11.アミーナとの出会い
「ここがペターニか」
クリフは華やぐ街並みに感嘆の息をこぼした。
美しく整備された白煉瓦の大通りには左右に露天商が並び、さまざまな色の服をまとった人々が行き交っている。気を抜けば、仲間とはぐれることもあるかもしれない盛況ぶりだ。
戦時の緊張感は、ここにはない。
「アリアスとは随分雰囲気の違う街だね」
フェイトは辺りを見渡しながらそう評した。ただ色彩が明るいだけではなく、街角の装飾や露店に並ぶ商品に、いままで通ってきた町とは違う洒落っ気があった。ネルは、フェイト達の反応をどこか満足そうに眺めていた。
「ああ、ここはアリアスより聖王都シランドに近い場所にある街だからね。それに、ここは隣国のサンマイト共和国との貿易拠点としても栄えているのさ」
「なるほどな。道理でにぎやかなはずだ」
クリフが合点して、横を見やる。傷の具合がいいのか、アレンの顔色がずいぶんと良くなっていた。
「私は定時連絡に行ってくるよ。その間は自由行動にしようか。集合場所は……。そうだね、そこの中央広場にしよう。自分の用事が済んだら広場に戻ってきて」
「いろいろすまない。ゼルファー指揮官」
アレンの会釈に、ネルは肩をすくめた。
「気にすることはないさ。これは私の任務だからね」
言い残して、彼女は肩で風を切るように颯爽と歩き始める。アレンの傍らを過ぎるとき、風の流れに乗ってネルの抑えた声がアレンの耳に届いた。
「それに。あんたの務めってのも、私の任務の障害になるなら容赦しないよ」
聞き届けたアレンがふりかえると、ネルが牽制するように片眉をつりあげてみせている。
それが、昨夜の答えだと言わんばかりだ。
アレンは小さく苦笑した。
「それなら問題ない。……彼なら、必ず答えを導き出す」
「なら、いいけどね」
ネルはため息を吐いて、フェイトに向き直った。首を傾げるこの青年が、本当にそんな大層な答えを導き出すのか。
兵器に頼らず、人を殺さず、自分達を勝利に導く答えを。
「……………………」
軽く頭を振って、ネルは思考を振り払った。理想を追うべきではない。そんなことは身に染みて心得ている。まっすぐにフェイト達を見据えて、言った。
「それじゃ、行ってくるよ」
「分かりました」
「了解」
頷く二人を横目に、ネルは思案顔になる。
(厄介な相手になりそうだね……)
いまさら迷う自分が、そもそも驚きなのだ。感情を揺さぶられる相手とはあまり付き合わないほうがいいかもしれない。彼女は気持ちを切り替えるように前を向いた。
何にせよ、ネルがなさねばならないことは決まっている。
遠ざかっていくネルの背を見送ったあとで、フェイトは改めて一同を振り返った。
「さて。僕らはどうしようか?」
「特にすることもねぇし、適当にブラブラしてるさ。後で会おうぜ」
クリフは言い終わるなり、もう行き先を決めたのか、街中をきょろきょろと眺めている。
酒場でも探す気なのだろう。浮き足立っているのが見て取れた。
「アレンは?」
「俺は装備を整えてくる。ここならば、ある程度は揃いそうだ」
「ある程度の装備? フェイズガンのカートリッジなんて売ってないだろ?」
問うと、アレンは首を横に振った。
「俺が探すのは、別のものだ」
「別のもの? ……って、おい!」
フェイトの質問を最後まで聞かず、アレンもまた歩き出す。見る間に二人とも、遠ざかって言った。フェイトはため息を吐く。
どうやら、皆、一人で回りたいらしい。
(まあ、いいか……。僕も久しぶりに緊張しなくていい場所に来れたんだし)
気を取り直して、街にくりだした。
本当に、アリアスとは比べ物にならない活気だ。人の数も、街の華やかさも、とても同じ国とは思えない。
露天商に導かれるまま、あてもなく歩いていると、アリアスと違って石造りの家が多いことに気づいた。白い煉瓦造りの壁に、赤や青色で彩られた屋根。ペターニは温暖な気候に恵まれているからか、アーリグリフの屋根よりも傾斜がゆるやかに作られていた。
二階の木枠から、顔を出して隣人と話す人。
露店をめぐる恋人たち。
活気づいた街。
みなの明るい表情。
こんな景色がずっと当たり前だと思っていた。
フェイトの知っている“日常”が、ここには揃っている。フェイトにとって馴染み深い、平和の香りだ。
「……いい街だな……」
見ているだけで、気持ちが落ち着いた。
当てもない散策を続けていると、いつの間にか、ネルが指定した待ち合わせ場所についていた。ペターニの中央広場だ。ここから、東西南北に大通りが伸びる。
「ここが集合場所の広場か……。さて、どうするかな?」
先ほど別れたばかりのため、仲間の姿はまだない。
広間に並ぶ露店にはオープンカフェもあり、色鮮やかな料理に香ばしい香りや音と触れてきたが、フェイトは誘惑されることもなく、またため息を吐いた。アリアスで休息をとったとはいえ、ここ最近はストレスが強すぎる。まだ店を見て回れるほどの元気はなかった。
「ノンビリと待つか……。最近、疲れてるみたいだしな」
大きな教会前の階段に腰掛けた。あらためて一息つくと、どっと疲れが押し寄せてきて、行儀悪くも階段に仰向けに倒れたくなる。
「ホント、ちょっと疲れたかな……。のども渇いたし」
目の前のカフェを見やった。立ち上がる気力が湧いてこない。
やれやれと苦笑して、飲み物は諦めた。街並みをなんとなく観察していると、空転した頭が、また同じことを考え始めていた。
ネルと行動を共にするようになってから、ずっと。
いつでもその話題は、フェイトの脳を心を揺さぶってくる。
「兵器開発か……。みんなの気持ちも分かるけど。でも……」
俯く。
アレンのおかげで、自分がなすべき領分はわかったはずだった。それでも、ネルを助けてやりたい気持ちは消えない。
戦争を終わらせるための、兵器開発の代案が一向に出てこない。
シランドまで、あと少しだというのに。
「はあ、僕は一体どうすればいいんだろ?」
ぐるぐると同じところを巡る思考回路に、うんざりして首をもたげた。
多くの人命が懸かった問題だ。
生半可な
「あの、大丈夫ですか? 具合でも悪いんですか?」
ふと、頭上から声をかけられてフェイトは顔を上げた。
冷静に考える。
教会の前で、ぐったりとうずくまっている自分。それを見た誰かが、教会に助けを求められないほどの重病なのかと誤解しても、無理はない。
「え、いや、大丈夫です! ちょっと歩きっぱなしで疲れただけですから」
慌てて弁明した。その際、彼は声の主を振り返って
「そうですか。よかった」
朗らかに微笑う少女を目にするや、呼吸が止まった。
「っっ、っ!?」
思わず、全身が震えた。
すべての景色が彼の視界から消えて、ただ一人の少女しか目に入らない。
栗色の髪を腰までなびかせ、くっきりとした丸い瞳が、愛らしい笑顔を振りまいている。どこかおっとりとしていて、ほわほわと優しい雰囲気の、幼馴染の少女。
碧眼も、白い肌も、長い髪も、愛くるしい仕草も。
すべてが、一致している。
彼が知っている、少女と。
「ソフィア!」
立ち上がり、叫ぶ。
反射的に伸びた手が、彼女の腕を掴んだ。
はぐれないように、見失わないように、強く。
すると彼女は、驚いたようにこちらを見て、困ったように表情をくもらせた。
「え……?」
低く、戸惑った声だった。フェイトははっと我に返る。
それは直感に近い何か。
まったく記憶通りの面影のなかに、微妙な違いを見出した瞬間だ。
どくん、と心臓が音を立てた。
「あ、…………っ」
停止した思考が、それでもまだソフィアの痕跡を探す。
目の前の少女が、ソフィアであると――。
「あの……申し訳ありませんけど、人違いだと思いますよ。私はアミーナという名前なんですけれど……」
遠慮がちにフェイトを見上げてくる『アミーナ』。
のどに詰まった息が、凍るような感覚だった。
「アミーナ、さん?」
ごろり、と乾いた喉がぎこちなく唾を飲み込む。
彼女は、はい、と控えめだがはっきりとした面持ちで答えてきて、フェイトはそこでようやく、取り繕えた。
「ご、ごめん……っ! その……、知り合いの女の子に良く似ていたものだから、つい……」
強張った手をどうにかアミーナから剥がす。
たった数秒の間に嫌な汗をかいた。じんわりと背に、手に。
「そうなんですか。あなたが急に大きな声をだすから、私、ビックリしちゃいました」
彼女は嫌味のない明るい調子でそう受け流して、フェイトの隣にちょこんと腰掛けてきた。近くで見れば、ソフィアと同じ碧眼ではなく、灰色の瞳をしている。
「本当にごめん」
うなだれるようにして謝ると、鼓動が残り香のように細くなって落ち着いていった。
こんなところに、いるはずがないのだ。
「あ、いえ。気にしないで下さい。え、えっと……」
「僕の名前はフェイト。フェイト・ラインゴッド。よろしく」
アミーナが気安い空気を壊さぬように話しかけてきたので、フェイトも慌てて愛想笑いを浮かべる。すると彼女は、名前を反芻するように少し舌足らずな舌を転がした。
「フェイトさん?」
「うん」
やはり、初めて聞いた名前らしい。彼女の反応があまりにも薄かった。yそれを残念に思いながら、フェイトはアミーナに頷く。
目の前の少女が、礼儀正しくお辞儀した。
「よろしくおねがいします。私はアミーナ・レッフェルドといいます」
「よろしく、アミーナさん」
「アミーナでいいです。街のみんなからも、そう呼ばれてますから」
「うん、わかったよアミーナ。じゃあ僕のことも呼び捨てでいい」
「はい……。でも……、やっぱりさんづけでいいです」
アミーナは遠慮がちにつぶやいて、街の方を見やった。
その横顔も、まるで似ている。
いつも隣にいた、少女と。
(本当に似てるなあ……。声もそっくりだし)
無意識のうちに面影を探していた。彼女がソフィアでないと、頭では理解できても。
「そんなに見ないで下さい。なんだか恥ずかしいです」
「ご、ごめん。でも、ホントに似てるなあって思って」
「そうなんですか?」
「うん……。僕の幼馴染なんだけど」
「今はどこにいらっしゃるんです?お買い物ですか?」
アミーナが興味深そうに街の人々をあらためる。
その彼女の横顔から視線を剥がすことが出来ずに、フェイトはゆっくりと地面を見下ろした。
「いや……。今はここから随分と、離れた場所にいるんだ。だから彼女にそっくりな君を見てビックリしたんだよ。ここにいるはずがないのに……ってね」
「そうだったんですか……コホッ」
(ん?)
アミーナはこちらを気遣いながらも、ひとつ、口元に手を当てて軽く咳き込んだ。あらためてこちらを見上げたときには、人懐こい微笑みが戻っている。
「あ、私にも幼馴染がいたんですよ。丁度あなたと同じくらいの年なんです」
「いた?」
フェイトは問い返したあとで、自分の失言に気づいた。彼女が静かに瞼を伏せる。
その横顔に悲哀の影はない。
ただ、少しだけ寂しそうだった。
「はい。もう何年も会ってないんです。私はもともとこの街の生まれなんですけど、一度アーリグリフに引っ越していた時期があって……」
「へぇ……」
「一応、手紙とかで連絡は取り合ってたんですけどね。戦争が始まってから、それもなくなってしまって……。今では彼が何処にいるのかもわからないんです。最後の方の手紙では、研究者になるとか書いてあったんですけど」
「そうだったんだ……」
アミーナと目を合わせづらくなった。
「でも、私はそのうち会えると信じてます」
うつむくフェイトを案じてか、生来前向きなのか。フェイトが顔を上げれば、彼女は微笑みを返してきた。
鬱々とした気分が、少しだけ晴れる。
「そうだね。うん、きっと会えるよ」
「はい。そうですよね」
そこでふと彼女が、フェイトに背を向けて体を丸めた。
「コホ……コホッ」
口元に手を当て、アミーナが咳き込む。初対面で、その背をさすってやるわけにもいかず、フェイトは眉をひそめて様子を伺うことしかできなかった。
「風邪かい? さっきから咳をしているみたいだけど……」
「あ、平気です。軽い風邪をひいてるみたいなんですよ。たいした事ありませんから」
「そう。ならいいけど」
安堵したあとで、彼女の左手に目がいった。左肘にひっかけるようにして抱えた、藁の手持ち籠だ。そのなかに色とりどりの花々が規則正しく並べられている。
「その花かごは?」
問うと、アミーナは思い立ったように、あ、とこぼして、花かごをフェイトにも見えるよう左手から右手に持ち替えた。
「これですか? 私、この街で花を育てて売ってるんです。花屋さんですね」
彼女にならって、フェイトもまた花かごに視線を落とす。確かに、活力溢れる咲いた花々だ。ただし、ここにくるまでの道中で見かけたような、平凡な花が多かった。
これで生活費が賄えるとも思えない。
「花を……?」
微妙なニュアンスを含んで問うと、彼女は深く頷いた。
「はい。私、今一人暮らしで、特に出来ることもありませんし……。それで庭で育てている花や山で採ってきた薬草とかを売っているんです」
「一人暮らし? ご両親は?」
「この戦争で亡くしました」
フェイトの顔がこわばる。アミーナは気にした風もなく、落ち着き払っていた。
この華やかな街でも、考えられないことではなかったはずだ。
「ごめん。変なこと聞いちゃって」
フェイトが拳を握りこむ。アミーナは不思議な表情をしていた。哀しさと寂しさを入り混じらせたような、静かな表情だ。
「いいんです。私が勝手に話したんですから。それに隣のおばさんとかもよくしてくれますし……」
「……本当にゴメン」
「あんまり気にしないで下さい。それより、フェイトさんは巡礼の途中ですか? この国のヒトではないみたいですけど」
「え、ああ。巡礼ではないけど、シランドまで行く旅の途中なんだ」
「一人で、ですか?」
それにしては、ひどく軽装に見える――とアミーナの視線が言っている。
「ううん。他に三人、同行者がいるよ」
「そうですか」
彼女は、なるほど、とつぶやいてから、表情をぱっと輝かせた。
「そうだ! これ、差し上げます」
花かごに手を入れて、アミーナが花を取り出してくる。フェイトは慌てて顔の前で両手を振った。
「え、いいの? 売り物なんじゃあ……お金払うよ」
「あ、売り物の花じゃないんです。これは私の個人的なお守りですから」
「お守り?」
「はい。この地方に古くから伝わるお守りで、イリスの巫女花って言うんですよ。月と風の女神イリスを象徴する花で、この花をもっていると、イリスのお力で旅の安全が約束されるって言われてます」
「へぇ……、すごいものなんだね」
「もともと、私がアーリグリフからここに戻ってくるときに持っていた物なんです」
だから、引越しを終えた自分には不要なものだ、とアミーナは言う。
由緒を聞いていると、馴染みのない文化のお守りでもいざと言う時に使えるのではないか、と思えてしまうから宗教とは不思議なものだ。
「でも、悪いよ。貴重なものなんじゃないのかい?」
「大丈夫です。私にはもう必要ないものですから」
アミーナがそう言ってイリスの巫女花をよこしてくる。フェイトは慎重に受け取った。見た目の派手さに反して、すぐに手折れてしまいそうな茎の細い花だった。
「ありがとう、アミーナ。大切にするよ」
「はい、大切にしてください」
こちらがなにを話しても、アミーナは嬉しそうに笑顔を浮かべる。たおやかな少女だ。
話しているだけで、気持ちが軽くなる。
エリクールに来て、初めて心和んだ。緊張続きで疲れていたからこそ、彼女のちょっとした温かさが胸に染みる。
もしソフィアがここにいたなら、巫女花をもらって自分の倍以上に喜んだだろうに――。
「よぉ、なにやってんだ」
横合いからクリフに話しかけられ、フェイトは驚きに背筋を震わせた。素早くふり返れば、そこに見慣れた面々が、からかうような面持ちでこちらを見てきている。
「み、皆!?」
もう報告を終えたのか、ネルまで一緒だ。
クリフが意地悪く口端をつり上げながら、フェイトとアミーナを値踏みするように交互に見た。
「……ナンパか?」
「ち、ちがうよ! あの……彼女が僕の知り合いに似ていたものだからさ。それでちょっと……ね」
視線でアミーナに同意を求めると、クリフは呆れたように肩をすくめた。
「おいおい、随分とベタな声のかけ方だな。今度俺がもう少し気の利いたセリフを教えてやるぜ」
「だから違うって言ってるじゃないか!」
「なんだよ、怒るこたぁねえだろ? ちょっとした冗談じゃねえか。大体、からかわれたくなけりゃ、待ち合わせ場所でイチャイチャしてんじゃねえよ」
「イチャイチャなんてしてないって!」
否定すればするほどドツボにはまっていくことにフェイト自身は気がついていない。クリフが、どうだか、とまだからかう風に肩をすくめたのを見かねて、ネルが会話に割り入ってきた。
「……それはそれとして」
「え?」
よほどフェイトが間抜けな顔をしていたのか、ネルは呆れ気味に視線を返してきながら、左手でアミーナを示した。
「彼女を紹介してくれないのかい?」
言われて、思い至る。わざとらしい咳払いで気を取り直すと、アミーナをふり返りながら答えた。
「あ、ああ。彼女はアミーナ。この街で花売りをしてるんだって」
ふと、アレンが不思議そうにアミーナを見た。
「花を?」
「あ、あの、アミーナです」
突然見知らぬ人々にに囲まれたからか、アミーナが恐縮しながら自己紹介する。アレンは花かごを覗いていた。形良く整った花々は、種類に物珍しさこそないものの一本ずつよく手入れされている。
「……いい花だな」
アレンがしみじみとつぶやく。アミーナは意外そうに目を丸くした。
「花のこと、わかるんですか?」
「少しだけなら」
「そうなのか? 初めて聞くけど、そんなこと」
フェイトの問いに答えるようにアレンは花かごの一輪を指差した。桜色の小花が細かくついた、カスミソウに似た花だ。
「薬草も花も、基本は同じだ。……例えばこの花なんか、湿気の管理にうるさく、ここまで色づくのに相当な手間をかけているはずだ。野草ならば栄養がいきやすい上側だけに花がついて、この花のように茎毎に均等に開花したりはしない。いい仕事ぶりだ」
「そう言うお前は熟練の職人かよ」
クリフの突っ込みに、アレンは感心しながらウンウンと頷くのをやめて、はた、とまたたいた。
一方で、アミーナは嬉しそうだ。
「あ、ありがとうございます!」
フェイトの想像以上に手間暇かかっていることはアミーナの一礼の深さから察せられた。フェイトは気を取り直して、アレン、クリフ、ネルの順に右手で示していく。
「アミーナ、この三人がさっき話した同行人。今目の前にいるのがアレンで、そこの二人がクリフにネルさん」
「アミーナちゃんか……いい名だ。よろしく。俺はクリフ・フィッターだ。ま、こいつの保護者みたいなもんだな」
「ネル・ゼルファーだよ」
「アレン・ガードだ」
順に名乗って、それぞれがアミーナを見る。視線を受けたアミーナは、あらためて一同にお辞儀した。
「よろしくお願いします」
たおやかに微笑う彼女を尻目に、ふと、ネルはフェイトを見た。正確には彼の胸ポケット差し込まれた白い花だ。
「あんた、珍しいものを持ってるね。それ、どうしたんだい?」
「え……これ? うん、アミーナがくれたんだ」
フェイトは胸の花に触れた。
白い花弁ついた、赤い木の実のような雌雄のしべ。
飾り用に乾燥させた巫女花は、瑞々しさこそ失われているが、花弁が無様に折れ曲がることなくひょろりとしなり、清楚さと気品を感じさせる。
クリフが眉根を寄せながらネルを仰いだ。
「一体なんだそりゃ? 珍しいって?」
「花飾りとは違うのか?」
クリフに続いて、アレンも興味を持ったらしく問いかける。
ネルは静かに頷いた。
「イリスの巫女花。最近では戦争で生息地があらされて、滅多に手に入らなくなっている花だよ。アペリス教では女神イリスを象徴する花として、神話にも幾度となく登場するのさ」
「……
アレンが合点するのを横目に、ネルが、ああ、と頷く。
「現在では旅人の安全を守るお守りとして使われることが多いね。祈願成就のパルミラの千本花、戦の勝利を願うエレノアの花冠と同じようなものだと思って問題ないよ」
「へぇ……大層なもんだ。そんな大事なモン、こいつにやっちゃっていいのか?」
「はい、私にはもう必要のないものですから」
アミーナは笑顔のまま頷いて、そこではっと街のほうを見た。日はまだ高いが、花かごの中身はまだまだいっぱいだ。売り切るまでもうひとがんばり必要だった。
「あ、私、そろそろ、仕事に戻らないといけないので……」
「そうなの?」
フェイトがどこか残念そうにつぶやいた。アミーナは断りながらも申し訳なさそうに微笑う。
「すみません……。色々と話ができて楽しかったです。シランドまでの旅、気をつけてくださいね」
「うん。アミーナも色々大変だと思うけど、頑張って」
「はい」
彼女が力強く頷く。
ソフィアと、――幼馴染とよく似ているのに、この強さと穏やかさは彼女とは違う。そして幼馴染と会えないという状況は、まったくフェイトと同じはずだが。
(……信じる、か……)
胸中でつぶやくと、アミーナの笑顔が脳裏に浮かぶようだった。フェイトはアミーナを見上げた。まだまだ彼女と話してみたいが、仕方ないと未練をふり切り、最後に一番伝えたかったことを口にする。
アミーナに。
――自分に。
「幼馴染にもきっと会えるよ。僕も信じてるから」
「はい。ありがとうございます。あなた方にアペリスの加護がありますように」
彼女は、深々とお辞儀した。
「それでは失礼します」
「ああ」
フェイト達に背を向けた彼女は、小さく咳き込みながら、また雑踏に紛れていった。
その背を見送って、クリフが怪訝そうにフェイトを見る。
「彼女、何かの病気なのか? 随分と咳してるみたいだが」
「え、うん。軽い風邪をひいてるって言ってたけど」
「そうか」
クリフがもう一度、アミーナの背を窺う。その傍らで、アレンが難しい表情を浮かべていた。
何かを考え込んでいるようだった。
「どうしたんだよ、アレン?」
「……いや」
訊ねてみたものの、彼の返答はそっけない。ネルが、一同を見渡した。
「三人とも、立ち話もなんだ。そろそろ宿に入ろうか」
「そうだね」
フェイトが頷く傍らで、アレンが首を傾げた。
「どこにあるんだ?」
「ペターニに宿は二軒あるんだけどさ。東部は何かと問題あるから西部の宿にするよ」
「問題だぁ?」
眉をしかめるクリフに向き直って、ネルはちらりと横目で、東部へ続く街路を一瞥した。声音を落とす。
「酒場と一緒になった安い宿だからね。有り体に言えばガラの悪い奴が多いのさ。シーハーツ領内とはいえ、できるだけ揉め事は避けたいからね」
「分かりました。西部の方にしましょう」
話が決まったところで、アレンが言った。
「すまないが、俺は少し行くところがある。先に宿で休んでくれ」
「何処に行くつもりだい?」
間髪置かず、ネルが目を細める。アレンは先ほど皆で通ってきたばかりの南通路、パルミラ平原へと続く通りを見つめていた。
「……?」
その先に、何があるというのか。
合点のいかないフェイト達をふり返って、アレンは言った。
「是非とも会っておきたい人がいるんだ。……長引くと思う」
「おいおい、お前もナンパか?」
クリフがからかい半分に問いかけると、アレンは微笑った。どこか嬉しそうに。
「似たようなものだ」
「てめ……、こんなときにっ」
「すまない。失礼する」
「お、おいっ!?」
言ったきり、アレンは去ってしまった。取りつく島もない。クリフが呆れたように頭をかきながら、フェイト達をふり返った。
「どうすんだ? アイツ……?」
ネルは難しい顔で南通路を見つめていたが、なにかを結論付けたのか、ひとつ瞬いて、クリフに視線を返した。
「彼が後で合流することは確かなんだろ? ……あんたと違って考えなしに面倒事を起こすタイプに見えないし、大丈夫なんじゃないかい?」
「……へいへい」
「それじゃ宿の方に向かうんですか?」
「ああ」
ネルは短く、ついてきな、と言って踵を返す。
人ごみに紛れたアレンは、すでに見えなくなっていた。