連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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 皆が俺を心配してくれているのは、知っているさ。俺自身に寄せられている想いなのだから――。
 でも、だからといって――俺は自分の生き方を変えることはできない。
 たとえ――世の人々に蔑まれても、たとえ――この命を使いきったとしても、俺は自分を貫き通す――。
 ソレが――“俺”の生き方だから。


⑦カーマイン -はやて視点-

 ここまで見て――カーマイン君の性格が大体分かってきた。

 

 彼は、理不尽な事が許せない。

 どんな理由があっても、決してその行為を認めたりしない。

 だから――彼は強いんやろう。

 

 自分の信念――不殺。

 その覚悟を貫いた生き方は――迷いが無く強い。だけど、ソレは――一歩間違えたら、破滅に向かう歩き方でもある。

 普通の人では決して歩めない人生――。

 ソレは、それだけで凄いと周りから絶賛されるやろうな。でも裏を返せば、ソレは――普通の人生を歩めへんだけと違うやろうか――?

 

 

 そんな思慮に陥っていると、目の前の風景がまた変わった。

 ここは――カーマイン君の国。

 カーマイン君達は久しぶりに自分の家がある町に帰って来た。自宅の隣には王国の城門があって、白い石畳に、薄桜色の家、屋根は鋭角で黄色みの強い赤褐色。

 この色調は町全体で統一されているみたいで、カーマイン君達がどこを歩いても、同じような家が見受けられた。

 カーマイン君の家の隣は、なんと王城や。

 その城門の前で、何か――番兵さんと民間の女の人が騒いでるみたいや。

 

「息子を返しておくれよ!! この城の――英雄気取りのバカな騎士が、ヴェンツェルに歯向かわなければ、家の息子が死ぬ事は無かったんだよ!!」

 

 民間の女の人――中年の女性の慟哭が、ローザリア城門前に響き渡った。

 ――ヴェンツェルに歯向かう英雄気取りのバカな騎士?

 ソレって――。

 私が考えている内にも、事態はどんどん先に進んでいく。

 

 

 ――カーマイン君が倒れたのは、そのすぐ後。

 ローランディア国王に謁見し、支配者ヴェンツェルの行動について説明していた時だった。

 

 

 倒れたカーマイン君は、自宅の二階にある自室で休められた。

 そこに集まったのは、カーマイン君の仲間の人達や。皆口を噤んで、深刻な影を落としてる――。

 

「残念ですが――方法はありません」

 

 義母のサンドラさんが、開口一番に事実を告げた。その言葉に、一同が絶句する。

 

「そんなのヤダよ!! ――お母さん! 凄い魔法使いなんでしょう!? 何とかしてよ!!」

 

「――実際、どうにかならんのですか?」

 

 義妹のルイセちゃんがうろたえながらも必死に、――盲目のウォレスさんが出来る限り自分の感情を落ちつけて、訴える。

 顔面蒼白と成ってベッドに横たわっているカーマイン君。

 その顔をサンドラさんは静かに覗き見て、言った。

 

「この子を作ったゲヴェルが死に――命の供給を断たれたのです。ここまで持った事が奇跡なのです」

 

 今にも、声が震えだしそうな――けれど、ソレを理性によって懸命に押さえている。

 

「――それじゃ、どうしてアステアやデュラン。他の人達は平気なの!?」

 

 いつも明るいティピちゃんが、必死になってカーマイン君と同じ存在であるアステア君やデュラン君を見る。

 その通りや、サンドラさんの言葉が正しいなら――ゲヴェルである彼等も、弱っているはずなのに。

 私の疑問は――当人のデュラン君にも分からず、困惑しているようだった。

 ソレに答えたのは――やはりアステア君だった。

 

「簡単だ。俺達は確かに――作り親のゲヴェルから命の波動を受けていた。だが、因子を百パーセント使いこなすことで、波動を自分で生み出す事が出来る。――要するに、フルパワーを使いこなす事が出来れば、命の供給などいらん」

 

 まるで他人事のように冷たい言葉を発するアステア君。彼はいつも通り、淡々と事実を語っている。デュラン君が――いつも寡黙な彼が、アステア君に必死に――詰め寄る。

 

「――ならば、何故……!! 波動の供給が問題じゃねえなら、一体……!」

 

「ソイツ自身の生命力が、既に空なんだよ」

 

 アステア君の言葉に、シーティアさんが眉根を寄せ、口を開いた。

 

「どういう意味だ……?」

 

「ソイツの使う不殺の斬戟が、全ての原因なんだ。そもそも、『自分が斬ろうと思ったモノだけを斬る』なんて、胡散臭い事この上ない」

 

「――だが!」

 

 鋭く制したシーティアさんの心の声が、私に響いて来た。

 

 ――確かに、弟の刃は、ソレが出来ていた。戦争の真っただ中で、不殺の斬戟を繰り出し、敵も味方も――大勢の者が彼に、救われていた。ここに居る者も、敵国の友達も――。

 彼が居たから、死なずに済んだ。彼が居たから――笑顔がある。

 

 シーティアさんの考えていることが不思議と手に取るように分かった――。でも――私は、理由を知ってる。

 前のアステア君との記憶で――カーマイン君の命を削る原因を――。

 皆を救った奇跡の斬戟を――しかし、アステア君は胡散臭いと切り捨てた。彼は、シーティアさんの言葉を続ける。衝撃の真実を――

 

「出来ていた。そんな胡散臭い事が(まか)り通っていた。ソレは――祈りを可能にする石がカーマインのレギンレイヴに力を貸したからだ」

 

「「「「「――!!」」」」

 

 全員がその言葉に、絶句した。

 今、皆はこう思っている――確かに――あの石なら、不可能を可能に出来るだろう――だが、あの石の力を使うと――反動が起こるはずだ……。

 そんな皆の想いを、デュラン君が静かに代弁した。

 

「想いの力を使って出来た奇跡の石――パワーストーン。カーマイン様の不殺の信念が、パワーストーンを作用させるほどに強かったと言う事か」

 

 デュラン君の言葉にアステア君は頷き、続ける。

 

「だが――奇跡の――願いをかなえる石は因果律で、その願いに見合った自然災害を起こす。相手の命を奪わずに勝つ。必要以上に傷つけずに勝つ。その奇跡の刃の代償が――使い手の生命力だ」

 

 その言葉に、皆はカーマイン君を見る。躊躇なく戦場で不殺の斬戟を繰り出していた、彼を――。

 アステア君は皆の気持ち等、無視し――そのまま淡々と事実を告げて行く――。

 

「これまでは――親のゲヴェルの波動が微力ながらも送り込まれていたから保った。しかし、考えてみろ。カーマインがゲヴェルを倒す僅かな間に、コイツは何と戦った? 例えば――エリオットの王位奪還の為に、ゲヴェルによって替え玉として据えられていた隣国の王リシャールの兵士を、何千人斬った? 生命力の強いゲヴェルである偽王(リシャール)自身を斬り、同じくゲヴェルであり、フルパワーを使いこなすラルフ達を斬った。そして――ゲヴェル自身を」

 

 アステア君の言葉は冷徹で、感情等全く込められていない。いつもの彼なら、皮肉気な笑みを浮かべるなり、嘲笑するなりしていただろうに。

 今の彼は、まるで氷のように冷たい無表情だった――。

 その表情が、真実であることを――この場に居る誰もが感じた。奇跡の刃だとか、救世の光だとか、囃し立てていたその一閃の――本当の重みを、彼等はこの時、初めて理解した――。

 

 命の、重みを――。

 

「「「「――!!」」」」

 

「いかにシュワルゼと同等の力があったとて、保つ訳がないだろう? 数多くの人間の命、同族の命を分け隔てなく、考えなしに救い続けた――その結果が、この様だ」

 

 アステア君は更に事実を――結末を告げ、カーマイン君の顔を氷の視線で見下ろす。しばらく――誰もが、言葉を発せられない。

 最初に口を開いたのは、呆然とした表情で涙を流していたルイセちゃんだった。いつもの朗らかな表情等、今の彼女には微塵もない。

 

「私達を助ける為に――お兄ちゃんは……!! お兄ちゃんの体は……!!」

 

「――何だよ、ソレ……!! 何で、コイツがそんな目に遭うんだよ!!」

 

 彼女の言葉の後に――かつて、カーマイン君を憎んでいたゼノスって大柄の剣士が口を開いた。

 誰よりも命を想い、人の情けを愛した青年を――自分は疑ったと自責の念に駆られている。

 

 若くして剣術の才能に恵まれたゼノスさんは、両親を早くに亡くして、妹と二人暮らし。

 この妹さんって言うのは、いつぞやラシェルって言う保養地で看護婦見習いをやってたええオッパ――……いや、なんでもあらへんで?

 ……こほんこほん。 

 まあ、なかなかスタイルの良い清楚な“カレン”さんって女の人のことや。

 このカレンさんとの暮らしの中で、ゼノスさんは一つ、お金の面で苦労したんや。

 

 妹さんが何者かに襲われて、手術を受けなあかんほどの怪我を負ってしまった。

 

 だからその手術代の為に傭兵でもあったゼノスさんは、街の闘技大会に参加して優勝賞金を得ようとした。

 ――でも。

 その闘技大会で、ゼノスさんは何者かに毒を盛られ、そして決勝で――カーマイン君達に、彼は負けた。

 毒を盛った相手は――カーマイン君達が、ゼノスさんに毒を盛ったと嘘を吐き、騙して――妹さんの手術代を出す代わりに――ゼノスさんを暗殺者への道に引きずりこんだんや。

 以降、ゼノスさんはずっと――カーマイン君を憎み続けて――、罪のない人々をその手にかけて行った。

 そんな彼を救ったのは――他でもない、カーマイン君だった。

 

『……カーマイン、俺は……!!』

 

 ゼノスさんの瞳を正面から見据えて――カーマイン君は口を開く。

 

『ゼノス。確かにお前は、取り返しのつかない間違いを犯した。だが――それならば、決してその罪からは逃げるな。最後まで――罪を抱えて、償って行け――。カレンさんを幸せにするために』

 

『……すまねえ……! すまねえ、カーマイン!! 俺は……!!』

 

『俺に詫びる暇があったら、カレンさんに顔を見せてやるんだな』

 

 そっけなく言い捨て――、その場を去って行ってしまうカーマイン君。

 彼は、ゼノスさんが騙されている事を見抜き――真相を伝えて――見事に、ゼノスさんを暗殺者家業から救い出したんや。

 

「何で、俺は――コイツを、こんな奴を、疑っちまったんだよ!!」

 

 ゼノスさんの身の斬るような叫びが響き渡る。

 そして聞こえて来たのは、――かつて彼がカーマイン君に吐いてしまった暴言。

 何も知らずにカーマイン君を恨んだ時の、言葉。

 

『あの闘技大会の決勝で、お前は俺に毒を盛った。ラルフが解毒してくれたが、毒によって失った分の体力が戻らなかった。だから、俺は負け、こんな仕事をしている。だが、勝ったお前は、今やこの国の英雄だ!! そんな卑怯者を許せるわけねえ!!』

 

 その行為に――懺悔するように。

 ゼノスさんは悔し涙をその瞳に浮かべる。一度でも、彼から責められれば、自分は――どれほど楽だろう? 彼を誤解し、刃を向けた。その“不殺の斬戟”を浴びたのは――“不殺の斬戟”に救われたのは、他ならぬ自分やってたった今、気付いてしまった―。

 おまけに――騙されていた自分を正道へと戻し、妹のカレンさんまで彼は救ってくれた――。

 拳から、唇の端から紅い血が流れても、ゼノスさんは力を緩める事が出来んかった。

 

「お兄様……!! お兄様が死んじゃ、ダメだよ……!! ラルフさんを――ゲヴェルさんを助けようとしたお兄様が……!!」

 

 赤い髪を長い三つ編みにしたした女の子が必死に訴えかけてる。

 彼女はルイセちゃんの友達で――ミーシャって子や。

 普段は明るくて、こっちに元気を分けてくれる女の子やけど、彼女も眼鏡の奥の瞳から涙を流している。必死に人の命を救おうとしたカーマイン君を見つめて。

 憎しみに囚われたラルフ君を、人に作られた悲しい異形を諭した彼を――。

 

「私なんかの為に必死になって命の大切さを教えてくれたお兄様が……、死ぬなんて!!」

 

 また、私の頭に記憶が流れてくる――。

 ルイセちゃんは、大陸の中央にある魔法学院に通ってる学生さんや。

 その学院で友達になったのが、同級生のミーシャちゃん。彼女は明るく気さくで、どこにでもいるちょっとドジな女の子。

 彼女の身元引受人は、魔法学院の学院長。

 でも――この子は実は、ルイセちゃんを研究する我欲の為に他者を実験体にする、魔法学院の学院長によって作り出された魔導生命体だった――。

 人間として偽物の記憶を埋め込まれ――、ルイセちゃんの監視役だった真実を学院長から聞かされた時――彼女は、世界にある全てのモノを信じることが出来なくなってしまった――。

 そんな彼女にカーマイン君は言い切った。

 

『俺達との思い出は――本物だ!! ミーシャ、お前は人間だ!!』

 

『そうだよ、ミーシャ!! 私達、親友だよ!!』

 

 カーマイン君とルイセちゃんの言葉が――絶望の淵にいたミーシャちゃんを立ち直らせたんや。

 

 自分の命を――出来そこないの自分を救ってくれた、強くて――優しい青年。命の本当の意味を知る、彼に――必死に訴えかける。

 

「――何か、何か治療方法は無いんですか!?」

 

 彼女の名は――カレン。ゼノスさんの義理の妹で、カーマイン君達と共に旅をして来た看護師見習いの女性――。

 カレンさんもまた、ゼノスさんの暗殺家業の枷として、ゼノスさんを騙した相手に囚われの身となっていた――。ゼノスさんが、カーマイン君に真実を告げられて尚、暗殺者から抜けられないように――カレンさんは人質になっていた――。

 そんな彼女を助けたのは――やっぱり、カーマイン君だった――。

 彼は少ない手掛かりで、彼女が囚われている場所を探し出し、彼女にかけられた呪いを解いて見事に救い出した――。

 

 清楚で大人しいカレンさんが、必死にアステア君に詰め寄る。

 

 兄が騙され、暗殺者になった時、自分は兄の人質として囚われていた――。ソレを救ってくれたのは、他でもない、カーマインだ。兄と自分を救ってくれた、自分に異性を愛する勇気をくれた彼の為なら――。

 

 そう訴えるカレンさんに、アステア君は淡々と首を振った。

 

「サンドラの言う通り、治す方法は――無い。既にコイツの命は、ゲヴェル因子でも回復できない程まで――使いきっている」

 

「何故――!? 何故止めなかった!! いや、何故私達に言わない!!」

 

 その言葉に、シーティアさんがアステア君の襟首をつかみ上げ、怒鳴りつける。知っていたら、止められただろう、この状況を――。だが、アステア君は淡々と言う。

 

「コイツが望んだからだ。誰にも言うな、とな」

 

「……っ!!」

 

 ――誰にも言うな。ソレは、間違いなく――この弟ならば言うであろう。たとえ、どんな事でも、自分の決めた事は、最後まで貫く――そんな弟だから。

 

 シーティアさんの葛藤が手に取るように分かる。そうや、カーマイン君はそういう子や。

 改めて――私は、カーマイン君という青年を見つめなおした。

 

「ゲヴェルが生きていれば、奴の生命波動の供給と、コイツ自身の因子で回復できたろうが――、ゲヴェルはもういない」

 

 アステア君の言葉に、ルイセちゃんが絶望的な表情でつぶやく。

 

「ゲヴェルが死んだから――。だから、お兄ちゃんは……!!」

 

「――何か、手はねえのか!? コイツを死なせない手は!?」

 

 ゼノスさんの言葉に、アステア君は氷の瞳を向け、淡々と述べる。

 

「死なせない手か? 二つある。一つは俺達の親の同族――水晶鉱山に封印されたゲヴェルを復活させ、殺してその生命波動を受け取る」

 

 アステア君の説明にカレンさんが瞳に強い意志を宿して確認する。

 

「この世界にあるゲヴェルを探し出す、と言う事ですね」

 

 アリオストさんが現在の戦力を分析して述べる。

 

「だが――世界は、今ヴェンツェルの脅威にさらされている。ゲヴェルを探し出す暇が無いし、復活させても、今の僕達で倒せるのか?」

 

 生命力が無いカーマイン君の体を維持させるためにも、ゲヴェルの波動を使えるデュラン君達を使う訳にはいかない。自分達――人間だけで、あの力を倒せるか。それ以前に、どこに居るかも分からないゲヴェルを探し出す時間が、自分達にあるのか? と。

 

「それ以前の問題だ――。コイツは、人とゲヴェルの命を同等と言った。そんな奴が、自分の命惜しさに他者の命を奪うことを喜ぶはずがねえ……!!」

 

 その思考を、ウォレスさんが打ち切った。人間を滅ぼそうとまでした異形を、最後まで救おうとした――カーマイン君の姿を、思い起こしながら。

 ミーシャちゃんがコクリと頷き、アステア君に問いかける。

 

「――二つ目は?」

 

「ヴェンツェルの支配に屈するコトだ。奴の生命供給を受ければ、問題無く生きる事が出来る。俺としては一番現実的な意見だ」

 

 その言葉に、互いに顔を合わせる。カーマイン君を救うために――世界をヴェンツェルに支配される――。そんな選択肢。重い静寂が空間を支配する。

 

「……その方法しか、無いのかな」

 

 ルイセちゃんがポツリと呟いた。

 

「何言ってるのよ!? コイツが、そんなコト望むわけないじゃない!! コイツは――命の為に、闘って来たんだ。なのに――命をもてあそぶヴェンツェルの手先になるなんて――望むわけない!!」

 

 ティピちゃんが必死になって訴えかける。――何故なら、ヴェンツェルに命乞いをするのなら、カーマイン君は最初から、ゲヴェルと争う必要がないからだ――。ゲヴェルが生きて人間を支配していれば、カーマイン君は――こんな姿にならなかった……。

 だから――

 

「でも――、このままじゃ、お兄ちゃんが死んじゃう!! ティピはソレでいいの!? 私は――イヤ……!! 絶対にイヤ!!」

 

 カーマイン君が望まない事はルイセちゃんだって、分かっている。

 だって――彼は、ルイセちゃんのお兄さんなんだから――。グローシアンの苛められっ子だった義妹を身を呈して守ってくれた――、誰よりも大切な男性だから――。

 

「アタシだって――!! アタシもイヤ、だよ。マスターに生み出された理由が、コイツの監視だって聞かされた時は、正直面倒くさかった。ケド……、一緒に行動してるうちに。コイツが、必死になって誰かを助けてる姿が――とても気に入ってた。それなのに……!!」

 

 ルイセちゃんの言葉に、ティピちゃんもついにその瞳から――涙を流して言った。

 

「……ルイセちゃん。ティピちゃん」

 

 大泣きするルイセちゃんを、そっと抱き寄せるカレンさん。彼女の瞳にも涙が浮かんでいた。ティピちゃんも――ホムンクルスの妹ピティちゃんの胸の中で泣いている。

 

「アステア、私の力で――ゲヴェルの細胞を増やせるのだろう?」

 

 シーティアさんが、思いつめたように必死な形相で、アステア君に問いかける。皆の想いがアステア君に集中する。しかし、そんな懇願じみた視線を受けても、アステア君は淡々と事実を告げた――。

 

「リシャールにやった因子の活性か。だが――リシャールは元々、ゲヴェル因子が俺達に比べて少ない。だから――寿命を全うするだけの波動が自分で生み出せなかった。ソレを改善させたにすぎない」

 

 自分達は、元々ベルガーという、人とゲヴェルとの融合体から。その細胞から創り出された。更に――ゲヴェル細胞を埋め込まれて――。つまり、ゲヴェル細胞自体が多い。

 だが、リシャールは――元々、普通の人間であるエリオットの細胞から創り出された。必然的に、自分達とは細胞の総量が少なくなってしまう。

 その説明に首を傾げ、泣いているティピちゃんを抱いたまま姿勢でピティちゃんが問いかけた。

 

「どう違うんですか?」

 

「リシャールは、自分で生きて行くだけの波動が足りていなかった。機械に例えれば、動く燃料が足りなかっただけで、原動力そのものは問題無い。だがカーマインの場合は、燃料があっても原動力そのモノが限界なんだ。機械ならば、ソレを新しいモノに交換できるだろうが、命ってのはそうはいかん」

 

 命の交換。そんな事出来るわけない。手段として可能でも――ソレが許されるわけない――。誰よりも、命の為に戦ったこの青年に――、そんなことが。

 

 カーマイン君、君は……命をどう思ってるの? 他人の命を大切にしてるのは分かった……、でも自分の命のことを――――君は、どう思ってる?

 

「打つ手、なしか……。クソったれ!!」

 

 自分達の無力感を噛み締め、ウォレスさんが吐き捨てた。

 

「結局、この子の未来とは何だったのでしょう? 世界を救う光となるか、この世を滅ぼす闇となるか、占いではそう出ていました。だから――私は、この子がこのまま終わらないと信じます」

 

 サンドラさんは静かにカーマイン君の顔を見て、祈るように告げる。その言葉に――

 

「――そうだよ! コイツは、いつだって不可能を可能にしてきたんだから!! 今回だって――!!」

 

「――ああ、その通りだ」

 

 ピティちゃんから身を離したティピちゃんが力強く、カーマイン君のベットの傍らに立つデュラン君が静かに重々しく頷く。

 その隣から、ウォレスさんがカーマイン君の顔を見る。世界を背負うには ――余りに華奢な17歳の―― 子供を。

 

「世界を滅ぼす闇、か。俺達がしてきたことは―― 一体、何だったんだろうな。皆を助けようと必死になって戦って、やっとヴェンツェルに勝てそうだって所まで来たのに、余計な事をしたって言われて――」

 

 全員がウォレスさんを見る。ウォレスさん自身、自分の感情を押さえられない。余りに――余りにも理不尽だ。

 

「コレじゃ――命をすり減らして、頑張ってきたコイツが、救われねえよ!!」

 

 ウォレスさんの言葉に――全員が、肩を震わせ、嗚咽をかみ殺す。――静寂が満ちた室内にいつもの冷めた口調が響いた。

 

「――ソイツは違う。俺は誰かに救われたいと思って、戦ったわけじゃない」

 

 全員がベッドの上のカーマイン君を見つめた。既に身をその場に起こしていた。ルイセちゃんがサンドラさんの傍らからベッドに駆け寄る。

 

「――お兄ちゃん。大丈夫? 顔色が、悪いよ」

 

「――光の当たり方の所為だ」

 

 出来る限り、落ち着いて問いかけたルイセちゃんに、カーマイン君はいつも通りの表情で――声音で告げる。余りにも、いつも通りな――全く弱音を吐かない彼に――、ルイセちゃんは眦をつり上げ、涙をこぼし、訴えかける。

 

「私達にウソは言わないで!! お兄ちゃんの顔色が悪いのは、レギンレイヴの所為なんでしょう!?」

 

「――悪い、ルイセ」

 

 心配をかけさせまいとしたが、逆効果だったことに頭を掻きながら、胸に飛びついて来たルイセちゃんの頭をカーマイン君が撫でていると、ベットにアステア君が近寄ってきた。

 

「――今更、言い逃れも出来ないからな。説明しておいた」

 

 歩み寄ってきたアステア君の言葉にカーマイン君は苦笑を洩らした。

 

「我ながら情けねえな。せめてヴェンツェルを止めるまで、保ってもらいたかったが」

 

 自嘲するカーマイン君にウォレスさんの眉間が深まり、問い詰めて来た。

 

「何故――、俺達に言わなかった。俺達は、そんなに信じられねえか? こんなになるまで命をすり減らして――。そこまでしなきゃならねえほど、俺達は――弱いか!!」

 

 許せなかった。戦場を共にしてきた自分達――仲間を、コイツは信頼していない。この剣にかけて、コイツの信念を見極めようとした――。その様が、こんな結末など――。

 分かっている。コイツは――自分の中のルールを貫き通す。だが――ソレを、決して人に押し付けない。戦場という場所で、不殺の信念を貫くカーマイン君は一度足りとて、自分達に人を殺すな、とは言わなかった。

 戦場は人を殺すのが当たり前。個人の意志を踏みにじって国家の意志が反映され、その為に多くの兵士や人の命が奪われていく。殺られる前に殺るのが――戦場のルール。そんな場所で、敵の命を救う等、出来るわけがない。

 余計な考えは即、死に繋がる。だからこそ――。俺達を死なせない為に、コイツは言わないんだ。

けどよ!! だけど、分かっていても――それでも、納得できねえ……!!

 

「――ウォレスさん」

 

 ピティちゃんが感情を露にするウォレスさんに、顔を向ける。そして――いつも通りのカーマイン君にも……。

 

「……別に信頼していなかったわけじゃない。だが――ソレを言えば、お前達は俺を止めるだろう?」

 

「当たり前だよ!! お兄ちゃんが死ぬなんて…!!」

 

「だから、言わなかった」

 

「――どういう事よ!?」

 

 ルイセちゃんの言葉に――ティピちゃんの疑問に、カーマイン君は静かに応える。

 

「――皆、俺をどう見ているか知らないが。俺は――皆が思うような聖人君子じゃない。ただ、ワガママなだけだ」

 

 カーマイン君はゆっくりと静かに首を動かし、自分を見据える大切な――優しい仲間達を見据える。

 

「俺は――自分にとって大切な人達を守りたかった。世界の全てを守りたいわけじゃない。ただ――その人達が、笑顔で暮らせるよう、必死だっただけだ。全ての人間の為に、なんて俺は戦わない」

 

 全ての人の為に戦わない。ウォレスさんは、自分の想像通りの答えに、思わずうめく。出来る限り――戦場で人を殺さない為に――自分が一番前に立つカーマイン君の姿を。ウォレスさん達が切り捨てた兵士達を見て――何も言わなかったカーマイン君の姿を。

 

「だからって、仲間の為に――その為に、お前が死んだら、意味ねえだろう!!」

 

 ゼノスさんが耐えきれないように、カーマイン君に叫ぶ。しかし――カーマイン君は静かに、穏やかに応えた。穏やかで、優しい笑顔で。

 

「――意味ならあるさ。ここに居る皆が、生きていてくれれば俺が生きた証になる」

 

「――どうして、貴方は自分をその中に入れようとしないんですか? 貴方が死ぬ事で、ここに居る人達が笑顔に――幸せになるなんて、本気で――本気で思ってるの!?」

 

 カレンさんが即座に詰め寄ってきた。強い口調で問いかける彼女に、カーマイン君はやはり真剣な表情を向ける。決して揺らがない意志を瞳に宿して――。

 

「今すぐには無理かもしれない。だが――生きてさえいれば、いずれ幸せが来る。必ず笑顔になれる日が来る。だから――人は生きていける。そうだろう、母さん」

 

 かつて――大切な人を戦争で失った母。その苦しみと悲しみは――時が癒してくれた。新しい子供という、新しい幸せが――。

 

「――カーマイン。ソレは――」

 

 サンドラさんの言葉を遮り、カーマイン君は言う。

 

「間違っているし、矛盾してるよ。――生きてさえいればいいなら、俺も違う生き方を選べばいいだけの話だ。けど、俺は――嫌なんだ。自分で決めた事を撤回して、生き延びるなんて、俺にはできない。一度しかない人生だ。なら――俺は、自分を裏切って死にたくない。自分で決めた事をやり遂げて、死にたい」

 

 カーマイン君は嗤う。自分自身を――。人を救い、仲間を大切に思っても、自分だけはどうにもできない。この生き方を――変える事がどうしても、できない。変えるくらいなら――自分は死を選ぶ。

 

「――カーマイン」

 

 ティピちゃんが、そんなカーマイン君の想いを察し、彼の肩に止まる。カーマイン君は静かにティピちゃんを肩にやり、続ける。

 

「俺のやっている事は、特別か? 死の際に居て助けを求める人を目の前にして、手を差し伸べることは当たり前じゃないのか?」

 

「――ふざけるな!!」

 

 それまで黙っていたシーティアさんがついに爆発したように怒鳴りつける。カーマイン君の顔を上から覗き込み、続ける。まるで猫科の捕食獣が獲物を捕らえるかのように。

 

「ソレで、誰が納得する!? お前は、いつも――人の気持ちを考えない!! 自分がどうしたいかで決める!! その行動の結果、お前に――どれだけの人が想いを寄せているか、分からないの!? 今のお前は、お前一人だけの命じゃ無いことも――分からないのか!?」

 

「――知ってるよ。生きている者は、独りじゃ生きられない。俺がラルフやゲヴェルに言ったことだからな。だがそれでも、命ある者はいつか死ぬ。ソレが遅いか、早いかの差だろう? ならば、自分が死んだとき、何を残せるかが重要じゃないのか? その為に、今を必死で生きるんじゃないのか? 全ての――命ある者は」

 

 ソレでも、彼は揺るがない。強い意志をその瞳に宿して、静かに応える。仲間の想い等、彼は気付いている――。ソレでも、彼は――自分自身を曲げられない。ハッキリとそう言い切った。

 その言葉に――誰も、カーマイン君に何も言えなくなってしまった。その中で、カーマイン君の為に刃を振るうと決めたデュラン君が、いつものように単刀直入に問いかける。

 

「――貴方は、いつ気付いたのですか? その刃の正体に」

 

 デュラン君に対し、カーマイン君はどこか気さくな笑みを浮かべて言った。

 

「何となく、ゲヴェルの作った兄弟達と戦い出したあたりかな。俺も最初は、便利な刀としか思ってなかったしな」

 

「気付いた時、何故その刃を捨てなかったのですか?」

 

 デュラン君はアステア君と同じように淡々と静かに問いかける。だが、不思議と彼の言葉は、温かだった。アステア君の様な冷たさを聞く者に想わせず、カーマイン君の事を心から想う温かさに満ちている。

 ソレを知っているからか、カーマイン君はニッと不敵――というよりは、ワンパク坊主の様な笑顔を一瞬だけ作ると、表情を真面目なモノに改め、真剣な口調で答える。

 

「この刀が――俺に理想を貫かせてくれたからだ。戦争は理不尽だろう? 人を殺す事が当たり前で、敵国は悪い奴。奪われる前に奪うのが当たり前。そんな現実という理不尽を変えてくれたのが、コイツだ。俺の甘い戯言を――この刀は体現してくれた。コイツじゃ無ければ、俺は――自分自身を貫けなかった。俺に、レギンレイヴは――捨てられない」

 

「「「「……っ!」」」」

 

 誰もが、カーマイン君に言葉を懸けられない。目を向けられない。顔を見れば――恐らく、泣いてしまうだろうから。誰もが――涙をこらえているのだから。

 しかし――デュラン君は違った。正面からカーマイン君の瞳を見ている。だからなのか、カーマイン君は問いかけた。

 

「俺の言ってる事は、そんなにおかしいか?」

 

 カーマイン君はデュラン君を誰よりも信頼している。ソレがよくわかる。何故なら――デュラン君は、決して自分自身を見失わず、カーマイン君を静かに覗き見てくれるからだ。

 彼がいるから――カーマイン君は自分を見失わない。自分の中に少しでも迷いがあれば、誤りがあれば――いつだって、デュラン君は正してくれるから。

 

 ものすごい、信頼関係や――。でも――少しだけ、分かった気がする。デュラン君が、カーマイン君の為に剣を振るう理由。ソレは――カーマイン君が余りにも、危ういからなんだ。

 少しでも踏み外せば――一気に奈落に落ちる道――ソレを、カーマイン君は全力で駆けて行ってる。いつか、なのはちゃんがシャスに言ってた言葉――、私はソレを――カーマイン君に感じた。

 

「……」

 

 カーマイン君から全幅の信頼を受けるデュラン君は静かに瞳を閉じる。

 主の闘い方を――。凄まじい殺人剣の使い手でありながら、誰よりも命を奪う事を嫌う青年の、今日までの在り方を。心の中で反芻させていた。

 殺意の塊であった――抜き身の刃そのモノであった自分を――彼は真っ向から止めた。その強さに――憧れ、その輝きに見とれた。彼の戯言を――ソレを貫く姿を――誰よりも傍で見続けようと思った。

 

「――カーマイン様」

 

 ソレだけを言うと、デュラン君は片膝を床に付いた。左手は拳を握り、同じく地面に付ける。右手は折り曲げた足の膝の上に置き、頭を深々と下げてから、カーマイン君の瞳を覗きこむ。

 

「何が正しいのか、ソレは見るべきモノによって変わります。命を大切に想いながら、ソレでも――自分の命を大切に思えず。情を大切に思いながら、貴方は自分に寄せられる情を無下にする」

 

「ああ――その通りだ。ソレが――俺だ」

 

 デュラン君の言葉に、カーマイン君はむしろ力強く頷く。自分自身を今一度確認する為に―。

 

「己自身の信念を貫き通すことは、恐らく他者の想いを踏みにじることになるでしょう」

 

「――ああ、だからこそ。俺は――ワガママなんだ」

 

 自嘲するカーマイン君。いつも通り、自分の心を鏡のように教えてくれるデュラン君に、カーマイン君は先ほど浮かべたモノと違う表情で――、己が本心を語るように力強くなった。

 自分のやる事は、“わがままである”と。

 デュラン君の表情は動かない。彼はただ、核心だけをカーマイン君に尋ねる。

 

「貴方を想う多くの優しき人々――その想いを無下にし、貴方は振るうのですね? その刀を――。ソレが、おかしくないと――本当にお思いですか?」

 

 言葉は静かだった。だが――だからこそ、この場にいる全ての人に――その心に響き渡る。カーマイン君自身の間違いを――矛盾を、カーマイン君がどのように答えるのか、固唾を飲んで見守っている。

 

「ソレでも――。この人達を、俺は守りたい。誰かに任せたくない……! 自分は見ているだけなんて、俺はしたくない。俺は――この人達を、俺の手で――守りたい」

 

 同じ顔をした異形の青年は互いに――鏡の様な相手の瞳を覗き見る。静かな瞳に炎の様な感情を宿す――お互いの瞳を。

 誰もが――カーマイン君の家族である、シーティアさんやサンドラさん、ルイセちゃんでさえも――この二人の間に入れない。否、入らない。

 何故ならデュラン君の言葉が、彼女達の想いを正確に代弁しているからだ。

 そしてその上で、――自分達を守ろうとするカーマイン君。ソレを静かに窺うデュラン君。

 

「――ならば、このデュランもまた、我が命たるこの刃を捧げましょう。貴方が目的を成す為に――前だけを見られるよう……貴方の背中を守り抜いて見せましょうぞ。我が主――カーマイン・フォルスマイヤー様」

 

 デュラン君は――心静かに、そう告げた。カーマイン君もまた――静かに告げる。

 

「ああ――頼りにしてる。デュラン」

 

 皆が部屋を退室する中、アステア君は眠るカーマイン君の横に立つデュラン君を見た。

 

「――何故、止めなかった? 貴様は止めると思っていた」

 

 デュラン君は静かにカーマイン君からアステア君に視線を移す。アステア君の有り様はいつもの嘲りも、不機嫌もない――。ただ、氷の様な無表情。

 

 アステアは――自分でも何故、こんな質問をしているのか分からなかった。自分では、カーマインを止められないのは分かっている。止めるつもりもない。アステアの周りは死で満ちていた。だから――今更、誰が死のうと興味も無い。

 たとえ自分の兄弟と言えど、イレイザーとして殺してきた。その事に何の感情も抱かなかった―。そんな自分が――何故、今更こんな事を言う?

 そして、いつもは俺の顔など見もしない癖に、こんな時だけ何故貴様は――俺の目を見て来る。

 

 アステア君の気持ちが――私の中に響いてくる。

 

「止めれば――確かに、この方は死なねえ。だが――この方の心が、死んじまう」

 

「心――だと?」

 

 アステア君は疑問を口にしながら、しかし――自分の変化を感じ取る。声が振るわないように必死で話す。ソレを――恐らく、気付いていながらデュラン君は頷く。

 

「しかし、先の話ならば――生きてさえいれば、別の幸せがあるのではないのか?」

 

「その通りだ」

 

「――なのに、死を選ぶのか? 何故?」

 

 理解できない。生きることに執着がある訳じゃない。ただ――死ぬことにも意義を見いだせなかった。命ってのが何なのか――俺は、まだ分からない。

 

「そうできないからだ」

 

「――何?」

 

 アステア君は眉根を寄せて問う。デュラン君は静かに――そんなアステア君の瞳を見る。

 

「確かに――生きていれば、幸せが必ずある。苦しみも、悲しみも……。そうやって人は過去を薄れさせていける。失敗も――成功も。だが、この方は恐らく――そうできない。一度でも自分の信念を曲げれば、この方は生涯、自分自身を許せねえ」

 

「――」

 

「皮肉な話だが――この方は決して心が広いわけじゃねえ。ただ――そういう風にしか生きられねえだけだ。誰もが、手を抜く事を覚えて――生きて行く。苦しい事にも、悲しいことも、理不尽なことも――仕方が無いと、納得して。妥協して――」

 

 この男が――そんなことを言うのかと、アステアは目を丸くする。誰よりも妥協を許さないデュランが――何故、そんなことを言うのか、と。

 

「妥協することが、正しいと言うのか?」

 

「当たり前だ。自分の思い通りに行かねえ。世の中ってのは――ソレが当たり前なんだ。自分の思う通りに生きられる――そんな奴は、何処にも居ねえ……。皆、どこかで苦虫をかみ殺し、我慢して――それでも、生きている。――ソレが、生きるってことだ」

 

「苦しみを――噛み締める? そんなことが出来るのか?」

 

 アステアは静かに自分でも口にしてみる。苦しみは分かる。自分を生かした盗賊や、ソレを皆殺しにした殺人鬼。ソレ等が与えたモノ――。ソレを乗り越える? 普通の人間にそんなことが出来るのか?

 

「――直ぐには、無理かもしれねえ。だが――生きるってことは、そんな事を言ってられる場合じゃねえ。やるせなくても、苦しくても――乗り越えなきゃ、生きていけねえ。誰も――助けちゃくれねえ」

 

 デュランの言葉は――重い。そしてアステアは想う。自分は今まで苦しみに向かったか? 散々、無残に死んでいった命を見て来たが――、自分は苦しみを味わったか? 悲しみを――味わっただろうか? 

 初めて――自分の感情を――憎しみを、むき出しにさせたのは――ラルフ・ハウエルだった。そして――その感情を更に昂らせたのが、カーマインだ。あの時、自分は――初めて感情と言うモノがある事を感じた。

 

「そうやって――人は成長していく。苦しみや悲しみを乗り越えて――。ソレこそが、俺が知った人の強さ、美しさだ」

 

 デュラン君の言葉は、人間を称賛していた。裏切るだけではない――その本質を。カーマイン君があの時、言っていた――人間の強さを、デュラン君は知っている。

 

 そんなアステア君に私は思う、多分君も――もう知ってると思うよ、と。

 

「だが、カーマイン様はそうできねえ。どうすればいいのか、分かっている癖に――この方は、ソレができねえ……。拘っちまう、人の命に――。自分の生き方に」

 

 だから――カーマインがソレを実行できないことに、驚いた。普通の人間が出来る事を、コイツはできないのだという。ラルフやゲヴェルをも制した、この男が。

 

「ならば――何故、コイツは……。人間に拘るんだ? 自分の命を懸けてまで。出来ないのだろう? 普通の人間として生きることが? なのに――何故」

 

 理解できない。人間の世界に生きていけないゲヴェルが、何故――そうまで人間の為に剣を振るう?

 

「言ったろう? この方は――人が好きなんだよ。どうしようもなく、人間を愛してるんだ」

 

 自分の命を削ってでも――。デュランは静かに、カーマインの顔を見据え、心の中でつぶやいた。そんな二人の兄弟に――アステアは声をかける事が出来なかった。

 

 不器用で、優しくて、純粋で――。どうして、彼らはこんな風にしか生きられないんだろう? 誰よりも――互いの事を思いながら、けれど――ままならない。

 そっくりや。カーマイン君も、デュラン君も、そしてアステア君、君もや――。

 先に謝ろう――、一度でも彼を陸士107部隊を襲った犯人ではないかと、疑った事を――。

 次の場面に飛ぶ前に――私は、そう決めた。




 カーマイン・フォルスマイヤー。
 人々に救世の騎士と呼ばれる彼は――、決して度量が大きかったのではない。ただ――そういう風にしか生きられなかっただけだ。
 純粋に――最後まで命を愛し、他人を思う優しさと、ソレを貫く覚悟に裏打ちされた強さは――、やがて世界の人々に認められる。
 光の救世主――グローランサーと。
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