「現金だよね。私もさ」
漆黒の宇宙を模した模擬空間。螺旋の塔を駆け上がりながら、ネルがぽつりと言った。先行するブレアとロジャーを尻目に、銀髪赤眼の青年がわずかにふり返る。
「アンタがFD人たちを斃したとき、アンタが味方でよかったと心の底から思ったんだ」
青年が首をかしげた。アレンとは対照的に、冷たい紅瞳を持つ連邦軍人。癖のない銀髪がうなじに少しかかり、人形のように精緻な顔立ちを細長く縁取っている。切れ長の目が不思議そうにネルを見ていた。自分の声が深刻に沈んだからか、相手には珍しく窺うような気配すらある。
「別に普通だろ? それくらい」
「かもね。けど私は、人殺しを楽しむような奴とは、絶対に相容れないと思ってたんだ」
「へぇ。シーハーツにはそんな奴、一人もいなかったのか?」
「居たけど、そういうのはすぐ死んだ。自分の力を過信しすぎるんだ」
「なるほどね」
「アルフ。アンタの洞察力は本物だ。さっきの戦いで分かったよ。……だから教えてくれないか。アンタとさっきのFD人、具体的にどう違うのさ」
なんとなく、掴んではいた。終始『遊び』に徹したFD人たちと、真剣に向き合い続けた
自分ならば恐らく、ディルナたちの態度に腹が立って勝負を急いただろう。敵に奥の手があることも読めず、斃されたに違いない。それでも戦いとも言えない戯れに興じる相手に対して命を懸けねばならないという理不尽に、彼はどうやって耐えたのか。
アルフは、ロジャーとブレアの背を見つめたまま言った。
「前に言ったろ。強さには果てがないって。あの強さは単純な能力の話じゃない。勝敗はいろんな要素が混じり合って決するだろ? だからこの世には必ず自分より強い奴がいて、しのぎを削り合う。そのときに敵の強さを素直に受け止められるかどうかが、俺とFD人との差だった」
「感情やプライドを完全に制御できるのがアンタの強みというわけだね。けどそれならなぜ、アンタは戦うことにこだわるんだい?」
「アンタにもあるだろ? 命を捨てて戦いに没頭したこと。それは普通、日常に帰れば治まるものらしいんだが。俺の場合は尾を引いてね。時折、血が見たくてたまらなくなる」
「……アレンも、そうなのかい?」
「アイツはもっと内向きだ。迷いを晴らすために剣術をやってる。戦いの中で自分を研ぎ澄ませていく、という感じか」
「アンタとどう違うのさ」
「普通の生活も続けられる。アイツにとって剣術は己を高めるための手段。突き詰めれば自分自身と戦ってるんだよ。いわゆる求道精神だな」
「……」
「アルベルも、そっち側だ」
「あの歪みがかい?」
嗜虐的な笑みを浮かべる元敵将アルベル・ノックスを思い出して、眉間に皺を寄った。よほど胡散臭そうに睨んでしまったのか、アルフが肩をすくめている。
「言い得て妙だよな。『歪み』ってのは」
「どうして?」
「アイツは、自分を傷つけることしか知らないだろ」
突拍子もない言葉だった。強くなる努力は惜しまずとも、他人に対して高慢な男――それがアルベルだ。アルフが言うようなセンチメンタリズムは感じたことがない。
面を喰らっていると、アルフが真顔で言った。
「あの高圧的な態度は他者を陥れ、優越感に浸るため――というのが表向きに見せる顔だが、実際は他人に恨まれることで自分を追いこんでる」
「なんでそんなことを?」
「嫌いなんだろ、自分が。憎くて憎くて仕方がないって感じだ。一方で『情』にも飢えてる。だから歪んでるんだよ、アイツは。
迷いを剣術で断ち切る求道精神を持ちながら、たぶん過去になにか、重大な失敗をやったんだろう。それも言い訳できないほどアイツが馬鹿をやらかした失敗だ。他に原因あればまだしも、自分自身じゃどうしようもない。それで自己肯定がうまく出来なくなった」
「『焔の継承』か」
「継承?」
「アルベル・ノックスのガントレットにまつわる話さ。けど、それが原因だとすると……アンタの言ったこと、分かるような気がする」
「へぇ」
アルフが口端をつる。このとき、ネルは自分自身がアルフやアルベルを見下していたことにも気がついた。
アルフのように論理的に相手のことを理解していたわけではない。『危険な人物』とレッテルを貼って、最初から毛嫌いしていたのだ。だから、自分の理解から外れた心の変化が――アルフが味方で良かったと安堵したことが、受け容れ難かったのである。
(諜報員としては、落第点だ)
和平会談がなってから、より客観的に、冷静に物事を見ているはずだった。クリムゾンブレイドとして、隠密部隊の長として。
だが、それはアルフに比べてうわべに過ぎなかったのだ。まったくもってなっていない。
ネルは溜息を吐きながら、思った。
アルフがふり返って言い残す。
「今度、奴の戦い方をよく見てみな。いろいろ見えてくるはずだぜ」
「……そうだね。感謝するよ、アルフ」
ネルはわずかに顔を上げて、まっすぐな視線を道の先へと向けた。