連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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16.救世の騎士(グローランサー)

 ――数刻前の医務室。

 

 そこに黒髪の青年――カーマイン・フォルスマイヤーは寝かされている筈だった。

 つい先日まで機動六課で張り切っていた青年(フェイト)が連れて来た、青年だ。

 

 この青年は人間にあるまじき美貌を持ち、管理局――陸士107部隊を一人で壊滅に追いやった犯人と“同じ顔”をしている。

 

 白衣を着た女性――シャマルは、いつものように定期健診を行おうと部屋に足を踏み入れた。

 

「おはよう、ティピちゃん。アステア君。――彼の具合はどうかしら?」

 

 そう言いながら部屋に入った時、中央のベッドで寝かされている筈の患者が、消えていた。

 ずっと患者(カーマイン)に付き添っていた妖精(ティピ)も、カーマインと同じ顔をしたアステアという青年も――いない。

 シャマルは目を見開いた。

 

「――大変っ! はやてちゃん!!」

 

 急いで、シャマルははやて達――機動六課の司令部に通信を入れた。

 

[――え? カーマイン君達が居なくなった?]

 

「ごめんなさい、はやてちゃん。油断はしていないつもりだったんだけれど」

 

 申し訳なさそうな顔で頭を下げるシャマルに、はやては微苦笑を浮かばせた。

 

[多分、アステア君が犯人やろな。とりあえず、まだ基地内に居てると思うから、私の方でも探してみるわ]

 

「私も探すわ。急に動いたら体にどんな悪影響があるのか、分からないもの」

 

 逃げ出した患者の身を案じるシャマルに、はやては嬉しそうに笑った。

 

 

「駄目だよう! 勝手に抜け出しちゃぁ! シャマルさんや、はやてさん達に迷惑かけちゃうじゃない!!」

 

 眼を覚ましてから、一つ所に落ち着かず勝手に歩き回る相棒(カーマイン)に、ティピは苦言を呈した。

 

「――フン、その割には見た事の無い施設が気になるというソイツの後を率先して付いていなかったか?」

 

 いつものように常に誰かを馬鹿にしたような冷笑を口に浮かべて、アステアはティピに言う。いつもの白いコートを羽織り、首に巻いた濃紺色のマフラーに口を埋めるようにして、様子を覗き見て来る。

 

「そりゃ、興味というか好奇心には勝てないわよ! でも――流石にそろそろ検診の時間だし、シャマルさん慌ててると思うんだ……。助けてもらったのに、そんなの悪いよ」

 

「――だとよ。どうするんだ、カーマイン?」

 

 先を歩く自分と同じ顔をした青年――カーマインに問いかける。久し振りに会ったアステアの主は、相変わらず冷めた瞳で周りを念入りに見回しながら、歩いていた。黒のノースリーブシャツに同じ色の革ズボン、革靴に――紅いジャケットを袖に通すだけで、半脱ぎの状態を維持した服装。

 毎度のことで慣れたが、袖を通すなら着ろよと何度突っ込んだ事か――。

 その度に、ポリシーだの拘り等とヌカして来ては、一向に直す気が無い。よって説得を諦めた事をアステアは思い出した。

 

(相変わらず、自分が決めた事は絶対に誰の言う事も聞かない奴だ……)

 

 呆れ顔のアステアの前で、ようやくカーマインがティピに対し口を開いた。

 

「――強大な力を感じた」

 

「え?」

 

 カーマインは真っ直ぐ前を向きながら初めて通る道を何の迷いもなく歩いていく。まるで行き先が分かっているかのように。

 

「邪悪な気ではないが――」

 

 強大な力というのは総じて危険なモノである事が多い。確かめることは必要不可欠だと考えての行動だと、付き合いの長いティピには分かった。

 

「――しょうがないわね。シャマルさんやハヤテさん達に迷惑がかからない程度にするわよ!」

 

「ああ。分かってる」

 

 そんな二人のやりとりを見て、アステアは肩をすくめるのだった。

 3人がしばらく歩いていると、機動六課の隊舎近くの湾岸で、長い階段がある場所に出た。

 

 目の前には大海原。

 

 海上からわずかに浮かぶようにして、訓練場らしきビル群が広がっている。

 

「海の上に何か建物が浮かんでる? フェザーランドみたいなものかな?」

 

 ティピが眼の前の光景にポカンとするのも束の間、今度は眼を皿のように見開いて文字通り仰天していた。

 機動六課の者には見慣れた―、初めて見たティピには衝撃の光景。エースオブエース高町なのはが――人間が、有翼人(フェザリアン)でもないのに、空を飛んでいる。

 

「――な、何よこれ!?」

 

「興味深いな。コレが異世界の魔法か」

 

 動揺するティピに対し、カーマインは純粋に関心してその光景を見ている。そんな二人の後ろで、アステアの黄金の指輪に付けられた蒼い宝石(アルスィ・オーブ)が輝き始めた。

 

「?」

 

 カーマインが気配に気づき、振り返ると、アステアが口を開く。

 

「一見、島のように見えるこの訓練場は、力場を広範囲に発生させ、そこに物質が“在る”ように見せている幻影だ」

 

「アレが幻!? ウソでしょう!?」

 

「しかし――装置によって質量を与えられ、触る事や踏む事も可能な代物のようだな」

 

 アステアの説明に、ティピが開いた口が塞がらないと言った表情で、なのは達のいるフィールドを見る。

 

「――貴様が感じたのは、アレか?」

 

「ああ」

 

 アステアの言葉に頷きながら、カーマインは訓練をしている彼女達を静かに見つめた。

 

 

「……君は……!!」

 

 驚いて息を呑むなのはを見もせず、青年――カーマイン・フォルスマイヤーはアルフを見据える。その冷たく冴えわたる金と銀の瞳は壮麗で、見るもの全てを惹き付ける魅力があった。

 アルフは無表情のまま不揃いな瞳(オッドアイ)を見つめ返し、告げた。

 

「へぇ……。ようやくお目覚めかい?」

 

 青年(フェイト)が拾って来た、陸士107部隊を壊滅させた人物と“同じ顔”の青年。

 アルフは小首を傾げて皮肉気に嗤う。互いに刃を重ね合わせたまま、カーマインも、口許を不敵に歪めた。

 

「――御蔭さまでな」

 

 刀を弾き、アルフを後方へ下がらせるとカーマインは静かに言い放つ。

 

「アステア、二人を」

 

 それだけを告げると、カーマインは、なのはとヴィータの二人から距離を置くように移動し、アルフを正面から見据える。アルフもティアナやなのはのことなどもはや眼中になく、いきなり現れた青年を興味深そうに見やっていた。

 

「彼は――!」

 

 なのはが呆然としていると、隣に不機嫌そうな顔をした青年とこちらを気遣う妖精が現れた。

 

「大丈夫!? なのはさん!!」

 

「――フン」

 

「ティピちゃん? アステア君?」

 

 白いコートを着た青年は息を漏らすと同時、右手をなのはとヴィータに向ける。

 

「――ヒーリング!!」

 

「!!」

 

 奇麗な青い光がなのはとヴィータを包み込み、傷を癒した。

 瞬間、ふっと息を吐いたヴィータが、瞼を閉じて気を失う。

 なのはがそれを支えようとしたとき――

 

「なのは!!」

 

 令嬢(フェイト)が駆けて来た。後ろにティアナ、エリオ、キャロ、シグナムもいる。

 

「傷は治したが、体力までは戻らん。さっさと医務室に連れて行ってやるんだな」

 

 アステアは傷を治すや否やカーマインの方を見る。なのはたちのことは既に眼中にない。

 

 カーマインは静かに愛刀、レギンレイヴを左手に持ち、腰を落として斜に構えた。右肩を前に突きだした変則的な――幅広い動きに対応する構えだ。

 対するアルフは青眼。自らが鍛えた刀、“無名”を正面に据える。

 

「一つ聞いておく。アンタはアレンの知り合いか?」

 

 カーマインがふと尋ねた。黄金と蒼銀の瞳が真っ直ぐに向いている。アルフは一瞬、眉を上げた。

 ――アレン。

 数年前までアルフと同じ、銀河連邦の特務軍人だった青年の名だ。

 

「……なるほど。お前が、アイツがやたらと褒めてた“カーマイン”か……。こいつは面白い」

 

 アルフが新制連邦軍にいる間、アレンがエリクールで昔馴染みに会ったと通信をよこしてきたことがある。連邦軍最高峰にまで上り詰めた男が瞳を輝かせて戦いを語る様はひどく珍しいものだ。

 狂人は静かに喉を鳴らす。口許は笑みを刻んでいるが、紅瞳は一ミリも動かない。

 カーマインは不敵に笑った。

 

「アレンの同僚ってことは、加減はいらないよな?」

 

「好きに攻めて来な。管理局の支部を潰せるくらい強いんだろ? ゲヴェルってのは」

 

 睨みあうこと、数秒。

 瞬いた一瞬に、カーマインはアルフの前に現れた。

 

(速ぇっ……!!)

 

 上段から降る斬撃。その剣圧に、アルフは青眼に構えた刀を横たえる。鈍い金属音と火花が散り、カーマインの唐竹が止まった。振り下ろされる斬戟は鋭く、空間そのものを切り裂くような凄味と威力があった。

 間違いなく、――絶刀の域。

 “無名”でなければ、止めた瞬間に刀ごと斬られている。それほどの斬撃だ。刀も然ることながら、使い手も超一流。

 

(アレン……。いや、この自由な感じはフェイトに近いな)

 

 アルフは口端をつり上げた。

 カーマインは唐竹を止められるや、続けざまに袈裟がけ、逆袈裟、胴薙ぎを一息で放った。アルフは袈裟がけを刀で受け、逆袈裟を反身逸らして(かわ)すと無名を振り下ろした。同時。身を翻して放たれたカーマインの胴薙ぎとぶつかった。

 火花が散る。甲高い音と残光を残し、両者(ふたり)は距離を取った。

 アルフは目を細める。

 完全に背を向け、遅れて斬りつけて来たはずの胴薙ぎが、それより先に放たれたアルフの唐竹を相殺したのだ。

 

 ――見た所、剣速は互角。

 

 だが――

 

(人間よりも身体能力に優れているってのは、本当らしいな。身のこなしと、反応速度……この二つが常軌を逸してやがる)

 

 カーマインは攻撃の切り替えに、コンマ数秒を要しない。

 アルフは相手を観察するようにカーマインを見据えた。カーマインもまた、紅瞳を冷静に見返してくる。先ほどまで浮かべていた笑みは両者とも、ない。

 無表情に、感情を混ぜることなく放たれる両者の斬戟。

 それは、しんとしていて――まるで舞っているようだった。

 

 

 

「初見でカーマインの縮地法に反応し、あの斬戟についてくるとは。――成程、流石はアレン・ガードの同僚だ」

 

 アステアは両者の動きを見ながら嘲笑する。

 唐竹から始まった四合。

 たったこれだけの切り結びで、両者の実力を大体把握したためだ。

 剣速、技巧……アルフは決して質の悪い剣士ではない。

 だが、それだけだ。

 カーマインの相手をするには、いささか力不足な男だった。何故なら、ゲヴェルと言う種族は攻撃を視認出来れば、タイムラグなしに身体が動く。コンマ数秒の神経伝達を必要としないため、人間と戦えば必ず反応速度で競り勝てる。

 剣術が拮抗するなら尚のこと、アルフは一歩どころか、二歩も三歩も後れを取っている。

 その上、救世の光と呼ばれた男(カーマイン)は、ゲヴェル云々を差し引いても、今より遙か高みに真の実力があるのだから。

 アステアは悠然と腕を組んだ。先を見るまでもなく、結果が分かる。数メートル先で刃を交える両者が、地面に円弧を描きながら互いを睨み合う。

 アステアは鼻を鳴らした。

 

「その程度の動きでは、カーマインには勝てん」

 

「――違う」

 

 ティピはアステアを一瞥し、カーマインたちを見た。眉間にしわを刻みながら、どこか不安そうに。

 

「何?」

 

 アステアは眉を上げた。自分の肩に留まった妖精を怪訝そうに見やる。

 ティピは神妙な面持ちのまま、ぐっと手を握り締めた。良く分からないが、胸騒ぎがする。素人目には、同じ作業が続いているだけのようだ。

 アルフとの剣戟。刃を重ねるカーマインの表情はいつも通り冷静で、隙など一切ない。

 

(……そう、いつもは自由に戦ってるのに、なんだか今は……)

 

 堅実なカーマインの体裁きは、ティピにすれば稀有なものだった。

 

「カーマインは多分……、いま凄く慎重に戦ってる。まるで――シュワルゼやデュランと立ち合う時みたいに。……だから、あのアルフって人……!」

 

「……貴様の買いかぶりではないか? 確かに奴の剣は並ではない、が……あんな凌ぐだけの剣など、カーマインがその気になれば……」

 

 失笑したアステアは、嘲りの視線をアルフに向ける。ただし、笑っているのは口許だけで、彼の蒼銀と黄金の瞳は、冬の湖面のように鋭く冷えていた。

 

 

 

「……シャス……、どうして?」

 

 令嬢(フェイト)とティアナに支えられながら、なのはは眉根を寄せた。胸許に置いた手を握りしめる。

 哀しげに目を細めた彼女は、泣きそうな表情をしていた。目の前で、苛烈な剣の火花が散る。

 平時と同じ、今のアルフに存在感はない。まるで廃人のように朧気で、虚ろな表情だ。紅瞳は静、なのはやヴィータと戦った時に見せた、狂気の色はまだない。

 その事実が――何となく予感として、なのはを落ち着かせない。谷底の見えないつり橋を渡る時のような、一歩足を踏み外せばアルフを失いそうな不安が、せり上がってくる。

 心を締め付け、凍らせる怖さ。

 “危機感”が。

 

「なのは、今は医務室に……!」

 

「なのはさん!!」

 

 令嬢(フェイト)とティアナに言われても、なのははその場を動かなかった。

 

「ごめん、フェイトちゃん、ティアナ。どうしても見なくちゃいけないの……。シャスが、何を見ているのかを……!」

 

 頑なななのはに、フェイトは困ったように眉を曲げる。その隣ではシグナムがヴィータを抱き上げたまま、二人の剣士の戦いを見据えていた。

 

 

「…………」

 

 カーマインは静かに剣を一閃し、アルフとの間合いを一旦離した。

 アルフもカーマインと同じように刀を構え、見据えてくる。

 

「――やめだ」

 

 ふと、カーマインは言った。

 アルフが構えを崩さぬまま、問う。

 

「何だ、勝負を途中で投げるつもりか?」

 

「ああ」

 

 カーマインは頷いて、不敵な笑みを刻んだ。

 

「様子見は、これくらいでいいだろう?」

 

 カーマインの全身から白い煙が立ち込める。アルフは静かに、瞳を細めた。

 

「一気に決めさせてもらうぞ!!」

 

 途端、カーマインの気の質が変わった(・・・・)

 

 静かに、それでいて鋭く厳格な宣言の後、カーマインの瞳から光が消え、暗い闇に染め上げられる。圧倒的な鬼気を放つ蒼銀と黄金の瞳。食いしばった犬歯は鋭く、牙を思わせる程に伸び、彼の全身から立ち上る煙が――螺旋を描いて、天を衝き白銀の光を放つ炎へと変わった。

 

 ――ウオオオオオオオオオッ!!!!――

 

 カーマインの背に一瞬現れる、白銀の異形――ゲヴェル。全長五メートルはある巨大な化物は、白銀の炎と変わってカーマインの身に宿る。

 瞬間。

 

 ――ぉぉ……ッ、、!!

 

 空気が震えた。

 

「へぇ……ここまでとは。大したモンだ」

 

 言い知れぬ鬼気が、アルフの肌をぴりぴりと刺す。言いしれぬ緊張感。普通の神経の持ち主ならば、鬼の力を宿したカーマインと目が合っただけで戦意喪失している。

 

 ――圧倒的で、壮絶な鬼気。

 

 それが、人の姿を模した美しい“異形”の本性。

 他者を絶望に叩き落とす深淵の闇が、カーマインの金と銀の瞳(オッドアイ)を覆う。

 アルフは平然とした表情だ。むしろ――その圧倒的な鬼気を前に、紅瞳がゆらりと揺れる。口許には静かな、喜びの微笑みが浮かんでいた。

 

「――さあ、終わりにしようぜ。遊びはよ」

 

「なに言ってやがる。これからだろ? 楽しみは」

 

 低く恐ろしい声で放たれるカーマインの言葉に、アルフはそう返した。互いに口の端を吊りあがらせ、――笑う。

 空気が、場を支配する緊張が、息を詰める程に昂って行く。

 

「これが――107部隊を壊滅させた力……!!」

 

 フェイトは体が震えるのを感じた。なのはを抱き寄せる。

 カーマインから放たれる、余りの殺気。

 眼を合わせただけで殺されそうな程の圧倒的な鬼気――。

 

「――シャス……!」

 

 アルフが嬉しそうに笑んでいる。九年前、なんの魔法も持たず試験を受けた時と同じ――狂気にその瞳を染め上げて――

 

「こんな、これほどとは……!! 何と言うバケモノだ!!」

 

 シグナムが、思わず吐き捨てる程の力だ。人の身で敵うような相手ではない――。

 他者に恐怖や絶望を与えるには十分過ぎる――力。

 それが五メートル以上ある白銀の異形――『ゲヴェル』の力を宿したカーマインの力だった。

 

「……そうかな?」

 

「なのは?」

 

 震えるフェイトの手を握って、なのはは異形の青年(カーマイン)を見る。

 

「彼の身に纏っている光は、どんな絶望も、闇も、明るく照らし出せるように――私には見えるよ……!」

 

 なのはの言葉に、ティピが感動して彼女を振り向いた。

 

「……なのはさん……!!」

 

「……」

 

 アステアは静かになのはを観察する。

 

(――この女。ゲヴェルの気に惑わされず、見たと言うのか……? カーマインの本質を)

 

 彼はカーマインに視線を戻し、目を丸くした。

 

「フルパワーだと? 何を考えている、アイツは……!!」

 

 

 カーマインが全身に溢れさせる力を滾らせて、大地を蹴る。――縮地法と呼ばれる俊足術。眼前にいきなり現れ斬りつけて来るその斬戟も動きも、先程より洗練されており――正に野性と天性の融合と言える腕前だった。

 

(成程、初めて会った。コレが……天才ってヤツか)

 

 アルフも常人からみれば、優れた才気の持ち主――天才である。だからこそ、並大抵の才能で驚きはしない――。そんな彼をして、この異形の青年は言わしめる――“天才”だと。

 縮地法から放たれる斬戟。

 稲妻のように奔り、煌めく青い斬閃は、空間を網の目のように切り裂ていく。

 圧倒的な手数、アルフは受け切れないと悟った。

 だから――、

 彼は迷うことなく、前に出た。触れれば一瞬で膾斬りにされる斬戟の檻。そこに向かって、アルフは一歩前に進む。

 およそ常人には理解不能な――命知らずの行動。

 常軌を逸す判断――。

 

 

「ふん、諦めて楽に成りに来たか。――ま、人間にしては良くやった方だが」

 

 アステアの嘲笑に、ティピが首を横に振る。

 

「何かあるよ……。あの人……!」

 

「何だと?」

 

 ティアナたちが眼をそむける中、なのはだけは決して眼を逸らさない。アルフの見ているモノを見つけようと眼を見開く。

 

 

「確かに凄まじい斬戟と気、移動速度だが――」

 

 アルフは剣閃の一つに『朧』と呼ばれる抜刀術を放つ。放たれた斬戟はあっさりと剣閃に弾き返される。

 だが、

 その剣閃は僅かに横に逸れた。そこに入り込み、アルフは拳を握る。右腕に炎が宿った。

 

「――正直すぎるぜ、その斬戟」

 

 ゼロ距離でのバーストナックル。カーマインの剣の檻が、ついに消えた。

 しかし、

 カーマインの右手がしっかりとアルフの拳を掴み取っている。

 静かにアルフの眼を見て、カーマインは低く言った。

 

「こだわりなんだ。真向勝負は……!」

 

 掴まれた拳を引っ張られ、体勢を崩したアルフに放たれる左からの側頭蹴り。咄嗟に無名(カタナ)の柄で止めるも、衝撃を緩和し切れず後ろに吹き飛んだ。

 地面が近づいた所で、軽業師のように着地し、アルフが体勢を立て直そうとしたところでまたも、カーマインの斬戟が飛んでくる。

 

(アレンが認めるわけだ)

 

 明らかに危機的状況でありながら、アルフの瞳は揺るがない。

 先ほどのバーストナックルは、アルフをしても防がれると思わなかった。

 鋭い斬戟に加え、あんな半端な体勢から放った蹴りで、特務(スペシャル)の自分を吹き飛ばし、更に自分が体勢を立て直すより速く斬り込んで来るとは。

 油断などまるでしていない。カーマインには心に隙が無かった。加えて、天性の動きと野性の勘を備え、格闘センスと剣術は連邦軍の精鋭部隊、特務(スペシャル)の域――。

 正に奇跡としか言いようがない、理想的な剣士だ。

 

(試すつもりだったが、見てみたくなったよ)

 

「――お前の、底を」

 

 次の瞬間、真っ向からアルフはカーマインの剣を止めた。雷が落ちたような轟音がフィールドを走る。

 カーマインの瞳に、黄金の鳳凰が一瞬現れた。

 

 

「何だと、カーマインの一撃を止めた!?」

 

「それだけじゃないよ、アステア! あの人の全身から、黄金の炎が――」

 

 ティピの言葉にアステアは眼を見開いた。

 

「まさか――活人剣だと!?」

 

 元銀河連邦軍人――アレン・ガードの得意技。FD事変を乗り切ったアルフの同僚は、軍人を辞めてエリクールにいたころ、アステアたちの同胞――キールという男の誘いを受け、惑星グローランドでゲヴェル騎士団(グレナディーア)に“ガード流”と呼ばれるアルフも使う剣術を教えた。

 活人剣は、ゲヴェル騎士団(グレナディーア)が受け継いだ究極の活性術だ。

 己の身体能力と気を爆発的に上げ、傷すらも瞬時に治す技。

 カーマインがアルフを“アレンの同僚”と判断したのも、グレナディーアが教わった剣術と、アルフが使う剣術が同じだからであった。

 故に、

 

「だが――、奴はいつ活人剣を使った!?」

 

 同じくガード流活人剣を知るアステアの疑問は(もっと)もである。

 アレンやグレナディーアが活人剣を使うとき、彼らは必ず型を取る。左手で柄を握り、刀身を寝かせ、右手で剣先に触れる、それが正式な型だ。しかし、アルフにそんな型を取る暇は無く、また取った痕跡はない――。

 アルフは型を取らずとも活人剣が使える、非常に稀有な人物なのである。

 

 

「見せてもらうよ。お前の底を――」

 

 アルフの言葉に、カーマインはニヤリと笑った。

 

「よかろう!!」

 

 激しくぶつかり合う斬戟。アルフが選ぶのは【夢幻鏡面刹】。そしてカーマインが刀の鯉口を切る。

 

「――一気に行くぞ」

 

 口調は静かだが、圧倒的な青い斬戟が両者から同時に放たれ、宙に無数の火花を散らしながら、辺りの景色をズタズタに切り裂いていく。

 だが、打ち合いに徐々に差が出る。

 

 

「剣速は互角、技の性能、腕力、剣術レベルも全てが高次元でかみ合っている。――だが!!」

 

 アステアが、両者の立ちあいに吼える。

 

「ゲヴェルの反応速度は、人間を遥かに凌駕する!! この勝負、もらった!!」

 

 

 アステアの言う通り、カーマインの剣撃が徐々にアルフを押していく。とてつもない斬戟、徐々に力負けし、反応速度の差が明暗を分かつ。

 腕力が互角でも、衝撃(インパクト)瞬間(タイミング)を合わせられない剣は、半ば威力が死んでいる。

 アルフの攻撃を見ると同時に、カーマインは避けることが出来る。

 

 ズガアッ!!

 

 足を引きずりながら後方へ退がるアルフ。

 

「――シャス!!」

 

 機動六課の誰かが自分の名を呼んでいるが見向きもしない。否、聞こえていなかった。

 彼はにやりと笑い、言い捨てる。口許ににじむ血を指先でぬぐいながら。

 

「この強さ――。予想以上だ」

 

「……ソイツはどうも」

 

 低い声で返し、カーマインが静かに構え直そうとした時、その首筋の左側に紅い線が奔っていた。つ、と血が首筋を伝って流れ出る。

 

「…………」

 

 カーマインは首を伝う血の方を眼で見やると、アルフを見つめ直した。アルフは静かに微笑っている。口の端を歪めて、その瞳に狂気を浮かべて。

 

「やってくれたな……!!」

 

 その笑みを受け、異形の笑みを浮かべるカーマイン。

 

「強くないと、潰しがいもないんでね……」

 

 瞳に鬼気を、狂気を――両者、口許に笑みを浮かべて、向かい合う。と同時、カーマインが斬りかかった。足を止めて中央でぶつかり合う両者の凄まじい連撃。

 

 

「駄目だよ! 読まれてる!!」

 

 ティピが悲鳴を上げる。カーマインの首筋から血が流れて行く。手数では、カーマインが圧倒的に押している。その凄まじい連撃はアルフをしても打ち勝つことは不可能だ。だが、アルフの狙いは、打ち合いの中でのカウンター。

 

「カーマインの凄まじい連撃の内の一つを選んで、カウンターで首筋の頸動脈を狙って切り返している、だと……!?」

 

 全ての(ポテンシャル)において、アルフはカーマインと互角ないしは下だ。

 まともに斬り合えば確実に殺される。

 故に彼は、無駄に動かない。

 獲物を待つ獣の如く、狙うは――ただ一撃。

 

 アステアはここに至ってようやく、カーマインが慎重になっていた理由に思い当たった。

 

「まさか……、あのアルフと言う男……! カーマインを殺すためだけに、敢えて全力のカーマインの連撃を受けたのか!? カーマインの反応速度、剣速を体で覚えるためだけに……!!」

 

 そして、同時に気付く。カーマインの行動のおかしさに。

 

「何故――? 読まれると分かっていて――何故敢えて打った、全力の攻撃を!!」

 

 カーマインの行動に怒りを覚えながら、アルフの剣に憤りを感じながら、アステアは二人の闘いを見据える。

 

 

 アルフは静かに笑う。ゲヴェルの反応速度は異常だ。攻撃を確実に動脈に届かせている筈なのに、紙一重の所で反応される。

 この斬戟で急所を狙う一撃を放つのは、まさに二メートル先から針に糸を通すかのような緻密な作業――。

 

 連撃における手数では、まず勝ち目がない。

 

 だから防ぎながらのカウンターを、連撃を返しながら拍を変化させ、入れる。この神業を前に恐怖を覚え、殺された者は一桁や二桁では無い。手元が狂い、一気に巻き返される人間をアルフは何度も見てきた。敵が強ければ強いほど、高次元の斬戟に身をさらしながら確実に急所を狙う、この――狂人に。

 だが――カーマインもまた、笑みを浮かべている。

 とても純粋に――楽しそうに、アルフの放つ鮮明な死の香りを楽しんでいる。否、純粋にアルフとの――“勝負”を。

 死から逃げず、死から眼をそむけず、生きることを決して諦めない。その純粋な生命力の強さに、そんな男に――アルフ・アトロシャスは初めて会った。この男は自分の狂気にさらされながらも、決して逃げず、駆け引きに真っ向から挑んでくる。

 

(……ああ)

 

 初めてだった。

 狂人は嗤う。ようやく自分と同じ、狂った男に出合った。死と抱き合いながら冷静に剣を振れる――そんな男に。

 

 両者とも、死を恐れない。

 

 勇気と無謀。生と死は表裏一体。相反する存在でありながら、根本は同じ物。

 その勇気と無謀を決定的に隔てる――“覚悟”を、アルフは先天的に持っている。だから必要以上に生に縋らず、死を拒まない。

 狂気に見える行動は、すべて正気。精密で狡猾な計算の下、相手を陥れるための結果に過ぎない。

 アルフは選ぶ。無為の生より鮮烈な死を、鮮烈な生のためには無為の死を。自分の才能と気運を試すように、死闘の“鮮やかさ”だけを彼は求め続ける。

 そんな戦いに、アルフの求める“鮮やかな”死闘に、真っ向から答えてくれる――この男は理想だった。

 だが、

 すべてのものには終わりがある。

 完全に同等(・・)など、この世に存在しない。アルフは知っていた。どちらかが必ず――どこかで逃げる。死と向き合う恐怖から、奈落の闇から抜けだそうと意識を手放す。もう楽になろうと。

 

(それは俺か、お前か――)

 

 狂人は嗤う。異形と彼は互いを認め合い、剣を交えながら――互いの剣の底を見ようと純粋に――笑みを浮かべて戦い続ける。

 誰もその場を動けない。命を危険に晒しながら、尚笑う二人の世界は壮絶で醜く、自己満足に満ちていて――圧倒的だった。

 

 

「これが――“勝負”……?」

 

 ティアナが二人の闘いを見ながら、先にアルフが言っていた言葉を思い出す。

 

「どうして――どうして、ここまで……!!」

 

 令嬢(フェイト)が二人を止めようと――駆け寄ろうとするのを、なのはが止めた。

 

「なのは? どうして!?」

 

 なのはは強い瞳で、アルフとカーマインを見据える。

 

「多分――これがシャスが私たちに見せたかったモノだから。だから……、見届ける」

 

「しかし、このままでは――二人とも!!」

 

 シグナムが眉間にしわを寄せて、二人の闘いを見ている。

 誰が、どう見ても殺し合っているようにしか見えない――二人を。

 

「フン、貴様ら如きに止められるモノか。リミットを外せばともかく、今の貴様らではな」

 

 アステアがそんな機動六課の3人を嘲るように――視線はカーマインたちに固定したまま、言い放つ。

 

「……アステア?」

 

 シグナムは訝しげにアステアを見た。それくらい、苛立った声だったのだ。

 彼の瞳は、シグナムが予想していたよりも遥かに凄まじい、殺気と怒気に彩られていた。

 

「――あのクソガキ……! いい度胸だ……!!」

 

 その殺気が向けられる先は――カーマインに殺意の兇刃を振るい続ける、アルフ・アトロシャス。

 

「カーマインが、本気だ! あのカーマインが、シュワルゼとデュランにしか本気の訓練をしないアイツが――。人を助ける為にしか本気で剣を振るわないアイツが、あんなに楽しそうに剣を振るうなんて」

 

 ティピが素直に――驚きの表情でカーマインを、そして彼を本気にさせたアルフと言う青年を見据える。

 

 

「――いいね。……カーマイン・フォルスマイヤー!!」

 

「アルフ・アトロシャス……! 貴様もな!!」

 

 互いにそんな言葉を告げた後、吼えあう。

 

「――破ああああ!!」

 

「ウオオオオオオ!!」

 

 本能のままに――剣を交え合う。

 

(――この野郎、剣速が上がってやがる……!)

 

 戦いの中で、アルフの予測を上回ろうとするかの如く、カーマインの動きが速く、鋭く、剣速が上がって行く。カウンターに剣撃が重くなっていく。

 

 熱く燃えたぎる勝負の熱――その中で、ついに――終わりの瞬間が来た。連撃の最中、熱く燃えるようなアルフの咆哮。

 

 しかし、それは罠。

 真っ向勝負に乗ったように見せかけた、冷静な罠。静かにアルフの無名(カタナ)は一撃必殺の体勢に――抜刀術の構えに入っていた。

 カーマインはそれに気付かず、前に出る。その時、既に彼の命運は尽きていた。狙うは――左の首筋。

 ――アルフの一撃にして必殺の奥義。速くもなく、遅くもないただの斬戟。されど、その剣に気付く者は無く、気付かれぬが故に受けられることも無い。

 

 その剣の名は――“無音の剣”。

 

 刃がカーマインの首筋に触れる。そのまま振り切られようとしている。振り切られれば――例え異形の力を放つカーマインといえど、即死。

 首筋に刀が触れた感触が柄を通してアルフに伝わる――。

 

(――何だ?)

 

 その時、アルフの瞳に映ったモノは――白銀の化物だった。それを見ると同時――アルフは左の脇腹に凄まじい衝撃を感じ、次の瞬間には天高く舞い上がっていた。

 

「――ガハァッ!」

 

 天頂で血の混じった息を吐きながら、今一度カーマインを見る。そこには、異形の気を全身に漲らせ、瞳から鬼気を溢れさせる人の形をした“異形”が立っていた。

 ――それを確認した後、アルフは地面に激突した。

 

 アルフの無音の剣を破ったのは――カーマインの強打撃――必殺の“左切り上げ”だった。

 両手持ちの姿勢から斜め左上へ斬り上げ、左手一本に変えて振り切る。剣速、威力、――その全てがカーマインのもつ剣技の中で最強の一撃。

 

 カーマインの意志と力を受け、レギンレイヴが黄金の刃と化し、アルフに炸裂していた。

 

 

 

「へぇ……。これが“不殺の斬戟”か」

 

 指一本動かせない状態で仰向けに倒れたアルフは、ぽつりと呟いた。

 

「妙な気分だな。体が思い通りに動かないってのは……。けど、頭だけはスッキリしてやがる」

 

 アルフが持つ“無名”のような普通の刀であれば、先の一撃でアルフの身体は左脇腹から右肩を境に両断されていた。

 だが、実際は胸に刀傷すらなく、痛みの代わりに強烈な脱力感がアルフの自由を奪っている。

 アルフは視線を足元にやった。そこに、四つん這いになって肩で息をしているカーマインが居る。異形の気は既に、消えていた。

 

「何だ、お前……。せっかく俺に勝っといてその様は無いだろ?」

 

「はあ、はあ、……いや」

 

 カーマインは全身に掻いた冷汗を見ると、言った。

 

「今のは――偶然だ。体が勝手に反応しただけだ。ヤバイと感じた時には、もう遅かった……!!」

 

 珍しく動揺した彼は、ゆっくりと呼吸を整えた。

 アルフは空を見上げる。高く澄んだ――青空だった。

 

「……ま、久し振りにスッキリしたよ。(もっと)も、お前とは二度とやらないがな。自分の命が危険じゃねえと分かっちまったら、面白味がなくなった」

 

 カーマインはスッと立ち上がり、アルフに手をかざした。

 

「――ヒーリング!!」

 

 青光がアルフの全身を包む。それが消えると同時に、むくりとアルフが起き上がった。

 

「結構楽しかったぜ。カーマイン」

 

「――それは何より」

 

 カーマインは苦笑気味に返した。

 

 

 

「シャス……。よかった」

 

 なのははソレだけ言うと、いきなりフェイトとティアナの腕の中で気絶した。

 

「なのはさん!!」

 

「なのは、しっかり!!」

 

 隣では緊張が解けたのか、シグナムが、気を失ったヴィータを抱いて膝をついた姿勢のまま、息を吐いていた。

 

 

 

 アルフはそんな機動六課の面々をあきれ顔で見やると、カーマインが道を開けた。アルフは溜息混じりになのはの許に歩み寄った。

 令嬢(フェイト)がなのはを抱きながら、アルフを睨み上げる。

 

「……シャス……!」

 

 アルフは構わず、なのはとヴィータに視線を向けた。茫洋とした紅い瞳。倒れ伏したなのはとシグナムに抱えられたヴィータは、それでも互いが離れないよう、いつの間にかしっかりと手を重ね合っている。

 

(やれやれ)

 

 思わず、つぶやきそうになった。

 この友情こそが、“いざ”と言う時の判断を鈍らせる――もっとも危険な雑念(・・)だと言うのに。

 

 ――どうして、分かってくれないの?

 

 戦う前に言ったなのはを思い出して、アルフは頭を掻いた。

 

「どっちが分かってないんだか……」

 

 アルフにとって戦いは孤独だ。戦場は他者との食い合いであり、そこに情など無い。

 だから彼は、半ば呆れながら肩をすくめた。

 

「少しは見えました? 戦いの本質ってやつが」

 

 気を取り直して、令嬢(フェイト)に訊いてみる。

 彼にとって守る、守らないは、全て結果だ。生と死の奪い合いの果てある、結末に過ぎない。

 だから、なのはたちの持つ“護りたい”という意志をある程度は評価しても、護ることだけを戦いの拠所にした考え方には賛同しかねるのである。

 それでは、“死”と言う圧倒的理不尽からは逃れられない。

 民間人だけでなく、仲間をも守りたいと強く願うなのは達は、アルフに言わせれば、互いの実力をまったく信じていない。信用しているが、信頼していないのである。

 だから、咄嗟に仲間を捨てられない。仲間の精神力、生命力に賭けられない。戦いにおいて、勝利よりも先に味方を援護する。その行動理念により失われる好機は、決して少なくないだろう。と、アルフは考える。

 だから――、

 機動六課の中で、少しは見込みのありそうな女性――フェイト・T・ハラオウンに向けて、彼はこの質問を投げかけた。

 この戦いの中で、彼女達が何を見出したのかを。

 

 

 令嬢(フェイト)は、ギュっとなのはを抱きしめて、アルフを睨んだ。

 だがフェイトが何か言う前に、エリオが駆け寄ってきた。

 

「アルフさん。どうして、わざわざあんな事を?」

 

「あ?」

 

 思いもよらない人物に声をかけられ、アルフは首を傾げた。腰の辺りにいる、エリオの顔を見下す。

 無垢な少年は、真剣な眼差しをアルフに向けて、再び尋ねた。

 

「どうして――自分を悪役にしてまで、なのはさんを叩きのめしたんですか? なのはさんのことを何とも思っていないんなら、そんなことしないでしょ。貴方は(・・・)

 

 アルフはきょとんと瞬く。

 そして――、

 苦笑した彼は、肩をすくめた。

 

「さぁ? お前の思い違いだろ」

 

 そう言って、アルフは踵を返す。

 

「エリオ……!」

 

 令嬢(フェイト)は弾かれたように顔を上げ、エリオとアルフを見比べた。

 エリオは嬉しそうにクスクスと笑っている。彼は声を弾ませて、背の高くなった“少年”を見上げた。

 ――雪降る季節に出合った、銀髪紅瞳の“少年”を。

 

「そう言うトコ、変わってないんだね……シャス。さっきの、自分にとって大切な人だから――死んでほしくないから、ああいうことしたんでしょ? だって、どうでもいいって思ってるんだったら、シャスは模擬戦なんかやらないから。今までみたいに」

 

 アルフは困ったように眉をひそめると、無造作に頭を掻いて――ぽん、とエリオの頭を叩いた。

 背を向けた彼は、ふり返らない。

 その背を見て、エリオはまた笑った。

 

「都合が悪くなると、すぐこれだ。でも――やっぱりシャスなんだ」

 

 確信したエリオのつぶやきに、令嬢(フェイト)は怒りの冷めた――いつもの穏やかな視線をアルフに向けた。

 

「そう、だったんだ……。実戦で死んでほしくないから、だからシャスは――」

 

 そこで言葉を切ったフェイトは、穏やかに微笑んだ。

 

「全部、演技だったんだね」

 

 彼女の声まで和らぐ。

 アルフは顔を歪め、額を叩いた。

 

(ダメだ。……全滅かよ)

 

 まるで水と油だ。

 だが、予想していてだけに驚かなかった。それに分かってもらえないのは、いつも(・・・)のことだ。幾度か死闘を交えた同僚でさえ、アルフのことはある程度しか理解していない。

 さらわれた青年(フェイト)に至っては、全然だった。

 アルフは内心で諸手(もろて)を挙げると、その場にしゃがみこんだ。

 

「それじゃ運びますんで」

 

「じゃあ、私も付いて行くね」

 

 断らせないよう、フェイトは颯爽とアルフの隣に立つ。アルフは溜息を返して、なのはを横抱きにした。

 傷を癒したとはいえ徹底的に痛めつけたので、彼女やヴィータが目を覚ますのは、もうしばらく先だ。

 なのはは十九歳の少女に相応しく、あどけない寝顔だった。落ち着いた雰囲気が消えたこともあり、すやすやと立てる寝息まで幼く感じる。彼女は片手で抱えられるほど軽い。無論、これはアルフ・アトロシャス基準の腕力であるが。

 

(……なんだかね……)

 

 胸中で(つぶや)きながら、アルフはなのはを連れて、医務室へと向かった。

 その背を、静かにアステアが睨み据えているとも知らずに。

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