連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

108 / 156
83.乱数

「こっちよ」

 

 ファイアウォールをブレアの先導で突き進んでいく。

 ネルは襲いくる警備マシンを叩き切って、アルフに尋ねた。――いまのでフロアにいる敵は最後だった。

 

「アンタ、なんであんなこと口走ったんだい」

 

 刀を納めたアルフが、首を傾げながらふり返る。一行は走りながら行軍していた。時間の節約に労は惜しまない。

 

「柄じゃないと思ったんだよ。いきなり「がおー」なんてさ」

 

 肩をすくめるネルに、アルフは得心がいったように片眉を上げた。

 

「ああ、あれか。あれは昔、ナツメが使ってたあいさつなんだ」

 

「そんな小っこい頃から、ナツメ姉ちゃんの知り合いだったのか?」

 

「そんなに前じゃない。四年ほどだ。アイツ、その頃はちょっと知恵遅れなところがあってね。いまは治ってるけど、俺はずっとアイツの名前が「がおー」だと思って呼んでた」

 

「センスないのは昔からなんだね。アンタ」

 

「アンタはなかなか、切れ味のいい突っ込みをくれるよな」

 

「やりたくてやってんじゃないよっ!」

 

 ネルが声を張り上げると、アルフは「まあ、まあ」となだめてきた。

 相対した者を竦み上がらせる、紅の狂眼はなりをひそめ、まるで獅子が眠りについているように茫洋とした眼差しが、ネルたちを見ている。

 

 ――それはいつ頃からだったのか。ネルは頭の隅で思った。

 

 警備マシンと戦っているときでさえ、アルフはあの無言のプレッシャー発していない。凪いだ海のように、淡々と敵を壊していくのみだ。

 唯一、あの鬼気を彷彿とさせたのは、「オーナー」とやらの話が出たとき。

 

 諜報員として他人の特徴をとらまえる癖があるネルは、アルフの被っている「無害な仮面」がどうも引っかかった。

 

(もっとも、コイツが単に私たちを仲間と認めただけなのかもしれないけどね)

 

 話していると、そこそこ社交性のある相手だと分かる。普通の人間ならアルフの取り繕った態度を気にとめないが、諜報員のネルだからこそ、こうして話しているとアルフがもまるで抜け殻のように感じた。

 一言で言えば、掴みどころのない。しかし、それは裏で計算されているところがある。

 

「まあ。つまりその昔の記憶が、ふいに頭を過ったってわけだね」

 

 探りを感じさせずにネルが問うと、アルフは首を振った。

 

「というより、どんな深刻な場面だろうと、アレンなら必ず反応を返してくるんだよ。ああ言うとね」

 

「つまり、それってアレン兄ちゃん以外に通用しねえんじゃねえか?」

 

「一人、青髪小僧を除けばね」

 

「フェイト兄ちゃぁああんっ!?」

 

「六深でも、提督以外は首をひねるんだけどね。不思議な奴だよな、アイツ」

 

 しみじみとアルフが言う。そこには懐かしさが滲んでいた。

 アレンやナツメの話をしているときは、やはりアルフは仮面らしい仮面をかぶっていない。

 

「アンタ、そこまで思い入れがあるなら――」

 

 言いかけて、ネルはやめた。

 そう言えば、と思ったのだ。

 アルフはどちらかと言うと、ネルよりもクレアに思考が近い。本音を見えないところに押し隠し、的確な判断を――味方を犠牲にできる判断をくだせるところも、そうだ。

 それはネルにとって、焦がれるほどうらやましい覚悟である。

 

 だから以前のことを思い出す。アレンが初めてアルフと敵対したとき、ネルは二人の状況を自分とクレアに重ねた。自分ならクレアを敵軍とみなして斬ることはできないだろう、と結論していた。だがもし、クレアならば――。

 

 考えて、馬鹿らしくなった。

 判断できようとできまいと、それでなにかが軽くなるわけではない。それはきっと、正確な判断をくだせるこの男でも、そうなのだ。

 

「アンタとアンタの相棒とは、ちょっと具合が違うよ」

 

 不意に言われて、ネルが顔を上げると、アルフが肩をすくめていた。

 

「俺とアレンはね」

 

「……そんなもんかい」

 

 思考を読まれたことに驚いたが、それは脇に置いておいた。この男は恐ろしく察しがいい。だから余計には言わず、ネルは話の続きを要求した。

 アルフが頷く。

 

「アンタたちは、殺し合いを楽しむ輩じゃないから」

 

 ネルの眦がつり上った。咄嗟に浮かんだのは、アルベルだ。“歪み”として大陸に名を馳せた、漆黒団長の酷薄な笑み。

 

 命をなんとも思わない、そんな敵将の彼が、ネルは大嫌いだった。

 

 戦時のこととはいえ、いまは和平にこぎつけたとはいえ、このわだかまりが晴れることは決してないと彼女は確信する。

 実際に行動をともにし、そこまで極悪人ではないと分かっても、“歪み”の名で思い出される部下の死が、多すぎるのだ。

 普段は思考の隅に追いやれても、ふいにこうして思い出す。当時の、胸をかきむしりたくなるほどの、深い憎悪や絶望とともに。

 それは恐らく、アルベルもそうだろうとネルは思う。

 

 どれほど理解しようと、納得できない相手の性分。

 

 風雷のウォルターも、ネルの部下を何人も殺した。だが、あれはアーリグリフの中では温情のある男だ。手段を選ばないヴォックスや、相手を斬り殺すことに躊躇しないアルベルとは違う。

 

「なるほど、確かに。それなら全然、私たちとは違うね」

 

 皮肉を込めて口端をつりあげると、アルフはあっさりと頷いた。

 

「それでいい。強さには果てがない。それを知ってなお追い求めようとする奴なんざ、社会のはみ出し者だよ。町のゴロツキと紙一重だ」

 

「……アンタ。自分がそんな風に見られて、なんとも思わないのかい?」

 

 問うと、アルフは酷薄に笑んだ。

 

「世の中不思議なことにね。道を踏み外した先にも、道があるんだ」

 

 そこで、アルフは一気に刀を抜き打った。雷鳴のような抜刀。右端――通路の角から、巨大な目玉の魔獣『エルダーアイ』が飛び込んでくるところだった。

 高高度から紋章術を放つまえに空破斬で両断され、巨大な目玉から伸びた触手のような小さな目たちが、床でびちびちと跳ねる。

 だがそれも数秒で、エルダーアイはすぐに光の粒子となって霧散した。

 

「やっぱ、普通の場所とは違うってことじゃんね!」

 

 アルフとネルが難しい話をしているので入るタイミングを逃していたロジャーが、ここぞとばかりに声を張り上げた。

 

「そうだね。さっきから、斃した奴らが消えてってる」

 

 警備マシンを相手にしているときは気にならなかったが、このようにエリクールでも見られる魔物の上位種が消え去ると、この場所の異常性をいやでも理解することになる。

 ネルが思案顔で顎に拳を当てていると、ブレアが言った。

 

「恐らく、メモリに負荷をかけないための処置よ。エクスキューショナーの全体数も、その関係で管理されているようだわ」

 

「つまり、俺たちもここでやられるとヤバいってことか」

 

 面白そうに喉を鳴らすアルフに、ネルは要領を得ず、首を傾げながら曖昧に頷いた。

 

「それで。少しはリサーチできたかい? “クリムゾンブレイド”さん」

 

 肩越しにアルフが言った。しかし、興味はあまりないのか、さっさと次の部屋に入っていく。

 その背を目を丸くしながら見届けて、

 

「やっぱり、全然わかんないよ。アンタ……」

 

 ネルは溜息を吐いた。

 

 

 ………………

 …………

 

 

「いやぁ、困った困った。ずいぶん骨が折れたよ」

 

 陽気な声は、突然頭上から降ってきた。

 ネルたちは目を疑う。場の景色が一転したのだ。彼らは間違いなくファイアーウォールを駆けていたのに、いつの間にか、青空の下に出ていた。

 

 流れ込んでくる空気までもが違う。空調のきいた快適なものではなく、埃っぽく乾いた、少し肌寒い気候。

 

「ここは……!」

 

「修練場の屋上だな」

 

 息を呑むネルの隣で、アルフが視線をめぐらせてつぶやいた。

 

 だだっ広い真四角の空間。空は快晴で、石壁が四方を囲んでいる。屋上を構成する白亜の煉瓦は砂埃を被って薄茶色になっていた。

 カルサア修練場。

 その最上階にある「闘技場」である。

 

「ど、どどどどーなってんだ!? 一体!」

 

 ロジャーが驚くのも無理はない。

 アルフはどこからか聞こえてきた『声』の主を探した。

 

「ようこそ、ファイアウォールへ」

 

「ここから先は、私たちがお相手するわ」

 

 また、声が聞こえてきた。

 

(――アナウンス?)

 

 首をひねっている間に、「えっ」と息を呑むネルとロジャー。彼らが見ているのは、前方だ。

 一瞬前までアルフたち以外は誰も居なかった場所。

 その中央に、若い男女が佇んでいた。

 

 絶対に見落とすはずのない、見晴らしのいい場所に。

 

「いやぁ~、なかなか手こずらせてもらったよ。乱数調整するキャラって、本当に厄介だな。自分が望んだ通りのルートを、自動的に割り出してしまうんだから」

 

「おかげで私たちを通り抜けてルシファーくんの模造体と出逢っちゃうところだったわよね。何回フィールド修正したことか……」

 

 どちらも、二十前後の男女。

 男は青銅のオープンフェイスの甲冑姿だった。

 女は藍色のとんがり帽子に、ズロースに似た膝丈の膨らんだズボン。宙に浮かぶ、背丈と同じ長さの竹ぼうきに横乗りしている、いわゆる『魔女っ娘』だ。

 エリクールの『ラヴィッチ』に似ている。

 

「ソロン! ディルナ! あなたたちまで」

 

 後ろで、ブレアが二人に向かって叫んだ。

 甲冑の男が、二メートルはありそうな幅広の長剣を右手に、笑いかける。

 

「やあ、ブレア。君はやっぱり、まだそちら側についてるのかな?」

 

 暢気そうな男だった。彼をソロン、とブレアは呼ぶ。

 

「当然よ! 彼らはもう自らの意志を得たの。プログラム生命体としての規格を超え、私たちとなんら遜色ない存在にまでなったのよ! それを一方的に壊そうだなんて――」

 

「……聞いてないの? ブレア」

 

 ディルナと呼ばれた女が、ふいに眉をひそめた。

 

「え……っ?」

 

「保安部のアザゼルくん。また動けるようになるまで八か月かかるって」

 

「それもスフィア社直轄病院で、最高の医療を施しての話だ。全身ズタズタに切り裂かれて、あと少し治療が遅れていたら、危なかったって話。これは稀にみる凶悪事件だよ。――混乱が大きくなるから、まだ公にはしていないけどね」

 

「そうは言っても、もとの原因はオーナーが放ったプログラムよ。彼らだって、好きでやったわけではないわ!」

 

「……うぅ~ん。でもさ、創った者には創ってしまった者なりの責任があるっていうか」

 

 ソロンは困ったように、兜から伸びるT字型の鼻あてに収まった、形のいい鼻筋を掻いた。

 ディルナが肩をすくめる。

 

「少なくとも。私たちに危害を加えそうなキャラだけは確実に消さないと、他のみんなが安心してお仕事できないわけだし。だ・か・ら、話し合うのもいいけど、それは話が通じそうな相手だけ。それで十分じゃない?」

 

 にこりと笑って、ディルナは視線をアルフに貼りつけた。覇気のない、FD人特有のふやけた視線。

 

「そんなこと……!」

 

 ブレアが反論する前に、ソロンが芝居がかった動きで一礼した。

 

「初めまして? 特異体のみなさん。自分は“触れられざる薄雲の騎士”ことソロン・ソリュート」

 

 ソロンの後ろで、ふわふわ浮かぶ竹ぼうきに乗ったディルナが、朱唇を割った。幼い顔立ちとは裏腹に、涼やかな視線をこちらに向けて

 

「そして、わたくし“鏡面の焔”ことディルナ・ハミルントンのコンビで~す! こう見えて、ジェミティ市立闘技場の名誉チャンピオンなのよ。私たち」

 

 眼は笑っていないのに、能天気な高い声を発してくる。正確には、視線が弱いのだ。

 ネルが半眼になりながら、腰の短刀を引き抜いた。

 

「ふざけた奴らだね」

 

「ふざけてねぇ方が希少だろ」

 

 アルフが返すと、ソロンが腹を抱えて爽快に笑った。

 

「ハハッ! これは元気いっぱいだね。それじゃあ、まず自分から行ってみようかな?」

 

「あら。珍しくやる気ね、ソロン」

 

 顎先に人差指を置いて、ディルナが首を傾げる。ソロンは蒼焔を発する長剣を青眼に構えると、笑みを深くした。

 

「見たところ、彼は結構できそうだ。いいだろ?」

 

「ええ、もちろん。で・も、言った限りは一気に終わらせちゃってよね!」

 

「はいはい」

 

 溜息混じりに彼が頷いたとき、

 疾風を巻いた凶悪な突きが、ソロンの眉間に迫った。

 

「おっと! ――せっかちだなぁ。君は」

 

 紙一重で首を捻って躱し、ソロンは苦笑する。

 と、

 標的を定めた紅の狂眼が、ソロンを射抜いた。

 

「いつまで舐めてやがる」

 

「アハハ、強気で結構」

 

 突きから袈裟状に斬り落とすアルフ。ソロンは長剣で受け止め、弾く。

 “流す”などという技術はまったくなかった。ソロンは斬撃を受け止め、ただ押し返した(・・・・・)

 その馬鹿力に、アルフは目を瞠る。

 

(コイツ、片手で……)

 

 バックステップで距離を取ったソロンが、悠然と笑んだ。

 

「それじゃあ、改めて始めようか? アルフ・アトロシャスくん」

 

 長剣を両手で握り、胸の前で直立させるソロン。

 対し、アルフは青眼に構えた。

 間合い、三メートル。

 得物の長いソロンに利がある。

 ソロンは口端をつり上げると、膝を曲げて、踏みこんだ。

 

「ギャンブルソード!」

 

 冗談みたいな片手殴りに打ちこんでくる。大振り。

 アルフはその太刀風を顔に受けつつ、腰を沈め、

 

(!)

 

 相手の喉をはね斬る寸前で、寒気を覚えた。根拠はない。が、咄嗟に歯を噛み、受け太刀する。

 瞬後。

 ソロンの長剣が地面に触れるや、切尖から巨大な爆発が生じ、焔がまるでマグマのように湧き起こった。

 まるでエクスプロージョンだ。

 低く呻いて衝撃を極力気功で流し、アルフは一足飛びで二メートル下がる。

 腕ごと、ねじ切られたかと思うような強烈な爆発だ。びりびりと手が痺れる。

 熱風が空間を荒々しくかき乱し、乾いた砂の地面に、巨大なクレーターを作り出す。

 

「……馬鹿な……っ!」

 

「冗談じゃねえじゃんよっ!」

 

 ネルとロジャーがクレーターの深さに息を呑む。

 むっと気温が上昇した。

 

「おや。外してしまったか」

 

 ソロンはクレーターを見つめて、場違いなほど暢気につぶやいた。

 そこへ、

 『疾風突き』が、ソロンの眉間を襲う。

 ソロンは首をすくめ、空間を貫くような突風をまとった突きをやり過ごす。頭上数ミリ、太刀風が霞める。兜の頭頂部に、チッ、と丸い火の玉が咲いた。

 

 ディルナが意外そうに目を瞠る。

 

「わぁ。意外と速いのね~!」

 

 笑っていたのはそこまでで、

 

「チッ……!」

 

 ソロンの舌打ちが聞こえるのと同時、ディルナの口許からも一瞬笑みが消えた。

 

 ソロンの兜の間から一筋、血が垂れる。

 

 回避が半歩、遅れていた。――いや、疾風突きの速度が初手より上がっていたのだ。

 

「あっぶな~! この兜じゃなきゃ斬られてるところだっ!」

 

 ソロンは口をへの字に曲げながら、素早く距離を取る。

 ――取るつもりだった。

 

「え?」

 

 眼前に、アルフ。

 いつ近寄られたのか、見当がつかない。刀を下段に提げたまま、するすると自然な動きで近づいたアルフが、刀を払ってソロンを斬りたてた。

 雷光のごとき連斬。

 だが、

 眼を見開いたのは、アルフ。

 

(なに?)

 

 横薙ぎ、左袈裟、右袈裟、胴薙ぎ、切り上げ。

 完全に敵の不意を突いた五連斬『鏡面刹』のすべてを、ショルダーアーマーに跳ね返された。

 

 力任せの押し返しではなく、今度は流された(・・・・)

 

 閃光のような斬撃の渦中にあって、ソロンは剣を振らずとも傷一つ負わない。

 ソロンより先に、ソロンの鎧が敵の攻撃に反応している。

 

「ハハッ!」

 

 戸惑いから立ち直ったソロンが、長剣をはね上げた。頬に風。ミリ単位で後ろに避けたアルフが打ちこむ、

 寸前、

 

 ぞくり(・・・)……

 

 あの寒気が、背筋を走った。

 

「――ちっ!」

 

 舌打ちし、飛び下がる。

 

「ギャンブルソード!」

 

 なんの考えもなしに放たれた片手殴りの打ちこみが、地面を深く抉り、爆発とともに巨大マグマを生じさせる。

 同心円状に広がる爆風。

 熱風が、凄まじい勢いで吹き荒れる。

 

 アルフの判断が一瞬遅れれば直撃だった。その末路は、(えぐ)(ただ)れた地面が物語る。

 飛び下がったアルフが小さく舌打つ。

 回避は間にあったが、ギャンブルソードの爆風はアルフの位置にまで及び、わずかに巻きこまれた両腕が紙のように燃え上がったのだ。

 それでも彼は表情を変えない。

 

 ソロンの鎧はあらゆる攻撃を跳ね返し、ソロンの長剣はあらゆるものを粉砕していく。

 

(特務の防護服すら通すとはな)

 

 アルフは腕を払って火を消し、ひりつく腕で刀を納めた。

 動かなくなるほどの深手ではない。だが、常人なら火傷で震えるところ、彼の手許はピンと芯が通ったようにびくともしない。

 右手を垂れたまま、アルフは相手との距離を目算する。

 約四メートル。

 

(あのギャンブルソードとかいう技なら、届く)

 

 反して、アルフは相当踏みこまねば届かぬ間合いだ。

 

「アルフ!」

 

「動くな。アンタたちはそこで見てろ。俺が探る」

 

 ――相手の底を。

 言外に放つアルフに、ネルは顔をしかめた。

 この戦い方は好きではない。味方を捨て駒のようにして敵の腹を探るやり方。彼女がもっとも辟易する戦法だ。

 だが。

 

「ネルお姉さま。アイツの鎧、いや鎧だけじゃねえ。剣もだ。……なんか、なんか変じゃねえか?」

 

 冷静なロジャーの言葉に、アルフに加勢しようと短刀にかけた手を、下ろした。

 言いかけた言葉を呑みこんで、ソロンを睨む。

 

「――いや。変なのは鎧と剣だけじゃない。奴の装備そのものだよ」

 

「そうなのか?」

 

「よく見てれば分かるよ、ロジャー」

 

 そういう一方で、唇を噛む。いまの間、敵の一挙手一投足を見逃したつもりはない。

 だが、アルフが言うようにここで加勢したところでソロンを確実に倒す戦術が練れたわけではなかった。

 

(分かったのは、アイツの防御が完璧だってこと。それに向こうはあと一人、女を抱え込んでる。私たちの実力を見せない方が、戦況は優位に運べるだろう。――でも)

 

 ソロンは騎士の格好をしているが、「剣士」ではない。

 ただ純粋に高い身体能力を使って、暴力を振るうだけだ。甲冑も剣も、彼の趣味を助長するアクセサリーに過ぎない。

 

(だからこそ、凌ぎにくい相手。素人だから何をしでかしてくるのか分からない。だけどそれで――アルフの相手が務まるものかい?)

 

 答えは、否だ。

 普通の人間は、彼の壮絶な狂気にあてられて身がすくむ。どれほど恵まれた力を持っていようと、優れた剣技があろうと、心が強くなければアルフの『眼』とは対峙できない。

 

 ソロンがクスリと笑って肩をすくめた。

 

「君の剣は、なに一つ自分に通用しないよ。なかなかよく練られたプログラムだけど、その程度じゃ自分のプログラムを破ることは出来ないな」

 

 アルフが薄笑う。

 

「試すか」

 

 ソロンは両手を広げて答えた。

 

「いいよ。試してみるといい。敢えて受けてあげよう」

 

 瞬間、

 

 アルフはカッと目を見開くや雷光のごとく抜き打ち、真っ向に斬りおろした。剣尖を追う真空の気柱が幾本も立ち、ソロンを襲わんと地表を駆る。

 剣技『空破斬』。

 圧倒的な剣速で生み出される衝撃波と(はら)に溜めた気を組み合わせて成る、遠距離用の牽制剣技だ。威力は高過ぎず、低過ぎず。速球のごときスピードで直線状に走る。

 

「お、っと!」

 

 それをソロンの鎧は苦もなく受け流す。

 同時、ソロンの兜を割らんばかりに、高く飛び上がったアルフが打ちこんでいた。轟音に反し、ソロンの兜は曲湾部で刀を流す。

 ニッと笑ったソロンが長剣を払った。

 

「そらっ!」

 

 アルフは紙一重のところで見切り、太刀風がアルフの前髪をさらう。

 瞬後、

 下段から抜き放ったアルフの刀が、三層の真空波を巻き起こしてソロンを襲った。

 

 ギィンッ!

 

 刃を、真空波を、ショルダーアーマーが苦もなく流し弾く。

 ソロンが直進する。アルフの攻撃などものともしない。間合いが縮まる。

 距離二メートル。

 

「ギャンブルソード!」

 

 片手殴りに斬りつけてくる剣めがけ、アルフの狂眼が鋭く光った。腰を落し、踏み込む。

 

 ドンッ!

 

 石畳に溜まった土埃が舞いあがった。強烈な蹴りつけ。

 ネルが思わず叫んだ。

 

「馬鹿――っ!」

 

 声が裏返った。

 二度躱したのに、なぜ切り込んだ――? ネルが思考する間に、二人の剣士が交差する。

 ソロンの長剣が地面に叩き落ち、大爆発を起こした。

 アルフは、その脇。

 ソロンのがら空きになった左側面だ。

 

「あっ……!」

 

 そうか、とネルが息を呑んだ。

 

 

「ソロンの脇に潜り込んだの!? うっそぉ~!」

 

 ディルナが素っ頓狂な声をあげて、顔を手で挟む。

 

 ロジャーは知らぬ間に拳を握っていた。

 

(すげえ……!)

 

 一歩間違えれば石畳と同じ運命。それでも、アルフは迷わない。

 躊躇しない。

 

 アルフが剣を払った。剣技『衝裂破』。空破斬の派生技だ。真空の気柱がアルフを中心に孤を描き、そり立つ。

 直撃した。 

 ソロンの身体が後ろに吹き飛ぶ。

 彼はタッと軽やかに着地すると、

 

「驚いたな。攻撃は痛くないけど、吹き飛ばされるのはなかなか厄介だ」

 

 そう言ってクスクスと声を立てる。

 だがそのとき、アルフは妖艶に、邪悪に嗤っていた。

 

「装備だけが取り柄なら、ここで終わってもらう」

 

 静かに言い放ち、アルフは剣を水平に横たえる。

 剣技『活人剣』。

 身体能力を何倍にも押し上げる内気功。アルフの全身に金色の焔が吹き荒れ、彼の中から龍が眠りから覚め解きたのを喜ぶように、天空に向かって鋭く吼えた。

 

 

「なに?」

 

 ソロンが真顔でその龍――金色の龍を見据える。

 人を恐怖の底に突き落とす紅の瞳を細めて、アルフはこの上なく美しく、優しそうに微笑んだ。

 

 

「さあ、見せてもらおうか。お前の、底を」

 

 

 ◇

 

 

 そこは、ハイダが襲撃され、ようやくフェイトと再会した場所、カルサア修練場だった。

 

 石畳の闘技場は、ソフィアにとって感慨深い。バンデーンのエリミネートライフルにさらされ、ソフィアが絶望していたとき、フェイトが「必ず助ける」と約束してくれた場所だ。

 

 ここにいま、四人の黒い甲冑を着た兵士たちがいた。――アーリグリフ重騎士団『漆黒』の兵士たちである。

 

 ソフィアはぱちぱちと頬を叩く。――痛くない。まるで夢の中を漂っているような、奇妙な浮遊感がソフィアを包んでいる。

 それでも。

 

「フェイト!」

 

 彼女は目の前で漆黒に囲まれたフェイトに呼びかけた。だが、彼は見向きもしない。

 

 

「肢閃刀!」

 

「ブレードリアクター!」

 

 ネルが切り上げた二人の兵、中空に舞い上げられた彼らに向けて、フェイトが追撃に振りぬいた。青い気功を孕んだ斬撃は空に美しい弧を描き、二人の漆黒兵に肉薄する――寸前で、

 

「っ、」

 

 フェイトが、急に動きを止めた。まるで油の切れた機械のように、中途半端な姿勢で固まっている。

 

「フェイト!」

 

 ソフィアは思わず叫んだ。

 斬り損ねた漆黒兵が、ふらつきながらも立ち上がって、巨大な長剣を振りかぶった。

 フェイトはまだ、剣を見つめて止まっている。

 

(――ダメッ!)

 

 内臓が抜け落ちるような、冷たい浮遊感がソフィアを襲った。

 

「気功掌っ!」

 

「マイト・ハンマー!」

 

 フェイトの背中から、不意打ち気味にクリフとアレンの攻撃が決まって、漆黒兵が闘技場の壁に叩きつけられる。

 固まっていたフェイトが、その轟音を聞いてようやく我に返り、

 

「……心配すんな。ちゃんと、加減してるぜ」

 

「っ、っ! ……ごめん……っ」

 

 震える手をさすりながら、小さくつぶやいた。

 

 しょぼくれた、小さな背中だった。

 

 再会したときに見間違えた、あのたくましい自信に満ちた表情が、このフェイトからは見受けられない。

 

(――どうして?)

 

 かと言って、目の前のフェイトは、いつもの――ソフィアと遊んでくれる時折意地悪くも優しいフェイトとも違っていた。

 怯えているのだ。

 背中を縮めて小さくなって――戦乱の未開惑星に投げ込まれた青年は、人を殺すことを恐れ続けていた。

 

 ソフィアは心がえぐられるような痛みを感じた。

 バンデーンに捕まり、ソフィアが牢獄生活でなにもせずにいた間、フェイトはソフィアに会い、元の生活を取り戻すためだけに戦っていた。

 敵だけではなく己の心と、迫りくるあらゆる状況と。

 いつも心に、もう一度、屈託なくソフィアと会えるようにと願いながら。

 

 ――ソフィアがいま見ているのは、アレン・ガードの記憶である。そのなかのフェイト。

 

 そんな小さな事情を、ソフィアが知ることはない。だが、エリクールで固めたフェイトの決意に、覚悟をもつまでの数々の試練に、ソフィアはいつの間にか、涙していた。

 

(フェイト……。ごめん、ごめんね……、そんなこと、私、全然知らなくて……ありがとう……!)

 

 額が、ぽかぽかと温かくなってくる。

 ソフィアは胸を張った。

 

(この戦い……。負けない――負けられないっ!)

 

 初めて、この世界を壊してはならないと確信した。

 己の意志で、現実のこととして、ソフィアはコネクションを解放する。

 

「この世界は、絶対に壊させたりしない! 消えろって言われたって、はいそうですかって消えたりはしないんだから、絶対に!」

 

 絶対に、生きて帰ろうと思った。

 フェイトとまた、屈託なく過ごせるように。

 

 そのとき、

 ソフィアの右腕に宿った同心円状の紋章陣が大きく膨らみ、ソフィアはそれに、左手を添えて掲げるようにして――空へと、放った。

 

 甲高い、紋章術の発動する音が聞こえる。

 

 ソフィアは眼を見開いた。脳に――直接訴えてくる大量の古代(ルーン)文字。雪崩のような紋章知識が、真綿が水を吸収するように、ソフィアの活きた経験として変換されていく。

 

 上空。抜けるような青い空に広がっていったソフィアの紋章陣は、さらにその奥にある無限の宇宙へと、世界を繋げた。

 

「ぐ、ぁあっ!」

 

 そのときである。

 ガラスが砕けるような音が響いて、さらに轟音が、ソフィアの耳朶を打った。

 はっと目を開けると――どうやら、白昼夢を見ていたらしい――透明色の床に金で描かれた紋章陣の上、ソフィアがいま立っている場所の延長上に、血まみれのナツメが転がっていた。

 

「ナ、ナツメちゃん!」

 

 慌てて駆け寄り、助け起こすと、ナツメは左腕を抱えながら、呻くように言った。

 

「ソフィア……さん?」

 

「ひどい怪我……!」

 

「大丈夫です。肝心なところは、竜が護ってくれましたから」

 

 奥歯を噛みしめて立ち上がろうとするナツメを、ソフィアは止めた。

 前方から、獣の唸り声が聞こえてくる。

 見上げると、そこに三体の魔獣。

 

 魔獣デスゲイズと鳥人キマイラホーク、魔人ルクトギアスの三体だ。――以前なら、これほどの強敵をまえに味方からどれだけ発破をかけられようと、ソフィアは怯えて、逃げ腰になっていた。

 だが、いまは。

 

「ナツメちゃんにこんなひどいことして……、謝ったって許してあげないもんっ!」

 

 ソフィアは輝く右腕をナツメに掲げると、巨大な紋章陣を空に描いた。この時代ではアレンとアルフのみが使える古代呪紋「フェアリーヒール」。

 それをあっさりと再現してみせたソフィアは、月の杖クレッセントロッドを携えて、三体の魔獣を睨みつけた。

 嘘のように傷が癒えたナツメは、その力強い背中を狐につままれたように見つめている。

 

 

 ひどく落ち着いた気持ちが、ソフィアの胸を満たしていた。

 

(いまならよくわかる。アレンさんが教えてくれたこと、紋章術の意味っ!)

 

 デスゲイズが襲い掛かってくる。ソフィアは杖を四足の獣に向けた。同時、立体的な光の紋章陣が彼女の杖、腕、胸、頭――上半身全体に広がり、強烈に輝いた。

 

「サンダーストラックッ!」

 

 閃光のごとく走った雷の檻が、魔獣を葬り去る。

 

「なっ!?」

 

 その凶悪なまでに強大な紋章力を前に、ナツメだけでなく二体の魔獣までもが低く唸って後ずさった。

 

「絶対に、皆で帰るよ。ナツメちゃん!」

 

 力強いソフィアの声。

 凛々しい眼差し。

 ナツメはそれをぽかんと見上げて――シャープエッジとシャープネスを握り直すと、鋭く頷き返した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。