連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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23.起点。

「首都公園の時計台ですか?」

 ティアナはクロスミラージュを磨く手を止めて、ヴァイスを振り仰いだ。

 ヴァイスは管理局の先輩だ。二十前後の青年で、焦茶色の前髪を右に寄せ、すらりとした長身にカーキ色の作業服をスマートに着こなす。派手な人物ではないが、身なりには清潔感とさりげないこだわりを感じられ、多くの人間は第一印象で彼に好感を抱く。

 ヴァイスはティアナの質問に小さく頷くと、黒いジャケットに通した両腕を組んで、人差指を立てた。

「そ。さっき、アルフの旦那からそこに来るよう伝言を預かったんだよ。お前、前にツーリングやるって言ってただろ? 俺のでよけりゃ貸してやるからさ、部屋でだらだらしてないで行ってこいよ」

「だらだらって」

 久しぶりの休日。空いた時間を利用して、ティアナはメカニックデザイナーのシャリオにデバイスをメンテナンスしてもらおうと思ったのだ。メカニックはいつでもデバイスを診る時にその直前の状態を診ると言う。持主がデバイスを大切に扱っているかどうかを判断するためだ。ゆえにティアナも、ティアナなりにクロスミラージュを大切にしている所を精一杯見せようと、久方ぶりにクロスミラージュを磨いていたところだった。

 それが年頃の少女が休暇を過ごすにはあまりに殺風景な、データルームの片隅だったとはいえ、彼女は先輩局員の物言いにムッと唇を引き結んだ。

「休日をどう使おうと、私の自由じゃないですか」

 クリーニング用の布を机の上に置き、その上にクロスミラージュを横たえながら、ティアナはヴァイスを振り返る。

 ヴァイスは、とんと壁から背中を離すと肩をすくめた。

「そういう文句は、旦那に直接言いな。俺は伝言を預かっただけだぜ?」

 ティアナは要を得ない表情で眉間にしわを刻んだ。

 ちなみに、どうでもいい情報として教えてもらったことだが、

 

 ヴァイスとアルフは、メル友関係であるらしい。

 

 

 ◆

 

 

 管理局地上本部。

 首都クラナガンの象徴として聳え立つ高層ビルには、誰も近寄らない最上階がある。

 陽を遮るものは、もはや雲以外存在しないその場所は、しかし、最も空に近い場所にありながらも薄暗闇に覆われていた。

 蒼い間接照明が巨大なパイプを通した最上階を、浮かび上がらせる。

 そこは天井が高く、重力制御装置によっていくつかの床が、まるで空飛ぶ孤島のように部屋の中で浮遊している。

 薄暗闇の静寂の中、こぽ、と水泡が立つ音が響いた。

 浮遊する床のうち、三つは、天井に繋がる柱である。それは、柱に見せかけた培養カプセルだった。

 巨大カプセルにおさまった人間の脳みそが、まるで呼吸するかのように、こぽこぽと黄色い液の中で泡をつくっている。

 細長いケーブルに繋がれた脳は、部屋の中央と左右、三か所の柱の中に、それぞれ一つずつ入っている。

 

 これが、管理局のすべてを統括する『最高評議会』であった。

 

 旧暦の時代にバラバラだった世界を平定し、管理局を生み出した人物達の成れの果て。

 彼らは肉体を失った今でも妄執のように権力の座にしがみつき、脳だけとなってこの管理局の最上階に鎮座している。

 この場所は、本来なら管理局地上本部の最高権力者、レジアス・ゲイズをもってしても踏み入れることの出来ない絶対領域だった。

 最高評議会からしてみれば、レジアスなどミッドチルダを平定するための道具にしか過ぎない。同じ場所で対面するなどおこがましいのである。

 だというのに――

 三つの脳は、薄暗いこの部屋を訪れた不心得者を視る(・・)や、こぽこぽと水泡を作った。

 不心得者は言う。ウェーブがかった長い前髪に隠れる朱唇を、わずかに歪ませて。

「――ほう、これはこれは。コレが管理局の評議会の方々とは、驚きだ」

 低く渋い声だった。

 男は、三つの脳――否、最高評議会のメンバーを前に、乾いた笑い声を洩らした。

 すると黄色い培養液の中から、右の脳――最高評議会議員が念話で語りかける。

「貴様……。管理局員ではないな」

「どこから入ったのだ!?」

 詰問したのは左の脳だった。左は、評議会で書記を務めていた男の脳だ。

 中央の脳が、左右の脳に向けて念話で押し止めた。

「――待て。どうやら彼は、私が招いた客人のようだ」

 中央の脳――最高評議会議長が、培養液を淡く明滅させる。

 脳だけのおぞましい姿となっても、彼はいまだ魔力を擁しているようで、培養液の明滅と同時に薄い魔力の壁が、中央の脳が入っている柱に宿った。

 男――ラグナ・ハートネットはそれを見ながら酷く満足そうに笑う。

 恭しく頭を下げた。

「ご明察痛み入ります。私の名はラグナ・ハートレット。我が主より、評議会の皆さまのお力となるよう申しつけられ、馳せ参じました。ご無礼のほど、平にご容赦ください」

 ラグナは流暢にそう言って顔を上げる。年齢は三十代半ば。引き締まった体躯と長身をしており、年齢よりもハリのある肌をしている。

 彼は黒いスーツに黒のシャツ、赤のネクタイを締めた出で立ちで、緩いウェーブを描く髪を赤い紐で縛っている。

 だが、どことなく野暮ったい。

 顔立ちはそれなりに整っているが、身なりを気にしない男である。スーツは一分の隙もなくきちんと着こなしているが、彼の顎にはぶつぶつと無精髭が散っていた。

 長い前髪も、爽やかさよりもラグナの持つ妖しさを演出するのに一役買ってしまっている。

 だが、そんな外見は、この評議会の前では意味をなさなかった。

 中央の脳――評議会議長は、ラグナが口にした『主』という言葉に満足すると、水泡を散らして一拍置いてから、念話を再開した。

「では、具体的な話をしようか。ラグナ君」

「建設的なご意見をお伺いしたいものです」

「――まったくだ」

 脳だけになった評議会議長に、表情は無い。

 それでも、ぶくぶくと湧き上がる水泡は、まるで彼が含み笑ったかのような印象を、ラグナに与えた。

 

 

 ◇

 

 

 やはりおかしい。

 ティアナは首都公園の時計台の下で、一人ごちた。

 結局、あれから呼び出された真意をアルフに聞こうと思ったのだが、ティアナは連絡先を知らず、向こうも知らなかったことを思いだして仕方なく時計台までやってきた。

 ヴァイスに借りたバイクは、近くの駐車場に停めている。

 ティアナは久しぶりの休暇で、仮にも街に出るとあって、赤いミニスカートに、裾が長い白の長袖シャツを、スカートと同色の赤い革ベルトで引き締めた。

 いつもスバルと街に出る時にティアナが選ぶ、お気に入りの私服だ。

 ティアナは時計台の傍にあるベンチに腰掛けて、道行く人を見ながらつぶやいた。

(まあ、確かに。今日は絶好のツーリング日和で、久しぶりにバイクを走らせるのは楽しかったけど)

 ここに来る途中にある、湾岸沿いの街を見下ろせる峠は、雑誌にも掲載されるほどの人気スポットである。

 ティアナは美しい景色を思いだして、自然と微笑んだ。

 今日はとかく天気がいい。

 だから、だろう。

 ティアナは目を丸くして、顔を上げた。だらしなく曲げていた背筋も、いつの間にかピンと伸ばしている。

 明るい陽射しが街の白い壁や道、人を照らす中で、銀色の髪の青年が、誰よりも異彩を放っているように見えた。

 まるで、晴れた日に降る雪のようだ、とティアナは思った。光沢のある銀髪に、陶器のように滑らかな白い肌、切れ長の目におさまった紅い瞳が、ティアナを見つけるや、やや鋭さを消す。

 彼はいつも通りの黒のスーツではなく、白シャツに藍のジーンズ、黒のジャケットと言う、街の若者がよく着る服装をしていた。

 ただし、

 着ている服は平凡なのに、背が高く、手足の長い彼には、まるで一流デザイナーにコーディネートされたかのような決まりの良さがある。

「ぁ……」

 ティアナは思わず声を洩らしていた。

 通行人も、思わず視線をアルフに送っている。

 街中にある彼はそんな他人の視線など歯牙にもかけず、ぽかんと口を開けているティアナを見て、言った。

「悪い。待たせたな」

「……」

 存外、普通の科白だ。

 ただしこの時ティアナは、映画のワンシーンが画面(スクリーン)から飛び出したらこんな感じだろうな、と暢気に考えていた。

 平たく言えば、自分に話しかけられたと一瞬気づかなかったのだ。

 ティアナはハッとしてベンチから立ち上がる。

「あ、いえっ! それで、私にどんな御用が――?」

「仕事じゃない」

「……え?」

 反射的に敬礼を取ったティアナは、不思議そうに瞬いた。

 アルフが隣に立ち、市街を指差す。

「実はまだ、クラナガンには知らない場所が多くてね。アンタが詳しいって聞いたから、案内してもらおうかと思って。――休暇、潰して悪いな」

「い、いえ、大丈夫です」

 答えながら、ティアナはそれで私服で来いと言ったのかと納得していた。

「でも、案内と言っても……」

 眉を下げるティアナの頭を、アルフが、ぽん、と叩く。

「だから、仕事じゃねえって。この辺の娯楽施設やら、食物やら教わろうと思ってね」

「はぁ……」

 ティアナは曖昧に頷きながら、アルフに背中を押され歩き始めた。

 

 

 ぎこちない空気だったのは、最初だけだ。

「ここ! ここのアイス、おいしいんですよ!」

 ティアナは満面の笑みでアルフを振り返る。彼女の明るいオレンジ色のツインテールが弾んだ。

 始めは二人並ぶとティアナが子どもに見えて、暗澹たる気持ちだったのだが、アルフは案内しろと言った割に、自分で目的地を決めて店に入ったり、怪しげな露店で謎のアイテムを購入してティアナを笑わせたりと、意外にも気さくな一面を見せてくれた。

(剣を持ってない時は、接しやすいんだ)

 そうティアナが落ち着いて思った時には、いつしかティアナの方が自然な笑みを浮かべて、アルフの手を引くようになっていた。

 アルフは清潔感溢れる店内に引っ張り込まれると、ガラスケース越しに種々あるアイスを見下した。

 色とりどりだ。

 整然と並んだ丸バケツの傍に、それぞれのアイスの商品名が置いてあるが、何が何やらアルフにはさっぱりわからない。

 彼は眉を寄せた。

「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」

 ガラスケースの向こう側に立った店員が、愛想よく問う。恐らくバイトだろう。十六、七の店員は、若いが手慣れた様子で佇んでいた。

 ティアナはガラスケースを見下して、唸りながら人差指を顎に当てた。

「ヘーゼルナッツチョコレートとバニラ、お願いします」

「かしこまりました」

 流れるような一礼をして、店員がさっそくアイスクリームディッシャーを片手に、アイスの入った丸バケツに向かって行く。

 アルフはこう言う時、決まって使う一番無難な手段に出た。

「――それを二つ」

 店員が笑顔のまま了承して、コーンにアイスをのせている。

 ティアナは不思議そうにアルフを見た。

「あれ? クインティプルにしないんですか?」

「なにそれ?」

「このお店でしかやっていない、特別サービスです。スバルがそれをもう、すごく気に入っちゃってて。アイスがお好きなら、きっと喜ばれると思いますよ」

「へえ」

 旨いのか、と頷きながら、その『クインティプル』とやらを頼んでみることにした。

 が。

 

「……謀ったな、お前……」

 

 アルフはわずかに(うつむ)くや、五つアイス玉がのった代物を見据えて低くつぶやいた。

 ティアナが慌てて言う。

「す、すみませんっ! 甘いものが苦手だと気づかなくてっ」

「……まあ、俺も言ってなかったから」

 そう返しながら、彼は額の辺りをトントンと叩く。

 

 まさかこれほど冷たくて、甘いものが『アイス』なるものであったとは。

 

 初めて食べた感想を胸の裡にしまいこんで、アルフは五つのったアイスを見おろした。

「これ、アルベル向けじゃね?」

「え?」

「いや、なんでもない」

 思わず昔の知り合いの名前を口走ってしまったアルフは、口許に手を当てて首を左右に振った。

 なかなかの『凶敵』であるが、このアイスとやら――食すことにする。

 が、甘い。

 圧倒的に甘い。

 中にはペパーミント系の爽やかな味のものもあったが、食べている間に味覚がなくなったのか、よく分からなかった。

 小さい頃から彼の身近にあるものはアイスなど菓子類ではなく、酒とたばこと麻薬だったのだ。

 アトロシャス家の養子になってからは、人並、もしくはそれ以上の生活を手に入れたものの、彼は嗜好品に興味を示さなかった。

 一口に言ってしまえば、菓子などの甘さは『慣れない味』なのだ。彼にとって。

 その後、アイスをもさもさと食べるアルフを見て、ティアナが楽しそうに笑っていたので、すべて食べ終えた後、彼はティアナの頬を思いきり捻ってやった。

 その折、

 

「ご、ごめんなふぁぃ~~!」

 

 言いながら、涙目に謝ってくるティアナの表情(カオ)が、アルフの妹のような少女と似ていて親近感がわいた、などと彼は間違っても口にしない。

 

 

 ◇

 

 

「これは……! アトロシャス殿!」

 アイスクリームを食べた後、二人は管理局地上本部近くにある都市公園で足を止めた。

 都市公園はクラナガンに摩天楼を築く前から存在する森を保護する目的で造られたもので、周辺ビルで働き暮らす人々のオアシスとなっており、映画やテレビの舞台としても有名である。

 森に向かう小径(こみち)の入口に大理石をあしらった噴水があり、それより右手側の広間に地上本部のシルエットを背にした石碑が置いてある。

 石碑はそれほど大きいものではないが、殉職した管理局員のための慰霊碑だ。この周りには年中、色とりどりの花々を飾っている。

 アルフが声をかけられたのは、その石碑の前に立つ男に向かって挨拶代りの一礼を施したからであった。

 ティアナが目を剥いている。

 それに気づかずアルフに声をかけた、よく肥えた壮年の男――レジアス・ゲイズは硬い口調で言った。

「このクラナガンに来ておいででしたか……」

「ええ。ですが――少々、無粋なところでしたね」

 アルフは言って、石碑に視線を向ける。

 途端、レジアスは表情を和らげた。

「そちらは、デートですかな?」

「そんなところです」

 こともなく頷かれて、ティアナは顔が火を噴くほど赤くなるのを感じた。

 レジアスが笑う。

「ハハッ、若々しくてよろしい限りです。――しかし、火遊びはほどほどに願いますよ」

「ええ、もちろん。それで、レジアスさんの方は……」

 ティアナのいる手前、『中将』というのは遠慮した。その意を汲みとったレジアスが、こぶりな目を和らげながら答える。

「恥ずかしながら、私は一人者です。そちらのお嬢さんにも紹介させていただきますと、これでも管理局員をやっておりましてね」

 気さくにこちらを振り返って言うレジアスに、ティアナは内心で大きく頷いていた。

 当然だ。

 相手は、管理局地上部隊のトップ、レジアス・ゲイズその人なのだから。

 それでも場の雰囲気が、ティアナが管理局員であることを語らせないものであったために、彼女は居心地悪く口を閉ざして、相槌を打つしかなかった。

 レジアスは言う。石碑を見上げ、両手を背中で繋いで。

 

「私はずっと、ミッドチルダ地上の平和を守るために、今日まで生きてきました。そのおかげで護れた者も、護れなかった者もいる……。平和のために、泥をかぶってしまった者も。

 ミッドチルダでは管理局は絶大な力の象徴です。それ故に、やっかみも多い。それで不遇の最期を遂げさせてしまった局員もいる。

 それでも、私は地上のトップです。

 ですが、この石碑の前では、どのような立場であろうと一管理局に過ぎない。

 この慰霊碑には、私の最期を看取ってもらいたいと、そう思っているのです……」

 

 彼は言ったきり、神妙に押し黙って目を閉じた。

 黙祷している、とティアナが気づいたのは、きっかり十秒後だった。

 そのとき、

「中将! 大変です! 陸士107部隊が……!」

 ライトブラウンの髪をショートにした妙齢の女性が、レジアスに駆け寄ってきた。

 彼女は一度、切れ長の目をこちらに向けたが構わずレジアスに現状報告をする。耳打ちされたレジアスは、心底驚いたように目を瞠った。

「何!? ――早まった真似を!」

 舌打ちと同時にレジアスも女性の後を追って駆けだす。その直前、こちらに一礼してきたが、彼の表情に余裕はなかった。

 

「どうしたんでしょう、アルフさん?」

「さあね」

 

 アルフはそう言いながらも、茫洋とした紅い瞳にわずかな狂気を滲ませて、地上本部に駆けていったレジアスを見送っていた。

 首都クラナガン、この地の休日の一般市民の行動範囲は今日で把握できた。

 

(犯罪率の高い星だと聞いていたが、軍と民間の区画は完全別れてるらしい。いざってとき邪魔がないのはいいことだ)

 

 

 

 ◆

 

 

「すぐに回線をまわせ! 止めるんだ!」

 レジアスは通信機に向かって叫んだ。

 こつこつと靴音が後ろから近づいてくる。レジアスが振り返ると、そこには赤い髪を無造作に一つに縛ったスーツ姿の男が立っていた。

「どちらへ行かれるのですか? 中将」

 レジアスは舌打った。

「決まっている、107部隊を呼び戻すのだ! 今の彼等に、そのような力はない!」

「彼等は汚名返上に行くのです」

「汚名返上だと?」

 レジアスの言葉を遮るように、男は無精髭の散った口許を歪める。

 男の名は、――ラグナ・ハートレットといった。三十半ばの客人は、相変わらずのダークスーツに身を包んで両手をポケットに入れている。

 レジアスは失笑した。

「馬鹿な! 陸士107部隊を一人で潰すような相手だぞ!? 今の彼等に敵うような相手では無い!」

「確かにその通りです。ですが、他の地上部隊もそれは同じではありませんか? 敵うとすれば機動六課ですが、いかが致しましょう?」

「馬鹿な!」

 機動六課は本局(うみ)の息がかかった部隊。

 このミッドチルダにおいて最強の実働部隊ではあるが、地上本部(りく)の総司令としては使いたくはない。

 レジアスが吐き捨てるように言うと、ラグナは満足そうに頷いた。

「そうでしょう? 中将は、傲慢な本局(うみ)の連中に貸しを作るわけにはいかない。ならば――」

「彼等を見殺しにするのか!?」

 ぎょっと目を見開くと、対峙するラグナは意外そうに肩をすくめた。

「見殺し? これはこれは。中将からそのようなお言葉が聞かれるとは思いませんでした」

「何!?」

「戦闘機人の事件をお忘れですか? 中将」

「……貴様」

 レジアスが息を呑む。

 管理局の事情にここまで詳しい外部の人間――というのは、一種不気味なものである。

 彼がどこから情報を得ているのか、それを裏で洗わせているものの、今だ明確な伝手ははっきりしていない。

 ラグナ・ハートレットはレジアスの陰の努力を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

「確か、あの事件に関わったのは、中将のご親友でしたね。彼等の不幸事は実に心が痛みます。その当時、陸士108部隊のゲンヤ・ナカジマ三佐も、さぞ辛い想いをなさったことでしょう」

「き、さ……ま!」

「中将。彼等は必死に戦おうとしているのですよ。自分たちに付けられた汚名を返上しようと」

 ラグナはスーツのポケットから手を出して、大仰に広げてみせた。長い足を前に出す。こつ、と鉄骨入りの革靴が音を立てた。

「たとえ叶わぬと分かっていても、後ろに続く管理局員達が、必ずやあの異形を討ちとってくれると信じて。そして私は彼らの決意を知ったのです。ならば彼らに、その死に場所を提供してやることこそが、我々にできる唯一の敬意の表しようではありませんか? 陸士107部隊の映像はほとんどが破壊され、私のアルスィ・オーブでも完全なる再現はできませんでした。

 ――しかし、今度は違う」

 ラグナはもったいぶるように間を置いた後、声音を落とし、言った。

 

「今度は完全なる異形の力を、彼らは我々に記録させてくれることでしょう。

 その彼らの覚悟、貴方におわかりか?

 その彼らの覚悟を貴方は無下にするのですか?

 管理局、管理局員のために命をかけようとする彼らを?」

 

 レジアスは床を見下して唸った。

 即答出来ない。

 ただ――ラグナの言わんとすることは分かる。

「…………それで、その異形は倒せるというのか? ラグナ……」

「確実に斃してみせましょう」

 ラグナは力強い声で答え、頷いた。

 レジアスはその回答に満足したのか、無言のまま踵を返す。傍に控えていた秘書官のオーリスが、慌てて声を荒げた。

「中将!」

 呼ぶが、レジアスは既に執務室に向けて歩き出している。その後を追おうとオーリスが足を速めると、ラグナ・ハートレットが悠然と彼女の前に立ちはだかった。

「!」

 オーリスの目に警戒が宿る。

 このラグナと言う男は、表情こそ笑っていても瞳だけは決して笑わない、凍てついた空気の持主だった。

 ラグナはしばらくの間、オーリスをジッと見下して、小さく笑うと道を開ける。

 オーリスは横目でラグナを警戒しながらも、レジアスの後を追った。

「よろしいのですか?」

 オーリスはレジアスの隣に立つと、問いかけた。いろいろな意味を言葉の中に込めたが、レジアスはこちらに視線すら寄越さず、前だけを見て、ああ、とうなずいた。

 

 

 ――レジアスが一瞬躊躇し、決断するまでの間を、ラグナ・ハートレットは誰にも邪魔させない。

 彼が行ったのは、ほんの数秒の足止めだ。

 だが。

 その間に、レジアスの意志決定はラグナの思い通りに差し向けられていた。

 

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