悪意は無く――善意もなく、ただ――純粋に強さを追い求める異形――その姿は俺に、”勝負”の本質や理不尽という言葉を、俺の心に突き付けた――。
懸命に抗う者を嘲笑うかのような――圧倒的な”力”で、俺に強さとは何かを問いかけて来た相手。
その男の名は――シュワルゼ・ロード。
私達が、アステアの記憶共有で知ったのは――カーマインの同胞。
六人の『ゲヴェル』についてだった。
………………
…………
「ティピちゃ~ん、キィーーック!!」
い、今のって……ティピの声、だよね?
――ここは?
私は瞬いて、左右を見渡した。真っ暗な空間が次第に晴れて行き、視界に景色が映り込んで来る。
――そこは、男の子の部屋だった。
反射的に思ったのは、カーテンの色が青だったから。
でも、冷静になって周りを見てみると、その部屋は性別を特定できるほど、特徴的な家具は一切置いてなかった。
フローリングの床の上に、家具と呼べるのはベッドと大ぶりなテーブルだけ。
他には、何にもない。
殺風景な部屋だ。
味わい深いコルク材のようなベッドで、カーマインは眠っていた。――けど、それをティピが蹴って、起こしちゃったみたい。
ティピの傍らには、十四、五歳の女の子が立っていた。女の子はピンク色の長い髪を左右でお団子にして、そのお団子から更に髪を流してる。
お団子付きツインテールって言えば、いいのかな?
女の子は微笑みながら、カーマインに早く起きるように言った。
――お兄ちゃん、お母さんが下で待ってるよ、と。
カーマインは寝ぼけ眼だったけど、ピンク髪の女の子――カーマインの妹さんに頷くと、ベッドから起き上がって、一階に向かって行った。
「起きて来ましたね」
カーマインが向かった先は、一階のリビングだった。一般的なお家より、ずっと広いリビング。
もしかして、三十畳ぐらいあるのかな?
落ち着いた臙脂色の絨毯は花柄みたいなタペストリがついていて、フローリングの床を彩ってる。
その上に悠然と佇むのは、落ち着いていて、とても優しそうな――綺麗な女の人だった。
もしかして、この人が――
「母さん」
カーマインが女の人に向けて、そう言った。
――やっぱりお母さんなんだ。
私は納得して頷く。カーマインのお母さんは、見た目だと二十代にも、三十代にも見えちゃう――ちょっと年齢不詳な感じの、神秘的な女性だった。
藍に近い紫色の長い髪をポニーテールにしてて、カーマインよりもずっと、私達の世界からかけ離れた服装をしてる。
どこが違ってるのかって言うと、カーマインのお母さんは、黄金の大きな髪飾りをしていて、同じ色の肩当てをしてるんだ。その金色の肩当てから白いマントが伸びてて、“異世界”の服装って、本当にいろいろあるんだな、って改めて思った。
「朝っぱらから起きて来てなんだけど、何? 母さん」
「シーティア」
?
背中から声がして、私が振り返ると――カ、カーマインそっくりな女の人……!
私がびっくりしている間に、“シーティア”って呼ばれたカーマインにそっくりな女の人は、生欠伸を噛み殺した。
カーマインって、双子だったんだ。
ふとそう思って、私は瞬いた。
カーマイン達の話によると、“シーティア”って人がお姉さんで、カーマインが弟。
さっきのピンクの髪の女の子が“ルイセ”って言って、二人の義妹になるんだって。
カーマインのお
「私は貴方達が世を滅ぼす元凶となるか、世界を救う光となるか、という予言を宮廷魔術師長から受けました。そして今日まで私は、貴方達が自力で自分達の運命を切り開いていけるように――正しいことを判断できるように育ててきたつもりです。そこで、貴方達に旅をするよう進言します。このお金で身なりを整え、様々な人達と出会いなさい。そして、ティピは私が創ったホムンクルス。貴方達が間違った事をしないようにするお目付け役です。胆に銘じておきなさい」
「ティピだよ、よろしく~! シーティアと……アンタ、名前は?」
静かに告げるサンドラさんとは対照的に、ティピは明るく言った。私の知ってる通りのティピだ。周りの景色は全然私の知らないものなのに、ティピだけが変わらない。私は彼女を見て、自然と頬がほころんだ。そのティピが、怪訝そうにカーマインを見る。カーマインは思い出したように告げた。
「カーマインだ」
ぶっきらぼうな挨拶だと思った。
(な、何っ!? 急に周りが暗くなった……!)
私が驚いて周りを見渡していると――空が見えた。
真っ黒いけど、星々が輝く夜空だ。
私は大理石の上に立っていた。――屋上、みたいだ。
前には――
空を飛ぶ、数々のモンスター。
ガーゴイル……!
すぐに頭の中に情報が流れて来る。
ここは――カーマインのお母さん。サンドラさんが使う研究塔なんだ――。
その屋上で、『仮面の騎士』と彼等が操るモンスターにサンドラさんは襲われていて、間一髪の所でカーマイン達が助けに来た――。
カーマインはサンドラさんを庇うように立ってて、その二人の前に、カーマインと同じ顔をした男がいる。
『ゲヴェル』。
アステアはそう言ってた。
この『ゲヴェル』は、全員で百人いるんだって。
カーマインやアステアと同じ顔の人が、百人……。
カーマインの前に立つ、カーマインと同じ顔の男は、黒い服とズボンの上に、赤いコートを羽織っていた。
彼も多分――カーマインと同じ、『ゲヴェル』なんだ……。
私がその赤いコートの男を見ていると、彼はカーマインとは対称的な――過激で、挑戦的な笑みを口許に浮かべた。
「どうした? 俺の顔がそんなに珍しいか? 毎日鏡で合っているだろう? ――気になるか、この俺が。そして、お前のことが!」
「関係ない。貴様等はサンドラの命を狙った……! 貴様が何者だろうと、俺は……許さないっ!!」
男の言葉をカーマインは歯牙にもかけず、斬りかかる。二人は互いに剣を繰り出し合い、交差し合う。――しばらくしてカーマインの右肩から血が噴き出る。
「フフッ、簡単には殺さんぞ」
「のぼせあがるのも、いい加減にしろ」
壮絶な戦い。
どちらも、無茶苦茶なスピードで地面を壁を駆けて、相手に斬りつけて行く。どれだけ、自分達が血まみれになっているのか、確認もせずに――。
「くたばれ! カーマイン!!」
「シュワルゼェエエエ!!」
――!! 二人とも、死んじゃうよっ!!
この場に居たら、間違いなく私は止めたと思う。それほど、彼らの傷は深かった……。でも、二人とも、まるで気にもしないで刀を振りかぶって――。
二人の間にマジックアローが叩きこまれた。
顔を向けるとカーマインのお姉さん、シーティアがこちらに向かって手をかざしていた。
「まだだ! この俺をもっと楽しませろ、カーマイン! 次に合う時まで、さらに腕を磨いておけ!!」
シーティアのおかげで、闘いの決着はなんとか着かずに終わったけど……。私は心の底から、溜息を吐いた。
シャスとの闘いを嫌でも思い起こしてしまう――。
この時から、無茶してるんだ……!
「母さんが毒にっ!?」
カーマイン達の家。その一階のサンドラさんの寝室で、普段冷静なカーマインが声を荒げた。
さっきの屋上の戦いで、サンドラさんは怪我をしたらしい。しかも、カーマインと同じ顔の――『仮面の騎士』達の剣には毒が塗られてあり、その毒は、人間の世界に出回っている薬では、到底治せない代物だった――。
「治せるものがいるとすれば――」
「フェザリアン」
ルイセの言葉にシーティアが続く。伝承通りなら、人を遥かに凌駕する知識と文化を持つと言うもう一つの人類。
フェザリアン。
それは天使のような翼が背に生えていて、人よりずっと優れた科学力を用いて造った――
「フェザーランドに行く方法なら、魔法学院のアリオストさんに会ってみよ!」
「決まりだな、行こう!」
自分のお母さんが……、毒に……。
私が物思いに沈んでいる間も、めまぐるしく景色が変わっていく。今、私の目の前には水色の髪を腰まで伸ばした、眼鏡の青年がいる――。
(この人が――アリオスト?)
「僕は……母さんに会う為だけに、この研究を続けて来た……。けど、それが間違いだったなんて」
彼は、苦悩に満ちた表情でその場に立っていた。周りを見回すと、羽の生えた美しい人達――フェザリアンが、カーマイン達を取り囲むようにして立っている。
これがフェザリアン……。
皆奇麗な顔をしてるけど――どこか冷たい、無表情な人達だった。
その人達を前にしたルイセ達の表情が、今にも泣きだしそう……!?
え?
どうしたの……?
もしかして、薬を貰えなかったの!?
どうして……?
「単刀直入に言う。貴方達の持つ、解毒薬をもらいたい。母を救う為に」
カーマインは、これまで通り冷静に用件を端的に告げた。
だけど……
「その毒……何故に負うた? 私達の住まうフェザーランドにまで来たと言うことは、普通の毒物ではあるまい。人間は利己的で、常に自分の事しか考えない。故に、そうやって同族同士で殺し合う」
フェザリアンの女王は、冷淡に彼をあしらった。
「何が言いたい」
「簡単な事だ、愚かな人間よ。我々がそなたらに何かをしてやる義理は無い。即刻、立ち去るがよい」
カーマインの肩から、ティピが必死に訴えかける。
「でも! 毒消しなんて一回使っちゃえば終わりじゃないっ!! アタシ達は、マスターを助けたいだけなんだよ!?」
「ならば、人間が我等フェザリアンより優れている点を証明せよ。さすれば、その薬。そなたらにやらぬでもない」
女王の言葉に、シーティアが淡々と応える。ただし、その瞳に強い意志の光を灯して。
「あっそ。じゃ、そうさせてもらうわ。何が何でも認めさせてあげる」
「僕は……母さんに会いたい一心で装置を作って来た……! それが間違いなんて……!!」
アリオストは、人間の父親と、フェザリアンの母親を持つハーフなんだって情報が流れて来た。
彼はお父さんを幼い頃に亡くして、お母さんが空に浮かんだ
それで彼は、お母さんに会う為に飛行装置を作ったんだって――。
自分の背中には無い翼の代わりに、空を飛んでフェザーランドに行けるように。
けど、その飛行装置を目にしたフェザリアンに、その装置を作った事は『間違い』だと指摘されてしまったの。
人間はすぐに、便利なものを戦いの道具にしてしまう。
――だから、愚かな開発だって。
お母さんと同じ種族の人達に非難されて、アリオストが苦しんでる……。そんな彼の肩を、カーマインは静かに叩いた。
「気にするな。科学者とは、少なからずそう言うものだ」
「そう言うもの?」
「――そう。どんな科学者だって、他人には出来なかった事を証明したい。また、証明できたことを自慢したいという気持ちがある筈だ。どんな奴にだってな」
「そう言って頂けると、助かるよ」
苦笑するアリオストに、しかしカーマインは力強く頷いた――。
カーマイン達が、フェザリアンに認めてもらう為に情報を集めていると、アリオストが遠い昔に聞いた、子守唄が聞こえて来たんだ。
それはフェザリアンのお母さんが歌っていた歌で、アリオストはすぐに、それを口ずさんでいた吟遊詩人を見つけて問いかけた。
――その歌をどこで教わったんですか、って。
吟遊詩人は、アリオストの形相にびっくりしながらも『ラシェル』という保養地で聞いたんだって教えてくれた。
カーマイン達は、その言葉を頼りにラシェルに向かった。
するとそこに、カーマインが以前、暴漢に襲われている所を助けた――“カレン”って言う名前の女性が居たんだ。
カレンはカーマインより少し年上で、大体、私と同い年くらいかな?
淡い金髪を頭頂部に近い左右で輪っかにして、メイドさんとナースさんを足したようなエプロンドレスを着てる。
カレンはこの保養地ラシェルで、看護師さんをしてるんだって。
「確か、ローザリアで私を助けてくれた――」
「カーマインだ。貴方に聞きたい事がある。この保養地に、歌声が聞こえると聞いたんだが、その歌声はどこから聞こえているんだ?」
「それなら、もう少しでその歌を歌っていた人が来ます。シュワルゼさんが、その人を連れて来てくれるって言っていましたから」
「――アイツが?」
怪訝そうなカーマインの背後から、声が聞こえた。全員が振り返る中、カーマインだけが振り返らずに応える。
「ほぅ、奇遇だな」
「ああ」
シュワルゼの後ろには、背中に翼のある美しい女性がいた。
――この人、フェザリアンの……!
「で。やはり、こいつらと俺を間違えたのか?」
「そうじゃ。お主ら、妾を殺しに参ったのかえ?」
シュワルゼの問いに答えながら、フェザリアンの女王はカーマイン達に問いを返す。そんな彼女の前に一歩前に出たのは、アリオストだった。
「僕の母は、フェザリアンです」
「お主……そうか、ジーナの子か」
頷く女王に、カーマインのお姉さん――シーティアが問いかけた。
「貴方はあの遺跡に七日間も囚われていたわけ?」
「そんな時間があるなら、どうして他のフェザリアン達は助けに来ないのよっ!」
その問いの後を継いで、ティピが憤怒する。
ティピ達のそんな行動に小首を傾げ、心底不思議そうな顔をする女王。
「確かに女王が不在ならば不便ではあるが、代わりの者を選べば事は足りる」
不便って……!?
目を白黒させる私に、情報が流れて来た。
『フェザリアン』は、個人よりも集団――種族全体の事を考えて行動する人達――。
全てにおいて合理的で、でもそれ故に、時に仲間を見捨てる判断も平気でする。
今回、女王が連れさらわれた事件を受けて、フェザリアン達は驚きはしたものの、女王を取り返しに地上に降りようとはしなかったんだって。
そしてその判断を、女王も淡々と受け止めてる。
氷の無表情で述べる女王に、シーティアの眉がぴくりと動いた。
「命の重みを本当に理解していない者が言う台詞だな……。命を本当に大切にしているのなら、“代わり”なんて言葉は絶対に言えない。生きたいと望んだからこそ、お前はシュワルゼの傍を離れられずにいる」
シーティアの言葉に、ウォレスが頷き
「自分で変えようとしないのは、弱い生き方だな」
ウォレスは、二十年以上も放浪の剣士として世界を渡り歩いている男の人だ。
盲目で、隻腕。
そんな姿になっても、自分が幼い頃――自分を育ててくれた傭兵団の団長の行方を捜す旅を、ずっと続けているんだって。
もう二度と開かれる事はない瞼の裏の瞳を、それでも私は見たような気がした。
ウォレスの言葉は、――多分、私が思っているよりずっと重い。
「歩き出す前から諦める事は、愚か者のする言葉だ。――父の言葉です」
アリオストが付け加えた。
彼等の言葉に、女王は静かに、首を縦に振ったのだった。
「この女が欲しければ、この俺を倒してみろっ!」
再び、カーマインとシュワルゼが剣を交える。カーマインはさっき見た時より、相当腕を上げていた。
なのに――
「ぐはっ!」
このシュワルゼと言う人には、まるで歯が立たなかった……。
「くぅ……っ!!」
「お兄ちゃんっ!!」
呻きながらも身を起こし、シュワルゼを睨み上げる。その瞳は覇気に満ちていて、今にも飛びかかりそうなほど――。でも、妹のルイセに抱きかかえられているから、動けないみたい。
「なかなかの攻撃だが、手打ちだな。それじゃあ俺には勝てん。――強くなれ、この俺を倒せるほどに。俺はその強さをさらに一歩、超えて見せる」
「上等だ」
邪悪に笑ってくるシュワルゼに、カーマインは不敵に笑い返した。シュワルゼとの約束で、女王はカーマイン達に、サンドラさんの解毒薬を渡してくれた――。
こうして――サンドラさんは、助かった。でも、この記憶――。場面転換が多すぎる。恐らく、カーマインが最も印象に残っている部分を見せてくれているんだろう。
カーマインは強大な敵や力に遭った時、必ずシュワルゼの下で戦いを学んでいった。真綿に水を染みらせるように――その力を吸収していく。
やがて――シュワルゼはカーマインに言い放った。
「この俺を越えるというならば――世界を守って見せろ。あの魔術師から。奴を倒せたならば――その時は、ケリをつけようぜ」
「ああ――。お前は、俺が――倒す」
互いに、そう宣言し合う――。
ただ純粋に、『強さ』を求める最強のゲヴェル――シュワルゼ。
カーマインが最初に出合った同胞であり、カーマインが初めて心の底から「負けたくない」と思った相手である。
カーマインに突き付ける相手でもある。