」

 

 返事でもするように、両龍が小さく啼いた。なにを伝えたいのかわからず、ナツメが唸りながら首を傾げていると、マリアが神妙な面持ちで問いかけてきた。

 

「ところで以前から聞きたかったんだけど――貴方、その肩を本当にどうしたの?」

 

「へ?」

 

 目を丸くしてマリアをふり返る。気が付くと、皆の視線がナツメに集中していた。

 クリフが腕を組みながら続く。

 

「確かにな。ムーンベースで久しぶりに会うなりそれだ。正直、俺も驚いたぜ」

 

「ええ。どう考えてもその竜――生きているようだし。どうなってるの?」

 

 ナツメは眉を引き絞り、顎に手を当てると、

 

「分かりませんっ!」

 

 胸を張って答えた。

 マリアが眉を下げる。

 

「やはり、ムーンベース以降から、竜についてはなにも分からないのね」

 

「まあ、時期が時期だからね。マリアが心配するのも分かるけど、こいつはエクスキューショナーとは関係ないんじゃないか?」

 

「フェイト……」

 

 物言いたげにマリアが声をこもらせる。最近のフェイトは妙に暢気で笑っていることが多い。それが不自然な気がして、彼女はわずかに視線を下げた。

 

「けど」

 

「どっちかって言うと、昔の英雄っぽいじゃないか。ほら、ちょうどナツメは『アンカース』だしさ」

 

「――まさか、双頭竜?」

 

 意外な言葉にマリアが目を瞠る。二匹の龍をまじまじと見ると、二匹(ふたり)は誇らしげに「ギャフ!」「フギャ!」と啼いて胸を逸らした――ように見えた。

 

「人の言葉が分かるんですかね?」

 

 ナツメが感心したように顎を撫でつける。

 フェイトが肩をすくめた。

 

「そうじゃないか? なんか見てると人間臭いところもあるしさ」

 

「そんなことより、アンタたち」

 

 ネルが半眼になる。

 

「いまは大事なことがあるはずだろ」

 

「そうだな。どの道、セフィラがアレンの手に渡った以上、ブレアとコンタクトを取れなくなった」

 

 アルフがそう言って目を細め、とんとんと指を叩く。

 アルベルが首をかしげた。

 

「なぜだ? アレンを探せばいいだけじゃねえのか?」

 

「そうは言うが、相手は宇宙空間まで生身で飛ぶんだぜ? その上、最新鋭艦のワープ速度より速い。奴は俺たちより早く聖殿(カナン)を襲撃し、セフィラを手に入れた。

 安く見てもエクスキューショナー並みの機動力か、それ以上だ。そいつを探すとなると、難しいと言わざるを得ねえな」

 

「兼定ならどうだ」

 

「ん?」

 

 アルフは顔をあげてアルベルを見る。と、固まっていたアルフの表情が、はっと崩れた。

 アルベルはその反応を見て、頷いた。

 

「アレンが正気に戻ってるなら、兼定を必要とする。なら――あのストリームとかいう場所に行きゃ、会えるんじゃねえのか?」

 

「あり得るな」

 

 フェイトが低くうなづいた。両腕をこれ見よがしに組み、芝居がかった動きで、うんうんと首を縦に振っている。

 

「アイツはあの化物刀を握ることに、決して妥協しない悪魔だ」

 

 クリフとネルが、明らかに表情を曇らせた。

 

「――それならば、望みは薄いと思います」

 

「へ?」

 

 一同のやりとりが、ぴたりと止まる。視線を寝台にやると、座り込んだクレアが頷き返してきた。

 ベッド脇のスツールに腰かけたネルが、一同を代表するように尋ねる。

 

「どうしてだい、クレア?」

 

「アレンさんは『兼定』というあの長い刀を、我々と戦ったときに背中に差していましたから」

 

 アルフが舌打った。

 

「野郎……。そう言う所まで抜け目ねえのか」

 

「つまり、僕たちはあの化物刀と、やっぱり戦わねばならない宿命にある。――そういうことだな。アルフっ!」

 

「ぞっとしねえ話だな、おい……」

 

 きりりと眉を引き締めるフェイトの隣で、クリフが肩をすくめた。額に冷汗が滲んでいて、口端をつりあげる仕草が芝居がかっている。

 そうする一方で、クリフは視界の端でアルフとナツメを見やったが、二人はやはりムーンベース以降、視線を交わそうとしなかった。――主にアルフが。

 ソフィアが髪を弄いながら尋ねた。

 

「つまり――アレンさんは私たちの知っているアレンさん、ってことでいいんですか? それなら、戦わずに済むんじゃ」

 

 嬉しそうに声を弾ませる少女を、マリアが渋い顔で制した。

 

「そうはならないかもね。言ったでしょ? 彼はセフィラを強奪したのよ、シーハーツから」

 

「その上あの刀まで持ってるとなると、アイツの強さは槍を持ってるときとは比べモンにならねえはずだ」

 

 クリフがガシガシと頭を掻きながら付け加える。

 ネルは忌々しげに目を細め、首を横に振った。

 

「まったく、次から次へと厄介な。少し前までの英雄が――最悪の敵になるなんてさ」

 

「?」

 

 溜息混じりの皆の声から、毒気が消えていた。

 ナツメが首を傾げていると、それに気づいたネルが肩をすくめて見せる。

 

「『悪魔(アレ)』の容赦のなさは、私もよく知ってるんだよ。――とは言え、きっちりこの落し前は付けさせてもらうけどね」

 

 最後の語尾が落ちた。ネルが遠くを睨んでいる。

 すると笑いがその場に伝染し、皆が肩を揺らし始めた。

 ナツメがまたたく。

 

「……皆さん……」

 

 アレンを――『アレン』として見ていることが、嬉しい。彼をエクスキューショナーとして見ていないことが。

 

(――ありがとう、皆さん……!)

 

 アルフの態度から、ナツメも万が一を考えている。それでも、信じたいのだ。

 アレンが死ぬ以外の結末を。

 こうして皆と居ると、――アレンにはまだ帰るべき場所があるようにナツメは思えた。

 フェイトがぐしゃぐしゃとナツメの頭を撫でて、言う。

 

「まあ、何にしてもさ! 僕らは悪魔(やつ)にだけは負けるわけにいかないんだ! アイツが正気に戻ってるなら、たぶん何らかのコンタクトを取って来ると思う」

 

「楽観は禁物よ、フェイト。もしかすると向うは、私たちがこうやって動きあぐねてる状況を作ることこそ、狙いなのかもしれない」

 

 そうしている間に、エクスキューショナーを使って銀河を消滅させる。

 マリアの仮定は理に適っていて、誰もが口をつぐんだ。

 アルフが、つぶやく。

 

「なら、燻り出すしかねえな。オーナーを」

 

「どうやって?」

 

 フェイトが目を丸めて尋ねる。

 血に染まったようなアルフの紅瞳が、じろりとフェイトを向いた。

 

「FD世界に行ってコンピューターウイルスを打ち込む。場所は出来るだけ中央区間に近づけた方がいい。そこに増殖性の高いものを注入し、都市機能を麻痺させてスフィア社を乗っ取る」

 

「ぶ、っそうな話だな」

 

 目を丸くして、フェイトはぱちぱちと瞬いた。

 アルフの言葉には、冗談と取るにはあまりに重い凄みがある。現在、エクスキューショナーが銀河を文字通り消し去っていく脅威に晒されているものの、こちらからやり返すような発想はフェイトにはなかった。

 マリアが深刻に眉を寄せた。

 

「プログラミング技術は向こうの方が上のはずよ。ウイルスを打ち込んでも、おそらく無効化されるんじゃ」

 

「アンタのアルティネイションでウイルスを強化し、エスティードのコネクションでFD世界のプログラム防壁を突破する。それで、スフィア社を制圧するのに十分な時間が稼げる」

 

「勝算あり、と言いたそうね?」

 

「いや、良くて五分五分だろう。アンタたちの能力より向こうの技術が上なら、封殺されて終わりだ。だが、ジェミティ市の一件を考えると――」

 

「私たちがブロックを突破して、向こうの世界をある程度抑えられる。――そういうこと」

 

 両腕を組んで、マリアが頷く。

 皆、深刻な表情だ。不安そうなナツメ、押し黙っているクリフ、状況こそ把握していないものの、空気の冷たさを感じ取って息を詰めているアルベルとネル、そして険しい表情のマリア。

 アルフが淡々と言った。

 

「ウイルスは、バンデーンがハイダを襲撃したときに使った増殖プログラムを使う。俺は六深でプロテクトにあたっていたから、サンプルを取ることに成功している。こいつは正常プログラムを文字通り貪食し、強力に成長していく癌細胞みたいなもんだ。

 理想としてはこのプログラムをスフィア社オーナーのマザーコンピューターに当てたい。FD人の口ぶりだと、あの世界はスフィア社を中心に動いてる可能性が高いからな。仮にそうでなくても、転送ルートさえ断ってしまえば、増援を遅らせられる」

 

「待てよ」

 

 フェイトは掌を見せて、声を落した。

 

「それ、ブレアさんたちに対してものすごい裏切り行為だぞ。オーナーに反対してる人だって、スフィア社の中に結構いただろ? ウイルスなんか打ち込んだら、とんでもない数の人が被害に遭う」

 

 もっともな意見だった。文明レベルが高くなるにつれ、この手のサイバー攻撃は加速度的に威力を増す。フェイトが行ったのは、FD世界のほんの一部、レコダとジェミティ市、そしてスフィア社だけだ。だが、そのいずれの都市もフェイトたちの世界と比べて、コンピューターに依存した社会だった。

 仮に、あそこのシステムをすべて停止させれば、働くことさえ知らないFD人は、すぐ路頭に迷うだろう。ジェミティ市を覆う巨大なドームが消え、空調も途絶えて気候が変化する。けれど衣類、寝具類の一切はレプリケーターをさらに進化させた機械に頼って生み出しているため、それも停止してしまえば暖を取ることさえできない。

 同じ理由で水にしろ、食料にしろ手に入らなくなる。そうなれば、最初の一週間で大量の死者を出すことすら考えられるのである。

 

だから(・・・)、やるんだ」

 

 声に力を込めて、アルフは言った。

 まるで誰もいなくなったように、沈黙が落ちた。医務室の外で、鳩が慌ただしく空に飛び立った。

 羽ばたきの音が去る。フェイトは顔をゆがめた。

 

「……お前」

 

「今の状況、お前は変だと思わないのか? フェイト」

 

 謎かけのような質問をしてくる。少なくともアレンが口にしたなら、謎かけと受け取って良い。

 だが、目の前の青年に遊び心はなく、淡々と事実確認だけが行われていく。

 フェイトが、アルフの意図を推し量っている間に、アルフは言った。

 

「エクスキューショナーはアールディオンやバンデーン、それから地球を一瞬で葬り去るレーザーを持ってる。なら、奴らはそれを乱射するだけで俺たちに勝てるはずだ。射程は向こうの方が断然上。なのに連中は、最初の宣戦布告のレーザーを撃たず、肉弾戦なら俺たちでも戦えるように小型化した。そして次は蹂躙戦かと思いきや、文明の高い星系を優先しての攻撃。地球を落してからは、明らかに侵攻速度が遅くなってる。しかも防衛線を一つ潜り抜けたムーンベースに至っては、いまのところ過度な追撃はないときた。

 アールディオンを壊滅させた連中にしちゃ、随分お粗末な攻め方じゃねえか」

 

「意味があるってことか? 侵攻を遅らせることに」

 

「連中は『待ってる』んだよ」

 

「何を?」

 

「見せ場だ。こっちはゲームの盤上、あっちは観客席。観客が湧かなきゃ、この戦いは意味がない。だから、こちらはある程度戦力を持っていられるし、反撃の機会も与えられる。『最終的にこちらが敗北する』という条件付きでね。

 だが、この状況は俺たちにとって渡りに船だ。オーナーが『ゲーム』という型にこだわってる間に、どうやってでも決着をつける。そうでなきゃ、俺たちの負けは確定する」

 

「まるで『ゲーム』ってのが建前みたいな言い方だな」

 

「そうだ。オーナーはFD人としては異質なんだよ。奴は誰よりエターナルスフィアを『等価な存在(パラレルワールド)』と考え、攻撃してる。だが、それを他のFD人たちに悟られまいと微妙な均衡を保ってもいる」

 

「どうしてそう言えるの?」

 

「奴はスフィア社でブレアを殺そうとした。ゲームの存在たる俺たちだけでなく、現実の人間であるブレアを。普通『ゲーム』相手にそこまでやるか? 現実は虚構(ゲーム)と違って取り返しがつかない。躊躇するはずだろ?」

 

「彼らが、人を殺める意味を理解していない可能性もあるわ」

 

 マリアは顎を引いて、上目遣いにアルフを見た。その探るような目つきに、アルフは首を振った。

 

「そりゃアンタの言うような理屈はないだろう。だが、殺人に対する呵責はあるはずだぜ。でなきゃ、セキュリティサービスは存在しないし、あの頑強な防護スーツや高威力の銃は生まれない。どんな世界でも、人間は犯罪を忘れないもんだ。善悪、必ず両方存在し、誰かが過って、誰かが正す。程度は違えどね」

 

「つまり、オーナーはその『過った人間』ということ?」

 

「だろうな。俺も、奴の立場なら似たようなことをした」

 

「アルフ」

 

 マリアが鋭く制した。先を遮る彼女の眼差しは、不適切なアルフの言動に対する怒りがある。

 アルフは目を細めた。

 

「アンタも、考えないのか? FD世界とエターナルスフィアを繋いだのは、ラインゴッド博士の紋章遺伝学だ。それはアンタたちの才能によるものじゃなく、人工的に植え付けられた技術の結晶。その技術がこの先数十年、数百年、外部に洩れないとどうして約束できる? ヤバい人間に万が一にも渡らないとどうして言えるんだ? ブレアの提案通り博物館で保管したって、こっちの数百年は向こうの一日だったりするんだぜ。こちらの世界の時間軸が、すべて向こうの世界と繋がってるんだからな。そんな状態で、互いに不干渉とするのが得策か? ラインゴッド博士の研究を強奪したエターナルスフィアの人間がFD人を殺傷できるようになったとき、FD世界に危害を加えない保障なんてどこにあるんだ? 俺には皆目、見当もつかないね」

 

「だからって、このまま指をくわえて黙ってやられるわけにもいかねえだろうが」

 

「当たり前だ」

 

 クリフの指摘に、アルフは頷いた。マリアは目をつむる。眉間には深いしわ。考えたくないことだった。遺伝子紋章学の話が出たとき、マリアの表情は引きつっていた。

 

「それでも、私たちだって譲れないから、戦うしかないと言うのね?」

 

「『生き残るための戦い』をやるなら、避けて通れない道だ。それをオーナーも分かってる。だから空間を繋げちまう能力が発現した途端に、奴はエクスキューショナーを送り込んできた。それも『イベント』の一つだとFD人に誤解させた上でな。

 オーナーは、FD人が『ゲーム』という認識で済むことを願ってる。その一方で、エターナルスフィアには『奇襲』を仕掛け、蹂躙して無力化させようと必死なんだ。

 だが、奴の目がFD人に向いている間は、その活動はまだ本格的じゃない。今を逃したら、俺たちは反撃する機会すら失う。奴はこっちの世界でなら、恐らく全能であるはずだ」

 

「でも、ダメだ」

 

 フェイトが言った。

 アルフの紅瞳が、フェイトを見据える。狂眼と恐れられる軍人には、見る者を委縮させる迫力がある。フェイトは、顔をゆがめて耳の後ろをかきながら、言った。

 

「僕はウイルスを打ち込む作戦には、反対だ。それがどんなに有効でも、僕はやらない」

 

「なにか、ほかに考えがあるの?」

 

 マリアの問いに、フェイトは首を振った。

 

「大層な作戦なんかない。銀河全体の命運を背負う覚悟なんか、僕にはない。――けど。なんとなく分かったんだ。FD人たちは『本気で笑ってる』って。血なまぐさいことなんかなに一つ知らずに、暢気に笑ってられる世界――それを奪われたときの怒りと、悲しみを、僕は知ってる。

 アルフの作戦を実行したら、絶対、一度きりで済まなくなるだろ。だから、僕はまだ選択しない。まずはブレアさんと話をする」

 

「ブレアを、そこまで信頼できるのか?」

 

「お前だってあのとき、ブレアさんを信用しただろ? じゃなきゃアンインストーラーを持ち帰ったりしない。相手が騙そうとしていたなら、お前やアレンが見逃すはずがない。お前は、アレンがエクスキューショナーになった時でさえブレアさんを信じてた」

 

「あれはあの女が一番状況を把握していると判断したからだ。だがオーナーと戦う上では、ブレアは無力だと思うぜ」

 

「どうして?」

 

「想定してる危険の度合が、ブレアとオーナーじゃ全然違う。ブレアが見てるのは、あくまでお前たちだ。エターナルスフィア全体じゃない」

 

「それは……そうかもしれない。でも、『どうやっても正面切ってFD世界と戦うしかない』って状況は、今じゃないはずだろ? 今はまだ、ぎりぎりどっちの世界の人間とも対話できる段階だ」

 

「なら、お前はこれからどうする気なんだ?」

 

 ――滅びの運命に、立ち向かうために。

 アルフの問いに、フェイトはニッと口端をつり上げた。

 

「簡単さ。何が何でもブレアさんに、そして僕らを創ったってオーナーに、まず話をつけるんだ。聞いてくれるまで話し続ける。無茶でもなんでも正面突破だ! ――そうでなきゃ、僕は面と向かってアイツに『お前の覚悟はそんなもんか』って高笑いしながら、文句を垂れてやれなくなる」

 

 ソフィアとナツメが、パッと表情を綻ばせた。クリフは驚いたように、両腕を組んだ態勢でフェイトを見、ぱちぱちと瞬いて固まっている。ネルも途中までは同じだったがすぐに小さく笑うと、柔らかい視線をフェイトに向けた。アルベルは皆に背を向けたまま、フンと満足そうに鼻を鳴らすだけだ。

 マリアは柄にもなく、ぽかんと口を開けていた。

 

「……そうか」

 

 アルフは一言だけ言って、それ以上、異論は唱えなかった。

 クリフがなんとも言えなさそうな表情で頭を掻く。

 

「なんつーか……。毎度のことだが作戦もくそもないな」

 

「ある意味、異星人とのファーストコンタクトだからね。我慢比べなら僕は負けないっ!」

 

 高らかに拳を握って叫ぶフェイトに、ネルが肩をすくめた。

 

「それはいいけどさ。結局、この後どうするんだい?」

 

「ん? そりゃストリームに行くんだろ? とりあえず、ブレアさんを捜しに」

 

 ぱちぱちと瞬いて答えるフェイトに、マリアが深刻な表情で顎に手を据えた。

 

「それなんだけど、現状、ムーンベースに応援を要請するしか方法はないのかしら? ストリーム周辺はエクスキューショナーが取り巻いているし、無事に着けるとも思わないわ」

 

「その点に関しちゃ、エクスキューショナーの特性を突けばどうにかなる」

 

「特性?」

 

 首をかしげるフェイトに、アルフは頷いた。

 

「つまり、俺たちはシャトルでストリームに向かう」

 

「そんな無茶な!」

 

 マリアが声を荒げた。

 フェイトがしばらく沈黙し、顎に据えた手を下ろした。

 

「そう言えば、確かに。ストリームに置いてたシャトルは、エクスキューショナーじゃなく地殻変動によって破壊されたな」

 

「ああ。むしろ、攻撃や防御に特化してる方が、奴らの前では危険と見ていい」

 

「でも、航行時間がかかりすぎるよ。父さんのアンインストーラーが完成すれば、多少ましな状況になりそうだけど、アルフの言うようにオーナーがやる気満々なら、アンインストーラーの効果は一時しのぎにしかならないだろ」

 

「シャトルにもワープ機能はある。これは憶測だが、エスティードのコネクションでシャトル座標をずらせれば、時間のいくらかは短縮できると思う」

 

「私……、ですか?」

 

 ソフィアが怯えたように肩をすくめた。

 

「それしかないか」

 

「フェイト……」

 

 つぶやくフェイトを、ソフィアが不安げに見る。フェイトは顔を上げると、ぽん、とソフィアの頭を叩いた。

 

「大丈夫。うまくいくよ。なんだかんだ言ってFD世界にも行けたじゃないか。父さんや、クライブおじさんを信じて」

 

「……うん」

 

 ソフィアは頷いて、目を伏せた。

 マリアが凛と医務室の戸を見る。

 

「となれば、急ぎましょう。いまは時間が惜しいわ」

 

「ああ、わかってる。行こう、皆! FD空間に着き次第、スフィア社に行ってブレアさんの所在を確かめる。スフィア社だけなら、僕たちの力で押さえられるはずだ。その後に、オーナーの居場所を割り出す」

 

「つまりFD世界に行ってから、ブレアを探す者とスフィア社を押さえる者の二手に分かれるってことだね?」

 

 ネルの問いに、フェイトが頷いた。

 マリアが続く。

 

「どの道、本物のブレアが仮にどこかに幽閉されていたとしても、その居所を知っているのはスフィア社員のはずよ。二手に分かれるのはいいけど、連絡は密に取り合いましょ。社を押さえる間に、適当な人間から話を聞き出すの」

 

「ああ」

 

 フェイトは頷いて、肩で風を切って戸口へと歩きだした。そのあとを、マリア、クリフと続く。

 

(また、だ……)

 

 ソフィアは彼らの背を見つめて、つぶやいた。胸の前で両手を握る。この胸のざわめきをどうすればいいのか、彼女は分からなかった。

 

(また、他人(ひと)任せにしてる)

 

 自分の能力が必要な局面であることは、話を聞いていれば大体わかる。事の深刻さも、皆の表情から推し量れる。

 それでもソフィアは、蚊帳の外だった。

 フェイトとマリア。話の渦中にある二人は皆をまとめ、皆から信頼されている。ちゃんと自分のことを知っていて、役割をこなし、適切に力を使っているのだ。

 なのにソフィアは、そうはいかない。

 『これから戦う』といくら言われても、実感が持てない。そのたびに不安が、ソフィアの胸いっぱいに膨らんでいくのである。

 

(皆、危険な目に遭ってるのに、どうして私……っ!)

 

 息を詰めた。責任感の強いソフィアは、自分を情けなく感じる。

 なぜならこんな大変な時でさえ、精悍になったフェイトの横顔を見ると、胸が小鳥のように高鳴るのだ。重大なことをすべて丸投げて、フェイトへの恋心だけを大切にしている。そんな自分勝手な状況が――なにもできない無力感が、ソフィアの中で膨らむ恋心を糾弾し、心にさらなる傷をつけていくのである。

 フェイトは長い旅の中で、見違えるほどたくましく成長したが、ソフィアは高校生のままだ。

 ありふれた子どもで、重大な決断などおいそれと下せない。判断できるほどの知識も、経験もないのだから当然である。

 そして、フェイトが護ってくれることで急速に膨れ上がる恋心は、ソフィアの気分をいくらか浮かせていた。

 それが、許せない。

 なにも対処出来ない現実と、正常に育っていく心のずれが。

 目を見開いて沈黙しているソフィアを、誰も気には留めなかった。

 そのときだ。

 皆が見知った『声』が、呼び止めたのは。

 

 ――ふたたびFD世界に干渉しようとは、ずいぶん危険な発想をしてくれるものだな。

 

 場の空気が、一気に凍った。

 互いの顔を見合わせたフェイトたちは、周囲の気配を鋭く探る。

 

「その声……アレン、か?」

 

 背中に差したヴェインスレイに手をかけながら、問う。

 すると『声』が答えた。

 

 ――ああ。

 お前たちが無駄な足掻きをしなくて済むよう、こちらから提案しておこうと思ってな。

 

「提案ですって?」

 

 マリアが声を落す。

 

 ――モーゼル古代遺跡、というのが砂漠の中にあっただろう?

 二国間和平会議を行ったあの遺跡だ。その地下に祭壇があり、セフィラを安置している。

 この意味が分かるか?

 いま、あそこには俺が立っている空間へのゲートが開かれている。

 それを通って来るといい。神の代行者として、お前たちの相手をしてやる。

 

「おいおい、随分な言い草じゃねえか。アレンよ」

 

「貴方、この戦い自体がゲームだとでも言いたいの? 偉そうに見くだしたような言い方をして!」

 

 クリフとマリアの鋭い視線が、宙空を見据える。

 アレンは小さく、嗤った。

 

 ――シミュレーターの存在だと知ってそれでもなお吼える、か。

 ちょうどいい。その方が臨場感も増す。

 壁を見ろ。

 

 途端、

 医務室の壁に四角形の巨大な紋章陣が浮かびあがり――それが、二つの映像を映し出した。

 一つはムーンベース、もう一つはパルミラ平原だ。

 

 ――分かるか?

 いまエクスキューショナーはすべて、その活動を停止している。俺の合図一つでな。

 だが、お前たちが俺との戦いを拒否した場合……

 

 アレンの声が、一オクターブ低くなった。

 

 ――消そう。

 クラス十のレーザーで、この銀河すべてを。

 

 慈悲のない声。抑揚なく、鋼鉄のように冷たい声だった。

 まるで敵を尋問にかけているときのようだ。

 フェイトは拳を握りしめ、俯きがちに口端をつり上げた。

 

「いいぜ、乗ってやるよ。その喧嘩」

 

「フェイト!?」

 

 マリアが目を丸くしてふり返る。視線を交わさず、フェイトは中空を睨んで、言った。

 

「お前のその寝惚けた横っ面、思いっきり殴り飛ばしてやるから覚悟しろ!」

 

 ――相変わらず威勢がいいな、フェイト。

 

 感情のこもらないアレンの嗤い声とともに、壁に浮かんだ紋章陣は消えた。

 ついで、部屋を覆った奇妙な重圧もなくなっていく。

 皆は互いの顔を見合わせて――、小さく、こくりと頷き合った。

 

 向かうは、モーゼル古代遺跡である。

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