当話は、フェイトたちが惑星ミッドチルダに漂流する一年前のことである。
「闘技大会?」
アルベル・ノックスは眉をひそめて、ひょんなことを言い出したシーハーツからきた男、アレンを見た。近々、シーハーツ・アーリグリフ両国による親善試合が催される予定だ。おそらくその代表選手となるべき男が、修練場のアルベルを訪ねること自体は珍しくない。
「ええ。現状、アーリグリフもシーハーツも情勢が落ち着いています。せっかく磨いた兵士たちの腕、温めておくだけではもったいない。特に鍛冶師たちの腕を錆びつかせてしまっては甚大な損失になりかねませんからね」
「
ありえない質問をしてみると、アレンが当然のように否定した。
「一般開放用の闘場をつくってはどうかと考えています。世界中の腕自慢が集うような」
「…………」
あらたまって持ってこられた話の真意がどこにあるのか、アルベルは考える。視線で話の続きをうながすと、アレンが小さくうなずいた。
「幼いころ、俺が伝え聞いたエクスペルという星の伝説では、ラクール武具大会という大陸中の強者が集うイベントがあったんだそうです。ラクール国は刀匠ひしめき合う武具の街で、ちょうどカルサアに似ています。大会参加者は街の武具店と契約し、店の武具を使って大会に参加する。優勝すればその強者と店、どちらもが国から栄誉を授かり繫栄できる。フェイトが育てたペターニ・ギルドの広報力を使えば、相当大掛かりなものができあがるかと」
「いまさら俺やお前のような者が名も知れず埋もれてるとは到底思えねえが」
言いつつも、アルベルの口端はつりあがっていた。
「退屈しのぎにはなりそうだな」
アレンがニッと笑ってうなずいてくる。相変わらずひとを乗せるのがうまい男である。
行商人惨太の伝手で知り合った『ハウエル商会』の執事、キールという男が参考となる闘技場に案内してくれるとの話だった。
修練場を連れだって出ていき、グラナ丘陵につくと
「お待ちしておりました、アレンさま」
「こちらこそ、よろしく頼みます」
「はい。もちろん」
キールという執事が形のいい唇を広げて笑う。奇妙ないでたちだ、とアルベルは思った。キールは黒い燕尾服に白手袋、仮装会でもないのに目許を隠すドミノマスクをつけている。髪は艶やかな
だが所作や口調が妙に落ち着いている。老齢さがにじみ出て見える奇妙さがあった。
「そちらのお連れ様が、アレンさまのおっしゃっていた?」
「ええ、アルベル・ノックス団長です。ノックス団長、こちらがハウエル商会という名門商家で執事をされているキール・ヴェンツェルさんです」
「このキール、初にお目にかかり恐悦至極にございます。アルベルさま。私のことは気軽にキールとお呼びくださいませ」
キールがうやうやしく胸に手を当て、頭を下げてくる。アルベルがフンと鼻を鳴らした。
「アルベル・ノックスだ。キールとやら、この俺に見せたい闘場というのはそれなりのものなんだろうな?」
「ええ。もちろんでございます。これの名はシルム。我がハウエル商会が誇る輸送用の精霊です」
背中に鞍をつけられたずんぐりむっくりの緑肌の一角獣は、キールに撫でられて「きゅぴぃーっ」と甲高い声で鳴いた。体型はマーチラビットとアヒルを足して二で割ったようだが肌はつるりとしていて水生生物を思わせる。つぶらな瞳がアルベルを見つめてぱちぱちとまたたく。体長は三メートルほどか。手足は短く、観たところ、
「では、まいりましょう」
三体のシルム鞍にそれぞれまたがった瞬間だった。景色が直線的に流れ、二度ほどまたたいたあとには見知らぬ石畳の街に巨大なコロシアムが目のまえいっぱいに広がっている。
「こちらがローランディア王国の誇る一大闘技場グランシルと双璧をなす、ティピちゃん王国の闘技場でございます」
「な、に……っ!?」
言葉を失うアルベルの隣で、アレンが懐かしそうにうなずいていた。
「俺もはじめてシルムに乗せられたときは同じことを言いました。こちらの国では、シルムは風の精霊なのだそうです」
まさか大陸どころか、星間移動までしているとはアレンですらつゆほども気づいていない。
キールは意味深に微笑むだけだ。
「ではアレンさま、アルベルさま。中へどうぞ」
巨大な円形闘技場のなかにキールを先頭に案内され、その壮麗な石造りにアルベルは柄にもなく、ほぅ、とため息を吐いていた。幾重にもアーチを描く幾何学模様のコロシアムは三階建てになっており、中央の闘技場を囲う観覧席から見下ろせるようになっている。
客席の数も尋常ではなく、いまは開催時期を外しているため閑散としているが手入れの行き届いた施設の内装が街の活気を象徴しているように見えた。
ふと、アレンが闘技場に立っている五人の男を目に留めて首をかしげる。
「キールさん、あちらの方々は?」
「実はアレンさまにお頼みしたいことがございまして」
「頼みたいこと?」
「アレンさま。あなたとその背中の刀、存分に振るうに足る相手をあなた自身の手で鍛えてはみませんか?」
「なんだと」
アルベルが鋭くふり返るのと、アレンが目を見開くのは同時だった。
ごくりと固唾を呑んだアレンが、声音を落としてキールを見る。
「というと? どういった相手ですか」
二人の興味が眼下の五人に向けられているのを察したキールが、微笑む。
「かの者は人であって人でなし。人に非ざる異形から創られし、最強なる存在。けれど彼らには自我がない。ですが自我を持った同族と彼らが出会ったとき。彼らもまた、わずかな自我に芽生えた。その自我の芽をあなたに育ててほしいのです。幼きころ、あなたが出会った少年のように」
詩を奏でるようなキールの言葉に、アルベルは合点がいかずに首を傾げた。隣のアレンの表情が凍り付いている。
「……キールさん、あなたはまさか」
「これからあなたが出会う者たちは、あなたがよく知る少年と同じですから。と、言っておきましょう。さあ、始めましょう。ここ、ローランディアで。あなたが出会いし幼き双子と、始まりの地にて」
キールが優雅にきびすを返し、こつこつと靴音を響かせて闘技場へと降りていく。アレンもアルベルもあとに続いた。
闘技場につくと、カルサア修練場の闘場かそれ以上の広大さがこの円形広場にはあった。目立たぬように魔法石が隅に置かれており、魔法やその他の影響が観客席にまで及ばないよう配慮されている。
闘技場で待っていた五人の男は、全員が同じ背丈、同じ髪型、同じ服装――そしてキールと同じく目許を隠すドミノマスクをつけていた。
キールが五人のうち、真ん中の男を指して声をかけてくる。
「この中で自我が芽生えつつある者、『アルフェイル』と申します。アルフェイル。紹介を」
「アルフェイルと申します。あなたが我が主、カーマインさまの恩人とは」
赤い騎士服を着た男は、そう言ってドミノマスクを外した。金と蒼銀の
「……カーマイン!?」
アレンが目を白黒させている。
「知り合いか、アレン?」
アルベルが言葉を失っているアレンに問いかけてみるも、アレンは首を弱々しく横にふっている。事態がうまく呑み込めていないようだ。
キールがささやいた。
「ほかの者も仮面を外してはいかがですか」
言われた通りに、残る四人がドミノマスクをまったく同じタイミングで外していく。全員が『アルフェイル』と紹介された男と同じ顔、同じ髪型、同じ背丈だった。
「なっ!?」
アルベルも息を呑む。アレンが驚いている理由がようやくわかった。だが一番気がかりなのは、この男たちとまったく変わらぬ背丈、髪型をしているキールという男だ。
(まさかこいつも――?)
目が合ったキールは微笑むだけで、仮面を外そうとしない。ただ「その通りだ」と言うように小さく顎を引いてきた。
「彼らとカーマインとの関係はこれで分かりましたか? アレンさま。あの顔がなによりの証拠」
「では、人に非ざる者とは」
「いかにも。ですが、彼は人として生きることを選んだようです」
異形から生まれたというクローン戦士たちを見て、アレンが数秒押し黙ったあと、小さく
「……そうか。そうだろうな」
アレンの脳裡をよぎるのは「いつか大切なひとを護りたい」と語っていた幼い少年の顔だ。あのときの澄んだ瞳の輝きをアレンはまだ覚えている。
「だからこそ彼は、すべての命を救ってみせる。とも言っていました。人も異形も、命の重さに変わりはないと。あなたが彼をそこまでにし、強烈に憧れを抱かせた。だからこそいまの彼は、その答えに至れたのだと思いますよ。アレンさま」
アレンは思いもよらないことを言われたようで、目を丸くして、しばらくきょとんとまたたいていた。ようやく破顔したときには、顔のまえでひらひらと手を振っている。
「そんなはずはない。カーマインがなにかを決意し、実行してみせたのだとしたら、それはまぎれもなくカーマイン自身の強さだ」
「ご謙遜を」
「想いを押し通すことは、簡単じゃない」
アレンがはっきりと言う。
キールはそれ以上の進言せず微笑むと、ゆっくりとうなずいた。
「なるほど。言い得て妙ですね。では始めましょうか」
キールがアルベルをふり返り、客席での観覧をすすめてくる。アルベルは迷いなく断ったが、アレンが代わりに言ってきた。
「ノックス団長、これも闘技場視察の一環です。
「フン」
仕方なく、キールに続いて二階のVIP席からの観覧となる。なるほど、客席は高くつくってあるだけあって、闘場全体をよく見通せる。距離感もちょうどよく、アルベルの位置からアレンや五人のクローン騎士の顔がよく見えた。
闘技場のど真ん中に立つ男、アルフェイルが言った。
「我らゲヴェルは親である異形から波動を受けることによってこの身体を維持することが出来ます。ですが、我ら自身の中にあるエネルギーを使えば、親の波動を受けずとも自力で独立した存在になることができるようです。カーマインや
「あなたの使うガード流なる剣術ならば、異形の使徒ではなく救世の剣へと変えることができるでしょう。彼らをよろしくお願いいたします。鉄の軍人よ」
アルフェイルの後を継いで、キールがアルベルの隣で悠然と語る。
アレンは思わず沈黙していた。『鉄の軍人』とは、アレンが特務軍人時代に言われていた通称だ。未開惑星人のはずの男が、知っているはずのない通り名だった。
「私に知らぬことはありません。たとえそれが銀河連邦であろうとも、あなた方の創造主、FD世界のことであろうともです」
「てめえ!」
アルベルが一息に刀を抜き打つ。隣の席に座っていたはずのキールは消え、アルベルの背後に立っていた。まるで幽霊だ。魔族たちが使う瞬間転移を思わせた。
「ご心配には及びません、アルベルさま。私はハウエル商会にお仕えするしがない執事。それ以上でも、それ以下でもございませんゆえ」
「それを信用しろってのか、阿呆」
「信じていただく以外、私にはなす術がございません。それより、いまは。――アレンさま、まずは一人一人の剣術の腕を見ていただきましょうか」
「その必要はない」
眼下のアレンははっきりと言い放つと、背に担いだ剛刀を一息に抜きはらった。
「まとめてかかってこい」
「かしこまりました」
キールがつぶやくのと同時に五人の騎士が一斉に剣を抜き放つ。キールが何者か考える一方で、少なくともアルベルたちに対し邪気や敵意がないことはわかった。
アルベルは不服気に鼻を鳴らすと、両腕を組んで横柄に客席に座り込む。
「寛大なご処置ありがとうございます、アルベルさま」
「てめえが惨太の知人なら、聞くだけ無駄だと判断したまでだ。阿呆」
単純に、眼下の戦いも気になる。
アルベルが視線を落としたとき、騎士二人が同時に斬りかかっていた。甲高い剣戟音とともに鍔迫り合いが起きるのも一瞬で、あっさりと片方の剣がへし折れていった。
「なにっ!」
クローン騎士たちが色めき立つ。
「相手の武器がどれほどの切れ味かもわからないままに攻撃を仕掛けてくることは愚かだ」
アレンが淡々と言い放つや拳に巨大な炎が宿り、鍔迫り合っていたもうひとりの騎士を殴り飛ばした。轟音が立った。騎士は受け身もままならず闘技場の壁に激突し、だらりと両腕を地面に垂らして気絶している。
アレンの真後ろから白刃が飛び込んでくる。剛刀が小枝でも振るように簡単に払われる。瞬間、地面を走る疾風『衝烈破』がアレンの全周囲を囲い、勢いよく打ち込んだクローン騎士が悲鳴をあげて弾き飛ばされていった。
飛ばされた騎士の影から突きこんできた四人目の騎士の手首が、一歩
「どうした、
四人目の騎士の顔面に肘うちが決まり、とどめのバーストナックルが容赦なく騎士を闘技場の壁に貼り付ける。ひとが簡単に吹っ飛ぶさまをアレンは相変わらず簡単に成し遂げてしまう。
アルベルは最後に残ったアルフェイルという男を見て、ほぅ、と眉をあげた。
アレンもまたアルフェイルを見て、目を細める。
「迂闊に攻めかかってくることはしないか。自我があるというだけあって、判断能力は大したものだな」
「実力だけならばあなたは『
アレンにとってアルフェイルの言葉は至極当然のことだった。自分が特務軍人であるという
アルフェイルは緊張しているのか、小さく息を吐いて言った。
「参ります」
瞬間、アルフェイルの姿が消えた。縮地法。ゲヴェルたちが使う光速の運足術である。剣戟音が響き、また鍔迫り合いになる。だが、一人目の騎士と違い、アルフェイルは兼定を見事に止めていた。
アレンが口端をつり上げる。
「咄嗟に刃の角度を変え、直接刃を合わせることを避けたか。いい判断だ。だがこの兼定に、そんな小細工は通用しない」
アレンの言葉通り、徐々にアルフェイルの剣に兼定の刃が食い込んでいく。このまま鍔迫り合いを続ければ、アルフェイルの剣が折れる。
「フン、相変わらず厄介な刀だ」
「さすがはアレンさま。縮地法の動きにあっさりと対処できる。その腕前、まぎれもなく本物。一流の剣士に一流の武器が備わっている」
上機嫌なキールの言葉に、アルベルは首を横にふった。
「あのアルフェイルとかいう男、まだ本気じゃねえ」
アルベルの言葉に呼応するように、甲高い金属音とともに鍔迫り合いが解かれるやアルフェイルの手許がパッと光った。空間に刻まれる幾筋もの銀色の弧。アルフェイルの見事な連続斬がアレンの動きを止めんと高速に切り立てられる。
「鍔迫り合いは不利と見て手数で押し込もうと考えましたか」
キールのつぶやきをかき消すように、アルフェイルの叫びが闘技場に走った。
「あなたにその刃、振らせるわけにはいかんっ!」
「悪くねえ判断だ。だが」
アルベルが目を細める。観る間に刃を重ねるアルフェイルの刃がチーズではつられたようにボロボロにくだけていく。
アレンが言った。
「超重量武器に手数で押し込む。判断は悪くない。だが、相手が悪かったな」
アルフェイルが息を呑んだそのとき
「連続攻撃とはこうするんだ」
アレンの手許がきらめくや光がアルフェイルの目の前にパッと散った。剣舞『鏡面刹』。襲いくる光の斬線があとから放たれたにもかかわらずアルフェイルの剣をすべて撃ち落としていく。
(馬鹿なっ!? お、俺の連続攻撃に、すべて撃ち返してきた!?)
やがてアルフェイルの剣が粉みじんとなって宙に散っていった。
「なっ!?」
「恥じることはない。敗北は糧としろ」
剣尖がなくなった我が剣をアルフェイルが信じられない思いで見つめたとき、アレンが上段から兼定をふり抜く。神速の斬線を追って走った疾風の刃がアルフェイルの全身を呑み込んだ。
「ぐぁあああっ!」
五人目のゲヴェル騎士が闘技場の壁に貼り付けられる。
それを視界の端に、アレンが静かに笑った。
「悪くないな、キール」
「さすがに寄せ付けねえか、アレン」
「ゲヴェル五体を相手に、一分かからずに倒すとは。ふっふっふっふっふ、やはり彼ならば」
キールがこらえてもこらえても染み出てくる笑いをこらえながら、口許を手で隠す。
(素晴らしいくじ運ですねえ。いい人材を引き当てましたよ、私も。惨太さまには感謝しなければ)
そのとき、アレンがふと四方に散らしたゲヴェル騎士たちに視線をやった。見れば五人とも、腕を震わせながらもゆっくりと立ち上がってくる。
「お見事です、アレンさま。だがまだ、我らの心は折れていません」
そう言って五人が剣を構える。ゲヴェル騎士たちの剣は脆い分、キールが替えの剣を闘技場の隅に放っていたのだ。
「その意気や、よし!」
「アレンさま、第一ラウンドはそんなものでよろしいでしょう。時間はたっぷりとあります」
「いいや、キール。鉄は熱いうちに打てという。剣を持て、お前たち」
アレンの言葉に、五人のゲヴェル騎士たちが一斉にうなずく。
「おや?」
キールが意表を突かれたように首を傾げた。
「アレンに『休憩』なんて文字はねえ。いつものことだ」
徹底的に自分を苛め抜いた極限状態で、最良の選択肢が取れるよう戦術思考を脳に焼き付けさせる。アレン・ガードの地獄の本質は、そこにある。
「感謝いたします、アレン・ガードさま」
「
アルベルが口端をつり上げるのと、アレンが好戦的な瞳で彼らを見据え、手を招くのは同時だった。
「来い」
五人の騎士たちが地を蹴る。さきほどと同じく一人が切りこんできた。鍔迫りあい、今度は兼定の剣の腹に向かって打ち込みを仕掛けている。
アレンがニッと笑った。
「やはりお前たちはカーマインと同類か」
「野郎……!」
尋常でない学習能力である。アルベルが驚いている間に、三方向から騎士たちが斬りかかる。
「だが、刃を避けたからと言って兼定を止められるとは思うなっ!」
アレンの全周囲に疾風が走る。剣技『衝烈破』。
「ぐわっ!」
「なにっ!?」
「チッ」
悪魔的に突如起きる疾風にゲヴェル騎士たちが悲鳴をあげながらもどうにか避ける。そのときだった。
「いい判断だ。ついでだ、これも覚えておけ」
「サザンクロス」という短い詠唱とともに空が陰った。天頂で五つの光が十字を描くように生まれるやそれぞれが巨大な光の星となって大気と摩擦を起こしながらも闘技場全体に落ちてくる。
「大魔法!?」
「グローシアンかっ!」
色めき立つゲヴェル騎士たちのなかでアルフェイルが静かに剣を握り、さきほどのアレンと
アルベルが思わず客席から立ち上がった。
「空破斬だと!?」
「なにっ!?」
アレンもまた驚き、目を見開く。たった一目でアレンの空破斬を習得したアルフェイルが、空破斬を打ったと同時に縮地法で踏み込んでくる。
「でたらめな動きだな」
アレンがこぼすのも無理はない。ゲヴェル騎士たちには慣性の法則が働かない。どれだけ強力な技を打とうと、大ぶりに動こうとも、それに伴う反動が彼らにはまったくかからないのだ。
さらに目もいい。すでに兼定の刃を見切り、アルフェイルは刃を合わせようとしない。アルフェイルの瞳が光った。わずかに視えた、アレンの隙。脇腹に向かって抜き打つ。
「くっ!」
だが、止められている。まともに受け太刀されてはアルフェイルに勝ち目がない。
「この兼定と刃を合わせずに済まそうなど、夢のまた夢の話だ」
アレンの静かな言葉とともに、アルフェイルの剣がばらばらに砕けていく。アルフェイルが柄だけ残った剣をあっさりと手放し、拳を握った。その右腕に焔が宿る。
「すげえ、あれも真似やがるか!」
アレンも同時にバーストナックルを構え、吼えあい、激突する。
闘技場中央で焔が爆ぜた。
「ぐぁあああああっ!」
練気で追い付いていないアルフェイルが悲鳴をあげて吹き飛ばされる。だが、今度は壁に打ち付け倒れることはなかった。くるんと
「まだまだだ」
「…………とんでもねえ。こいつがゲヴェルってやつか。倒れて立ち上がってくるたびに、アルフェイルたちの力が爆発的に上がってやがる。加えて、一度見た技を完璧に再現するセンス。人間離れした身体能力。このままいけば、とんでもないことになるぞアレン」
アルベルの頬を冷や汗が伝う。まったく考えられない次元の生き物、ゲヴェル。その急速な成長を目の当たりにしているはずの男が、興奮に目を見開いている。
アルベルの口許にもまた笑みが浮かんでいた。
(やるじゃねえか、アレン……! ほんとにこんなところに眠ってやがるとはな!)
まだ見ぬ強敵が。まだ目覚めたての、これから強敵となりうる者たちが。
アレンと五人のゲヴェル騎士たちの修行は夕暮れまで続いた。アルフェイルたちが完全に倒れ伏したとき、アレンもまた肩で息をしている。
仲間内からは『悪魔』と称される鉄の軍人が、ついに体力の限界にまで追い詰められているのである。
アレンが頬に垂れた汗をぬぐい取ると、キールに言った。
「武器がいちいち壊れるのが気に入らないな。これではとことん鍛え上げられん。キールさんっ!」
(あのアレンが体力の限界まで追い詰められるとは、たった一日にしてこれほどの成長ぶりか……!)
アルベルが驚いているのを余所に、アレンは五人のゲヴェル騎士たちに向けて人差し指を向けていた。
「一日だ。今夜一晩待てば、お前たちに相応しい武器をキールさんが作ってくれる! 大陸での武器は彼が扱っているとのことだからな!」
「五振りですか。たった一晩でそれほどの刀に見合う武器を、五振り」
「五振りだ」
「おい」
アルベルの口許が引きつった。この無茶ぶり、この男も星の船からやってきただけのことはあった。アルフと要求の仕方が同じである。
(だがアレンの気持ちもわからなくはねえ。こいつら、それほどにすげえ)
兼定の相手が務まる刀などそうそうないことをアルベルも骨身に染みてわかっている。だがゲヴェル騎士たちの成長速度が時間の感覚を忘れさせる。人間が長い年月をかけて
無茶ぶりされたキールがうんうん唸りながら闘技場を去っていったころ、アレンは兼定を丁重に闘技場の隅に置くと手のひらに拳を打ちつけた。
「どうするつもりだ、アレン?」
「相応の刀がくるまで、体術を叩き込んでやる」
「ほぅ……!」
アルベルがにやりと笑う。
アレンが拳を構えた。
「来い! お前たちの拳を見せてみろ」
(確かに、やつらの動きはすげえが練気はまだ慣れてねえ。そこを強化するつもりか)
剣を捨てた者たちの殴り合いが始まる。バーストナックルはもちろん、アレンが一度見せた紋章術『サザンクロス』までもをゲヴェル騎士たちは織り込んでアレンに挑んでいく。
「施力も並じゃねえ!」
「だがまだだ。紋章の構成が甘い!」
星の爆発を殴り落としていくアレンに向かって、ゲヴェル騎士たちが惑星グローランドの魔法『マジックアロー』を叩き込む。
紋章術より狙いが安定している。初期魔法というのもあるが構成を理解しているのが大きかった。
アレンが笑う。
「そうだ。体術だけに頼らず魔法にも頼れ!」
アレンが手本を見せるように魔法の矢すべてを
体術に組み込みやすい初級から中級を織り交ぜて戦うアレンに対し、食い下がっていくゲヴェル騎士たち。
アルベルは低くうなった。
(アレンがわざわざ施術を使って戦うのも珍しいが……確かにこいつら、フェイトやナツメのような戦いが似合いやがる)
すなわち紋章剣である。アレンは剣が届くまえに魔力と気を融合させる術を教えんとしているのだ。だが馬鹿高い魔力に反して、ゲヴェル騎士たちの構成と魔力要素がかみ合っていない。
アルベルにも参考になるアレンの教導だった。
「お前たちは強大な魔力を持っている。ただ、それだけでは、ただ力を放つだけの魔法では、破れて当たり前だ。気を、魔力を、もっと練ってみせろぉおおっ!」
それから半日が経過し、深夜になれど彼らの修行は続いた。
「どうした、それで精一杯かっ!? お前たちの桜花連撃はその程度かっ!?」
「まだだ!」
「まだまだぁっ!」
「その意気やよしっ! 来い!」
ついに夜が明けた。
ゲヴェル騎士たちのうち四人はすでに戦闘不能である。残っているのは、
「バーストナックル!」
アレンとアルフェイルが同時に踏み込み、中央で激突する。相殺。完全にアレンの焔とアルフェイルの焔が消え去っている。
「止めましたよ、アレンさま」
アルフェイルが勝ち誇ったようににやりと笑った。
「詰めが甘い」
アルフェイルがまたたいたとき、左のバーストナックルがアルフェイルの腹に決まっていた。悲鳴をあげたアルフェイルが後ろに吹っ飛び、今度は受け身すら取れずに倒れる。
「…………なんてやつらだ……」
ここまで戦い抜いてなお、ゲヴェル騎士たちはだれひとり意識を失っていない。
「大丈夫かアルフェイル」
「ああ、なんとかな。しかし……さすがだ」
「ああ」
「妙な気分だ。頭にかかっていた靄が、どんどん晴れていくような」
まだ自我が芽生えていないはずのゲヴェル騎士たちのつぶやきに、アルフェイルが驚いたように目を見開いた。
「お前たち……!?」
白銀の異形、ゲヴェルの精神支配をふり払うのは、並大抵のことではない。いま
(まさか、アレンさま……!)
アルフェイルがすがるような思いでアレンを見上げると、アレンはアレンでマイペースに闘技場の客席を見上げていた。
「そろそろだな……。キール、刀はまだかっ! そろそろ兼定を振らせろっ!」
アルベルも思わず首をめぐらせる。ふと隣に現れた執事は、肩でふうふうと息を切らせながら大きな包みを持っていた。
「持ってまいりましたとも。受け取れ、お前たち。デザインのそれはカーマインさまのものと同じだ」
「あの兼定ほどの刀があっただと!?」
アルベルが驚いて問うと、キールが額の汗をぬぐいながら言った。
「全ハウエル商店を回りました。おっとこれは失礼」
惨太がよく持っている大きな白い布袋から、明らかにドラゴンの爪と思われるものが覗いたが、キールはそれをぽいと後ろに投げ捨てた。
そしてアルベルを見、いつもの丁重な笑みを浮かべる。
「ハウエル家の全大陸の武器庫を探せばこれくらいは」
「いまの竜の腕はなんだ?」
「なに。少々、洞窟の奥の方……いえ、ハウエル家の宝物庫の奥の方をですね」
「なんにせよ、この短期間にあの
「このキール。これほどまでにしんどい思いをしたのは久方ぶりです」
椅子の上でちょこんと正座するキールは、そう言って深いため息を吐いていた。
「これを覚えろ、お前たち! これぞ活人剣だ!」
闘技場ではアレンが元気に黄金の朱雀を呼び出し、猛々しく吼えている。
五人のゲヴェル騎士たちが思わずたじろいだ。
「なっ、なにっ!?」
「なんという気の高まりだ!」
「向かい合うだけで、これほどとは……!」
「これが俺の全力だ。さあ、続きを始めよう」
集中力が並でないのはアレンも同じだ。丸一日戦っているのに、闘技場にいる者はだれひとり動きが衰えていない。クリフたちではまずあり得ない。
「野郎……、とことんまで楽しむつもりか……!」
アレンの地獄の特訓に唯一ついていくアルベルですら、いま、アレンがおのれの全力を賭してすべて叩き込まんとしている騎士たちを相手取ることを楽しんでいるのがわかった。
ゲヴェル騎士というのは、体力も人間離れしている。
「破ぁっ!」
アルフェイルが鋭く打ち込むも止められる。両者刃毀れせず鍔迫り合い。アレンが嬉しそうに言った。
「これでようやく俺から振れるな」
「なにっ!?」
「これが全力の、夢幻鏡面刹だ!」
アレンの手許がパッと光ったかに見えるや、空間に網の目のように走る斬線。アルフェイルは目がいい。「くぁっ!」と悲鳴をあげつつも、全弾食らうも急所はなんとか外している。とどめに迫りくるふり下ろしを、ゲヴェル騎士二人が割り込んで刀を交差させて防いだ。
「ぐっ、なんという重い一撃だ!」
「二人で分散させてこの威力かっ!」
「その程度で兼定の斬撃は止められんっ!」
アレンがふり抜くや二人のゲヴェル騎士たちがなす術なく吹き飛ばされる。アルフェイルの目の色が変わった。
「くっ! お前たち! おのれぇえっ!」
「その意気だ、来いっ!」
アルベルは斬り合うアレンとアルフェイルを上から見下ろして、ぽつりとつぶやいた。
「ありえねえことだが、活人剣使ってるアレンの斬撃を止められるほどに練気が高まってやがる……!」
たった一晩である。たった一晩で、ゲヴェル騎士たちが別の剣士に成ろうとしている。
だが、アレンの極限に高まった練気を相手にするには、まだゲヴェル騎士たちの実戦経験がさすがに若すぎた。次第に打ち負け、弾き飛ばされ、肩で息を切らすアルフェイルとゲヴェル騎士たち。
アルフェイルは剣を地面に突き刺し、杖代わりにしながら悔し気に言った。
「どうやら、我らの体力もこれまでか」
これに答えたのはほかの自我を持たぬはずのゲヴェル騎士たちである。
「ならばアルフェイル」
「我らの因子を使え!」
「そしてアレン様の顔色を変えてみせろ!」
彼らはアルフェイルと目が合うと、全員口をそろえてはっきりとこう言い放った。
「カーマインさまの刃となるためにっ!」
アルフェイルの視界がわずかににじむ。異形の親の精神支配をふり切れなければ、肉体が溶けいくしかない儚い命たちが、いま自我を持とうとしているのだ。
鼻から唇に走る震えをどうにか押さえ、アルフェイルは四人のゲヴェル騎士たちを見、力強くうなずいた。
「……心得た」
ゲヴェル騎士たちの手のひらが光り、ヒーリングに似た光がアルフェイルに降りそそぐ。ゲヴェル騎士たちが次々と倒れ伏していった。
代わりに、アルフェイルの鬼気が急速に膨れ上がる。
「なに?」
アレンが目を丸める。アルベルもまた、いま起きた事象を呑み込まんと目を凝らしていた。
「完全に、体力が治りやがった……!? いや、それだけじゃねえ。ただのヒーリングじゃない! いまのは!」
アルフェイルは静かに刀を青眼から刃を寝かせ、右手を剣尖に添える。アレンが教えた『活人剣』の構えである。
「友が、仲間が、兄弟が、私に道を開いてくれた。ならば私は彼らに答えるまでだ」
「活人剣か……。だがそれはほかの気功術よりはるかに難しい技だ。達人クラスの練気術がなけりゃただの回復に終わる」
それに挑もうというのだ、あのアルフェイルという騎士は。
「参ります、アレン・ガード殿! はぁあああ……!」
覚えたばかりの練気がアルフェイルの全身にいきわたり、気がやがて蒼銀の焔、それが白銀へと色を変えて燃えあがっていく。アルフェイルの瞳の色が闇に染まり、犬歯が伸び、異形ゲヴェルの影が白銀の焔によってアルフェイルの背に現れた。
「うぁあああ――ぅぉおおおおおっ!」
次第にアルフェイルの声が異形の声に変わっていく。
闘技場の上空に現れた巨大な白銀の鬼は、アレンの背にある黄金の朱雀と張り合うように吼え声をあげ、朱雀を睨んだ。
「こいつが……異形ゲヴェル」
アルベルは息を呑む。練気が、アレンに負けていない。
アレンが静かに笑った。
「それがお前の全力か。アルフェイル」
「参ります、わが師よ」
「こい」
両者、同時に踏み込む。縮地法を使うアルフェイルの姿は一瞬で掻き消えた。闘技場中央で刀と刀がぶつかり合う。白銀と黄金の焔が同時に爆発し、あまりの威力に闘技場の床が容赦なくえぐれ、四方においてある防護の縁石ががくがくと震えた。
まったく五分の鍔迫り合いである。
「よくぞこの域に辿り着いた! アルフェイル!」
「まだこれからだっ!」
吼え返したアルフェイルが超高速でぶつかっていく。連続斬『夢幻』をアルフェイルは完全に模倣し、アレンと互角に撃ち合い、さらに鏡面刹までこれでもかと切り合う。。
最後の切り上げを放ちあったとき、撃ち終えたアレンがわずかに地面を掻いた。
「アレンが押されたってのか!?」
「インパクトの瞬間を外されたか」
「見ると同時に反応できるゲヴェルだからこそ、身体能力が互角であればアレンさまはやはり不利になるか」
キールが難しい顔でつぶやく。アルベルがフンと鼻を鳴らした。
「阿呆」
「ん?」
「これまでアレンはアルフェイルたちのちぐはぐな戦い方に合わせていただけだ。同じレベルに達したなら、アレンも合わせてくる。それぐらいは出来る男だ」
雷鳴に似た斬撃が何度も何度もぶつかり合い、やがて衝撃の大きさに堪えきれず空間が爆発を起こす。派手な練気のぶつかり合いにアルベルはわずかに舌打ちした。
キールが感心して息を吐きながら言った。
「まさかわずか二日にして、ここまで鍛え上げられるとは。すばらしい」
「あのゲヴェルとかいう騎士たちも大概異常だ。あそこまで一部洗練された動きでありながら、まるで繋がりのない戦い方をしやがる。あんなもん、これまで見たことがねえ」
「ふふっ。それはまた追々、説明いたしましょう」
キールは笑って、闘技場に視線を落とす。
また追い詰められ始めたアルフェイルが、顔を歪めながら言った。
「なんという、強さだ……! 同じ戦いがやっとできるようになったと思えば、これほどとは!」
「どうした、お前の打ち込みはそんなものかっ! 仲間から受け取った力とはその程度かっ! 立て、アルフェイル!」
「うぉおおおおっ!」
「よしっ! これが、俺の最強の一撃だ!」
「おい、アレン!」
アルベルが思わず立ち上がった。すべてを打ち抜くアレン最強技、それはこんな場所で、おいそれと放たれていい代物ではない。
だがアレンの瞳は完全に本気だった。アレンの全身が黄金色の焔で輝く。朱雀が猛々しく吼え、兼定の刀身とアレンの蒼瞳が燦然と輝き始めた。
「いくぞ、朱雀吼竜破ぁあああっ!」
巨大な金の龍が闘技場を舐め溶かさんとアレンの剣尖から放たれる。
「これは、デュアル・ソウルストライク……! ただの人間がこれほどの。シュワルゼにも匹敵する一撃を放てるというのか! これが特務……!」
キールが目を見開き、うわごとのようにつぶやく。
アルベルもまた、大きく目を見開いていた。
「野郎!? 正面から受ける気かっ!?」
とっさに観覧席の柵につかみより、乗り出すようにしてアルフェイルを見下ろす。
アルフェイルの全身もまた輝き始めていた。アルフェイルの剣尖に宿った蒼竜が吼える。それが
「ドラゴ・ソウル、ストライク……っ!」
黄金の龍と蒼白い光線がぶつかり合う。
「うぉおおおおお! をぉおおおおおっ! アレン・ガァアアアドっ!」
相殺。
すると同時に、両者動く。
「勝負!」
二人、叫びあうや手許の刀を抜き打ち、飛びちがった。
「アルフェイル、見事だ」
アレンがつぶやき、後ろをふり返る。その頬に一線、血が垂れ落ちていた。
一方のアルフェイルは胸をざっくりと斬られ、低い呻きとともに倒れていく。
アルベルは首を横にふりながら、つぶやいた。
「まったく信じられねえ……! たかが二日足らずでもう練気をマスターしやがるとは……!」
「とんだ掘り出し物だな、ノックス団長」
アレンの言葉に、アルベルも邪悪に笑む。
その後、アレンとアルベルがティピちゃん王国闘技場に足繫く通うようになり、途中、アレンの様子を見にきたナツメがシルムの可愛さに惚れ込んで『私は、シルムさんになる!』などと口走り着ぐるみで行動し始めたことを――フェイトたちはまだ知らない。
のちにナツメを迎えにきたオフィーリアは首をかしげながらこう語ったという。
「ナツメちゃん……。どうもアレンのところに行くと奇行が目立っちゃうのよね。このまえ肩に竜のアクセサリーつけてきたかと思えば今度は着ぐるみでしょう?
ゲヴェル騎士団たちにアレンやアルベルが全力で武術を叩き込んだ結果――銀河連邦最強のガード流を未開惑星の騎士たち