だからこそ、俺をただ“生かすため”だけに、世界を敵に回したアンタを――俺は、許せない。
姉さん――、俺は俺の道を行く――。
「根性無し、お前は――私が守ってやるぞ!」
夕焼け空の下――幼き頃の約束は――今も、その女の子の胸の中で生きている。
冷静な弟君と、そんな彼が小憎らしくて――かわいらしくて仕方が無いお姉ちゃん。お姉ちゃんは弟君の首っ玉に抱きつき、弟君は嫌がりながら――家に帰っている。
コレは――幼いころの、シーティアさんとカーマイン君の記憶、や。
場面が変わった――。
デュラン君とアステア君の二人を残し、カーマイン君の部屋を出たウォレスさん達は、一階の応接室で今後の動きを話し合っていた。
「申し上げます! ヴェンツェルが攻めて来ました!!」
その時、甲冑を着たこの国の兵士が一人、玄関から駆け込んできた。
「ヴェンツェルめ、このタイミングで……!!」
歴戦の傭兵ウォレスさんが、長い金髪を揺らして駆けだす。その大きな背中を、ゼノスさんが呼びとめた。
「待てよ! オッサン、俺も行くぜ!!」
「闇雲に動くのは危険だ。僕もサポートさせてもらう!!」
ゼノスさんの後に、アリオストさんも続く。けど、それよりも――誰よりも早く、紅いジャケットを着た黒い長髪の――色っぽい女性が玄関から飛び出て行った。
「シーティアさん!?」
「お姉さま!!」
カレンさん、ミーシャちゃんが目を丸くして、後を追いかける。ルイセちゃんがその隣から駆けて来た。――不安そうな顔、ソレは――カーマイン君の事だけやない、シーティアさんに向けての心配。
「お姉ちゃん――」
「ルイセちゃん、どうしたの? 顔色が悪いわよ!?」
ルイセちゃんの肩に止まるティピちゃんが怪訝そうな声を上げる。ルイセちゃんは眉根を寄せて、応えた。
「何か――嫌な予感がするの。お姉ちゃんが、どこかに行っちゃう、そんな予感が……!!」
ルイセちゃん達が外に出ると、魔物の軍勢がこちらを取り囲んでいた。
城の門の前で、ローランディアの民間人を固め、彼等を守るように、兵士たちが隊列を組んでいる。
その最前線に、シーティアさんが立っていた。ソレにウォレスさん達三人も続く。南側の階段下の広場に黒いローブを着た老人が立っている。――ヴェンツェルや。
「フフ……現れたな、シーティア。迎えに来たぞ」
「いつまで、寝言を言っているのかしら? ――ルイセに貴方がした事、人々を苦しめている事――私が許すと? ――何より」
瞳を閉じ――思い浮かべるのは……ただ一人、昏睡した弟の寝顔。
グンニグルを具現させ、一閃。ピティがシーティアの長い髪を紅い紐でポニーテールに結わえる。
覚悟を決めた――シーティアさんの顔は美しく、恐ろしく――冷たかった。なのに――どうして、こんなにも艶っぽいんやろ。
「――貴様は、私が――殺す!!」
魔物の群れを駆け抜け、ヴェンツェルに斬りかかるシーティアさんに、強烈な魔力弾が放たれる。ズドォッ
「――!?」
「父上に歯向かうのは――、それくらいにしておけ、
見上げる視線の先――家の屋根の上にいたのは、腰まであるシャギーの入った蒼い髪。ソレは、光の反射具合で紫に輝き、その瞳は黄金と翡翠に彩られている。その周りには彼女を守ろうと三人の騎士が控えていた。
「父上の御前だ。――控えぬか」
「……どいつもこいつも。――フザけるなぁ!!」
シーティアさんの槍が一閃され、紅い炎の竜巻が放たれた。ソレは――姉と名乗る長身の蒼髪の女性に届く前に、三騎士の内の一人――栗色の髪の女性騎士が薙刀で切り捨てた。
「――オイタが過ぎましてよ? シーティア様」
「フフ、姫様――。貴方がこちらに来ないのでしたら、仕方ありません。このクズの国を滅ぼしてしまっても構いませんね?」
銀髪の長い髪を一纏めで括った青年の騎士が槍を構える。隣に居る緑の髪の男の騎士も静かに――刃渡り2メートルの長刀を抜刀術に構えた。
見ただけで――分かる。ただもんやない――って。
「――シーティアよ、いい加減に目覚めるが良い」
蒼髪の女性が静かに言葉を発し、同時に女性を含めた4人の騎士が白銀の炎と黄金の翼を発生させる。――ドクンッ
「――グゥ……?」
「シーティア様!?」「お姉ちゃん!?」
シーティアさんは、その豊かで柔らかそうな胸を押さえ、蹲る。
「――ほう、やっと目覚めるか。世話の焼ける妹よ」
蒼髪の女性は、シーティアさんから感じる波動にコクリと満足げに頷いた。――覚醒したシーティアさんは、蒼髪の女性達と同じく――黄金の翼を背に生やし、白銀の光を全身から溢れさせていた。
「――」
シーティアさんは刃の如く底光る瞳をヴェンツェル騎士団に向ける。ヴェンツェルが邪悪にほくそ笑む。
「フフ――、よくぞ目覚めた。シーティアよ、これより人間どもを支配する。付いてくるがいい」
「――!? お姉ちゃん!!」
ルイセちゃんが焦った表情でシーティアさんに叫ぶ。ウォレスさんも眉間にしわを寄せて問うた。
「どういう事だ? シーティアは――貴様の娘だと?」
「そうだ。かつてグローシアン支配時代に有った我が騎士団の一人にして、我が娘――シーティア・ファフニール・ヴェンツェルよ!!」
ウォレスさん達がその驚愕の真実に目を見開く。蒼髪の女性と栗色の髪の女騎士が――その後を告げる。
「だが――シーティアは我々の計画を邪魔し、ゲヴェルを封印して死んだ」
「そこで、ヴェンツェル様は、シーティア様の細胞をお持ちになっておられたのですわ」
ヴェンツェルは、彼女達の言葉を受け――嗤う。
「私が目覚めた時、既にグローシアン支配時代は終わっていた。故に――私は新たな力を手に入れる必要があったのだ。アルスィオーブに問うた私はゲヴェルと接触し、奴(ゲヴェル)の望む兵士を奴の体から作り上げた。その際の基となった細胞はベルガーだ。だが、私はここで一つ細工した。仮面騎士の中に、シーティアのクローンを作り、それを洗脳して操ろうとな。娘の力は我が子の中でも最上級だった。奴が反逆さえしなければ、私の計画が潰れる事も無かったほどに」
ヴェンツェルはそこで憂えるように目を細めた。手をシーティアさんに差し伸べる。
彼女の瞳に意志の光はない――。ただ、全てを破滅に追いやろうとする――機械的な光――ソレが、放たれている。
「だから私は手駒となるシーティアのクローンをゲヴェルにバレぬよう作らせた。仮面騎士達をシーティアの顔に似せることで、奴に悟られることなく――シーティアを作り出すことができたのだ!!」
今の話――本当だとしたら、許せへん……!! ヴェンツェル、貴方は――自分の娘の命さえ――、道具にしようと言うんか……!!
私が怒りに震えていると、ミーシャちゃんが驚愕の表情でシーティアさんを振り返る。
「――それじゃ、本当にお姉さまは!!」
「さあ。シーティアよ、全てを滅ぼすがいい!!」
ヴェンツェルがほくそ笑んだその時、魔力弾がヴェンツェルを襲った。放ったのは、シーティアさんや。
「どういうつもりだ、シーティア。この期に及んで、まだ自我があるというのか」
その言葉に、私は首を振る。だって――今の彼女に、意志の光は――見えへんから。私の思考を代弁するように――シーティアさんが口を開いた。
「――私は、全てを滅ぼす者。貴様が何者だろうと、私の目覚めは滅びを意味する」
「!? 洗脳プログラムがバグを起こしたと言うのか!?」
「――死ね」
ヴェンツェルに放たれた強力な魔法。テレポートで逃げる4人の騎士とヴェンツェル。
「お姉ちゃん!!」
ルイセちゃんの叫び声にも反応せず、シーティアさんも彼等を追ってその場を去った。
――意志を失って尚、ルイセちゃん達を守ろうとしたのか。それとも、自分の脅威となるヴェンツェル達を滅ぼそうと言うのか、ソレは――分からへんけど。
場面はまた変わる。
この場面は、カーマイン君達が大きな街に立ちよった時のこと。カーマイン君一人が闘技場に呼び出され、人々より罵声を浴びせられていた。
その内容は――
『アンタ達が、余計な事をしなければ、ヴェンツェルは俺達に攻撃してこなかったんだ!』
『私達は――ただ、平和に生きたいだけなのよ!!』
『全て――全て、アンタ達の所為だ!!』
聞いているこっちが身を斬られるように鋭く、容赦が無い――。恐怖から逃げようと――、責任を誰かに押し付けようと――誰かを責めて、自分は楽になろうと――皆が――熱気に包まれている。
「――確かに、俺が歯向かったから――その矛先が貴方達に向いたという面はある。ソレは――否定しない」
「でも、ヴェンツェルを倒さなきゃ、世界はアイツに支配されるんだよ!?」
カーマイン君は、こんな時でも――いつも通り揺らがない。罵声を浴びせられようとも冷静に――話し始める。その横で、ティピちゃんが必死に皆に訴えかける。
「統治者が変わるだけだ!!」
誰かのその言葉に――私は、怒りより――悲しみを覚えた。統治者が変わるだけ? 支配されることを――強制されて、自分の意志を投げて――そして、道具の様に扱われる――、その苦しみの本質を――この人達は、分かってない――。
何も――知らないんや。ヴェンツェルが与える苦しみを――。ヴェンツェルが奪った大切なモノを――。
「今までのように、自由な生活があるなんて、本気で思ってんの!!」
ティピちゃんが、怒気を露にして――必死に皆を説得しようとした時、彼らの周りを小型の異形ユングが取り囲んだ。
!? ゲヴェルとは――違う。ならコレを――生み出したのは。
「!? ユング、これって――ヴェンツェル!?」
ティピちゃんが周囲を確認すると――ユングは、ゲヴェルの間で見た時に匹敵するほどの数を揃えて――人々を喰らおうとしていた。
「た、助けてくれ!!」「死にたくない!!」
阿鼻叫喚。助けを求めて――逃げ惑う人々。あかん、落ち着かなかったら、助けられる者も助けられへん!!
「――どうするの、カーマイン!!」
ティピちゃんがカーマイン君に指示を仰ぐ。カーマイン君は闘技場の常連参加者達に吼えた。
「闘える者は武器を取れ!! 一般人達は闘技場の中へ逃げ込め!! 指揮は俺が取る!!」
カーマイン君の厳しくも的確な指示により、何とか場を切り抜けていくグランシルの人達、そこにルイセちゃん達が援軍で現れ、一気に闘いが終わる。けど――そんなカーマイン君達の前に、一人の女性が現れた。
「――お前は、いつまでこんな奴等に付き合うつもりだ?」
「お姉ちゃん!?」
ユングを召喚していた魔法使いは、シーティアさんやった。彼女はポニーテールに髪を結わえ、静かに黄金の翼と白銀の光を放っている。
その瞳――意志のある輝きをしている。つまり――操られてへんてコト――。でも、なら――何で!?
「記憶はあるようだな? シーティア」
カーマイン君は揺らがない瞳で――冷静にシーティアさんに問いかける。彼女は――冷たい瞳で――カーマイン君を見返した。
何人の人を殺せば――こんな眼ができるんやろうと思わせる程に――冷酷な、けれど否応なく人を引き付ける瞳。恐怖と――美しさを兼ね備えた、意志。
カーマイン君とは正反対の瞳。
シーティアさんはその透き通る美声でカーマイン君に応える。
「ああ――。その上で、お前に問う。お前を助けられる者は――ヴェンツェルしかいない。そして、この世界を救う力を持つのも、奴だ」
? どういう事やろ……。
首を傾げる私にいつもどおり、情報が流れて来る――。この世界の在り方は、カーマイン君に説明されたから分かってる。
二つの世界を重ねて出来た今の世界。コレは時空的に安定してない。常に世界は時空の歪みに晒されていて――ソレを安定させるために――時空制御塔がある。
でも――、今この世界はゲヴェルの時空に干渉する力やヴェンツェルの時空を操る力によって――歪みが急速に増えている。
このままやったら――世界は――、元の滅んだ世界に戻ってしまう――!!
ソレを防げるのは――強大な生命力で時空を操作できるゲヴェルとヴェンツェル。でも――ゲヴェルはヴェンツェルに殺された――。つまり、世界を救えるのは――!!
カーマイン君はジッと自分を見据えるシーティアさんに応える。
「……パワーストーンがあれば、世界はアイツに支配されずにすむ。元々、この世界を安定させていたのは時空制御塔。そこにある制御装置にパワーストーンを納めれば、世界の崩壊を食い止められる」
確かに――! 元々、この世界を制御してあったのは時空制御塔や!! その機能を使えば、世界は安定した状態で治まる。
今はヴェンツェルやゲヴェルが起こした時空の歪みの方が、制御装置を上回ってる。でも――パワーストーンの力なら、その歪みを元に戻せるんや!!
でも――シーティアさんは冷たく、言い捨てた。
「――ほう? どうやって作るのだ? パワーストーンを作るのは多くの人々の意志。ただの人ではない――。先天性魔力保持者――すなわちグローシアン。一国の民にも匹敵する――ソレだけの数のグローシアンが、この世界に今――居ると思うのか?」
「俺の時空干渉能力なら、ただの人をグローシアンにできる。――元の世界との繋がりを持てば可能だ」
グローシュは元の世界から零れ出た魔力の塊。――つまり、元の世界との繋がりを増やすことで――魔力の塊であるグローシュを取り出し、人々の体に宿す事が出来る。
そう強く言い切るカーマイン君に――シーティアさんが鼻で笑う。
「笑わせるな。お前達ゲヴェルが何人集まろうと、精々――1人につき1人のグローシアンしか生まれない。百人のグローシアンが生まれた所で一国には程遠い」
淡々と告げるシーティアさんの言葉に私も驚く。ゲヴェル1人に対して、1人のグローシアンしか生まれへん。それじゃあ――足りない。数が――圧倒的に。
「そんなペースで――この世界にグローシアンが満ちると思っているのか? しかも、その力を使えば――
厳しく言い切るシーティアさんに、カーマイン君はいつも通りの揺れない瞳で強く――静かに言い返す。
「夢物語だと? 可能性があるのに、何もしない奴に言われたくないな」
シーティアさんは、皮肉気に口を引きつらせた。
「ああ、ヴェンツェルが世界を滅ぼす可能性があるな」
「……」
カーマイン君は――表情を変えること無く、見つめ返す。
世界を――滅ぼす? ソレは――。
「奴は、この不安定な世界を安定させる時空操作能力がある。ソイツを使えば、不安定な足場など、木端微塵だろうよ」
世界を安定させる力――。しかし、その力は、使い方を変えれば、世界を滅ぼすことが出来る――。歪みを安定させるのではなく――歪みを加速させれば――。
カーマイン君は静かに、シーティアさんを見据える。
「どうだ? コレでも、逆らうのか? 己の命を賭して――人間に石をぶつけられて尚、お前は前に進むのか?」
カーマイン君は――いつも通りに応える。強い意志を瞳に宿して――。
「――ソレが、俺の生き方だ。誰にも、俺は止められない」
「――バカな奴だ。なら、精々生きあがけ。私は勝つ方に着かせてもらう」
シーティアさんはそう言って背を向ける。ルイセちゃんが思わず目を丸くした
「お姉ちゃん、ヴェンツェルに着くの!? どうして!!」
「――世界を滅ぼされる訳にはいかないのでな。お前達も意地を張らず、ソコのバカから離れる事をお勧めするよ。これ以上、人間に敵視されたくないならな」
シーティアさんが、黄金の光を生じさせ――その光に飲み込まれて消える。
この力――この魔法――、ヴィータの記録映像で見た――黒い甲冑の騎士が現れた時と――同じや!!
やっぱり、あの黒騎士達は――カーマイン君の世界の――存在なんか!?
グランシルの人々とカーマイン君達の間に、深刻な沈黙が生まれる――。
シーティアさん、貴方は――カーマイン君を想うから、こんな事をしてしもたんか?
場面が――また変わる。
ここは機械仕掛けの壁と、コンクリートの様な材質の壁で出来てる。ここが――世界の歪みを管理する――時空制御塔、か。
その上の階層で――カーマイン君は、シーティアさんと対峙していた。
「世界を救い、自分の命を投げ出す、か。美しい話だな。ソレが――おとぎ話なら」
「何が言いたい」
双子は同じ顔で向き合う。同じ造りの刀を構え合う。同じ服を着て、白銀の光を纏って――。背に異形の影を――黄金の翼を背負って。
「現実なら、滑稽以外の何者でもない。お前の命を削って出来る事など、一時の平和に過ぎない。お前は――そんなつまらないモノの為に命を差し出すのか? 犬死すると分かっていて」
「やってみなけりゃ分からんさ。ソレに――俺は世界に興味はない」
アッサリといつも通りに言うカーマイン君にシーティアさんは瞳を細めて問いかけた。
「なら――何故?」
「自分にとって、大切な人達を――守りたいだけだ。お前がやろうとする事は、その人達の平和な生活を奪う。だから――止めさせる」
静かに――強く言い放つ、カーマイン君。その言葉を聞いて――シーティアさんの氷の仮面が解け、激情を解き放った。
「その為に――自分が死ぬのは仕方ないとでも言うつもりか!? ふざけるな!!」
「――ふざけてなどいない!! だから命を懸けるんだ!!」
シーティアさんの言葉に、カーマイン君が吼え返し、刀がぶつかり合う。どれだけの時間剣を交えただろう? 広範囲を一気に消し飛ばす大魔法ではシーティアさん、一直線に全てを吹き飛ばす魔法剣ではカーマイン君が上回っていた。
激しい剣と魔法の応酬。ソレに――シーティアさんが声を荒げる。
「人間は、お前を見捨てた! 戦争の責任を、支配の全てを――お前に向けたんだ!! 人間の為に、誰よりも命を削ったお前に、だ!! 何故――ソレでも戦う!? もういいだろう!? お前は――もう、充分だ」
「……」
シーティアさんの声は震えてた。止められないカーマイン君の心に。誰よりも誠実に、真摯に命に向かい合った自分の弟が、人殺し呼ばわりされ――戦争の責任の全てを押し付けられてしまったこと。
シーティアさんの気持ちが――私の中に入ってくる――。
許せない、その誤りだけは――許せない。
何故――私ではない? 人を冷厳と殺したのは私なのに――冷酷な私はファフニールという英雄で、弟は――ソレを気取るバカな騎士。
「お前が――いつ、英雄を気取った? お前がいつ、戦争に勝って喜んだ? お前が――いつ人を殺した? 何故――お前が責められる!!!?」
シーティアさんの頬に伝う一筋の涙。私の――胸を大きく抉られるような痛み。綺麗やけど――余りにも、悲しい――同じ女性として、この涙は――悲しすぎる。
「お前は、自分の命を削って人を守ったのに――。戦場で多くの味方や敵の兵士を救ったのに――。それなのに――!!」
粗ぶる感情をそのままに吐き捨てるシーティアさん。でも――
「都合のいい時に祭り上げるだけ、上げておいて、いざ自分達が少し辛くなれば、アッサリと掌を翻す。そんな――そんな無責任な奴等を、私は許せん!! 世界中が今や、お前達の敵なんだ!! ソレを――!!」
「――言いたい事は、ソレだけか?」
カーマイン君は静かに、だが――ハッキリと切り捨てた。シーティアさんの瞳が悲しげに見開かれる。
私の印象通り――カーマイン君、君は――曲げへんのやな。絶対に――理不尽を許さへんのや。
「……カーマイン」
「寝ぼけるな、俺の望みは先に言った」
刀を構え直すカーマイン君は、更に続ける。いつも通りの声音で――。揺れること無き瞳で――。
「赤の他人が俺をどう見ようが、俺の知った事か。俺は――俺の大切な人を守りたいんだ。人任せになんかできない――。自分の大切なモノだから!!」
「――この、分からず屋が!!」
剣を交える両者。更に激しく移動し、斬り結び合い、叫び合う。圧倒的な――力と力のぶつかり合い――。でも――コレは、悲しすぎる――。この戦いは、ラルフ君の時と同じくらい――悲しい、闘い――。
「シーティア、貴様の物差しで俺を図るな」
こんな悲しい闘いの中でも、カーマイン君は――変わらない。その言葉に――シーティアさんが表情を歪めて――問い返した。今にも――泣きそうな顔で。
「――ならば、どうしろと言う!? ルイセも――ウォレスも、誰一人――お前の死なんて結末を望んでないんだぞ!? 放っておいたら、真っ先に死ぬつもりだろうが!!」
「――死が、そんなに悪いか?」
カーマイン君の瞳は揺るがない。決して――
「生きることが、そんなに素晴らしいのか? 何の目的もなく、ただ家畜同然に生きる事が――正しいのか? そんな人生はいらん!!」
「――だから、今を耐え忍べと言っている!! そうすれば」
カーマイン君の言葉に、シーティアさんは必死になって言葉を放つ。何とかして――弟を踏みとどまらせようと――。
死ぬ覚悟を決めて――死に向かおうとする弟を――、止めようと。
「阿呆。今を逃して――いつ来るか分からんチャンスに縋る方がよほど、リスクが高い。貴様だって分かっているはずだろう? この瞬間が、最も成功の可能性が高いことを」
ソレでも――カーマイン君は、止まらない。デュラン君の言ってた通り――、自分に向けられる情――彼は、それさえも無下にして、守るつもりや――。
自分の大切な――人達を――。
「――私は、お前に死んでほしくない!! お前は――私の」
「だが――」
ソレでも、何かを諦めないシーティアさんの言葉を遮り、カーマイン君はハッキリと言い捨てた。
「そんな生き方、俺が――嫌だ」
その言葉に――、シーティアさんは静かに俯く。
けれど――、カーマイン君。君は――、シーティアさんを大切に思ってるんやろ? なのに――どうして、ここまで傷つけるの?
「――」
「構えろ、そろそろケリを付けようぜ。シーティア!!」
いつも通り、例え――命がかかろうと、世界がかかっていようと、関係ない。コイツは――いつも通りだった。
シーティアさんの気持ちが伝わってくる。世界がかかろうが――関係ない。自分の死が近づこうが――自分の意志を貫きとおす。ソレが――カーマイン君だと。
「――良いだろう、勝負だ」
シーティアさんは、不敵に笑ってカーマイン君に右手の刀の切っ先を向け、宣言する。
「根性無しの弟が、主君である姉に逆らうことが無謀であると――今一度、教えてやる」
「――フン、終わりにしてやろう」
対するカーマイン君も、不敵に笑って答えた。
互いに駆け合い、最後の一閃。シーティアさんの唐竹は空を斬り、カーマイン君の不殺の斬戟がシーティアさんの胴にきまった。
「俺の、勝ちだ」
「――ああ、私の負けだ」
互いに告げ合い、刀を退くと同時、シーティアさんが地面に膝を付いた。カーマインくんは静かにソレを見下ろす――。
手を――差し伸べようとはしない、カーマイン君。手を――借りようとはしない、シーティアさん。
「強くなったわね。敵わないよ、今のお前には」
代わりに美しい笑みを浮かべるシーティアさんに、カーマイン君は不敵に笑った。
「――ああ。ようやく、アンタを越えられたよ」
その笑みは――とても穏やかで、優しくて――相手を思いやると同時に――シーティアさんに詫びているように、泣いているように――私には見えたんや――。
殲滅の紅――ファフニール。
かつてのローランディア王国の近衛騎士団の称号は、一人の傾国の美女に送られた――。戦場で敵を屠る彼女の姿は冷酷で――およそ、人の心を持たない龍のようであった。
だが――彼女の中にあった過去の記憶が呼び起こされたとしても、彼女の想いは決して揺らがなかった。
弟への――愛情だけは。
しかし、世界を敵に回した彼女を止めたのは――弟自身。彼女は――ようやくそこで悟るのだ――。
弟の本当の望みと彼の真の強さを――。