連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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「やっぱり間違いねえ! 指輪が光ってるじゃんよアレン兄ちゃん!」

 薄暗く狭い遺跡の祭壇の間で、黒髪の少年・ロジャーが高らかに叫んだ。今年で十四歳になる彼の背丈は昔と変わらず、ヒューマンの腰の高さもない。メノディクス族というタヌキを祖にもつ亜人の少年は、あどけない丸顔を好奇の色で輝かせて、ぴょんぴょんと跳ね回りながらアレンを見上げてきた。
 唸るように低く息を吐くアレンもまた、金髪の奥にある切れ長の目を細めて、自分の右人差し指にはめた指輪を見ている。

「エレナ女史からいただいたこの『星界の指輪』、FD世界のエネルギーに反応するとは聞いているがまさかまた(・・)光るとはな」

 消滅したはずの自分がこうして生きていることを含めて、いまの世界には不可思議なことが起きている。
 アレンの瞳と同じ色の蒼い宝石は、元創造主(F)側の世(D)界の住人()のエレナから贈られたものだ。解析不能のオーパーツをアレンたちが持っているスキャナーより高い次元で見抜く力がある。詳しい使い方はアレンもまだ測りあぐねているが、これまで創造主たちと戦ったあとの一年間だけ、この宝石は明滅を繰り返してきた。
 指輪の製作者、エレナは語る。『この世界は創造主の手を離れ、新たな理を得たわ。だからいま、その反動で世界は元の状態に戻ろうとする力が働いている。次元は乱れやすく、本来ならば有り得ない現象が起きてくるはずよ、世界が新しい状態に慣れるまでね』
 彼女の説明を裏付けるようにFD事変後の最初の一年は目まぐるしい事件にいくつも見舞われた。だが最近は静かなものだったのだ。
 アレンが奇妙な夢を見てこのモーゼル古代遺跡を訪れるまでの、いままでは。

「まずいぞアレン兄ちゃん! こんなことがフェイト兄ちゃんに知れたら『まだそんな指輪持ってたのか!? 絶対いわくつきだから早く捨てろってあんなに言ったろ!』ってどやすに決まってんだ! さすがのオイラもあのマシンガントークにはついてけねえぞ?」

 アレンがかすかに肩を揺らして笑う。視線をロジャーから祭壇奥の壁に移すと、その表情に覇気が宿った。本来は煉瓦造りの古めかしい石壁が、いまは水面を張ったように波打ち、光る渦へと変わっているのだ。

「懐かしいな……。モーゼル古代遺跡から創造主(ルシファー)のいる隔離空間に向かう次元の扉。これを俺が、まさか『ひと』としてくぐれる時がくるとは」

「ちょっ!? ちょ、ちょちょちょ! 待てよアレン兄ちゃん! こいつぁみんなに言うべきじゃんよっ? また変な空間(とこ)に連れてかれてモンスターばっかのダンジョンとか化け物サンタが出てくる洞窟とか女の子が世界をぶっ壊しにくる悪夢が起きるかもしんねえぜ!」

「その小さい女の子が世界を破壊する悪夢については、みながいたところでノックス団長が一緒に戦ってくれるくらいだろう。ほかはひとを盾に、我先に逃げんとする輩だからな……。特にフェイト、やつは許さん」

「………………。うふっ♪」

 急に黙り込んだロジャーが、頬に手をそえて、くねくねと体を揺らしている。
 アレンが話の終わりを察してロジャーをふり返った。

「心配ない。加勢が必要なら戻ってくる。どのみち偵察は必要だ」

「アレン兄ちゃん……」

「確証はないが、この扉の向こう側から『助けて』と声が聞こえるんだ。いまにも消えそうな、小さな声でな。俺はもう連邦軍人じゃないが、だれかが困っているなら助けたい。――もし、二日経っても戻らなければみんなにも伝えてくれ。頼む、ロジャー」

 アレンが言い終えるなり軍靴を鳴らして光の壁のなかへと消えていく。ロジャーは見送ったあとで、あわわわわわ、と叫びながら両手をふりまわし一路、故郷サーフェリオへと駆けていった。

【神に挑む者 第一話より抜粋】


なのはStrikerSにフェイトとアルフが迷い込んじゃった編
1.どうしてこうなった?


「おい、どうしてこうなった……?」

 

 フェイト・ラインゴッドは不思議そうに首を傾げた。クセのない青髪がさらりとこぼれる。秀麗な顔立ちはもう二十一歳を迎えたのにあどけなく、華奢な見ために巨漢も驚く膂力を持つ彼は、翡翠の瞳を見開いて、隣の青年を見やった。

 

「……ここは……」

 

 フェイトの隣にいる青年――アルフ・アトロシャスは銀髪にわずかに隠れる紅瞳を見開き、驚きと疑問が入り混じった顔だった。彼の反応を受け、フェイトがカッと目を見開く。

 

「知っているのか!? アルフ!」

 

「……まあな」

 

 アルフが盛大な溜息を吐いた。二人の前に広がっている森。その先に近未来的な都市がある。――彼等にとっては古典的と称するのが相応しい、幾何学的な都市。

 

「……ああ、関わりたくねえ……」

 

 遠く空を見上げるアルフを置いて、フェイトが首をひねりながら歩き出した。

 

「どうした? やってないでさっさと行くぞ、アルフ」

 

 森道を踏みしめると、フェイトの脚をすっぽりと覆う金属靴(グリーブ)が、カシャカシャと音を立てる。

 その彼の肩を掴んで、アルフが首を横に振った。

 

「べつの街、探そうぜ。……あそこはどうも性に合わん」

 

「却下だ! 僕は男二人で野宿する気はこれっぽっちもないからな! と言うか、僕は此処(ココ)がどこなのかすら分かってないんだぞ? 説明するならちゃんとしろよ、お前」

 

「…………仕方ない。かくなる上は」

 

「って、なんでそこで急に刀抜いちゃうかなコイツはっ! だから連邦軍人は嫌いなんだよっ!」

 

 言いながら、フェイトが腰の剣を引き抜いた。――いや、剣に見えたそれは、ただの鉄パイプ。陽光を浴びてキランッと光るそれを、フェイトが大真面目に正面に据えている。

 

「…………」

 

 アルフが鉄パイプを見つめた。

 ――なにも、この棒っ切れの実力を知らない訳ではない――。

 だが、

 なんか違うな……とつぶやくなり、刀を納めてしまう。普通の刀より鍔を小さく作ったアルフの刀は、銀河連邦軍の赤い制服――丈の長い上着(コート)にすっぽりと隠れた。

 フェイトは相手が得物を納めたのを見て、ふふん、と鼻を鳴らした。

 

「で。僕等の身に、なにが起こったんだ? アルフ」

 

 首を捻ると、アルフがうなずき――青空に浮かぶ白雲を見ながら答えた。わずかに目を細め、どこか悟ったような表情で。

 

「『クリフに頼まれて行方不明になったアレン捜査のためにタイムゲートを調査してたら、いつの間にか惑星ミッドチルダに来てました。』」

 

「リフレクトストライフっ!」

 

 気功で強化させたフェイトの蹴りを、アルフは軽くはたき落とす。次の瞬間には、コート下にひそんでいた刃をフェイトの首筋に突き付けていた。

 

「なんの真似だ?」

 

 殊更(ことさら)に鍔鳴り音を響かせ、アルフが茫洋とした紅瞳で、フェイトを見据える。

 フェイトが笑う。さわやかに。

 

「……惑星ミッドチルダってどこだよっ!?」

 

 否、爽やかだったのは一瞬だ。中指を立ててフェイトが怒鳴り返すと、アルフはフェイトの胸倉を離し、刀を納めた。

 

「銀河連邦に属する監視惑星。――つまり、この惑星を統括する上層部(おえらいさん)以外は、連邦のことを知らない星ってことだ」

 

「つまり、お前は帰る方法を知っていると?」

 

「お前が気合いでコネクションを再現すれば、俺はアクアエリーに帰れる」

 

「……こんの、役立たずっっ!」

 

 出来もしない無理難題を振られ、フェイトが思わず毒づいた。

 アルフがおもむろに溜息を吐いた。

 

「凡庸性低いな、お前……」

 

「お前もだろうがっ! 大体、お前さっき他の街を『探す』って言わなかったか? んなことやってる暇があるなら、さっさと帰る方法を探すぞ! 知った土地ならなおさら、やりやすいじゃないか」

 

「性に合わねえって言わなかった?」

 

「お前の意見は聞いてないっ!」

 

 無拍子で放たれたアルフの右ストレートを、フェイトはバックステップで回避していた。鼻で笑う。

 

「お前、僕がいつまでもやられてばかりだと思ったのか?」

 

「…………お前、得な奴だな」

 

 アルフがあきれたようにうなだれた。少しも緊張感を見せないフェイトは、アルフの闘争心をまったく駆り立てない。生死に関わるギリギリの勝負にしか興味を示さない狂人は、普段の生活では無気力なことが多かった。このフェイト・ラインゴッドという青年は、アルフの無気力な性格を全力に押し出す――死闘や緊張感とは縁遠い男だ。

 

「ハハッ! そりゃ僕は究極の愛の戦士だからね! No Fun,No SO!!」

 

「……まあ、いいか。お前を前面に出せば、俺の被害も減りそうだし」

 

「なんか言ったか、お前?」

 

「いいや。なにも」

 

 アルフが歩きながら、軍服のポケットから通信器を取り出した。

 

「それでコンピュータ。この惑星の暦で、いまは何年何月だ?」

 

〈――新歴七五年、四月です〉

 

「なら、ギリギリセーフだな」

 

「なにがセーフなんだ?」

 

 フェイトが首をひねる。ふり返ったアルフが、わずかばかり口端を上げて言った。

 

「『俺』がいるのかどうかってこと」

 

 行き先は、森の先にある市街地。

 紋章術とは似て非なる『魔法』の都――ミッドチルダである。

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

「監視惑星って、こんな感じなのか……」

 

 フェイトは空を見上げた。晴れ渡った青空に、恒星が十数個浮かんでいる。月よりも見た目が大きく、距離の近い惑星が多いようだ。

 視線を下ろすと目の前に広がっているのが、アルフの言う『時空管理局』だ。

 広大な平野にコンクリートビルが並んでおり、圧迫感を与えないように末広がりになっている。施設内の建物間を繋ぐアスファルト道路は真新しく、いくつもの交差点を作りながら続いており、その脇には豊かな芝生や人口樹が生い茂っていた。簡単に言えば、小さな街のようだ。

 アルフがふり返らず言う。

 

「お前も知ってのとおり、一口に監視惑星と言っても、文明はその星によって様々だ。俺達には関係ないが、フェイズガンやエリミネートライフル等の銃火器は『質量兵器』と呼ばれ、この惑星じゃご法度になってる。使うなら、気功術か紋章術。出身を訊かれたら、『地球』と答えろ。俺達の知ってる地球とはまた別の惑星が、この惑星(ミッドチルダ)では『地球』と呼ばれているからな」

 

「特務の任務で知ったのか?」

 

「そんなとこ」

 

 実際は若干違うが、アルフは訂正しなかった。時空管理局の正面玄関――自動ドアをくぐる。

 ちょうど女性が駆けてきていた。オレンジ色の髪をサイドテールにした女性の髪が、駆けるたびに弾む。白を基調にした出動服は皺一つなく、青いタイトスカートから見事な脚線美が覗いている。

 年齢はフェイトたちと同じくらいの、二十前後。

 アルフがその女性に向けて、無愛想に頭を下げた。

 

「どうも」

 

「――……え? えっ!? シャ……シャスっ!?」

 

 呼び止められた女性は、一瞬なにがあったのか分からず押し黙ったあと、素っ頓狂な声を上げた。何度も上から下までアルフを観察する。落ち着いた雰囲気だが、あどけなさの残る顔だ。

 彼女――高町なのはは、円らな青紫の瞳を見開いた。

 かつての教官――アルフが十二歳時に、戦闘技術を教え導いた女性は、彼の記憶のままの姿だった。穏やかで優しい彼女は、アルフが心から苦手とした人物でもある。

 

「こ、これは……! 一体どういうことなの……?」

 

 なのはがオロオロと視線をさまよわせた。アルフからすれば、昔は頭上にあった視線。それがいまでは小柄に感じる。アルフは驚いている彼女を見下ろし、溜息を吐いた。

 無理もない。

 彼女から戦い方を教わったのは、この惑星の暦で新歴七五年二月。

 

 今から(・・・)二か月前の(・・・・・)こと(・・)なの(・・)だから(・・・)

 

「えぇ~っと。なあ、アルフ。この女性(ヒト)は?」

 

 そういう事情を一切知らないフェイトは、なぜ目の前の女性が驚いているのか、見当もつかなかった。貝のように大人しくなった男を、半眼で見やる。

 

「って言うか、お前の知り合いならちゃんと紹介しろよ」

 

「まあ、待てよ。まずは教官の疑問を解いてからだ」

 

 アルフがなのはを顎でしゃくって言う。フェイトがとりあえず頷いた。

 

「どうも、高町教官。二月(ふたつき)ぶりですね」

 

「……う、うん……」

 

 なのはの表情が改まる。凛とした面差しの彼女は、若輩ながらもキャリアウーマンのオーラを持っている。だがその声はあどけなく、似合いの高音が朱唇から零れる。

 

「それで、……なにがあったの?」

 

「次元漂流ですよ。俺は貴方が知っている『俺』から、ちょうど九年後になります」

 

「次元漂流? シャスが?」

 

 アルフが一瞬、眉を動かした。それ以上の反応は見せず、左手でフェイトを示す。

 

「おかげさまで自分も軍人になりまして。こちらはフェイト・ラインゴッド。共に次元探査をしていた民間協力者です」

 

 急に話題を振られ、勝手な奴だな、とフェイトが眉を寄せながらも、なのはに会釈した。

 

「どうも、フェイト・ラインゴッドといいます」

 

 人当たりのいいフェイトは、万人に好かれる爽やかな笑顔を自重しない。整った容姿から零れる異性の笑顔に、なのはが困ったように笑いながら、楚々と一礼した。

 

「始めまして。高町なのはです。……そっか。調査中に巻き込まれちゃったんだね」

 

「ええ」

 

 心配そうに眉をひそめる彼女に、アルフが淡泊に頷く。

 十二歳のころ、特務となるため非合法でこの惑星の世話になったアルフは、惑星ミッドチルダ(こちら)では、『時空管理局』の辺境次元担当員として活躍していることになっている。

 そして、『質量兵器』――魔力を必要としない(だれでも扱える)物理兵器――を禁じるこの場所は、『監視惑星』に分類するには、あまりに高度な技術を有した惑星だった。

 

 例えば、『時空管理局』は宇宙航行する戦闘艦を持っているし、通信・映像技術は連邦軍をも瞠目させるものがある。だが、それらは一切、連邦には流れていない情報だ。クリエイション砲やフェイズガン、この惑星で『質量兵器』に分類される物の多くが、銀河連邦に存在するためである。

 

 とはいえ、相手の持つ高度な技術は、連邦も管理局も互いに興味のある代物。その為の『監視惑星』という隠れ蓑が働いた。彼の父――エイダ・アトロシャス(クラス)の大物政治家でなければ、連邦でもこの事実を知る者はいない。その逆も然りだ。時空管理局でも上層部しか知らない情報故に、なのはは『銀河連邦』の存在自体を知らなかった。

 

(言葉さえ気をつけりゃ、早々バレることはねえ。ただし、文明の利器は使うなよ)

 

 アルフがそうフェイトに耳打ちした。役割としては、時空管理局も銀河連邦と変わらない。軍、警察、裁判所と言った世の秩序に関わるすべてを担う機関だ。違いと言えば、世界の捉え方が『惑星』ではなく『次元』であることくらいだ。

 フェイトがサッと髪をかきあげた。

 

「任せろ。僕ぁ未開惑星にいたんだよ? これくらいの環境変化、余裕余裕♪」

 

「黙れこの馬鹿」

 

 アルフの鉄拳が唸った。

 

「とぁっ!? この野郎! なにしやがる!」

 

 サイドステップですかさず(かわ)し、フェイトが抗議の声を上げた。が。すぐに視界が黒く染まる。アルフの顔面鷲掴み(アイアンクロー)が決まっていた。骨の軋む音を盛大に立てて、フェイトが片手で持ち上げられた。こめかみを潰さんばかりのアルフの指を、全力で殴りつける。

 

「この野郎っっ! 僕のプリティフェイスを潰す気かっ! 調子こいてんじゃねえぞ! この凡人がぁあっ!」

 

「言葉に気をつけろって言ったよな? ……フェイト」

 

「痛でででででっ! 離せっ! 離せぇええええっっ!」

 

 ガンガンッと手首を殴るフェイトを見下ろし、アルフはパッと手を開いて解放した。着地すらままならず、尻もちをついたフェイトが、顔をさすりながら睨んでくる。

 

「ったく! いきなりなんなんだよっ!」

 

(×未開惑星。――OK?)

 

 視線で誤りを指摘すると、フェイトがハッと目をみはった。

 大声で笑う。

 

「それで、なのはさんっ! 僕ら、元の世界に戻るにはどうしたらいいんです?」

 

 突然話題を振られ、なのはがきょとんとしながらも微笑んだ。

 

「じゃ、じゃあ……次元漂流しちゃったときの状況、詳しく教えてもらえるかな?」

 

「はいはい。あれはストリームで――」

 

 アルフの平手が、フェイトの脳天に決まった。

 

「っ()! なにすんだ、お前っ!」

 

 後頭部を押さえながら、フェイトが睨み上げる。アルフは無表情に首を振った。

 

(×ストリーム。――OK?)

 

 FD事変は、『現在』より九年後に起きる事件である。特にストリームやタイムゲートと言った、直接FD世界に関わる情報は、フェイトたちの世界でも極秘中の極秘事項だ。タイムゲートを知らないこの土地で、ストリームの話は出来ない。

 『時空管理局』と『銀河連邦』の上層部が繋がっているなら、尚のことである。

 

「あー」

 

 ポンッと手を叩くフェイトに、アルフの眉間に、早くもしわが寄った。

 

「お前、わざとじゃねえだろうな?」

 

「いや、エリクールに長くいるとどうもその辺の感覚鈍っちゃってさ。詳しく言わなきゃ大丈夫だろ? 連邦軍人(アレン)だってあんまり気にしてなかったぞ」

 

アレン(あほ)を見習うんじゃねえ」

 

 紅瞳に光が宿る。常人ならばその眼を向けられただけで(すく)み上がる、猛烈な殺気。

 だがフェイトは高笑っていた。

 

「OK、OK。わかったよ、シャス(・・・)!」

 

 鈍い打撃音。

 

「痛ぇっ!?」

 

 営業スマイルを向ける暇すら与えられず、フェイトは左頬を殴られた。あまりのアルフの本気ぶりに、フェイトがパチパチと瞬く。

 無表情な彼は、ん? と小首を傾げながら、フェイトを見据えていた。

 

「つーかお前、……なんでシャスって呼ばれてんのよ?」

 

 めげずに問うてみる。アルフは不快そうに眉間にしわを寄せて、答えなかった。

 

「あ、あの……」

 

 取り込み中の二人に、なのはが恐る恐る割り入った。

 

「シャス……、ちゃんと友達出来たんだ」

 

「……まあ」

 

 実際友達などという認識はなかったが、アルフが適当に頷く。

 なのはが安堵したように笑った。

 

「フェイト君……だよね? こんな所で話し込むのもなんだから、場所、変えよっか?」

 

「よろしいんですか、高町教官。出動予定だったのでは?」

 

 出会いがしら、なのはが血相を変えて駆けてきたので、アルフはこう訊ねた。

 なのはが微笑む。

 

「うん。強いリンカーコアの波動が感じられたから、調査してきてって頼まれたんだけど……その波動の正体、君達二人みたいなの」

 

「りんかーこあ?」

 

 首を傾げるフェイトを肘鉄で黙らせ、アルフは、そうですか、と頷いた。

 

(んだよっ! 初めて聞いたんだからしょうがないだろっ!)

 

(後で聞けよ、お前)

 

(忘れたらどうするっ!)

 

(流せば?)

 

 原始的に(ささや)き合う二人に、なのはが苦笑した。

 

「フェイト君は……ううん、フェイト君も地球出身の人?」

 

「え? あ……はい!」

 

「なら、知らないのも無理はないかな。リンカーコアって言うのはね、私達魔導師の魔力の源。大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積したり、体内の魔力を外部に放出するのに必要な機関のことだよ」

 

「そうなんですか……!」

 

 顎に手をやりながら頷くフェイト。

 

「って、普通に訊けるじゃないか! この野郎っ!」

 

 鉄パイプがヒュンッと空を切る。神速に近い振り下ろしを白羽どったアルフが、

 

 ――お前は一つ油断すると、三つも四つも五つもボロが出るだろうが。

 

 視線で苦言を呈するが、フェイトには通じなかった。哀しい言葉の壁である。

 アルフが溜息を吐く。もういいや、と口の中でつぶやいた。

 

「とりあえず、八神隊長の所に行こっか?」

 

「そうですね」

 

 なのはに頷いて、アルフがスタスタと管理局の奥へと向かう。フェイトが、あ、待てよ! と声を上げながら追ってきた。

 

 

 

 

 時空管理局――フェイトたちの世界で言うところの銀河連邦軍――には、機動六課という部隊がある。

 物理兵器のすべてを禁じられた惑星ミッドチルダにおいて、犯罪の抑止力として使われるのは『魔法』である。時空管理局が生み出した魔法主義は徹底的で、物理兵器の使用は全面的に禁じられ、各個人が有する魔力に応じて魔導師ランクが設定されている。

 

 なかでも、フェイトたちが向かった時空管理局機動六課はエース・オブ・エースと呼ばれる最強魔導師、高町なのはを始めに、最上級(オーバーS)ランクの魔導師達が首を揃える強豪部隊だ。

 任務内容はオーパーツ(ロストロギア)の捜査と管理。

 自分達の技術をもってしても解明できない古代遺産が、心なき人間や周辺地域に影響を及ぼす前に回収するのが、主な仕事である。

 

 八神はやてという機動六課課長――自分と同い年くらいの女性にそう説明され、フェイトは、はぁ、と曖昧にうなずいた。

 部隊長オフィスは、広くも狭くもない、五人対峙してちょうどいい大きさの部屋だ。部屋の奥にはやて用の執務机と、誰が使うのか分からないミニチュア執務机が並べて置かれており、背面に大きな窓がある。フェイトは毛並みのいい絨毯を踏みながら、老人のように目を細め、うんうんと頷いた。

 

(ちょっとソフィアに感じが似てるからかな? 可愛い人だな~。はやてさん)

 

 肩にかかりそうな栗色の髪を飾っているのか、左のこめかみあたりで赤いヘアピンをバッテンにして留め、更に黄色のヘアピンを二本、平行に差している。なのはよりもあどけなさを残した彼女は、大きな青色の瞳をこちらに向けて、おっとりと笑った。

 

「それにしても、たった二か月で成人したシャスに会うなんて。さすがの私も驚いたわ」

 

 視線を向けられたアルフが、若干嫌そうに目を細めた。フェイトが腕を組んで問いかける。

 

「あの……つまり、はやてさんの言うことを要約すると、ですよ? 僕とアルフは『次元探査』中に事故に遭い、時間と場所を漂流してしまった……ってことでいいんですよね?」

 

「うん。それで間違いないと思うよ。私らが、シャスと別れたんは二か月前のことやし。その時の彼は、まだ十二歳やったもんな」

 

「背もこのくらいで、可愛かったんだよ」

 

 はやての後を継いだのは、金髪を太腿まで伸ばした、しとやかな女性だ。こちらもなのはやはやてと同じ年嵩で、凛とした静かな印象を受ける。なのは達よりも肌が白く、目鼻立ちがくっきりしていて、瞳は赤い。黒の軍服を着ており、タイトスカートから伸びる脚線美が、黒タイツで固められている。

 身長はなのはよりも頭半分ほど高く――一七七センチのフェイトにしてみれば、似た背格好の二人だった。ぴっちりと軍服の前を閉じているが、胸の豊満さは隠し切れていない。

 名前は、フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウン。

 難しいセカンドネーム以降を聞き流したが、自分と同じファーストネームだけはばっちり覚えた。

 

「そうなんですか……」

 

 アルフの小さい頃に興味はないが、青年(フェイト)は愛想良く相槌を打った。

 なのはが微笑する。

 

「それと、さっきフェイト君が訊いてた『シャス』って呼び名の由来は、フェイト隊長の使い魔と同じ名前だったからなんだよ?」

 

「そう。――だからすごい偶然だ。シャスに続いて私と同じ、フェイトって名前の人に出会えるなんて」

 

「僕も、貴方のような綺麗な方と同じ名前で光栄です!」

 

 キランッと擬音が聞こえそうな笑みを浮かべて、青年(フェイト)がすかさず、令嬢(フェイト)の手を取った。線の細い彼だが、ハラオウン嬢はそれ以上に華奢だ。

 

「あ、うん……」

 

 突然の青年(フェイト)の行動に驚いて、彼女が目を丸くしながらうなずく。

 はやてが笑った。

 

「それじゃあ次元漂流者の方のシャスが、この時代の自分と出会わん為にも、しばらくは機動六課(ウチ)で面倒見よか!」

 

「八神隊長。俺は――」

 

「分かってるよ。アトロシャス家は遠方の大財閥やからな。ここにいるシャスのことは、私らだけの秘密や」

 

「助かります」

 

 無愛想に礼を言うアルフに、はやてが人懐こい笑みを浮かべて頷いた。視線を、青年(フェイト)に向ける。

 

「そういうわけで、よろしくな。フェイト君」

 

「はいっ! はやてさん」

 

 青年(フェイト)が間髪置かず頷いた。

 アルフが眉を寄せる。

 

「それで八神隊長。こいつは改名しなくていいんですか?」

 

「え?」

 

 問われ、はやてがアルフと青年(フェイト)を見比べた。ああ、と破顔した彼女が得心して頷く。

 

「そう言えば、フェイトちゃんが混乱せんように『シャス』って呼び名付けたんやったな……」

 

「じゃあ、フェイト君の呼び名も考えます?」

 

 なのはに問われ、はやては、う~ん、と唸りながら腕を組んだ。

 令嬢(フェイト)も顎に手をやって、中空を見据える。

 

「ラインゴッドだから……、呼ぶなら……ライ……かな?」

 

「『ライ』……なんか、新しい響きですね」

 

 令嬢(フェイト)が付けた呼び名に、青年(フェイト)が嬉しそうに胸に手を当てる。はやてが人差指を額にやって、ん~、と更に唸った。

 

「でも。やっぱりフェイト君は『フェイト君』の方がしっくりくる気がするな。民間協力者やし、無理に考えん方がええかも」

 

「それもそうだね」

 

 はやての言葉に、令嬢(フェイト)があっさりと頷く。なのはが苦笑しながら、二人に言った。

 

「それじゃ、そういうことで。これからよろしくね。フェイト君。シャス」

 

「こちらこそ、よろしくおねがいします。なのはさん、フェイトさん、はやてさん!」

 

(…………納得いかねえ)

 

 爽やかな笑みを浮かべる青年(フェイト)の隣で、アルフが首を傾げたが、彼の主張は誰に聞き止められることなく散っていった。

 

 

 

 ビーッビーッビーッビーッ!

 

 けたたましいサイレンが鳴り響き、青年(フェイト)が宛がわれたベッドから跳ね起きた。

 

「なんだなんだなんだぁっ!?」

 

 二人一部屋の部隊宿舎には、俗に連邦の狂人と恐れられている同居人が居る。

 

「……緊急警報だな。教官達の出動要請だろ、多分」

 

 眠そうな声で答えたアルフは恐れられる要素を微塵も感じさせず、もう一度目を閉じようとしている。青年(フェイト)が笑った。さわやかに。

 そしてアルフを、布団ごと蹴り飛ばしてやった。

 

「リフレクトストライフ!」

 

 直撃を食らったアルフが、布団の中で絶句する。

 

「いきなり何の真似だ?」

 

 布団から跳ね起きた彼は、青年(フェイト)の顔をガッと掴むなり、紅瞳を細めた。痛ででっ、と叫びながら青年(フェイト)が首を振る。

 

「なに言ってんだよ! 皆の一大事なんだろ!? それこそ僕らの出番じゃないかっっ!」

 

「なら一人で行ってこいよ。六課の場所は聞いたろ?」

 

「ここって、広いんだよねっ!」

 

 パチンと愛らしくウインクしながら、来いよっ! と爽やかに手招きする青年(フェイト)

 要するに、地形を覚えていないのだ。彼は。

 アルフが溜息を吐いて、パッと青年(フェイト)を解放した。

 

「つくづく面倒臭いな、お前」

 

「だって! なのはさん達の役に立つ時だろっ! がんばったら誉めてもらえるチャンスだろ! な! な!」

 

 まるで子犬のように目を輝かせる青年(フェイト)

 アルフが左手で顔を覆った。溜息を吐く。

 

「……こいつよ」

 

 のろのろと動くアルフを引っ張って、青年(フェイト)達が機動第六課の集結するヘリポートに向かったのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 

 

 軍用ヘリのプロペラが、騒音を立てる。

 

「なのはさぁ~~んっ!」

 

 ヘリ搭乗口に集結した六課メンバーを見つけるや、青年(フェイト)は大手を振って声を張り上げた。

 

「フェイト君っ!?」

 

 なのはがふり返る。

 彼女――高町なのはは、前線部隊のエース・オブ・エースにして戦技教官だ。前線部隊の分隊長としての顔と教官としての顔を持つ。いまは自分の教え子たる四人の新人魔導師を率いていた。

 アルフは管理局式の敬礼を取り、騒音に負けない程度の声量で言った。

 

「高町教官。居候の身として、及ばずながら協力しますよ」

 

 その申し出に、なのははキョトンと瞬いたが、すぐに表情を改めると、こくりとうなずいて青年(フェイト)達をヘリに誘導した。

 

「――それで。シャスは、魔法使えるようになったの?」

 

「それなりには」

 

 機内にて。

 『管理局メンバー』として扱われているアルフは、なのはの問いにあっさりとうなずいた。正確には『魔法』ではなく『紋章術』だが、問題はない。アルフも青年(フェイト)も、紋章術ではなく、剣術で戦うのだから。

 青年(フェイト)は対峙するように座った、四人の新人魔導師達に笑いかけた。

 

「えっと。急な時に出くわしちゃったけど、僕はフェイト・ラインゴッド。よろしくね、みんな」

 

「それより。出動内容について説明お願いします、教官」

 

 機内は半ば戦場だ。挨拶を交わそうとする青年(フェイト)を押し止めて、アルフが真剣な眼差しをなのはに向けた。

 

「うん。実は、レリックらしきロストロギアが見つかってね。場所はエイリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中」

 

(レリックって何だよ?)

 

(オーパーツの一種)

 

(エイリ……なんとかって?)

 

(山)

 

(ハハッ! なるほど。分かんないや)

 

 青年(フェイト)が密かに額を叩き、笑った。

 アルフが気にせず問う。

 

「移動中ってことは、密輸ですか?」

 

「多分ね。でも、山岳リニアレールは今、内部に侵入した『ガジェット』の所為で、車輌の制御を奪われてるの。リニアレール車内のガジェットは、最低でも三十体。大型や飛行型、未確認タイプも出てるかも知れない」

 

(ここでガジェットって何? って聞いちゃダメなんだろうね……)

 

 青年(フェイト)の耳打ちに、アルフが肩をすくめた。

 

(どうせ行けばわかるだろ)

 

(ごもっとも)

 

 

「新デバイスでぶっつけ本番になっちゃったけど、練習通りで大丈夫だからね?」

 

 なのはは優しく新人隊員に話しかけた。青年(フェイト)の真向かいに座っている四人が、こくりと頷く。

 

「はい!」

 

「がんばります!」

 

 緊張した面持ちで答えたのは、十五歳くらいの二人の少女だった。

 

(こんな歳でもう働くのか?)

 

 そう思って青年(フェイト)が注目したのは、十五歳くらいの少女二人――ではなく、それよりもさらに年下の、十歳くらいの少年と少女だった。FD事変さえなければ、まだ学生身分の青年(フェイト)にとっては、カルチャーショックと言ってもいい。特に十歳くらいの――ピンク髪の大人しそうな女の子が、緊張で強張っているのが、空気を通して伝わってくる。

 初陣故の緊張――とは少し違うようだった。

 

「エリオ、キャロ! それにフリードも、しっかりですよ!」

 

 その少年と少女に、そして少女の隣に座っていたチビ竜に向かって、三十センチくらいの妖精が発破をかける。妖精の背中には羽は生えていない。

 

「はい!」

 

「はい!」

 

「クゥ~」

 

 声をかけられた二人と一匹が返事する。

 青年(フェイト)は妖精を見て、思わず目を瞠った。

 

「なぬっ!?」

 

 まじまじと妖精――銀色の長い髪の少女、リィンフォース(ツヴァイ)を見つめる。

 中空をすいすいと飛び回るリィンフォースⅡは、青年(フェイト)を見て、にこりと笑った。ティンカーベルよろしく、可愛らしい笑顔だ。彼女はこのヘリに搭乗しているメンバー達と同じ、機動六課の軍服を着ている。

 本当は『妖精』ではないのだが、青年(フェイト)の中ではこの瞬間から、リィンフォースⅡは『妖精』という認識で決定された。

 

「どうも、こんにちはっ。私はリィンフォースⅡ空曹長です。よろしくお願いしますね! フェイトさん」

 

「あ、ああ! こちらこそ!」

 

 驚きはしたものの、目の保養になるなぁ、と満足げに頷き、青年(フェイト)は視線をなのはに戻す。

 なのはは居並ぶ新人達を見つめて、力強く言った。

 

「危ない時は、私やフェイト隊長、リィンがフォローするから。おっかなびっくりじゃなくて、思いっきりやってみよ?」

 

「はいっ!」

 

 新人隊員達は、覇気のある声で答えた。リィンと言うのは、リィンフォース(ツヴァイ)の愛称だ。

 緊張した面持ちの新人の中でもやはり、ピンク髪の少女の顔色が冴えない。隣に座っていた赤い髪の少年が、心配そうに声をかけた。

 

「……キャロ、大丈夫?」

 

 びく、と少女――キャロの身体が震える。白い肌と青紫色の瞳、ピンク色の髪の可憐な雰囲気を持つ少女は、緊張の面持ちで微笑した――つもりでいた。気弱に垂れた眉が、少女の儚さを助長させる。

 

「ご、ごめんなさい……大丈夫」

 

 彼女は小さく答えた。しかしまた俯いてしまう。

 と。

 ぬっ、と。青髪の青年がキャロの前に現れた。

 

「キャッ!?」

 

 青年(フェイト)である。

 突然の出現に驚き、キャロが目を丸める。十歳の少女らしい、あどけない表情だった。

 青年(フェイト)は、ふ、と穏やかに笑んだ。先ほどまでの軽いノリではなく、相手を労わるように、穏やかに。

 

「キャロ……って言うんだね。大丈夫。うまく出来るよ」

 

 青年(フェイト)はそう言って、少女が膝の上で堅く握っている拳を、ぽん、と叩く。

 キャロがきょとんと瞬いた。

 

「あ、あの……」

 

「なんとなくだけど……。君は、自分自身に(・・・・・)怯えてるように見えたから、さ。でも、……心配しないで。たとえどんな事があったって、僕が守ってやるから。――安心して」

 

「!」

 

 キャロの円らな瞳が、大きく見開かれる。青紫色の瞳が揺れ、彼女は膝に置いた拳を、ぎゅっと握り締めた。

 何気ない、キャロ以外の人間にとっては珍しくもない励ましの言葉だ。だが青年の言葉は彼女の心を見透かすように、深い部分に染み込んで来る。

 キャロが返事も出来ずに息を飲んでいると、フェイトは優しく笑って言った。

 

「ね?」

 

 かつて大切な人(ソフィア)に元気づけられた時のように。

 キャロの危険を承知でいながら、“頼って来い”と言うように。

 

「……ぅ……!」

 

 キャロの目に、自然と涙が溢れる。それをキャロが堪えていると、青年(フェイト)は、くしゃ、と彼女の髪を撫でた。セミロングの彼女の髪が、それに合わせて小さく揺れる。

 

「キャロ。難しい事は置いとけばいい。今、君に大切なのは自分を信じること。自分を好きになるってのは、時に何よりも強いんだから」

 

 ニッと微笑った青年(フェイト)は、降下ポイントでヘリのハッチが開かれるのと同時に、立ち上がった。

 キャロ以外の新人隊員達が、不思議そうに青年(フェイト)とキャロを見る。

 そんな視線に気付かず、青年(フェイト)が腰から取り出すのは――青年(フェイト)愛用、鉄パイプ。

 

 シャキーンッ!

 

 美しい光沢を放つ鉄パイプに、こくりと頷いて、青年(フェイト)はなのはを振り仰いだ。

 

「それで、僕らどうやってリニアレールに行くんです?」

 

「フェイト君って、空戦魔導師なの?」

 

「へ?」

 

 首を傾げる青年(フェイト)に、なのはが苦笑すると、優しく微笑んだ。

 

「じゃ、リィンが合図するまでもう少し待ってて。私は今から出てくるけど、皆もがんばって、ズバッとやっつけちゃおう!」

 

 最後は新人隊員に向けての言葉だった。

 不安げに並んだ四人が、緊張の面持ちで小さく頷く。

 

「はい!」

 

「それじゃ、行ってくるね!」

 

 なのはが隊員達に頷き返すと、いとも簡単に――ヘリから飛び降りた。

 

「なっっっ、にっっ!?」

 

 青年(フェイト)が目を瞠る。

 落下する彼女を見つめ、青年(フェイト)はしかし――、周りの誰も驚いていない事に気付いた。

 

(あ、なるほど! つまりこの地帯は、重力場が働いてるのか)

 

 一人、ポンと手を打つ。彼がアルフを一瞥して、グッと親指を突き立てた。

 

「それじゃ、二番フェイト・ラインゴッド! 行ってきます!」

 

 パチンとウインクする青年(フェイト)。人の話を微妙に聞いていないのが、フェイト・ラインゴッドである。

 リィンフォースⅡが目を丸めた。

 

「あの、降下ポイントはまだ――」

 

 説明しようとする空曹長を制して、アルフは長い指を口許に当てながら、頷いた。

 

「行って来い」

 

「おうっ!」

 

 青年(フェイト)が力強く頷くと、後は振り返らずになのはと同じく空中へダイブした。

 次の瞬間。

 

「レイジングハート、セェットアーップ!」 

 

 中空でなのはが、首から提げているペンダントに向かって叫んだ。ペンダントの赤い宝石が、強く輝く。

 

 カァアアアッ!

 

 赤い宝石――『レイジングハート』が、激しく輝き、光でなのはを包む。

 そして――、光が晴れた時には、なのはは茶色の機動第六課の制服では無く、魔導師の戦闘服――飛行可能なバリアジャケットと呼ばれる白い服装に変わっていた。ペンダントだった宝石は三センチ大から十センチ大まで巨大化し、一本の白杖へと姿を変えている。

 なのはの両靴には白い光の羽根が宿り、彼女が赤い光を発しながら中空を滑空した。

 

「スターズ(ワン)、高町なのは。行きますっ!」

 

「え?」

 

 青年(フェイト)は思わず、大空の中で瞬いた。

 

「重力制御じゃない……だとぉおおおおおおっっ!?」

 

 見る間に、なのはが空中型ガジェット隊――飛行型敵機に突っ込んでいく。

 青年(フェイト)の顔色が、一瞬で蒼く変わった。

 ヘリに残ったアルフが、くく、と喉を鳴らす。

 

「期待裏切らねえな。あいつは」

 

「落ち着いてる場合じゃありませんっっ! 助けないとっ!」

 

 銀髪の妖精――リィンフォースⅡが目を白黒させて魔法陣を展開する。アルフがそれを制し、顎で青年(フェイト)をしゃくった。

 

「心配ねえって。――ほら」

 

「ソフィアぁああああああ! 僕に力をぉおおおおお!」

 

 中空で叫ぶ青年(フェイト)の身体が、白く輝き始める。

 瞬間。

 

 ばさっ!

 

 白い翼が、青年(フェイト)の背に浮かび上がった。額に輝く紋章陣が、彼の背に女神を呼び寄せる。

 

「なっ!?」

 

 リィンフォースⅡが目を瞠った。

 

 強力な魔力――それも桁違い(・・・)だ。

 

 落下する青年(フェイト)の身体が、重力に逆らって降下速度を緩める。

 そこで――、

 スッと顔をあげた青年が、山肌の線路を走るリニアレールを見据えた。

 

(あれが、なんとかってやつを積んでるリニアレールか……)

 

 と、

 彼はふと瞬いた。

 この背中の翼は、残念ながら空を飛ぶものではない。

 

(……お、おいっ! 僕はイセリアル・ブラストを、一体どこに向かって放てばいいんだっ!?)

 

 鉄パイプに溜まった紋章力。それは、バンデーン艦を消滅させる一歩手前くらいにまで膨れ上がっている。

 青年(フェイト)は大量の冷汗を感じながら、視線をさまよわせた。

 

(い、いかんっ! このままでは僕が、リニアレールを消し飛ばしてしまうっ!)

 

 

「リィンフォース曹長。敵の現在地は?」

 

「北西七〇八ですけど……どうする気ですか?」

 

 リィンの質問には答えず、アルフが中空のモニターに視線を走らせた。エイリム山岳丘陵地区全域の三次元地図。飛行型ガジェットの分布。様々な情報が、アルフの目に飛び込んでくる。

 

「この辺りに、味方はいます?」

 

 モニターを指して問うと、リィンが首を振った。

 

「いえ。まだなのはさんもフェイトさんも、このポイントには着いていません」

 

「了解」

 

 アルフが一つ頷くと、中空で巨大な力を溜めている青年(フェイト)に向かって叫んだ。風精(シルフ)で拡声して。

 

「フェイト! 右に三十度、上に五度切れっ!」

 

 

 カッと青年(フェイト)の目が見開かれる。

 瞬間。

 白く輝く青年は、右に三十度、上に五度――身を切るつもりで態勢を整えた。

 

「ぅぉおおもかじっ、いっっっぱぁあああいっっっ!」

 

 叫ぶと同時、白い翼を背負った青年(フェイト)が、飛行型ガジェット――がいるとは知らない方角を見据えて、鉄パイプに宿った紋章力を一閃した。

 額の紋章が、強く輝く。

 

「イセリアル……ブラストォオッ!」 

 

 ――……コォオッ!

 

「うぉわっ!」

 

 軍用ヘリの舵を握るパイロットでも、思わず目をつむった。それほど強烈な光が、辺り一面を白く染める。

 飛行型ガジェットが居るのは、三千メートル先の上空。

 突如現れた白い光の矢は、ガジェットが存在したと思われる空域で、わずかばかりに赤い爆発を(まと)いながら、青空を突き抜けた。

 

 

「と、ととととっ!」

 

 青年(フェイト)が叫びながら、リニアレールに無事着地する。

 

「フッ、さすがシャス! 僕の落下ポイントまでキッチリ計算したねっ!」

 

 上空に向かってグッと親指を突き立てたが、米粒ほどにしか見えないヘリ機内の相棒からはなんの反応も返ってこなかった。

 

 

 ざわっ!

 

 前線状況を見ていた機動六課司令部に緊張が走った。

 デバイス――いわゆる、『魔法の杖』の役目を果たす道具もなく放たれた、白い光の矢。

 それが、時空管理局がこれまで計測してきたエネルギーを遙かに超えているのだ。

 

「な、……何(モン)なんや……!? フェイト君……っ!」

 

 北西を哨戒していた飛行型ガジェットは全滅。

 観測官が持ってきた資料には、青年(フェイト)が放った光線は〈測定不能〉の文字が躍っていた。

 

 

 

「では。改めて任務内容を」

 

 アルフがヘリの中でリィンフォースⅡに問いかけた。

 リィンは茫然と、消滅(・・)した北西ガジェット隊を見つめている。

 

「曹長」

 

 もう一度アルフが尋ねると、リィンフォースⅡがハッと顔をあげた。

 

「は、はいですっ! 我々の任務は、二つです。ガジェットを逃走させずに全機破壊すること。そして“レリック”を安全に確保すること。ですから、スターズ分隊とライトニング分隊、二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車輌前後から中央に向かうです。レリックは此処(ここ)。七両目の重量貨物室」

 

「なら、俺はその七両目に行く。分隊(アンタら)は前後から」

 

「はいっ!」

 

 新人隊員達の返事を聞いて、アルフが颯爽と刀を手に、全開のハッチへと歩いて行った。

 

「さて、それじゃ始めようか」

 

 不吉な紅瞳を、光らせて――。

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