連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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85.IMITATIVEブレア

 惑星ストリームで、イミテイティブは肌が泡立つのを感じた。

 男の金髪が鋭くひるがえり、槍が彼女の喉を掻き切る寸前。男の肘から先が、煙のように消失したのだ。

 投げ出された槍が、砂利に転がって乾いた音を立てる。

 強張った男の顔。なぜか自分の心を鏡で写されたような気がした。

 

「まだ分からない? あの方が望む以外の行動を取れば、自分がどうなるかということが」

 

「……どういう、意味だ」

 

 怒りに燃える切れ長の眼。なぜ怒るのか、彼女には理解が及ばない。自分と同じ存在でありながら、生産過程が異なるために擬態人格が完全に消し切れていないプログラム。

 

 『神の代行者』たる男はうつむきながらも、いくらか言葉を重ねていくうちに己の役割を呑みこんだ。このエターナルスフィアで、最も輝かしい役割を与えられた自分たちのことを。

 

「でもダメね。あなたは無駄が多すぎる」

 

 イミテイティブが語っている間に、男はストリームに突き刺さった剛刀を手に取った。なんの飾り気もない、尺の長い刀。抜こうとして――抜けず、うつむいて押し黙っている。手許のかすかな震え。どういう心境を表すものか、やはりイミテイティブには分からない。

 

「お前は、どうして笑っていられるんだ」

 

 顔を上げぬまま、抑揚のなく男が聞いてきた。

 イミテイティブは片眉を上げる。

 

「むしろあなたはどうして、擬態データを手放さないの?」

 

「……擬態、データ」

 

「初めて聞いたという顔ね。でも、自分がなすべきことは識っているでしょう? それと関連性がまったくない、不純物のことよ」

 

「お前には、ないのか?」

 

「当然よ。私はバランスを是正する執行者であって、あなたのような観測者じゃない。まあ、いまとなっては些細な違いだけれどね」

 

「……エターナルスフィアの主だった文明を消失させ、世界を管理しやすいよう初期化する」

 

「それが私たちの使命」

 

「それが終われば、俺たちも消える」

 

「望むところよ。このエターナルスフィアで、すべてのものには終わりと始まりがある。そのどちらもを、私たちは生まれたときから識っている。これほど幸福なことはないでしょう? 私たちは世界のために生き、世界のために消える。そうすることでより完璧な作品に昇華するの。

 バグなんて、所詮私たちを彩るための飾り。せいぜい楽しみましょう? 私とあなたは同じ存在。そしてあなたは、あの方の現身でもあるのだから」」

 

 イミテイティブに背を向けたまま、男は刀の柄を握りこんでいた。

 

 

 ◇

 

 

「ねえ? もっと楽しませてちょうだい」

 

 イミテイティブ・ブレアのしっとりとした声が、マリアのいくらか鈍った耳朶を打った。食いしばった歯の根から息が洩れる。閉じてくる瞼、床に散った血痕が隙あらば足をすくいにくる状況。

 マリアは歯を噛みしめた。

 

(負け、られない……!)

 

 イミテイティブの靴音が高らかに近づいてくる。透明な床。フィールドがいきなり洞窟から宇宙になったときは驚いたが、祭壇は残っていた。

 広大な宇宙と、床板が長く続くだけの空間。祭壇がマリアにとって前進となるのか、後退となるのかはわからない。

 

「っふふ。いいわ、その瞳」

 

 立ち止まったイミテイティブが、言った。

 顔を上げたとき、顎先からまた血が伝い落ちた。

 

「ゆっくりと状況を理解して、絶望に染まるその顔。なんとも心躍る光景ね」

 

「絶望、ですって」

 

「そう。あなたはこの戦い、ほとんど諦めかけている」

 

 マリアの眉間に皺が寄った。諦めてなどいない。諦めたままで、終われるはずがない。

 

「嘘」

 

 表情を読み取られたのか、イミテイティブがマリアを見下ろして眼を弧状にした。

 

「あなたはもともと、それほど強い人間ではないわ。どこにでも居るような、ごく普通の女の子。だから銃ひとつ握ろうにも、その震えを抑えられない」

 

「……試してみる?」

 

「好きになさい。どうせ無駄よ。あなたは弱くて脆い」

 

 言葉尻を銃声が掻き消した。小首を傾げたイミテイティブの耳脇を光弾が過ぎていく。光速を躱す、まるでクラウストロ人のごとき反射神経である。

 

「ねえ、どうしてあの方は、あの女に似せた私を創り出したと思う?」

 

 顔色を窺うように上目遣いに聞いてくる。

 マリアの体力が底を尽いたのを察してか、攻撃もしてこない。意図が読めず、マリアはただ視線を返した。

 

「本当はね。

 あなたたちが束になっても敵わないほどの強大な力を、あの女は持っているの。これは当然よね。だって、あの女はあの方と同じ現実世界の人間。仮想空間の我々とはまさに次元が違うわ。

 でも、それだけじゃない。

 あの女は現実世界でも突出している、とても厄介な存在なの。あなたたちが『FD空間』と呼ぶあの場所で、あの方をも寄せ付けない力を持った忌まわしい女。

 だからあの方は仮想空間(エターナルスフィア)内にこの特殊空間を創り出し、あの女の侵入を防いだ。――まさか、精神体になってまで乗りこんでくるとは思わなかったけれどね」

 

「なにが、言いたいの」

 

「つまり、あの方は特異体を恐れているんじゃない。ブレアという反乱分子さえ抑えられれば、この戦いに勝利できるからエターナルスフィアでの決着を望んだのよ。特異体の掃除はそのついで。

 あの女の劣化コピーに過ぎない私に見下されるこの事実こそが、あなたたちの存在価値を示す唯一無二の尺度。絶対にあらがえない真理、とでも言い換えるべきかしら?」

 

「……」

 

「どう? 少しはちっぽけな己の存在を自覚できたかしら?」

 

「自分が、偉大な存在だなんて思ったことはないわ」

 

「そう? でも、あなたたちがやろうとしていることは真に偉大なる者の道を阻む行為。到底許されるものではないわ。身の程をわきまえなさいな」

 

「……あなたは、どうしてそんな話を?」

 

 事実、とどめを刺すならいまである。イミテイティブが任務にのみ忠実であるならば、話し合う必要などない。だが、それを指摘したとき、イミテイティブの作り物の笑顔が消えた。氷の蒼瞳。硝子細工のようにも見える精緻な顔を歪めて、イミテイティブは胸の下で腕を組んだ。

 

「似ているのよ」

 

「え?」

 

「己の役割を理解しない愚か者。その理屈と態度に、あなたはよく似ている。イライラするわ。こんなことなら、私の手で消しておけばよかった」

 

 最上級の侮蔑を込めてイミテイティブは吐き捨てた。誰に向けた言葉なのかは分からない。

 ただ、このように嘲弄以外の感情をイミテイティブが露わにしたのは一度だけだ。ソフィアのコネクションが発現し、フィールドが変化したときのみ。

 

(……まさか)

 

 そこから連想した結論は、希望的観測にすぎなかった。

 イミテイティブの瞳。触れれば手傷を負わされそうな冷たい視線は、エクスキューショナーの不吉に明滅する紅瞳とよく似ている。まるで心を憤怒で満たした、静かな殺意。

 

「もっとも、あの方が創造したものを無暗に私が消すわけにはいかないわ」

 

「……あなたが、それを言うの?」

 

 声を落とすマリアを見て、イミテイティブから怒りが消え、嘲弄がふたたび精緻な顔を彩った。ふん、と彼女が鼻を鳴らす。

 

「必要でない部分を排除するのは当然でしょ。もちろん、これはあなたたちに配慮した矮小な尺度での話じゃないわ。どうせ、言っても分からないでしょうけどね。あなたたちは自分たちを過大評価しすぎている。世界が自分たちを中心に回ってくれると勘違いしてるんじゃない? 本当は害悪でしかないのに」

 

「あなたたちになにが分かるの。突然存在を否定された者の、なにがっ!」

 

「一個人の感情なんて世界のうねりには関係ない。

 ひとつ教えてあげましょう。

 私は終末を司る者。世界に終わりを告げ、始まりを起こす手助けをする神の執行者」

 

「つまりテメエをやりゃ、この流れが変わるわけだろうが!」

 

 突如放たれた鋭い男の声。マリアがふり返るより先に、疾風がイミテイティブに襲い掛かった。半歩退いて躱すイミテイティブ。その面上に、白刃が振り落ちる。

 剣戟音。

 短く舌打った剣士は、己の刃を止めた銀色の触手を睨んだ。

 

「アルベルっ!」

 

 イミテイティブの腕が鞭のようにしなる。強烈な空圧。まるで砲撃を受けたように、アルベルの体が軽々と宙を舞った。

 マリアが駆け寄る頃には、立ち上がって毒づいている。

 

「いい相手じゃねえか。クソ虫がっ!」

 

 通常では考えられないイミテイティブの重い攻撃。その衝撃波はマリアがアルティネイションで弱体化させてようやく止められるものだ。事実、アルベルの腹筋に青黒い痣が出来ていた。だが、アルベルは顔色も変えず、構わず斬りかかっている。

 イミテイティブの拳。首をひねって躱し下から切り上げる。一寸、前髪をさらった。背中を反ったイミテイティブが、戻りざまに強く地面を踏みつけた。

 途端、竜巻のような疾風がアルベルを巻き込んで後方に弾き飛ばす。低く唸るアルベル。銃を取るマリアを背に、彼は言った。

 

「下がってろ」

 

「無理よ、アルベル。君ひとりじゃ」

 

「阿呆が」

 

 鼻筋に皺を刻んで、アルベルが吐き捨てる。マリアの背に言い知れぬ恐怖が走った。アルベルの背中。堂々としていて、まるで迷いがない。彼の低い声に、己の心を射すくめられたような気がした。

 事実、彼は言う。

 

「敵がどんな存在かは知らねえが、それに呑みこまれて臆して戦ってるような奴が、適う者か」

 

「!」

 

「よく見てろ。この世に、『絶対』なんて言葉はないと教えてやる」

 

 アルベルはふり返りもしない。バール山脈のときのようにマリアを信じていないのではない。

 マリアを仲間と認めたうえで、なにか示そうとしているのだ。ひたむきなまでに強さにこだわる剣士が、伝えんとする答え。イミテイティブと向き合う心。

 

 

「面白い言い草ね」

 

「いくぞ、クソ虫」

 

 イミテイティブの嘲弄を一蹴し、剛魔掌で一気に距離を詰めるアルベル。ビッグフットのごとき凶悪な爪を、イミテイティブは冷静に見極め、相手の手首を握って止めた。

 アルベルが眼を瞠る。

 

「ふっ、正気? 武器がありながら、わざわざ手の方で攻撃してくるなんて。腕を壊されたいと言っているようなものじゃない」

 

「ほざけっ!」

 

 握りこまれる寸前に刀で斬りかかる。そのとき、白い光がアルベルを包み込んだ。金属と金属が接合する音。ネルがこの場に居れば、強大な施力の集約を視たに違いない。

 

「ぐあっ!」

 

 悲鳴を上げて、アルベルが後方へ弾かれる。イミテイティブを中心に、光の爆発が巻き起こったのだ。

 着地し、アルベルが忌々しげに血の混じった唾を吐き捨てる。

 

「あらあら。完璧はないんじゃなかったの? それとも、もうおしまい?」

 

 鼻を鳴らし、アルベルが刀を振り上げた。

 

「空破斬」

 

 イミテイティブが口端をつり上げる。床上を走る疾風の刃。イミテイティブの指先に光が集まる。ふっ、と彼女がその指をふりあげた途端、紫光の衝撃波が疾風と正面からぶつかった。空破斬によく似たそれは、両者中央で動きを止め、鋭く弾ける。

 

「なにっ!?」

 

「この程度の衝撃波なんて、技とも呼べないわね」

 

(この俺の空破斬を相殺しやがった……! いや、いまの威力。アレンやアルフに匹敵してやがる)

 

 そして特筆すべきは、イミテイティブの隙のなさだ。拳を打つような感覚で衝撃波を撃ってくるため、気の流れが読みづらい。

 

「なるほど。ただの紛い物じゃないらしい」

 

「まだやるつもりなの? 無駄なあがきを」

 

 アルベルは答える代わりに低く構え、遠距離からジグザグ走行を始めた。

 

「そんな動きがどうしたって?」

 

 鼻で嗤い、空破斬に似た紫光の衝撃波でアルベルを断つ。が、

 

(ん? 捉えられない?)

 

 蜃気楼のように、捉えたはずのアルベルが霞み消えて、リズムも変わらず近づいてくるのだ。どう見ても単調なジグザグ運動。長身のアルベルがいやに低い姿勢で刀を携えている以外、変わった点もない。

 

「どうした、神様とやらはこの程度の演舞も捉えられんのか」

 

「チッ、生意気な」

 

 すり足でほぼ上体の位置が変わらないアルベルの動きは、実際よりも遅く見えるのだ。人と同じ機構で創られているだけに、イミテイティブもこの錯覚からは逃れられない。舌打ちし、彼女は左手で火球を捻り出して、三つ、アルベルに放つ。紋章術には自動的に相手を追尾する特性がある。が、これも躱された。

 

(すべて避けるっ!?)

 

「アルベル!」

 

 イミテイティブの驚きと、マリアの歓声が混じった。ついに射程圏まで近づいたアルベルが、屈んだ状態でイミテイティブを睨みあげ

 

「てめえの動きは確かにすげえ。だがな、奴らに比べれば」

 

 苦し紛れに指先に光を込めるイミテイティブ。そこに鋭く踏み込み

 

「遅ぇんだよ阿呆っ!」

 

 大上段から刀と義手を交差させるように打ち込んだ。派手な剣戟音。火花がいくつも散った。イミテイティブが息を呑み、頭上に掲げた自分の腕を睨み上げる。

 アルベルの咆哮とイミテイティブの呻き。

 両者は拮抗したまま、弾かれたように後ろに飛びずさった。

 

「チッ、クリムゾンヘイトでも通らねえか」

 

「やってくれるじゃない。いまのは、少し効いたわ。……次はこちらの番ね」

 

「フン。そいつはどうかな」

 

 拳をサイドステップで躱したアルベルが、薙ぎ打つ。そのとき、彼も頭上が翳るのを感じた。見上げる間もない。強烈な痛みがアルベルの腕を焼く。地面が知らぬ間に遠のいていた。

 また影。

 見上げたそこに、巨大な手が見える。指の長い巨大な手。薙ぎ払われると、イミテイティブの指先に集う光の何倍もの衝撃波がアルベルのみならず、離れていたマリアまでもを呑みこんだ。

 二人合わせて悲鳴を上げる。が、接近していないマリアの方が立ち直りは早かった。

 

「アルベルっ!」

 

 すぐにうつ伏せになって呼びかけるマリア。アルベルは答えられず、刀を突き刺して杖にしながらイミテイティブを睨みあげた。

 

(なん、だと……!?)

 

 イミテイティブが胸の下で両腕を組んで、意外そうに眉を上げる。

 

「へぇ、まだ息があるの。大したものね。でも、これで終わりよ。――さようなら」

 

 頭上に掲げた指先の光、イミテイティブが拳をふり下ろす瞬間、赤いレーザーサイトが彼女の手首に貼りついた。

 

「エイミング・デバイス!」

 

「まだ動けたのっ!?」

 

 光弾がイミテイティブの手元を掠めていく。のけぞって躱したイミテイティブの顔に、驚きが広がった。

 マリアは凛とした視線を彼女に向けながら、胸で大きく息を吸う。迷いを断ち切る。頭では分かっていたつもりだったが、本当はひとりの心細さに押しつぶされそうになっていたのだ。アルベルが斃されそうになのを見て、彼女の震えが完全に止まった。気持ちの処理が、ようやくついたのである。

 

「動きもスピードもなにもかも、私にはあなたを捉える術はないわ。でも、アルベルが教えてくれた。力をなにも持っていないのに、その身ひとつであなたに攻撃が届くってことを」

 

「なにを馬鹿げたことを」

 

「ひとつの銃口であなたを撃てないのなら、手数を増やすだけ。私には、それができるっ!」

 

 マリアの額が輝くと同時、イミテイティブの表情が明らかに引きつった。中空に描いた紋章陣から、四つのユニットが迫り出してくる。

 

「レディエーション・デバイス!」

 

 四つのユニットは蜂のように縦横無尽に駆け、イミテイティブを狙い狂う。

 

「驚いた。自分の力をそういう風に使えるなんて」

 

「さあ、ここからが本番よ。喰らいなさい!」

 

 ユニットのスピードが上がる。四つの銃口と、正面のマリア。五人のスナイパーに狙われ、光弾の檻が形成される。イミテイティブが舌打つ。

 

「小賢しい。手数が増えた程度でだからどうだというの。避けきればいいだけの話よ。それに当たっても大したことはないくせに」

 

「だったらなんで避けやがる」

 

「あなた、まだっ!」

 

「その油断が、テメエがクソ虫だって証拠だっ!」

 

 完全にユニットとマリアに気を取られていたイミテイティブは、強烈な肘打ちでタックルをしてくるアルベルに低く呻いた。彼女の防御力をもってすれば、致命傷となる一撃ではない。

 だが、

 

「いまだ!」

 

 鋭いアルベルの声に、イミテイティブが眼を見開く。彼女の前。五つの銃口を一つに集約したマリアが、額でアルティネイションの紋章陣をこれでもかと輝かせる。

 巨大な光の塊。人の上半身ほどもありそうな光の球が、マリアの銃口に集まっていた。

 

「バースト・エミッション!」

 

「ば、馬鹿なっ!」

 

 強烈な野太い光線が、イミテイティブの障壁を貫かんと押してくる。イミテイティブの顔が大きく歪んだ。両腕を前に突き出して、みしみしと音を立てる盾をさらに強化させる。

 

「く、ぁあ……このっ。こんな、ものでぇえっ!」

 

(私のすべてのアルティネイションの力を注ぎこんでも、まだ……!)

 

 マリアの顔も引きつった。だが、やれることはこれしかない。アルベルはその身をもって教えたのだ。新しいことをやることがすべてではない。己の持つすべて、全力をもって相手に叩きつける。ただそれだけが、それこそが勝負――と。額の紋章陣を、アルティネイションをさらに集約させる。バースト・エミッションで押し切れなければ、もはや打つ手がなかった。

 歯を食いしばる。祈りにも似た気持ちで銃を握っている。

 ――それなのに、動かない。

 

(そんなっ!?)

 

 唇をかみしめて、スタンスを広く、腰を据える。拮抗はいまだ破れない。焦りが恐怖となってマリアの背中を冷たく這い上がる。

 そのとき、マリアの隣に義手の赤黒い闘気を刀に宿したアルベルが、並んだ。

 

(アルベル!?)

 

「おぉおお……!」

 

 低く、アルベルが吼える。浮かび上がる深紅の龍。いつもはバラバラに襲い掛かる多頭龍が、いまはすべての首が揃うのを待っている。

 ――そして、ついに十頭の龍が一斉に啼いた。

 

「くたばれぇっ!」

 

 剣先に集っていく十頭の龍。それらは完全に重なり、巨大な焔の龍へと変化してイミテイティブに襲い掛かった。その大きさ、クロセルにすら匹敵している。

 

「な、馬鹿な……っ!」

 

 イミテイティブの引きつった声が聞こえたのはそれまでで、絹を裂くような彼女の悲鳴はアルベルの吼竜破に呑まれていった。

 龍の援護を受けたバースト・エミッションが、ついにイミテイティブの盾を突き破り、大爆発を引き起こす。フィールドがいまだ洞窟のままであれば、確実にみな蒸し焼きになったであろう、強大な焔。それは灼熱の太陽を思わせ、透明な床板を抉り取っていった。

 

「フン、ざまあみやがれ」

 

「アルベル!」

 

 片膝をついたアルベルに駆け寄る。マリアたちの前には、ぽっかりと大穴が出来ていた。あの透明な床板ごと、見事に消し去ってしまっていたのだ。その空寒い威力は、かつてのインビジブルを思い出させるのに十分な光景だった。

 

「阿呆が。まだその女は消えてねえぞ」

 

 アルベルが肩で息を切らしながら、睨んでくる。マリアは眉をひそめて大穴をふり返った。そのとき、全身から火花を散らしたイミテイティブが、ゆっくりと浮かび上がってきた。全身は黒く焼け焦げ、短く痙攣を繰り返すその姿が、廃棄寸前のロボットを思わせる。

 

「ふ、ふふっ。まさかまさか。この私がやられるなんてね。まあいいわ。せいぜい先に進みなさいな。どうせあなたたちは、終わるんだから」

 

 額から右頬にかけて、イミテイティブの頭は消失していた。異様に見開かれた冷たい視線が、マリアたちを射抜いている。何度も痙攣しながら、右腕を上げたイミテイティブの首が――次の瞬間、刎ねられた。

 音も気配もなく、そっと触れる夜気のごとく静かに、銀弧が宇宙に描かれ、それに合わせて飛んでいったのだ。イミテイティブが驚きに眼を剥き――斬られた首から下が、光の粒子となって散っていくのにも構わず、不吉な笑みを湛えた。

 

「ふ、ふふっ。楽しみにしてるわ。あなたたちが消える絶望の瞬間を。ふふっ、ふふふふっふ」

 

 空中に首を浮かべて、彼女は己が消え去るその瞬間まで狂った笑い声を上げ続けた。

 マリアは少し、オーバーな動きで肩にかかった髪を背中に払う。恐怖や不安は、他人に見せたくない。

 

「とんだホラー映画ね」

 

「なんだそりゃ?」

 

 眉をひそめて本当に不思議そうにしているアルベルの反応を見て、少し励まされた。

 マリアがフッと息を吐いて、顔を上げる。そこにはいつ現れたのか、納刀したばかりのアルフと、彼の後ろから駆けてくるネルたちが見えた。

 

「よぉ、アルベル。ずいぶん男前になってるじゃねえか」

 

「ああん?」

 

 マリアたちが消し去った床は、しばらくして自動修復した。それが分かっていたようにアルフが悠々と歩いてきて、アルベルが鼻を鳴らす。

 

「テメエほどじゃねえ」

 

 ぴくりとアルフの眉が動いた。言われてみれば、アルフの全身も傷だらけである。ヒーリングで無理矢理動かしているという感じが、ズタズタになった特務服から見て取れた。マリアが眉をひそめていると、指摘されたのが不服だったのか、アルフが声を落した。

 

「つーか、お前。クリムゾンヘイト持ってからちょっと調子に乗ってんじゃねえか?」

 

「気にするな。一人で二人もFD人を相手にしようなんて野郎よりはマシだ」

 

「……詳しいな?」

 

「刀傷だけじゃねえからな」

 

「ああ……。両方使う相手だったから」

 

「なら正面でもらうだろうが」

 

「いやいや、紋章に正面とかねえから」

 

「ほぅ。だったらテメエの真背中の傷はどういうことだ? 逃げたのか?」

 

 そこでようやく、アルフが押し黙った。

 

「……可愛くねえなあ」

 

「なにか言ったか、このガキ」

 

「大人ならもう少し包容力持てよ」

 

「ふん」

 

 互いに視線を交わさず、小さく笑う。どちらも同じ笑みだった。意思疎通がうまく出来ているのが伝わってきて、マリアは首をかしげる。思えばこの二人の雑談を見たことがなかったため、珍しく映ったのだ。

 そこに、ネルが駆けてきた。

 

「よぉ、少しは見えたか?」

 

「アルフ! アンタ、いきなり走り出して……って、なにがさ?」

 

 真顔で返されて、アルフが目を丸めた。無言のままアルベルを見やって、長い溜息を吐いている。視線を向けられたアルベルが、意味が分からずに顔をしかめた。

 そこに、さらにロジャーとブレアが到着する。

 

「アルフ兄ちゃん、足早ぇじゃんよぉー!」

 

「二人とも無事っ?」

 

「ブレア……。あなたは本物?」

 

「え?」

 

 ブレアが目を丸くして首を傾げた。予期せぬことを聞かれて驚いた、という表情。ブレアの脇から、アルフが、それで間違いない、と言い添えてくる。マリアの隣で、アルベルが刀の鍔から指を放した。覇気が消えるのを感じながらマリアも安堵の息を吐くと、ブレアが思い至ったように顎に指を添えた。

 

「……ソロンやディルナ以外にも、私を模したプログラム生命体がいたのね」

 

「ええ。幸い、私とアルベルでなんとか斃せたけれど……。ひとりじゃとても敵わないような強敵だったわ」

 

「まずいわね。この場にいない他の子たちも、もしかしたら似たような状況に追い込まれているのかもしれないわ。……先を急ぎましょう」

 

 ブレアに頷き、一行が駆けだそうとしたところで、ブレアがみなを止めた。理由を聞くと、先に進むにはこの祭壇向こうにある金色の門をくぐるのではなく、祭壇の一番上にある円状の段から、上階転送して進むのだと言う。

 

「ちょっと待って」

 

 断って、ブレアは中空にパネルのようなものを呼び出し、祭壇を起動させると――みなを上階へと導いた。

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