連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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19.僕はつい今っ、管理局襲った奴を見たぞぉおおお!

 目を覚ますとスバルは、寝台に括りつけられていた。

 藍色のショートカットは固いベッドの上で広がり、細い手足が光のベルトできっちりと固定され、大の字で寝かされている。首を巡らせ翡翠色の瞳を動かすと、彼女は白い検査着を着ていた。

 彼女の白い足先に、男が近づいて来る。紫色の髪を腰まで伸ばした、琥珀色の目の若い男。

 

 ジェイル・スカリエッティ。

 

 緩く波打つ長髪が、一歩進むごとに揺れた。彼は白い手袋をはめており、その手中に、紅く細長い八角形の結晶体が握られていた。

 スバル達がさんざん回収に尽力していたロストロギア――謎の結晶体レリックである。

 

「!」

 

 スバルが身を起こそうと力を込めると、ぎしっと光のベルトが彼女を制した。拘束魔法『バインド』。スバルが考えを巡らせるのと同時に、光のベルトがスバルの手首をきつく掴んで離さない。

 スカリエッティは整った唇を三日月状に歪めると、言った。

 

「案ずることはないよ。君は今より、もっと優れた素体になるのだから。――タイプゼロ」

 

「!」

 

 スバルの翡翠色の瞳が大きく見開かれる。驚きと、恐怖。

 スカリエッティは左目を細め、右目をこれでもかと見開いた。低く喉を鳴らしながら、紅い結晶体レリックをスバルに近づけて行く。

 嫌な、予感がした――。

 レリックが放つ違和感、スカリエッティ自身の愉悦に震える声音。

 スバルはぐっと息を飲み、紅い結晶体レリックを睨んだ。

 

「や、やめ――っ!」

 

「エリアルレイドッ!!」

 

 スバルが声を引き絞るのと同時に、金色の光がスバルの視界を覆った。それは轟音を伴って、研究所の床を深くえぐる。眩さにスバルはパチパチと瞬いた。何が起こったのか分からない。

 目を細めて前を凝視していると、黒い影が見えて来る。細長い影――人だ。もうもうと立ちこめる煙の中で、ビシッと親指を立てて振り返った青年は――相変わらず、現状をまったく説明せずにこう言った。

 

「大丈夫かスバルっ!? 僕が来たからにはもう安全だっ!!」

 

「ふぇ、フェイトさんっ!?」

 

 爽やかな笑顔と共に、フェイトがこくりと頷く。

 と。

 後ろから接近して来た巨大球体ガジェット――Ⅲ型がベルトコンベアのような腕で、フェイトの背中を無造作に叩いた。

 

 べしっ!

 

「痛ぇっ!?」

 

 受け身も取らずに前のめりに倒れたフェイトは、抗議の眼差しをⅢ型――巨大ガジェットに送る。が、意志のないガジェットは当然のことながら返事をせず、ベルトコンベアのような腕をくるくると回すだけだ。

 

「くっそぉ~! こいつめぇ!」

 

 フェイトは唸りながらファイティングポーズを取る。ガジェットは体の正面に付いた金色のレンズをキラリと光らせた。

 睨み合い――なのか。

 フェイトとガジェットのやりとりを見ていると、何故か微笑ましく思えて来るのは、きっとスバルの気のせいである。

 

「……相変わらず、頑丈だね」

 

「僕だからねっ☆」

 

 見知らぬ声を聞いて、スバルは身を起こした。光のベルトは先程のエリアルレイドで見事に断ち切られており、スバルは胸中で「いつの間に……」とつぶやく。

 だがフェイトに視線をやっても彼はこちらを見ておらず、新たに部屋に入って来た少女を振り返って、ビシリと親指を立てていた。

 

 ナンバーⅩ、ディエチ。

 

 腰まで流れる栗色の髪を肩の辺りで一つにまとめた少女は、感情の起伏を感じさせない栗色の瞳をフェイトに向けている。年齢はスバルと同じ十五、六といったところか。しなやかな肢体が丸わかりな青いライダースーツを着ており、着馴れているからか、ディエチが恥じ入る様子もない。

 スバルはハッとしてレリックを握ってベッド脇まで迫っていたスカリエッティを振り返った。

 先程の上空から降るフェイトの蹴り――エリアルレイドが直撃したからか、頭を押さえて首を振っている。

 スバルはさっそうとベッドから降り、フェイトの元に駆け寄った。「ん?」と首を傾げて振り返ったフェイトが、そっとスバルを後ろに下がらせる。そして彼は、ゆっくりと立ちあがったジェイル・スカリエッティに向けて、高らかに声を張り上げた。

 

「そして、お前が黒幕かぁっ!」

 

 と。

 スカリエッティは自身の長い髪を背中に払って、口端をつり上げた。

 

「これはこれは。ディエチに言って、せっかく君用の特殊合金を張り巡らせた部屋にお連れしたというのに、もう脱出して来たのかい?」

 

「僕だからねっ☆」

 

 爽やかな笑顔でそう返し、フェイトは人差指を立てて額にそえる。その隣に居るディエチが、ぺこりと頭を下げた。

 

「すみません、ドクター」

 

「……これで三十八回目の脱走か。流石と言うべきか。奔放なところも大概にしてもらいたいものだね」

 

「はい」

 

 言い合う二人などなんのその。フェイトはいきなりうんうん唸りだした。

 

「確か……ジェイ……ジェィ…………ともかくドクターな人っ!!」

 

「ジェイル・スカリエッティと言うよ、フェイト・ラインゴッド君。以後お見知り置きを」

 

「わかった、ジェイだなっ! 任せろっ!」

 

「それ、名前聞く前と変わってないじゃないですかっ!!」

 

 思わずスバルが突っ込むと、フェイトは「あ、そっか」とつぶやいて手を叩いた。だが呼び名を訂正するつもりはないらしく、彼はキリリと顔を引き締めると、

 

 ぐきゅる~っ

 

 目覚めたばかりで空腹を主張する自分の腹をさすって、言い放った。

 

「とりあえずお腹が空いたから、ご飯を要求するよ! ジェイ!! なっ、スバル?」

 

「いや! いくらなんでも、自由過ぎですよフェイトさんっ!!」

 

 爽やかに笑うフェイトに、スバルはわたわたと両手を振る。どう考えても普通では無い。スバルは白い検査着に着替えさせられているし、何だか妙に頭が重い。体がギスギスして、本調子ではないようだ。

 彼女は背の高いフェイトの肩を掴むと、右手をメガホン状にして耳打ちした。

 

(そ、それにフェイトさんっ! ここってもしかしなくともスカリエッティのアジトですよねっ!? そんな簡単に相手を信用しちゃっていいんですかっ!?)

 

(いや、でもさ? スバルもお腹、減ったろ?)

 

(それは……)

 

 ぐきゅる~っ

 

 スバルよりも先に、スバルのお腹が返事をする。彼女は頬が熱くなるのを感じて俯いた。

 

「……はい」

 

「と言うわけで、二人前よろしくっ!」

 

 フェイトは爽やかに笑い、スカリエッティに向けて親指を立てた。

 

「ふむ……。それでは仕方がない。ここは一旦レリックを諦めるとしよう。――ディエチ。セインに言って何か食べさせてやりなさい」

 

「了解、ドクター」

 

 意外とすんなり通ったフェイトの要望に、スバルはパチパチと瞬く。先程、レリックを自分に押し込めようとした時のスカリエッティは、まさしく“マッドサイエンティスト”の名に相応しい危ない表情をしていたが、フェイトが来てからは心なしか、険が抜けているようにも感じられた。

 

(でも……、これは多分、気のせい……だよね?)

 

 ここには居ない相方のティアナ・ランスターを思い出しながら、スバルは首を傾げる。

 と、フェイトがビシリと親指を立てて言った。

 

「僕ぁスバルより早く目覚めたんだよっ! ――遅いぞ、スバル」

 

 最後は誰かの声真似のような口調で言うフェイトに、スバルは二、三瞬いて――俯いた。

 

「……すみません。こんな場所で気を失うなんて私……」

 

「って突っ込めよ、そこはぁああっ!! 僕はいつでも待ってるんだぞぉおっ!!」

 

 ぷんぷんと湯気を立てて怒るフェイトは、何故かスバルの気にしている方向とはまったく違う方を向いているようだった。

 思わず乾いた笑みを返し、スバルは自分自身を見下す。そう言えば、いつもしめている白いはちまきと、相棒のマッハキャリバーも、スバルは身につけていなかった。

 

 

 

 ………………

 

 

 

 奇妙な場所だった。

 最初は黄金石が建物を造っていると思ったが、スカリエッティの研究所はすべて――一般的な白亜で出来ていた。そこは欧州の美術館や図書館を思わせる豪奢な建物で、アーチ状の通路、窓、入口が無駄に多く配置されている。床は一面ガラス張りで、それを壁や天井と同じ材質の白亜石が、植物の蔓のように伸びて支えている。ガラス下の地面は見えず、底を見ようとすると下から部屋を照らしだすような、不思議な光がスバルの視界を遮断した。

 この光が石に反射して、部屋全体が黄金に見えたのだ。ガラス張りの床は、まだ下にも階層があるように思わせたが、詳しい事は分からない。

 ともかく二階以上の建物の床を透明なガラスにして、下階から屋根裏までが見渡せるような構造だった。

 暗がりが多く、複雑な構造をしているスカリエッティの研究所は、ナンバーⅩディエチの案内がなければ、絶対に迷ってしまうだろう。

 栗色の長い髪を揺らしながらディエチは悠々と前を歩く。長身の少女は、食堂に辿りつくと、フェイト達を振り返った。

 

「ここでちょっと待ってて」

 

 部屋の中を指して、ディエチは言う。

 スバルとフェイトは、中を覗いてみた。白い壁と天井が広がる――開放的な食堂だ。入口から遠い位置になるが、大きな窓を部屋一面に配してあり、そこから陽が射して、青々とした森が見渡せる。

 ただ――当然のことながら目印になりそうな建物や建造物は見当たらず、スバルはここから脱出しようにも見通しが立ちづらい状況なのだと理解した。

 

「よし、スバルっ! 席に座ろうぜ!」

 

 が。

 スバルの懊悩をまったく察せず、フェイトがまるで学生気分でそう言って、部屋の中に入って行く。ずいずい歩くフェイトをスバルは止めようかと悩んだが、結局後を追った。

 ダークブラウンの細長いテーブルだ。対面四人掛けのものが四つ並んでおり、それが奥の厨房に一番近い席となっている。

 座席は他にも、陽の射す窓際に十六席、壁沿いにカウンター席が二十席、観葉植物で仕切った個室スペースが二十席ある。それらは隅々まで掃除が行き届いていて、違法研究員の巣窟にもかかわらず、洒落たレストランのように清潔感があってくつろげた。

 フェイトは厨房近いダークブラウンのテーブル席に決めたようだ。スバルも後を追ってフェイトと対面で座る。

 時間にして、十分程度経っただろうか。

 部屋の奥から――つまり厨房から、栗色の髪を肩でしばった少女ディエチが顔を出し、フェイト達の前に料理を次々と運んできた。

 

「お待たせ」

 

「おぉっ! ありがとう!」

 

 ディエチに礼を言うのもそこそこに、フェイトはさっそく料理に手を付ける。テーブルに所狭しと並べられた食事の量は、とても二人前ではなく二十人前のように思えたが、スバルの基準で言えば“ちょうどいい”飯の量だ。

 ――ただし、これがスカリエッティの研究所で出されたものでなければ。

 

(一体……、この中に何が入ってるんだろう……?)

 

 目覚めて早々、レリックを手にしていたスカリエッティを思い出し、スバルは身震いした。しかし、腹が減っているのも事実らしく、香りのいいパスタやチキン、チャーハン、サラダ、スープを目にすると否が応にも唾が口の中を満たす。

 それをごくりと嚥下して、スバルは首を横に振った。

 

(ダメダメっ! 何が入ってるか、分からないぞ! スバルっ!!)

 

 自分自身をそう諌め、じっと物欲しげに食事を見下す。

 と。

 隣のフェイトがまったく警戒した素振りも見せずにチキンにかぶりついた。

 

「――んまいっ!」

 

 幸せそうにそう言いながら、次々と食事に手を付けて行く。スバルは目を見開いた。

 

「ふぇ、フェイトさん!?」

 

「大丈夫だってスバル~♪」

 

 鼻歌混じりに答えるフェイトに、スバルはおろおろと視線をさ迷わせながらも、本当かな? と首を傾げて、手前に置かれているチャーハンにスプーンを指した。ほこほこと湯気を立てるチャーハンは、ちゃんと卵が米粒一粒一粒に絡んでいて黄金色になっている。なかなかの腕前だ。

 

(ちょ、ちょっとくらいなら……)

 

 スバルはつぶやいて、ごくりと唾を飲み込んだ後、恐る恐る――チャーハンに口を付けた。

 

「……美味しい!」

 

 それからは、スバルの本能に任せた行動になっていた。

 フェイトが満腹になってもスバルが軽々とテーブルにならんだ料理を食して行く。そこでカカッと目を見開いたフェイトは、フードファイターにでもなったような気分で、対抗心を燃やして最後までスバルに付き合った。

 丸々と膨らんだように思える自分の腹をポンと叩いて、フェイトは空になった皿をテーブルに置き、笑みを浮かべた。

 

「結構いい奴だな、ジェイ」

 

「いや、さすがにそれはないと思いますよ、フェイトさん……。そりゃまあ、出してくれた料理は美味しかったですけど……」

 

 スバルの方は、食事して少し顔色が良くなったようだ。それに、うんうんとフェイトは人知れず頷く。

 だが、不安だけは拭いきれず、スバルは見知らぬ場所に連れ込まれて、緊張しているのもあった。

 フェイトはいつも通り笑って、スバルの前に山と積まれた空皿を見やった。

 

「それにしてもスバル、……本当によく食べるよなぁ……!」

 

 そう言われるとスバルは、わずかに頬を染めて後頭部をぽりぽりと掻いた。

 

「えへへっ! なんだかお腹が空いちゃって」

 

 それは事実だ。頭の重みや、体のだるさなど、すべては体を動かすのに必要なエネルギー源が足りなかったためだと理解する。

 と。

 黙々と皿を下げるディエチと入れ替わりになるように、水色の髪を肩まで伸ばした少女が現れた。

 

「そこまでの食べっぷりだと、作った方も気持ちが良いもんだよ」

 

 少女はニッと口端をつり上げて笑う。人好きのする、親しみやすい表情だ。

 フェイトは眉を引き締めて、首を傾げた。

 

「むむっ!? 君は?」

 

「私はナンバー6のセイン。二人とも食事が済んだなら、トレーニングルームに顔を出してもらうよ」

 

 言い終えるなり、セインと名乗った少女は水色の髪を翻す。ディエチと同じくボディラインがはっきりと出る青いライダースーツだ。ディエチよりも華奢な体格で、凹凸が少ない。主に胸の部分が。

 フェイトはそんなセインの背に、呼びかけた。

 

「何かあるのかい?」

 

「ヴェンツェル様が、アンタ達がどれだけ強いのか、試したいんだってさ。それにドクターも、“らいんごっど博士?”とか言う人の研究成果を見たいって言ってるんだよ」

 

 振り返ったセインが、腰に手を当てながら答える。フェイトの隣で、スバルが首を傾げた。

 

「ヴぇんつぇる?」

 

 聞き慣れない名だ。そんな彼女の疑問を余所に、フェイトは爽やかな笑みをセインに返した。

 

「つまり、この僕の活躍が見たいってことだねっ☆」

 

「まあ、平たく言えばそんな感じかな?」

 

 完全にこちらに向き直って、セインは小首を傾げながら、人差指を顎にそえる。そんなセインとフェイトを交互に見比べ、スバルは慌ててフェイトの袖を引いた。

 

(ん? どうした、スバル?)

 

 首を傾げるフェイトに顔を寄せさせて、スバルは耳打ちする。

 

(フェ、フェイトさんっ! これってもしかして、結構まずい状況なんじゃ……!)

 

(案ずるなっ! ぼくにはこの鉄パイプが……って、あれ?」

 

 フェイトは腰回りをぺんぺんと叩き、ようやく異常に気付いた。――自分が、丸腰だったということに。

 

「僕の鉄パイプぅうううううう!!!???」

 

「鉄パイプ?」

 

 セインが心底不思議そうに首を傾げる。フェイトは首が千切れんばかりにアクロバティックに頷き、セインに駆け寄った。その両肩を鷲掴む。

 

「僕の魂なんだよっ! 鉄パイプどこっ!? 鉄パイプはどこっ!? 鉄パイプはどこだぁああああっっ!!?」

 

「わ、わわ……! な、なんだか知らないけど。とりあえずディエチに聞いてみなよ。アンタの面倒は、ずっとディエチが見てたから……」

 

「ディエチって誰ーー!?」

 

 声を限りに叫ぶフェイトに、空皿を片づけていたディエチが、スッと顔を上げた。

 

「私だよ」

 

「君かっ!?」

 

 カカッと目を見開いてディエチを振り返るフェイト。その必死な形相に、ディエチは少し気圧されて、パチパチと瞬いた。

 

「で。鉄パイプはっ!?」

 

「ちょっと待ってて」

 

 そう言って、最後の皿を下げ終えたディエチは、食堂を後にする。五分ほどして、戻ってきた彼女は、見慣れたフェイトの鉄パイプを手にしていた。

 

「はい」

 

「うぉおおおおっっ!!!? これぞ我が相棒っ!! よくぞ無事でっ!! ありがとうディエチちゃんっ! ここまで連れて来てくれて本当にありがとうっ!!」

 

 嬉しそうに鉄パイプを握りしめ、一しきり喜びの舞を披露した後、フェイトはディエチに走り寄って、その手をぎゅっと握る。するとディエチは目を丸めて、

 

「……うん」

 

 と小さく頷いた。照れているのか、ディエチは視線をずらす。だが、そんな少女の機微を微塵も感じ取れないフェイトは、ヒャッハー! と大声を上げて鉄パイプを振り回していた。

 

「それと、これも」

 

「え?」

 

 ディエチが手渡して来たのは、スバルの許を離れていた相棒――デバイスのマッハキャリバーだった。驚きながらも、自身の相棒を受け取っているスバルを置いて、水色の髪を肩まで伸ばした少女、セインが呆れ顔で言う。

 

「それじゃ、フェイト。ドクターも呼んでることだし、トレーニングルームに向かうよ」

 

「おうっ! ――行くぞ! スバルっ!!」

 

「い、いいのかなぁ……? こんな簡単で」

 

 乾いた笑みを洩らしながらも、スバルはフェイトについて行った。

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 セインに案内されたその場所は、世界遺産にも指定されている闘技場(コロシアム)のようだった。

 褐色の土が延々と広がり、客席はないもののドーム状になった天井が空に繋がっている。完全な円形になったその広場の中央には、漆黒の上下服に黒のマントを羽織った、金と銀の瞳(オッドアイ)を持つ青年が立っていた。

 アステアの説明で言えば――その青年の名は、アウグ。

 陸士107部隊を壊滅させた張本人であった。

 

「フェイトさん、これ絶対まずいですよっ!? なんだか、すごく強そうな相手じゃないですかっ!?」

 

 陸士107部隊が壊滅させられた映像を見ていないスバルは、それでもアウグが潜在的に持っている不気味さを感じ取って眉間にしわを寄せた。フェイトの袖を引き、忠告して見る。

 すると、フェイトはスバルを振り返らずに答えた。

 

「大丈夫だ、安心しろスバル」

 

「え……?」

 

「人生、なるようになるっ!!」

 

「うそだぁ~~!」

 

 スバルの制止もなんのその、フェイトは腰から鉄パイプを抜き放った。

 

 シャキーンッ!

 

 陽光を浴びて、鉄パイプが輝く。

 

「僕はね、スバル。あの顔に、あの超美形顔にだけは負けるわけにはいかない……っ! 主人公として!!」

 

「あれ……あれ?」

 

 拳を握りしめて熱く語るフェイトに、何やら違和感を覚えてスバルは首を捻る。

 が。

 彼女の違和感が晴れる前に、フェイトは鉄パイプを、黒ずくめの青年アウグに向けていた。

 

「というわけで、お前っ! 主人公を賭けて、僕と勝負だぁああっ!! お前の美形顔か、僕の鉄パイプか、勝負だぁああああ!!」

 

「趣旨変わってますよぉおーー!!」

 

 スバルの声は、やはり聞き届けられない。

 

 

 

「どういう意味かね? ヴェンツェル」

 

 スカリエッティは静かに、自分の目の前に居る金と銀の瞳(オッドアイ)の青年を見据えた。スカリエッティはいつもの、ガジェットと人造生命体を創り出す作業室に控えている。

 ここはモニター機能も完備されていて、フェイト達がいる闘技場の様子も隅々まで把握できる場所だ。

 三階まで吹き抜けになった作業室は広く、二階部分の壁際に並んだアーチ状の凹みには、生体ポッドが規則正しく並んでいる。ここも白亜を素材として造った部屋で、ガラス張りの床から差し込む光が、全体を黄金色に照らし出していた。

 スカリエッティは、空中に浮かんだ四角い幾何学的な紋様の上に映る青年――アウグを見る。

 

 ――そのまま、言葉の通りだよ。奴の力、私も興味があるのだ――

 

 アウグはいつも通り表情も、唇すらも動かさず、言葉を発した。その声に、スカリエッティは興味を示す。

 アウグはまるで『生物』という概念をかけ離れた、『物体』に過ぎない。だが、この声を発する人物は酷く歪んでいて、心地よい悪意に満ち溢れていた。

 スカリエッティは、このアウグと言う青年と、空から降る声についてこう理解している。

 

 人形の名は、アウグ。

 人形遣いの名は、ヴェンツェル。

 

 スカリエッティが分かっているのは、これだけだ。それでも、相手が高い戦闘力を有した存在であることに変わりはない。

 

(いつもは、こちらから頼まなければ動かないアウグ――。彼が自分から動くのは、騎士ゼスト以来のことだ)

 

 だからこそ――興味深い。この青年の正体は、今も尚――スカリエッティは知らない。その正体不明の――圧倒的なまでの力。

 

(ラインゴット博士の研究――ディストラクション。その力の全貌を図ると同時に、彼等――時空をゆがませるゲヴェルについても分かる)

 

 この千載一遇のチャンスを、スカリエッティはどうしても逃す気はなかった。

 

「よろしいのですか、ドクター」

 

 顔を向けると、ウーノが心配そうな瞳で自分を覗きこんで来る。

 

「――何がだい? ウーノ」

 

 問い返すと、彼女はその冷たい美貌を曇らせて口を開いた。

 

「魔導師ヴェンツェルのことです。正直、あの方をあまり信用されるのは――」

 

「分かっているよ、ウーノ。――だが、それ故に見ておく必要があると言うものだ。我々の計画実行の為にもね」

 

 喉を鳴らしたスカリエッティは、愉悦に顔を歪めた。

 もちろん、ウーノの心配ごとは分かっている。ヴェンツェルの危険性も。

 だが、その上で知りたい。自分の理解を越えた力と力のぶつかり合いを――!

 己が計画を推し進めるために。

 

 そんなスカリエッティの歪んだ笑みを見ると、ウーノは静かに口の端を歪め、告げた。

 

「――全ては、ドクターの御心のままに」

 

 丁寧にそう告げ、一礼するウーノに笑いかけると、スカリエッティは件の二人。青い髪の青年と、金と銀の瞳(オッドアイ)の異形が居る闘技場を――モニター越しに見据えた。

 

 

 ――フン、自分の置かれている状況をお前は理解していないのか?――

 

 主人公は僕だ! そう公言して憚らないフェイトに、無表情の青年から声が聞こえた。それは青年の唇が動き、直接発せられたものではなく、空から降って来る――直接スバルの脳内に語りかけて来るような声。

 スバルは目を瞠る。

 

「今のって……」

 

「慌てるな、スバル!! ちょっと腹話術が得意なだけだ!!」

 

「――ぜっっっったいに、違いますよ!」

 

 フェイトの自信満々の答えに――とりあえず思い切り突っ込んでみる。するとフェイトは「……え?」と物凄い意外そうな顔で振り返って来た。

 スバルは頭が痛くなる思いで、額に手を添えながら首を横に振る。

 

「……むしろ、どうして自信満々で答えられるのか不思議ですよ。フェイトさぁん」

 

 頼れるのか頼れないのか、今一分からない青年――それがフェイト・ラインゴッドなのである。

 情けない声を上げるスバルに、フェイトは瞳をカカッと見開いた。

 

「じゃあ、何だよ! 今の声――。口も全く動かさずにどうやってしゃべってんだよ!!」

 

「それが分かれば、混乱しませんよ!! でも、今のは――念話じゃない!!」

 

「……フム」

 

 取りみだしたスバルの言葉に――フェイトは一瞬、思案気な顔で異形の青年を見据えた。

 

(この声。FD人が使った代弁者に――感じが似てる、かな)

 

 同時に思い起こす。彼と同じ顔をしたアステアという人物が話していた言葉――。この青年が陸士107部隊を壊滅に追いやった張本人ならば。

 

「……傀儡、か」

 

「……え?」

 

 呟くように言ったフェイトの言葉に、スバルは瞳を丸くして彼を見返す。フェイトの表情を確認する前に、声がまたしても発言した。

 

 ――ほう? 知っていたのか。それが勘によるものなのか。誰かからの入れ知恵なのかが、気になる所だな――

 

 アウグは全く表情を仮面の様に変えない。だが、声はフェイトの言葉に感心するかのように語った。

 

 ――コレの名は“アウグ”。我が端末にして、傀儡――

 

 その時になって初めて、アウグは口の端を三日月の様につり上げた。生物を想わせない笑みに、スバルの顔が冷たいモノで引きつる。

 そんな彼女を庇うようにフェイトは異形の正面に立ち、淡々と問いかけた。

 

「――それで、そのアウグさんが僕に何の用かな? 単刀直入で教えて欲しいんだけど」

 

 フェイトの言葉に、口の端を歪めていたアウグは元の無表情に戻った。

 

 ――なに、簡単な事よ――

 

 その右手に、銀色の輝きを放つ腕から肘くらいまでの刃渡りの、鍔の無い小刀を具現させる。

 

(――デバイス? いや、違う……! 魔力で構成されてるけど、根本的に――何かが違う!!)

 

 思い浮かんだ考えをスバルは思い切り否定した。この――アウグという青年。

 余りにも、不気味すぎる。

 創り物めいた表情もさることながら――何より、意志のない目が。

 

 次の瞬間、アウグが静かに風を纏ってフェイトに斬りかかった。

 

「――フェイトさん!」

 

 火花が散る音。それは斬戟が防がれた証。

 見れば、フェイトは決して甘くないアウグの初撃を光り輝く“鉄パイプ”を片手に持って受け止めている。

 スバルはその反応速度に思わず目を見開いた。

 

「いやぁ……どこぞの軍人以外にも、いきなり斬りかかる奴っているんだな」

 

 フェイトはどこか感心したかのように、対面するアウグに話しかける。その余りにのんびりした口調に、スバルがずっこけた。

 

「――フェイトさぁん」

 

 見直すとこれである。

 半泣き状態のスバルに首を傾げながら振り返るフェイト。その時、アウグが動いた。

 

 ――いつまで女と遊んでいるつもりかね? 余裕も過ぎれば、油断となるものだよ――

 

 声の響きと同時、アウグは両足を思い切り曲げて屈みこみ、地面を這うかのような姿勢から、フェイトの両足を払う水面蹴りを放ってきた。

 

「――とぉっ!?」

 

 そのスピードの速さに目を丸くしながら、バックステップして後方に避ける。アウグはソレを確認すると片足一本がまだ地面に戻らない内からフェイトに向けてダッシュしてきた。

 

(ウソ!? あんな不安定な体勢で、初速からあのスピードで踏み込めるなんて!?)

 

 しかも、魔力を全く感じなかった。それは、つまり体術だけで――己の身体能力だけでやり遂げたと言うのだ。今の――ダッシュを。

 

「げぇ!?」

 

 フェイトも口を台形にして、吐き捨てる。一足飛びで後方に飛んだ自分の懐に入ってくる、常識外れにも程がある動き。不安定な体勢から繰り出される小刀の一閃は、手打ちの筈なのに鋭く、重い。

 

「――やっぱり、強い……!」

 

 その余りにも非人間的な動きに、スバルが確信を持った。――このままでは、フェイトが殺されてしまう。

 スッと無造作に繰り出される突きは、フェイトの心臓を容赦なく狙う。しかも、ダッシュの突進力も加わり、確実に致命傷を負うであろう一撃。

 

「ちょ――!?」

 

 咄嗟にサイドステップで小刀を脇に見切る。空を突いた小刀に気を取られていると、小刀を持っていない方の手が、サイドに避けたフェイトの顔面に向けて突きだされる。鉄パイプを右手一本で持ち、左手でアウグの掌を掴んで止める。

 

「お前……、ちょっとは遠慮とか手加減とか、しろよ!!」

 

 片手一本でフェイトはアウグを後方へ投げ飛ばした。豪快な風切り音が立つ。――が、アウグは宙で軽業師の如く体勢を整え、着地。

 

 ばさっ!

 

 黒いマントをなびかせ、アウグが一気に駆けて来る。

 

「――少しは、喋れよ! 僕は、無口な奴は嫌いだぁあ!! ――寂しいから」

 

 鉄パイプを両手で持ち、思い切り振りかぶりながらフェイトはジッと観察する。正直、遊んでいるようにしか見えないが、かなりヤバい。さっきの立ちあいで、コイツの動きが読みづらいことが良く分かった。

 

(マスターデーモン系に、動きが似てる。慣性の法則とか、初速から全速力とか、軽く薙いだだけなのに超強力な一閃とか――!!)

 

「――反則じゃないかぁあああああ!!!?」

 

 スカリエッティの研究所に、フェイトの叫びが響き渡った。

 

 

 かなりの時間、フェイトはアウグからの攻撃を凌いでみせている。スバルが手を出そうにも、未熟な彼女の腕では、恐らく割り込むこともできない。

 両者、ソレほどの――達人クラスの動きで、互いの攻撃を捌き合っているのだ。片方は才能と実践で磨き上げられた動き。もう片方は、現実味のない人の身では考えられない動き。

 自分なんかが、立ち入り出来る次元の闘いじゃない。だが――このままでは

 

「マッハキャリバー……!」

〈Yes, My Muster.〉

 

 右手の籠手は、自分の相棒。決して、自分の信念を裏切らない――最高のデバイス。

 

(機動六課の理念。それは、目の前で助けを求める人を――確実に、安全に助けて見せること!)

 

 拳を握りしめる。

 バリアジャケット姿になるスバル。真っ直ぐな瞳は、フェイトを襲う、アウグに向けて。

 

「――そうですよね、なのはさん!!」

 

 スバルは、戦場に向かって駆けて行った――。

 

 

 

 ギキィイ……ッ!

 

 鉄パイプと小刀がまたしても火花を散らす。

 

「――クソっ。まるで疲れを知らないって感じか……! 嫌な奴だな~」

 

 フェイトのその言葉に――声が降ってくる。

 

 ――いつまで、遊んでいるつもりかね? そろそろ、私も飽きて来たのだが?――

 

 その存外な言葉に、フェイトの瞳が大きく見開かれた。

 

「遊びだと!? 僕は真剣だぁっっっっ!!!!」

 

 だが、その力強い宣言にも、この異形は全く表情を変えない。特に何の反応も無くこちらを見ている。

 

「――またか!? クソォウッ!! アルフがいたら、ツッコみくれるんだぞ!! ボーっと見てるだけが相方の仕事じゃないんだ!!」

 

 意味の分からない事をフェイトがわめきたてるが、やはりアウグの顔は変わらない。代わりに――声が降ってくる。

 

 ――フム、どうやら自分の危機では力を発揮できないタイプの様だな。クク……ならば、君の仲間の小娘に危機が迫れば、どうなる?――

 

「……!?」

 

 声の後。フェイトの脇をすり抜けて、管理局のバリアジャケットを着たスバルがアウグに殴りかかった。

 

「フェイトさん、加勢します!」

 

 スバルの声がフェイトに届いた時、彼は――いつになく真剣な表情で叫ぶ。

 

「よせ!!」

 

 その声が闘技場に響き渡った時――アウグの口が三日月形に、ゆっくりと嗤う。

 

 ――遅いな。フェイト・ラインゴッド――

 

 スバルの拳は、目の前の異形の左手に掴み取られていた。

 

「―――え!?」

 

 アッサリと――至極、簡単に掴み取られた。ビクともしない、まるで壁の様な存在。そしてその邪悪な気は、スバルを心の底から震えさせるのに十分だった。

 

(――フェイトさん、こんな人と戦って――!?)

 

 正面に対峙した異形は、余りにも――余りにも理不尽で、恐ろしくて、冷たくて、邪悪。歯の根が合わない。ガチガチとなるその耳障りな音は、自分が震える証。

 虫けらを踏みつぶすように、小刀がスバルの胸に突きだされる。それが肉に刺されば、確実に背骨まで到達する。

 そこまで分かっていても――恐慌状態に陥った体は、動いてくれなかった。

 

 ドゴォッ!

 

 だが次の瞬間、後方に弾き飛んだのはアウグだった。いつの間にか、スバルは自分の両肩を温かい大きな掌に支えられている事に気付いた。

 

(――なのは、さん?)

 

 思い返したのは、あの火事現場に居た時に助けてくれた――憧れの人。その人と同じ強い瞳の輝きで、真っ直ぐに――前を見据えるのは。

 

「――スバル、大丈夫かい?」

 

「?」

 

 スバルはボーっと自分と同じ蒼い髪の青年――フェイトを見ていた。

 

(――あれ? この人、誰?)

 

 涼しげな瞳は、翡翠に輝き――その凛々しい表情は、知性を溢れさせている。フェイトは静かに、スバルの両肩から手を離し、ゆっくりとアウグを蹴り飛ばした右足を地面に下ろす。

 

「スバル」

 

「は、――はい、大丈夫です!?」

 

 頬を真っ赤に染めて、スバルは問い返した。ソレをフェイトは静かに見据え、優しく笑ってポンッと頭を撫でる。

 

「――ありがとな、助けようとしてくれて」

 

「フェ……フェイト、さんですよね?」

 

「当たり前だろ?」

 

 キョトンと言うフェイトに、スバルは思わず思う。

 

(……べ、別人みたい……!!)

 

 フェイトは静かに――スバルから、アウグに視線を向ける。頑強な闘技場のフェンスを粉々にして埋まっている、アウグは陽炎の様にゆらりと立ちあがる。

 その彼に向けて、フェイトは笑った。不敵に。

 

「スバル、悪いけど――下がってるんだ」

 

「でも、フェイトさん!!」

 

 反論しようとすると――深い優しさと知性を称えた瞳で止められる。穏やかなのに力強い、不思議な瞳だ。

 

「アイツは、僕の力が見たいようだから」

 

 紅くなった頬をそのままに、スバルはフェイトを見る。不敵なその横顔を――。

 

 ――ほう? ようやく、その気になったか――

 

 声に興味深そうな色が混じる。それにフェイトは、力強い瞳で述べた。

 

「僕の力が見たいんだろ? 来いよ」

 

 静かに鉄パイプを正眼に構える。

 

「お前と僕の格の違いを、教えてやる」

 

 その気迫は、歴戦の兵士のようだった。

 

 

 ガタッ!

 

 その場から身を乗り出し、スカリエッティはモニターに釘づけになる。

 

「――ついに、見られる……! フェイト君、君の力を!!」

 

 スバルが目覚めるまで、実は三日あまりかかった。

 その間に交わされたフェイトとの不毛なやりとりを思い出し、スカリエッティは狂笑を口元に張り付け、目の前の状況を見ていた。

 

 

 斬りかかるアウグの一閃を、軽く鼻先で躱して見せるフェイト。唐竹、横薙ぎ、足払い、胸への突き。

 繰り出された攻撃に、フェイトは上半身を反らして、鼻先を霞めるように唐竹を躱し、続いて繰り出された横薙ぎを、鉄パイプを縦に構えて受け、足を払う水面蹴りにはサイドステップからのリフレクトストライフで返す。

 黄金の気を纏った無数の蹴りを、アウグは超人的な動きで高く後方に跳躍してかわし、それに倍するスピートで突きを放ってくる。しかし、フェイトはソレを無造作に紙一重で懐にかいぐぐり、鉄パイプを持ったままの右拳で横顔を殴り倒した。

 

 ゴッ!

 

 軽々と地面に叩きつけられ、倒れ伏すアウグ。それを静かにフェイトは見据える。

 

「……フェイトさんって。……フェイトさんって、強いんだ」

 

 スバルはポカンとうわごとのように呟いた。凄いのは、知っていた。ガジェットとの闘い、ヴィータとの模擬戦。だけど――

 

(こんなに――圧倒的な、強さだったなんて――!)

 

 徐々に実感を帯びて来る。

 スバルは知らないが、陸士107部隊を壊滅に追いやったと言う化け物が、手も足も出ない。

 化物が弱いのではない、とスバルは身に染みて実感していた。それに動きも尋常ではない。なのに――。

 

 ムクリと上体を起こしてアウグはフェイトを見上げた。

 

「どうした? 立てよ」

 

 そんな人形に、フェイトは静かに告げる。

 

「僕の力、見たいんだろ? ――この程度でお終いかい?」

 

 それとも、と続けて、フェイトは不敵に笑った。

 

「それとも人形じゃなく、お前が僕の相手をしてくれるのか?」

 

 ――ククク……! ハハッハハハハハハハッ!! 笑わせる、実に愉快だ!! グローランサーと呼ばれる小僧以外に!! ここまで、ここまで私を虚仮にする愚か者がいようとはな……!!――

 

 狂ったように嗤う声。それは目に見えるものではない。だが、確かに――人形遣い『ヴェンツェル』に向けて放たれた言葉に、空から降る声は狂笑を上げ続けた。悪意、邪悪、闇、そんな言葉では表し切れない――。圧倒的なまでの狂気。スバルが思わず耳をふさぐ。それでも聞こえる。頭の中を、恐怖が支配して行く。

 その狂気の笑い声を正面から受けて、フェイトは嗤った。

 

「――だから、笑ってないでさっさと構えろよ。僕の力が見たいんだろ?」

 

 その言葉に――声が、止まる。アウグと言う青年は静かに立ち上がる。

 

 ――アウグ。もう良い……! 始末しろ――

 

 声が告げた。無感情に冷酷に、フェイトを殺せ、と。

 

「そう……! 僕を本気にさせるなら、それくらいはしてもらわなきゃね。さあ――最終ラウンドだ!」

 

 鉄パイプを正眼に構えて言うフェイトに、アウグは三日月型に口を歪めて笑った。途端、彼の右手に持っている小刀が、変わる。闇の霧がまとわりつき、黄金の鍔を持つ西洋剣の作りをした刀――。それに変化した。

 

(……!? 雰囲気が変わった?)

 

 武器が変わっただけではない。足を肩幅に広げ、斜に構えて右肩を前に出して腰を落とし、刀を左手一本で持つ。――その構えに、隙が無い。

 フェイトは静かに翡翠の瞳を細めた。

 

「――そう、そうこなくちゃな……! 主人公の相手をするのなら……!!」

 

 ――楽しみだ。“救世の騎士”を相手にどのような闘いを繰り広げるのか、な――

 

「救世の騎士……? 一体、何のこと……!」

 

 声の単語に、スバルが首を傾げる。この邪悪な男にはどうしても似合わない単語だと思った。同時に、不安げにフェイトを見据える。

 

 フェイトは、ジリ…ッと慎重に間合いを詰める。

 距離は――互いに5メートル。

 フェイトが後一歩、摺り足で近づく――と同時。

 眼前の異形アウグが姿を消した。フェイトは咄嗟に鉄パイプを顔の前に構える。火花が散った。目の前に、アウグが刀を振り下ろして現れたのだ。

 

(――さっきまでと動きが違う。アルフ達より、迅いぞ――! コイツ!!)

 

 頭の中に警鐘が鳴る。さっきまでの動きと違って洗練された体術。ハッキリと空間を切り裂く斬戟。基本をしっかりと積みながらも――、才能あふれる剣。

 

(まるで、別人だ……! どういうことだ?)

 

 鉄パイプで斬戟を打ち返しながら、思う。まるで――隙が無い。唐竹を打ち合うと同時、巻き技でパイプを巻き上げられ、胴薙ぎ。

 

「――くっ!?」

 

 バックステップでフェイトが避けると同時に、アウグは踏み込んでの斬戟。避けると同時に、否――こちらが何かのアクションを起こすと同時に、対処されている。

 懐に入り込まれての柄頭での腹部への一撃。着地後即座の後方にバックステップは満足にできない。ならば――

 

「リフレクトストライフ!!」

 

 間一髪、サイドステップからの連続蹴り。しかし、聞こえたのは防がれた音だ。西洋剣に似せた刀で、すべて払い落されている。

 

(まさか、今のタイミングで!? 攻撃を繰り出すと同時に回避したって言うのか!?)

 

 静かに、刀を縦にして受け止めたアウグは、フェイトの蹴りの一つを脇に流すと同時、踏み込んでのソバット。鋭い蹴りは、後方に上半身を反ったフェイトの鼻先を掠める。

 舌打ちして体勢を立て直すフェイトに、アウグは三日月型に口を歪めた。

 

 ――どうした? いくら世を救った騎士とは言え、所詮紛い物相手にてこずるというのか? 私の期待を裏切ってもらいたくないモノだな――

 

 声はまるで落胆したかのように告げて来る。

 

「……なるほど、ね。紛い物だか何だか知らないけど、とんでもない奴がいるんだな」

 

 フェイトは静かに鉄パイプを正眼に構え直す。その瞳に知恵の光をたたえて。

 

(接近戦で息を突く間も無いほどの、斬戟と蹴打。僕の戦闘スタイルに似てるけど、あっちは本格的な訓練を積んだ動きだ。接近戦じゃ勝ち目が無い、となると――)

 

 バッとフェイトは右手を大きく振りかぶり、オーバースロー気味に相手に向け放つ。

 

「ショットガンボルド!!」

 

 無数の火球が生じ、一直線にアウグに放たれた。だが――アウグは横一文字に刀を一閃し、火球を切り捨てると、その場から消えたようなスピードでこちらに駆けて来る。

 

 闘いを傍で見ているスバルの瞳が、見開かれた。

 

(魔力の発動は無いのに――、これじゃソニックムーブと変わらない!!)

 

「――距離を一瞬でゼロにする、かよ……!?」

 

(僕の――ストレイヤーヴォイドと同等の瞬発力ってことか? 紋章術も無しに。でも――)

 

 隙のない戦闘スタイルは、アルフ達連邦軍人のような訓練を積み、才能溢れる動きはどんな状況にも臨機応変に対応できる。こんな闘い方を生み出した男――そいつは、本物の天才だ。尊敬に値する。

 

「だが――、お前はやっぱり紛い物だよ」

 

 フェイトはそう言って、アウグを見据えた。

 

 ――ほう? ならば……紛い物たる所以、教示願おうか――

 

 宣言の後、一気にこちらに来る異形の青年にフェイトは冷静に告げた。

 

「その闘い方――。臨機応変な発想と、死闘の経験を積んだ者にしか出来やしないんだ」

 

 真正面から放たれる斬戟。フェイトはソレを刀の腹に鉄パイプの打撃を思い切りぶち込み、ずらしてしまう――。ずれた斬戟の空間に踏み込み、見事に懐に入る。

 アウグは咄嗟にバックステップしようとするが――

 

「――遅い!!」

 

 蒼い気が鉄パイプに奔り、フェイトはソレを上段に抜刀して見せた。

 

「ブレードリアクター!!」

 

 ガキィッ!

 

 同時、アウグの唐竹がフェイトの切り上げを相殺。発動はフェイトの方が早かったと言うのに、それでも相殺した。

 アウグの剣はそこで終わらない。同時の横薙ぎが放たれる――。ヴィータの腹部を切った、神速の十字斬。黒騎士は両手でそれを放ったが、アウグは左手一本で十字斬戟を放って見せた。

 唐竹と同時に放たれる横薙ぎ。だが、フェイトの剣も終わっていない。斬り上げた鉄パイプを再び片手一本で唐竹に下ろし、アウグの横薙ぎを地面に叩きつける。

 

「――ッ!!」

 

 初めて――金と銀の瞳を大きく見開くアウグ。その腹に――フェイト渾身の右片手一本突きが決まった。

 

 ドゴォウッ!!

 

 後方にロケット弾の様に弾き飛ばされるアウグ。

 頑強なフェンスに再びぶつかり瓦礫の山に埋もれてしまう。

 

 それをみていたスバルがガッツポーズを取りながらフェイトにはやし立てた。

 

「やった! やりましたね、スゴい!! フェイトさん!!」

 

 だが――フェイトはスバルを見ること無く静かに瓦礫の山を見据えて言った。

 

「いや――まだだ」

 

 フェイトが呟くと同時――瓦礫が動き、アウグが姿を見せる。無傷ではない。体中に深い傷を負っている。なのに、アウグは表情を変えること無く、フェイトを見据える。先の攻防で、剣を半ばからへし折られながら。

 

 ――コレは、愉快だ。しかし……、なぜ勝てたのかね? お前は本来の力を使わずに、闘い勝った。アウグの方がスピードもパワーも凌駕していたと言うのに――

 

 声に、フェイトは返した。

 

「――簡単だ。ソイツの闘い方だよ。確かに、ソイツが模倣した奴は強いと思う。だが――所詮は紛い物だ」

 

 フェイトは静かに――アウグを見据える。

 

「そして、その闘い方は最も人を殺す事に向いてない」

 

 ――何……?――

 

 声が怪訝そうに言う。それにフェイトは頷いた。

 

「確かに、鋭い斬戟や隙のない動きは相手を殺すのに有効だ。でも――正直すぎるんだよ、その斬戟。まるで――必要以上に相手を傷つけないように、踏み込みをギリギリのラインで浅くしたり、何とか致命傷にならないよう動いてる」

 

 その言葉に、スバルは目を丸くしてしまう。

 

(どう見たって――フェイトさんを殺そうとしていたのに。一番危なかったのはフェイトさんなのに、私――気付かなかった。全部――さっきの闘い方に死角からの一撃が無かった事に)

 

 真っ向勝負。正々堂々、それで相手の命を奪うには相当に実力差が無ければ難しい。

 駆け引き無しの、真っ向からの叩きあい。

 だからこそ、フェイトは見抜いた。

 

「その剣の使い手は、人を傷つけることを嫌う奴だ――。そんな守る剣を、奪う為に使っても怖くとも何ともない。まして、ただ真似ているだけじゃその真意すら分からない」

 

 ――なるほど、だから紛い物……か――

 

 フェイトは静かにアウグを見据える。

 

「――続けるかい?」

 

 ――いや、今日はこのくらいでよい。実に、興味深い闘いであった――

 

 声が遠のくと同時、アウグの影が薄くなっていき、やがて――消えた。

 

「……さて、どうしたものかな?」

 

 ふうと一息溜め息をつき、浮かない顔をするフェイトに、スバルは静かに近寄った。

 と、

 フェイトはカッと目を見開き、懐から通信機(コミュニケーター)を取り出した。

 

「シャァアアアアスッ!! 僕、僕はつい今っ、管理局襲った奴を見たぞぉおおお!!!!」

 

 いきなり興奮したニワトリのように叫ぶフェイトを見て、スバルが思わずずっこけたのは――言うまでもない。




【今話のナンバーズ】
・ナンバーⅩディエチ
 フェイトを捕獲した無表情な女の子。どこか天然っぽい。
 余談だが、ガジェットⅠ型をマル、Ⅱ型をカク。Ⅲ型を球キューと呼ぶ。
(Ⅰ型ガジェット=楕円型、Ⅱ型ガジェット=二等辺三角形、Ⅲ型ガジェット=巨大な球体、に由来する)

・ナンバーⅥセイン
 フェイト達に手料理をふるまった気さくな女の子。
 料理が出来る設定は、当作オリジナル。
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