「おぉ、フェイト兄ちゃん! そんなに慌ててどうしたんだ?」
モーゼル遺跡に向かう途中に洞窟のような回廊がある。仄暗い石壁の間を駆けていると、ヘルメットを深々とかぶった見知った少年と出くわした。ロジャーである。
「ロジャー! お前、こんなところで何してるんだ?」
ロジャーは手斧を地面に突き刺すと、ヘルメットをくいと押し上げて、得意げに胸を反らした。
「決まってんじゃんか! 村の護衛だよ、ご・え・い! キメラとかいう変な化物が出てから、村のみんなが不安がってるかんな! ここは、オイラの出番ってわけだよ」
ヘルメットから手を離し、ロジャーは一同を見渡した。
「おぉ、みんなお揃いだな。こいつはいよいよ、なにかあったってことだろ?」
「いや、なんでもないよ。それじゃ、警備がんばって」
「ラストディイイイイイッチ!」
フェイトがさわやかに笑いかけて、ロジャーの脇を通り過ぎようとしたとき、渾身のヘルメット付頭突きが、フェイトの腰を直撃した。
大きく眼をみひらいて、フェイトが奇声を発しながら地面にたたき落ちる。
軽快に着地したロジャーは、フェイトたちを睥睨しながら、両腕を組んで仁王立ちした。
「い、きなりなにを……!」
「バレバレだぜ。兄ちゃん」
低く笑って、口端をつり上げるロジャー。
クリフが頭をかいた。
「あのな。俺たちゃお前に構ってる暇はねえんだよ」
「なんだと、デカブツ! このロジャー様を甘くみるってのか!」
全力で地団駄を踏むロジャーに、ネルが呆れたように首を振った。
「こんな展開になるだろうと思ってたよ」
「どうかしたの? ネル」
マリアは首をかしげた。マフラーに口許をうずめたネルが、怯えているように見えたのだ。
ネルは答えずに、目をつむっている。
と、
「わぁ、すごい。尻尾が生えてる」
「お? ん? なんでアミーナ姉ちゃんがここに……おぁ~、なかなかオイラの撫で方が分かってるじゃんよ~……お~♪」
ロジャーは気持ちよさそうに目を細め、大きな狸耳をとろんと垂らした。
ソフィアが撫でているのは、ロジャーの丸々とした尻尾だ。手入れの行き届いた見事な毛並みをしており、ロジャーは撫でられるたびにマッサージでも受けているような脱力しきった表情になる。
それを見たソフィアが「可愛い」と声を上げて、さらに撫で立てると、ロジャーはとろけるような笑みを落して座り込んだ。
「なんだろう。……なにか、面白くない」
ラストディッチが突き刺さった腰を撫でながら、フェイトが真顔でぽつりとつぶやく。結構な鈍い音が回廊内に響いたのだが、フェイトは痛みを感じていないようだった。なんの前触れもなく、ひょいと立ちあがってくる。
クリフとアルベルが、異物でも見るようにフェイトを凝視した。
「てめえの身体、どうなってやがんだ」
「相変わらず、そら恐ろしい回復力だぜ……!」
涼しい顔で親指を立てるフェイトに、アルベルは舌打ちとともに背を向け、クリフはやれやれと肩をすくめる。
と、
ナツメが回廊の出口を指さして、問いかけた。
「ロジャーくん。この先の砂漠は、そんなに危険なんですか?」
「ふぁ~、いい気持ちじゃんよ~。ん? なんだって? ナツメねえ――ぎゃぁあああああっっ!?」
ロジャーが目玉をこぼさんばかりに目を剥いてのけぞった。
なにごとかと目を白黒させるナツメの両肩から、双頭竜が啼く。
「ギャフ」
「フギャ!」
「ぎゃああああっ! 姉ちゃん、後ろ! 後ろぉお!」
ナツメを指さして後ずさるロジャーのあまりの驚きように、ソフィアまで目を丸くして固まっていた。
ナツメは唇を真一文字に引き結ぶと、きりりと眉を引き絞って、誇らしげに口端をつり上げた。
「驚かれるのも無理はない」
大仰に首を振った彼女は、ロジャーを見下ろして続けた。
「この私の肩にいる竜は、なにあろう、かの有名なエクスペルの双頭竜なのです!」
「”ぽい“ってフェイトが言っただけじゃなかったか?」
「クリフさんは黙って!」
聞きかじりのエクスペル伝説をナツメが講釈し始めたのは、それから間もなくのことだった。
時間節約のためにも、歩きながらのナツメの語りは砂漠を抜けて遺跡に着くまで続き、途中で出合った、キメラと戦うヴォックスや断罪者に囲まれたシェルビーにすら、脇目も振らなかった。
ヴォックスとシェルビーは「本気なんとか!」とのたまって善戦していたが、それに興味を示すロジャーをネルが押しとめていた。
アルベルは拳を震わせながら、義手に気功を溜め続け。
フェイトはフェイトで、驚いて、三度ほどその二人を振り返って様子を観察していたが、マリアに急かされて遺跡へと向かった。
無論、ロジャーはその間、サーフェリオに引き返せと何度説得されても、聞き入れることはなかったのである。
モーゼル遺跡の地下祭壇に、アレンの言うとおりセフィラは据えてあった。
まるでそれが本来の姿であるかのごとく、祭壇には窪みがあり、台座の上でセフィラが
「ソフィア」
「……うん」
フェイトに促され、祭壇に立ったソフィアは、固唾を飲んでから両手をセフィラへと掲げた。
(お願い。私たちを連れて行って。オーナーと、アレンさんのところへ!)
燐光は輝きを増し、やがて垂直な光の束になって天井を突き刺すと、四方に散って目の前の、壁でしかなかった石の一面に、素早く収束していった。
地響きが起きる。溜まった砂埃が雨のように降った。光の集まった石壁が中央で、引き裂かれるように左右に分かれると、その奥から、光の波紋が姿を覗かせた。
「タイム、ゲート……」
波紋を見たマリアが、つぶやく。
――確かにそうだ、とフェイトは思った。
異界へとつながる光の波。『扉』と化した石壁の前に立ち、フェイトは意を決する。
「行くぞ、みんな!」
そのときだ。
「よく、来てくれた」
「え?」
風が吹いたと実感した瞬間、ゲートから腕が伸びてきた。ふり返ったソフィアの肩が掴まれる。上半身。人間の身体が、光の波紋からせり出していた。
「!」
淡い金髪と、深い蒼色の瞳。
フェイトと目が合うと、『彼』は静かに笑った。
引き潮のごとく素早くゲートに押し戻っていくアレン。
同時。アルベルとアルフが空破斬を放った。が、『扉』のまえに虚しく掻き消される。
「ソフィアさんっ!」
「姉ちゃん!」
ロジャーとナツメが追いすがるが、届かない。
マリアが鋭く言った。
「急ぎましょう!」
両腕を交差させ、いの一番にゲートに飛び込んでいくマリア。そのあとをアルフ、クリフ、ナツメ、ネル、ロジャーと続いた。
「なにやってやがる!」
アルベルがふり返ったのは、本来、まっさきに向かうべき青年が、駆け出さず、茫然と突っ立っていたためだ。
フェイトは目を大きく見開いて、ゲートを見つめている。アルベルが急き立ててようやく、彼はアルベルに視線を向けた。
「アイツ――」
ぽつり、とつぶやく。動揺で碧眼が揺れていた。アルベルが眉を寄せる。
「手が、透けてたんだ。右の方」
アルベルの表情が強張った。
フェイトは俯くと、地面に散ったソフィアの猫ストラップを拾い上げた。オレンジがかったトラ猫のストラップ。それをしばらくじっと見つめて沈黙したあと、フェイトはアルベルとともに、ゲートを潜り抜けた。
――嫌な予感が、背筋を這っていた。
◆
薄暗い洞窟の中。
三十メートルほどの楕円形広場に、マリアは立っている。
「ここは……」
ゲートを抜ける前とは景色が違う。
(これが、特殊空間?)
マリアは首を傾げながら周りを見渡した。
どうやら、天然洞窟を利用して造った遺跡のようだ。
黒い岩盤がせり出した広場の中央に、四角い祭壇が据えてある。モーゼル遺跡よりも手を加えていない、自然の洞窟だ。壁の岩盤が鈍く光っていて、だだっ広い。
唯一、完全人工物と言えるのは、広間中央の祭壇だ。白い大理石を使用しており、四角い見事な幾何学模様が、階段状になった祭壇だった。
「みんな、気を付けて」
静まり返った洞窟内に違和感を覚え、背中に向かって注意を促したところで、マリアは感づいた。
変わったのは景色だけではない。
さきほどまで共にいた仲間が、全員、掻き消えている。
「――まさか」
つぶやきながら、マリアは眼球だけ動かして、息を詰めた。
未開惑星に来てからは珍しくなくなった、埃っぽい空気を、慎重に吸い込む。
空気は乾燥していて、ひんやりと肌を撫でる。
(誘い込まれたというの?)
後ろ手でホルスターに差した銃を握る。足音を立てぬよう、慎重に歩く。だが乾いた砂面が、じゃりじゃりと擦れる音を立て、目が、自然と岩陰に貼りついた。
「そこっ!」
マリアはふり向きざまに発砲し、鋭くバックステップした。殺気。グラビティレイザーの青白い光弾が薄暗闇を裂く。
瞬後、彼女の立っていた場所を白い衝撃波が走り抜けた。
岩盤でマリアの放ったレーザーが跳弾し、掻き消える。
腰まで流れる青い髪を弾ませ、マリアが着地して鋭く銃を構えると、そこに、スフィア社でマリアを導いてくれたFD人――ブレア・ランドベルトがいた。
「ブレア!?」
「ふふっ」
銀色のショートヘアを耳にかけ、ブレアが蠱惑的にほほ笑む。もともと品のいい女だが、いまは品よりも艶が増しているように見える仕草だった。
長身の彼女は両腕を組み、マリアを見下すと、
「ずいぶん、遅かったわね」
労うわけでもなく、そう言った。
声に滲む、他人を嘲る失笑。それは、温厚なブレアからは考えられないほど冷たく、容赦がない。
「貴方……」
マリアは眉間にギュッと皺を寄せた。慎重にブレアとの間合いを測りながら、気づかれない程度にじりじりと横移動する。
蠱惑的な微笑み。
空気を通して伝わってくる違和感に、マリアの表情が険しくなる。
「貴方は、ブレアじゃない!」
言い放つと、ブレアは、くっくと体を震わせて笑い始めた。
「んっふっふ……! そうよ。私はブレアであってブレアじゃない。あのお方によって生み出された、あの女の姿をしたプログラム。言わばIMITATIVE――
「悪趣味ね」
「なんとでもおっしゃい。忌まわしい存在なのは、貴方たちのほう。世界を汚染する貴方たちは、今すぐ消えるべきなのよ。――だから」
ブレアは組んでいた腕を解いて、挑発的にマリアを指差した。
「黙って死んじゃいなさいよ」
「本物とは性格も、言葉遣いもまるで違うのね」
間合い、四メートル。
マリアの距離だった。
ブレアは口許に手をやった。
「あらあら」
芝居がかった動きで、眼を丸くしたあと、ブレアは右手を掲げる。
彼女の指先に白い光が集束する。
「言うことを聞けない悪い子には、お仕置きが必要ね」
◇
ゲートを潜ると、巨大なトンネルの中に出た。トンネルは最新鋭機器と、巨大パネル・ディスプレイで覆われている。
クリフたちは、スフィア社でも見た、宙に浮かぶ床板の上に立っていた。それはトンネルの下三分の一の高さで固定されていて、幅二メートルほどの長い通路になっている。
「おい、フェイトとマリアはどうした」
皆をふり返って、クリフは声を落した。互いを見合わせた一同が、緊張ではっと口ごもる。
ソフィアを追ってこの場所に出たものの、フェイトとマリアの姿だけが、忽然と消えていたのだ。
「まさか、はぐれたのかい?」
周りを鋭く観察しながら、ネルが短刀に手をやって問う。
恐らく、そうだろうとクリフは頷いた。
「くそがっ! なにもかも向こうの思い通りってわけか!」
「待て」
アルフが差す視線の先――通路上の一角で、光が渦を巻いて円柱を作りはじめている。
と、その光の中から、一人の女がせり出してき、とんと床に着地した。
彼女はにこりと笑うと、
「来たわね」
嬉しそうに言った。
「ブレア! どうしてここに」
クリフが眉間に皺を寄せると、ブレアは一同を見渡し、微笑を崩した。
「そんなことより、フェイトたちは?」
「それはこっちが聞きたいところだよ。事と次第によっちゃ、アンタ――」
「覚悟はいいか、女」
問答無用で得物に手をかける二人を、ロジャーが慌てて押し止めた。
「ちょ、ちょちょ……っ! 殺気立ち過ぎですよ、ネルお姉さま! アルベル兄ちゃんはいつものこととして、この姉ちゃんはいま来たトコなんでしょう? ちっとくらい話を聞いてやってもいいじゃんか」
彼に続いたのは、ナツメだった。
「説明願えますか、ブレアさん。フェイトさんとマリアさんは、モーゼル遺跡からこちらに着いた途端に姿を消しました。ソフィアさんはその前、モーゼル遺跡のゲートをくぐる寸前で――」
そこで言葉に詰まるナツメを、ブレアは神妙な面持ちで見つめ、顎に手を据えて視線を落とした。
「してやられたわね」
「どう、してやられたってんだ?」
「おかしいとは思ったのよ。ソフィアは、エターナルスフィアからこの特殊空間へのゲートを開いたんでしょう? そのときに、ここの座標軸が、私の端末に送信されてきたの。こちらで原因を探ってみたけど、いくらやってもわからなかったわ。
でも、あなたたちの話から察するに」
「アンタも、ここに誘い込まれたってことかい? アレンに」
「おそらくは。本当は、実体を伴う姿で来られればよかったんだけど、さすがはオーナー専用の開発室ね。意識体だけで精いっぱいだったわ」
「つまり、ブレアさんの力が制限されているということですか?」
「ええ。ここはオーナーが作り出した特別な空間。私たち開発者と言えども、自由にできないのよ」
「なにもかも、厄介なんだな」
クリフが言うと、ブレアは神妙に頷いた。
アルベルがアルフを横目見る。押し黙った彼は、なにも言わない。
ブレアが通路の奥を示して、言った。
「ともかく、いまは先を急ぎましょう。ここに居ても始まらないわ」
「アンタ、一緒に来るのかい?」
ネルが意外そうに目を丸める。
「ええ。ここへ来る前に、この空間について調べられる限りのことを調べてきたの。ここは、オーナーのいる空間とエターナルスフィアを結ぶ通路なのよ。すべてのプログラム情報は、ここを経由してエターナルスフィアとやり取りされているの。言わば、情報転送用ケーブルね。もちろん、オーナーのいる空間への外部からの不当な侵入を防がなければいけないから、防御区画としての役割も果たしているわ。だから、この空間のことは『ファイアーウォール』と呼ばれているの」
「『ファイアーウォール』だ? そのまんまじゃねえか」
クリフが肩をすくめると、ブレアは困ったように眉を下げた。
「ともかく、道案内をするからついてきて」
ブレアの後を、用心しながら皆は続いた。