「シャスが模擬戦を?」
なのははアルフによる突然の申し出に、目を丸くした。データルームで今日分の教導成果を整理していた時の事だ。今日はティアナが体調不良で、欠席した。
モニタから顔を上げたなのはの脇で、アルフが静かに頷く。
「どうも一つ、気になる事がありましてね。ノリでつい言っちまったもんで」
整然と並ぶコンピュータの仕切りにもたれながら、彼は言った。なのははそれまで浮かべていた微笑をわずかに暗くして、視線を落とす。手許にあるホットコーヒーが白い湯気を立てていた。アルフからの差し入れだ。なのはは猫舌なため、少し冷ましてから飲むことにしている。
なのはの傍らに座るヴィータが、ホットレモンを飲む手を止めて、神妙な面持ちで頷いた。
「それなら、アタシもちょっと気になってたんだよ」
「ティアナのこと?」
なのはが問うと、ヴィータは小さく頷いた。
「“強くなりたい”なんてのは若い魔導師なら皆そうだし、無茶も多少はするもんだけど……ティアナの場合、時々ちょっと度を超えてる。アイツ、ここに来る前――なんかあったのか?」
ヴィータの問いに、なのははすぐには答えなかった。沈黙がしばらく続く。
アルフは悠然と、無糖コーヒーを呷った。なのはが顔を俯けながら、答える。
「ティアナのお兄さんがね……。執務官志望の魔導師だったんだけど、ご両親を事故で亡くされて――そのお兄さんも任務中に」
「亡くなったのか」
「ティアナがまだ十歳の時にね」
なのはは神妙に頷いた。視線を、コンピュータの端末画面にやる。パネルを操作すると、空中に一人の青年が浮かび上がった。ティアナと同じ、明るいオレンジ色の髪をした、清潔感溢れる青年だ。澄んだ青瞳をしており、喋らずとも人柄の良さが現れている。
なのははモニタに映った青年を見据えて、言った。
「ティアナのお兄さん――ティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉。所属は首都航空隊。享年二十一歳」
「結構なエリートだな」
ヴィータはホットレモンを机に置くや、眉を寄せた。両腕を組む。目の前に居るなのはの顔が、哀しげに沈んだ。なのはは少し、間を置いて、言った。
「そう、エリートだったから――。ティーダ一等空尉が亡くなった時の任務――逃走中の違法魔導師に手傷は負わせたんだけど、取り逃がしちゃって……。地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日の内に取り押さえられたそうなんだけど――その件についてね。心無い上司が酷いコメントをして、一時期問題になったの」
ヴィータは首を傾げた。
「コメントって……、なんて?」
「犯人を追いつめながらも取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、例え死んでも取り押さえるべきだった――とか、もっと直球に、任務を失敗するような役立たずは……とか。ティアナはその時、まだ十歳。たった一人の肉親を亡くして、しかもその最後の仕事が、無意味で役に立たなかった、って言われて――きっと物凄く傷ついて、哀しんで……」
膝の上に乗せた紙コップをなのはは弱く握る。コーヒーの水面が揺れ、映ったなのはの顔も小さく歪んだ。
「多分、ティアナがあんなに一生懸命なのは、お兄さんの為だと思うの。お兄さんが教えてくれた魔法は役立たずじゃない、どんな場所でもどんな任務でもこなせるって。それを証明する為に、ティアナは必死なんだよ。きっと」
「アイツが執務官になりたいってのも、もしかしたら兄貴の夢を代わりに叶える為――かもな」
なのはにつられて、ヴィータも視線を落として黙る。アルフは空になった紙コップを握りつぶすと、踵を返した。
「シャス?」
その背を、なのはが呼び止める。アルフは近場のゴミ箱に紙コップを投げ入れると、ポケットに手を突っ込んで、わずかばかり、なのはを振り返った。
「有難うございます、教官。その話のおかげで
小さく薄笑う彼は、それきり振り返らずに部屋を出て行った。
……………………
…………
約束した模擬戦の日に、アルフは初めて機動六課の訓練場に来た。
ホテル・アグスタ以来、彼は黒いスーツを愛用している。一着目はゼストとの戦いで使い物にならなくなって捨てた。が、その事実を知る者はヘリパイロットのヴァイス以外、いない。
ティアナはこの日を迎えるまで、生きた心地がしなかった。ここで、アルフに認められなければ機動六課に去る事になるかも知れない。思考が負の方面に走りだすと、彼女の不安はもう止まらなくなっていた。
二日。
アルフに言われてからこちら、自分の欠点を徹底的に考え抜いた。食事に手が付かず、練習にも雑念が入って満足とは言えない。
それでも――負けられない。
意気込むティアナに対し、アルフは――予想もしない事を言った。
「どういうことですか、アルフさん!」
「だから、俺の武器はこれだって」
そう言って、彼が取り出したのは、一振りのアーミィナイフだ。ティアナは息を飲む。
「なっ!?」
「やるまえに言っとくぜ。俺はこの模擬戦で、魔法をまったく使わない。強化も使わない。好きなように攻めて来い。――ただし、隙を見せたら」
アルフは嫣然と笑い、一瞬だけ、紅瞳を底光らせた。
「お前は終わると思えよ」
低く放たれた言葉に、カッとティアナの表情が歪む。やはり一進一退がかかったこの勝負――それを、デバイスも用意せず、魔法すら使わないと宣言されるとは思わなかった。
ティアナは唇を噛み、アルフを睨む。
(馬鹿にして――!)
「じゃ、始めようか」
アルフは悠然と、訓練場に配置された廃棄都市の――車道中央に立った。
「アルフの奴、刀を使わねえのか」
上空のモニタを見上げながら、ヴィータは意外そうにつぶやいた。ここには、スターズ・ライトニング両分隊の隊長と副隊長、そしてエリオとキャロがいる。ティアナ達がいる位置から数百メートル離れたビルの屋上、そこになのは達は陣取っているのだ。
なのはは、ナイフを握るアルフを見、口端を緩めた。
「思い出すね。シャスが機動六課に来たあの時を」
キャロが首を傾げる。
「え? アルフさんって昔、機動六課にいたんですか? でも、六課は最近新設された部隊のハズじゃ……」
彼女の言う通り、機動六課が『部隊』として実働し始めたのは、新暦七五年、四月に入ってからだ。アルフが居た時期は、ただの仮部隊に過ぎなかった。
エリオが弾かれたように顔を上げ、
「フェイトさん、もしかしてあの人――!」
「説明は後でするから、エリオ。とりあえず今は、ティアナ達を見てよっか」
声を上ずらせるエリオに、
「……分かりました」
ライトニング分隊、副隊長のシグナムが両腕を組み、訝しげに首を捻る。
「だが、いくらアトロシャスが戦い慣れしているとは言え、ランスターは射撃の天才だ。それを相手にあの軽武装、かつ、魔法を使わないと言い出すとは。それで勝てると言うのか? ――無謀だな」
シグナムは眉間にしわを寄せる。桜色の髪をポニーテールにした女騎士は正々堂々、真っ向勝負が信条だ。シグナムにしてみれば、アルフの出した条件はあまり気持ちの良いものではない。その指摘に、ヴィータも頷く。
「確かに無謀っちゃ無謀だ。要するに、魔導師相手に普通の人間がケンカを売るようなもんだからな。――けど、あいつが六課に配属された時の映像を見る限りじゃ」
「確かに出来ない事ではないだろう。あの記録が確かならば、な。だが、わざわざ危険を冒してまで、何故こんなことをする?」
首を傾げるシグナムに答えたのは、なのはだった。
「何か考えがあってのことだと思います。シャスは……無意味な事はしませんから」
「!」
エリオはグッと息を飲む。彼の脳裏に、銀髪紅瞳の少年の顔が過ぎる。
(もしかして――僕の知ってる、シャス……?)
言葉を交わしたのは一度きりだ。それでもエリオにとっては印象的な出合いだった。歳の近い少年と会うのも珍しければ、あれほど印象深い人間と会ったのも初めてだった。――“彼”はエリオには無い、不思議な魅力を持っている気がした。
「エリオ君? どうしたの?」
キャロが問いかけて来るが、エリオは動かなかった。脳裡を過った少年を思い出し、エリオは顔を強張らせる。
(もしそうなら……ティアさん!!)
あの少年は印象的だった。姿形だけでなく――その、行動理念においても。
エリオは鋭く息を飲むと、
「フェイトさん! ティアさんが危ないっ!!」
「エリオ、どうしたの?」
振り返った
「もし――もし僕の考えてる事が当たってたとしたら、シャスは――“アルフさん”は、ティアさんを完膚なきまでに倒すつもりなんです!」
「何故そうなる? むしろアトロシャスは、刀も、魔法すら使わずにランスターを倒すと言ったのだぞ? つまり、手を抜くと言っているのだ」
片眉をつり上げるシグナムに対して、エリオは首を大きく横に振った。
「違うっ! あれは……、
そこで言葉を切ったエリオは、顔色を失った。
「なのは!?」
視線の先にいるなのはは、硬い表情をしていた。
「……信じてみる。シャスを。……徹底的に……叩きのめされた方が、学ぶ事も多い……、筈だから」
言いながら、なのはもある種の危険を感じているのか、拳を握る。エリオは首を横に振った。
「でも!」
「大丈夫。いざとなったら、私が止めるから」
なのはは首にぶら下げたレイジングハートを握りしめて、ぎこちなく微笑った。
模擬戦『開始』の合図は、空砲のパンッと言う乾いた音だった。
ティアナは鋭くクロスミラージュを構える。照準は、ナイフを握る青年の眉間。
――が。
「!?」
銃身を上げた時には、アルフが眼の前に居た。ティアナは息を飲む。直後、ぐるんっと視界が回り、足を地面に打ち付ける。投げ飛ばされたと気付いたティアナは起き上がる寸前、――首筋に、ナイフが添えられているのを感じて、動きを止めた。
「……ぁ!」
ティアナは眼を見開く。
――その時になって初めて、全てが見えたのだ。
模擬戦を始める前。
始め、と言った時点で、アルフはティアナの懐に踏み込める位置に居た。
(嵌められた……っ!)
ティアナはナイフを持っているだけの相手に、下がりもせず、そのまま銃を向けようとした。立ったままのアルフに照準を合わせた。――距離を取れば必勝だったこの戦いで。それもその筈で、彼は敢えてティアナの頭に血を昇らせるような発言をし、その立ち位置に気付かせないようにしたのだ。そして武器はナイフしか使わないと言って、ティアナを油断させていた。
最初から作られたシナリオ。わずか数秒――その間に、ティアナが踊らされたのである。
「……っ」
ティアナは唇を噛む。
アルフはゆっくりと拘束を解くと、ナイフを納めた。
「今日の模擬戦は終わり。もう帰っていいぜ」
素気なく言った彼は、踵を返した。ティアナはその背に、鋭く声をかける。
「納得できませんっ! こんなこと!! もう一度お願いします!!」
「もう一度?」
アルフは立ち止まると、不思議そうに首を傾げた。ゆっくりとティアナを振り返る。呆れた顔だ。
「何言ってやがる。真剣勝負に『もう一度』なんて言葉、あると思うか? その心構えが、既に間違ってんだよ。今ので大体分かるかと思ったが、どうやら当てが外れたみたいだな」
深々とした溜息。ティアナは顔を歪め、怯まずアルフを睨んだ。アルフが、ふ、と鼻を鳴らし、酷薄な笑みを浮かべる。
「――なら、しょうがねえ」
低く、暗い声だった。途端に、彼を取り巻く空気が一変する。ティアナは銃を握りしめる。アルフの迫力に――気圧されたくなかった。
アルフが薄笑う。紅瞳が、静かに揺れた。
「いいぜ。受けてやるよ、その『もう一度』。ただし今度は――、お前の腕を賭けてもらう。あまりに無残な戦いをするようなら、その引き金、二度と引けなくしてやるよ」
「!」
ティアナは眼を見開くと同時、バックステップで距離を取った。
(魔法を使わないって言うなら、二度とこの人の間合いには入らない――!)
〈Variable Barret.〉
(直線的な射撃は多分見切られる)
そう思いながらも、ティアナは牽制弾を撃つ。直線的に走る三発の魔力弾、それが寸分違わず、アルフの眉間に走る。が、アルフは悠然と歩く。ティアナは眼を見開き、更に魔力弾を発砲した。
また躱される――。
見れば、アルフはティアナが引き金を引くその瞬間に、首を捻っている。
「そんなっ!?」
「分かんねえか? ――正直過ぎるんだよ」
ティアナは息を飲み、バックステップする。距離を取り、クロスミラージュの銃口に魔力を集めた。
(避けられる! なら、追尾弾で!)
〈Barret-F.〉
クロスミラージュがティアナの要望に答え、魔力弾を生む。オレンジ色の光球となった魔力弾は、尾を引いて走った。ティアナはその追尾弾を隠す為に、通常の直線型魔力弾を三発放つ。
先程と同じく、直線に走る弾丸はいとも容易く躱され、――その裏で、円を描いてアルフの後頭部を狙った誘導弾は、振り返りもせずにアルフにナイフで叩き落とされた。
「なっ!?」
ティアナは眼を瞠る。立ち止った瞬間に、靴音を鳴らして近づいてくるアルフ。彼女は舌打ち、バックステップで距離を取った。
(この人……! 魔力弾を、いくら非殺傷弾とは言え魔力弾を、何の躊躇も無く切り捨てるなんて……!)
ナイフで切った反動で、アルフの周りに爆発が起きる。煙が上がる。だが、アルフは怯まず、悠然とティアナに向かって歩いて来る。まるでそう動くよう命じられた、ロボットのように。
ティアナは背中が凍るのを感じながら、クロスミラージュの引き金を引いた。
アルフは言う。ティアナの弾丸を躱しながら。
「お前の弾丸は安い。だから一撃必殺を目指すなら、急所を狙うしかない。正面からの攻撃が効かないなら、円を描いての後ろからの攻撃――単調なもんだ。そんな生真面目な弾丸じゃ、猫の子一匹捕まえられやしねえよ」
「っ!」
何発撃っても、アルフには当たらない。彼はティアナが足を止めて射撃する間に近づいてくる。一歩ずつ、ゆっくり近づいている筈なのに、――怖い。
ティアナはたまらず、銃の構えを解いて、更にバックステップで距離を取った。発砲する。アルフは止まらない――止められない。
ティアナは顔が引きつるのを感じながら、それでも憑かれたように銃を乱射した。
「何をやっているんだ? アトロシャスは。一歩ずつ歩いているが、あれではいつまで経っても、距離を詰める事は出来ない」
シグナムは一向に縮まらない距離に、首を傾げた。アルフは敵の不意を突くでもなく、ただ単調に、正面から一歩ずつ歩くだけである。
ヴィータが両腕を組んで、呻いた。
「確かにな。一足飛びで斬りかかるなんてのは、最初にやっちまってるから、アルフが何をやろうとしているのか、ティアナには丸わかりだ。あのままティアナが撃ち続ければ、ティアナの勝ちだぜ。アルフの奴が使ってるのは、そこらで売ってるただのナイフ。管理局のデバイス――それも魔力弾を喰らって、あんな安物がそうそう保つはずがねえ。せいぜい後二発、受けりゃ終わりだ。――冷静になれよ、ティアナ!」
ヴィータの指摘通り、誘導弾一発を弾いただけで、アルフのナイフは刃毀れしていた。
「なのは。シャスは一体、何を狙ってるんだろう?」
「分からない……。でも」
言い淀んだなのはは、たった一度だけ――一瞬だけ見せた、アルフの殺気を思い出していた。
死をいとわない狂気――それは、対峙する者にとって、この上ない恐怖を与える。
(その恐怖を前に、どれだけ自分の力を発揮できるかが勝負の分かれ目だよ、ティアナ!)
なのははモニタを見上げて、ぎゅっと拳を握りしめた。
「エリオ君」
物思いに沈んでいる少年を見据えて、キャロは心配そうに声をかける。モニタに
「狂気とか、恐怖とか……そう言うのもあるかもしれません。でも――、シャスはそれだけじゃない。あの行動は全て計算ずくなんです。きっと、ティアさんがあんな風に逃げるのも、あんな風に避けるのも、シャスは既に予測してるんです、全部……!」
エリオは拳を握りしめ、徐々に恐怖で歪んで行くティアナの顔を見据えた。
シグナムがせせら笑う。
「何を馬鹿な事を。そんな事が出来るわけが無い」
それは
モニタを見据えて、なのはは言った。
「そんな事が出来たから、シャスは機動六課に入れたんです。何の魔力も無い――魔導師としての知識も、技術も無い少年がここに居たのは、ガジェットの行動を予測出来たから」
「でもよ! ガジェットは単純行動しかしねえ。予測なんて出来るじゃねえか! それに比べて、人間の行動を読むなんてこと、出来るわけねえだろ」
合点の行かないヴィータに、エリオが首を横に振った。恐怖にひきつるティアナと対称的に――恐ろしく無表情な、アルフの顔。
「むしろシャスは、相手が人間だった時の方が予測して動いてるんです。シャスの狙いは、多分――」
「皆! あれを!」
……どさっ、
「え?」
ティアナは小さくつぶやく。一瞬、何が起きたのか分からなかった。
堅いコンクリートの感触が、肩に押し付けられる。サイドステップしようとした先は――ビルの壁。
「?!」
息を飲んだティアナは、鋭く反対側に視線を向けた。三方――全て壁。
袋小路だ。
「!」
悪寒が背筋だけに留まらず、全身を駆け巡った。カチカチと鳴る歯の音が、ティアナの耳を打つ。
「こ、ここまで計算ずくだってのかよ!?」
「馬鹿げている! こんなことが――!?」
ヴィータとシグナムは同時に眼を見開いた。ジリジリと、ティアナは
まるで、鳥かごに誘い込まれるように。
「いよいよ、お前の腕を貰う時が来たみたいだな」
アルフは静かに告げ、足を止めた。白い顔に浮かぶ、紅の瞳。彼はどこまでも無表情だった。
「っ、っっ……!」
ティアナは息を吸って、銃を連射する。息を吐き出せなくなっていた。
寄るな、寄るな寄るな――!
そう、願いにも似た叫びを上げて、ティアナはクロスミラージュを撃ちまくる。
瞬間。
アルフは
並み入る弾丸を、アルフは網の目を縫うように躱す。クロスミラージュの弾幕を全て見切り――弾が止んだ所でまた、動きを止める。
そしてまた一歩ずつ、歩き始めた。
ティアナに向かって、ゆっくりと。
「ぅ……」
ティアナは呻き、クロスミラージュを構える。震えは両腕にまで走り、銃口はもはや定まらなかった。
紅瞳が、近づいてくる。
――腕を、もらう。
そう歌うように、ゆっくりと靴音が近づく。
こつこつと。
少しずつ、少しずつ音を大きくして。
「ぅぅ……!」
ティアナは眼を見開き、涙が零れるのも気付かず銃を乱射した。
――怖い、どうしようもなく怖い。
どれだけ銃弾を撃っても、すべて無意味。アルフは止まらない。止められない。――死神が、来る。腕を奪いに、来る。
ティアナはガタガタと震えながら、魔法弾を撃ちまくる。
狙いなど――無い。
「うわぁああああ!!」
絶叫。混乱。
涙するティアナの青瞳は、焦点すら定まっていなかった。
「おい! もうやめろ! やめさせろ!!」
ヴィータはモニタに向かって叫んだ。シグナムも鋭く叫ぶ。
「勝負はついた!!」
「聞こえてんだろ、アルフ!!」