連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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3.水面下での混乱。

「ジェイル・スカリエッティ……広域次元犯罪者、ね」

 

 アルフは端末から顔を上げ、紅瞳をわずかに細めた。

 

 ジェイル・スカリエッティ。

 

 先日、山岳リニアレールで『レリック』なるオーパーツを回収したとき交戦した機械兵を、分解して出てきたネームプレートだ。銘があった場所は機械兵の中枢回路近く。解体した人間が真っ先にチェックする所だった。

 

(挑発か。このスカリエッティとやら、嗜好はともかく相当な技術者だ)

 

 あの時、AMF(アンチ・マギリング・フィールド)が働いているあの場所で、何故新人隊員や自分達と、ヘリの中にいるリィンフォースⅡ、果ては司令部にいるはやて達が連絡を取れたのか。

 ずっとその疑問を解く為に、アルフは情報を解析していたのだが――。

 

「なるほど、いいね。いい(ツラ)構えだ」

 

 つぶやいて、彼は端末の画面に映した広域次元犯罪者――ジェイル・スカリエッティを見つめた。年齢は二十代後半から三十代前半。肩まである紫色の髪を、軽くウェーブで流した男だ。瞳は琥珀色で、見る者によっては『金色』と称すかも知れない。理知的で整った顔立ちだが、口元と目を見ればすぐに分かった。

 これ(・・)は欲望に忠実で、己の目的の為には手段を選ばない男。

 それ故に行動は常に慎重で、相手に尻尾を見せない。自己防衛本能に長けている。

 多くの重犯罪者を相手にしてきたアルフにとっては、胸が高鳴る展開だった。彼が手にしている端末は、見た目は旧いが、銀河連邦最新艦に搭載されているマイクロコンピュータと同程度のもの。そこに小型解析機(クォッドスキャナー)を連結させて、先日の山岳リニアレールで得た情報を分析しているのである。

 小型解析機(スキャナー)は、あらゆるタイプの調査活動を可能にする万能携帯分析機だ。これが感知した様々な情報を基に小型端末で解析し、資料として保存する。連邦軍の『特務』として単独任務の多いアルフだからこそ、常に携帯している捜査セットである。

 ジェイル・スカリエッティの情報は、たった今、管理局のデータバンクにアクセスして得た。

 

「――薄情者」

 

 ぼそりと隣から低い声が聞こえ、アルフがモニターから顔を上げた。端末と小型解析器(スキャナー)をしまいながら、視線を左に向ける。

 

「ん? 急にどうした? フェイト」

 

 問うと、隣で機嫌よく新人達の模擬戦を見ていたフェイトが、ふるふると首を振った。先ほどから無視し続けていたからか。どこか反応をもらって満足そうな表情(カオ)だ。青年(フェイト)(おもむろ)にアルフを振り返ると、朱唇を割った。

 

「僕ぁね、アルフ。仲間内で『見捨てる』って行為だけはやっちゃいけないと思うんだ。人としてさ。だって破壊神☆レナスちゃんだよ? あの全てを一瞬で葬り去る破壊神☆レナスちゃんなんだよっ!? 僕ぁ、よくあの場で生き残れたと今でも思ってる……。そんな相手だったんですよっ!?」

 

「……そのことか。確かに、あれは破壊神と関わりたく無かったってのもあるが……」

 

「『あるが』なんだよっ!? 僕が納得できる理由だったら述べてみろっ! ズバっと審議しよう!」

 

 キリッと眉を引き締めて、青年(フェイト)が立ち上がった。アルフは茫洋とした眼差しをなのは達のいる訓練場に向ける。海の上に浮かぶ人工島だ。

 

「気付かないのか? AMF(アンチ・マギリング・フィールド)。リィンフォースⅡ曹長の話じゃ、あれは魔力結合を解く力だろ?」

 

「おぅよっ! 僕にはサッパリだったけどねっ!」

 

「お前には物理法則を崩壊させる力、『ディストラクション』があるからな。AMF自体が消滅したんだろう。普通の紋章術を使ってたら新人達(アイツら)みたく、妨害されたはずだぜ。現に、弧月閃の気の通りは悪かった」

 

「試したのか?」

 

「論より証拠だからな。――で。AMFが働いてるなら、あの場でこんな風にモニター出来たのはおかしいだろ?」

 

「なんで?」

 

 訓練場を映し出す中空モニターを顎でしゃくるアルフに、青年(フェイト)が首を傾げた。

 アルフが溜息を吐く。

 

「ここの技術は基本的に『魔法』で、モニター技術も魔法科学の応用だ。なのに、魔力結合を阻害するAMF内で、新人達を曹長はモニタリング出来たってことはつまり、映像妨害を奴等(ガジェット)はやらなかったんだ」

 

「元々そんな機能が無かった、とかじゃないのか?」

 

「違う。映像系魔法と攻撃系魔法は確かに、小型解析器(スキャナー)によれば若干違う波長を持つ魔力系統だ。だが『特定の波長のみ』を認可するってのは、全波長を遮断するより技術的に難しい」

 

「そうなのか~」

 

 へぇ、とつぶやきながら、(うなづ)青年(フェイト)を見て、アルフは理論立てて説明するのを止めた。

 

「要するに、アレ(ガジェット)を放った奴の狙いはこっちのデータ収集ってこと。敵もリニアレールで起きたことを全てモニターしていた。空中ガジェットと戦り合った高町教官達は元より、新人やお前の戦闘データについてもな。あの機械兵――ガジェットが大した戦闘力を持ってないくせに、選択波長遮断なんて洒落た技術を組み込まれていたのはその所為だ」

 

「なぬっ!?」

 

「で。俺まであの時、幼女破壊神と戦ったらそれこそ余計な情報を敵に与えるだろ? 加減なんぞして破壊神と殺り合った日には命がねぇしな。だから、お前を見捨てることにした」

 

「…………若干言い訳に聞こえなくもないが、なるほど」

 

 青年(フェイト)が両腕を組んで頷いた。そしてアルフの端末を見やり、首を傾げる。

 

「なら、お前がさっきから端末で調べてたのは――」

 

「ガジェットを放った奴の情報収集と解析、それからレリックについてだな」

 

「……まさか、出来る子だったのか……! シャス!」

 

 パチパチと瞬いて、青年(フェイト)が意外そうにアルフを見る。

 アルフは突っ込むのをやめ、肩をすくめた。

 

「長居する気はねえって言ったろ? それに、六課が扱ってんのがオーパーツだってんなら」

 

「僕等が帰るきっかけになるかも知れない、だな?」

 

「そういうこと」

 

 アルフがようやく笑んだ。口端をつり上げるだけの薄笑い。

 わざわざ――口に出しては言わないが、ガジェットを通してデータ収集した人物をアルフは警戒せねばならない立場にある。それこそ、管理局より神経質に。

 何故なら、収集されたデータの中には青年(フェイト)破壊の力(ディストラクション)が含まれている。敵が単純に興味を惹かれただけなら問題ないが、ここはアルフ達にとって九年前の世界。

 青年(フェイト)以外の人間に破壊の力(ディストラクション)が植えつけられる事だけは避けねばならない。

 

(特に、この惑星(ミッドチルダ)連邦(アトロシャス)と繋がりがある。ラインゴッド博士の研究がどの程度連邦上層部に拡がってたのかは、俺にも分からねえからな。慎重になり過ぎるってことは無い)

 

 アルフは端末を軍服のポケットにしまうと、颯爽と立ちあがった。青年(フェイト)が不思議そうに見上げて来る。

 

「ところで――文明の利器使ってるけど大丈夫なのか?」

 

 先日のリニアレールと言えば、リィンフォースⅡやはやて達の目もあったはずだ。その中でガジェットの分解やら小型解析器(クォッドスキャナー)による調査をすれば、出自を問われかねない。

 そう問う青年(フェイト)に、アルフが、に、と嗤った。

 

「お前は知らねえだろうが、この小型解析器(クォッドスキャナー)は結構万能でな。AMFの感知さえ出来れば、スキャナー自身から任意の波長を出すことも可能なんだ。――だから」

 

「はやてさん達によるモニターを阻止した、ってことか」

 

「そ。それにあの時、司令部は召喚師の新人(チビ)が気になって、俺どころじゃなかったろうしな」

 

 くく、と喉を鳴らすと、アルフは青年(フェイト)から踵を返した。

 

「じゃ。俺は適当に街に出てくる」

 

「へ?」

 

「後は頼んだぜ」

 

 ひらひらと手を振って、あとは振り返りもしない。いつものマイペースぶりに、青年(フェイト)は数秒、訓練場とアルフを交互に見やった。それから、行ってらっしゃ~い、とアルフに手を振り返す。こちら(フェイト)はなのは達の許可が無ければ動かない。律儀な性格である。

 アルフは気ままに機動六課の隊舎に向かう。

 目的地は、時空管理局地上本部。このミッドチルダで、首都に指定されている『クラナガン』という土地にある施設だ。機動六課から離れた位置にあるので、車がいる。六課課長のはやてに相談するつもりだった。

 課長室の扉をノックすると、「は~い」とはやての声が聞こえてきた。

 

「アルフ・アトロシャスです。よろしいですか?」

 

 扉越しに問うと、ごそごそという物音の後に、どうぞ、と返って来た。課長室に入ると、相変わらず狭くも広くも無い部屋の執務机に、部屋主のはやてが座っている。栗色の髪はセミショートで、左の横髪を赤いヘアピンでバッテンにして留め、更に黄色のヘアピンを二本、平行に差している。なのはよりもあどけなさを残した彼女は、大きな青色の瞳をこちらに向けて、おっとりと笑った。

 隣にあるミニチュアの執務机は空だ。リィンフォースⅡは不在のようである。

 アルフは堅くはないが、失礼にならない程度のキレのある敬礼をした。

 

「お忙しいところ失礼します。八神隊長」

 

「いらっしゃい。……どうかした?」

 

 微笑みながら問うはやての前には、先日のリニアレールの捜査資料が広がっている。まとまった報告書はまだ上がっていないはずだが、はやてが独自に調査解析をしている可能性はあった。その性格的に。

 アルフの視線に気付いたはやてが、小さく苦笑する。

 

「どうも、この件は私も思う所があってな」

 

 あははは~、と下手な作り笑いをしながら、はやてはがさがさと資料を片づける。寝不足のようだがアルフは言及する事も無く、自らの要件を述べた。

 

「八神隊長。街に出たいのですが、許可をいただけますか?」

 

「それはええけど、何か用事でも?」

 

 大きな目を不思議そうに瞬くはやてに、アルフが肩をすくめた。

 

連邦(この)服は目立ちます。辺境次元に合わせただけあってこちらで世話になるには、いささか違和感があるでしょう」

 

 無論、街に行きたい理由は別にある。だが、連邦服を脱ぎたいのは本当だ。特にアルフは、連邦でも二百名のみの特務(エリート)服を着ている。見る者が見れば、余計な警戒を招くものだ。

 はやては、なるほど、と頷いた。

 

「そしたら、私と一緒に行こか。ちょうど私も、ナカジマ三佐に用事があったんよ」

 

「ナカジマ三佐?」

 

 首を傾げながら、アルフは課長室を出て、地下駐車場に向かうはやてに続く。頭四つ分下にある小柄なはやては、ああ、と手を打ちながら、見上げて来た。

 

「そう言えばシャスは面識無いんやったな。――ほら、なのはちゃんが教えてる新人の中に、スバル・ナカジマって女の子がおるやろ? ショートカットで頭に白いはちまき巻いた――その子のお父さんなんよ」

 

 はやてが実際に自分の額にはちまきを巻くような動作をしながら、楽しそうに話す。アルフは頷いた。

 

「昨日のリニアレールがらみですか」

 

「うん。あれは密輸の可能性が高いから、レリックが流れて来たルートを割り出す為に手伝ってもらおう思てな。ナカジマ三佐は私の研修時代の恩師でもあるし、信頼出来る。捜査がうまく行ったら、その分フェイトちゃんの負担も減るやろ」

 

 へへ、と人懐こい笑みを浮かべる彼女は、相変わらず他人(ヒト)を思いやることに余念のない人物だ。これがはやてだけでなく、執務官のフェイトやなのはもそうだと言うのだから、面倒臭い。

 

「…………」

 

 アルフは溜息を吐いた。自分と親しい方のフェイトくらいの薄情さが、彼には丁度良い。肩をすくめるアルフを見て、はやてが、ふふ、と笑った。

 

「どうしました?」

 

 問うと、はやてが駐車場へと続くエレベータに乗りながら答えた。

 

「だって。ほんま変わってないなと思て。シャスはほんま体がおっきくなっただけや」

 

 クスクスと声を立てる。白い指を口許に当てて、嬉しそうに。

 アルフは長い息を吐くと、はやての頬に、す、と手を当てた。癖の無い彼女の栗毛が、さらりと零れる。触れてみるとより一層、彼女の顔が小さいことに気付いた。

 

「え……?」

 

 アルフの手を見やって、はやてが不思議そうに見上げて来る。その無垢な眼差しは、恐れや警戒を微塵も抱いていない。エレベータという密室空間で、アルフは、つ、と細く長い指ではやての頬を伝い、唇に触れた。

 

「……!」

 

 はやてがようやくビクリと体を震わせる。緊張した面持ちの彼女に、アルフは嫣然と微笑んだ。

 

「多少、女の扱いは慣れましたよ」

 

 静かにつぶやく。茫洋とした紅瞳に狂気は無い。が、悪人らしくにやりと嗤う彼の顔は作り物のように綺麗で、整った朱唇に妙な色気があった。

 

「あ、あの……っ! あの……っ!」

 

 はわわっと言葉にならない声を立てて、はやては唇を震わせる。見る間に頬が赤く染まった。ふるふると小動物のように震えながら、彼女は胸元にやった手を握り締める。

 その様を、三秒くらい見やって。

 アルフはスッと手を下ろした。何事も無かったかのように涼しげに。

 

「あ、……れ……?」

 

 胸元で堅く手を握っていたはやてが、茫然とアルフを見る。彼女の表情(カオ)は緊張したままだ。アルフはエレベータが開くのを悠々と待ちながら、脈絡も無く彼女の頭を、ぽんぽんと叩いた。

 

「!」

 

 驚いて、はやては瞬きながらアルフを見上げる。彼はエレベータの扉を見据えたまま、言った。

 

「隊長。これから色んな人間に会うんですから、今のくらい笑って(かわ)してください」

 

 そう言い残して、地下駐車場に歩いて行く。

 その背を、はやては茫然と見送って――

 

「わ、悪い子や……。シャスが悪い子になってるぅっ……!」

 

 顔を真っ赤にしながら、はやてが涙目に言った。心臓が忙しく動いて、鼓動が耳を打つ。顔が熱い。安心したような、少し寂しいような変な気分だ。ふわふわして落ち着かない。

 はやては今まで、可憐な外見に反して異性への免疫が極端に無かった。緊張したまま、エレベータから動けなくなった彼女を振り返って、アルフは長々と溜息を吐く。

 

「今の、もし俺が刺客で刃物を持っていたら、隊長の首から上は飛んでますよ。周りに味方(ヒト)がいない時くらいは、せめて警戒を」

 

 言いながらエレベータに戻って、はやての手を引く。途中、扉が閉まりそうになり、空いた手で止めた。

 

「ぅぅ……、」

 

 はやてが俯いたまま答えない。耳まで真っ赤にした彼女は、ぐるぐると目を回していた。アルフが離れる。ゆでだこ状態のはやてを見下ろし、頭を掻いた。

 

(……大丈夫か、これ?)

 

 世の中、他人の感情を利用する者は五萬といる。異性関係は特に狙われやすい。はやてのように若くして『課長』などの高役職に就いている者は尚更だ。中には昔馴染みを利用して騙す事もあると言うのに――。

 

(やめた)

 

 アルフはそこで思考を打ち切った。面倒になったからだ。それに、はやてならその内覚えるだろうと思った。彼女は無条件に人を受け入れる無謀な人間だが、馬鹿では無い。一度くらいその純粋さで痛い目を見るかも知れないが、そこから学習するだろう。

 それが、アルフから見た八神はやての印象だ。

 ちなみに――なのはのように人を疑う事自体知らない人間については、最早考えない事にしている。

 

「はやてちゃ~~んっ!」

 

 と。

 明るい声を上げて、リィンフォースⅡが文字通り飛んで来た。はやては、はぅ、とつぶやきながら両手で頬を叩くと、にっこりと――少し無理して笑った。

 

「リ、リィン……! 待っててくれたんか~」

 

「?」

 

 嬉しそうに飛んできたリィンフォースⅡが、はやての作り笑いに首を傾げる。ついと高度を上げた彼女ははやての肩に留まると、何かあったのか問いかけようして、アルフに遮られた。彼は駐車場を見やってリィンフォースⅡに問う。

 

「曹長。車はどれです?」

 

「こっちですよ。もしかして、今日はシャスさんも一緒に行くんですか?」

 

「一応ね」

 

 言いながらアルフは、はやてから車の(キー)を借りるなり、リィンフォースⅡと共にジープに似た無骨な軍用車に乗り込んでいく。その背をいくらか冷めた頭で見やって、はやてが溜息を吐きながらつぶやいた。

 

「つ、次は負けへんもんっ……!」

 

 ギュっと拳を握って、はやてがこくりと力強く(うなづ)いた。

 

 

 

 

 首都、クラナガン。

 魔法文明が栄えるミッドチルダは、映像・通信技術面で銀河連邦をはるかに上回っている。だが都市部の建造物や交通手段は地球二十一世紀前半の文明レベルだった。

 即ち、転送装置(トランスポート)が存在しない。

 軍用車を転がして三十分ほど。機動六課からクラナガンまでの道程は、往復で一時間かかった。

 オープンカーの軍用車はフロントガラスで風の直撃を防ぐものの、ドアサイドから風が吹き込んでくる。はやては髪が飛ばないよう左手で留めながら、ちらりとアルフを横目見た。

 

 ――次は負けへんもんっ!

 

 個人的に凛々しく言い放ったセリフだ。

 

「…………」

 

 車内は静かなモノだ。音楽プレイヤーはあるが再生しておらず、エンジンとタイヤ、風の音ばかりが場を満たしている。はやては膝の上に置いた拳を見下ろす。なんとなく、そわそわした。こう言う時、何を話せれば良いのか分からない。

 

 ――多少、女の扱いには慣れましたよ。

 

「はうっ!?」

 

 咄嗟に顔を上げた。ぼんやりしていると脳裡に浮かんでくる、間近に迫ったアルフの唇と、嫣然と微笑う彼の顔。

 はやては両手で顔を覆った。頬が熱い。

 

(あ、あかんよ私! 今度はシャスから、私が一本取らなあかんねもん!)

 

 首を横に振る。相手はあくまで、刺客(スパイ)に狙われた時の対処法を伝授したのだ。キャリア組として心構えは教科書で習ったが、彼女には実践出来るほどの交戦経験は無い。つまり、これは貴重な体験だ。

 

(そう! これはあくまで、私が管理局の一員として成長する為の試練や! シャスみたいにちょちょいと軽く流さんと!)

 

 はやてが意を固めて拳を握った。

 

「着きましたよ」

 

 ふとアルフが車を止めた。目的地に着いたのだ。顔を上げたはやてが、ああ、と思い出したように頷く。

 一方のアルフは見えないように安堵の息を吐いていた。正直、骨董物の旧型車など運転した事がない。幸いだったのは、特殊車両に比べれば操作が簡単だったこと。「(ドライブ)」にギアを入れれば車が勝手に進む親切設計。

 

(詰まらねえ所で、バレるわけにもいかねぇしな……)

 

 アルフは胸中でつぶやいて、視線を上げる。はやての目的地――陸士108部隊隊舎は、学校か一昔前の市役所のような建物だった。ベージュ色のコンクリートで、四角く横長い。玄関は建物中央、そこから左右等間隔に、縦長の窓が三列に並んでいる。三階建のようだ。

 はやてが、肩に留ったリィンフォースⅡと共に助手席から降りると、パンパンっと両手で頬を叩いて、人懐こい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。シャスも陸士部隊に挨拶してく?」

 

「いえ。先に服を調達して来ますよ。――それじゃ」

 

「うん」

 

 はやてが頷いてから、アルフはアクセルを踏んだ。ジープ似のこの車には、きちんとナビゲーションがついており、同行者がいなくとも目的地に着ける。問題は、ミッドチルダで使用する通貨を持っていない事だが、表向き時空管理局に所属しているアルフは、日常生活(ここ)で感じる不自由の一切を、他人に見せない。

 彼ははやてにすら、事情の一切を話さなかった。代わりに、まったく嘘がつけないフェイトへの対策として、青年(フェイト)が辺境次元の人間であり、こちらの知識を有していない事を伝えていた。

 ――その言い訳が、どこまで保つのか知らないが。

 

フェイト(あいつ)の服も揃えた方がいいか)

 

 予想の斜め上を行く青年を思い浮かべて、溜息を吐く。同時に、資金繰りの算段を付ける。

 取り出したのは、緊急時でも凡庸性に優れる貴金属――ダイヤモンド。

 以前、工房(ファクトリー)で生成した錬金物だ。それを手に、彼はグラナガンの街並みに消えて行った。

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 連邦軍の上下服を早々に脱ぎ捨て、何の飾り気もない黒い高級スーツに着替えたアルフは、時空管理局地上本部ロビーに来ていた。光沢のある緑の床が三十畳近く広がり、三階まで吹き抜けになった高い天井から、白いシャンデリアを吊るしている。右手には見栄えのいいL字型の大きな階段。左手には外から昇降が見えるガラス張りのエレベータが三台。首を上に巡らせると、深緑の手すりと小まめな清掃によって透明に保たれた二階、三階の転落防止柵が、ぐるりとロビーを囲っていた。

 受付嬢を務める黒いロングヘアの女性に歩み寄ると、彼女は丁寧なお辞儀の後、微笑んだ。

 

「ようこそ、時空管理局地上本部へ。この度はどのようなご用件ですか?」

 

 鈴の鳴るような声だった。アルフは内ポケットからIDカードを取りだすと、女性に向けてかざした。

 

「こちら――時空管理局の責任者レジアス・ゲイズ中将と、本日1710に面会予定のアルフ・アトロシャスです。夜の面会までに、一度施設内を見学したいのですが、許可証を頂けますか?」

 

 茫洋とした瞳で、アルフが無表情に告げる。受付嬢は少々お待ち下さい、とアルフに一声かけてから、手際よくパソコンのキーボードに指を走らせた。

 パソコンモニタにスケジュールが映し出される。

 管理局地上本部、最高責任者レジアス・ゲイズ中将。

 今日の日程は、新型兵器開発の条約締結に向けて、ミッドチルダ西部のお歴々と会談だ。それが終わるのが1630。その後に、外部の人間との面会予定が――、一件該当した。

 

(1730から本部会議なのに?)

 

 ゲイズ中将のスケジュールを彼女は不思議に思いながらクリックすると、面会者欄に『アルフ・アトロシャス』とあった。青年が言った通り、1710の日程予定で。

 受付嬢は引き出しから紙を取りだすと、必要事項を書き込んでアルフを見上げた。

 

「アトロシャス様、こちらにサインを。……許可証です。出来るだけ見える位置に付けるよう、お願いします」

 

「どうも。ああ、それと。一応ゲイズ中将にご一報下さい。待っている、と」

 

「畏まりました」

 

 笑顔の彼女に頷いて、アルフはプラスチックカードケースに入った許可証を受け取った。背面――プラスチックケース上部にクリップが付いている。それを胸ポケットに差すと、彼はロビーの中でも目を惹く、ガラス張りのエレベータに向かった。

 

 

 ××××

 

 

 陸士108部隊隊舎の隊長室に通されたはやては、108部隊を取り仕切るゲンヤ・ナカジマ三佐と向き合うように、赤いソファに腰かけた。

 はやては育ちの良さを感じさせる上品な所作で足を揃え、膝の上に白い手を重ねる。そんな彼女とは対称的に、スバルの実父であるゲンヤは自然体だ。長身で恰幅のある彼は、どっしりとソファに腰を沈めて足を広げ、両肘を腿に乗せた。

 

「新部隊、なかなか調子良いみたいじゃねえか」

 

 五十過ぎのベテラン軍人は、にやりと笑って言った。灰色の髪を短く刈った、温和そうな男だ。顔には豊齢線が刻まれており、声の渋みと口調が相なって、人付き合いの良い近所のおじさん、と言うのが妙にしっくり来る人物である。眉は太く、目は小さめだが円らで、瞳の色は黒。

 彼は地上部隊の茶と焦茶色の制服(ジャケット)の下に、浅黄色のネクタイを締めている。制服(ジャケット)に付けた階級章は、もちろん三佐を示す星一つだ。

 

「そうですねぇ。今のところは」

 

 人懐こい笑みを浮かべるはやてに、ゲンヤはまるで娘でも見るように穏やかに笑って、肩をすくめた。

 

「しかし、今日はどうした? 古巣の様子を見にわざわざ来るほど、暇な身でもねえだろうに」

 

「愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」

 

 お願い? とゲンヤが眉をつり上げると、テーブルに置かれた湯飲みに口をつける。

 はやてが深刻な顔になって頷いた。

 

「お願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」

 

 はやては空中にモニタを展開する。モニタに映し出したのは、今、機動六課が総出で捜索しているロストロギア、レリック。

 機動六課は、先日のリニアレールで初めて現物回収に成功した。今はメカニックデザイナーと、単独捜査権を持つ執務官(フェイト)を基軸に解析を始めている。

 ほこほこと湯気を立てる湯呑みを片手に、ゲンヤは右手に浮かんだモニタを見据えて、目を細めた。

 

「お前んトコで扱ってる、オーパーツ(ロストロギア)か」

 

「それが通る可能性のあるルートが、いくつかあるんです。詳しくはリィンがデータを持って来てますので、後でお渡ししますが」

 

 表情を窺ってくるはやては、事件に駆ける想いからか、モニタの傍らに突っ立って説明する。

 ゲンヤが、くい、と自分が持つには小さめの湯呑みを仰いだ。

 

「まあ、陸士108部隊(ウチ)の捜査部を使ってもらうのは構わねえし、密輸捜査はウチの本業っちゃ本業だ。頼まれねえことはねえんだが……」

 

 そこで言葉を切り、ゲンヤは微妙な面持ちではやてを見返す。

 

「お願いします」

 

「……八神よ。他の機動部隊や本局捜査部じゃなくて、わざわざウチに来るのは、何か理由があるのか?」

 

 はやては即答しなかった。ただ、表情を改めて答える。

 

「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼しているんですが、地上のことは、やっぱり地上が一番よく知ってますから」

 

 はやてがにこりと笑うのを、ゲンヤは無表情に見つめている。何かを隠しているようにも、何も隠していないようにも取れる表情の変化――いや、表情ともつかない微妙な雰囲気の境界に、ゲンヤが鼻を鳴らして、溜息を吐いた。

 

「……ま、筋は通ってるな」

 

 それ以上は深く関わらない。分からないからだ。彼は湯呑みに口を付けた。茶を一口すすり、湯呑みを置いて足を組む。

 

「いいだろう。引き受けた」

 

「ありがとうございます!」

 

「捜査主任はカルタスで、ギンガはその副官だ。知った顔だし、ギンガならお前も使いやすいだろう」

 

「はい」

 

 はやてが満面に笑みを浮かべ、ゲンヤの向かいのソファに腰掛ける。

 

「ところで八神、お前に見てもらいてえ映像が有る」

 

「何ですか?」

 

 ゲンヤの語気が落ちたのを感じながら、はやては慎重に問いかけた。ゲンヤは明言する代わりに、右手方向にモニタを出現させる。晴れた青空の下、クリーム色の四角い建物――陸士108部隊隊舎に良く似た軍事施設が映し出されていた。

 はやてはキョトンと瞬いて、首を傾げる。

 

「これはお隣の、陸士107部隊隊舎ですよね?」

 

「そうだ。ここから始まる」

 

「一体……何が?」

 

 ゲンヤの重苦しい語調から、はやての表情も曇る。映し出されたモニタの中の基地。それが突如、紅い光に包まれ、呑みこまれて行った。音声を切っている為、はやての耳に直接爆音が届く事は無いが、巨大な質量が暴発した様子は、107部隊隊舎をまるで破裂させたようにも見えた。

 

「爆発!?」

 

 はやては目を瞠る。107部隊の隊舎中枢を担う中央区画が、文字通り吹っ飛んだのだ。身を乗り出すはやてを見て、ゲンヤは深刻面持ちで顎に手をやった。

 

「107部隊は、数日前までロストロギアを管理していた場所でな……。映像は監視カメラのビデオモニターだ」

 

「ロストロギア!? ――暴走したんですか?」

 

 ゲンヤを振り返って問うはやてに、ベテラン軍人は頭を振った。

 

「それなら、まだ良かったんだがな……」

 

 ゲンヤは顎でモニタをしゃくった。爆発で黒煙と共に生じた紅い炎に向けて、デバイスを構え、魔法を掃射する管理局の陸戦魔導師達。ここに至ってはやてはようやく、炎の中に人影があることに気付いた。

 

「――まさか!?」

 

 驚きのあまり、言葉はそこで途切れた。

 次々と放たれる魔法。幾筋もの線を描く光の矢を、人影は嘲うかのように躱し、107部隊員を片っ端から返り討ちにしていく。炎の中に引き込まれ、絶叫を上げながら朽ちて行く隊員の断末魔を見ながら、はやては拳を握りしめた。

 次の瞬間、カメラはジャミングを受けたように不鮮明になっていき砂嵐の画面になる。

 

(映像まで――!?)

 

 

 冷たいモノが背中を這うような『嫌な予感』を覚えながら、はやては目を凝らした。

 映像が切れる一瞬前、黒髪の――絶世の美青年が、炎を受けて怪しく煌めく不揃いな金と銀の瞳をこちらに向けて、――笑ったように見えた。

 

「……今のは……!」

 

 顔を上げるはやてに、ゲンヤは重苦しい表情のまま頷いた。

 

「107部隊は、この時をもって壊滅状態だ。管理局始まって以来の大惨事。部隊本部を強襲され、反撃に出た隊員達のほとんどを殺され、挙句の果てにオーパーツ(ロストロギア)まで奪われた。――ソレも、たった一人の相手に」

 

「確か――107部隊で管理してたオーパーツ(ロストロギア)は、ジュエルシード……!」

 

 息を呑むはやてを見据えて、ゲンヤが長い溜息を吐いた。

 

「やはり、まだお前の耳には届いていなかったか」

 

「どういうことですか? ――まさか、中将が」

 

 情報規制を?

 と視線で問うはやてに、ゲンヤは肩をすくめるだけで答えない。

 

「さあな。……だが、管理局始まって以来の大惨事であることは間違いない。上はコレをもみ消すつもりなんだろう」

 

「せやけど、相手を捕まえなかったら……!」

 

 拳を握りしめ、言い放つはやてに、ゲンヤは困ったように笑って、頭を掻いた。

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 時空管理局、地上本部1712。

 赤い夕暮れが、一面ガラス張りになった執務室に差し込む。首都クラナガンで最も高層なビルである管理局の、最上階から三つ下の階に居を構えている男。

 レジアス・ゲイズ。

 事実上、管理局地上本部の頂点(トップ)に立つ防衛長官だ。

 平均体重の倍近くある彼は、一見すると肥えた男である。しかし、自分にも他人にも厳しい性格故か、体の半分は筋肉だった。藍の将校服の下に軍人らしい巨大な胸板を形成している。

 レジアスは四角い顔の男だった。武骨な白い顔に浮かぶ鼻や口は大きめだが、目だけが小さく、切れ長というより吊っている。六十近いゲンヤとそう変わらない年齢だが、白髪一本無い彼は、豊かな茶褐色の髪を短く刈っている。モミアゲから繋がる豊かな髭も頭髪と同じで、まるで剪定された生垣の如く直線的に、レジアスの頭を形成していた。

 今年で五十四歳になるレジアスは今、身に覚えの無いスケジュールに震えていた。四十年間軍人をして来たが、こんな事態は初めてだ。今日は新型兵器開発の条約締結に向けて、ミッドチルダ西部での会談を終え、それから本部会議をすれば終日だったのである。

 なのに――。

 

「1710に……確かに、アトロシャスの名義で面会が入っています……!」

 

 顔色を失っているのは、秘書官であるオーリスも同じだった。いつもは怜悧で迫力のある美人秘書官(オーリス)も、この時ばかりは切れ長の双眸を動揺で揺らしていた。

 大仰な両開きの木製の扉を開けて、入って来たのは銀髪の青年だ。夕日が映り込むとますます暗く見える、黒のスーツを着た来訪者。

 その顔に、レジアスは見覚えがあった。

 

「どうも。初め(・・)まして(・・・)、ゲイズ中将」

 

 彼が良く通る低い声で言う。二か月前、レジアスを始めとした管理局の上層部でしか知らない、青年の顔。

 アルフ・アトロシャス。

 レジアスが目を見開いた。

 

「これは一体……! アトロシャス家のご子息は、まだ十二歳だったはずでは……!」

 

「驚かれるのも無理はありません。私は――貴方が知っているアルフ・アトロシャスから、ちょうど九年後の人間になります」

 

「九年……後……、ですと?」

 

 合点がいかず瞬くレジアスに、アルフは自分が時空漂流をしたこと、今は機動六課に世話になっている経緯を簡潔に話した。

 もちろん、フェイトのことは『民間協力者』とだけ告げて。

 レジアスが困惑しながらも頷くと、白いスラックスを穿()いた太ももに拳を置いた。

 

「では。しばらくの間、このミッドチルダに留まられるのですな?」

 

「ええ。――その上で、中将にお願いあるんです」

 

「なんでしょう?」

 

 表情を緊張させるレジアスを、アルフが無言で見やって――口端をつり上げた。

 

「簡単なことです。私と民間協力者、フェイト・ラインゴッドに関する報告すべてを、これから破棄させて戴く。それを黙認して頂きたいんですよ」

 

「!」

 

「無論。こちらがヘマをするようなら、切ってくれて構いません。所詮私は九年後の存在。この時代の人間でない以上、どこにも存在し得ませんから」

 

 アルフの言葉を聞いて、レジアスは顎に手をやった。小さくつった黒い目を、アルフに向ける。

 

「……ならば何故、書類の破棄を?」

 

 慎重に問うと、アルフは、レジアスの対面にあるソファで高々と足を組み、答えた。

 

「簡単な話ですよ。連邦も、管理局と同じで一枚岩と言うわけではない。今回、私が次元漂流したことは、完全に連邦では想定外の事故でしてね。この惑星ミッドチルダの監査役――エイダ・アトロシャスの力を弱める原因ともなりかねない。

 そうすれば管理局を始め、惑星ミッドチルダの住人はエイダ・アトロシャス以外の連邦勢力に目を付けられることになります。私としても、そのような事態は避けたい。

 そのために私たちがこの世界に来た――という痕跡を残しておきたくはないのですよ」

 

「……なるほど」

 

 要するに、義父の保身のためだ。

 それでも銀河連邦内部に大々的な配置換えが、起こらないに越したことはない。この惑星ミッドチルダは、銀河連邦にとってみれば『監視惑星』。

 質量兵器を持たないミッドチルダが、まともに戦って勝てるような相手ではないのだ。

 ――せめて、決戦兵器(アインへリアル)が完成するまでは。

 レジアスは机に視線を落とした。

 アルフの提案は、事態をややこしくしないためにも必要なことのように思われた。さらに、うまくすればアルフに力添えしたことを、彼は養父(ちち)に報告するかもしれない。

 そうすれば書類一つ黙認するだけで、アトロシャス家との関係を強化できる。――そしてアルフが言うように、もしこの書類破棄が発覚しても相手は管理局員では無いのだ。対応はいくらでも出来る。

 

「…………」

 

 レジアスはしばらくの沈黙の後、顔を上げた。アルフの要求自体は難しくない。ただ、捜査書類の破棄を『肯定する』など、口が裂けても言えない立場の彼は、黙ってアルフに手を差し伸べた。

 白手袋に嵌まったレジアスの右手を握り返し、アルフが言った。

 

「感謝します、中将」

 

 アルフの要件は本当にそれだけだったようで、中将との握手を終えると、あっさりと執務室から出て行った。

 レジアスは深い溜息と共に椅子に腰かける。アトロシャス――引いては、銀河連邦という組織の巨大さを知っているだけに、妙な緊張感だった。

 と。

 天井まで届く巨大な書棚の影から、一人の男が現れた。

 

「……くく、流石に対応が早ぇじゃねえか。アルフ」

 

 閉じた扉を見やりながら、男は口端をつり上げる。三十半ばの精悍な男だった。レジアスは忍び笑う男を一瞥し、あからさまに眉間にしわを寄せる。

 

「貴様。アトロシャスが来ることを知っていたのか! ラグナ!」

 

 荒々しく執務机を叩く。常人なら竦み上がる恫喝だが、ラグナと呼ばれた男は柳のように流した。臙脂の髪が規則性なくウェーブを描き、長めに垂れた前髪と相なって、レジアスとは対称的に野暮ったい印象を受ける男だ。ただし、男の目は切れ長で鋭く、暗い蒼瞳には、常人に無い凄みがある。

 顔立ちは凛々しく整っているのに無頓着だからか、男の顎には無精髭が散っており、黒いスーツに黒いシャツ、白ネクタイと言う、極道か何かと間違えそうな服装をしていた。

 男は口端をつり上げる。優しさなど微塵もない、冷たい笑みだ。

 

「まさか。『問わねば答えぬアルスィ・オーブ』。説明は以前した筈ですよ、中将?」

 

 くく、と喉を鳴らして、男――ラグナ・ハートレットは右手の人差指にはめた指輪を掲げた。指輪にはサファイヤよりも深い蒼の宝石が付いており、彼の言葉に反応するようにわずかに明滅する。

 神秘の精霊石、アルスィ・オーブ。

 とある未開惑星『グローランド』で伝説とまで言われる鍛冶師が作り上げた最高傑作の魔術具で、この石があれば無限の魔力と知識が与えられると言われている。

 ただし、このラグナが持っている精霊石は、アルスィ・オーブの模造品だ。持ち手が直接、石に質問を投げかけなければ何も答えない――本物の知識量だけを再現した紛い物。それでも、問えばどんな内容でも答える知識の宝珠は、求める者が後を絶たない貴重品である。

 そんな希少価値の高い精霊石(アイテム)の話を聞いても、科学と自分の中にある常識以外を信じる気の無いレジアスは、鼻を鳴らすだけだった。

 

「――それで。陸士107部隊を強襲した男のことは分かっているのか?」

 

 虚言を許さないレジアスの視線を受けて、ラグナは困ったように、大袈裟に肩をすくめた。

 

「やれやれ。こちらのことは信用されていないようなのに、ずいぶんとこちらの情報は(・・・)信頼して下さっているんですね」

 

 レジアスの眉が、ぴくりと震える。ラグナが大仰にため息を吐き、声の調子(トーン)を上げた。

 

「まあ、貸しを作っておくのも悪くないでしょう。あの男は――そうですねぇ……。数ある世界の中から現れた、もう一つの存在。俺達とはまた別の世界からやって来た存在だ。人となんら変わらない姿をしているが、人では到底ありえない存在」

 

 レジアスは要を得ず、眉間のしわを深くする。ラグナは気にせず、まるで演者のように大仰に、謡った。

 

「かの者の名は、ゲヴェル。ある目的の為に作られた生命体です」

 

「ある『目的』だと?」

 

「ええ。その目的とは――、貴方々が創ったあの男(・・・)と同じですよ。ただ戦う為だけに生み出され、ただ殺戮する為だけに生き、ただ屍を増やす為だけに進化していく殺人人形。強さの程は……107部隊を見れば、ある程度察し頂けるのでは?」

 

 皮肉な笑みを浮かべるラグナに、レジアスは露骨な不快感を顔に乗せた。この男(ラグナ)の情報の正確性については、レジアスも認めていたからだ。フン、と鼻を鳴らしてレジアスは執務机に肘をつく。その中将に、ラグナはもう一つ、警告した。

 

「それと。頭の痛いことばかりで考えたくないのは分かりますが、アルフ・アトロシャスを軽視するのは辞めておいた方がよろしいですよ。中将」

 

 ラグナがそう言って、アルフが去った扉を一瞥する。

 レジアスの眉間のしわが、露骨に深くなった。

 

「アトロシャス家の数合わせを、これ以上どう尊重しろと? 奴の要求は呑んだ。他に注意を払うことなど無い」

 

 ラグナは失笑する。視線を左に流すと、秘書官のオーリスが緊張した面持ちでラグナを見据えていた。三十前後の秘書官は、切れ長で琥珀色の双眸をした知的な女性だ。ライトブラウンの美しい髪をショートにして、理知的な鋭い顔立ちに相応しい、横長の縁なし眼鏡をかけている。父、レジアス・ゲイズとはまったく似ても似つかない繊細な美貌の持ち主で、彼女は気の強い性格を誇張するように、目立つ赤の口紅(ルージュ)を引いていた。

 階級は三佐。現場部隊とは一線を画す彼女は、父親と同じ青の制服を着用している。

 ラグナは年近い彼女に愛想笑いを振ると、ミッドチルダの技術たる声紋認証無しのモニタと操作パネルを展開した。

 

「中将。先程、ご自分に覚えのないスケジュールを見て、戸惑われたのでは?」

 

 レジアスの表情に警戒で曇る。だが、ミッドチルダ(ここ)はレジアスの畑だ。連邦が真っ向から事を構えて来たのならともかく、管理局の防備システムにレジアスは絶対の自信がある。

 

「だから、なんだと言うのだ?」

 

 問うと、ラグナはにこりと笑って、発生させた操作パネルを素早く叩いた。二秒きっかり。それで入力を終え、彼はモニタにレジアスのスケジュールを映し出す。

 

「なっ!?」

 

 レジアスとオーリスは目を瞠った。この後控えている本部会議のスケジュールが、公式予定から消えていたのだ。

 

「そんな、馬鹿な……!」

 

 呟きながら、オーリスはパネルを発現させて、システムチェックに入る。コンピュータのデータベースに特別な異常は検知されない。それなのに、レジアスのスケジュールが書き換えられている。

 ラグナはオーリスが検閲しているその前で、もう一度、アルフが(・・・・)やって(・・・)みせた(・・・)データ改ざんを行った。問えば(・・・)誰が何をやったのかさえ完全再現する宝珠――アルスィ・オーブの能力(ちから)で。

 消えた筈の本部会議スケジュールが、再び公式予定に書き込まれる。オーリスがいくら綿密に調べても、データベースにはやはり介入の痕跡はなかった。ラグナは言葉通り、自由にレジアスのスケジュールを『編集』している。

 

「……!」

 

 息を呑むゲイズ親子を見やって、ラグナ・ハートネットは口端をつり上げた。空中に浮かべたモニタを掻き消し、ポケットに手を突っ込む。

 

「お分かり頂けましたか? 銀河連邦軍なんて表向き綺麗な組織を語っちゃいますが――その実、最上級のハッカーなんですよ。特務(スペシャル)ってのは!」

 

 にやりと嗤うこの男は、銀河連邦政府からA級犯罪人として指名手配されているテロリスト。

 連邦軍の特殊隊員を、何人も殺害して来た――連邦史上最悪の(・・・)犯罪者だった。

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