連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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フェ「どうも、皆の主人公。フェイトです!」
ア「アルフです」
フェ「今回アレだよ! 肩の力を抜いて、リラックスして見てください!」
ア「あと時系列とかも気にしないでください。思いつきなんで」
フェ「思い付きとか言うなYO! ネタばれすんなYO!! ――ってわけで、温泉編! スタートぉお!!」
ア「……テンション高いね、お前」


フェ「べ、別に皆に忘れられると思って焦ったわけじゃないんだからねっ!!」



オラクル空間★湯けむり事情 in海鳴市(前編)

 第97管理外世界。

 俗に“地球”と呼ばれるその世界は――なのはとはやての生まれ故郷だった。

 

 これは、その地球にある『海鳴市』という町で起きた小さなお話。

 山頂にある温泉旅館で、青年(フェイト)を始めとした機動六課の面々が、羽を休めた時の話である――……。

 

 

「ふぅ~ん、ここが地球かぁ……!」

 

 青年(フェイト)は山の中腹まで届けてくれたバスを見送るなり、大きく伸びをした。

 山の空気がおいしい。

 空気が冷たく澄んでいて、青年(フェイト)達の故郷には無い、爽やかな風を運んで来る。

 青年(フェイト)はどこか、悟りきったような表情で山の中腹から町並みを見下した。目を細め、一つ頷く。と。サッとアルフに歩み寄り、声を落とした。

 

(なぁ、アルフ。これ――歴史の教科書とかで見た事あるんだけど……。こんな町並みの世界……確か二十世紀前後の地球じゃなかったか? これ……)

 

(正解)

 

 アルフは左手に握ったクォッドスキャナーを弄りながら答えた。

 

「えぇえええええええっっ!!?」

 

「どないしたん? フェイト君?」

 

「なんでもありません。久しぶりの地球で感動したみたいで」

 

 はやての疑問に、アルフが答えた。その後ろで、青年(フェイト)が顔を掴まれ、アルフの右腕一本で吊るし上げられている。アルフは相変わらずの無表情。彼が何を考えているのかは分からない。

 はやてが要を得ず首を傾げていると、隣を歩く令嬢(フェイト)が、得心が言ったように、ぽん、と手を叩いた。

 

「そっか。フェイトとシャスは地球出身だもんね」

 

 いい感じに勘違いをした令嬢(フェイト)に、アルフは曖昧に頷く。するとなのはが人差指を顎先に添えて、不思議そうに周りを見渡した。

 なのはにとっては馴染み深い――自分が生まれ育った故郷、海鳴市を見渡して。

 

「それじゃあ、フェイト君達はここに自分の家があるのかな?」

 

「いやぁ~~~~~~~、そうですねぇ~~~~~~~!! だいぶ……、遠いかなぁ~~!!」

 

 青年(フェイト)は喉を割らんばかりの大声で、爽やかに笑った。HAHAHAHAHA!! といつもより多めに笑っている。どう見ても良識ある人間からすれば怪しい青年(フェイト)の挙動だが、機動六課の面々は『青年(フェイト)はそういうもの』として受け止めており、気にする者は居ない。

 日頃の行い、とはよく言ったものである。

 青年(フェイト)は額をアルフの額にぶつけて、これでもかと言わんばかりに顔を強張らせた。

 

(どどど、どぉ~~~~~すんだよ、アルフっ!? まさかホントに地球来ると思わなかったよ!! おまけに何年前の地球だよっ!?)

 

(だから、言っただろ? 俺達の知ってる地球とは違うって)

 

 青年(フェイト)の動揺に対し、アルフは溜息混じりに悠然と返す。どこから調達したのか知らないが――管理局でも、この地球でも使われている、“携帯電話”とやらにスキャナーの機能を移設させて、それを先程から弄っているのだ。

 青年(フェイト)は目を見開いた。

 

 カッ!

 

(……忘れてましたね?)

 

 アルフは横目に青年(フェイト)を見る。――冷めた目だ。もはや自分が説明した事など、青年(フェイト)が忘れていて当然、と言わんばかりの冷めた目である。

 青年(フェイト)は背中に汗が流れるのを感じながら、ぷるぷると首を横に振った。

 

(か、過去だなんて言ってないじゃないかぁあああああああ! ッて言うか、ミッドチルダ時系列どうなってんだよぉお!!)

 

(だから、惑星自体が違うの。俺達の地球とは)

 

 アルフはそう言って、携帯の液晶画面を青年(フェイト)に見せる。――何となく、テレグラフみたいだな……と青年(フェイト)は思った。

 そして携帯電話の画面を穴があくほどチェックしながら――そこに羅列するセクターηの文字に、首を傾げる。セクターηとはテトラジェネシスや第三、第四宇宙基地が存在する区画だ。親連邦惑星が多く、かと言ってジェネシスを始めとした銀河でも強力な発言権を持っている惑星が多いために、各惑星の独自性が強い区画だ。

 ちなみに、青年(フェイト)達が住んでいた地球は、セクターΘに存在する惑星である。となると、確かにスキャナーの言う通りであれば、青年(フェイト)達が住む地球と、なのは達の故郷――第97管理外世界、“地球”はまったく別の惑星――と言うことになる。

 青年(フェイト)は顎に手をやり、状況を整理した。

 

(ってことは、だ。ここは、僕らの二十世紀の地球文明に近い地球って惑星ってことなのかい? んなアホな)

 

(いや。それで合ってますよ)

 

「うっそだぁあああああ!!」

 

「いやいや。ホント」

 

 あくまで説明を信じない青年(フェイト)に、アルフは心外そうに眉をひそめた。青年(フェイト)から携帯を取り上げて、肩をすくめる。

 ヴィータがそんな二人を尻目に、心底呆れたようにつぶやいた。

 

「ったく! 海鳴市に来てまで騒がしい奴らだな!」

 

「久しぶりの地球で、アイツ等も羽を伸ばしたいのだろう」

 

「でも、フェイト君はいっつも羽を伸ばしてそうだけどね♪」

 

 桜色の髪をポニーテールにした凛々しい女性騎士のシグナムと、肩まで流れる淡い金髪を軽く外にハネさせたおっとりした女医のシャマルが、穏やかに微笑む。

 

「みんなぁ~~!! そろそろ温泉に着くよぉ~!」

 

 生まれ育った故郷ということもあって、最も土地勘の良いなのはが、山頂にある旅館を指して言った。

 

 皆の表情に笑顔が満ちる。

 スバルはニコニコと表情を輝かせて、相棒のティアナを見た。

 

「ティア! 背中流しっこしようね!」

 

「いくつよ、アンタ……」

 

 ティアナはいつも通りクールな表情で、オレンジ色のツインテールをしょぼくれさせて歩いた。実はバスで山の中腹まで送ってもらったのはいいが、そこからかれこれ三十分ほど、彼女達はハイキングしているのだ。

 訓練に比べれば楽な運動とは言え、温泉一つに、三十分の徒歩――それもまだ目的の旅館が小さく見えただけだ。

 木製の味わい深い旅館で、どっしりと構えた立派な正面玄関を、柔らかな間接照明が彩っている。二階建ての旅館だ。立地条件は決して良くないが、ここの温泉は美肌効果やアトピーなどの皮膚病にもよく効くと評判である。清潔感と、風情のある旅館の雰囲気に相なって、ティアナは思わず、わぁ、と歓声を上げた。

 

 

「エリオ君はどうするの?」

 

 キャロは十歳の少女に相応しいあどけない瞳をエリオに向けて、ぱちぱちと瞬いた。砂漠がキャロの故郷だが、彼女の肌は白く、青紫色の大きな瞳をしている。同い年の少年(エリオ)と並ぶと、兄妹のようにも見え、どこか小動物的な可愛らしさのある少女だ。髪の色はシグナムより淡いピンク色で、長さがセミショート、癖はほとんどない。しかし頭の上にピンと一筋立った髪の毛が、彼女が少し動くたびに愛想よく揺れた。

 エリオは自分の赤い髪を掻いて、笑う。

 

「え? ああ。僕はフェイトさん達と一緒に入るよ」

 

「それじゃ一緒に入れるね!」

 

 キャロは嬉しそうに笑って、白い両手をギュッと握る。エリオは、うん、と話の流れ上頷きかけて――キャロの言葉にはた、と瞬くと、表情を少しだけ固くして彼女を制した。

 

「……キャロ、何か勘違いしてない? 僕はフェイトさんやシャスと入るって言ってるんだよ」

 

「一緒に入らないの?」

 

 不思議そうにキャロが首を傾げる。

 エリオはわたわたと手を振り、前を歩くスバルやティアナ達を指した。

 

「うん。ほら、ティアさん達も気にすると思うし」

 

「ティアさん達、気にしないって言ってたよ?」

 

「えっと……! あ! シャス! フェイトさん!! 温泉入りましょう! 早く!!」

 

 なのはと令嬢(フェイト)の真後ろに続く青年(フェイト)とアルフを追って、エリオは駆けだした。

 その背を、キャロは不思議そうに見る。変なエリオ君、というつぶやきは、エリオの耳には届かなかった。

 駆け寄ってきたエリオを振り返り、青年(フェイト)が嬉しそうにニッと笑う。

 

「おいおいどうしたんだよ、エリオ! はしゃいじゃって! ハハンッ♪」

 

「……敢えて何も聞かないでやれよ、フェイト。――エリオ。貸し一ね」

 

「コーヒー牛乳だね?」

 

 エリオの表情から事態を察したアルフが、『貸し一』宣言する。それをサッと返したエリオに、アルフは顎に手を据えて――

 

「日本酒、……ないの?」

 

 かつーん……!

 

 さんざん先程まで適当にめくっていた『海鳴市旅行ガイドブック』を取り落とした。

 

「無いと思う」

 

 青年(フェイト)がにべもなく首を振る。アルフは心なしか目を見開いた。――ショックを受けているようにも見えるのは、エリオの気のせいなのだろうか――。

 

「もう! 温泉宿の自動販売機だから、無いと思うよシャス」

 

 なのはが眉間にしわを寄せて、アルフを振り返る。

 アルフは長い溜息を吐きながら首をゆっくりと横に振ると、落としたガイドブックを拾い上げて、

 

(麓まで行けってことか)

 

 一つ、頷いた。

 青年(フェイト)がふふん♪ と鼻を鳴らす。

 

「風呂上がりのコーヒー牛乳のうまさを知らないとは、まだまだお子ちゃまだなっ! アルフ!!」

 

「お酒の味が分からないお子ちゃまは黙ってな」

 

 同時。

 無言で繰り出された両者の右ストレートが、交差するようにして両者の頬に決まっていた。

 

「もう! 喧嘩しないで下さいよ!! ほら、行きますよ!!」

 

「「は~い」」

 

 エリオに促されながら、青年(フェイト)とアルフは互いの手を下ろしてエリオの後を追う。それでも地味な睨み合いだけはやめず、無言でガンを飛ばし合う二人を、エリオは溜息混じりに振り返った。

 

「しょうがないんだから、もう!」

 

 それを皮切りに、アルフが肩をすくめて睨み合いを止める。青年(フェイト)が感心したように――達観した老人のように目を細めて、顎を右手ですりすりと撫でた。

 

「エリオはしっかりしてるなぁ~!」

 

「温泉卵、あるかな?」

 

 せめてそれくらいはと願いをかけるアルフに、青年(フェイト)はビシリと親指を突き立てた。

 

「入ればわかるさっ!」

 

「一回やってみたかったんだけどな。温泉で月見酒」

 

 アルフはどこか切なげに遠くを見やった。今日は旅館に宿泊ということもあり、彼なりに楽しむつもりだったようだ。

 テンションは低いが、ポイントは外さない――と言うのがアルフのポリシーなのかもしれない。

 

 

「二人とも~! いつまでやってるの~!」

 

「先に温泉入っちゃうよ」

 

「ああ! 今、行きます!」

 

 先頭を行くなのはと令嬢(フェイト)に声をかけられ、青年(フェイト)は愛想笑いと共に答えた。

 

 

 ××××

 

 

 ――問題は、さ。

 温泉に入る事なんかじゃなかったんだよ。

 僕はこの時初めて、自分の目を疑ったんだ……。

 

 え?

 何があったかって?

 

 キャロが、キャロが男湯に入ってきたんです!

 その顛末を、今から話しますっ!!

 

 

 ××××

 

 

「ふぅ……!」

 

「お? なんだ、エリオ。キャロ達と女湯じゃなかったのか?」

 

「やめてくださいよ、ヴァイスさん! 気にしてるんですから」

 

 脱衣場に荷物を置くなり、エリオが思わず溜息を吐くと、タオルを肩にひっかけた機動六課のヘリパイロット――ヴァイス・グランセニックが、気さくに声をかけて来た。ヴァイスは二十前後の青年で、階級は陸曹。焦茶色の髪をショートにして、長めの前髪を右に流している。瞳の色は青。

 どこにでも居そうな気さくなお兄さん、というのが第一印象だが、割に顔は整っており、機動六課の見えぬ所で女性局員達の人気を集めていた。

 ヴァイスはからからと景気良く笑いながら、エリオの赤い髪をくしゃくしゃと撫でる。

 

「今のうちに入っとくもんだと思うけどねぇ~。でっかくなったら入れねえぜ、あんなトコ」

 

「そ……そんな……」

 

 エリオはどう答えていいか分からず、脱衣場の籠に視線を落とした。

 咳払いが聞こえる。

 ヴァイスが顔を上げると、脱衣所の棚に荷物を置いた機動六課の部隊長補佐――はやての副官であるグリフィス・ローランが眼鏡を押し上げていた。色素の薄い紫色の髪と、細面。第一印象が“優男”で始まるグリフィスが、じろりとヴァイスに苦言を呈す。

 

「ヴァイス陸曹。エリオを虐めるのはどうかと思いますが」

 

「おっと、これはグリフィスさん! ほんのジョークっすよ!」

 

 ヴァイスは明るい笑い声を上げながら、後頭部を無造作に掻いた。

 

 

 そんな機動六課男性陣の後ろで――青年(フェイト)は憐れみの視線を、アルフに向ける。

 

「アルフ。そんな真剣な目で自販機睨んでも、更衣室の自販機に日本酒は無いぞ」

 

「……今、ドライにしようか、札幌にしようか悩んでるトコ。何が違うんだ? これ」

 

 初めて見る缶ビールを前に、アルフは真剣な面持ちで目を細めていた。彼は直感型の天才だ。――恐らく集中すれば、味で失敗すること無い――と自分を信じて、どちらの缶ビールを選ぶべきか悩んでいる。

 青年(フェイト)もアルフの隣から自販機を見上げて、嬉しそうに声を弾ませた。

 

「メーカーが違うんじゃない? 二十世紀の地球のお酒か~! 僕も飲んだことないなぁ、そう言えば。 よし! 一本買おうぜ!」

 

「つまり両方飲めるわけだな」

 

「だね! ところでこの世界の硬貨、持ってる?」

 

「このアルフ・アトロシャスにぬかりはない」

 

「さっすがぁ~! で。どんな硬貨なんだ?」

 

 ウキウキとアルフが取り出した財布――見るからに安物では無い――を見下して、青年(フェイト)は口端を緩めた。

 アルフの長い指が財布を開ける。

 出て来たのは――青年(フェイト)が歴史の授業で学んだ、教科書に載っている資料そのものの硬貨だ。

 正確に言うと、五百円玉が二枚、百円玉が八枚、十円玉が二枚。

 それを見下ろして、青年(フェイト)は固まった表情で首を傾げた。

 

「……あ、あれ? これ、二十世紀の日本って国にあった硬貨にそっくりだぞ? そう言えば、日本製のゲームはよかったよなぁ。僕らの世界には何故無いんだ、秋葉原」

 

 一しきり顎に手をやってうんちくを述べた後、青年(フェイト)はアルフの手許に視線を落とす。

 

「ていうか、シャス。これ、重要歴史文化財じゃないか?」

 

 チャリン

 

「ぁああああ!!?」

 

 青年(フェイト)の悲鳴もどこ吹く風と、アルフは何の未練もなく、五百円硬貨を自動販売機に投入していた。

 

 ぽち、

 ガシャーン

 

 けたたましい音を立てて、缶ビールが自動販売機の受け皿に落ちる。

 

「よいしょ」

 

 プラスチックの蓋をよけて缶ビールを取り出したアルフは、慣れた手つきで、カシュッとプルトップを引き起こした。

 

「ちょ、ちょちょ……っ!!?」

 

 目を白黒させる青年(フェイト)を置いて、アルフはぐびぐびと勢い良くビールを呷る。最後の一滴を飲み干すまで、一気に。

 缶を傾けても中身がこぼれないところまで飲みほした彼は、親指の腹で唇を拭って一つ、満足げに頷いた。

 

「ぷはー。……うん、悪くない」

 

「一気に飲み干しやがった……!」

 

 脱力する青年(フェイト)を見て、アルフがハッと顔を上げる。

 

「あ。つい」

 

「お前何してんだよぉーー!!」

 

「泡残ってる、泡」

 

「いるかぁあああ!!」

 

「じゃ、もう一本やるよ」

 

「ちょっと待てよ! 重要文化財の硬貨を――あぁっ!?」

 

 ちゃりんちゃりーん。

 

 青年(フェイト)の主張は最後まで続かず、重要文化財と思われる硬貨が、無情にも自販機のコイン投入口に飲みこまれて行く――。

 

「さっきドライだったから次、札幌ね」

 

「まだまだッスね! 二人とも!!」

 

 断るアルフの背から、ヴァイスが両腕を組んで声をかけて来た。青年(フェイト)が振り返る。自信に満ちたヴァイスの青い瞳と目が合った。

 

「なんだよ、ヴァイスさん? なんか用かい?」

 

 問うと、ヴァイスはニッと笑って人差指を立てた。

 

「ビールならラガーっしょ! ここは譲れないっ!! 酒好きの人には是非お勧めだね!」

 

「いや、プレミアムモルツかな?」

 

 その隣でグリフィスが小首を傾げている。機動六課男性陣の視線の先は――アルフ達がいる自販機よりも少し離れた、黒い自販機だ。

 そこに記載されている缶ビールの値段を見て、青年(フェイト)は目を丸くした。

 

「た、高ぇーーー!! こっちの自販機かぁあ!!」

 

「へえ、うまいんだ」

 

 対するアルフも興味を引かれてか、いそいそと黒い自販機へと向かう。

  

 ちゃりんちゃりーーん

 

「待てぇええええぃっ!!」

 

「どれどれ」

 

 青年(フェイト)の主張は、やはりここでも無視された。

 ぐびぐびと良い音を立てて、アルフが缶ビール〈ラガー〉を飲み干して行く――。

 そして、一言。

 

「ああ……」

 

 アルフはつぶやいて、一つ頷き、カシュッと再びプルトップを開けて、缶ビール〈プレミアムモルツ〉を一気に仰いだ。

 

「いけるいける」

 

 満足げに頷くアルフ。

 青年(フェイト)は声を限りに叫んだ。

 

「だから、何全部飲んでんだよぉおおーーー!!」

 

「稼げばいいんだろ? 後で」

 

 こともなげに言うアルフに、青年(フェイト)は思わず言い淀んだ。

 

「ちょ、おまっ! それどんだけの価値があると思ってんだよ!! 僕らの世界に持って帰れば、凄い価値になるんだぞ!!」

 

「ああ、無理だから。それ」

 

「何故に?」

 

 青年(フェイト)がぱちぱちと瞬く。――密かに、絶対硬貨マニアに売ってやろうと画策していた。

 アルフがいそいそと新たな缶ビールを手に取りながら、青年(フェイト)に言う。

 

「発行年っていうのが、モノの希少価値を決めるんです」

 

「……二十世紀の硬貨だぞ? 発行年もくそもあると思うか? いや、あるかも知れないけど」

 

「残念ながら、あるね。ああいうモンを集める奴等は、“数百年前”のものだから価値を見出すんであって、同じ形をした新しい物品なんかに興味はねえよ。――大体、発行年まで気にしなくていいなら、レプリケーターで簡単に作れるだろ?」

 

 ヴァイス達が風呂に向かったのを見て、レプリケーターと口にするアルフに、青年(フェイト)は物惜しげにむむ、と唸っていた。

 

「シャスー! フェイトさーん!! みなさーん! 早く入りましょう!!」

 

「分かったよエリオ!」

 

「はいはい」

 

 答えながら、アルフは自販機に五百円硬貨を投入する。

 

 ちゃりーん

 

「ぬなぁっ!?」

 

 渋い顔で振り返る青年(フェイト)もなんのその。彼はいそいそと自販機のボタンを押していた。

 ヴァイスが呆れたように肩をすくめる。

 

「にしても、アルフの旦那。酒強ぇな……」

 

「おまけに酒好きなんですね」

 

 グリフィスも同じく呆れ顔だ。

 そんな二人を余所に、アルフはいそいそとラガーと書かれたビールを浴槽に持っていった。六課の副官でもあるグリフィスが目を丸める。

 

「なっ!? アトロシャスさん! 缶ビールを持って行っちゃいけません!」

 

「旦那ー、温泉に持ってくのはおちょこだぜ? もしくはコップに入れるなりなんなり……」

 

 言いかけたヴァイスを、アルフが真剣な眼差しで見据えた。

 

「え? 日本酒あるんですか?」

 

「受付に言えばあると思うぜ」

 

「じゃ」

 

 ヴァイスの回答を聞くなり、アルフはそう言ってフェイト達に背を向ける。その白い肩を、青年(フェイト)はむんずと鷲掴んだ。

 

「まあまあ、もう入れよ! タオル一丁なんだからさ」

 

「大丈夫。一瞬で終わる」

 

 何故かしたり顔で言うアルフ。

 青年(フェイト)はエリオを顎で指しながら言った。

 

「いいから来いよ!」

 

「シャス! 背中流そ!」

 

「ほら、エリオも言ってるし」

 

「…………」

 

 アルフは長い溜息を吐くと、諦めてラガーと共に浴槽へと向かう。その背を、グリフィスが引きつった顔で見据えていた。

 

「いえ、ですから缶ビールを中に持って行ってはいけない……」

 

「ハハッ! 面白ぇ旦那達だ! なんつーか、豪快だよな!」

 

「頭が痛くなってきましたよ……」

 

 からからと特に気にした風もなく笑うヴァイスに、グリフィスは細い指先を額に添えて、ゆっくりと首を横に振っていた――。

 

 

 

「あぁ~~~! 温泉はいいねぇ~~! たまらんねぇ~~!!」

 

 湯船に浸かるなり、青年(フェイト)は何かから解放されたように高い声を上げた。その隣でヴァイスもまた、あぁ~、と声を上げながら風呂に腰を沈めていく。

 

「ホント、仕事のキツイのを忘れられるよなぁ~」

 

「ただでさえ六課は忙しいですからね」

 

 これにはグリフィスも同感だった。男達で輪になりながら、些細な事を言って笑い合う。

 と。

 

 カシュッ

 

 一際甲高い音が鳴って、青年(フェイト)は左手を振り返った。

 

「ちょっ!?」

 

「うまいよ、これ」

 

 言われる前に言う――とでも言わんばかりに、缶ビールを飲み干すアルフ。隣にいるエリオが、眉尻を下げた。

 

「もう! お酒ばっかり飲んでないで、体洗おうよ~!」

 

「エリオも飲む?」

 

 アルフがビールを掲げた瞬間、

 

「リフレクトストライフ!!」

 

 タオル一丁の青年(フェイト)の蹴りが、大浴場のお湯をかっさらってアルフに降りかかった。

 

「「ぅわっぷ!!」」

 

 傍にいたグリフィスとヴァイスも思わず飛沫に目を細める。大量のお湯が吐き出されて、リフレクトストライフの直撃を喰らったアルフは、缶を握りしめたまま、押し黙っていた。

 

 ぽたぽた……

 

 静寂を取り戻した湯船の中で、アルフの銀髪から湯が滴り落ちる。わずかにうつむいたアルフは、目許が見えなかった。

 彼はソッと、缶ビールを脇に置いた。

 

「ビール台無しじゃん……。お前、何してくれてんの?」

 

「ビールを勧めんなよ! ていうか、僕に勧めろよ! 先に!!」

 

 密かに飲んでみたかったらしく、全力で胸を叩く青年(フェイト)を見上げて、アルフは濡れた銀髪を掻き上げながら目を丸めた。

 

「え? でもエリオはもう十歳だろ?」

 

「……シャス、お前……法を順守すべき軍人だよな?」

 

 青年(フェイト)は笑う。爽やかに。

 そこでふと、――自分の中にある“常識”と法律の齟齬に気付いたアルフは、あぁ~、と間延びした声を上げた後、そっぽを向いた。

 

「…………土星育ちなんで」

 

「ハハハッ! 旦那達はなかなか、冗談も面白ぇや!」

 

「冗談……なのでしょうか?」

 

 豪快に笑うヴァイスの隣で、グリフィスが不安そうに表情を暗くしている。

 そんな彼を脇に置いて、青年(フェイト)は意気揚々と湯船から上がった。

 

「よし! エリオ!! 僕が背中を流してあげるよ!!」

 

「じゃあ、僕はシャスの背中を」

 

 手桶の中に入れたスポンジを取り出して、エリオが言う。アルフは一つ頷き、自分も湯船から上がりながらヴァイスを横目見た。

 

「じゃ、俺はヴァイス陸曹の背中を」

 

「じゃ、俺はグリフィス准陸尉の背中を」

 

「これは……どういう趣旨なんだい?」

 

 背中の流し合いっこになった面々を見渡して、グリフィスが小さく首を傾げる。ヴァイスが石鹸を泡立てながら言った。

 

「准陸尉! 無礼講ッスよ!!」

 

「やれやれ」

 

 苦笑しながら、グリフィスも手桶の中に眼鏡を入れて、濡れないよう棚の上に置くと、青年(フェイト)に向き直った。

 

「それじゃあ、僕はフェイトさんの背中を」

 

「おし! いっちょやってみようか!」

 

 青年(フェイト)が勢い良く頷くと、男五人――仲良く輪になって、背中を流し始めた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ~。良いお湯だなぁ~!」

 

 ヴィータは湯船に浸かるなり、嬉しそうな声を上げた。見た目は小さな女の子だが、六課の激務はその見た目からは想像も出来ないほどに過酷なものである。

 羽を伸ばすヴィータの隣で、長い足を湯船に浸けたシグナムが、静かに目を閉じて満足げに微笑んだ。

 

「うむ。心が洗われるようだ」

 

「はやてちゃん。入らないですか?」

 

 空を飛ぶ妖精に良く似た姿のリィンフォースⅡが、主を呼ぶ。はやては、爪先をちょんちょんと水面につけるだけで、なかなか深く湯船に入ろうとしないのだ。

 彼女は困ったように眉根を寄せて、リィンフォースⅡを仰ぎ見た。

 

「ちょっと熱いん苦手やぁ……。だから、温度に慣れるまでゆっくり浸かろう思て」

 

 はやてを迎え入れるように先に入ったヴィータが、肩まで湯に浸かりながらニコリと笑う。見た目に相応しい――少女らしい可憐な笑顔で。

 

「やっぱり大きい風呂はいいな! 皆で入れる!」

 

 珍しく声を弾ませるヴィータに、はやても、ふふ、と笑った。

 

「うん。これやったら、ザフィーラも連れてきたら良かったかな?」

 

「ザフィーラは嫌がると思います。主はやて」

 

「変な所でカタブツだからな~」

 

 肩をすくめるシグナムとヴィータの言葉に、はやては苦笑しながら、せやなぁ、と頷いた。

 

 

「久しぶりだね、なのは。海鳴市の温泉に入るのも」

 

 令嬢(フェイト)は白い体をお湯に沈めながら、小さく微笑んだ。こうして、何の気兼ねもなく皆で羽を伸ばせるのは珍しい事だ。

 それも気を休める場所が――かつてなのはと出合った、この『海鳴市』だと言うのだから、令嬢(フェイト)の感慨も深い。

 嬉しそうに目を細める令嬢(フェイト)の隣で、なのははスレンダーな裸体を湯に浸けながら、頷いた。

 

「うん! この所、事件ばかりだったからね」

 

「なのは。無理してない?」

 

 令嬢(フェイト)の眉が心配そうにひそめられる。その言葉の裏に隠された事実を笑い飛ばすようになのはは声を大きくして、力強く自分の細い二の腕を、ぺん、と叩いた。

 

「大丈夫。まだまだだよ!」

 

 きゅっと眉をしかめてみせるなのはに、令嬢(フェイト)は思わず笑ってしまう。

 どれだけ凛々しい表情をしていようと――どこか愛らしさが残る、それが――令嬢(フェイト)から見たなのはの印象なのだ。

 

 

「ここが海鳴市の温泉か~! なのはさんが言うだけあって、凄いな~!」

 

 スバルは額に親指を当てながら、掌を広げて周りを見渡した。機動六課にあるのは、基本的にシャワー室なので、このような大浴場はスバルにはあまり馴染みがない。

 それは、ツインテールを解いたティアナにも言える事だった。

 

「ホント、こんなにおっきい温泉ってミッドチルダには無いわね」

 

 いつもは好奇心旺盛なスバルの挙動をたしなめるティアナだが、彼女もスバルと同じくして浴場を興味深そうに眺めている。

 その横顔をスバルは振り返り――不意に、にやりと口端をつり上げた。

 

「ねえ、ティア? ちょっと、肉付きが良くなったんじゃない?」

 

「って! 何よ、その手!!」

 

「確かめてみよっかなぁ~? って♪」

 

 言いながら、スバルは満面の笑みで、開いた十本の指をわさわさと蠢かせる。視線はティアナの白い膨らみ――乳房だ。

 カッと目を見開いたティアナは、左手で胸を押さえながら湯船の中を走った。

 

「来るなぁっ!!」

 

 

 

「そっかぁ~。グリフィスくんと」

 

 バシャバシャと飛沫を上げて遊んでいるティアナとスバルを尻目に、シャマルは風呂縁にある石に身を預けて、機動六課の女性局員の話を聞いていた。

 通信主任のシャリオの部下に当たる存在――通信士のルキノの話を。

 

「え、えと……まだそういう仲じゃ」

 

 ルキノは色彩の薄い少女で、白い指先を先程からつんつんとつつき合わせている。淡い紫色の髪をショートカットにした、平均よりも身長の高い少女だ。年齢は十八~二十といったところか。白い肌が照れて上気しているため、ほんのりと朱に染まっている。

 なのは達が出撃していない時は、主に機動六課の経理事務を担当している少女で、数字に強いからか性格も几帳面でしっかりとしていた。細身の彼女の隣で、友人のアルトという同世代の少女も聞き耳を立てている。

 アルトはルキノよりも背は低いがボーイッシュな少女で、黄色がかった茶髪をショートカットにし、緑のヘアピンで留めている。見た目ではアルトの方が大人しそうだが、実際は、アルトの方がルキノよりもさばさばとした性格をしていた。

 少年っぽさを残したアルトが、普段はなかなか聞く事の出来ない友人の恋話に瞳をキラキラと輝かせている。

 そんなルキノの相談相手になっているのが――機動六課の軍医、シャマルだ。豊満な肉体を石の上に投げ出して、シャマルは大ぶりな臙脂色の瞳をルキノから通信主任のシャリオへと向ける。

 

「それなら、シャーリーにいろいろ聞いたらどうかな? シャーリー、グリフィスくんと幼馴染だし」

 

「グリフィス君の好みかぁ~」

 

 風呂場の為、眼鏡を取ったシャリオは、腰まで流れる茶色の髪をタオルで掻き上げて、口元に人差指を添えた。機動六課部隊長補佐のグリフィスとは長い付き合いだが、そう言えば昔から浮いた話を聞いた事がない。

 そんな事を頭の隅で思い起こしながら――それでも、彼の好きそうな相手に心当たりはあった筈だとシャリオは努めて記憶を掘り返す。

 うんうんと唸るシャリオを尻目に、シャマルは石に身を預けたまま、つぶやいた。

 

「いいなぁ……。そんな恋話があって」

 

「え!? シャマル先生、ありそうですよ!?」

 

 目を丸くして、ボーイッシュな少女のアルトが素っ頓狂な声を上げる。すると即座に、背の高いルキノも首を縦に振った。

 

「ねえ!? 男が絶対、ほっとかないでしょ!」

 

「だって美人だし優しいし、包容力ありそうだし。体だって……」

 

 そこまで言いかけて――アルトは思わず口をつぐんだ。視線を、自分の身体に落とす。

 主に、女性の象徴とも言える膨らみへ。

 

 思わず、深い溜息が洩れた。

 

 それもアルトだけでなく、グリフィスに想いを寄せるルキノと、通信主任のシャリオまで。

 落ち込む三人を尻目に、シャマルは不服そうに眉を寄せた。

 

「でもそういう話、無いんだよね~……」

 

「男って、意外と見る目ないのかな?」

 

 アルトが心底不思議そうに首を傾げる。ルキノも同じように首を傾げた。

 

「それともシャマル先生に何か問題があるとか?」

 

「分かった! 告白されても気付かないとか!」

 

「シャマル先生、悪くないもんっ!」

 

 シャリオの指摘を全力で否定したシャマルは、豊満な胸を揺らして、ぶんぶんと首を横に振った。

 

 

「みんな楽しそうだね」

 

「うん」

 

 遠巻きに、シャマル達の恋話の様子や、スバルとティアナの騒ぎ、そしてはやて、シグナム、ヴィータによる談笑の様を見ながら、令嬢(フェイト)となのはは目を細めた。

 この二人は静かに、先程からお湯を楽しんでいるのだ。この海鳴市で送った学生生活を、二人で振り返ったり、管理局での話に花を咲かせながら。

 ――だが。

 その談笑は、令嬢(フェイト)がある少女を目に止めた事から終わった。

 

「……あれ? キャロ、どうしたの?」

 

 温泉の隅で小さくなっているキャロに、令嬢(フェイト)が声をかける。なのはも不思議そうに首を傾げていると、寂しげに俯いたキャロが、ぽつりと言った。

 

「エリオ君と、一緒に入りたかったんです……」

 

「そっか……」

 

 令嬢(フェイト)の表情もキャロと同じように寂しげに変わる。

 キャロは視線を上げて、きゅっと両手を握った。

 

「私、エリオ君呼んできます!」

 

「うん。行っておいで」

 

「気ぃ付けて行くんやで~」

 

「転ばないようにね」

 

 声をかけてくる令嬢(フェイト)、はやて、なのはに向けて、キャロは明るく――はいっ、と頷き、男湯へと向かって行った。

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