連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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21.なに、それまじめな話?

 ナンバーズとのティータイムを終え、スバルには自由が与えられた。

 想像もつかなかったスカリエッティ側の待遇に、スバルは戸惑う。フェイトは、これが普通と受け取っているが、スバルにとってはカルチャーショック以外のなにものでもなかった。

 先程のナンバーズに追われている間にしても、切羽詰まった空気こそあったものの、彼女たちがフェイトに向けて――真剣な殺意や敵意を向けていたとは思わない。

 スカリエッティにしても。

 目が覚めた時――スバルにレリックを埋め込もうとした科学者は、確かに犯罪者の顔であったものの、皆でクッキーを食べて、紅茶を咳き込みながらも流し込もうとしている彼の姿は――何故か広域次元犯罪者の名が、相応しくないようにスバルには思えた。

 

(……そんなはず、ないのに)

 

 スバルはギュッと拳を握る。

 フェイトがどこかに行ってしまったので、ディエチに案内された室内にはスバルしかいない。部屋は一般的なアパートのモノと遜色なく、窓から見える森は、この場所がどこにあるのかスバルに教えてくれなかった。

 フェイトに宛がわれた部屋は、ちょうどスバルの隣室になるらしい。

 一部屋は八畳ほどの広さで机とベッド、それから書棚だけという無味乾燥なものだ。――それでも、閉鎖的では無い。

 スバルは、部屋の現在地とトイレ、風呂場、食堂の位置を記した地図を見つめて――部屋を出た。

 

 

 

 スカリエッティの研究所は、やはり広大な敷地で出来ているらしい。

 アーチ状の窓やら通路を適当に行くと――スバルが道に迷うのに、そう時間はかからない。最初はどうにかして研究所内の構造を頭に入れようと躍起になっていたが――最早、ここがどこなのかすら見当がつかなくなった。

 このミッドチルダにはない筈の――連邦で流通している転送装置(トランスポート)が要所に置かれている所為で、彼女が歩きその目で見た施設の位置関係が、正確ではなくなってしまったためだ。

 

「ど、どうしよう……。……ここはどこ……?」

 

 オロオロと視線をさ迷わせながら、スバルは当てもなく研究所の通路を歩く。

 すると、中庭らしき場所にスカリエッティの姿があった。

 

「!」

 

 スバルは思わず身を固くして、身構える。スカリエッティは中庭に植えた野菜から、ふと視線を上げると、スバルに気付いて振り返った。

 

「――おや、こんなところにどうしたのかな?」

 

 そう言って彼は口端をつり上げる。とても善人とは言えない表情だが、最初に見せたマッドサイエンティストの表情でもない。

 スバルは眉間にしわを寄せて――唇を引き結んだ。

 スカリエッティは小さく笑って、腰を上げる。中庭からスバルのいる通路にやって来ると、彼は白衣のポケットに両手を突っ込んだ。

 

「そう言えば、君は――ゲンヤ・ナカジマという人物の下で育ったそうだね?」

 

「……どうして、父さんのことを!?」

 

 思わず目を瞠って問うと、スカリエッティは満足そうに口端をつり上げる。そこでスバルは、こちらが反応を返すのをスカリエッティが待っていたことに気付いて、口を噤んだ。

 スカリエッティは悠然と琥珀の瞳を細めて、――つぶやく。

 

「戦闘機人」

 

「!」

 

「私が、君を捕獲するようウーノ達に命じたのは――君がウーノ達と同じ、戦闘機人だからだよ」

 

「…………」

 

 スバルは身構えた態勢で、スカリエッティを睨む。ナンバーズ達が戦闘機人であることは薄々――、スバル自身も気付いていた。

 人間の身体に機械部品を埋め込んで、爆発的な身体能力を可能にする生体兵器――戦闘機人。

 彼等は魔法とは異なる、戦闘機人故に(・・)発現する特殊能力――インヒューレントスキルを持つ。それは個体毎にさまざまな種類があり、発生機構が魔法と根本的に異なるために、ガジェットのAMFの影響を全く受けずに能力を発揮できるのだ。

 スバルは閉口し、ただスカリエッティの動向を睨む。自分がそんな戦闘機人呼ばわりされたことを肯定することも、否定することもなく、相手の言葉を待つ。

 スカリエッティが大仰に肩をすくめると、言った。

 

「君は、私が思った以上に普通の感性を持っているようだね」

 

「……どういう意味?」

 

「君は――ナカジマ三佐の下で平和に、ただの女の子として育った。それは彼が人物だったからだ。何故君たちのような存在が、造り出されたと思うかね? 理由は、決して子どものいない夫婦のためではない。そんな穏やかな理由なら、戦闘機人の存在自体が“禁忌”とされることもないからね」

 

「…………」

 

 スバルは四歳の時に、姉のギンガと共にナカジマ家に引き取られた子どもだ。

 ナカジマ家――ゲンヤとその妻クイントの間には元々子どもがおらず、管理局員だったクイントが、とある事件を追う中でスバルとギンガを発見し、被害児童たる二人の保護を兼ねて、スバルとギンガを養子にした。

 母クイントとスバルが過ごした時間は、そう長くはない。

 クイントはスバルが七歳になる頃に殉職したのだ――。

 スバルが使う格闘術シューティングアーツは、クイントが使っていた技で、姉のギンガが母から直接学び、スバルが管理局に入局を決めた時に、ギンガがスバルに教えてくれた技である。まだ完全習得とはいかず、スバルの格闘戦は姉の域には達していない。機動六課で――憧れのなのはの下で訓練を積んでいたものの、ここに攫われてはシューティングアーツの完全習得にまだ時間がかかるだろう。

 それでも――

 とスバルは思う。

 それでも、何か得るモノがある。知りたい情報が――恐らく目の前にある。

 スバルは拳を握って、スカリエッティを見据えた。

 

「……何か理由があるんですか?」

 

「ん?」

 

「貴方が、テロリストとして働いている理由……」

 

 スバルが問うと、スカリエッティは呆れたような表情をして首を振った。彼は軽い溜息を吐いて、言う。

 

「タイプ・ゼロ。……君は、恵まれていただけなんだよ。だからと言って、君の生き方が間違っているとは、私は言わないがね。――ただ、ほとんどの戦闘機人は、君のように恵まれてはいない。勝手な都合で生みだされ、必要ないからと言って捨てられる。だが――創られたモノとて心はあるのだ」

 

「何か、訴えたいことがあるのなら――それなら管理局に言うべきです! テロリストの行為なんてしなくても、訴えかければ――それを皆に公言出来る場所を与えられるハズです! そのために私達は――!」

 

 そこで、スバルはハッと息を飲んだ。

 スカリエッティの表情が、変わっていたのだ。先程までの、貼り付けたような笑みではなく、どこまでも寂しげな、儚い笑顔を、彼は浮かべている。

 そして言った。

 

「君は――本当に優しい世界に生まれたようだね」

 

 低く、静かに放たれた言葉は、何故か――スバルの心を抉った。

 

(……何故?)

 

 ずんと胸に沈みこむ様なショックを受けて、スバルは首を傾げる。スカリエッティの笑顔の意味は、スバルには分からない。

 ただ、踵を返したスカリエッティが、いつも通りの口調で言った。

 

「もしよければだが――私の娘達に、外の世界のことを教えてやってはもらえないだろうか?」

 

「どうして……ですか?」

 

 その背に向かってスバルが問いかけると、スカリエッティがわずかばかりこちらを振り返って、小さく笑った。

 少し前に見せた――フェイトを前にした時の、困ったような――少し気さくな表情で。

 

「私は外の世界を……知らないんでね」

 

 彼は指をパチンと鳴らしてⅠ型ガジェットを呼び寄せる。

 

「さて、話は終わりだ。それでは私は研究に戻るとするよ」

 

「待って下さい!」

 

 コツコツと靴音を鳴らして去って行くスカリエッティを、スバルは止めた。

 このスカリエッティは――違う(・・)

 つい数時間前まで、数十分前までスバルが抱いていたスカリエッティのイメージとは、違う(・・)

 ゆえにスバルは眉間にしわを刻んで、尋ねた。

 

「貴方は――どうしてそこまで、管理局を……!?」

 

「どの組織も一枚岩ではない。そんなことは、君だって聞いたことはあるだろう?」

 

 振り返ったスカリエッティは、そこで――琥珀の瞳をわずかに細めた。

 低く、暗い声が彼の唇から洩れる。

 

「――だがね。そんなことで済まされることと、済まないことがあるんだよ。……ならばその間違いは誰が正すのかね? 私がそれを正せるほど、特別な存在とは言わない。だが少なくとも――奴等が正しいとは私は思わない。それだけだ」

 

 スカリエッティは語り終えると、Ⅰ型ガジェットの後に続いて、部屋に戻るようスバルに言った。

 去って行くスカリエッティの背中を見据えながら、スバルは目を見開く。

 

 ――そんなこと(・・・・・)で済まされることと、済まないことがあるんだよ。

 

 そう言った時のスカリエッティは、腹の底から――心からの怨嗟をつぶやいたように見えた。

 

(……どうして?)

 

 彼はスバルをスバルと呼ばない。

 創られた存在、戦闘機人――タイプ・ゼロとしてでしか、彼女を認識していない。

 それでも――。

 スバルはこの時初めて、“広域次元犯罪者”としか見ていなかったスカリエッティが、そこまで常識とかけ離れた感性の持主ではないことに気付いた。

 

(どうしてあの人は、管理局をそこまで憎んでいるんだろう?)

 

 脳裡を過ぎる、ディエチやセイン達と接する彼の表情。

 管理局を敵視する――憎悪に満ちた彼の表情。

 それは狂って(・・・)いる(・・)と一言で済ませるには、あまりにも人間的な感情で――スバルはこの時、フェイトが言っていたことを思い出した。

 

『結構いい奴だな、ジェイ』

 

 

「それじゃあ……」

 

 スバルは、胸元に置いた手を握る。

 管理局は正義の力。

 昔、空港火災に巻き込まれた経験のあるスバルは、その時何もできず、ただ泣いて周りに助けを求めるだけだった。

 そんな中で――管理局の、魔導師の正しい力で助けてくれたのが、高町なのはだ。

 力強く自分を抱きしめて、災害の不安から救ってくれた女性。

 あの日から、スバルが目指すと決めた女性を思い浮かべて、――スバルは自分の中にある“管理局”のイメージが揺れ動いているのを感じていた。

 広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

 時空管理局に最上級の指名手配を受けているこの男は、生死を問わずに逮捕する対象として知られている。

 その性格は、残虐で、非道――。

 だが、実際に会って話してみたスバルの印象は――

 

「一体、誰が正しいの……!? ……なのはさん!」

 

 なのはのように、目の前で助けを求める人を確実に、安全に助けて見せると、スバルは心に誓った。

 そのために立派な管理局員になろうと、スバルはがむしゃらに走っていた。だが――その道の先は、果たして本当に、“正しい”場所と言えるのか――。

 スバルが今まで信じていた管理局そのものに、疑問を持った瞬間だった。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ウーノは深く溜息を吐いて、妹達の戦闘データを打ち込み終える。

 計画は今のところ、順調に進んでいる。研究所に帰ってきていない妹達についても、どうやら無事にやっているようだ。

 長時間のデスクワークは、相変わらず肩が凝るものである。ウーノは作業室の椅子に背をもたれかけ、目頭を揉んだ。そして目を開けると――

 

「や!」

 

 フェイトが目の前にいた。彼は良い笑顔で、右掌をひらひらと降っている。

 ウーノは溜息を吐いた。

 

「またですか……。ディエチに監視を命じているのに、これではまったく意味がない……」

 

「僕だからねっ☆」

 

 これでかれこれ、通算40回目の脱走となる。

 フェイトはよくこうして、自分にあてがわれた部屋を離れては、神出鬼没に姉妹達の前に姿を現すのだ。

 厳重な警戒態勢を敷いて、フェイトを逃がさないよう躍起になっている自分達が、馬鹿らしく思えて来るほど簡単に、である。

 

「……まったく、貴方は」

 

 つぶやきながらも、ウーノは自分の口許に笑みが浮かんでいることに気付いていた。

 彼がここに来てから、二週間近く。

 時々――ウーノはこうして、自分でも分からないタイミングで笑っていることがある。恐らくは、いつも能天気に笑う青年が声をかけてくるからだろう。

 肩肘を張っている自分が、馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。

 ウーノは溜息混じりに苦笑しながら、問いかけてみた。

 

「貴方はどうして、そんな風に笑っていられるのですか?」

 

「ん? どういう意味だい? お姉さん」

 

 フェイトにまだ名乗っていないウーノは、ずっと彼に“お姉さん”と呼ばれている。それは他の姉妹にも言えることで――面識はあっても、フェイトがまだ名前を知らない者は多い。

 とは言え、

 名を名乗ったからとて、彼が覚えるかどうかは別問題である。

 ウーノは何気なく問いかけた質問に、フェイトが意外にも真摯な眼差しを返して来たのを受けて、居住まいを正した。

 

「貴方のことはドクターから聞いています、フェイト・ラインゴッド。貴方は――、実の父親に自分の身体を創り換えられてしまった。父親は、貴方自身の気持ちなど考えもせずに。結果、貴方は、紋章遺伝子の生体兵器として連邦から目を付けられる存在となった。そんな父親を持ちながら、どうして貴方は――そうも、まっすぐに育ったのですか?」

 

「何? それ、真面目な話?」

 

「……別に、答えたくなければ答えなくて結構です」

 

「答えるも何も……。僕も、つい最近までは、自分がそんな存在なんて知らなかったしなぁ」

 

 そう言って顎をすりすりと撫でるフェイトに、ウーノは首を傾げた。

 

「知った時、貴方は恨まなかったのですか? 自分をそんな風に創り換えた――実の父親を」

 

「ショックだったよ。相当ね。――でも、言ってもしょうがないじゃないか」

 

「しょうが……ない?」

 

「ああ。しょうがないね。だって、もう創り換えられちゃってるし、今更言ってもねぇ。……それに、父さんも父さんで、そうしなきゃいけない事情ってのがあったみたいだし」

 

 フェイトは両腕を組んで、うんうんと頷いている。ウーノは目を瞠った。

 

「そんな……自分の身体を創り換えられたんですよっ!? しょうがないって……そんな簡単に、認められるものなのですか!?」

 

「僕さ。そういうの、あんまり深く考えないタイプなんだよね」

 

 フェイトは言って、中空に視線を向ける。その表情はどこまでも気負いや焦燥、孤独を感じさせず、ウーノは溜息を吐いて、肩を落とした。

 

「貴方のことが、ますます分からなくなりました……」

 

 元々良く分からない、と言うのがフェイト・ラインゴッドの印象であったが。

 ウーノは胸中でつぶやいて、フェイトと同じように視線を中空にやる。このスカリエッティの作業室には、生体ポッドが五十個以上並んでいる。そこには空きのものもあれば、別次元から姉妹が確保して来た、スカリエッティ以外の製作者による戦闘機人も存在したりする。

 そんな人工生命体のほとんどが――不遇な生を強いられ、苦しんでいることをウーノは知っていた。

 中には今一度目を覚ますかどうかも分からない素体までいる。

 

「なんというか……」

 

 ウーノは、つぶやく。

 自分の悩みなどどうでもよくなって来るほどに、フェイトのノリは軽い。いつも笑っていて、こちらの意表をついてくる行動ばかり取る。

 ――自分達と同じ、生体兵器であるはずなのに。

 ウーノはフェイトに向き直ると、肩の力を抜いて、言った。

 

「理屈としては貴方の考え、分からなくもないのです。体を創り換えられてしまった以上、今更、その原因を憎んでも仕方がない。ですが――そんな風に割り切れるものですか? まして貴方は、普通の人間として育って来たのでしょう? なのにどうして……」

 

「普通の人間として、育ったからさ」

 

「え?」

 

「普通の大学生として学校に通って、女の子からはそれなりにモテて」

 

「だから――だからこそ、憎んだのでは……」

 

 外の人間は、ウーノ達に優しくない。

 彼女達は広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティに与する者として扱われているし、誰も使用済みで捨てられた戦闘機人のことなど見向きもしない。

 それをウーノ達が保護しても、賞賛されることもない。

 ウーノ達にとって、“外”は悪意に満ちた世界なのだ。

 そんな彼女の認識を知る筈もないフェイトは――、中空に視線をやって、懐かしむように目を細めた。

 

「でもさ。事実が分かるその瞬間まで、僕の父さんは、普通の父さんだったんだよ。ま、愛想はなかったけどね。昔から」

 

「ならば、余計に裏切られたという気持ちにならなかったのですか?」

 

「だから――ショックだった、ってば」

 

「ショックって……」

 

 その割にフェイトは明るい。底抜けに。

 ナンバーズにも明るい性格の少女――セインがいるが、彼女はまだ稼働して、それほど日が経っていないのだ。“外”のことも、自分が置かれた環境に絶望することも、まだ先の話である。

 だから――だからこそ、外で育ったフェイトのことが、ウーノには分からなかった。

 フェイトは言う。少しだけ、いつもより真面目な口調で。伏せ目がちな翡翠の瞳を静かに和らげて。

 

「でもさ。僕と同い年の奴が、僕の前に現れた時――そいつは僕に言ったんだよ。“自分で決めたことを突き進むだけの覚悟があるのか?”って。最初は、そいつが言ったことがどういうことなのか、全然分からなかった。――当然だよな。だって、僕はそれまでそいつみたいに覚悟なんて決めたこと無かったんだから。ただの大学生として生きて来た僕は、わけのわからないことに巻き込まれて、気が付いたら戦場に立ってた」

 

「…………」

 

 やはり、とウーノは思う。フェイトも他の戦闘機人達と同じように、人の欲の中に投げ込まれたのだ。“外”に安穏など存在しない。普通の人間ならばともかく、兵器として生み出された自分達には。

 この認識は誤りでないと、彼女は確認する。

 だが、フェイトは穏やかな表情のまま、言った。

 

「そいつにもいろいろと言いたいことはあるんだけど――。一つだけ感謝してることは、甘ったれた僕を叩き直してくれたことかな。正直、あいつの理不尽な訓練のおかげで、他の理不尽には、それなりに耐性がついたと思うし」

 

 フェイトはそこで視線をウーノに向けた。

 ウーノは目を見開く。彼が言っている“そいつ”が外の存在――普通の人間であろう事は予測がついた。連邦は、ミッドチルダほど、生体兵器を大っぴらに作れる環境では無いと聞いている。

 いくら“外”で育ったからとはいえ、“外”の人間の話を素直に聞いて、その者の下で訓練を受け――決めた道を突き進んだ結果が、今のフェイトなのだという。

 生体兵器でありながら、外の人間に支配されず、自由に振舞う――そんなことが彼の意志によって実現されたのだという。

 彼の言葉に、ウーノは胸が熱くなるのを感じた。

 

「それにさ、父さんも避けられなかったみたいなんだよ……。父さんは父さんなりに、悩んでて。それを今更、僕が責められるわけないじゃないか。だって、どんな父親だって僕にとっては父さんなんだから。――こんなんで答えになるかい?」

 

 フェイトはそこで、ぽりぽりと頬を掻きながら、窺うようにウーノを見た。翡翠の瞳を、二、三、不安そうに瞬かせる。

 彼は首を傾げて――言った。

 

「あれ? 僕、そんなにトンチンカンなこと言った?」

 

「い、いえ……」

 

 ウーノは首を振って、フェイトから視線をそらす。頬に手をやると、はっきりと分かるくらいに顔が熱を持っていた。

 

(外の世界との、共存……)

 

 一度はスカリエッティが模索した――過去の夢。

 ウーノの中で“何を考えているのか、よく分からない青年”が、実は尊敬すべき存在だったと知って、彼女の頬が不覚にも緩んでしまったらしい。

 いつも通り、ウーノは神妙な顔を作ろうと頬を引き締めるが――、熱くなった頬は、なかなか冷えなかった。

 フェイトが穏やかに笑う。ウーノは心臓が跳ねるのを感じながら、遠慮がちにフェイトを見返した。

 そんな――他に第三者がいれば、“良い雰囲気”と定義づけられそうな空気の中で。

 

「ふごぉっ!?」

 

 フェイトが突如、奇声を上げた。不覚にも前につんのめり、直後、喉元をパンパンと二度叩く。

 絞まる首、狭まる視界。彼が後ろを振り返ると――巨大な球体機械兵、ガジェットⅢ型の、ベルトコンベアのような腕が、フェイトの首根っこを無造作に掴んでいた。――正確には、巻き付いていた、と言うべきか。

 

「見つけた」

 

 Ⅲ型の隣にいる栗色の長い髪を、肩で一つにまとめた少女――ディエチは、捕獲されたフェイトを見るなり、こくりと頷いた。

 

 ぱんぱんっ! ぱんぱんっ!

 

「あ、ディエチちゃん!? ちょっ! 首はまずいかな、首は……!」

 

 そう訴えながら、フェイトはⅢ型ガジェットの腕を叩いてみる。――だが、相変わらず無視された。

 踵を返すディエチの背中を追って、Ⅲ型もぐるりと方向を変える。

 と、

 

「フェイトさん」

 

 思わぬ人物から声をかけられて、フェイトは首を巡らせた。Ⅲ型がこの上なく邪魔だが――、フェイトを呼び止めた声の主、ウーノがそこに佇んでいるのが見える。

 

「ほぇ?」

 

 フェイトは首を傾げた。実務的なこと以外は興味を示さないのが、ウーノだ。その彼女が淡く微笑んで、琥珀の瞳を穏やかに細めている。

 

「……ありがとう」

 

 そうつぶやいたウーノの優しい表情に、ディエチはきょとんと瞬いた。思わず足を止めたが、ディエチが何か言う前に、ウーノはさっさとモニターを片づけて、作業室の椅子から立つや別の部屋に引っ込んで行く。

 ディエチはその背を見送って――、Ⅲ型に捕らわれているフェイトを見下した。

 

「ドクター以外で、ウーノ姉があんな顔をしたのは初めて見た。――フェイト、何をしたの?」

 

「さあ?」

 

 フェイトも不思議そうに首を傾げている。が、カッと目を見開いた彼は、パンパンとⅢ型の腕を叩いた。

 

「っていうか、早く離して欲しいな! ディエチちゃん!」

 

「うん。キュー」

 

 ディエチがⅢ型ガジェットに向かって言うと、Ⅲ型ガジェット――ディエチにはキューと呼ばれているそれは返事をするようにレーザー口にもなっている、金色のレンズをチカチカと明滅させた。

 だが、腕は一向に弱まらない。

 フェイトは、カカッと目を見開いた。

 

「ていうか、早く離せよ! コイツ!! 離せよ!!」

 

 彼の主張は――残念ながら、部屋に着くまで通らなかったという。

 

 

 ………………

 …………

 

 

 作業室を出て、ウーノが廊下を歩いていると、壁に背をもたれさせたトーレが、腕を組んで待っていた。ウーノよりも深い紫色の髪をショートカットにした凛々しい女性は、ナンバーズの実働部隊長でもある。

 

「話を聞いていたようね」

 

 ウーノが視線を上げて問うと、トーレは切れ長の目を細めて、静かに頷いた。そして、口を開く。

 

「正直、驚いたよ。ただの子どもだと思っていたのだが」

 

 トーレが言葉を切り、琥珀の瞳を作業室に向けた。先程までウーノがフェイトと話していた――その部屋を示すように。

 トーレは神妙な面持ちで視線をウーノに戻すと、言った。

 

「子どもだったからこそ――受け入れられたのかもしれない。そう甘く見ていた。だが――……ウーノ、お前はどう見る?」

 

「彼ならば――彼ならば、私達の想いを分かってくれる……。そう、確信したわ」

 

「……そうか。私とはまったく逆の意見だな」

 

「トーレ?」

 

「私は、彼がドクターの障害となると――、私達の前にいずれ立ちはだかるだろうと思う。そう遠くない未来で」

 

 トーレが壁から背を離すと、寂しそうに笑った。

 ウーノもそれに、寂しげな笑みを返す。助けた戦闘機人と敵対するのは――何も一度や二度ではない。

 

「貴方の予測通りの未来が来ないことを――今は祈るだけね」

 

「私だって、妹達に気に入られている彼と、剣を交えたくはない」

 

「……そうね」

 

 ウーノは頷いて、視線を遠い彼方へとやった。

 

 

 

 その日の夕食。

 フェイトはナイフとフォークを握りながら、不思議そうに首を傾げた。

 

「どうした、スバル。今日は食べないな?」

 

 そう話しかけてみるものの、スバルはスプーンを握りしめたまま、ぼんやりとコーンスープを見下すだけだ。

 フェイトがパチパチと瞬いて、つぶやいた。

 

「……あれ? せっかくフードファイター・フェイト! にモデルチェンジしたのに、コイツ喰わないぞ?」

 

 少し煽ってみたが、やはりスバルはぼんやりとしたまま、スープに口を付けるだけである。いつもはまっさきに齧りつく肉類を素通りし、あまつさえ米にも手を付けない。

 

「?」

 

 夕食を用意したセインも、肩まで流れる水色の髪を揺らして、首を傾げた。

 フェイトとセインは互いに似たような表情で、互いを見合うと、何故だか元気のないスバルを、不思議そうに見やった――。

 

 

 

 そんなスバルが、自分の悩みを吐露して来たのは、食事と風呂が済んだ――夜のことだった。

 宛がわれた個室の窓を開け、ベランダに続くサッシの上で三角座りをした彼女は、視線を自分の両ひざに落としながら、つぶやいた。

 

「……フェイトさん。ちょっと聞いてもらってもいいですか?」

 

「よし! ズバッと言ってみろ!」

 

 フェイトはフェイトで、隣にある自分の部屋のベランダの手すりにもたれながら、スバルを振り返る。

 スバルはそれを視界の端に納めて、小さく――力なく笑った。

 

「ありがとうございます」

 

「スルー? 華麗にスルーだと!? “ズバッとってなんだよ!”とか言ってみろよ!」

 

「実は……」

 

「ここもスルーか!」

 

 カカッと目を見開くフェイトには構わず、スバルは中庭で会ったスカリエッティの話をしてみる。

 

 テロリストとして指名手配されているスカリエッティだが、管理局に牙を剥くのは、何やら理由がありそうなこと。

 そして、正しくなければならない管理局側に、何らかの落ち度があるということ。

 真っ当なやり方では、スカリエッティの言葉は聞き入れられない――ということ。

 

 スカリエッティと会話した事を話すと、フェイトは両腕を組んで感心したように頷いた。

 

「ふぅ~ん。なんだ、ジェイとそこまで会話したのか。僕はまだなんだけど」

 

「分からなくなったんです……。ジェイル・スカリエッティは広域次元犯罪者。人々の平和を乱す、犯罪者のハズなんです。私にレリックを入れようとした彼は、間違いなく犯罪者でした……。でも、今日話した彼は――。それに、ナンバーズって呼ばれてるあの子達だって……何も変わらないっ! 私達とどこが違うって言うんですか!? 血も涙もないハズの、広域次元犯罪者のハズなのに、どうして――!」

 

「そんなの当たり前じゃないか、スバル」

 

「え?」

 

 スバルは膝から視線を上げた。フェイトを見る。

 多くの恒星が近いこのミッドチルダでは、夜になると月のように大きな星が、いくつも浮かび上がる。それでも明るさは月に比べれば弱く、それらは淡い青色を地面に落とすだけだった。

 星々の輝きを受けたフェイトの稜線が、白く浮かび上がる。

 彼は、言った。

 

「世の中ってさ。こいつは善で、こいつは悪。って割り切れるもんじゃないだろ? まだまだ人生経験が甘いな、スバル☆」

 

「割り切れる……もんじゃない?」

 

「そ。正しいか間違ってるか、なんてのはさ。十人十色って言うだろ? 人それぞれなんだよ、考え方なんて。見る方向が違ったら、見え方も変わって来るってことさ」

 

「でも……でも! 管理局は正しいハズで――」

 

 正しくなければならないハズで――

 その言葉を、スバルは咄嗟に飲み込んだ。フェイトがわずかに視線を下げる。スバルの気持ちを汲んだように、彼は少しだけ――落ち着いた口調(トーン)で答えた。

 

「……うん、そうだね。正しくなくちゃいけないんだよね……、管理局は。――でもさ。この世に絶対的に正しいものなんて、ないんだよ」

 

「な……! フェイト……さん?」

 

 スバルの中の胸のざわめきが大きくなる。

 ならば自分はどうすれば――その想いを押しこんで、スバルはフェイトの言葉を待つ。

 フェイトは静かに、夜空から視線をスバルに向けて、言った。

 

「どんな奴にだって、持論はあるんだ。正論ってのは色んな人の分だけ、生きている人の分だけある。――そんでもってさ。組織って一枚岩じゃないだろ?」

 

「スカリエッティも言っていました。組織は一枚岩じゃない……。でも、それで済まされることと、済まないことがあるんだって。あの口ぶりだと……あの口ぶりだとまるで、管理局は……!」

 

「スバル、覚えとくといい。絶対的な正義がないのに、人々に押し付けようとすることがどういうことなのか……。正しい人間なんて到底いないんだ」

 

「でも、それじゃあ……! 私達を何を目指せばいいんですか!? 私達は魔導師なのに……! 管理局員が管理局を信じられなかったら、私は……――何を!? なのはさん達を、疑えってことなんですか!?」

 

「誰も疑えなんて言ってないだろ。……それにさ。皆が一つの方向を向かなきゃ、大きい力が出ないのは本当だしね」

 

「……」

 

 スバルはうつむく。

 管理局が――正しい組織とは限らない。

 フェイトはそう言う。それを分かった上で、いつも自分達に普通に――気さくに接していた。

 本当は――広域次元犯罪者と変わらないのかもしれないのに。

 

「フェイトさんは……、強いですね」

 

「何言ってんだよ、スバル! 僕がお前ぐらいの年だったら、今頃能天気にバスケやってるだけだよ?」

 

 ぽつりとつぶやいたスバルの言葉に、フェイトはカラカラと笑って返してきた。スバルは顔を上げる。

 

「え?」

 

「ポイントガード・フェイト! それが、僕の二つ名だった……。左手はそえるだけ!」

 

「……ホントなんですか?」

 

「うむ! 僕ぐらいの身長でも、ゴール下は任せられなかったんだよ。クッ! リバウンドが出来ねえ! あの時――あの時、バニ神の加護を得しシューズさえあれば……!!」

 

 そう言って、ぐぬぬ、と唸りながら拳を握るフェイトは、どこまでもいつも通りのフェイトで――

 自分が悩んでいるのが馬鹿らしく思えて来るほどに、軽くて、軽い。

 スバルは思わず、笑いだした。

 

「でも、ホントにフェイトさんが……?」

 

 そう問うと、フェイトは拳を握るのを止めて、小さく苦笑した。決まりが悪そうに青い髪を掻いている。

 

「正直言えばさ。二年くらい前の僕だったら、スバルには手も足も出ないよ。――そもそも、人間的にダメだしね、あの頃は。だってさ? 自分の親があまりにも凄過ぎるって言って自暴自棄なんだよ? 世話焼きの幼馴染が呆れるくらい、毎日ゲームばっかりやってね」

 

 フェイトは肩を揺らすと、再び視線を空に向ける。

 懐かしむように――宇宙を見上げるように。

 

「いきなり戦いの中に放り込まれた時は、右も左も分からなくて、怯えて、震えて、逃げ惑って――助けられてたくせにさ。それに気付くことも出来なくて、ただ喚き散らしてるだけだった……。その時の僕に比べたら、スバル。――君は凄いよ」

 

「…………」

 

 フェイトにそう言われて、スバルは思わず顔を俯けた。

 そんな事を言われても、実感が伴わない。胸のざわめきは少しも晴れはしない。

 憂鬱な彼女の表情を見てとったのか、フェイトは穏やかに笑って言った。

 

「自信持てよ」

 

「でも、信じられません……。フェイトさんがそんなだった……なんて言われても」

 

「スバル。最初からカッコいい奴なんていないんだよ。色んな目に遭ってさ、打ちのめされたり、ボコボコにされたり――。そうやって、自分は無力なんだって思い知らされて。それでも、前を向いてた奴だけが、強くなったりカッコ良くなったりするんだ」

 

「フェイト……さん?」

 

 スバルは顔を上げる。翡翠の瞳はいつものようにおどけた調子では無い。

 アウグと言う人形からスバルを助けてくれた時のように――知性に満ちた、凛とした眼差しだった。

 スバルは自分の胸の鼓動が、跳ねるのを感じる。顔が赤くなる前に、フェイトから視線をそらした。フェイトはベランダの手すりに手をついて、言う。

 

「僕は、自分がカッコいいだなんて言わないよ。僕だって、相当思ったからね。皆に守られてさ、ガキみたいに喚くだけで――。分からなくて、悔しくて、わけわかんなくて――。それでも周りは待っちゃくれないんだ。戦いに慣れろって、人を殺せって。――そんな時だ。僕の前に、アイツが現れた」

 

「アイツ……?」

 

 問うと、フェイトは深い溜息の後、どこか嬉しそうに笑った。

 

「悪魔みたいな奴でさ。丘を斬るような化物刀を振り回しては、僕をとことんまで鍛え上げるとか言って、――加減抜きだぜ? 最強の精鋭部隊とか言うのに入ってる軍人のくせにさ、僕を殺す気満々なんだよ。そいつのシゴキに比べたら、なのはさんの教導が生ぬるく見えるくらいなんだ」

 

「そんなに?」

 

「ああ。素人の僕をとことんまで追い込んで、気絶する寸前で回復魔法をかけてくるから、オチオチ倒れてもいられない。体力より先に心が折れるっつーの」

 

「そんな……そんな滅茶苦茶な訓練に、どうしてついて行けたんですか?」

 

 スバルが目を丸めて問うと、フェイトは頬を掻いて、笑った。

 

「そいつは僕に言ったんだ。“幼馴染に会いたいのなら、人を殺すな”って。綺麗なままで居ろ。その為に強くあれってね。誰かを殺さなくても生き残れるくらい強くなって――、その信念を貫き通せるだけの強さを持てってアイツは言った」

 

 フェイトは手摺を握りしめる。

 もうここには居ない誰かを――思っているようにも見える所作だった。

 

「僕が貫こうとする信念は、アイツと剣を交える事より遥かに難しい――ってね。……そうだよ、スバル。信念を貫くって、難しいんだ。でもだからって、そこで逃げちゃいけないんだ。何もかも、難しいことを他人に任せて、自分はただ批判するなんてそんな無責任なこと――例え目の前で誰かがやったとしても、僕はやらなかった。そのために僕は強くなりたかった。父さんや――ソフィアを迎えに行くために」

 

「フェイト、さん……」

 

 スバルは拳を握りしめて、ゆっくりと立ち上がる。するとフェイトの長い腕が伸びてきて、ポン、とスバルの頭を撫でた。

 

「焦るなよ、スバル。――悩めばいいさ。ただ答えを見出した後は――、誰よりも駆け抜けろよ。お前には、それが出来る最高の相棒がいるじゃないか」

 

「……はいっ!」

 

「うん。良い返事だ」

 

 そう言って、フェイトはにんまりと笑う。

 スバルの胸のざわめきも、少しだけ落ち着いたような気がした。

 

 ぐきゅる~っ

 

「ん?」

 

 突然聞こえて来た緊張感のない音に、フェイトは首を傾げる。するとスバルは顔を真っ赤にして、自分の白いお腹に触れた。

 

「な、なんだか……急にお腹が……」

 

「ハハッ! いいだろう! “フードファイター・フェイト!”が相手になろう!」

 

「なっ……!?」

 

「セインちゃ~ん! セインちゃ~ん!? もう一回、ご飯作ってくれるかなぁ~!!?」

 

 そう言いながら、フェイトは早速部屋に引っ込んで行って、大声で叫ぶ。相変わらず、数秒もするといつも通りのフェイトだ。

 底抜けに明るくて、心地よいくらいに軽い。

 スバルはフェイトの部屋の見つめて、頬を赤くしながら

 

「……ありがとう、フェイトさん」

 

 小さくつぶやいた。

 紺碧の空に散った星々が、明るくスバルを照らしていた――……。

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