連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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90.エピローグ

 フェイトたちが改良型アンインストーラーを起動させると、宙に浮かんでいるはずの螺旋の塔が、地震を起こしたように揺れ始めた。

 

「これは……!?」

 

「次元震よ。エターナルスフィアすべての領域に干渉してるから、この特殊空間も揺れているの」

 

 エレナの言葉に、フェイトは頷いた。

 そして、エレナがブレアに向き直る。

 

「ここでお別れね、ブレア」

 

「ええ。……エレナ、貴方は本当に後悔しないのね?」

 

「ええ、もちろん」

 

 にべもなくエレナが頷くと、ブレアはそれ以上何も言わず、フェイトたちを振り仰いで、微笑んだ。

 

「必ず、世界を独立させてみせて」

 

「はい。いままで、ありがとうございました。ブレアさん」

 

 フェイトの言葉に、ブレアは首を横に振る。

 ルシファーがシステムに負荷をかけてまで使った三連朱雀吼竜破の影響で――この螺旋の塔が、いま崩れ去ろうとしている。

 ブレアは雷花がのたうつ紺碧の空を見上げて、残された時間が残り少ないのを悟るや、最後の言葉をかけた。

 

「皆。――がんばって」

 

 フェイトたちが一様に頷く。

 それから、ロキシ、リオナ、そしてエレナが開発ルームの中央にそびえるパイプオルガンに似た機械の前に立ち、それぞれが高速でパネルを叩き始めた。複雑にくるくるとモニターが現れては消え、FD文字が乱れ飛んだあとで――ついに、プログラムのスタンバイを完了する。

 

「三人とも。ここに特殊紋章を頼む」

 

 三人の技術者は互いに顔を見合わせ、確認を終えると、ロキシが代表してフェイトたちをふり返った。

 ロキシの眼の下には、くっきりと真っ黒な隈が出来ていた。アンインストーラーをムーンベースに持ち帰ってから、一睡もしていないようだ。頬は痩せこけ、顔色も悪い。

 それでも晴れ晴れとしたロキシの顔を見て、マリアは数秒、押し黙った。

 その間にフェイトとソフィアが、パイプオルガンの前に立つ。

 遅れたマリアを、じっとロキシが見返してきた。

 

「どうか私を信じてくれ。トレイター嬢」

 

 ロキシは決して、マリアをファーストネームでは呼ばなかった。

 ――それでも。

 彼の青黒い顔が、マリアたちが戦っている間、彼自身も一度も逃げなかったことを証明している。

 

 最後まで、諦めないと。

 

 その願いの連鎖によって渡された奇跡のバトンの前に、マリアもいま、立った。

 

「それじゃあ、私に合わせて」

 

 メインコンソールに立ったエレナが声をかける。

 

「行くぞ、二人とも!」

 

「うん!」

 

「ええ!」

 

 ディストラクション、アルティネイション、コネクション――。

 三人の額が白く輝き、三つの紋章陣が一つに重なる。

 すると雷が走るような、バリバリッという甲高い音が立った。巨大端末の手前の空間に、扉のような楕円形の光が浮かび上がる。

 そこに、次々と開発ルームの周囲で浮かんでいた時計のようなモノたちが吸い込まれていく。

 ――FD世界とエターナルスフィアが、分断され始めているのだ。

 

「こいつぁ、すげえ……」

 

「フン」

 

 模擬宇宙の星々をどんどんと呑みこんでいく巨大な光の渦。

 対して、螺旋の塔を構成するあの透明な床がバリバリと音を立てて崩れ落ちていく。

 下の階層はもうほとんど崩れ去ったと言っても過言ではなかった。

 

「ぃいっ!? オ、オイラたちも早く脱出しようぜ!」

 

 それを見て怯えたロジャーが拳を振り上げると、ソフィアが小さく頷いて、杖を掲げた。

 

「開け! 聖域を覆う鷹揚なる手。光に繋がる道となれ!」

 

 巨大端末(パイプオルガン)の手前――フェイトたちが立っている場所の傍に、ソフィアが新しい光の扉を繋げた。

 それはタイムゲートやモーゼル古代遺跡で見た、不思議な波紋を描く光の扉に似ており、ここを通れば、フェイトたちは元の世界に戻れる。

 皆、顔を見合わせてそちらに向かっていく。その中で、ナツメだけはいつまで経っても、歩き出そうとはしなかった。

 

「おい、どういうつもりだ! 阿呆!」

 

 いつも通り、最後尾を行こうとしていたアルベルが、光の扉の前で足を止める。

 

「ん?」

 

 フェイトも訝しげにふり返ると、ナツメがうつむいたまま、開発ルームで立ち竦んでいるのが見えた。

 

 その手に、アルフが消えたときに残った『無名』と、かつてアレンからもらったという『シャープネス』を抱えている。

 

「……わ、私、は……私はもうっ、いいんです……。だ、だからっ、みなさんは先に――」

 

「馬鹿野郎っ!」

 

 フェイトは反射的に身を乗り出した。すでに螺旋の塔の崩壊は始まり、このフロアにまで侵食し始めて要る。見る間にフェイトやアルベルのいる場所とナツメの間には五メートルほどの溝が出来上がっていった。

 

(くそ! ――ストレイヤー・ヴォイドならっ!)

 

 思うが、いまは世界を切り離す作業に全能力を使っているため、届かない。それでもナツメのリーフスラッシュなら、届く距離だ。

 問答無用で引き寄せられない歯がゆさを噛みしめながら、フェイトは声を張った。――説得すれば、まだ助けられる。ともに帰れる。いまなら。

 

「お前っ! アレンやアルフがなんのために戦ったか、知ってるだろうっ!? ここでお前が死んで、一体なにになるってんだよっ!

 僕たちは生きるためにここに来て、生き残るために戦ったんだろう! その覚悟を投げ捨てるのか!? アレンやアルフの想いを、お前が不意にしてどうするんだよ!」

 

「そんなのっ!」

 

 ナツメが甲高く叫んだ。

 

「そんなの、いらないっ! いらないんですっ! だって、だってもう……世界は救われたから、これから救われるんだから! だから私は――」

 

「阿呆! くだらねえことぐだぐだ言ってねえで、さっさと来やがれ!」

 

「ナツメ、話ならあとでいくらでも聞いてあげるわ! だからいまはとにかく、跳びなさいっ!」

 

「急いで、ナツメちゃん!」

 

「跳んじまえっ! ナツメ!」

 

「悩んでる場合じゃないよ!」

 

「ナツメ姉ちゃん! 急げって!」

 

 皆の言葉に、ナツメはただ首を横に振るだけだった。

 

「ギョロ! ウルルン!」

 

 フェイトが鋭く、ナツメの肩に宿る竜に叫ぶ。だが、双頭竜はナツメに寄り添ったまま、動かない。

 フェイトたちの絶叫も、次元のひずみの音にまぎれていく。

 

 

 ――ナツメよ。

 ――ホントに後悔しねえのか、こんな結末で。

 

 二匹(ふたり)の竜に、ナツメは無言で頷いた。火が爆ぜるような音を立てて、特殊空間の宇宙が、黒々とした紺碧の闇が砕け、割れ、裂けていく。

 炎の赤龍ギョロは、その壊れいく世界を見上げて言った。

 

 ――確かに奴ら二人の性格ならば、始めからFD世界との戦いに決着さえつけられれば、のちのことなど考えていなかったやも知れぬ。

 だが、お前に未来を生きてもらいたいという願いは、確かにそこにあったのだぞ。

 

 ――お前を待ってくれる奴らだって、あんなにいる。それでもお前は死を選ぶのか、ナツメ。

 

 氷の青龍ウルルンは、光の扉の前に立ち、こちらに向かって叫び続けるフェイトたちを見つめていた。

 次元のひずみは着実に開いていく。ナツメのいる足場がどんどん沈み、七メートル、八メートル、十メートル――……ついに、リーフスラッシュでも届かぬほどの厳然たる距離が、フェイトたちとの間に出来ていった。

 ナツメは右手で二振りの刀を抱えて、空いた左手で目許を拭うと、微笑った。

 

二匹(おふたり)には、感謝しています。本当に、感謝しきれないくらい、感謝しています……ギョロさん、ウルルンさん。私は二匹(おふたり)の力がいなければアレンさんとアルフさん、FD世界との戦いに参画することもできなかった。皆の足を引っ張るだけでした」

 

 そのあとに続く言葉を、ナツメは呑みこんだ。頭上、フェイトたちがいる光の扉を見上げながら、目を細めて

 

「――でもいまなら、オフィーリアさまも納得してくださいます。FD世界と戦って、私は死んだんだって。いまなら、オフィーリアさまを悲しませずに、二人と一緒に逝けるんです」

 

「ギャフ……」

 

「帰ったら、アレンさんの悪口とアルフさんを絶賛する声、たくさん聞かなきゃいけないから。事実とは違うもの、きっと受け入れなきゃならなくなるから」

 

「……フギャ」

 

 双頭竜が悲しそうに小さく啼いた。

 背中で、何者かが動いた。双頭竜が鋭く振り返る。――ルシファーだ。全身から漏電する姿に構うこともなく、近づいてくる。

 

「っ!」

 

 ――この期に及んで、皆の邪魔はさせねえっ!

 

 身を固くするナツメと、鋭く構える氷の青竜ウルルン。だがその片割れを、炎の赤竜ギョロが押しとめた。

 

 ――いや、待て。

 

 ギョロの言葉が終わるまえに、ルシファーが背中の黒い触手を広げる。

 ギョロを待たず、ナツメと氷の青竜ウルルンが打ち込んだ。ナツメがルシファーに勝つ算段などない。先手を打たねば、返せるものがなにもないだけだ。

 だが、アレンをも上回る体術の持ち主たるルシファーは、がくがくと全身を震わせながらもナツメの剣を容易く止めた。交差させた二振りの刀で、相手を十字に割くクロスラッシュ。

 それを見つめて、ルシファーが目を細める。

 

「…………」

 

「え?」

 

 壊れいく世界の中。騒音に紛れてかすかに動いたルシファーの言葉は、ナツメの耳には届かなかった。

 ただ、彼女が見知った表情を相手(ルシファー)に見つけて――驚いている間に、黒い触手がナツメを縛り上げた。

 強烈な紋章陣。

 

(これは――テレポート?)

 

 目を丸めている間に、ルシファーの足許が、その床が崩れ去った。ほどけていく触手。ナツメの視力を奪う、白い紋章陣の光。

 彼女は両手で顔を庇いながら、その隙間から、闇に落ちていくルシファーを確かに見た。

 

「――っ!」

 

 その彼に向かって叫ぶ。

 紋章陣が広がり、いよいよ視界が真っ白に染まった。砕け、割れて、崩れ落ちてくる宇宙をその目に見ることもなく、ナツメが紋章に呑まれていく――。

 

 

 

 

 

 

 フェイトが目を覚ました先は、抜けるような青空の下だった。背中をちくちくと何かに刺されている。――仰向けに倒れていた事に気が付いて身を起こすと、若草が青々と遠くの山間にまで生い茂り、その中央を、茶色い地道が左右に分けるように長く、伸びているのが見えた。ちょうど馬車二台分の道幅である。その路傍には三十センチ大の岩や、桜色の花をつける低木が生えており――ここが、かつてよく往路した、パルミラ平原であることに気がついた。

 

「フェイト!」

 

 頭上から聞こえた声に、顔を上げる。降り注ぐ太陽の下、聞き知った少女の声が、嬉しそうに弾んだ。ふり向くと、栗色の長い髪が風に揺れ、小さな顔に収まった大きな青い瞳が、フェイトを見て嬉しそうに細まるのが見えた。

 

「ソフィア!」

 

 眼が合うと、ソフィアが嬉しそうに頷く。

 

「それに――」

 

 彼女の後ろに、特殊空間で共に戦った仲間たちが立っていた。フェイトに背を向けているものの、皆、顔だけはこちらに向けて、嬉しそうに笑むや、それぞれ頷いてくる。創造主との激闘を物語るように、誰もが体中は傷だらけであったが、どこか晴れ晴れとしていた。

 

「よかった。成功――したんだな」

 

「うんっ!」

 

 安堵の息を吐く一方で、フェイトはこちらに戻ってくるとき――最後まで螺旋の塔に残った紋章剣士のことを思い出して、表情を曇らせた。

 

「それで、……ナツメは」

 

「ここに居る」

 

「――え?」

 

 聞けるはずのない声を聞いて、フェイトはこれ以上ないほど、目を見開いた。

 一瞬、鼻から唇にかけて震えが走る。

 ぶるりと身震いをしたあと、声の主を――仲間たちの後ろの方から聞こえてきたその人物を一目見んと首をめぐらせると――あの、紅い連邦軍服が二つ、皆の合間から覗き見えた。片手間にナツメをあやし、こちらをふり返っている。

 

「アレン! アルフ!?」

 

 それ以上は言葉にならない。道理で皆が自分に背を向けていたはずだった。理解するよりも先に、フェイトが身を起して駆け寄っていく。

 

「ふ、ぅ。ぇええっ! 置いてっちゃ、置いてっちゃダメだって、言ったのに、言ったのに……! どっちも嘘つきさんですぅぅ……!」

 

「んなこと言われても、こっちの都合でどうにかなる相手じゃなかったし。なぁ?」

 

「お前なんかまだいい方だ、アルフ。ルシファーを一発、殴れたんだろう」

 

「……あー。それが、ねぇ」

 

「なに?」

 

「いや、なんでもない」

 

 声を落とし、拳を握るアレンに、アルフが適当に手を振って話題を打ち消した。

 

「お帰りなさい、みなさん」

 

 そのときである。

 パルミラ平原の北東――ペターニから、クレア率いるシーハーツの面々が現れた。

 その中に、よくよく見れば、アクアエリー・クルーが混じっている。フラン大尉とヴィスコム提督。ロキシたち、ムーンベースから特殊空間にやって来たメンバーを、エリクールまで送り届けた連邦軍人たちだ。

 

「どうやら、無事に終わったようだな」

 

 ヴィスコムの、切れ長の目が一同を見て細まった。凛々しく彫の深い顔立ちに、穏やかなものが混じる。

 アレンが、罰が悪そうに顔をそむけた。その隣で、アルフが敬礼を返す。

 クレアが言った。

 

「あなたがたの事情は、ここにいる方たちからお聞きしました。――しばらくはシーハーツで、匿ってほしいとの旨を」

 

「っ!」

 

 アレンが眼を見開いてヴィスコムを見る。

 ヴィスコムはなにも言わず、ただ頷いた。アレンが拳を握って、一瞬、なにか言いたそうに唇を歪めた。だが言葉にはならず、その間に、副官のフランが短い金褐色の髪を掻いて言った。

 

「その代り、連邦(ウチ)に帰れるアルフ。お前には、これまで以上に、馬車馬のごとく働いてもらうぞ」

 

「……まじ?」

 

「大マジ。見ろ。俺の、この可哀想なほどにくっきりと出来た見事な隈を」

 

「えぇー……」

 

 地獄の底から捻り出したような低い声で、アルフが抗議していたが、フランは生欠伸をかみ殺すだけで、最後の最後まで部下の話を聞くそぶりを見せなかった。

 アレンの肩を、ぽん、と叩いて、フランが言う。

 

「ま、そう心配するな。アレン。お前の方もなかなか溜まってるそうだぞ。ね、ラーズバードさん?」

 

「ええ。シーハーツは戦争を終結したばかりで、いまだ国内は安定していません。クリムゾンセイバーとして、アレンさんたちが戻ってきてくださるのは、とてもありがたいことです」

 

「アレンさん“たち”……?」

 

 アレンとフェイトの声が重なった。

 後ろから、ロキシが言ってくる。

 

「フェイト。お前も、すぐには銀河に戻るべきではないだろう。状況が落ち着くまでは、こちらで面倒を見てもらった方がいい。そう思って、こちらのラーズバード女史に許可してもらったのだ」

 

「なん、だと……っ!?」

 

「それじゃあ、私も?」

 

「そういうことになる」

 

 人差し指で自分を指さして、首を傾げるソフィアに、ロキシは頷いた。

 続けて、ヴィスコムが言う。

 

「ロキシ博士にはこの後、研究内容についての事情聴取や、タイムゲートでの調査結果を再度報告してもらうなど、いろいろとやっていただかなければならないことが残っているんだ。――だが」

 

 そこでヴィスコムは、ロキシとともに特殊空間までやって来た、若き科学者、リオナを一瞥した。

 

「お前たちとの連絡係に、リオナ博士がこのエリクールに滞在することとなる。しばらくはそこの、エレナ女史の助手としてな。彼女たちのエクスキューショナー調査がうまく行けば、アレン。お前の現場復帰の可能性も、出てくるとのことだ」

 

「……!」

 

「とはいえ、問題は山積みよ? アレンくん」

 

 エレナをふり返りながら、アレンはやや、合点の行かない表情で、頷いた。戸惑ったような彼の反応に、エレナは微笑むだけで答えない。――この後、アレンがようやく、エレナがFD人であったことを知るわけであるが、そのときの驚きぶりは、ここでは割愛する。

 

 フェルプールの先祖返りたるリオナが、無表情ながらも猫耳をぱたぱたと震わせて、胸を叩いた。

 

「最善を尽くす。約束する、ガード」

 

「博士……。ありがとう、ございますっ」

 

 深々と頭を下げるアレンに、リオナはさらに猫耳をぴこぴこと震わせながらも無表情に頷いた。

 

 

 

 その後、クリフ、ミラージュ、スフレ、アルフ、ナツメは連邦艦経由でそれぞれの元居た世界に帰っていき、フェイトたち残りのメンバーはアルベルとロジャーを除いて、シーハーツに身を寄せることとなった。

 

 

 

 聖王国シーハーツが誇る、クリムゾンセイバー。

 世界を救った青い髪の英雄と、世界の敵に殉じようとした金髪の青年は、奇跡を起こしてアーリグリフの食糧難と、シーハーツの内紛を見事に治めた。

 そして幾月かの時を経たころ――彼らは、アーリグリフの国宝、クリムゾンヘイトを操る漆黒団長とともに、突然と姿を消したという。

 

 そのときの様子をアペリスの聖女、シーハート二十七世の双剣、クリムゾンブレイドたちはこう評した。

 

 

 

「あ・い・つ・ら……! また適当なところで仕事から逃げる気かいっ!?」

 

「今度は歪みのアルベルまで一緒だそうね? まあ、でもネル。とにかく落ち着いて……。どうせそのうち帰ってくるんだし、大目に見てあげれば」

 

「甘いよ、クレア! そうやって奴らを甘やかした結果が、いまなんじゃないかっ……!」

 

「……うーん」

 

 近頃、グリーテンの動きが活発になってきたという黒い情勢の中で――大陸の英傑と称される三人は、まるで周りの思惑などどこ吹く風と、気ままに旅に出てしまった。

 ネルは拳を震わせながら、きりりと窓を睨み据えた。

 

「仕方がない。こうなったら、奴らの首根っこ引っ掴んででも連れ戻るしかないね。行くよ、クレア!」

 

「あら、それならまず旅支度をしなくちゃ。――フェイトさんを追うのなら、ソフィアさんにも声をかけておかないと。あ、それにアルベル・ノックスと言えば、研究室のマリアさんにも話を通しておくべきよね? 久しぶりに、水入らずな旅ができそうね。ネル」

 

「……私たちは、遊びに行くんじゃないんだよ、クレア……」

 

 クレアが優雅に微笑んでいられたのはここまでで、件のパーティーに出会ったら実父のアドレーや、メノディクス族のロジャーまで同行していて、てんやわんやの大騒ぎとなっていった。

 

 平和な世の裏で、ネル・ゼルファーの苦悩が続いていった。

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