連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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14.尋ねびと

「――……なるほど。それは急ぐべきだな」

 

 先の一撃、『弧月閃』が変えた新たな地形に、妖精からありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられたアレンは、フェイトの事情を聞いて得心した。

 

「そういうこった。急ぐぜ。……って、おい! どこに行く気だ!?」

 

 言った傍からあらぬ方にアレンが踵を返している。クリフの咎めでふり返った彼は、迷いなく答えた。

 

「二手に分かれた方が早い。フェイト達は道なりに山を登れ。俺は、こちらを行く」

 

 アレンが指差したのは、足元の定まらない茂みだった。

 

「ちょっ! 無茶するのは勝手だけど、私はアンタ達を無事に陛下に会わせなきゃならないっていう――」

 

 押しとめようとするネルを制して、彼は太刀を掲げてみせた。

 

「問題ない。俺には兼定(これ)がある」

 

「連絡手段はどうする? どっちかがアミーナを発見しても、それじゃわからねぇだろ?」

 

「通信機を持っているだろう? それで彼女を見つけ次第発信してくれ。こちらから改めて連絡する」

 

 アレンが連邦製の小型通信機を取り出した。

 

「お前、持ってたのかよ!?」

 

「一応、標準装備だからな」

 

 では、と断って、アレンが走り出した。その背を見送って、妖精が、は、と我に返った。

 

「あ! アタシ、アイツのあとを追うね! あんな化け物刀、ほっといたら森が滅茶苦茶にされちゃう!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 その妖精をすかさず止めようとしたが、間に合わなかった。妖精は身体が小さいためか、茂みに入るなり見えなくなる。

 去っていった二人に、フェイトは思わず舌打ちした。

 

「これで、もし木に化けるモンスターと鉢合ったら……どうするんだよ……っ!」

 

「しゃあねぇ、ともかく先に進もうぜ?」

 

「……そうだね。このまま岩山が続くことを願うしかないさ」

 

 ネルも組んだ腕を解いて、慰めるようにフェイトを見る。視線を返したフェイトは不満そうに顔をしかめながらも、気を取り直して先へと進んでいった。

 

 

 

 穏やかな陽気の差し込む、鉱山の町、カルサア。

 風雷団長と町の領主を兼任するウォルターの屋敷を見上げて、少女はふと、番兵として門の両脇に控えている兵士達に向き直った。

 

「すみません。『あーりぐりふ』っていう国の王様に会うために、ここの領主様の許可が必要だって聞いたんですけど、お会いするのにどれぐらい時間がかかりそうですか?」

 

 首を傾げる少女は、漆黒に濡れた髪をさらりと靡かせて、兵士を仰ぐ。

 歳は十五、六といったところか。

 百五十センチの小柄な体格に似合わず、腰に二振り、剣を差している。一本は黒鞘の刀。もう一本は白鞘の剣だ。番兵である彼等でなくとも少女には過ぎたものに見えた。

 

「ウォルター様と?」

 

 強い光を宿した少女の黒瞳が、こくりと頷く。その際、黒髪の間から赤いバンダナが見えた。彼女の肌の白さがより分かる。

 まだあどけない少女だ。

 その彼女を見返して、番兵たちは難しい表情で互いを見た。

 

「失礼だが、ウォルター様と謁見されるならば用件を聞かせてもらおう。あの方も忙しいお方なのでな。おいそれと会わせてやるわけにはいかんのだ」

 

「あの。実は私、人を捜しているんです」

 

「人?」

 

 たかがそれだけの理由で、一国の王と会おうと言うのか。

 思わず眉をひそめる兵達に、少女は迷わず頷いた。視線を横に流して、彼女自身が向かおうとしている王都、アーリグリフの方角を指差す。

 

「つい最近、空飛ぶ乗り物がアーリグリフに落ちたんですよね? 実はその乗組員、もしかしたら私の捜している人かもしれないんです」

 

「っ、なっっ!」

 

 息を呑む。

 王都、アーリグリフに多大な被害をもたらし、空より落ちてきた巨大な乗り物。その乗組員と言えば、疾風団長が今、血眼になって探している『グリーデンの技術者』に他ならない。

 顔を上げた兵は、おそらく門を挟んだ向こう側で同じ事を考えたであろう同僚を見据えて、小さく頷き合った。

 

「失礼だが、名をお聞かせ願いたい」

 

 彼女は、に、と笑って、見慣れない軍靴を、かつ、と揃えた。さっと上がった右手が、斜め四十五度で額に当てられる。

 伸び切った背筋や無駄のない動きから、慣れた所作であることが伺えた。

 

「はっ! 私、テトラジェネシス第一衛星(ル・ソレイユ)宗主、オフィーリア・ベクトラの側近を勤めておりますナツメ・D・アンカースと申します! 以後、お見知りおきを」

 

 深々とお辞儀した彼女は、規則正しい角度をつけて、さ、と上半身を起こす。その彼女の言葉の意味を、理解できる者はこの場にはいない。

 

「は?」

 

 思わず固まる番兵たちに構わず、彼女は笑顔のまま続けた。

 

「では改めてお尋ね申し上げます。銀河連邦軍、特務第一小隊所属、アレン・ガード少尉について、何かご存知ないでしょうか?」

 

 彼女が小首を傾げる。

 風雷の番兵達が我に返って、とりあえず詳しい事情を聞こうと奥へ通したのは、それから少ししてのことである――……。

 

 

「……きゃっ!?」

 

 山道を大きく外れた、道ともいえない獣道。

 先行くアレンを追う妖精は、出っ張った枝にふいに腕を引っかかれた。

 

(う、そ……!? 速いっっ!)

 

 身体の小さな妖精ですら、――飛行している彼女ですら、無数に伸びた枝の端が頬や腕を引っ掻いていく。それなのに、表面積が多いはずのアレンの足は、一向に止まらない。

 ――まるで抵抗を感じさせない走りだ。

 じりじりと開く距離が、次第に修正不能なものへと変わっていく。

 

「う、うぅっ……!」

 

 それでも、めげずに後を追う。

 何度も何度も小枝に皮膚を引っかかれたが、彼女は諦めなかった。正確には“諦めよう”と考える余裕が、彼女にはなかったのだ。

 

 と。

 

「……っ!」

 

 思わず、彼女は羽を止めた。アレンを、先ばかりを気にしていた自分が、知らぬ間に危険な場所へ踏み込んでしまったことに気づいたためだ。い

 ――彼女を囲む、五体のパペットゴーレム。

 彼等はまったく同じ顔でケタケタと笑いながら、妖精の退路を断つように陣取っていた。一見、子供のような背丈をした、土で出来た細身の魔物だ。

 視線を左右に振る。

 戦慄が、妖精の背筋を震わせた。

 

「キ、ッキキッ!」

 

 奇声を上げて、パペットゴーレムが空を見上げる。

 

 同じ森に棲む者として、彼女はそれが何の予兆であるかを知っていた。何故ならそれは、彼女や彼女と同じ妖精を何人も傷つけてきた技だからだ。

 彼女は、表情を引きつらせた。

 

「ま、待っ――!」

 

 咄嗟に叫ぶと同時、地面が盛り上がる。瞬間。大地を押しのけて、めり込む音と共に枝が伸びてきた。そして――それはパペットゴーレムの合図一つで大樹と化す。枝が鋭利に尖った、黒い大樹へ。

 妖精ほどの小さな身体でなければ、相手を突き殺す、死の大樹だ。

 

 メキ、……ガ、ガァアアンッ!

 

 土が巻き上げられた。

 あまりの轟音に視界を奪われる。悲鳴を上げようと吸い込んだ息は、結局吐かれることなく彼女の喉に留まった。

 ひ、という空気が擦れる音。

 恐怖のあまり響いたその音を聞くと同時、彼女は風に身体が巻き上げられるのが分かった。

 

 枝が伸びる。

 大樹の枝が。

 彼女を巻き上げんと。

 ――彼女を、突き殺さんと。

 

「っ!」

 

 そう思った瞬間。彼女は涙目になった目を開けた。

 か、と見開いた目を空に向ける。だが恐怖に固められた身体が、大樹の方を振り返るのを頑なに拒んでいた。

 

(でも……! 見なくちゃ……! 見なくちゃ死んじゃう!)

 

 麻痺したかのように、身体が動かない。

 そのとき、彼女の視界の端に金色の光が見えた。

 風に靡くその色は、まるで太陽に似て眩しく、透き通った金色が、とても綺麗だった。

 

「…………あ……」

 

 つぶやいた彼女は、はた、と瞬きを一つ落とす。時間の感覚が狂っているのか、目に映る光景が、ひどくスローモーションに見える。

 銀色の残光が、三層の弧を描く。

 それが彼女の先を行っていた男の剣線であると、妖精は理解出来なかった。

 

 ただ。

 

 音のない世界で、静かに大樹がくずおれた。

 根幹部に横一文字。ただ一文字の、美しい斬痕を刻んで。

 三メートル近い大樹の根幹が、真っ二つに切り離される。

 

 ……ど、ごぉおお……おおっ!

 

「ギ、ギキィ!?」

 

 けたたましい音を立てて、大樹の頂点に座っていたパペットゴーレムが、地面に叩き落される。その仲間の姿を見て、思わず声を上げた周りのパペットゴーレム達が、驚いた表情でアレンを見た。

 『兼定』の一撃を放った、彼を。

 妖精が感じた浮遊感は、アレンが彼女を、そ、と掬い上げた時のものだ。大樹に巻き上げられる、その一瞬前に。

 

「あ、あの……」

 

 きょとんとした様子で、アレンの左手に乗せられた妖精はアレンを見上げる。アレンはすまなさそうに見下ろしてきて目を伏せた。

 

「すまない。君に気付くのが遅れたな」

 

「え……? あ! え、と……っ」

 

 その彼の表情を何となく直視できず、妖精は視線を横に流す。

 と。

 彼女たちを囲む、パペットゴーレムがまだ退却していないことに気付いた。

 

「あ、あの……!」

 

 アレンに忠告しようと声を荒げる。だが彼は落ち着いたものだ。

 パペットゴーレム達を見下ろして、言い放つ。

 

「ここは、通してもらう」

 

 すると妖精を囲んでいたパペットゴーレム達が、じりじりと、後ずさっていった。

 包囲網が、崩れる。

 

「ギ、キ……」

 

 中には、アレンに頭さえ下げて道を譲る者までいる。

 彼等に、こくりと頷いて、アレンはまた駆け出した。今度は妖精を置いていかないよう、それでもいつでも抜刀できるよう、彼女を肩に乗せて。

 

「服の襟でも掴んでいてくれ。その方が、動きやすい」

 

「う、うん」

 

 前を見据えた彼は、先と同様、風のように森を駆け抜ける。

 その道を阻める者は、何一つ、存在しなかった――……。

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