アレンはひとり、パルミラ平原へと続く、ペターニのメインストリートに立っていた。
雑踏の絶えない交易の町。
このなかから、目的の人物を見つけ出すのは意外なことに難しくなかった。――なぜなら、その男は雰囲気からして周りと違っている。
極限まで鍛え上げられた分厚い長身。銀髪に近い灰色の短い髪。さらされた褐色の上半身には、いくつもの傷がある。
アレンですら見たことがない三メートル強の槌を男は片手で握っていた。
「優れた武具は己の力を過信させ、未熟なる者の心を腐らせる。我の作りし武具を携えるに値するのは真の勇者のみ」
「……貴方が名工、ガストとお見受けする」
対峙してみると、岩のように泰然としたガストの気配がよくわかる。
アレンはいま、手持金で購入したブロードソードを腰に差していた。切れ味と強度に多少問題があるものの、使えない
カルサアでアストールが武器をお求めならば、とこの男の情報をくれたことを、アレンは早くも感謝していた。
「いかにも。我が名はガスト。師より受け継いだ技で、至高の品を作る旅をしている」
「噂通り、か。俺はアレン。貴方に一振り、刀を打っていただきたい」
ガストがゆっくりと槌を持ち上げた。瞬間。空気が変わったのを感じ取ってアレンは素早く後ろに跳んだ。すさまじい轟音とともに、ペターニの石畳が水のように波打って震え、はがれていく。
(この重量武器を、片手で……)
土煙がもうもうと立ち、アレンは目を細める。さきほどまで立っていた石畳は粉々に砕け、クレーターのような凹みが生まれている。
不意打ちをかけてきたガストは、満足そうに笑んだ。
「力を求むならば、示せ。お前の力を!」
言うと同時、ガストが頭上で槌を旋回させ、アレン目掛けて打ち込まんと槌を大いに振り上げる。アレンは剣を抜かずに通行人がすれ違うような気安さでガストに近寄っていく。
轟音が立った。
ふたたび石畳が砕けるかに思われたガストは、槌を振るい損ねて両肩を開いている自分に目を丸くした。大槌を撃ち込まんとしたその瞬間に、右肩に気が篭った拳を叩き込まれたのだ。
「ぬぅっ!?」
またたく間に首をアレンの左腕に抱き込まれ、巨体が前のめりになった。強烈な熱と痺れがガストの鳩尾に突き刺さる。たまらず息の塊を吐き、腹を抱えながらも火花散る視界で前を見た。
「ふっ!」
鋭い呼気が聞こえた。アレンが背を向けた態勢から旋回し、蹴り上げてきている。
奇跡的におのれのこめかみを守った左腕ごと、薙ぎ倒されんばかりの強烈な衝撃がガストを襲う。軋みをあげる左腕の痛みに歯を食いしばって耐え、ガストは右腕に握った槌を力任せに薙ぎ払った。
「つぇあああっ!」
そのとき、ガストはわが目を疑った。
目の前から、アレンが忽然と消えたのだ。
(否っ!?)
放心したわずかな間、ガストは目を見開いて空を見上げた。
アレンがいた。その右拳が青く光っている。青空で、気功にあぶられた男の蒼瞳が、抜き身の刃のような冴え冴えとした光を放っている。
「ぉをっ!」
アレンが吼えた。ガストの視界が白く染まる。
そのとき、平和なペターニの街に砲撃が打ち込まれたような、すさまじい轟音が響きわたっていった。
雑踏の流れが止まる。
群衆がそれぞれの語らいをやめて、一斉にガストとアレンをふり返った。
「か、は……っ」
ずしぃ……ぃんっ
地響きとともに手にした槌が地面にうずくまる。
あわやのところで、ガストは地面に手をついた。視界がぐらぐらとしているが、不思議と意識は明瞭だ。荒い息をくり返しながら、アレンを見上げた。
こうして片膝をついたのは、彼の記憶でも久しいことだった。
「い、まのは……っ!」
どうにか言葉を発すると、アレンが静かに見下してきた。
「流星掌。さる機関に伝わる、気功闘法だ」
「……そうか……」
動こうとするも、指先すらままならない。完全にこちらを戦闘不能にする拳だ。
彼我の力量差に呆然とするガストは、流星掌が本来、連撃で放たれることなど知る由もない。この技の本質は、相手の意識どころか命すらも刈り取る拳であるなど。
ガストは動かぬ躰にじれったそうに舌打ちし、諦めたようにため息を吐くと、アレンの腰にある剣を示した。
「何故、抜かなかった?」
「生憎、白昼の街中で抜く剣は持ち合わせていない」
「なに……?」
ガストは眉根を寄せ、しばらく経ってからようやく周りを見渡した。ペターニは交易の町だ。白昼の街路は、人で溢れている。今は、こちらを遠くに様子見る人々で。
いつのまにか観客の山ができていたことに、アレンは罰が悪そうに顔をしかめていた。
「それに、連れから揉め事を起こすなと言われている。……話の続きは町の外でもいいだろうか?」
アレンの動きは自然なように見えて、どこにも隙がない。
おそらく凡剣たるブロードソードですら、この男が振るったならばガストの槌を斬ったかもしれない。
不思議とそう思えた。
――眉間に拳を受けるまえ、青空のなかで光る蒼瞳は、まさに刀匠が精魂込めて創った抜き身の刃に迫るものがあったのだ。
(力に溺れた者が、かような拳を手にできるわけもない、か)
ガストは胸中でひとりごち、腹の底から湧いてきた衝動に、くく、と喉を震わせた。
「くく……、っ! くははははははっ!」
久しぶりだ。
鉱物の出が悪くなって、良い
最高の武具を作るに相応しい
「その必要はない、勇者よ。俺はお前を認めよう」
「!」
アレンが目を丸くする。ガストはただ頷いた。
「感謝する。……」
アレンが、ガストの名字を知らないことに気付いて言葉に詰まった。苗字に敬称を付ける習慣など、ガストとは縁遠い。ガストは苦笑すると、遠慮するな、とばかりに笑みを深めて言った。
「ガストでよい、勇者よ。その代わり、あらためてお前の名を聞かせてくれ」
「アレン・ガード」
「
「……師の?」
アレンが要領を得ない顔で首を傾げる。ガストは、こくりと頷いた。
「お前の剣、打ちたい気持ちに一切の偽りなし。しかし――、我の知る鋼ではお前に相応しき逸品を作ることは適わぬ」
ガストは舌打ちしたい気持ちを抑えねばならなかった。一方で、相手の底も見えないおのれよりは、アレンを映す剣となるやもしれない、と一本の長い筒をそっとアレンに差し出す。
剣というにはあまりにも長すぎる、その太刀を。
「俺にも抜くことすら適わなかった、一振り。アレン、お前ならばもしや……」
アレンは慎重に、横たえられた筒を受け取った。ずしりと重い。太刀はアレンの身長より長い、二メートル近い長さを誇っていた。
「……………………」
アレンが硬く縛られた紐をほどき、居合い筒から太刀を抜き出す。黒鞘黒柄の太刀は派手さの欠片もないが、高級な光沢ある漆を惜しみなく鞘に使用していた。
「……失礼する」
ガストに断りながらも、ゆっくりと抜き払う。
現れた刀身は――
思わずアレンが息を呑むほど、燦然たる輝きを放っていた。
空の色を映す刀身が、青く光っている。いや、光っていると錯覚させるほど純然たる鋼の輝きをもっているのだ。水を滴らせたようなその抜き身は、もはや芸術だ。
「これは……!」
そのあまりに曇りなき刀身。刃を彩る波紋。長さこそあるものの、完璧に計算された太刀特有の反り。
すべてが、揃っていた。
アレンの求める以上の出来が、すべて。
しばらく時間を忘れて、アレンは刀に見入っていた。
我に返ったとき、慌ててガストを見上げる。
「これほどの物を、頂いていいというのか……っ!?」
声が上ずったのは、感動を抑えられなかったためだ。アレンの反応にガストは満足そうな笑みをこぼすと、こくりと頷いてみせた。
「武具は使いこなせてこそ、価値あるもの。お前にその資格があるというなら、気に病む必要は仔細なし」
「……平原まで来てくれ」
恐々と太刀を見るアレンに、ガストは唇を広げた。
「承知」
……………………
………………
「ですよね、おばさん」
「そりゃそうだよねえ」
西部宿で宿泊手続きを済ませてから夜までの時間。自由行動となったフェイトはあてもなく町をぶらぶらしていた。聞き知った声が聞こえてきて、フェイトは辺りを見渡し、耳をそばだてた。
(この声は……)
ペターニ東部の、赤い屋根が連なる街路。その街並みの中でふと、花畑のある小さな一軒家が目に留まった。
近づいてみると、楽しそうな声が通りに零れてくる。
「絶対に大丈夫ですよ」
「そういうこともあるもんだねぇ……」
「はい。私もそう思います」
弾けるような、可憐な少女の声。間違いない、アミーナだ。幼い頃からすぐ傍にあった聞きなれた声。
(この家の中か?)
半ば衝動的に扉を開けた。すると、中にいた少女が、フェイトを見て目を丸くした。
「あれ、フェイトさん……?」
教会のまえで別れる前と同じ、彼女は無垢な表情で木椅子から腰を上げてくる。全体的に、木目調の落ち着いた部屋だった。白と茶色のコントラストが、アミーナに良く似合っている。
「やあ、アミーナ。外を歩いていたら、君の声が聞こえたから。それで、気になってさ」
「そうなんですか」
アミーナはにっこり笑って、フェイトを迎え入れる。今日知り合ったばかりの人間なのに、互いに親近感を抱いていた。
入口からテーブルを挟んで向かいに座っていた話相手の中年女性が、しげしげとフェイトを見詰めた。
「どなただい?」
「あ、フェイトさんです。シランドへの旅人さんなんですよ」
「へえ、シランドへねえ。……巡礼かい?」
「そうではないみたいなんですけど。まだ出発していなかったんですね」
アミーナが扉を開けたときに驚いたのは、勝手に開けられたことではなく、フェイトが街にいないと思ったかららしい。
話相手のおばさんも気さくな人物で、ほどなくしてフェイトは人懐こい二人に歓待されながらテーブルの席につくことになった。
「今日は
事情を話すと、アミーナが寂し気に視線を落とした。
「そうですか。……明日の朝じゃお見送りはできないですね」
「いいよ、見送りなんて。その気持ちだけで十分だからさ。……でも、何か用事があるのかい?」
フェイトが問うと、アミーナは力ある視線を向けてくる。広場で会ったときよりも、ずっと生気に満ちていた。
「ええ。おばさんと一緒に山まで花を採りに行くんです。売り物じゃないんですよ。千本花は自分で摘んだものでないといけないって言われてますから」
「千本花?」
「あ、フェイトさんは知らないかも知れませんね。イリスの巫女花と同じようにこの地方に伝わるおまじないなんですけど、神の山に咲くパルミラの花を自分で数本ずつ摘んできて、一本一本想いを込めて縛るんです。でも、この花って滅多に見つからないものだから、なかなか大変で……」
アミーナはおばさんも囲んでいるテーブルを見やった。つられて見ると、たしかにテーブルにはピンク色の花が几帳面にまとめられている。花冠や首飾りとは少し手法が違うが、茎をからめるところは同じようだった。
「へぇ……」
(ソフィアが子供のころ喜んで採ってた四葉のクローバーのようなものかな?)
自身の知識に置き換えてなんとか完成系を想像しようとしたのが伝わったのか。おばさんが訳知り顔で説明してきた。
「束ねた花が千本に達すると、願いがかなうと言われているんだよ。月と雨の女神パルミラがあたしたちの想いを受け取ってくれるのさ。雨のように流した涙の分だけの想いをね」
「願いがかなう……」
アミーナの表情に力がこもっていたのはそのためか、とフェイトは納得した。視線が合ったアミーナがにこりと微笑う。その傍らで、おばさんは複雑な表情を浮かべていた。遠くを見詰める眼差しが、どこか物悲しい。
「こんな時代だからね。一刻も早く戦争が終わって欲しいもんさ。この街の人間はみんなそう思って千本花を作ってるのさ。まあ、残念ながら、今のトコロ願いが叶ったものはいないけどねえ」
話のオチが暗い方に転んで、なんとなく気まずい空気が流れた。
おばさんはしばらく黙っていたが、アミーナを肘でつつきながら悪戯っぽく笑った。
「ま、この娘の場合は幼馴染に会いたいっていうのが一番の願い事なんだよ。もちろん戦争のこともあるんだろうけどさ」
「もう、おばさん!」
アミーナが顔を赤くして、おばさんの言葉を遮ろうと大声で怒る。
平和なやりとりだ。
フェイトはしみじみと話を聞きながら、目を細めた。
「幼馴染、か」
これほど、近くに感じているのに――。
アミーナを見据えながら、どうしても重なる面影にフェイトは顔をしかめる。意識的に思考を追い払うと、アミーナが恥ずかしそうにこちらを見上げてきた。
「えっと…あの……。話しましたよね? 彼に会えたらいいなあって。あ、でも、願い事ってそれだけじゃないんですよ。私のびょう……」
ふと。
アミーナの表情から、笑顔が消えた。
「……びょう? 何?」
「あ、いえ、なんでもないです」
アミーナは両手を顔の前で振ると、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。詮索してくれるなというような反応であり、本当になんでもないような反応でもある。
「そう……、ならいいけど。願い、叶うといいね」
アミーナは笑う。ソフィアとはまた違う。この包み込むような優しさが彼女の魅力だと、フェイトはあらためて思った。
「大丈夫ですよ。私、信じてますから。願いはいつかきっと叶うんです。諦めたら、終わりですから」
「そうだね……。僕もそう思う」
まるで自分に言い聞かせるような、力強い言葉だ。
フェイトは静かに拳を握り締めた。
いつか――……。
いまは、まだ途方もないように思われた。
フェイトは苦笑すると、席を立った。
「じゃ、僕はそろそろ行くよ。元気でね、アミーナ」
「はい……、フェイトさんもお気をつけて。もし、またペターニに来ることがあったらウチに寄ってくださいね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
アミーナは通りの角にフェイトがさしかかるまで、ずっと家の前から見送ってくれていた――。