連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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24.共食い。

 アルフとティアナが、レジアスと別れた数分後に、ロングアーチから緊急通信が入った。

 

[本局より緊急通信です。一四〇八に廃棄都市にて、『アウグ』と思しき人物を発見。現在、陸士107部隊の残存勢力と交戦しているとのことです]

 

 廃棄都市は、アルフ達がいるクラナガンより北に三十キロ――ミッドチルダ北方区画にある。

 二人は慌てて現場に向かった。

 バイクの後部座席に乗ったティアナが、クロスミラージュで通信するも、107残存勢力から返事がこない。

 二人が辿りついた時には、瓦礫の街に一つだけ、細長い人影が立っているだけだった。

「お前が107部隊を……」

 人影に向けて言いかけ、アルフは噤んだ。

 人影がこちらを振り返る。――カーマイン達と同じ顔の男。笑っている。比較的、無表情な性格の者が多い『ゲヴェル』では珍しい、妖艶な笑みだ。

 なんの前情報もなければ、アルフはこの男こそが陸士107部隊を襲撃した相手だと確信しただろう。

 だが、対する男の金と銀の瞳(オッドアイ)には、毒を思わせる色気があった。白皙に浮かぶ唇は小振りで、黒の口紅(ルージュ)をすっと引いている。

 男の握る刀は、人間の返り血で濡れていた。

 

「お前も俺を、あの人形と同じだと言いたいのかい?」

 

 カーマインよりも高い声だった。

 男――否、異形はアルフに視線を向けると、「ほうっ」と感心したかのような声を上げる。

「へぇ……。少しはうまそうな奴がいるじゃないか」

 嬉しそうに目を細め、異形は血みどろの刀身を舐めとった。

 よく見れば肌の色もカーマインより青白く、病的だ。

 異形は言う。恍惚とした表情で、艶めかしいしな(・・)を作りながら、蛇のように油断ない視線を向けて。

「質より量かと思ってたけど、意外に質のある奴もいるんだねぇ」

「……なるほど、外れか」

 アルフはぽつりと零した。

「外れ?」

 異形が首を傾げる。その仕草すら優雅だ。

 アルフはさりげなくティアナを後ろに下げた。

「お前みたいなんじゃ、すぐ足がついちまうんだよ」

 言いながら、彼は一つ、確信を得た。

 この異形は、血を好む。

 残虐で冷酷な金と銀の瞳(オッドアイ)。この異形であれば、もっと多くの部隊を襲っていたはずだ。

 刀に返り血などついてなくとも、異形の表情が、仕草がすべて物語る。だが今日まで、陸士107部隊以外の管理局隊舎が襲われたという話は聞いていない。

 この異形が、今日まで血を見ず我慢できるわけがない。

 アルフは一連の調査から、陸士107部隊を襲撃した異形『アウグ』は、なんらかの作戦に則って行動していると見抜いていた。

「だが、お前もゲヴェルには違いないらしい」

 言いながら、アルフは切れ長の目を鋭く細めた。腰の刀――“無名”を抜き、音も無く構える。

 途端、

 彼の(うち)に納まっていた殺気が疾った。

「……お前なら、俺を満足させてくれそうだ」

 淡々とアルフが言う。

 異形の青年は愉快そうに笑った。

「いいね。アンタとの殺し合いはこの胸をときめかせてくれそうだよ!」

 禍々しい狂気を浮かべ――血を見ることを望む異形。

 凛とした狂気を発し――命を懸けることを厭わぬ人。

 

 似て非なる両者の邂逅は、血を見ずに収まることなど不可能と暗示していた。

 

 

 

 アルフは無名を青眼に構える。

 対する異形は、ほぼ素立ちで猫背気味にアルフを窺っている。

 両者とも、数刻、動かない。

 ティアナは胸のざわめきを抑えるように、拳を握った。

(ものすごい緊張感……! どっちが先に動くの?)

 いつもの彼女なら、クロスミラージュを抜いて加勢する。

 だが、この狂人と異形が放つ空気は、管理局員のそれとは本質的に違う。

 有体に言うならば、呼吸するのも憚られる状況。

 両雄の殺気が、ティアナの肌を突き刺すように触れる。

 息を詰める彼女には、分かっていた。

 今、音を立てれば、両者の睨み合いは終わり、必殺の斬撃が飛ぶ。

 そして――ティアナの右手側にいる青年、アルフ・アトロシャスは、初めは凡人のように振舞う男だ。己の狂気を決して相手に悟らせず、自分の意図を読ませない。

 その彼から仕掛けることは、恐らくほとんどないだろう。

 ならば――、ティアナは唇を引き結んだ。視線を左に向ける。

 管理局員を襲ったというこの異常なまでの美貌の持ち主が仕掛ける時こそ、すなわち勝負が動く時。

 両者はそのまま、じっと睨みあう。獣が岩陰に身を伏せ、獲物を狩る機会を窺うように。

(こんな緊張感、耐えられない……。私だったら、もう動いてしまってる……!)

 握った拳が震えた。

 一瞬の隙が、死を呼びこむ。

 これぞ――、真剣勝負。

 異形が言った。

「どうした? 誘っておいて仕掛けて来ないのか? それとも、このまま日が暮れるまで睨み合ってるかい?」

 アルフは答えず、わずかばかり口端をつりあげた。

 

 ドンっ!

 

 鋭い踏み込みと同時、アルフの痩身が空を切る。“無名”を脇に引き付けての突き――『疾風突き』。

 その暴力的な突進力に、風が悲鳴を上げるように鋭く鳴き、大気が白い煙を吐き出した。

(そんなっ!? 自分から動いた!)

「アルフさん!」

 予想を裏切るアルフの行動にティアナは違和感を覚え、叫んだ。

 同時、異形も動いている。

 交差した。両者が。

 白いきらめきがティアナの目をくらませ、瞼を開けた時には、背を向け合う二人があった。ともに、己の武器を振り抜いている。

 異形はいつの間にか、一振りの刀を握っていた。それを横薙ぎに振り切っている。

「……なるほど、予想よりずっといい。アンタとの殺し合いは、俺の胸をときめかせてくれそうだ」

 そう言う異形の袖口には、二、三センチの切れ目が入っていた。対するアルフは肩口。こちらも、異形と同じく薄い刃の跡が残っている。

 異形は体で刀を隠すように斜めに構えた。アルフは青眼。

「串刺しにする気だったが――、さすがは“ゲヴェル”ということか」

「へえ、さっきの奴らよりは事情も詳しいようだ。楽しみが増えたよ」

 誘うような異形に対し、アルフは口端をつり上げるだけだ。戦う場面で、彼はあまり物を言わない。

 それは、アルフ・アトロシャスが普段被っている仮面ではなく、彼の本性を表しているようでもあった。

 刀の間合い、一歩外。

 互いに踏み込みづらい空間をはさんだ時、異形がその場を動かず、右手一本で突きを繰り出した。

 アルフは咄嗟に左に避ける。

 

 ビュンッ!

 

 異形の切っ先がアルフの襟首をさらう。

「どうして!? 刀の間合いじゃ、届かない筈なのに……!」

「ゾクゾクするよ……、今の一撃をかわすなんて!」

 見れば異形は、その右手に槍を持っていた。

「武器が変わった!?」

 にやりと笑いながら、異形はその槍を次々と振るう。右手一本の突き、連打。

 その場からただ突きだされるだけの突きだが、ゲヴェルのしなやかな筋肉は、人間の常識をはるかに超える。

 穂先が無数に増え始める。

 アルフをして防戦一方。

 だが異形は、己の突きを(さば)き切る男を見て瞠目した。

(たかが人間が、俺の攻撃をこうも(さば)く!? なんて……、なんて楽しいんだ……! アンタ!)

 槍を片手で旋回させ、横薙ぐ。遠心力をたっぷりのせた。

 アルフは両手持ちでしっかり受けるも、体勢が崩れた。

「フ、フフフフ……! すごいね、アンタ」

 無造作に左手を突き出す異形。その掌から放たれるのは光の矢弾。人の頭ほどの青白い光の弾丸だ。

 アルフはまだ、体勢を崩したまま。

 ――避けられない。

「アルフさんっ!」

 強張ったティアナの双眸が、ミリ単位で光弾をすり抜けるアルフを映した。

 アルフは流れるように身の翻し、剣技『衝裂破』を放つ。狂人と呼ばれる男の横薙ぎ。その軌跡を追うように地面から気柱が何本も立ち並ぶ。

「すごい! あれなら――当たるっ!」

 ようやく呼吸できる段階で、ティアナは興奮のあまり叫んでいた。

 だが異形に焦りはない。

(――本命は)

 気柱の向こうから刀の切尖(きっさき)が伸びてくる。いわゆる突き。

 異形は槍の長柄で突きを止めた。人間ならば、反応出来ない。だが彼は視ると同時に攻撃に反応する“ゲヴェル”なのだ。

 途端。

 アルフの突きが分散したように、息も吐かせぬ連続斬が網の目のように走った。

 異形も同じように斬撃を繰り出し返す。

 手数は、五分。

 ティアナは目を(みは)った。

(相殺した? と、言うか――斬撃って……!)

 響き渡る音で、ティアナは現状を認識する。正直、彼女の目では、その斬戟の全てを見ることはできない。だが――斬戟を異形が放ったという事実を認識し、改めて異形の持っている武器が何かとみると、予想通り刀に戻っていた。

(やっぱり、武器が変わってる!)

 ティアナが確信と共に、険しい表情で戦いを見据える。

 異形は、実に楽しそうに、アルフに笑いかけた。

「俺の魔方剣を見て、眉ひとつ変えないとはねぇ……。こういう武器、知ってるのかい?」

「その程度のネタで、ビビるような神経は持ってねえな」

「フ、ハハッ! ――いいね、アンタ。ますます俺好みだ」

 そう言うと異形は、アルフに見せつけるかのようにゆっくりと刀を両手で持ち、上段に構えた。艶と笑う。

 アルフは青眼の構えから切尖を寝かせ、手元に刀を引き寄せる。

「シャァッ!」

 異形が啼く。

 左足を大きく踏み込んでの上段からの振り下ろし。

 対するアルフは、手元に引き付けた刀を体当たりするかのように前に出して受ける。

 激突した刹那、

 巻技で相手の刀を撥ね上げようとするアルフ。

 それに対し、異形は撥ね上げられる寸前で横薙ぎを放ち、絡みついてくるアルフの刀を斬り払った。

 斬り払われたとみるや、アルフは横薙ぎ、唐竹、突き、右袈裟がけ、の四連斬撃『夢幻』を放つ。

 異形は刀を下段に寝かせ、半身を後方へ反らすことで胴薙ぎを見切り、唐竹に対して下段の構えから切り上げて相殺、間髪いれずに放たれる次の突きに対して咄嗟に刀の柄を盾に突きを受ける、が、衝撃は抑えきれず、地面を掻いて下がった所にアルフの右袈裟がけが待っていた。

 それが当たる直前、異形は猫のようなしなやかさで上半身を後方へ仰け反らし、縮地法で距離を取る。

 まるでその場から消えたかのような異形の右手には、ボーガンが握られていた。

 無造作に放つ。

 放たれた矢は一本。

 アルフはそれを空中で体を横に旋回させながら避ける。

 瞬間、続けて放たれる二の矢、三の矢。

 空中で体を寝かせたアルフは、二の矢、三の矢を呼んでいたかの如く鋭く横に回転することで対空時間を長く維持、彼の足元を物凄いスピードで矢が穿ち過ぎる。

 一瞬後、アルフは右手をついて着地した。

 空を射抜いたボーガンの矢が、廃棄都市のコンクリートの壁を軽々と射抜いて行く。厚さ三十センチ以上あるビルの壁は、ぽっかりと穴が開き、それだけに飽き足らず、後ろに控えている建物までも穿っていた。

 着地したアルフが、一瞬の間も置かずに空破斬を放つ。

 真空の衝撃波は異形が続けざまに放った矢を弾き落とし、一直線に異形に向かった。

 異形は妖艶に笑むと、ボーガンを刀に変化させ、両手で持って袈裟がけに振り落とす。空破斬とぶつかった刀は、凄まじい爆音を上げて空破斬をかき消した。

 途端、

 空破斬が狂ったように降った。それは異形のボーガンへの返礼と言わんばかりに容赦なく、無数に走る。

 『無限空破斬』と、称す者も居た。

「器用なまねを、してくれるじゃないか!」

 異形はそれを刀で片っ端から切り落とす。切り落としながら、異形はジッとアルフを見据えている。この技は時間稼ぎだ。自分をこの場に留めておく為の――ならば、本命は?

「さあ! 次は何が来る?」

 瞬間、

 アルフの雰囲気が変わった(・・・・)

 背に龍を、蒼い殺気を全身に纏う。

 

 ――『蒼龍鳳吼破』。

 

 アルフはカッと目を見開くと、上段に構えた刀を振り下ろした。

 途端、

 刀身がアルフの瞳と同じ、紅く凄絶に輝く。

 切っ先から迸る闘気は紅。それは鳳凰の形となって敵を喰らう。

 ――グォオオオオオッッ!!――

 約、三十メートル。

 それが鳳凰の頭の大きさ(・・・・・)だった。

 どす黒く、練気の密度を物語るように気温が上昇する。

 背の蒼竜と紅い鳳凰が、折り重なるように吼え合いながら、異形に向かって走る。その二匹は、すさまじい赤と蒼のコントラストをつけながら、猛速度(スピード)で空を駆り――、やがて、蒼い渦を巻いた赤い鳳凰へと姿を変えた。

 

「あれは……! なのはさんのエクセリオンバスターを相殺した!」

 

 まともに喰らえば、異形の者でも一撃で戦闘不能になるだろう。しかし異形は、逃げようとも、防ごうともしない。

 静かに――腰を落とし、両の拳を腰のあたりに置くと、その瞳をアルフに見据える。

 

 ドクンッ

 

 ティアナの耳にも聞こえる圧倒的な心拍音。その一瞬後、異形の口から人ではありえない咆哮が放たれた。

 ――ウォオオオオオオ!!

 次の瞬間、異形は白銀の炎をその身に纏い、巨大な“白銀の鬼”の影を背にする。青白かった肌の色は、カーマイン達と同程度に赤みが差し、呪われた黒い唇に血が通う。

 ゲヴェル因子、解放。

 同時に、異形はグローランドの最強魔法『ソウルフォース』に斬撃を放つ。

 異形の中でも最高の威力を持つ斬撃、『強打撃』を。

 その二つが相成り初めて出来上がる技――魔法剣『ソウルストライク』。

 青白い光線となって奔る砲撃は、軽く山をも消し飛ばす。

 

 激突。

 

 二人を中心に、同心円上に風が奔った。

「……!」

 わずかにアルフの龍の気が押し返され、刀を持つ手元が震えた。

 ティアナは両手で顔をかばって身を伏せる。

 気を抜けば、吹き飛ばされてしまいそうだ。

 そして――

 衝突が止み、対峙する両者を見つめた時には、アルフが慌てた風もなく、息を零した。

「……へぇ」

 対する異形は白銀の炎を猛らせながら、笑いかける。

「フ、フフフ……。やるじゃないか、本当に。人間のくせに、一対一で俺にゲヴェル因子を使わせる奴がいるなんて。名前くらい聞いておこうか?」

 異形は値踏みするかのようにアルフを見据えた。

「人にモノを尋ねる時は、まず自分から名乗るべきだな」

「そうか。墓に名ぐらい刻んでやろうかと思ったが、野晒しの骸が好みか……! 冥途の土産だ。我が名はルーチェ。偉大なるゲヴェルの後継者」

「――後継者? ……ん? お前もゲヴェルなんだろ?」

 異形・ルーチェの背に在る“白銀の鬼”こそが、『ゲヴェル』という名のバケモノであり、異形(ルーチェ)はその鬼から創りだされた魔導生命体であるなどアルフは知らない。

 故に、

 異形の名乗りを聞いても、さっぱり要を掴めなかった。

 『ゲヴェル』というものは種族である、と勝手に解釈しているアルフは一瞬、狂気さえも失せて、ぱちぱちと瞬き、それって受け継ぐものなの? とでも言いたげに、不思議そうに首を傾げた。

「アルフさん……」

 その様を見て、ティアナは額を打った。

 ――あまりにも、緊張感がない。

(この人だけは、余裕があるのかないのか分からない……)

 こういうところがフェイト・ラインゴッドに似ていると思ったが、口に出すと怒られそうなので、ティアナは黙っておいた。

 

「さあ、続きを始めようか」

 今度の異形(ルーチェ)の縮地法は、今までとはケタ違いのスピードだった。身体能力、反応速度、全てにおいて――それまでの動きとは一線を画す。

 ルーチェが消えた――と、ティアナが認識した時には、アルフは脇に避けている。彼の後ろの瓦礫が、割れた。

「――え?」

 ティアナが瞬いて、切られた瓦礫を見た瞬間に、ギィンッ 別の方から金属の音。見れば、ルーチェが放った槍を、刀で止めるアルフの姿があった。

 しかしその時には、無数の槍の突きがアルフを襲っている。

「アルフさんっ!」

 悲鳴を上げている間に、アルフは上体を後ろに崩されそうになっている。あまりに鋭く、速く、強いルーチェの攻撃。しかし、アルフは驚異的なく身体能力で地面を蹴り、バックステップで槍の間合いから逃れてみせた。

 その瞬間、ルーチェは縮地法であっさりとアルフの後ろに回り込む。

 アルフはすぐさまに体の脇に刀を持ってくると、ルーチェの両手持ちの右袈裟がけが決まった。

 

 ギィイイッ!

 

 後方へ弾き飛ばされるアルフ。咄嗟に地面に手と足を付き、地面を掻いて失速させる。と、自分の背後に気配を感じたのか、振り返りざまに刀を一閃した。

 そこにアルフの予測通りルーチェの刀が迫っていた。

 ぶつかり合う、刀と刀。

 鍔競り合いの状態で睨みあう異形と狂人。

(馬鹿げてる……! カーマインさんの時と、同じだ……! これが、ゲヴェルっていう種族なの!?)

 ほんの十秒にも満たない間にここまで斬り合う。両者の動きにティアナはぞっとしていた。アルフも凄いが、ルーチェの動きは最早(もはや)人間離れしている。

「どうした? この体勢じゃ、もう決まっちゃったな。力を解放した俺に、お前は抗うことすら出来ずに死んでいく。さあ、真っ二つになるがいい」

 ルーチェはニヤリと笑い、一気に刀をアルフへ押し付ける。

「どうした? 泣いて命乞いをしてみろよ。怖いだろ? 死ぬのは!」

 刃先がアルフの首に触れようとしていた。途端、アルフが嗤う。

 その笑みを受けたルーチェは、何かを悟ったかのように――

「チッ」

 ――舌打ちして、剣をはじく。

 同時に、自ら退る。あと少し反応が遅ければ、ルーチェの首にアルフの刀の切っ先が触れるところだった。

 鍔迫り合いで一気に押し切ろうとしたルーチェのタイミングに合わせ、アルフは手首を返して刀を下から滑り込ませ、相手の喉元を自分が首を斬り裂かれるより先に穿ち突こうとした――。

 暗殺剣の中で、常套とされる手段だ。

「?」

 その意味を理解できないティアナは、首を傾げるばかりだった。対するアルフは嘆息して、立ち上がる。

「やれやれ……。あのまま刀を振り切ってくれれば、すぐに終わったんだがな。さすがゲヴェル。その勘は大したもんだ」

 次の瞬間、黄金の鳳凰がアルフの背に現れ、一つ啼くと、アルフの全身に同じ色の炎が宿った。対するルーチェは目をこれ以上ないほど見開き、笑みを浮かべる。

「このルーチェを相手に手抜きだと? ……面白いことしてくれるじゃないか。お前!」

 この鳳凰を呼びだした姿こそ、全力。

 見抜いたルーチェに、アルフは薄笑った。

「真っ向勝負しか知らねえお前らとは、違うんだよ」

「フッ、小細工の好きな人間らしいセリフだ」

「よく言う」

 アルフは視線でルーチェの刀を指す。それで察したのか、ルーチェも自分の刀を見つめ、笑った。

 変幻自在のルーチェの武器。

 これは、特殊武器(リングウェポン)と魔法を重ね合わせることで実現する『魔方剣』と呼ばれる技だ。

「ああ、確かに。お互い様か。フフッ」

 共に尋常ではない殺気を撒き散らしながら、笑う。一秒後には相手の首を掻っ切る。

 二人の目が言っている。

 まともな人間なら発狂する、強烈な緊迫感。二人とも、奇跡的に傷こそないものの、どう考えても尋常な勝負が先に待ってはいない。

 ティアナは全身の毛が泡立つのを感じた。

(アルフさんのあの気を受けて……、どうして笑っていられるの!?)

 

 ――勇気と無謀、履き違えるなよ。

 

 かつて、アルフは言った。

 死地たる戦場に赴くとき、最期の最後まで正気(・・)を保って戦えと彼は言った。

 だが。

(本当に、境界があるの?)

 ティアナは二人の一挙手一投足を逃さんと目を開く。

 勝負の理不尽、勇気と無謀。恐怖と覚悟――。

 自分なりに、あの模擬戦から考えたつもりでいた。だが、とてもこの二人の戦いが、そんな言葉の先に有るモノとは思えない。

(分からない……。どうしてこの人たちは、自分の命を危機にさらしながら笑えるんだろう)

 自分は戦っていない。それなのに、二人の戦いを見て、恐怖で震える。自己防衛本能が“逃げろ”とティアナの胸を激しく叩いてくる。

 それでも、ティアナは動けなかった。

 白銀の炎をまとった異形は、自分の魔力とリングウェポンを基に創った刀を上段に構え、蠱惑的な唇を割った。

「殺してやるよ、人間!」

 苛烈な殺気。

 対し、黄金の炎を噴き上げる狂人は、自らが鍛え上げた刀を青眼に構え、静かに哂った。

「殺してみろよ、異形(バケモノ)

 

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