「ったくよぉ! 頑固な野郎だぜ。まだお目々が覚めねえときた」
クリフは震える膝に手をついて呻いた。顔面から噴き出した血が、糸を引いて床に垂れていく。
全身は火傷と裂傷でズタズタだった。頭の重みに負けて顎が下がる。それでも、クリフの碧眼はアレンを睨みあげた。
宇宙に鎮座する、アレン・ガードを。
「お前こそ、いつまで人間の俺に期待しているつもりだ? すでに人の俺は消えた。『俺』は神の代行者。なぜ、どうにもならないことを繰り返す」
「どうにもならない? 馬鹿か、テメエは!」
カーレントナックルを振るった。剛腕が、アレンの前髪をさらう。
腹に鈍痛。膝蹴りで、身体をくの字に折らされる。
胃液を吐いた。
腺が刺激され、涙もにじむがクリフは血まみれの歯を食いしばり、アッパーカットを打ち返す。
が。
片手。憎らしいほど力強い手に握られて止まっている。
空間が壊れ、ファイアウォールから螺旋の塔に変化したことなど、クリフにとっては二の次だった。
血が睫毛を越えて目に沁み込んでくる。閉じそうになる瞼を無理矢理開いて、アレンを怒鳴りつけた。
「それを誰が決めた! 神か? テメエらの言う創造主が決めたってのか!」
答える代り、アレンが強く握りこんでくる。
クリフの拳が悲鳴を上げていた。負けまいと、拳に気を集約させる。
「だがよ、俺たちには希望があるんだ。お前と同い年でなぁ、お前が鍛え上げた甘ったれだ! あのガキはよ。口には出さねえが、お前に憧れてたんだ! お前のように迷いなく、強く断言して前に進もうって姿をあいつもやりてえと思ってたのさ!」
アレンの握力に負け、拳が徐々に折れ曲がっていく。
クリフは右手首に左手を添え、さらに気を膨れ上がらせた。
「あいつにとってお前は目標だったんだ! その目標たるお前が、支配者だか創造主だかに操り人形にされちゃ、あいつも立つ瀬ねえだろうぜ!」
途端、アレンの手のひらから光線が走った。エネミートライフルを思わせる貫通力。クリフの拳と接触し、両者が暴発、爆煙を上げる。
「ぐぁあっ!」
突風に押され、背中から地面に叩き落された。
もうもうと立ち込める煙。アレンは光線を放った手のひらを一瞥して、つぶやいた。
「ディストラクションか。なるほど。――だが、それがどうした。一人の人間が、神に歯向える力を手に入れたからと言って、世界が消滅すればどうすることも出来ない」
平凡そうに見えた彼の顔立ちは、こうして視ると異様に整っていることに気付いた。それが床板が照らし出す紋章の光のせいなのか、背中の巨大な手のせいなのかは、クリフにはわからない。
死人の顔は、いまも揺らがない。
「現実は、作り物のようにうまくはいかないんだ」
「そうやってすべてを分かったような口で、なにもかも見下してりゃ楽しいかっ!?」
拳で地面を殴りつけた。歯痒さが、相手の理不尽な強さが、クリフの苛立たせる。
「いままで自分が護ってきたもんを、自分で踏みつぶしておもしれえかよ! 背中の刀が泣いてるぞっ、アレン!」
「言いたいことはそれだけか?」
三本、光線が走った。クリフは倒れたまま身をひねって躱す。二発、足に当たった。
「つぅ!」
首跳ね起きで立ち上がる。
――そして、
いま自分に放てる最高の技を、拳に乗せた。
「マックス・エクステンション!」
正拳を繰り出す、クリフの気功が前方に向かって野太い光柱となって放たれた。
光が、宇宙を白く染める。拳が重く、押し返される。光の向こう――アレンが槍を一閃させ、光線を打ち返してきている。
(負け、られるかよぉおっ!)
全身の血流が右手に集約していくような錯覚を覚えた。食いしばった歯の根から、獣のような雄叫びを上げる。拳が浮いた。――撃ち返せている。
「らぁあっ!」
押し切った、と確信した瞬間に視界が左に飛んだ。――タックル。クリフが後ろに飛ばされている。さらに巨人の手――指先から、あのエネミートライフルのような小さい光線が雨のように降った。
「があ!」
さらに槍を袈裟に落とし、地面に叩きつけられる。
「あきらめろ」
「くそ、……ったれが!」
鼻先に突きつけられた矛先。それを見つめ、クリフは悔しさで、歯がゆさで口端が切れるのも構わず唇を噛んだ。
「く、っそ……ぉ!」
力の差は、明らかだった。
どうやっても埋まらない。クリフがいくら足掻いても、有効打をアレンに与えられない。
これが創られたものと創ったものの差だとアレンは言うが、そんなことはどうでもよかった。
ただ歯がゆい。――腹立たしい。
アレンを止められない自分が、助けてやれない状況が、情けなくて仕方なかった。
「よぉ、アレンよぉ」
鼻先の矛先を見つめ、クリフは抵抗諦めたように項垂れた。
心の中で一筋落ちた涙に代わり、口端を上げて自嘲する。
「こんなときになって言うのもあれだけどよ……。俺も、テメエに感謝してるぜ」
鏡面のように澄んだ刃だった。凶悪な威力を孕んだ神の槍。だがアレンにはやはり兼定の方が合うと、クリフは場違いなことを思う。
刃に映りこんだアレンは、やはり人形のまま。瞳は死んでいて、表情もない。
それでもクリフは思った。いままでの旅のことを、想いの丈をせめて言い残そうと。
「俺一人じゃ、あの甘ったれはきっと成長しなかった。――お前が変えたんだ。あのガキを、ネルたちを、お前は助けた。アーリグリフだってお前がいなけりゃ……。すげえ奴だと思ったよ。強さがどうとかじゃねえ。困難だと思えることを迷いなくやり切れるお前が、すげえと思った……」
刃の中のクリフの瞳が、静かに揺れている。矛先。言葉の間も微動だにせず、そこに映るアレンの顔もまったく変化しない。
クリフはそれを見て、アレンを睨みあげた。
「だがよ、アレン」
相手に迷いはない。人形は変化しない。
だが。
ならば、こちらの口上を黙って聞いているこの意味は――?
とどめを刺さない彼の心境は――?
クリフの疑問が一縷の希望を生み、歯痒さと怒りとともに、祈りへと昇華する。
刃を握りこんだ。
矛先を鼻先からずらす。
人形はまだ動かない。
「いまのお前はなんだっ!? 自分のやりたいこともなにひとつ言えず、満足に自分の意見すら言えないお前が、正しいわけねえだろうがっ! ――アレンよぉ! 目ぇ覚ませっ! お前が捨てられねえのは、その刀を捨てねえのは! まだ人の心を捨ててねえからだっ!」
一瞬、アレンの瞳が揺らいだ――気がした。
「思い出せ、アレン・ガードっ! 頼む、思い出してくれ! アレン!」
そのときだった。アレンの表情が歪んだ。眼が見開かれ、眉間に深いしわができる。眉がつり上がり、むき出しになった犬歯。
表情に現れたのは、怒り。
「消えろ」
アレンは仇でも見るような目でクリフを睨み返し、槍から離した手で光線を
キィイ――
撃とうとして、くずおれた。頭を抱え、呻く。
「つっ、また……鍔鳴りが……!」
クリフは我が目を疑った。アレンの背中――斜に差した剛刀、兼定が鞘に収まった状態で、細かく震えていたのだ。一瞬ちらちらと見える鯉口から蒼白い――懐かしいアレン本来の気が零れている。
死人の顔が怒りのほかにも、戸惑いに揺れた。
「なぜ、だ。『俺』は、なぜ……捨てられない……っ!」
「アレン!」
「――違うっ!」
呼びかけるクリフを一蹴するように、アレンが鋭く吼えた。
死人の眼は相変わらず光を持たない。彼は掴んだ槍を離さない。
「捨てるっ、俺は捨て……、『俺』はっ、俺を、捨てねば……っ!」
槍を掲げ、クリフの手を振り払った彼は、なにもない空間を一閃した。遠くで、クリスタルが砕ける音が響く。
立ち上がったアレンは、苛立たしげにクリフを睨み下ろした。
「なぜ、お前は……あきらめない……っ!」
「へっ! わりぃな。あきらめの悪さは、テメエらに教わったんだろうが」
口端をつり上げて不敵に笑う――それが、クリフに残った最後の体力だった。
(――なぁ? フェイト)
同意を求める相手はここにはいない。
助けたかった相手は、
「消えろっ、クリフ・フィッター!」
槍を大上段から振り下ろした。
穂先から放たれる衝撃波。直線状に来る、まるで空破斬だ。
それを見つめてクリフは小さく苦笑した。
(ふっ。最期の最後で名前呼びやがったよ。わりぃな、フェイト……)
「どうやら俺はここまでだ」
そう、漆黒の空間につぶやいた瞬間。
斬撃の音が響いた、
思わず目を丸くする。クリフに向かって走る真空の衝撃波が、真っ二つに割れてあらぬ方を走っていったのだ。
顔を上げて、息を呑んだ。心のどこかで待っていた男の背が――見えた。
「ふざけんなよ、お前は僕の壁だろう!」
こんなときまで冗談とも本気とも取れない言葉を放つ、青髪の青年。
ディストラクションの白い光を全身にまとった彼は、クリフと視線が合うなりニッと笑った。
「……フェイト!」
◇
宇宙を模したかのようなオーナーの特殊空間。薄床に立つアレンは見慣れた連邦服でなく白い法衣を着ていた。代弁者たちにも共通する言い知れない不穏な空気。それを肌で感じながら、フェイトはなんでもないように気さくに声をかける。
「待たせたな、アレン」
「その様子では、コネクションが完成するまでここにたどり着けなかったようだな」
アレンと目が合うと、フェイトの顔が強張った。アレンの蒼瞳。意志の光が消え、夜海のような暗闇が見返してくるのだ。
全身ぼろぼろになるまで戦い抜いたクリフを横目に、フェイトは口端を引きつらせた。
「相変わらずで安心したよ。どうやらお前、ホントに正気に戻ったみたいだな」
一閃。言葉をねじ伏せるかのように槍から放たれた衝撃波を、フェイトはヴェインスレイで叩き切る。剣を握る腕が震えた。――重い。兼定の空破斬というより、まるで吼竜破だ。おまけに弾速が速い。
「俺が何者であるかなど関係ない。『俺』はお前たちを消去する。それだけだ」
「……お前、クリフがここまでして伝えようとしたことを全部なかったことにするつもりか」
「どの道お前たちはここで消える。些末なことだ」
剣戟音。アレンの眼が見開かれた。側面にテレポートしたフェイトが、剣を薙いでいる。ストレイヤーヴォイド。物理法則を書き換えて距離をゼロにする技だ。顎を刎ね切る太刀筋をアレンは槍を盾にどうにか防いだ。――殺気や剣気を込めて急所を狙った方が、彼の反応が速い。予測通りだ。だが瞳は闇に閉ざされたまま。フェイトはそれをまっすぐに睨み据えた。
「ホントにまだ寝ぼけてるみたいだな。なら、ちょっとだけ付き合ってやるよ」
瞬間。アレンの肩がせり上がったように見えた。筋肉の躍動。鍔迫り合いの状態から、一気に押し返してきたのだ。フェイトは飛びのいて衝撃を流し、さらに打ち込んでくるアレンの懐に上体を屈めて飛び込んでいく。
「リフレクトストライフっ!」
三角飛びから繰り出された蹴りがアレンの脇腹に直撃する――はずだった。リフレクトストライフで蹴り抜く足が、アレンの背にある触手に握られている。
「なにっ!?」
「調子に乗るな」
地面に引き倒された。振り向きざまに空破斬のような一閃が放たれる。フェイトはなすすべもなく直撃。ぞりっと。腕から先が断ち切られたかのような強烈な感覚が脳に響いた。
呻く。
さらにエリミネートライフルのごとき光線。クリフをさんざん苦しめた光弾が無数に降ってくる。
「と、わぁあっ!」
「フェイトっ!」
鋭いクリフの忠告を後ろに、フェイトはどうにか身をよじって光弾を躱した。頭上に槍。躊躇なく振り下ろしてくる。
「たわあっ!」
横転して回避。その折、ヴェインスレイで足許を握る触手を断ち切った。本来なら鋼鉄で切れる代物ではない。だがフェイトの剣には破壊の力が宿っている。
千切るように右の翼を斬られ、アレンがたたらを踏んだ。その間に、フェイトは猫のように身を屈め、上体を起こすや
「ショットガンボルト!」
円弧状に炸裂弾を放った。が、駄目。もう片方の翼に防がれている。
(腕が四つあるみたいだな! ――こいつ!)
さらにバックステップで距離を取った。
単純な間合いで言えば、槍を持つアレンの方が遠距離では有利だ。技の面でも、フェイトにはあまり変化に富んだものはない。
――だが、ストレイヤーボイドという距離をゼロに詰める瞬間移動が、その不利を完全に潰す。フェイトの得手は接近戦だが、それはアレンの畑でもある。奇襲にもめったにかからない相手。それはいつもの修行で知っていた。だがいまならば――触手を断たれたときのアレンの動きを見れば、勝機はある。
「大人しく僕らのとこに戻ってくるならいまの内だぞ。アレン」
アレンの眉がかすかに震えた。無表情だが、どこか怒っているようにも見える。背中の兼定の燐光は、まだ続いていた。
そのせいなのか、アレンの表情には焦りのようなものも含まれていた。
「言ったはずだ。『俺』は、『俺』が何者であろうと――」
「いいや、お前は迷ってるね。たしかにいまのお前は桁違いの攻撃力と防御力を持ってる。でもな、兼定を持ったお前なら、いまの攻防でもっとえぐい必殺技を惜しげもなく使ってきたはずだ」
「……それが望みということか」
「なに?」
フェイトが目を丸くして瞬くのと同時、アレンの背にある触手が上方にまとめられ、うねうねと蠢き出した。数秒、一気にまとめられていく光線の束たち。
嫌な予感を覚えて頬をひくつかせると、光線の束が範囲紋章術『レイ』のごとく拡散し、撃ち込まれてきた。
「ちょっと待てぇええええ……!?」
床板を抉らんばかりの容赦ない光雨である。
背中で、クリフも引きつった悲鳴を上げている。
(ちぃっ!)
フェイトは後方に逃れていたが、覚悟を決めて光雨に突っ込んだ。
「ショットガンボルト!」
炸裂弾で牽制。難なく射抜かれる。
どうしようもなかった。
「ぎゃぁああああ……!」
「馬鹿野郎ぉおおお!」
フェイトとクリフの罵声と悲鳴が、螺旋の塔の一角に響き渡った。
「や、野郎……。僕を殺す気で来てやがる……!」
頬を伝う冷汗を拭いながら、フェイトはシニカルに笑った。後ろには倒れたままぴくりとも動かないクリフ。もしかするといまの攻撃で何発か直撃したのかもしれない。
だが、フェイトは気にしないことにした。Gutsがあればどうにかなる。いつもの理論だ。
(あれ? なんかいつもと変わらなくないか?)
ふと頭の隅で思ったが、そんなことはおくびにも出さなかった。相手が正気に戻っている――あくまでその路線で行くなら、これは当然の成り行きだ。
修行で出来る傷に比べれば、この程度の全身擦り傷など傷と言えるのかどうかすら分からない。
「どうした、躱すので精一杯か」
「そういうお前こそ、背中のそれ。そろそろ抜いたらどうだ。出し惜しみするほどレアなもんでもないだろ」
アレンの殺気が膨らんだ。
放ってくる衝撃波。フェイトはそれを紙一重に躱しながら、視線をめぐらせる。
(やっぱり、エクスキューショナーに固執してるからじゃない?)
確かめようにも、クリフはやはりぴくりとも動かない。
「だぁ、もうっ! 肝心なときにNo Gutsはやめろっていつも言ってるだろぉおっ! ――まったく。まあいいか」
つぶやくと同時、さらに走る光線の合間を縫って、フェイトはストレイヤー・ヴォイドで接近、背後を取った。三連が一度に放たれるブレードリアクター。ディストラクション能力を宿した刃を一気に振り上げ、振りおろし、突く。が。触手で防がれた。これを捻じ切って
(次で決めるっ!)
刃を巻き込んでくる触手を霧散させんと破壊の力を込める、その瞬間。
「たわぁっ!?」
殺気を感じてフェイトは首をすくめた。一寸上、アレンのソバットが空間を刈り取っていく。
と、強烈な力に振り回されるように、フェイトの身体が宙を舞った。集中が散ったところを狙って、触手で地面に叩きつけに来たのだ。
(にゃろっ!)
肩から打ち据えられる瞬間、受け身を取って衝撃をずらした。再び集中。触手を引き千切らんと刃を光らせる。
が、触手の指が退く方が速い。アレンの隙に――つけ込めない。
「狙いすぎだ」
鈍い衝撃が、フェイトの心臓を貫いた。疾風突きのような槍での一閃。咄嗟にヴェインスレイを挟みこんだものの、強烈な痛みに声にならない息を吐く。
触手で、頬を張り倒された。
「ぐぁあっ!」
今度は受け身も取れずに倒れ伏す。さきほど千切った右の触手は、いつの間にか完全に修復されていた。
「この程度で銀河の希望とは。クリフ・フィッターの意志とやらも、やはり絶対的な現実の前には夢と消えるようだな」
「なんだと」
「ひとつ教えてやる。お前の仲間――この場に居ない者たちは、みな別の場所でまだ生きている。そして我らが創造主、ルシファーの許へと足を進めていることだろう。それがなぜ出来たのか、お前に分かるか?」
フェイトは眉をひそめて押し黙った。
「特殊紋章術。コネクションとアルティネイション。この力をそれぞれが実現させたからだ。だが、お前はその域にすら達していない。俺の許に来ることでさえ自力では果たせなかった」
「……それがお前が兼定を抜かない理由、か?」
「……」
「なら見せてやるよ、僕の力。ディストラクションが、本当に兼定を抜かずに破れるモノなのか――お前のその目で確かめるといい」
ヴェインスレイの刃が蒼白に輝き出す。羽音を立てて、フェイトの背に純白の翼が広がった。立体的に、すり鉢状に繋がる紋章陣。
(たぶん、試したいんだ――)
イセリアルブラスト。
それを察するやアレンも槍を構えた。矛先に宿る紫色の光。
(お前が、神の手先なんかじゃないってことを!)
フェイトが鋭く吼え、ヴェインスレイを上段から振り下ろす。
「これに耐えられるものなら――耐えてみろっ!」
途端、アレンも槍を正面に穿ち放った。迸る紫電の光。それは金色の光線にまとわりつき、フェイトのイセリアルブラストと真正面から激突した。
「ぉ、ぉおおおおっ!」
ヴェインスレイを両手で握りこむ。フェイトの背に浮かぶ、少女の姿をした破壊の女神。彼女が導く蒼白の光が、アレンの光線を消していく。
「っ!?」
途端、アレンが眼を見開いた。槍の光線は朱雀吼竜破ほどではない。そのまま一気に、イセリアルブラストで押し切った。
巨大な爆発が轟音を立てて沸き起こり、蒼白の光がまるで花火が散るように周囲をほんの一瞬、明るく照り返す。
「、っ……っ!」
槍を握る、アレンが静かにたたらを踏んだ。触手で防壁を作って、貝のように閉じこもっていたのだが、いまのディストラクションで触手がぱらぱらと崩れていく。
それはアレンが握る、巨大な槍もそうだった。
「さあ、これで文句はないだろ、アレン。仕切り直しだ」
アレンの表情が、驚きに固まっているように見えた。彼の瞳は相変わらず闇に呑まれたままだ。だが、代わりに強烈な威圧感が迫ってくる。上段から、躊躇なく振り下ろされる――『兼定』。
「とぁっ!?」
フェイトは左足を浮かしてどうにか躱したものの、空間を切り裂くような巨大な空破斬は、無限に続く闇を一瞬、文字通りに両断した。相変わらず空寒い切れ味。アレンを睨むやフェイトは声を張り上げる。
「このやろぉっ! 不意打ちとは卑怯だぞっ!?」
同時。アレンが踏み込んできた。フェイトの懐――剣の間合いへ。
「げっ!?」
神速の四連斬『夢幻』に、フェイトは目を瞠った。初撃の抜刀はフェイトの胴を断たんとする。フェイトはヴェインスレイを立てて刀を弾き、上段から来る刃を半身切って躱した。爆発が起きる。ドンッと重い踏み込み音。迫る突きをブレードリアクターの切り上げで打ち返し、上段から振り落ちる刃をリフレクトストライフで避けながらもアレンの脇目掛けて蹴りを繰り出す。が、刀を握っていないアレンの右手に、パンッと呆気なく払い落された。
一瞬の、四合。
両者、ザッと地面を掻いて、距離を取る。
フェイトの練気を物語るように、蹴りを弾いたアレンの右手から、白い煙が立ち上った。
アレンは右手を一瞥した。
「……どうやら、それなりに腕を上げたな。フェイト」
「前にも言ったろ? いつまでもお前に負けるつもりはないってさ」
アレンは無表情のまま左手で握った兼定を水平に構え、右手を剣先に添えた。
活人剣。
あらゆる傷を治し、身体能力を底上げするアレンの気攻術。フェイトはあくまで交戦を続けるアレンに溜息を吐いた。
「お前、どうあっても僕と戦いたいのか?」
「是非もない」
アレンの蒼瞳が力を帯びる。緊張の糸が張り詰めた。向けられる鮮烈な殺気。フェイトはヴェインスレイを構えながら、訝しげにアレンを見返した。
宇宙を模した螺旋の塔に、風は吹かない。しんとした静寂の中に、息をも吐けぬ緊張感が張り詰める。静電気が走ったように肌が弾ける。
模擬宇宙の中で、フェイトはヴェインスレイを正面に据えた。金色の丸枠をいくつも重ねて、その上に白い硬化ガラスを敷いた床。紺碧の闇の中で、エクスキューショナーの無の紋章陣が白く光っている。これが恐らく、フェイトたちの居る空間を照らす灯りになるのだ。執行者の力の源である――この紋章力の根源そのものが。
磨き上げられた二メートル強の剛刀が、無の紋章陣を鏡のように写し込む。
フェイトは息を吐いた。相手の目を見れば――アレンが『真剣勝負』を望んでいることくらい、察せられる。
本当は、
だが――フェイトとしては、アレンを連れ帰ることこそが第一目標だった。
じり……
アレンが一歩、摺足で左に寄る。フェイトは距離を目算する。
間合いは、三メートル。
兼定の距離だ。フェイトは舌打った。本当はこんな戦いなど放棄して、さっさとオーナーに文句の一つでも言いに行きたいところだ――頭ではそう思っているのに、口許にはなぜか笑みが浮んでいる。
ぱっ、
床下で踊る紋章陣が、兼定を照らした。
瞬間。
両者は駆けた。裂帛の気合。腹の底から吼え合う二つの声が、螺旋の塔――宇宙の闇に吸い込まれて行く。
フェイトの全身から光が散った。ディストラクション、破壊の力だ。対するアレンは朱雀の炎。
轟音が立つ。一つ遅れて、同心円状に二人を中心として風が起きた。
アレンが上段から兼定を振り下ろす。地面に触れた瞬間、行き場を失くした炎が二メートル強の火柱を立て吹き荒れた。が、フェイトはそこに居ない。アレンは左を見る。フェイトは、アレンの左側面に踏み込んでいた。
振り向きざま、アレンが兼定を薙ぐ。
火花が散った。目のくらむような炎。
フェイトは名剣ヴェインスレイを水平にしてアレンの剛刀を止めている。一瞬後、同時に刃を退けた両者が、剣戟をぶつけ合った。光と炎、火花が散り、視界が塞がれるが二人は構わない。伝説の鋼――瑤鋼によって作られた名刀と名剣は、互いに全力で打ち合おうとも刃毀れ一つしない。
だが。
剣術では――アレンが上。
フェイトは徐々に速くなっていくアレンの連撃に耐え切れず、後ろに下がった。同時。
落雷のような轟音が、螺旋の塔に響く。
「ち、ぃいっ!」
フェイトはヴェインスレイを水平にして、アレンの振り下しを受け止めた。だが全力で振り切られた兼定の一撃は、鋼を越えてフェイトの頬を裂く。それだけに留まらず、フェイトの細身を呆気なく後ろに吹き飛ばした。右手をついて着地するフェイト。開いた両足が、衝撃を緩和し切れずに地面を三メートルほど削る。
アレンが跳び込んでくる。
歯を食いしばるフェイトに対し、アレンは無表情。
「……舐めるなっ!」
フェイトはアレンが振り切る前に、刃を合わせた。完全に兼定を振り切らせてはならない。カチカチと音を鳴らしながらアレンとの鍔迫り合いに臨む。
だが、
腕力もアレンが上。
フェイトの
「それは……こちらの科白だっ!」
鋭く吼えたアレンもまた、朱雀の炎を膨らませ、猛った。
ディストラクションと純粋な練気。威力は――フェイトがやや上。
アレンは舌打ちして刃を切り崩し、横薙ぎを放った。が、フェイトはバックステップで見切っている。
「ショットガン・ボルト!」
距離が開いた途端、炸裂弾が円弧を描いた。アレンは炎の拳で叩き潰す。そのまま前進し、抜刀。フェイトは上に跳び、エリアルでアレンの頭上から剣を振り下ろす。
ギィッ!
柄で止めたアレンは、右手を伸ばしてフェイトの襟首を掴むなり、地面に投げつけた。勢い良く弧を描いたフェイトの身体が、叩きつけられる。更に踏み付けられそうになってフェイトは横に転んだ。ガンッと鈍い音を立てた床が、一瞬震える。
「……の、野郎っ!」
首はね起きで跳びあがったフェイトは、剣を短く握って鋭角に突いた。アレンは左に回って
「!」
一番喰らってはならない――兼定の袈裟切りだ。
フェイトは刃を合わせた瞬間、体を横っ跳びに
まともに受ければ――ヴェインスレイは無事でも、フェイトが両断されている。
「相変わらずだな、この悪魔め……!」
門が崩れ、倒れる音がした。だがそんなもの聞かずともフェイトは兼定の威力を厭というほど知っている。ずいぶんと闘えるようになったものだが、兼定とアレンの容赦のなさの前には油断はならない。毒吐くフェイトに、アレンが無言のままフェイトの左脇腹から右肩を両断せんと刀を振るう。剛速。フェイトは咄嗟に右肩を前にして
アレンが刀を振り上げる寸前、身体が開く。
「ブレードリアクター!」
瞬間、フェイトは踏み込み、剣を振り上げた。白い剣閃。それがアレンの髪二、三本をさらった。
――当たらない。
「!?」
「甘いっ!」
半身切って躱されたと悟ったとき、アレンの衝裂破がフェイトの左肩から斜め下、右脇腹を切り裂いた。
剣線に沿って血が噴き出る。体が後ろに飛んだ。地面を掻いて、フェイトは着地する。胸に手を当て吐血した。
「かはっ!」
同時。
「爆裂破!」
「ヴァーティカルエアレイド!」
血を拭う暇なく地面から迫り出す岩槍を、フェイトは剣風と剣圧で叩き折る。
土煙が舞う。傷を庇う暇などなく、轟音を立て崩れる岩槍に目もくれず、両者は己が力を限界まで高め合う。
「ぉおおおおっ!」
「覇ぁあああっ!」
フェイトの全身を覆うディストラクションの光と、アレンの全身に宿る朱雀の炎が猛り、狂った。
羽音が立ち、紺碧の空間に純白の翼が広がった。眼前の朱雀もまた、蒼龍と交わり黄金の龍へと化す。
羽が舞う。破壊の力を持った白い羽が、ひらひらと舞い落ちて行く。
フェイトの頭上には幼い女神が浮かび、その背に巨大な白い翼が生えた。瞳孔が開き、一層深くなった翡翠の瞳が、目の前の龍を見る。黄金の、龍を。
同時。
フェイトの喉が裂帛の気合を放った。
振り下ろされる名剣。それを剛刀が迎え撃つ。踏み込むは同時。フェイトはそのとき、一瞬だけ正気の蒼を睨み据えた。――懐かしい、蒼瞳の輝きを。
「一つだけ答えろよ、……アレン」
「……」
アレンは静かに、フェイトを見据え返す。やはり暗い目だった。
フェイトは剣を握り込み、叫んだ。
「なんで……、なんでお前は敵になった!? なんでまだ敵のままだっ!? 連邦軍人の誇りはどこに行った!? 民間人を護るんじゃなかったのかよ! 答えろっ!」
フェイトの全身が白く輝く。鍔迫り合いの状態から、兼定を押し返すように一歩前に出る。裂帛の気合がフェイトの喉を割り、わずかに力負けしたアレンが後ろに退けられた。
バックステップで距離を取ったアレンが、背負った朱雀を放ちながら答える。
金色の火花が、広間の中央で弾けた。
フェイトがディストラクションを宿した
光が弾けると同時に、アレンは上段から刀を振り下ろす。フェイトはそれを剣で受け、アレンの蒼瞳を睨み上げた。
アレンは言う。感情を殺した瞳で。
やはり光のない、暗い瞳で。
「『俺』はルシファーの代行者。『俺』の意志など関係ない。俺はもはや……エターナルスフィアの住人ですらない。このエターナルスフィアで奴に反抗する意志を見せれば、『俺』たちは自動的に消える。……俺では、奴を倒せない」
「消える? 代行者? なにわけわかんないこと言ってんだ、お前! 皆、必死に戦ってるんだぞ! お前の分までっ! お前と帰れるように!」
ヴェインスレイが一際白い光を放つ。ディストラクションの光。鍔迫り合いの中、アレンはそれを眩しそうに見やって、気合と同時に兼定を握り込んだ。
「覇ぁっ!」
そのとき、内包したアレンの気が散り、今度はフェイトが力負ける。ぐぅ、と唸りながらフェイトは弾かれる前に後ろに跳び、着地したところでアレンが言った。
「……フェイト。『俺』は所詮ルシファーのコピーだ。そんな俺すら倒せないようでは、オリジナルのルシファーを倒すことなど絶対に不可能」
口端から一筋垂れた血を拭い、フェイトは血塊を吐きだした。奥歯を噛む。この分からず屋は相変わらずイラつくほどのマイペースだ。毎日の修行と同じで、まったくこちらの言い分など聞きやしない。
「いつぞや聞いたようなセリフだな……」
初めてフェイトが意志について考え、その信念を貫こうとしたときにアレンがかけた言葉だ。
「けどよ、あの頃と今の僕を、同じと思ったら痛い目を見るぞ」
「面白い。――ならば、俺を越えて見せろ! フェイト!」
「だから……、何でそうなんだよっ! この馬鹿野郎っっ!」
フェイトは苛立った。
――何故、アレンはフェイトと共に戦うという選択肢を、最初から考えないのか。
「お前、連邦軍人としての誇りが大事だったんじゃないのかよっ!」
このとき、アレンの表情に変化はなかった。ただ一瞬だけ喉の奥でつっかえたように息を呑み、叫ぶ。
「……誇りは捨ててないっ! だからここに居る! だから、――お前は『俺』を越えろっ!」
「だから、それがワケ分かんねえっつってんだろうがぁああ!」
言葉尻と同時に二人は駆け出し、またもや剣をぶつけ合っていた。相変わらずの剛刀。たった一合交わしただけで、腕が持っていかれそうになる。
だがフェイトは奥歯を噛んで堪えぬき、アレンを睨み据えた。
「お前の誇りってなんだったよ!? 僕らに敵対することかっ!? ――違うだろ! あそこにいるクリフもっ、アルフもネルさんもロジャーもマリアもアルベルもソフィアも。ナツメだって、お前にただ帰ってきてほしいだけなんだっ! 皆と一緒に暮らしたいっ! ただそれだけの、いたって普通な望みなんだっ! なんでそれだけのことが、お前には分からないんだよっ!」
「俺には、ただこの道しかないっ! それだけだっ!」
強烈な打ち込みにやはり打ち負けてしまった。地面を掻きながら後方に下がるフェイト。ヴェインスレイを握る感覚が消えるほど、手首が痺れる。
「こんの野郎! いつまでもいつまでも、い~つ~ま~で~もっ! そうやって自分のペースで、話が進むと思うなよぉおっ!」
それでも、フェイトは自分の消えた握力をディストラクションで補い始めた。
アレンの背に浮かぶ、黄金の朱雀。それに対抗するように、額の紋章をこれでもかと輝かせる。
「フェイトぉおお!」
「アレェエエエンッ!」
女神の破壊の光と、朱雀の焔がまたしても両者の中央でぶつかった。