人間を皆殺しにする事でしか、自身の存在を維持できない親を――俺は、許せなかった――。
だから――、俺は奴に刻んだんだ。
――人の、情を。
その異形の名は――ゲヴェル。
ゲヴェルの肉の城。
気味の悪い肉の城をずっと進んで行くと――カーマインさん達はやっと、創造主ゲヴェル――白銀の鬼の下に辿り着きました。
「――ゲヴェル、自分の子供に越えられる覚悟はいいか?」
「創造主に歯向かう出来そこないどもが……!!」
白銀の異形。
それはカーマインさんが力を全開した時に現れる鬼そのもので、人をはるか高みから見下しています。私の身体が小さいのもあるだろうけど、その巨体。軽く五メートルはあると思います。
正しく――伝説の異形。
思わず息を飲む私に反して、当事者のカーマインさんはいつも通り、不敵に笑っていました。
「俺が――出来そこない? 違うな」
「――何?」
カーマインさんは自分の中に眠る力――『ゲヴェル因子』を解き放ちました。
アステアさんの言葉を借りるなら、フルパワーです!
金と銀の瞳が深く暗い闇に彩られて、全身を眩いばかりの白銀の炎が包み込んでいきます。
「貴様の頭が固いだけだ。――この、頑固親父が!!」
――ウオオオオオ!!――
自身の影を背負う子を、ゲヴェルは――、一笑に伏しただけでした。
ゲヴェルの目の前には――カーマインのお姉さん、シーティアさんや、妹のルイセさん達が、無限に現れるユング――『白銀の鬼の子』と戦っています。
ユングは、ゲヴェルをそのまま小型化したような化物でした。その爪を一振りするだけで熊をも殺す威力を持っているそうなんです……!
「デュラン、アステア! ルイセ達を頼んだぞ!!」
カーマインさんが叫ぶと同時に、カーマインさん側についた二人の異形の騎士が、シーティアさん達の方へ駆けて行きました。
ゲヴェルが声高に言い放ちました。
「出来そこないのイレギュラーが!! 我、自らの手で叩きつぶしてくれる!!」
こちらに向かってくるゲヴェルの巨体に、カーマインさんも縮地法で駆け、迎え撃ちます。
「――よかろう!! 貴様の実力を見せてもらう、我が親よ!!」
カーマインさんのレギンレイヴが、ゲヴェルの鉄拳が中央で激突。その威力は完全に相殺しました。
ゲヴェルが驚きに目を見開きます。
彼の脳裏をかすめたのは――『仮面の騎士』を創る上で素体とした、一人の傭兵。
放浪の剣士、ウォレスさんが二十年以上かけて探し回っている、傭兵団の団長のことでした。
ゲヴェルは、かつて自分と対等に戦った傭兵を思い起こしながら、不快気に吐き捨てます。
「――これだけの力が有りながら……!! 我に歯向かう愚か者め!!」
「当たり前だ。貴様に歯向かわなくてどうする? グローシアンの言いなりの貴様に!!」
「――何だと!?」
カーマインさんの言葉に、ゲヴェルはこれ以上ないほど不愉快だと言わんばかりの咆哮を、そして拳を繰り出します。
ユングより遥かに巨大な、ゲヴェルの拳。
それがいかほどの威力を持つのか――私には想像する事も出来ません。
それでもカーマインさんは
そんな
ゲヴェルが問いました。
「――貴様。我が、グローシアンの道具とほざいたか!?」
「違うのか? 未だにグローシアンの支配に怯える臆病者が!!」
拳を弾き飛ばし、カーマインさんが縮地法で一気に懐に飛び込み斬りつけます。でも、ゲヴェルは咄嗟に自身の外郭の硬度を高め、刃を通さない。
私は首を傾げました。
グローシアンの支配……?
初めて聞く言葉です。
情報が、流れて来ました。
約一千年前。
太陽の異常により、死の大地となってしまったカーマインさん達の元の世界は、別の次元に元の世界ごと移り住む事で、生き延びようとしたんだそうです。
それが――時空融合計画。
これは、人とフェザリアンの協力により行われました。
二つの次元を重ね合わせて、それが乖離しないように制御しながら、二つの種族は移り込んだ新世界の開拓を始めます。
フェザリアンって言うのは、人の背に鳥の翼が生えた――天使のような外観を持つ人類のこと。
カーマインのお母さん――サンドラさんの毒消しの薬を持っていた人達です。
彼等は、協調性を重んじて、個人行動は一切取りません。それ故に、皆、彫刻のように美しい顔をしているけれど――個性を欠いた――どこか冷たい印象を受ける人種でした。
フェザリアンは人より優れた科学力を持ち、新世界の開拓に尽力してくれました。
また、人間は、以前の世界では普通に使えていた『魔法』が使えなくなってしまっていました。人々は魔法を使うのに必要な魔力の源を、仮に『グローシュ』と名付けて研究に取り掛かったそうです。
新世界には、原住生物『ゲーヴ』と呼ばれる異形が闊歩しています。
白い肌に、角のような鋭い棘を体中に生やした二足歩行の異形――『ゲーヴ』。
人々の間にグローシュが無くても、以前の世界と同じように、強力な魔法が使える特殊な人間――グローシアンが生まれたのでした。
それが――魔法を使える人――グローシアン。
私達で言う所の、『魔導師』にあたる存在……。
グローシアンは、日食や月食時など、元の世界の影響が大きくなる時期に生まれた人のコトだそうです。
この人達は、本能的に元の世界からグローシュを持ち出して強力な魔法を使う事が出来る特殊な人達。
最も強いグローシアンは、皆既日食の日に生まれた者。
私達の世界では、『魔導師』は遺伝的なものか、突然変異みたいなモンですから――こういう日食や月食が関係して、魔導師になれるか否かが決まるって言うのは、真新しいことですよね……。
グローシアンの王は全ての世界を支配しようと、普通の人間達を奴隷扱いし始めました。そして、グローシアンとして生まれた者達は、王の言葉に感銘を受け、選民思想が高まっていきます……!
せ、選民思想……!?
なんだか……物騒な予感です……。
それに、奴隷って……
世界はグローシアンが牛耳ったも同じでした。
だけど――普通の人達の中からグローシアンに刃向かう者が現れます。この人とグローシアンが争う姿に嫌悪したフェザリアンは、人間社会から姿を消しますが、その科学技術を狙うグローシアンは、彼等を追撃し、フェザリアンはグローシアンに対抗する為、異形『ゲヴェル』を造り上げました。
しかし、ゲヴェルはグローシアンによって捕獲され、グローシアンにとって都合のよい兵器へと改良されてしまいます……。
フェザリアンの女王さんは、これを言っていたんですね……!
人間は、争いばかりをするって。
私は両手を抱いて、気を奮い立たせました。
そしてついに、フェザリアンの居城――時空制御塔までも、グローシアンは奪ってしまいました。
フェザリアンは争いを嫌い、地上から姿を消して、自分達の科学技術を結集させて造った空中庭園『フェザーランド』に移住したんだそうです――。
う、うぅ……っ。
思ったよりも酷かったです……。
泣きそうになっている私を置いて、ゲヴェルはカーマインさんに向かって吼え返しました。
「――我が、臆病者だと!? フン、ソレは我がグローシアン狩りを起こした張本人と知っての事か? 邪魔なグローシアンを全て抹殺しようとした我に対する? だとすれば、滑稽だな!! 既に我は、グローシアンを滅ぼす存在となったのだ!!」
「――ああ、一般人みたいなグローシアン限定でな」
カーマインさんが浮かべた笑みは、アステアさんに匹敵するほどの嘲笑でした。ゲヴェルの目つきが鋭く細まります。ですが、対峙するカーマインさんの瞳も、明らかに怒気を含んでいました。余りに怒りの度合いが強すぎて、逆に冷たくなったと言うべきなんでしょうか――。
「何の力もない、ただグローシアンだってだけで。ソレだけで殺したな……!! 貴様の下らん憂さ晴らしの為に!!」
情報が流れて来ます。
カーマインさん達が生きる――一千年後の世界。
そこは、人もグローシアンも分け隔てなく暮らす、平和な世界でした。
だって、その証拠に――カーマインさんの妹さんが、そのグローシアンですから……!
一千年前の争いで、世界を牛耳ろうとしたグローシアンの王を始めとする者達は、滅んでしまったのです……。
そして――人を殺す為だけに創られた殺戮兵器『ゲヴェル』は――魔水晶の中に封印されてしまいました。
役目を終えた道具に、もう用は無いから……。
私は、頬に涙が伝っている事に気付きませんでした。
ゲヴェルの気持ちが、――知ってはいけない筈の憎しみの感情が、染み渡るようで。
私は自分の胸倉を掴んで首を振りました。
もう、やめてくださいっ!
そう叫びたかった。
だって――ゲヴェルの気持ちは、私にも――少しだけ分かるから。
私は、はやてちゃんのデバイス――『蒼天の書』の管制システム……。
だけど、蒼天の書がただのデバイスに戻るまでに、いろいろな事件がありました。
闇の書事件。
それははやてちゃんのデバイス――あの当時は『闇の書』と呼ばれていた『蒼天の書』の力が、暴走した為に起きた事件。
闇の書は本来、主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた収集蓄積型の巨大デバイスでした。
いわゆる――各魔法の『辞書』となるデバイス。
だけど、
歴代の持ち主の何人かが、プログラムを改変したために破壊の力を使う『闇の書』へと変化してしまった――。
そして、自律思考を持たない防御プログラムの破損により、所有者の認証が正常になされず、幾度も暴走を引き起こしたんです。
はやてちゃんが泣きながら、やめてって言ってるのに、私は――
あの時、
もし主がはやてちゃんでなかったなら――
私を闇の書にした、
私もきっと、ゲヴェルと同じように……
「憂さ晴らしだと!? コレは我を苦しめたグローシアンに対する復讐だ!! あの魔水晶の中での苦しみ、忘れるモノか!!」
ゲヴェルが巨大な拳を放ちます。しかし、その拳は凄まじい轟音と共にカーマインさんの刀に止められていました。静かに――カーマインさんが声を発します。
「――復讐、だと?」
怒り狂うゲヴェルの咆哮。しかし、それさえも上回る怒気が、ゲヴェルの目の前で爆発しました。カーマインさんの――怒気が。
「――貴様が殺めたグローシアン達は、貴様を創り出したのか!? 一度でも、貴様に何かを命じたか!? 今を平和に生きて――子を成し、普通の人間として暮らしては、居なかったというか!!?」
ソレは、広大なゲヴェルの間の大気そのモノを振るわせるほどに強大な怒気でした――。仲間はおろか、ユング達まで畏怖の視線を、カーマインさんに集めています。
「我を作り出したはグローシアン。されど、我を滅ぼしたのもグローシアンよ! 我が奴等を許せるわけが無かろう! 戦争の道具として我を創り出しておきながら、勝手に滅び――必要が無いからと言って我を封じた奴等を!! そして――グローシアンを生み出した人間をな! 故に我は、我の意思で人間を抹殺する。グローシアン狩りはその為の布石よ! グローシアンの――人間の、言いなりだった我はない!」
刀から拳を退き、更に逆の手拳で追撃。カーマインさんはソレを跳躍して飛び越し、ゲヴェルの顔面に向けて片手の剣を上から縦に、振り下ろします。
「そうかな? 貴様を作り出したグローシアンは支配階級だ。奴等は勝手に自滅したぞ? 貴様が目覚めた時には、な。つまり、貴様は支配階級に逆らったグローシアンの末裔を殺した」
ガギィッ!!
またしてもゲヴェルは自身の体を硬質化させ、刃は通りません。
「……!」
ゲヴェルの4対の――黄金と灼銀の瞳が細められます。
「ソレはつまり、『人を滅ぼすという』貴様を作った奴の目的通りに行動しているとは言えぬか、ゲヴェルよ?」
カーマインさんの言葉に、私は静かに目を見開きました。
それって……!
グローシアンから奴隷扱いされていた人々が、グローシアンへの反乱戦争を開始して、間もなく。
少ないながらも人間の民に味方するグローシアンが現れ、彼等は後に光の救世主――“グローランサー”と呼ばれ始めようになりました。
これが、カーマインさん達の世界でお伽噺になっている『グローランサー』……。
ティピちゃんが、カーマインさんを呼んでいた言葉……!
静かにゲヴェルの眼前に立ち、問いかけるカーマインさん。その身に、親にも匹敵する異形の気を――白銀の炎を身に纏って。
その背に、ゲヴェル自身の影を背負って――。
「……貴様、何が言いたい?」
ゲヴェルは――自分と同じ目線にある己と同じ姿をした幻影に――問いかけました。青年自身の異形『ゲヴェル因子』に――。
(人の立場にあって、我を滅ぼそうと言うのならば――何故? そのようなことを言う?)
ゲヴェルの疑問に、静かにカーマインさんは、闇に彩られた黄金と蒼銀の鬼眼を向け、言い放ちます。
「親がバカだからって――子供まで、バカになる事はないだろう?」
訝しげに、ゲヴェルは瞳を更に細めました。
「我を――グローシアンの道具と侮るか? 我を、愚かと憐れむか? 随分と――偉くなったものだな。自我を持つことで傀儡では無くなったと――言いたいか?」
カーマインさんの瞳は少しも揺らぎません。先ほどまで有った不敵な笑みも、嘲笑もありませんでした。
あるのは、ただ――真摯な表情。
「貴様は――自我を持って、人を殺すと言ったな?」
「――いかにも。我を道具として創り出した人間という存在。その全てを滅ぼす!!」
猛るゲヴェル。その全身にカーマインさんと同じ白銀の炎を纏って――。
でも、次にカーマインさんが発した言葉は、ゲヴェルをして――衝撃でした。
「自我を持って、貴様の創り出したグローシアンの理念の通りに動くと言うのか?」
「――何?」
ゲヴェルは静かに瞳を見開きます。
「考えてみろ。貴様は――確かに、この大陸にある全てを掌握していた。人間どころか、グローシアンの動向さえも、だ」
「……」
カーマインさんは淡々と感情を表に出さず、告げて行くだけです。
「俺達のように人型のゲヴェルを創り出し、各国の要人に送り込んで、国そのモノの根幹すら、貴様は掌握していた」
「……」
「望めば、貴様は世界すらも人間の手から取り返す事が出来た――。そして、自由そのモノを得ることも」
カーマインさんの言葉を――この場に居る全てのモノが聞いてます。人間もグローシアンも、――そして、異形も。
「だが、これだけの大事を起こしておきながら、貴様のやった事はただの虐殺。自我を得て、人の生活や情報を得て――ソレで起こしたのが、かつて滅びた支配階級のグローシアンが、貴様を生み出した時にプログラムした――人類の虐殺そのモノ」
「……!」
ゲヴェルは――何も言わずただ見つめ続けています。自身の生み出した――異形の青年を――。自身の幻影を――黄金と蒼銀の瞳を持つゲヴェルの影を――背負った青年を。
私だってそうでした。
「ソレで――貴様は、満足か?」
カーマインさんは静かに、自分の親に問いかけました。ゲヴェルもまた静かに口を開きます。
「――ならば、どうしろと言う?」
その言葉に、放浪の剣士ウォレスさんが――妹のルイセさんが、驚愕の表情をしました。ゲヴェルの口から――理性じみた言葉が出ると、この場に居る誰も思わなかったからです。かの異形に有ったのは――人間に対する憎悪と怒り、そして――殺意だけだった。――なのに、今――ゲヴェルは疑問を口にした――。
彼等が驚く顔を見て、私は改めて思いました。
ああ……
多分、カーマインさんははやてちゃんに似ているんだって。
だって、ずっと長い間転生を繰り返して――はやてちゃんのような主を持てたのは、本当に初めての事だったから。
ゲヴェルの孤独や苛立ちが、私にも少しは分かるから。
人には理解されない――かつて人に必要とされて生み出された、道具の気持ちが。
「――我を生み出したグローシアンは、自分達に歯向かう人間やグローランサーを殺す為に戦争の道具として、殺意と憎悪しか持たぬ我を創り出した。彼奴等は、自分達の欲望をを追及する為、我の細胞を人間に移植する研究を始めた。そして――滅びた。その結果、世界に我等だけが残されたのだ」
今度は、カーマインさんが静かに、ゲヴェルの瞳を見据え、黙って聞いていました。
「我等は――プログラム通りに暴れた。人間を――滅ぼす為に。だが、そんな我を封じたのが、グローランサーと呼ばれる人間に味方したグローシアンだ。――永遠とも思える魔水晶の中で、我はこの体を常にグローシュの波動によって蝕まれていた。欲深き人間どもが鉱山を掘り起こし、やっとの思いで外に出た時には――既に、我の知る世界は無い」
異形の声は、これまでの様な居丈高なモノでも、増長した口調でもありません。
ただ――静かに、自分の声を発していた。
聞いているルイセさん達が、思わず涙してしまう程に――。姉のシーティアさんが、静かに刀を鞘に納めてくれます。ソレを見た仲間達は全員、己の武器を納め始めました。
ゲヴェルの子――小型の異形ユングもまた、爪を下げています。そして――自分の親と、人の姿をした兄弟の会話をジッと聞いていました。
「我を創り出したグローシアンも、我を封じたグローシアンも。我を知る――全ての人間も、今は無い!! 我を生み出しておきながら、我の苦しみも知らず!! 平穏に生きる人間ども!! 欲によって我を生み出し、その欲によって滅びながら――。人間は時が変わった今も尚、欲によって我を目覚めさせた……!!」
ゲヴェルを封印した水晶の塊は、強大な魔力を持っていました。
長い長い年月を経て、人々からグローシアン支配時代の記憶が失われた頃。
人々はこれを“水晶鉱山”と思いこみ、水晶の発掘を続けた事から、封印が弱まり、ゲヴェルが復活してしまったんです。
そしてゲヴェルは、当時最強の軍事国家であったバーンシュタイン王国――その宮廷魔導師であったヴェンツェルを服従させ、その地位を利用し、自分が生んだクローンを王子とすり替えました。
また、復活した自分と互角に戦った剣士――ウォレスさんがいた傭兵団の団長の細胞から、クローンを量産し、各国の要人の下へスパイとして送り込みました。と同時に、人目に付く異形の自分に変わり、人間社会を行く手足として、百体を超える剣士のクローン体を作りだしました――。
この百体を超える剣士のクローン体が、カーマインさん達を。
こうして、ゲヴェルが人間社会を支配する地盤固めは、着々と進んで行ったんです――……。
「ああ――。本当に、浅はかな存在だ。だから――貴様は、人を滅ぼすのだな? これ以上、自分勝手な人間の欲に振り回されない為に」
ゲヴェルの声に、カーマインさんも静かに同意し、確認します。
「――その通りだ!! 我の考えを理解したようだな」
「ああ」
カーマインさんの返事にゲヴェルは満足そうに頷きます。でも――この人が、もしはやてちゃんと同じなら……!
私はゲヴェルを見て、首を横に振りました。
貴方の望みは、滅びに向かってはいけない……!
カーマインさんは私に呼応するように、静かに刀をゲヴェルに向けました。途端、ゲヴェルの瞳に殺意が――憎悪が充満します。
「やはり、人間として我を滅ぼすか――! 我の考えをそこまで理解しながら、最後まで我を――ゲヴェルを否定するか!!」
「――いいや、貴様の怒りは正しい」
激昂するゲヴェルに対し、カーマインさんは静かに返します。だけど、確かに自分に向けられるその刃に、ゲヴェルは不快気に怒鳴ります。
「ならば、何故――我に剣を向ける!?」
問われたカーマインさんは静かに、応えました。
「――ゲヴェル、俺は――今まで人として生きて来た。そして分かった事が有る。人間は確かにどうしようもないほどに浅はかで、愚かで、欲深い。時として、自分の家族さえも裏切る。だが――人間は、互いに信じあうことも出来る。ゲヴェルである俺を信じ、血のつながりが無くても、絆という繋がりが出来る」
「信じる――だと? 絆だと?」
疑問を口にするゲヴェルに、カーマインさんは頷き続けます。
「人間は、貴様の言うように薄汚い。だが――、純粋で美しいモノでもある。貴様は、憎しみだけで生きていた。だから、人の薄汚いところしか見えなかっただろう。互いを想い合い、支え合う情を――貴様は、見逃している」
カーマインさんは静かに刀を左手に持ち、斜に構えて右肩を前に出し、腰を落としました。私ははやてちゃんとモニタ越しでしか見ていないけど――シャスさんと闘った時にも見せた、カーマインさんの戦闘スタイル。
「――何故、イレギュラーが生まれたか? 貴様は、その原因に目を向けず、話を聞こうともしなかった。イレイザーを創り出して、自分の兄弟を殺させて行った。ソコに――絆があるか?」
「我と同等の力を持ちながら――何と脆弱なことを!!」
嘲り、嗤うゲヴェルに対しカーマインさんは静かに告げます。ゲヴェルの瞳の奥をのぞき見るかのようなその鬼眼で――。
「力だけで――自分の思い通りにはならない。ソコに情が無ければ、人に限らず生物は一人では生きてはいけない。貴様は――そんな簡単な事も忘れて自分の憎しみに囚われていた――。そして、未だにグローシアンの呪縛から、抜け出せないでいる」
カーマインは厳しい戦士の顔になって告げました。
「俺の親なら――少しは抵抗して見せろ!! グローシアンの言いなりだった自分とは違うと言うのなら、自分自身の存在意義を超えて見せろよ!! そして断ち切れ、自分を縛る憎悪の連鎖を!!」
「――下らぬ、戯言を!! もう貴様の遊びに付きあう気は無いわ!!」
ゲヴェルが鬼気を纏い告げます。瞬間、カーマインも自身の刀を向けました。
「そうか、ならば――その鎖、俺が斬る!!」
闘いは、苛烈を極めていました。
カーマインさんがはやてちゃんに似てるって言ったのは、ちょっと違ったかも……です。
だって……、カーマインさんの闘いっぷりは、それだけ雄々しいものがあったから。
カーマインさんの言葉は、ゲヴェルの心を深く突き刺す程に、抉るように――悲しいくらい、事実を突いていたから。
私だって、はやてちゃんの力を借りて転生するまでに、多くのモノを傷付けた……。
人だけじゃなく、動物だって、自然だって……。
闇の書のページを埋める為に、たくさんの命を犠牲にして来た。
はやてちゃんの前では、それをちゃんと言い出せないくらいに――。
カーマインさんは、その罪深い行為とちゃんと向き合えって言ってる……。
思い出すだけで涙が出そうになるけど、それとちゃんと向き合わなくちゃダメだって。
そうでないと、このゲヴェルのように――さっきのラルフさんのように――憎しみにとらわれて、破滅の道を歩むことになるんだって。
………………。
私は、
私は――!!
白銀の巨体が横に倒れ、ソレをカーマインさんが見下ろしています。
「妙にスッキリとした気分だ。生まれ出でてこれより、このような感情を味わう事になろうとは、な。――しかし」
ゲヴェルは、静かに己の状態を確認し、感想を述べると、足元に有るカーマインさんを見やりました――。
「――何故、止めを刺さぬ。我を斃しに来たのではないのか?」
その瞳の色を――灼銀から蒼銀へと変えて、ゲヴェルは問います。澄んだカーマインさんと同じ瞳で――。
「俺は、人として生きるとお前に告げに来ただけだ。――自分にとって大切な人達を守る為に」
カーマインさんもまた、静かにゲヴェルの瞳を見やっていました。
「――お前が、俺の大切な人達を傷つけるのなら、何度でも戦うだけだ」
「我を殺せば、そのような手間が省けると言うのに――何故?」
カーマインさんはその言葉に、不敵に笑って見せました。
「言わなかったか? 俺は――人として生きることを選んだ、ゲヴェルだと」
「――ゲヴェルとしての己を、捨てぬと言うのか? 人を滅ぼそうとした――ゲヴェルを!? 何故だ!?」
ゲヴェルの狼狽した声にも、カーマインさんは不敵な面構えを変えないまま、言い放ちました。
「俺が――そう選んだからだ」
「――!?」
「ゲヴェル――。憎しみの感情なんて、誰でも持っているモノだ。自分の醜い心を見ないで、蓋をして――逃げるだけじゃ変わらない。強くなれない。俺は――強くなりたい。自分にとって大切な人達を守り抜くために――。だから、
強く言い切る彼の表情は、実にすがすがしく――ゲヴェルは瞳を静かに閉じました。
「――我が子よ、見事」
「別に――普通だ。見事なんかじゃないさ」
そっけなく、カーマインは返しました。
私はそんなカーマインさんを見て――彼の表情を見て、ようやく、目許の涙を拭いました。
彼の不敵な顔は、とても人を慰めるようなものじゃない。
だけど、
その蒼銀と黄金の瞳はどこまでも優しくて――、
私は胸の前で両手を交わして、つぶやきました。
――“ありがとう”って。
カーマインさんは、私の罪をも許してくれそうな――罪と向き合うだけの時間を、くれた人だから。
白銀の異形ゲヴェル。グローシアン支配時代に作り出されたその異形は、人間の欲によって生み出された生物兵器だった――。
憎しみの感情と殺戮の欲求しか持たされず、ただ――人間を殺していく事を強要された彼は、不必要となり――作り出したモノによって封じられる。
そんな彼を蘇らせたのは――人の欲望だった――。
しかし、彼は――自分の子供によって諭されたのだ――人の情と――命の絆を。