[おい、もうやめろ! やめさせろ!!]
[勝負はついた!!]
[聞こえてんだろ、アルフ!!]
通信越しにシグナムとヴィータの声が響く。
アルフは心から失笑していた。
「……どいつもこいつも」
笑わせる――
その言葉を呑みこんで、アルフはティアナを見る。あれほど正確だった射撃は見る影もなく、絶叫ばかり上げて撃ちまくるのみだ。――まるで壊れた人形のように。
アルフが静かに
キャロは顔色を失った。ティアナが感じている恐怖――その断片を感じ取ったわけではない。
ただ、モニタ越しでも異常な
背筋を這うような――嫌な予感が。
「ティアさんが……、あのティアさんが、こんなデタラメな射撃をするなんて……!」
意外だった。
このモニタの中に、いつものティアナはいない。毅然と
恐怖に身を引きつらせ、泣き叫ぶティアナ。
キャロは胸がしめつけられたような痛みを覚えて、顔をしかめた。
「どうして――、どうしてここまで!?」
「レイジングハート」
〈Alright, Barrier Jacket standing up.〉
なのはに答え、レイジングハートが明滅する。六課の制服から、
――アルフ・アトロシャス。
なのははすぐには飛び立たず、彼の真意を探るように、眉間にしわを寄せて目を凝らした。
「うわぁああああ!」
ティアナの絶叫が響く。
乱射される銃。矢継ぎ早に放たれる弾丸。それらはすべて空を切り、廃棄都市のコンクリートを撃ち抜く。
あれほどあった間合いが、ゼロになる。
ティアナは首を、ナイフの柄で殴りつけられた。地面に頭からぶつかる。その衝撃で、視界に火花が散った。
ティアナはまたたく。強張った目は涙を流していたが、実際になにが起こったのか、彼女自身は把握していない。
怯えきった少女を見下ろし、アルフは尋ねた。
「どうした? ランスターの弾丸は、こんなに安っぽいのか?」
彼は首を傾げる。綺麗な笑顔だった――狂おしいほど、美しい笑顔。
ティアナは顔を上げ、地面に這いつくばりながら、震える。
「ぁ、……ぁぁ……っ!」
アルフは静かに歩み寄り、言った。
「約束だな。腕を貰おうか」
「ぁぁっ!!」
紳士的な声だった。
ティアナは恥も外聞もなく、両手をついて立ち上がろうとした。敵に背を向け、逃げる――逃げなければ――殺されるっ! 必死になって全身に力を込める。だが、起き上がる寸前、強かに背を踏み付けられた。
「ぁっ!」
ティアナは短く息を吐き、ばたばたと暴れる。――暴れた、つもりだった。
実際は恐怖で身が凍り、手足が思うように動かない。背中にのしかかられる。ゆっくり、ティアナの右手が持ち上げられた。
ティアナの視界の端で、ナイフが鈍く光る。
「ぁぁ……!」
ぴた、と冷たい刃が腕に触れた。
「――分かったか? これが勝負ってんだ」
アルフの声が、そっと耳にかかった。
冷たい声。情けも容赦も、抑揚も――ない。
殺されるっ!
ティアナは確信した瞬間、呼吸を忘れた。
悲鳴が出ない。
アルフのナイフが、突き立てられる――
「ディバィイイン・バスタァアア!!」
轟音を立てて、辺り一面が光に包まれる。
光の正体は、なのはの『砲撃』。桜色の魔力光を放つ――野太い光線だ。
アルフは逃れるように一歩退くと、なのはがティアナの前に割り入るように、空から降り立った。
「シャス!」
なのははレイジングハートを強く握りしめ、油断なくアルフを睨む。
アルフは悠然と、彼女を見返して肩をすくめた。
「やれやれ。もうちょっとで勝負の厳しさってのを、そこの甘ちゃんに教えてやれたんですけどね。これじゃ台なしだ」
「そんなこと、訓練でする必要はないよ、シャス。――これは殺し合いじゃないんだから。なのにどうして、……そんな無茶するの?」
アルフは笑い、答える代りにナイフを捨てて、腰に差した刀――『無名』を抜いた。それを青眼に構える。
なのはは固唾を飲み、左手で庇ったティアナを振り返らずに言った。
「ティアナ、下がってて!」
「な、なのはさん……!」
「シャス……!」
睨む彼女の青瞳に光はなく、今は暗澹たる――容赦を捨てた戦士の顔をしていた。
アルフは無表情ななのはを見、嬉しそうに嗤った。
「悪くない瞳ですよ、教官。少なくとも、俺の教導をやっていた時よりずっと上等だ」
そう言って、小さく肩を揺らす。
高町なのはは元々、心優しい性格だ。その彼女が“徹底的に教え子を打ちのめす”と決めたのだから、そこに私情はない。彼女は己を押し殺して唇を引き結び、アルフを見ている。
なのはは淡々と問いかけた。
「…………シャスは……、……シャスも……あの頃から何も変わってないの?」
感情を押し殺し淡々と、なのはは無表情で首を傾げる。だが彼女の悲哀は、瞳の奥にある感情は――表情に反して、深い。
それを理解している青年は答える代り、紅瞳に狂気を走らせた。
ぴしぃ……っ!!
空気が張り詰める。濃密で危険なアルフの“死”の色香。
「俺は歪んだ人間でね。アンタは、あの時も
アルフはそこで言葉を切ると、腰を抜かしたティアナを一瞥した。“狂人”と恐れられる瞳で。
「そこの女に足りないのは、戦いへの恐怖。死と向き合う覚悟。殺さなければ殺されると言う“危機感”――つまり、全部だ」
「っ、!」
ティアナは目を瞠る。相手の心臓を鷲掴みするような、紅の狂眼。全身を針で通されたようにティアナの身は震え、息も吐けずに、過呼吸を繰り返した。
「ぁ、ぁ……!」
「アンタは全部欠けてる。腕前がどうとか言う前に、戦場に出る資格すらない」
男の底冷えする紅瞳は、なのはとは比べ物にならないほど不吉な、壮絶な光を持っている。戦いの中で磨き上げた――命が懸った局面でのみ輝きを放つ狂気。
それをティアナに向け、アルフは言った。
「ティアナ。戦いってのは、命のやりとりだ。
アルフは笑んだ。雪のように白い美貌が、淡く輝いたようにも見える微笑。
なのはは、固唾を飲んだ。彼の狂気に当てられているのは、なのはも同じだ。全身を縛る恐怖を、彼女は胆力で抑え込む。
「どうして……、シャスは昔から……そんな風に自分と――
アルフは鼻で嗤った。
「
「…………」
アルフは壮絶な狂気を発す瞳を見開き、なのはの懐に突っ込んだ。
袈裟がけに走る刀を、なのははレイジングハートで受け止める。
ギィン、、ッ!!
「っ!!」
「俺に接近戦を挑むのは自殺行為ですよ」
途端、アルフの連続斬が放たれた。剣舞『夢幻』。抜刀術から始まる神速の四連斬を、なのはは咄嗟にシールド魔法を展開して、防ぐ。
が。
最初の抜刀を防いだ瞬間、なのはのシールドが、真っ二つに切り裂かれた。
「っ!?」
なのはは息を呑む。このシールドを、今まで破られたことはない。
更に迫る白刃を、なのははレイジングハートで受け止める。だが、矢継ぎ早に振る連撃に耐えられず、彼女は咄嗟に、空に飛んだ。
「くっ!」
距離を。
そう念頭に置き――同時に、反撃をシミュレーションする。
――そのとき、
頭上から、声が降った。
「そう。アンタが俺から逃げる術は一つ。――空だ」
「!?」
なのはは顔を上げる。アルフがいた。――兜割と呼ばれる、黄金の気を宿した上段からの振り下ろしを、彼は迷わず振り切る。
レイジングハートがなのはよりも早く、反応した。
〈Flash Move.〉
なのはの靴に桜色の羽が宿り、高速移動で後ろに避ける。過ぎる斬閃。なのはが息を吐こうとした瞬間に――紅い鳳凰が、大口を開けて迫ってきた。
「っ!?」
まるでなのはが、
高速移動した先にアルフの鳳凰が駆ってくる。
――グォオオオオオッッ!!――
低く唸る紅い気の塊に向けて、なのはは杖から槍に変化したレイジングハートを構え、集束魔法を放った。
「ディバイン・バスター!!」
レイジングハートの矛先についた射出口から、二発のカードリッジが煙と共に飛びだす。
コォ――……ッ、ッッ!!
派手な爆発を起こして、両者は相殺された。
なのはは目を細め、煙の向こうに居る相手を見る――アルフを。
「シャスは!?」
だが、相殺で生まれた煙の中に、アルフはいない。晴れた視界にあるのは、ただの空だ。
なのはは鋭く下を見る。地上にも居ない。
左右に視線を振った。左手の――ビルの看板に、アルフが飛び乗り、斬りかかってくる。
ギィィンッ!
鈍い剣戟音。鍔迫り合いの状態で、なのはは鋭く叱責した。
「こんな無茶な戦い方をするなんて!」
「空は飛べないもので」
平然と答えたアルフは、剣を払うと同時に、更に
なのはの頭上から、刀を振り下ろしてきた。刀身に黄金の気を宿した斬撃『兜割』を、なのははレイジングハートで受け止める。カチカチと音が鳴り、歯を食いしばる彼女を、その顔を――アルフは鋭く蹴り飛ばす。
ドォッ!!
鋭い衝撃。なのはの視界に火花が散った。蹴られたボールのようになのはの体が直線状に走り、ビルの窓を突き破って中に転がりこむ。ガラスの破片が散らばった。派手な破砕音が鳴る。
なのはは小さく呻くと、呼吸を整えようと息を吐いた。
瞬間。
――コォオッ!!――
なのはの目の前に、朱雀が現れた。紅い朱雀を纏った、アルフの突き。
なのはは反射的にレイジングハートを横たえた。
(息を吐く暇すらないなんて――――!)
言う間に、朱雀がビルの床、壁、天井を食い破りながら、襲い掛かってくる。槍状のレイジングハートが強く輝き、なのはは自分の前に、シールドを展開した。
〈Round Shield.〉
朱雀を正面から受け止めた、なのはが呻く。
烈風が吹き荒んだ。衝撃で、髪が後ろに撫でつけられる。舞い上がった塵が荒れ狂う。彼女は眼を細めた。
きりきりと、なのはの創った盾にヒビが入る。なのははその場に留まることが出来ず、両足で床を掻いて後退した。
「――!!」
眼を見開く。息を飲んだ。
朱雀を背負ったアルフの態勢が――
「!?」
アルフは紅瞳を底光らせ、無拍子で刀を振り下ろした。斬撃『ケイオスソード』。シールドを
〈Flash Move.〉
靴に光翼を生じさせ、高速移動でケイオスソードの太刀から逃れる。
瞬間。
彼女の足許に、桜色の魔法陣が広がった。
〈Axel Shooter.〉
なのはは鋭い眼差しをアルフに向け、十一発の誘導魔力弾を一挙に放つ。
ズドドドォ――ッ!!
鋭く走る魔力弾を、アルフは四連斬――剣舞『夢幻』で切り捨てる。一振りで落とすは魔力弾三発。
同時、彼は刃を寝かせ、駆けた。
ドンッ!
踏み込み音すら、
疾風を巻いた突きが、迫る。なのはは高速移動で撹乱しながら受け流す。
追うアルフ、逃げるなのは。
両者――ともに自分が有利な距離に、立てない。
「アトロシャスの奴、ここまで実力を隠してやがるのか!?」
ヴィータは思いもよらないアルフの戦いに、息を飲んだ。
彼は『魔法』を使わず、気功で特化させた身体機能で刀を振るう剣士だ。
シグナムがモニタを睨みながら、呻いた。
「接近戦では、私より上かも知れん……!」
それが過大評価であることを祈りながら、首を横に振る。
「なのはを押してる……!? なのは!!」
なのはは空中で反転すると、桜色の魔法陣を足許に展開した。
集束魔法――エクセリオンバスター、準備完了。
槍状に変形したレイジングハートを構えるなのはに対し、アルフの背に、紅い炎をまとった蒼い龍が浮かび上がらせる。
――グォオオオッッ!!――
両者、互いに放つ。己の最高の技を。
強烈な気と魔力がぶつかり、爆発した。
余りの眩さに、皆が目を庇う。
ヴィータは手庇の間からモニタを見据え、唸った。画面を見ずとも――彼女は魔力のやり取りで現状を把握している。
そのためにヴィータは顔を歪めた。
「マジかよ!? エクセリオンモードのバスターと互角だと!?」
信じられない。
なのはの集束魔法は、魔導師の中でも頭一つ飛び抜けた“超”破壊力だ。
もしシールド魔法でなのはのエクセリオンバスターを止めろと言われれば、ヴィータたちと言えど、無理だ、と即答する威力。
それを――
シグナムは眼を見開いたまま、うわごとのようにつぶやいた。
「アルフ・アトロシャス! どこまで……実力を隠している!?」
「はぁ……! はぁ……!」
なのはは肩で息を切らす。魔法連射は苦ではない。だが、この戦いのように呼吸する暇すらないと言うのは――彼女が経験してきた戦いとは、また違う緊張を孕んでいた。
一瞬気を抜けば、殺される。
なのはが瞬くと同時、爆発の中からアルフが突進してきた。なのはの顔が歪む。
(私のバスターを、目晦ましにした!?)
アルフの振り下ろしを、レイジングハートで受け止める。咄嗟の防御。だが、体勢が崩れている。槍ごとなのはを斬り伏せるような、鋭い衝撃を受け切れず――彼女の体が、後方に飛んだ。
「ぁぁっ!」
廃ビルの影に背中を打ちつけ、なのはは
なのはは
「グラーフアイゼンっ!!」
ギィ……ンッ!!
甲高い音が鳴る。
なのはは酸欠でぼんやりした頭を上げ――目を、見開いた。
「ヴィータちゃん!?」
「ぐ、ぅっ……!!」
なのはの前に居たのは、赤いゴシックドレスを身にまとった『鉄槌の騎士』ヴィータだ。
彼女は愛用のハンマーでアルフの刀を受け止めながら、言った。
「なのははやらせねえ……っ! コイツは、私が守るんだぁああっ!!」
ヴィータは相棒のハンマー――グラーフアイゼンにありったけの魔力を込め、一閃する。アルフの身体が後ろに吹き飛んだ。
――否、自ら
「なら、死ぬ気で来な」
アルフは低くつぶやくと、後ろに飛んだ
ドォッ!!
「カッ!!」
避けることも敵わず、ヴィータはグラーフアイゼンの柄で受け止めた。その瞬間、突きが
――『三連疾風突き』。
三発同時の気と風を巻いた凶悪な突きに、グラーフアイゼンのヘッドが砕け散る。
「アイゼン!?」
ここで、ハンマーに視線を向けたのが間違いだった。
気功で特化されたアルフの
「ヴィータちゃん!」
なのはがヴィータを受け止めた。ヴィータの肩をしっかと抱き、彼女は自分がクッションになって廃ビルの壁に背中を打ちつける。
「っ!」
と、
動きを止めた二人を襲う――紅い鳳凰。
「二人まとめてくらいな」
アルフは刀身に気を纏わせ、放つ。紅い闘気は巨大な鳳凰と成り――なのはたちを難なく呑みこんだ。
「がぁっ!!」
「きゃあっ!!」
なのはとヴィータは回避行動すら取れず、てひどく地面に投げ出された。
「なのは! ヴィータ!!」
モニタを見据える
アルフは刀を一閃する。
なのはたちは焼け焦げたビルの瓦礫に突っこんだまま、起き上がって来ない。
「ティアナ・ランスター」
「……っ!!」
ティアナは恐怖に強張った目を、アルフに向ける。
「よく見とけ。お前の馬鹿さ加減。
つぶやいた狂人の瞳は、人間の温かみなど一切存在しなかった。
倒れたなのはたちの許へ、アルフは悠然と歩み寄る。
二人が気絶していたのは数秒で、なのはとヴィータは、すぐに全身に力を込めた。
かつ、とアルフは殊更に靴音を響かせ、彼女たちの前で立ち止まる。彼は二人を見下ろし、言った。
「相手を護りたい。思想としては立派だ。――だが、戦術としてはお粗末なもんだぜ。その思考、
そして刀を――袈裟状に斬り下ろす。
「なのはぁあああっっ!!」
モニタに映るなのはとヴィータが、ドッと鈍い音を立てて、前のめりに倒れた。
(やっぱり
なのはとヴィータを見下ろし、アルフはそんなことを考えていた。とはいえ、彼女達の覚悟は見立てどおり悪くない。
“自分が殺される”と言う点については、なのはもヴィータも相応のものを持っている。
問題は、何をしてでも勝つと言う執念だが――。
「なのはさんっ!! ヴィータ副隊長っ!!」
ティアナが悲壮な声を上げて、駆け寄る。
アルフは言った。
「分かるか? これが戦場における理不尽。どれだけ強い絆で味方と結ばれていようが、固い意志を持ってようが。人間、急所を突かれたら脆いもんだ。
「っ!」
アルフと視線が合って、ティアナは思わず身構えた。
――だが、
そのときにひとつ、変化があった。
「……?」
ティアナは首を傾げる。
壮絶なプレッシャーを感じない。身体が恐怖しないのだ。
不思議だった。
彼は茫洋とした瞳ではなく、さりとて狂気を前面に押し出した――殺人鬼の瞳でもない。
「…………」
ティアナは自然と、表情を改めた。凛とした、いつもの顔。
対峙したアルフの紅瞳が、驚くほど澄んでいて――自然とそうせねばならない気になったのだ。
アルフは小さく頷いた。
「お前らは魔法ダメージと言う人を殺さない術を用いる。だから、敵はいつもお前らに恐怖を抱かない。殺されないんだからな。……だが、“死への恐怖”ってのは一番、人の心を縛りつけるもんだ。相手の精神をコントロールし、制圧するのに最も役立つ。“覚悟”ってのは、それを打破するのに必要な“勇気”のこと。決して、お前がやったような破れかぶれじゃねえ」
「っ、……でも……!」
ティアナは拳を握って首を振った。
凡人は、天才の何倍も努力せねばならないのだ。
がむしゃらに頑張らなければ、周囲の期待以上の活躍を見せなければ、自分は――
容疑者を“殺す”前提で戦うなど、管理局員のやることではない。
項垂れるティアナの頭を、アルフは、ぽん、と叩いた。彼女は顔を上げる。
「いいか、ティアナ。お前が本当に、スバルがさらわれたことを悔やんでるなら、死ぬその瞬間まで
「!」
ティアナは目を瞠った。
アグスタから帰って一週間。
模擬戦でなのはから一本を取るために、ティアナはずっと『なのはをどうやって攪乱するか』考えていた。深夜まで射撃練習して、作戦に耐えられる身体を作った。
それでも、
彼女は“なのはの研究”――引いては、今日戦う予定だった“アルフの戦い方”について、なにも勉強していない。
自分の腕を上げ、不意を突くことばかり考えていた。それが所詮、“自分が想像する”なのはやアルフが相手だったことに、彼女は気付いていなかったのだ。
同じ戦術家としてアルフが気にしたのは、その点。いろはの順番がまるで違う。
「戦いってのは自分が勝つことじゃねえ。敵を“負かす”ことだ。敵を戦う姿勢からいかに降ろすか。向こうが格上なら尚のこと、万全な状態では戦わせない。そのための策を練る。その時に何が必要か考え、実行するだけの力を蓄える。頭は常に冷静で、相手の挙動を見逃さない。自分の観察眼を最期まで信じ切る。そう出来た奴が初めて、生き残る」
ヴィータが戦いを止めに来た時、アルフは即座に戦略を変更した。すなわち、なのはとヴィータにコンビネーションをさせないこと。これを最重要課題に持ってきたのだ。
そして、どちらか一方――今回の場合はヴィータを集中的に攻撃し、なのはがヴィータを庇う瞬間、二人動きが同時に止まる刹那を狙って、必殺の一撃を叩き込んだ。
これはなのはたちが仲間を思うあまり、勝利よりも先に味方の安全を確保する習性をついた戦術だ。だから、彼は言ったのである。
――その思考、至極読みやすい。
と。
アルフは、基本的な戦略面ではティアナを評価していた。今さら教える気も、その必要もない。
彼女に足りないのは、胆力だ。
“新米兵ゆえ当たり前”と言えばそれまでだが、戦場で機を読めない者は致命的なミスを侵してしまう。今回のティアナのように。
――そして、
分かりやすいほど血腥い戦場、と言うわけでもない機動六課では尚のこと、人間の危機感は鈍くなる。
隊長陣に守られた、あの温い実戦では。
それが、
アルフは最後にこう付け足した。
「勇気と無謀、履き違えるなよ。そいつは生と死ぐらいの差がある。――表裏一体だ」
ぎゅっと胸の前で拳を握る少女を見据え、彼は喉を鳴らすと踵を返した。
恐らく、この少女がアルフと同じ言葉の解釈に辿り着くことはないだろうと、心のどこかで理解しながら。
正確には、その解釈を理解しても実行できないだろうと分かっていながら。
――彼はふと、顔を上げた。
「――まだ、終わってないよ。シャス」
「へえ」
彼が振り返ったとき、なのはが立ちあがっていた。レイジングハートを構え、真っ直ぐな瞳がこちらに向けている。思わずティアナは叫んだ。
「なのはさん!!」
その傷じゃ無理です、と言おうとして――なのはに微笑で止められた。彼女は額から流れる血もそのままに、アルフを見据える。
「……ごめんね、ティアナ。私、不器用だから……うまく言葉で伝えられない。でも、私の覚悟なら、見せられるよ!!」
涙目でこちらを見るティアナに、なのははそれだけ言って、瞳の光を強くする。
今度は感情を押し殺した表情ではない――必死に、相手に訴えかける、涙混じりのなのはの表情。
「さっき言ってた生きることと死ぬこと……。でも、シャスはそこに差はないって考えてるよね」
「――だとしたら?」
アルフはなのはの顔を見て、薄笑う。死を厭わない紅の瞳を見返し、なのはは強く言い放つ。
「今度は、ちゃんと向きあうよ。そして――シャスの間違いを、正してみせる!!」
アルフは静かに溜息を吐いていた。底光りのする瞳で、――立っているのがやっとの状態のなのはを見据える。
倒れたまま、ヴィータが叫んだ。
「駄目だ、なのは!! 無理すんな!!」
狂人の攻撃は、ヴィータでも立ち上がれないほど強烈だ。
(野郎。これだけの力を――隠してやがった……!)
ヴィータは悔しさで唇を噛む。
ヴォルケンリッターの自分や、管理局でもトップクラスのなのはを相手に、――いくらリミッターをかけられているとはいえ、アルフは一方的に打ち勝ったのだ。
その事実に、言いしれぬ不安がヴィータの胸を押し潰す。
その不安の名は――“恐怖”。
(――何だ? 震えてるって言うのか……!? アタシが――鉄槌の騎士が……!!)
否定するが、やはり震えは現実のモノ。
それも、
「――ちくしょう、これじゃあ……! あの時と一緒じゃねえか!!」
彼女の脳裏に浮かぶのは八年前のあの事件。
なのはが一度空から落ちた――あのとき。
それを意識した時、ヴィータの瞳に涙が浮かんだ。
「動け……! 動けよ、体……!! このままじゃ、このままじゃ……なのはが!!」
必死に立ち上がろうとするが、体が動かない。まるで自分自身をあざ笑うかのようだ。
ビル屋上にいる
「なのは……!」
傷を負いながらも、なのはは立ち上がる。その姿に、
「フェイトさん……!」
一緒に見ていたエリオとキャロが、不安げな眼差しを向けて来る。
「うん、これ以上は……!」
涙を浮かべる二人に答えて、
狂人が、白刃を振り上げたのだ。
「よく見ておけ……。どれだけ正しくても、どれだけ意志が強くても、どれだけ力が有ったとしても、叩き潰されることがある。それが、勝負の世界。理不尽――そのものだ」
ティアナの震えがまた始まる。今度は瞬きすらできない――余りの恐怖、余りの理不尽、それらがもたらす結果。その恐怖を――彼女はこの時、理解した。
(理解した時には、手遅れ……? そんな……!!)
それが、勝負の世界。
命のやり取り。
――アルフが、生きる場所。
「――それでも諦めない……! 諦めたら、そこでお終いだから!!」
狂人の刃を見据え、その瞳を見開いて、高町なのはは言い切る。
譲れない――
「私達は、人の命を預かってる……! そんな私達が諦めたら――助けを求める人達はどうするの!? 死の恐怖を――勝負の理不尽を、知ったとしても……! それでも……!」
気を抜けば意識を手放しそうになる。それでもなのはは、アルフに言い切る。
「それでも私達は――曲げないっ! 魔法ダメージの在り方を、魔導師達のあるべき姿を、諦めちゃいけない!」
「――なのはさん……!」
ティアナは自分の頬から涙が流れているのにも気付かずに、なのはを見ていた。恐怖から来る涙ではない。それはティアナが誰よりも理解していた。
高町なのはの覚悟を――たった今、理解した証の涙。
「だからシャスのこと、私は絶対あきらめない!」
「……何とも的の外れた――アンタらしい意見だ」
アルフはそれだけを告げると、無慈悲に刀を振り下ろした。
「なのはぁあああああ!!」
“模擬戦”だと微塵も感じさせない――死ぬかもしれない一閃。
「やめろおぉおおおお!!」
ヴィータが涙を、額から血を流しながら慟哭する。
変わらない結末を確信して。
避けられない結末に絶望して――
「なのはさぁあああん!!」
ティアナがついに、アルフに対して銃口を構える。だが、アルフは呟くように言った。
「死への恐怖は覚悟で乗り切る。それでいい――が、理解するのが少し遅かったな」
振り下ろされる刃。
絶望に変わる表情――。
そう――それが、敗北の味。
アルフは刀を振り下ろしながら、ティアナの表情の変化を観察した後、なのはを見つめた。
彼女の眼は未だ輝きを失わず、アルフの狂眼を見つめ返してくる。迫りくる白刃に、眼をそむけることなく――。
その光景は、まるでコマ送りのようにスローモーションで、質の悪い夢のよに感じられた。
なのはは眼を逸らすことも、瞑ることもせず、ただ見開いてその結果を見つめる。
避けることも、受けることも出来ない彼女に放たれた、白刃がもたらす結末を――。
その時、なのはの眼に光が映った。圧倒的に輝きながらも暖かい光。
死への恐怖の中でも輝き続ける命のきらめきが――。
「!」
なのはの眼に紅い光が映るのと、振り下ろされた刃が宙で止められるのは、同時。
鈍い金属音が、火花とともに散る。
「――それくらいにしておけ」
冷めた口調で放たれた声は、透き通る男性のモノだった。
なのはがゆっくりと声主を仰ぐ。
紅いジャケットを羽織った黒髪の青年が、アルフの刃を自身の刀で受け止めていた。