天空に向かいそびえ立つ、途方もなく巨大な扉。これが世界と創造主を分かつ境界である。
宇宙を思わせる、どこまでも広がる紺碧の世界。輝く星々を遠目に、マリアたちが扉を開いて入ると、パイプオルガンに似た巨大な機械が一行を出迎える。その上に、振り子時計のような楕円形のオブジェクトがいくつも浮かんでいた。
かち、かちと規則的にそれぞれ違ったリズムで奏でる時計のようなもの。
その細長い胴体部分には『生命の樹』が刻まれていた。旧約聖書――地球に存在する超古代文書の中の一節、創世記でエデンの園に植えられた木、命の木とされるものだ。六角形の輪郭に、それぞれの頂点から伸びる直線がいくつも交点を作っている。この直線が四つ以上重なる十の交点を『セフィラ』と呼び、セフィラは宇宙の星々を意味した。――太陽系を。
つまり、地球文明を基準にして考えれば、時計はこれ一つで「世界」を表しているといえる。それが無数にあった。異なるリズムで時を刻み、世界が息づいていることを視覚的に訴えかけてくる。
まさに息を呑むような光景だった。
たとえ時計の意味が分からなくとも、恐らくマリアは、この場にこの世ならざるものを直感的に察したことだろう。人が踏み入れてはならない厳粛な空気が、この空間には流れている。
天空に伸びたパイプオルガンのような機械、四列に並んだパネルから、男――スフィア社オーナー・ルシファーが顔を上げた。見た目はただのヒューマンだ。ふり返ると、彼の顔が露わになる。白い額にかかる濃い金髪と、深い蒼色の瞳、年齢は三十代半ばといったところか。アレンにどことなく似ていた。顔立ちだけでなく、その雰囲気までも。
「なにかがおかしいと思っていた……」
ぽつり、とルシファーがマリアたちを見て言った。彼の視線の先にあるのは――マリアたちが今しがた入ってきた巨大な扉だ。
一行の後ろから、ブレアが前に出て叫ぶ。
「兄さん、もうやめて! これで分かったでしょう。いまや彼らは我々となんら遜色のない思考を持つほどに成長しました。もう彼らは私たちの手を離れたのよ」
「ブレア。お前も、そこまで私に逆らうのか。妹よ」
「そうじゃない。話を聞いて、兄さん。彼らが私たちと同等の心を持つに至ったいま、私たちとどれほどの違いがあるというの?」
「馬鹿なことを! こいつらは所詮データだけの存在でしかない。エターナルスフィアという世界そのものが、完全なる虚構に過ぎないのだぞ」
「それだけではないはずよ。その証拠に、これまでのように私たちの世界からエターナルスフィアへの一方的な干渉を行うことは出来なくなっているじゃない。それこそが、彼らが私たちと同じような存在に成長したという証拠でしょう?」
ルシファーの瞳が一瞬、凍りついた。手許を見下ろした彼が、忌々しげに歯噛みして拳を握りしめる。
「ならば干渉できているいまこそが、こいつらを消去するいい機会になったと言うことだ」
「どうして!? どうして、そうなるの。兄さんっ! 自分たちと同じ高次元の存在にまで育ったということは、私たちが同朋の命を奪うのとなんら変わりがない行為になったということなのよ!?」
「黙れブレア! お前はこいつらに騙されているのだ。たとえデータであれ、エターナルスフィアは、この私をたばかるまでに凶悪な存在となった! この特殊空間にお前たちが踏み込んでこられたのが、なによりの証拠だ!
ファイアーウォールからここへは、
それに干渉させたのが何者か分かるか。
エターナルスフィアの擬態データから作りだした代行者だ! 奴は己の生命力と引き換えに、裏でこいつらを手引きした……! 許されることではない、絶対に。このように狡猾で危険な存在を、我らが世界に踏み入れさせるわけにはいかんのだっ!」
「なに言ってるの! それは兄さんがエターナルスフィアを消し去ろうとしたからよっ! 彼らだって必死なのっ! 我々と同じ心を持つまでに至ったと、兄さんだってわかっているんでしょう!? もし立場が逆なら私たちだって――」
ブレアの肩を、アルフが叩いた。
マリアの表情が強張る。
「――アルフ。フェイトが来るまでは」
「待てねえよ。それに、話だけで片付くものでもない」
「……そうね。残念だけど」
迷いをふり切るようにブレアを見る。普段のマリアなら、迷うこともない選択肢だった。ただ、ここに来る前――シランドの医務室でフェイトが言っていたのだ。FD世界と正面衝突するのはいまではない。出来る限り交渉は諦めない、と。それを受けての一瞬の躊躇だった。
だが。
「待って!」
止めるブレアに、首を横に振る。
「ごめんなさい、ブレア。私たちはあきらめるわけにはいかない。いまならまだ、あなたのお兄さんを止めさえすれば、なんとかなるかもしれない。だから、どうしても話だけで解決できないっていうなら」
「力づくで言うことを聞かせるしかない、だね」
「――フンっ」
「腕が鳴るじゃんよっ!」
「そういうことよ、行くわよ! 皆!」
武器を構えるマリアたち。
ルシファーが右手で顔を覆い、しだいに哄笑を上げ始めた。背を反り返らせた彼が左手を開くと、宙に、光の線が現れ、握ると一本の巨大な槍に具現化する。
「0と1との存在に過ぎない貴様らが、創造主に逆らおうなどと思い上がりも甚だしいわ!」
「それでも、たとえそれが真実だったとしても。これ以上、あなたの好きにはさせないっ!」
戦いとは、相手のために為すものではない。我を通す――己の我儘を貫くために誰もが行うものだとアルベルは言った。だからこそ、たとえ敵が誰であろうと、剣を取った以上は怯むなと、イミテイティブ・ブレアを斃したあとからここに来るまでに語ったのだ。
マリアの額が発光。両手で握った黒拳銃から追尾弾、エイミング・デバイスを放つ。鈍い発砲音。正面からアルフ、左からアルベルが駆け、後ろでネルが黒鷹旋による援護。一拍遅れてロジャーのスターフォールが、ルシファーに襲い掛かった。
「ぉをっ!」
ルシファーが槍を打ち返してきた。上段から振り下ろされる斬撃。エイミングデバイスの光線が弾かれ、疾風突きと激突する。刀の剣尖にドリル状の風を巻いたアルフの突きが、完全に打ち止められていた。さらに頭上から斬りかかったアルベルの剣戟まで柄で止められる。驚く両者。暴発。行き場を失った質量エネルギーが、黒鷹旋の刃を退かせる。突風で皆が顔をしかめる中、天空から降るスターフォールが、疾風突きからルシファーをその場に縫い付けるアルフの鏡面刹の援護を受けて、ルシファーに直撃する――はずだった。
アルフの眼が強張る。
(速ぇ――!)
宙に描かれる無数の斬閃。銀弧は漆黒の空間を、アルフの剣撃を、降り落ちる岩石を、粉みじんに切り刻む。どれ一つ例外なく、まるで破砕機だ。見る間に、岩が空中で分割されて床に落ちていった。と同時に、アルフの全身から真っ赤な血の花が咲き乱れた。
がくりと彼の膝が落ちる。
アルベルの咆哮。追い打ちに槍を薙ぐルシファーの側面に、大上段で打ち込んでいく。剣戟音。火花を散らして鍔迫り合いをする両者、だが、アルベルのクリムゾンヘイトはルシファーの左手、指先に集った白い光に止められていた。
眼を瞠るアルベル。その時、彼の細身がくの字に折れた。足刀蹴りが腹に決まって、くの字に折ったまま吹き飛ばされていく。
「ヒートウィップ!」
「黒鷹旋!」
ロジャーとネルの後方援護。しかし、ルシファーの影を掴むことも出来ない。空を切る両者の武器。一方、ルシファーは、吹き飛んだアルベルに追いついていた。俊足。強烈な肘打ちが胸に決まって、床に叩きつけられるアルベル。マリアがアルティネイションで四つ、蜂のようなユニットを作りだすやルシファーを追いかけた。その攻撃に続く、血みどろのアルフ。
再び斬り合うルシファーとアルフ。フィールドの中央で刃を交わす両者だが、マリアのユニットごと打ち負けていく。
「化け物めっ!」
ネルが忌々しげに吐き捨てた。そのとき、中・後衛の三人に、影のように忍び寄る黒い紋章が、赤い円陣を紡ぎ始めた。
範囲紋章術『レイ』。
天空に輝く光に気付いて三人が顔を上げたとき、光線の雨が容赦なく降りそそいだ。
マリアたちの悲鳴が、レイの放つ甲高い音に掻き消されていく。ムッと上昇する気温。空気が燃えるのを感じながら、マリアがどうにか頭上に両腕を掲げる。リフレクション。アルティネイションで強化させた紋章盾を展開するも、腕の骨に直接釘を打ちこまれるような痛みと振動が襲ってくる。食いしばった歯の根から、悲鳴が洩れた。額から伝い落ちる大量の冷汗。光の雨が一滴ぶつかるごとにマリアの膝は折れ、くずおれていく。
いったい何発被弾したのかもわからない。紋章盾はガラスのように木端微塵に砕け散り、マリアはついに昏倒していた。
アルベルとアルフの眼の色が変わる。倒れた三人、マリア、ネル、ロジャーはしばらく動けそうにない。
それでも紋章盾によって意識だけは繋ぎとめられたマリアが、全身を走る苦痛に耐えて目を細めた。
(アルベル、アルフ……!)
銃身を床に押し付けて立ち上がろうとするも、やはり腕に力が入らない。がくがくと震える指先を、マリアは歯痒い思いで見ていた。
「うぉおおおおおっ!」
剣士二人の咆哮。アルフの鏡面刹を追うようにアルベルも滅多斬りで攻め立てる。重なる剣戟音。剣術の素人でも、マリアには二人の息が完全に一致しルシファーに肉薄しているのが分かった。乱れ咲く剣戟の火花。二人の達人が瞬く暇も与えず苛烈に押し込んでいく。
(イケるっ――!)
そのとき、ルシファーが消えた、文字通りに。交差するアルフとアルベルの刀。ルシファーは後ろ、二人の背中にいつの間にか現れている。
「後ろっ!」
叫んだとき、二人の身体が槍の一閃で巻き上げられた。紫色の強烈な光の衝撃波。前線から距離のあるマリアですら髪を叩きつけられ、片眼を閉じる。吹き荒れる突風。アルフが地面に倒れるや金色の焔を全身から迸らせた。
活人剣だ。
体力を全回復させ身体能力を爆発的に上げる内気功。彼の身体がツバメのごとく翻り、鋭く切りこんでいく。初撃と同じ、疾風突き。
轟音が立った。
時間が、まるで静止したかのようだった。
片手に握った槍で、ルシファーが突きを止めている。アルフの頬に冷汗が伝った。口端だけつり上げて、嗤う。
「……まるで底が見えねえ」
「その程度か。貴様も」
一閃。地表を走る衝撃波がアルフを呆気なく跳ね返す。二メートル後方でようやく着地したアルフの全身から、血雨が吹いた。しかし彼がまとう金色の焔が血を蒸発させ、まるで飛び散った血が幻だったようにマリアに錯覚させる。
「ぉをっ!」
金色の焔から蒼い龍が生まれ、刀の剣線から放たれた。吼竜破。ルシファーを襲う獰猛な龍。そのとき、アルフの表情が強張った。また、ルシファーがいない。
瞬きの間に、背後に回り込まれる。
強力な槍の薙ぎを受けてアルフの身体が揺らいだ。受け太刀姿勢で地面を掻きながら下がるアルフ。ルシファーの前方、弧状に走る衝撃波が止むと、中空で、アルフが身体をくの字に折っていた。膝蹴りだ。紫色の衝撃波が消える前に決まっていて、アルフが血を吐く。
(――動きが、速すぎる……っ!)
マリアは絶望に心を染められるのを感じながら、目の前の出来事を凝視していた。
「データはデータらしくしていろ!」
ルシアーが空の右手を挙げると、金色の光球が一瞬で練り上がった。直径十メートルほど。光球を振り落とされた瞬間、目の前のフィールド、ほとんどが光の中に呑まれ、爆散した。一つ二つの爆破音ではない、連鎖反応を起こし、どんどん大きく広がっていく。
ドーム状の光の中から、アルフが吐き出されていった。まるでキューに突かれたビリヤードボールのように猛スピードで直線状に吹き飛んでいく。
だが、あの天まで届きそうな巨大な扉の前でアルフの龍が鋭く吼えると、身体を丸めて反転、器用に着地した。
「ぐっ……、ぁ!」
片膝が折れ、アルフの額から血が滴った。完全に、彼の息が切れている。
どう見ても重傷だ。
「ほぅ。さすがにしぶといな。貴様は代行者が収集したデータによれば、いまので完全に終わっていたはずだが」
「……この刀で、アイツと戦ったことはないんでね」
「なるほど。つまりソロンとディルナは誤差にやられたということか。だが所詮は被造物。大人しく消えるがいい!」
ルシファーの突き。直接壁が襲い掛かってくるような風圧を、アルフは床すれすれに頭を屈めて躱すや突きこんだ。狙いはルシファーの心臓。だが、右の手刀で剣先を落され無効。さらに槍が薙がれた。上体逸らしで躱し、バック転で距離を取る。一寸後ろをかすめる衝撃波。一発、当たりそうな風をアルフは無名で切り捨てた。
右。
振り向きざまルシファーの槍を受け流す、だが流し切れない。力に押され、やはり床を掻いて後ずさる。
アルフの口許の笑みが深くなった。
(……これが、創造主!)
背後からルシファーの蹴り。ひねって躱し、相手の足首めがけて右肘を落す。首の横、左手で受け流したものの、相手のソバットにのまれて身体が浮いた。
槍が落ちてくる。立て直しが恐ろしいほど速い。そのくせ隙がなく、まるでアレンの戦闘術とフェイトのディストラクションを兼ねたような男だ。バックステップで距離を、間に合わず胸板を斬られる、代わりに稼いだ一瞬で吼竜破を放つ、当たらず左遠方に移動したルシファーに嫌な予感が走った。
光の球。あの連鎖爆発を起こす巨大な球だ。
重い踏込音を立てて、アルフが疾風突きで飛び込んだ。金色の龍がアルフとともに駆け、啼く。
轟音、それも連続して沸き起こった。衝突とともに斬撃の嵐が両者の間で交わされる。霧散する光の球。今度はルシファーでさえアルフを退けられない。
連斬奥義『夢幻鏡面刹』。
刀が神々しいまでにまばゆい光を放ち、極限まで高められた気功が――あのディルナやソロンと戦ったときよりもさらに超スピードの身のこなしをアルフに実現させている。壮絶に底光る紅の狂眼。死と隣り合わせになるほど、その集中力が研ぎ澄まされていく。
「いいね。想像以上にいい相手だ、アンタ。まだこんなもんじゃないんだろ? 創造主の力ってのは」
「ならば望みどおりに消してやろう。0と1の集合体よ」
「ずいぶんこだわるじゃねえか」
言葉尻と同時、両者の強烈な斬撃が中央でぶつかり合った。同心円状に真空波が走る。
マリアの隣で唸り声。――アルベルだ。ようやく気を取り戻したアルベルが、戦うルシファーとアルフを見るや顔を強張らせる。
「大丈夫、アルベル」
「……マリア、動けねえのか。なら無駄口叩いてねえで、ソフィアかクリフが来るまでじっとしていろ、阿呆」
刀を杖代わりに立ち上がるアルベルを、マリアは歯痒い思いで見つめていた。だが、アルベルの視線はマリアではなく、目の前の戦闘――ルシファーとアルフに貼りついている。
強烈に高められた金色の焔。その中で映える紅の狂眼は、いままで見てきたどの殺気よりも鋭く、抜身の刃を背中に押し当てられているようなうすら寒さを感じさせる。
アルベルは息を呑んだ。
(この男、本当にただのFD人なのか……!? 遊び半分で勝負してたら間違いなくいまのアルフの殺気にやられるはずだ。それを真正面から睨み返してやがる……! 顔だけじゃねえ、こいつ。まさか……っ!?)
ルシファーの覇気に満ちた蒼瞳。
アルベルが思考している間に、縦横無尽に切り結ぶ両者が目まぐるしく立ち回る。轟音。幾度目かの剣戟でルシファーとアルフの刃が止まり、鍔迫り合いになった。
ぱらぱらと火の粉が漆黒の空間を幻想的に踊って、床に落ちていく。
「やはり、お前は俺たちが怖いのか」
「普通の人間は恐れないと思うか?」
両者の気がわっと膨れ、爆発するように風が吹き荒れた。素早く下がるアルフ。ルシファーは槍を薙いで衝撃波で追い立て、躱されたのを見るや目を細めた。
両者の距離が、一旦開く。
ルシファーの感情を押し殺した顔が、ゆっくりとブレアを見た。
「プログラムが同等の存在となり、我らの世界に干渉してきた……。ゲームの画面から登場キャラクターが外に出てきて、人を殺す。それがどれほど恐ろしいことか。――ブレア、お前はまだ分からないのか」
言葉の端に、苛立ちのようなものがあった。
静かに首を横に振るブレア。まっすぐにルシファーを見返して、彼女は言う。――命は、等価だと。
ルシファーが吐き捨てるように叫んだ。
「なにか起こってからでは遅いのだっ!」
「それでも起こり得るかもしれない可能性のために彼らの世界すべてを消そうと言うの!? 兄さん!」
「そこの男は、すでにFD人すべてを殺すつもりだ」
アルフを顎でしゃくると、ブレアの顔がわずかに歪んだ。
「それは……っ!」
「当然だ。自分たちの世界を守るために、我々の世界を攻撃しようというのは当たり前のことだ。だが、当たり前であろうがなかろうが、認められんのだ。どうしてもな……。私の手で創り出したゲームだ。すでに一人、犠牲になった」
「彼女は――!」
ブレアを遮り、ルシファーは手許の槍から視線を上げて、アルフを睨んだ。
「そしてさらに、今度はこんな連中が現れる……。これ以上、エターナルスフィアを認めるわけにはいかん。エレナがああなったときに、消しておくべきだった」
「でも、そんなことをしたら彼女の命が!」
「そう。それだけが唯一の心残りだ。だが、もはや一刻の猶予もない。エターナルスフィアの人間が、こちらの人間を殺すのも時間の問題だ」
「そうしてしまったのは兄さんじゃないっ!」
「ブレア。ゲームの世界からこちらに干渉できるとはどういうことか、お前は本当に理解しているのか? こいつらの世界は我らの世界と違い、憎しみと闘争に溢れている。冷酷で残虐な犯罪者どもがはびこる世界だ。
それと同化する術を残しておけば、こちらの住人が無事で済むものか。快楽を貪ることしか知らないのだぞ、皆はっ!」
ルシファーの顔が歪んでいた。そこにはFD人に対する憎しみのようなものが籠められている。変わらぬ日常、薄れゆく人間性――その世界でただ一人、確固たる思考と感性を持ったルシファーは、孤独だった。
「私は皆が、現実世界に住む人々が大嫌いだ! 誰もかれもが無気力、貼りつけたような薄笑い、時間だけが浪費されていく世界……っ! エターナルスフィアを作ることで、少しでも皆の思考が、意識が、はるか古代に失われた『個性』を取り戻し、喚起されればと願っていた。だが現実はうまくいかないっ。私がどれほどあの世界を嫌おうと、私があの世界の人々を見捨てるわけにはいかんのだっ! 私の、たったひとつの些末な欲望のために!」
「……そんな、そんなことを言っても……兄さん……」
「話はそれだけだ。ブレア。お前は下がっていろ」
それきりブレアを視界から外すルシファーを見、アルフが冷たく薄笑った。
「そうだな、ルシファー。決着をつけようぜ。互いに理解されない、愚か者同士」
「ではお前は、俺を理解できなかったのか。私ではなく、『俺』を。俺はある程度までは、理解したと思うがな」
アルベルが思わず息を呑む。ルシファーが『俺』と称したとき、彼の口調が明らかに変わった。――聞き知った、あの青年と同じように。
アルフは戦いのどこかでそれを感じ取っていたのか、さして驚いた様子もなく嗤っている。まるでアレンと対峙するときのように、残酷で、楽しそうに。
「ああ、確かに。俺は、アンタとは違う。アンタほど孤独ではないし――なにより、俺はこの戦いを望んでる」
「……どこまでもお前はお前だな、アルフ」
「アンタが求めてやまない自我ってやつだろ、これこそが。なぁ、ルシファー」
「そうだな。だからこそ、私の手で終わらせる。誰にも邪魔はさせん」
気が張り詰めた。離れた位置に居るアルベルでさえ感じる、ぴりっと静電気が通ったような緊張感。
手負いの身体で、単純に割りこめるような戦いではない。
両者が、構えた。