連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

16 / 156
16.vs月影旅団

「おい! ホントにこっちでいいのかよ?」

 

 山賊に捕まっていた狸耳と尻尾をもつ少年、ロジャーは鼻歌でも歌い始めそうなほどに楽天的だった。フェイト達にとって嬉しい誤算は、普通の樹木とモンスターツリーのグレープパインをロジャーが見分ける能力を有していたことだ。

 岩山を抜け、再び茂み深くなった山道を案内をするロジャーの背は、ひとまず安心できそうだった。

 

「パルミラの花を採りに行ったってんなら、こっちの方が近道じゃんよ! 神の山は森の最奥にあるかんな!」

 

 自信たっぷりなロジャーの説明に、クリフは、確かに、と胸中で答えながら、うっすら見える山の外縁にため息をついた。

 

「っても、まだ山頂まであんなにあるぜ……。間に合うのか?」

 

「さあね。でも、どちらにしてもこのまま放っておくわけにはいかないさ」

 

 クリフを励ますように、というより、泣言が性に合わないのだろう。前を見ているネルに迷いはない。クリフは思ったよりも長い道中になりそうな予感に肩をすくめたあとで、ふと人の気配を感じ取った。同時。ネルも臨戦態勢に入っている。

 

(アレン……? いや。違う……!)

 

 黙々と最前列を歩くフェイトも、少し遅れて腰の剣に手をかけた。

 森を北に抜けた、開けた坂道。丁度、この位置からだと木々が邪魔になって向こう側が見渡せない位置だ。そこに、数人の人影が見える。

 先導役のロジャーはまだ気付いていない。

 声をかけるべきか、否か。

 先方の出方を窺うフェイト達に、ロジャーの叫び声が重なった。

 

「あぁーっ! あいつ!」

 

「……っ!?」

 

 突如の叫び声に、人影が一斉にこちらを振り向いた。そして、こちらを見るなり抜剣して臨戦態勢に入る。

 

「な、何だ!? 今の声は!?」

 

 が。

 正確な位置までは分からないらしい。

 木々に視界を邪魔されながら、互いに背中合わせの円を描いた盗賊達は、注意深く周囲を見渡しながら威勢よく声を張り上げる。

 

「おい! どこのどいつだ!? 出てきやがれ!」

 

 その彼等の様子を横目に見ながら、フェイトは声をひそめる。

 

「ロジャー。もしかして、アイツが?」

 

 罵声を喚き散らしている連中の中で、最も人相の悪い男を指す。するとロジャーが頷いて、にんまりと口元に笑みを浮かべた。

 

「ここで会ったが百年目って奴だぜ! オイラを檻に閉じ込めたこと、後悔させてやる!」

 

「あ! ちょっと!?」

 

 フェイトが止める間もなく、そう言って走り出したロジャーは、視界の開けた坂道に出て、盗賊の前を阻むなり、びし、と彼等を指差した。

 

「やい! バカチンども! とうとう年貢の納め時だぜ! 観念して、とっととお宝よこせ!」

 

「んだとぉ!? このクソガキ! どうやってあの檻から出やがった!?」

 

 ざ、と気色ばんだ盗賊達が、一斉にロジャーに向かって顔を強張らせた。そのロジャーを置いておくわけにもいかず、渋々ながらも彼の後に続いたフェイトは、ため息をつくと同時、愚痴を零す。

 

「……気付かれてない内に、奴らの不意をついて奇襲しようと思ったのに……」

 

「ま、やっちまったもんは仕方ねぇだろ。――にしても、人相わりぃなぁ。あいつ」

 

 ち、と舌打ちするフェイトをなだめて、クリフが一際悪党顔の男を見る。フェイトは同意して軽く肩をすくめた。

 

「ロジャーも、あいつが親分だって言ってたしね」

 

「訊かなくても判別できるっていうのは、楽でいいね。……ホント、絵に描いたような悪党面だよ」

 

 ふむ、と感心しながら頷くネル。

 

「確かになぁ……」

 

「うん……」

 

 と。

 眼前でロジャーと口論していた悪党面の男、盗賊団の親分(リーダー)が、殺意のこもった眼差しを、か、とこちらに向けた。

 

「うるせぇ! さっきから脇でごちゃごちゃと! あー! 人相悪くて悪かったな! やるぞ! お前等ッッ!」

 

「へいっ!」

 

 ざ、と見た限りでは相手の総数は人相の悪い盗賊団の親分を入れて五名。

 倒せない数ではない。

 

「へっへーんだ! お前なんかに負けるもんか! やるぞ! お前達!」

 

 背中から手斧を取り出したロジャーが威勢よく叫ぶ。その彼にやれやれとぼやいて、クリフは頭を掻いた。

 

「へいへい」

 

 同時。に、と笑ったクリフが盗賊との距離を一気に詰める。う、と息をつく間。盗賊は思わず目を瞠った。

 

「!」

 

 ご、という鈍い音と同時、盗賊の視界が急転する。頭を縦に揺さぶられた彼は、あまりの衝撃に空を見ることもかなわず、火花が散るのを見て気絶した。

 同様に、横合いから短剣を振りかざしてきた盗賊にカウンターの左ジャブを当て、鼻っ面にクリフのジャブを食らって怯んだ彼に、容赦なく右ストレートを打ち当てる。

 ど、と腹に突き刺さった拳に、盗賊の身体がくの字を描いた。

 

「……ぐ!」

 

 押し殺した悲鳴が盗賊から零れる。その彼に、に、と笑ってクリフはローリングソバットで盗賊の身体を蹴り飛ばした。ガンッと音を立てて、背後の木に背をぶつけた彼は、ずるずると力なく地面に転がる。

 同時。

 クリフが踵を返す。握りこんだ拳は、すでにカーレントナックルの予備動作に入っていた。ぐ、と落ちた上半身が、野生的にぎらつく碧眼が、次の獲物に向かって走る。

 と。

 

「たぁああっっ!」

 

「何!?」

 

 耳慣れない高い声。思わず呻いたクリフが、ば、と振り返る。と、そこには手斧を手にしたロジャーが、盗賊団長に向かって斬りかかっていた。

 

「うぉっ! 危ねっ!」

 

 ひゅ、と眼前をかすめる手斧に度肝を抜かれながらも、刃の煌きに盗賊団長の顔つきが変わる。ぐ、と表情を引き締めた盗賊団長が、今度は容赦なく腰の短剣を抜いた。

 

「チッ! 外したか! でも、もっかい!」

 

 舌打ちしたロジャーが、盗賊団長の空気に気付かず、手斧を振り上げる。クリフの背筋が、ぞ、と震えた。

 

「バカ!」

 

 発した忠告は、だが、届かない。

 よいしょ、という掛け声とともに、どうにか手斧を扱う少年に、盗賊団長の殺意の瞳が向けられた。

 

「もう許さねぇぞ! このクソガキ!」

 

「ロジャー!」

 

 クリフが叫ぶと同時。対峙したロジャーが驚きに目を見開く。

 初めて村を出て、本気になった盗賊を前に、ロジャーの身体が凍りつく。いや。凍りついたのではない。こちらに向かって走る短剣の速度に、単純に身体が反応できないのだ。

 彼が手斧を振り下ろすよりも、盗賊団長の短剣の速度の方が遥かに速い。

 しかも、すでに手斧を振り下ろし始めているロジャーには、その軌道を変えるだけの腕力が備わっていなかった。

 

(やべ――ッ!)

 

 思わず心中で悲鳴を上げたロジャーは、それでもどうにか、短剣から逃れようと身をよじった。が、――当たる。

 

「死ね!」

 

 短剣の軌道は、ヘルメットを被っているロジャーの頭部ではなく、心臓めがけて走っている。ち、と舌打ちをこぼしたクリフが最悪の事態に毒づいて走り出すが、間に合わない。

 だが、ダメもとでも彼は諦めなかった。

 振り下ろされる刃。

 それを見据えて、ロジャーの目が見開かれる。

 

「影払い!」

 

 刹那、ネルの短刀が盗賊団長の足を払った。うわ、と声を上げて盗賊団長の身体が宙に浮く。その盗賊団長に、颯爽と現れたネルは、渾身の力と遠心力を加えて肩を主軸に体当たり(チャージ)を打ち当てた。

 

 どん、という鈍い音。

 

 細身のネルの突進力を、気功術で特化させたそれは、盗賊団長を気絶させるのに十分な威力を誇っていた。

 

「ぐぇっ!」

 

 踏み潰された蛙のような声を上げて、盗賊団長が地面に倒れ伏す。それを見据えて、ふぅ、とため息をついた彼女は、す、とフェイト、クリフに視線を向けた。

 

「そっちは終わったかい」

 

 問う彼女に、加勢しようと出方窺っていたクリフは、やれやれとため息をついた。とんだ、取り越し苦労だったらしい。

 その少し向こうでは、盗賊二人を気絶させたフェイトが、ふぅ、と息を整えている。

 

「ええ」

 

 頷くフェイトは、どこか満足げだ。剣を握る手元を見据えて、何か確信したように、に、と口端を上げている。

 

(――よし、少しは慣れてきたな)

 

 そう呟く彼の声は、誰の耳にも届かなかったが、それでも彼は、自分の成長を僅かに感じた。もう、カルサア修練場の時のような自分を、誰にもさらしはしない。

 胸中で決意を新たにし、フェイトは剣を握りこむ。

 その彼を横目で見据えて、ふ、と微笑したネルは、足元の少年を改めて見下ろして、静かに訊いた。

 

「ケガはないかい?」

 

 と、足元のロジャーは、ぽかん、と地面に座り込んだまま、ネルを見上げていた。相当、緊張したのだろう。

 彼は瞬きもせずに、呆然と固まっていた。

 命の危険にあったのだ。

 当然だろう。

 

「大丈夫か、ロジャー?」

 

 その恐怖を最も共感できるだろうフェイトが、気遣わしげにロジャーに駆け寄る。が、ロジャーはその接近にも、気付かない。

 

「お……」

 

 ぽつり、とつぶやくロジャーに、フェイトは、はた、と瞬きを落とした。

 

「お?」

 

 刹那、嫌な予感を覚えて、フェイトの表情が歪む。同時。地面にへたりこんでいたロジャーが、勢い良く立ち上がった。

 

「おねいさまぁあああああああ!」

 

 叫び、ネルに飛びつく。が、それを寸でのところでかわした彼女は、きょとん、と瞬きを落としてロジャーを見下ろした。

 

「な、なんだってんだい!?」

 

 目標を失ったロジャーの身体が、どてっ、という音を立てて、地面に胴体着陸する。それから少しして、ざ、と起き上がった彼は、瞳をキラキラさせながらネルを拝み上げた。

 

「おねいさま! どうもオイラを助けてくれてありがとう! おねいさま! すっごく強くてかっこいいんだな!」

 

「……え?」

 

 ぽかん、とネルがロジャーを見る。その様子から、ネルが今一つ事態をつかめていないと窺えたが、ロジャーは構わなかった。

 

「おねいさまぁあああ!」

 

「うわぁっ!」

 

 追ってくるロジャーから、どうにか逃げ出すネル。その彼女を追うロジャーの瞳は、心酔に潤み、ここではない何かを見据えているようである。

 その二人を見据えて、フェイトは面白くもなさそうにため息をついた。

 

「やれやれ……」

 

「ったく、あのガキ……。俺達は無視(シカト)かよ」

 

 同様に、クリフも面白くなさそうにガントレットを弾く。

 眼前では逃走を試みたネルが、地形の狭さにやられたのか、ロジャーに捕まって抱きつかれていた。

 嬉しそうに彼女の足にしがみつくロジャー。それを困ったように、というより、頑張って振り払おうとネルがあくせくしている。

 

「おねいさまぁ~~!」

 

「ちょっ! アンタ達! この子を何とかするの、手伝いな!」

 

 真っ赤な顔で振り向くネルに、フェイトとクリフはやれやれと首を振る。

 が。

 

「んだぁ!? コイツは!?」

 

 二人がかりでロジャーをネルから引き離そうと協力するものの、まるで吸盤か何かがついているのか、びくともしないロジャー。身体がどう見ても五、六歳の少年にしか過ぎないため油断していたが、その腕力は、大人のそれをはるかに上回っていた。

 

「す、すっぽんだな……。まるで……」

 

 困ったようにつぶやくフェイトに、ロジャーが、ふふん、と顔を上げた。

 

「ったりめぇだろ! このバカチン! オイラとおねいさまを別れ別れにしようたって、そうはいくもんか!」

 

 勝ち誇って、笑う彼に、クリフが、ぴく、と片頬を引きつらせた。

 

「それよりもお前、金の彫像はもういいのか? このままほっとくと盗賊頭(コイツ)、起きちまうぜ?」

 

「あ、そっか……!」

 

 ぽん、と思い出したように手を叩くロジャー。それから彼は、名残惜しそうにネルから離れると、盗賊団長のところまでやってきて、ごそごそと金の彫像を取り出した。

 

「お、これだこれだ! これでオイラの勝ちだな! へへっ、ザマーミロってんだ、ルシオのやつめ!」

 

 言って、にんまりと笑う。

 その彼を見下ろして、フェイトは場の空気を改めた。

 

「それじゃ、アミーナを探しに行こう!」

 

「……ああ」

 

 少し疲れたのか、間を置いて答えるネル。それを、横目でにんまりとクリフが笑うと、真剣に怒った様子のネルが、き、とクリフを睨み返してきた。

 途端、クリフの表情が改まる。

 

「んじゃ、行こうぜ!」

 

「よし! オイラについて来い!」

 

 話を変えようとしたクリフに、こく、と頷いて、ロジャーは彫像を片手に元気良く拳を振り上げた。

 その、瞬間。

 

「その必要は無い」

 

 がさっ、という物音と同時、薄暗い茂みの奥から、木の葉を散らしてアレンが現れた。その彼の背には、固く目をつむったアミーナが背負われている。

 

「アミーナ!?」

 

 驚いて駆け寄ると、寒いのか、アミーナにアレンのコートがかけられていた。

 少し、顔が赤い。

 フェイトが不安そうに見上げる。と、アレンも深刻な顔で答えた。

 

「一応の処置はしている。……早く、彼女を町へ」

 

「ああ!」

 

 頷いたフェイトは、町に向かって駆け出そうとして――

 

「……悪いけど、オイラはここでサヨナラだぜ」

 

 言うロジャーに、は、と視線を落とした。

 

「……ごめん。助かったよ、ホントに。ありがとう」

 

 ロジャーの案内が無ければ、山頂までどうやって行けばいいのか分からなかったのだ。辿り着く前にアミーナが見つかったとは言え、その事実に代わりは無い。

 礼儀正しく礼を言うフェイトに、ロジャーは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 

「へへっ、気にすんなって。お互い様じゃん! 姉ちゃん、見つかってよかったなっ!」

 

 走り去っていく彼に頷く。一同を振り返ったフェイトは、アミーナを横目に言った。

 

「急ごう!」

 

 拳を握り締めて、フェイトが走り出す。続いて、しばらくロジャーを見送った一同は、フェイトを追って町へと走り出した。

 

「あの……!」

 

 その彼等の背に慌てて、しかし、遠慮がちに妖精が声をかける。

 誰も振り返らなかった。

 声が、小さすぎたのだ。

 

「……………………」

 

 もう一度声をかけようか、迷う。その間にも、次第に遠ざかっていくフェイト達を、その背を見据えて、妖精は項垂れた。零れたのは、小さなため息。

 だがそれは確実に、彼女の心に波紋を起こした。沈黙した森で、俯きがちに空を飛びながら小さくつぶやく。

 

「……私、この森から出られないのよぉ……」

 

 思ったよりも泣きそうな声がこぼれた。

 誰も気付かない。

 妖精は唇を引き結ぶ。

 元々、あの少女を探すのが目的だ。それを達成した今、もう妖精に用はない。

 

(私だって……、もう、用なんか……)

 

 ただのお礼に、そのためだけに彼等に付き添ったに過ぎない。

 だからもう、用など……。

 

 

 ……………………

 

 

 胸中でつぶやいて、妖精はふわりと彼等が去っていった方向に背を向けた。もう、関係ないのだ。だから、これでいい。

 気を取り直して飛び立つと、森がひどく暗いような気がした。

 それでも彼女はここに居続ける。彼等が何処に行こうとも、ただ一人、森から出られぬ彼女だけは、ずっと――……。

 

「すまない。また置いていく所だったな」

 

 がさっ、という物音と同時。妖精は顔を上げる。口元が、いや、顔全体が、ほころんだ。

 

「……!」

 

 妖精が飛び込んでいくと、アレンは驚いたように妖精を受け止めて、不思議そうに彼女を見下ろした。

 

「……どうした?」

 

 ぎゅ、とアレンの襟首をつかむ妖精は固まったまま動かない。アレンは、そ、とその彼女の髪に触れた。この小さな妖精を傷つけないように、慎重に。

 

「どうした? ……どこか怪我でも?」

 

 重ねて、問いかける。彼の背には、アミーナがいなくなっていた。逆走する、という抵抗感から、クリフに預けたのだ。身一つなら彼等に追いつくことも不可能ではない。

 そう、アレンは考えていた。

 この妖精の、少し変わった雰囲気を見るまでは。

 

「……………………」

 

 静寂が、森に満ちる。

 いつもなら呼ばなくてもやってくるパペットゴーレム達だが、アレンの噂が広まったのか、一匹も通りを横切らない。

 

 それから、また数瞬。

 

 不思議そうに妖精を窺っていたアレンが、ふと、口を開いた。

 

「……そうか。君には、世話になった」

 

 そう、一言。

 

「!」

 

 思わず身を強張らせる妖精に、彼は “妖精”という立場から考えられる一番確率の高い解答を選んだのだ。

 彼女が何故、この森にいるのかを。それを彼女の態度から消去法で割り出した。

 妖精の唇が震える。アレンの襟に押し付けたままの唇が。

 

「……わた、しっ……!」

 

 名残惜しい。

 そんなことを一度も思いはしなかったのに。

 しゃくりあげる彼女に、アレンは微笑った。

 

「また時間が出来た時にでも来る。それまでに友達を一人作っておいてくれ」

 

「ともだち……?」

 

 優しい声でささやく彼に、妖精は首を傾げる。見上げると、あの蒼の瞳が静かに頷いた。

 

「約束できるか?」

 

 言われて、妖精は顔をしかめる。

 友達――。

 考えたことも無かったが、言われてみれば彼女は誰かと連れ添ったことが無い。

 今日の、さっきまでのアレンのように。

 

「……そんなの、わかんないわよ……」

 

 思わず尻込みする。その彼女に、アレンは言った。

 

「そう不安がることも無い。霧で分からなくなっただけで、この森は美しいところだ。……きっと出来る」

 

 そう言って、一本の木を見据えた彼は、躊躇無くグレープパインや丘を斬った時のような鬼気が消えていた。

 恐ろしく別人のように、穏やかに、彼は手近な木の木肌に触れる。

 妖精はふわりと空に舞った。

 感覚が、彼女の知る人間の感覚(モノ)とは少し違うのだろう。

 木肌に触れて、静かに微笑む彼はそうすることで木々の声を聞いているように見えた。妖精もつられてふわりと微笑った。

 その木は、いつも森の動物達を守ってくれる優しい木だ。そう、知っていたからだ。

 

「あなたって……、不思議ね」

 

 妖精の感覚が人間である彼に分かるのが不思議だった。

 こちらを振り返って、アレンは微笑う。

 

「それが分かるなら、作る相手を間違うこともないな」

 

 まるで冗談ごとのようにつぶやいて、アレンは妖精に会釈した、

 

「それじゃあ、俺は行くから。――次に会う、その時は」

 

「その時は……」

 

 軽く拳を握って、妖精の小さな手に、ぽん、と当てる。

 

「二人で、出迎えてくれ」

 

 それが、約束の合図だ。

 寂しいと。

 ただ名残惜しいと。

 それだけだった妖精の心に、ほんの少しだけ温かなものが過ぎった。別に、寂しくなくなったわけではない。

 それでも、彼女の心は少しだけ晴れていた。

 

「……うん!」

 

 彼女が頷くのを待って、頷き返したアレンが踵を返す。走り出した彼は、やはり風だった。見る間に彼の背が、木々の中へ消えていく。

 その様を、その少しの間を、妖精は、じ、と見据えて――小さく微笑う。

 彼と約束した温かい手を、きゅ、と握って。

 彼女は、ふわりと森の奥へと飛び立った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。