連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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19.ネルの答え

 シランドへ続く巨大な平原、イリスの野。

 満月を迎えた夜は、いつにも増して冷え冷えとしていた。平原は見晴らしがよく、獣による夜襲の心配も無いが、逃げ場も無い。ネルは岩に、そ、と腰をかけた。

 

(シランドまで、後少し……)

 

 夜更け、というにはまだ少し時間が早い。すでに野営の準備を終えたフェイト達は、疲れを溜めない為に眠りに就いているだろう。とはいえ、火番は交代制なので仮眠に過ぎないが。

 本来なら、ネルももう床についている時間だ。だが何故か、今日は目が冴えた。気分転換にこうして独りになっているのも、心を落ち着ける為だ。

 

「新兵器に頼らない、戦争か……」

 

 零れた言葉が、夜に散っていく。

 フェイトの意志は、今も変わっていないのだろうか。

 そんなことを考えながら見上げた月は、分厚い雲に覆われようとしていた。

 ネルは神妙な面持ちで押し黙る。

 あの夜も、こんな雲の多い夜だった。父の帰りを、ずっと独り、待っていた夜も。

 

「眠れないのか?」

 

 彼女は顔をしかめた。

 よりにもよって。

 そう舌打ちしながら、絶妙なタイミングで現れたアレンを見る。クレアの部下が親切で作ったグリーテンの制服らしきものを、几帳面に着こなした青年。今は昼間に持っていた剛刀を手にしていないが、代わりにブロードソードを腰に差していた。

 思えば、彼には反感ばかり覚える。

 

 (ネーベル)と、同じ表情をする彼を見つけてしまってから芽生えた、固い対抗心。

 

 だから、だろう。

 ネルは拳を握り締めた。

 

「……そういうアンタこそ、こんな所に来てどうしたんだい? 火番なら、今はフェイトのはずだよ」

 

「あなたに、一度確認しておきたいことがある」

 

 邪険にするつもりはないのだが、ネルの口調に棘がこもった。協力者に対して、その態度は適切でないと分かっていても、どうしても表に出てしまう。

 この青年の瞳が、ネルを苛立たせるのだ。

 理想ばかりを口にする、迷いの無い瞳が。

 兵士(クリムゾンブレイド)以外の彼女を見ようとする、その瞳が。

 

「確認? ……兵器開発に協力はしないっていう、例の話についてかい?」

 

「いいや」

 

 怪訝にアレンを睨むと、彼は静かに首を振って、腰に差した剣を構えた。

 

「手合わせ願いたい。無論、全力で」

 

 言うなり、すいと剣尖がネルを向く。剣を中段に据えた自然な構え。周囲の空気が、ふ、と低下した。

 殺気――!

 咄嗟にネルは短刀に手をかける。柄を握りこんだところで、彼女は息を呑んだ。

 

(隙が無い……!)

 

 睨まれたことは、一度だけある。だがそのときとは、まるで空気が違っている。別人だ。

 

「……っ」

 

 氷塊を背に押しつけられたように怖気が立った。アレンはただ、剣を正面に向けているだけだ。なのに、ごろり、と飲んだ唾は、半分以上が呼吸(いき)だった。

 ネルの苛立ちが一層増す。自分が怯えているのが、手に取るように分かった。

 

「上等じゃないか! 手加減しないよ!」

 

「……来い!」

 

 大声を張り上げて己を奮い、ネルは地を蹴った。一足飛びで、アレンの懐へ。短刀ゆえ、刀身(リーチ)は無い。だが接近戦ならばブロードソードよりも絶大な威力を誇る。

 止まれば、ネルに勝機は無い。

 

「風陣!」

 

 叫ぶと同時、ネルの身体に刻まれた施紋が淡く輝いた。瞬間。突風が彼女を取り巻く。

 

(風の壁か)

 

 風の化身となったネルを見つめて、アレンはつぶやいた。――その瞳に、焦りは無い。

 

「はぁっ!」

 

 疾風の如く踏み込んだネルが、最高速度で短刀を薙ぐ。同時。ネルの身体が、後方に吹き飛ばされた。

 

 ドンっ、と。

 

 鈍い音を立てて。

 

「か、はっ!?」

 

 見開いた目で、アレンを見る。と、ブロードソードを右手で握った彼が、空いた左手をネルの方に突き出していた。それも、一瞬。

 

(気功――!?)

 

 ネルが胸中で叫ぶと同時、目の前に現れたアレンが、後方に飛んでいるネルの脇腹を蹴る。バランスの取れない状況でネルは両腕を挟んだものの、蹴りの衝撃を緩和し切れなかった。思わず、たたらを踏む。くぐもった声をあげながら、アレンを睨む。

 対する彼は、ブロードソードを掲げ、上段から振り下ろした。

 ――速い。

 

「っっ影払いッ!」

 

 ネルは彼の足元に向けて短刀を振るった。状態を、彼のバランスを崩せば――。

 

「……っ、っっ!」

 

 そう思って振るった短刀が、ぴたり、と止まった。十字を切って二連に続く技を、ブロードソードが押しとめている。短刀が交叉する、その僅かな接点を突いて。

 ――一瞬前まで、振り上がっていた筈の剣が。

 

「……遅い!」

 

 アレンが鋭く叫ぶと同時、ネルは後ろに吹き飛ばされた。短刀を軽く払った一線が、凄まじい威力で彼女の痩身を地面に投げ捨てる。

 

「ぐっ!」

 

 平野の草にまみれながら、ネルは受身を取って呻く。見下ろすアレンは、涼しい顔をしていた。

 

「技の出が遅い。施力を溜めるのに時間がかかりすぎだ。それに技を打った後の硬直も長いな。……つまり、隙だらけだ」

 

「……っ!」

 

 アレンを睨んで、ネルは短刀を握り締める。

 

「はぁっ!」

 

 反射的に立ち上がった彼女の踏み込みは、先よりも速かった。

 

「……それだ!」

 

 再度、アレンを薙ごうとした短刀が、呆気なく弾かれる。右から左に走った剣線が完全に流され、ネルの体勢が左に大きく傾ぐ。

 

「体重移動が遅い。踏み込みはもっと速く! 体勢を崩されても体幹は常に崩すな!」

 

 ネルは右足でたたらを踏んで、右の短刀を一閃する。今度はやや直線的に。下から伸びる鋭い突きだ。が。パンッ、と刃を怖れることなく、アレンの平手が短刀を弾く。

 

「短刀は腕の延長だ。それ自体は大した武器じゃない。問題はいかに隙なく敵の攻撃をいなし切り込むか! もっと体術を組み合わせて攻めて来い! 俺に息をつかせるな!」

 

「くっ!」

 

(勝手なことを――!)

 

 アレンに短刀を弾かれて、ネルの体が少し開いた。右足の位置が悪い。これでは、体重を乗せて左の短刀が触れない。

 だが。

 

(舐められてばかり、いるものか!)

 

 意地になって、ネルは左の短刀を振った。腕力だけを使った粗末な一振り。キン、と甲高い音を立てて、ブロードソードに止められる。

 それは、予測通り。

 左手に体重をかけながら、ネルはバランスを直すために右足をすくい上げて、踵からローキックを叩き込む。が、読まれていたのか、相手が足を引く方が速かった。内心で舌打ちし、そのまま体位を入れ替え、ネルは改めて地面を蹴る。

 

「あんたの意識! 絶たせてもらうよ!」

 

 吼えた彼女の闘気に呼応して、短刀が炎を纏う。施紋が輝いた。切り上げるネルの斬線を、アレンが紙一重で横にかわす。が、間髪置かず、ネルは振り上げた短刀を振り下ろした。アレンが剣を握った右腕の肘で、短刀の軌道を僅かにずらす。同時、真下から掬い上げるような、炎を纏ったネルの蹴りが伸びた。

 半身を切ってそれをかわし、続く、ネルのサマーソルトキックをバックステップで回避した。同時、左右から二振りの短刀が振り抜かれる。それを視界の端に、ちら、とアレンは蹴りを放ったばかりのネルの足を見た――。

 まだ地面に着いていない。

 初撃の――左の一線に威力は無い。

 

(……………………)

 

 案の定、弾いた剣線の感触が軽い。が、速度(スピード)はなかなかだ。合格点とは言えないものの、続く右の一線を払いながら、アレンは静かに頷く。

 それから、息を吐かせぬネルの乱打。気丈にも、間を置かずに左右から短刀を振るうネルの姿勢が傾いでいく。無理矢理な体勢であることは彼女も承知しているだろう。アレンは流れるようなネルの乱撃をかわしつつ、彼女の攻撃の間に蹴りを挟んで、彼女の傾きを正した。

 

 

 二十合以上打ち込んで、一発も当たらない。

 

 純粋な実力差を確信したときには、ネルの心はいつしか無になっていた。

 

「……くっ!」

 

(あと、もう少し――!)

 

 気付けば、夢中になっていのだ。

 まさか蹴撃で自分の姿勢を正されているとはネルも気付かない。不思議なほど自然に、体重移動させて短刀を振るっている。それは彼女が知る、自分自身の剣速をはるかに上回る速度(スピード)だった。

 なのに、当たらない。

 だが、惜しい。

 

(後一寸詰めれば、当たる――!)

 

 その事実が、ネルの集中力を極限に高める。身体に刻んだ、施紋が煌く。

 力で押し負けた彼女が、やや間合いを空けた瞬間。ネルは左手を掲げて雷を放った。

 

「喰らいな!」

 

 ドォオオオオンンッッ!

 

 青白く平野が閃く。追撃に、ダッシュで間合いを詰め寄ったネルが、短刀を閃かせた。

 

「……甘い!」

 

「!?」

 

 雷撃を放った位置に追撃の短刀を振るったネルは、突如、横から現れたアレンに目を見開いた。肩で当身を食らわされ、痩身の彼女が、また、平野に吹き飛ばされる。

 

「……くっ!」

 

 思わず呻いた彼女は、草むらに投げ出された体勢から起き上がろうとして――、アレンを見上げた。

 ブロードソードを納めた彼を。

 

「まだ勝負は……ッ!」

 

「今の連撃は悪くない。だが、まだ実戦で使える技じゃないな」

 

 静かに歩み寄ってきた彼は、す、とネルに手を差し伸べた。

 

「アーリグリフ三軍の長は、それぞれが相当な実力者と聞いている。……精進していこう。共に」

 

「……!」

 

 きょとんと目を見開くネルに、アレンは静かに微笑って、彼女を引き起こした。

 

「……アンタ、どうして……」

 

 思わず零れた言葉は、シーハーツの行動に否定的だった彼の言動に対して、だ。

 ネルが意図をつかめず呆然としている間に、アレンは失礼にならない程度に、彼女に外傷がないか確かめた。

 

「兵器は作らない。……だが、あなた方を負けさせはしない」

 

「!」

 

 言い切るアレンを、じ、と見据える。どこか自信に満ちた彼の眼差しは、迷うことなくネルを見返していた。雲に覆われ、薄くなった月明かりの夜でも。

 

「パルミラ平原での、あの問いの答えを聞いてもいいか?」

 

「……………………」

 

 何故か泣きたくなった。だが、間違ってもそんな感情は表に出さない。ネルは、きゅ、と唇を引き結んで――、一拍置いてから、アレンに問い返す。

 

「本当に、私達が勝てるって……そう言うのかい?」

 

「勝ちはしない。だが、彼等(アーリグリフ)には何も奪わせない」

 

 そして、あなた方にも――。

 そう続くアレンの声が聞こえたようで、ネルはやりにくそうに顔をしかめた。

 

「……それで、本当に戦争が終わるって?」

 

「約束する」

 

 きっぱりと言い放たれる。

 俯いた。

 

 ――兵士(クリムゾンブレイド)ではない、自分。

 

 それは、まるで自分では無いような気がする。

 なのに。

 

「私は……、これ以上、私を慕ってくれる者や、幸せに生きている人を失いたくない……。そのために、出来ることやりたいんだ……」

 

 理不尽なこの世界で、その願いは呆気なく踏みにじられてきた。だから、綺麗事を吐くことも理想を抱くこともやめた。自分自身の、非情になりきれない、弱い自分を戒めるために。

 だが、それでも。

 

 もう、待つだけの時間は過ごしたくない――。

 

 思わず吐露しそうになった言葉をネルは飲み込んだ。何も、ここまで言う必要は無い。慌てて心の鍵をかける。

 

「そうか……」

 

 つぶやくアレンを見上げると、彼は穏やかに笑んでいた。ネルはそっぽを向く。

 ずっと誰も言わずにいた、一人で抱え込むしかなかった心の傷に気づかれそうだったからだ。

 不機嫌に顔を歪める。

 歪めた、筈なのに。

 

(……なんだ、って言うんだ!)

 

 不思議と、笑みのようなものも浮かんでくる自分に、ネルは戸惑った。アレンが身を翻している。

 

「……どこに?」

 

「返事は聞かせてもらった。だから、フェイト達の所に戻る」

 

「……ちなみに、どう解釈したんだい?」

 

 こちらを一瞥したアレンが、ふ、とだけ微笑って、何も言わずに去っていく。

 

「ちょ、ちょっと……! 深い意味は、無いからね! 言葉通りの意味なんだ!」

 

 特に恥ずかしい事を口走ったわけでもないのに、ネルは早口にまくしたてた。アレンが淡白に、ああ、と返事をしてくる。

 大体、この男は思わせぶりなのがならない。

 弱い自分を、見られたくない心の傷を、あの微笑の下で悟ったのやとネルに思わせるのだ。

 

「間違っても、フェイト達には言わないでくれよ! 分かってるんだろうね!?」

 

「ああ、了解した」

 

 アレンが苦笑する。

 だがネルの猜疑心は晴れず、一見奇妙な彼女の弁論は、フェイト達のいる野営ポイントに着くまで延々と続けられた。

 

 

 

 野営ポイントで待っていた、フェイトとクリフの状態を見るまで。

 

 

「……っ!」

 

 思わず、ネルの口が、足が、止まる。

 焚火のある野営ポイントで待っていたのは、外傷こそないものの、衣服がぼろぼろに擦り切れた状態で、まるで死体か何かのように、昏々と深い眠りについているフェイトとクリフの姿だった。

 おそらく先程のネルと同じ様に、手合わせしたのだろう。

 

「……少し、やりすぎたか……」

 

 その彼等を見据えて、アレンが困ったように頬を掻いている。それを、じ、と見上げて、ネルは無言のまま、三歩、後ずさった――……。

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