――三軍の長とも戦える精鋭を。
その言葉の胸に、フェイトは剣を取った。
思えば、それが悪夢の始まりだったとこの時知る由もないが。
時がさかしまに流れる事があれば、彼はきっと、この時の自分に向かって言っただろう。
「早まるなッ! 僕! そいつは罠だっ!」
フェイトくん修行編part1 ……の、始まり。
「では。まず剣術の基礎からだな」
ブロードソードを握ったアレンは、フェイトに言った。日はとっぷりと暮れ、野営の準備を終えた頃だ。
フェイトはバスタードソードを握り、真剣な面持ちで頷いた。
「フェイト、全力で打ち込んできてくれ」
「いいのか?」
問うと、アレンは当然の如く頷いた。
「大体は把握しているつもりだ。だが、今のお前の実力、見ておきたい」
「分かった。なら、手加減はしないよ?」
「来い」
アレンはほぼ棒立ちだった。剣を水平に据え、鋭く踏み込んだフェイトの上段切りを、刃の角度を変え、受け流す。
キィ……ッ!
耳障りな金属音。標的を失った剣が空を切る。同時、フェイトはたたらを踏んだ。すぐ剣を握りしめ、下段から斬り上げる。――が。これも空振り。
(速い……っ!)
アレンは剣の間合い、一歩外に居た。それをフェイトが認識すると同時。目の前に、軍靴。
ドゴォッ!
アレンの足刀蹴りが、フェイトの顔面を穿つ。
「っ、っっ!!」
目の前に火花が散った。視界が滲む。歯を食いしばって耐えようとしたが、身体は重力に任せて尻もちをついた。
瞬間。
上段から剣を振り下ろすアレン。躊躇無く落ちる刃は、確実にフェイトを断たんとしていた。
(――っ!)
フェイトは目を見開く。
と。
ギィインッ!
横合いから黒い影が現れた。フェイトが目を凝らすと、それがクリフだった事に気付く。彼は拳で、アレンの刃を見事に止めていた。
拳と刃越しに、クリフがアレンを睨む。
「テメエ、どういうつもりだっ! 殺す気かっ!?」
問うが、アレンはニッと笑むだけで答えない。
代わりに、
ぴしぃ……っっっ!
アレンから伝わってくる壮絶なプレッシャーが、言葉以上に教えてくれる。
――ここは“戦場”と。
「こ、こいつ……マジだ!」
「く、クリフ……!」
「油断するんじゃねえぞ! フェイト!」
「え……?」
忌々しげに鋭く言い放つクリフを、フェイトは不思議そうに見上げた。クリフはこちらを見返して来ない。アレンと対峙し拳を構えたまま、眉間に皺を刻んだ。
「こいつはテメエを殺る気だっ!」
「え? 稽古なんだろ? そうなんだろ? な? アレン……」
引きつった笑みで問うと、アレンは剣気を纏いながら頷いた。――その所作に、一分の隙もない。
「むろん稽古だ。だが、稽古だからと言って、加減するとは限らない。――俺は全力で行く。お前も全力で来い」
「なっ!?」
フェイトは目を丸めた。
「馬鹿か、テメエっ!? 銀河連邦の
「ならフェイトの穴を貴方が補うと良い。クリフ!」
「なぁにぃ~!」
「この先、アーリグリフに俺より強い奴が現れるかもしれない。その時に、フェイト。自分の身も守れないようでは、お前の意志を通すことなど夢のまた夢! ――それだけの覚悟と意志、お前の剣で見せてみろっ!」
ごくり、とフェイトは唾を飲み込んだ。
アレンの剣気に当てられて、喉が強烈に渇く。
カルサアで感じた恐怖とは、また種類が違う。まるで野生の虎を前に身がすくむような、そんな恐怖心だ。
アレンは静かに言った。
「必要な力は、お前がこれから学ぶといい。文字通り、お前の命を懸けて」
「コイツ……マジで特務仕込みの訓練を民間人にやるつもりかっ!」
「え、えっとアレン……前言撤回とか――」
「行くぞっ!」
「諦めろフェイト。奴はマジだ」
クリフの言葉を聞いた瞬間。
フェイトの中で、何かが弾けた。
「助けてぇえええええ! 誰かぁああ! 誰でもいいっ! 僕を助けてぇええええっ!」
「バカヤロッ覚悟決めろっ! ――来るぞ!!」
「ほぅ? 誰かに助けを求める余裕が、まだあるとは。やはりクリフ、貴方がいるからか?」
「何?」
「行くぞ」
猛然と駆けてくるアレンの体が沈み込む。
ぎしぃいっ、っっ!!
気を纏った突きを、クリフは反射的に拳で受け止めた。
「この野郎、マジで来やがった!」
百戦錬磨のクリフの頬に、冷や汗が伝う。
特務部隊――銀河連邦軍のなかでも選りすぐりの精鋭部隊は、四百億人以上いる連邦軍人の中で、たった二百人しかなれない猛者中の猛者で構成されている。
名実とも銀河連邦最強
「へっ! 上等だ! カーレントナックル!!」
黄金の気をまとったクリフの拳が、鋭く走る。クリフは全体重を込めた。
「手がしびれたぜぇっ!」
突きに対するコメント。
が。
――ぱしぃ……っ!
アレンはクラウストロ人の拳を止めた。――素手で。
「何っ!?」
「さすがクロウストロ人。見事な一撃だ」
アレンの掌には青白の光が宿っている。それが“気功”によって強化された掌と、クリフが認めるのと同時、
「だが俺も、気の使い方には長けている。連邦軍特務第一小隊、アレン・ガード」
アレンはクリフの拳を離し、
「
言い放った。
クリフが瞬く。
「はぁ? お前、フェイトを鍛えるんじゃなかったのか?」
「フェイトを鍛える上に、貴方と真剣勝負が出来る。この機会を逃す手はない」
「テメエも戦闘馬鹿ってことか? 調子こいてんじゃねえぞ! ガキがっ!」
クリフは言い放つと、拳を握り締めた。
「フェイトに手を出す前に終わらせてやらぁっ! ――カーレント・ナックル!」
鋭く走った右ストレートを、アレンは闘牛士のように剣で流す。ほぼ拳に触れない、剣先だけで。
同時。
アレンの退路を断つように走った左ボディを、アレンはバックステップで回避した。
三撃目、右のオーバーハングスローに対しては、剣の刃を立て、正面から受ける。
ギィインッッ!
ガントレットと剣が触れた次の瞬間。
アレンのブロードソードに、青い雷が走った。
「砕牙」
交差方向気味にアレンが切りぬける。
咄嗟に剣を受け流すクリフ。
が。
ばちぃいいんっっ!
「ぐぁっ!」
雷により、一瞬、クリフの身体がマヒする。
動きの止まったクリフに、アレンの容赦ない上段斬りが迫った。
――……
「エリアルレイド」
(消えた?)
アレンが斬ったのは、ただの中空。
そこにいた筈のクリフは――
「上かっ!」
アレンが見上げると同時、黄金の気をまとったクリフの蹴りが落下した。
「派手に行くぜぇええっ!」
……ズドォオオオオオッッ!
巨大な塊を水槽に投げ込んだ時のような、盛大な土埃が舞う。
その中心部に着地するクリフ。
アレンがいた地面は、クリフの蹴りによって深く抉れた。
「っ! ……いねえ!」
息を呑むのも束の間。
「クリフ! 上だぁっ!」
「何っ!?」
上空を見上げると、体を丸め、剣を振りかざし、回転しながら迫るアレンの姿があった。
「覇っ!」
「ちぃっ!」
アレンの刃を、紙一重で左に避ける。サイドステップ。一瞬後、クリフがいた地面は、アレンのブロードソードによって切り裂かれた。
斬ッ!
距離を取るクリフだが、そのクリフの逃げる先に、アレンは剣先を定めていた。
「疾風突き」
「野郎ぉおおお!」
右腕のガントレットで、アレンの気功を孕んだ突き――その剣先をかち上げる。
アレンは上げられたと見るや、すぐに剣を引き、身を翻しての横薙ぎへとつなぐ。
それに対し、クリフも左拳をリバーブローを打つように放った。
ガキィッ!
ガントレットと剣がぶつかり合う。
間。
若干、クラウストロ人のクリフが押し負ける。
が、クリフの口元に浮かんだのは、笑みだった。
「テメエの負けだ。アレン・ガード! 無限に行くぜぇええ!」
同時。
クリフの両拳が、無限と思える数に量産した。
ドドドドドドドドォ――ッ!
アレンは並み入る拳をブロードソードで受ける。受ける。受ける。さばく。避ける。
だがそれ以上に、クリフの拳が増えて行く。連打のスピードが上がっていく。徐々に徐々に、アレンの服を、肉をかすめ始める。
「やるな、クリフ・フィッター!」
言ったアレンは、どこか涼しげな声だった。
拳を剣でさばきながら、笑う。
「ならば、俺も夢幻の剣線にて貴方に応えよう!」
好戦的に。
蒼の瞳を光らせて。
「――夢幻」
ずしゅいんっ……!
抜刀術。
その繰り出される刃は、クリフのどの拳よりも速く、拳がアレンに届く前に、クリフの胸を切り裂いた。
「……なんだ、今のはっ!?」
フェイトが息を呑む。
クリフは忌々しげに顔を歪めた。
「咄嗟にサイドステップで致命傷を避けるとは、さすがだな。だが、俺の剣はまだ止まってはいない。――クリフ!」
身を翻しての上段から一撃。クリフが両腕でガードするよりも速く、クリフの身体を袈裟掛けに切り捨て、アレンの突きが繰り出される。
っ!
「舐めんなぁあああっ!」
左のフックで、その突きだけは自分の右脇へと飛ばす。
クリフは確信した。
――スピード、見切り。共に、向こうが上。
ならば、
(ここだ! ――渾身の右で、コイツの
クリフが右ストレートを放つ。が、それよりも速く。
アレンは身を翻していた。
先の袈裟掛けよりもさらに踏み込んだ、逆袈裟掛け。
(まだコイツの剣舞は――終わって、)
クリフは息を呑んだ。
「ない……だとっ!」
悲鳴に近い叫び。
キィインッ……!
両者、すれ違った。
――数瞬の、間。
「…………、」
フェイトは瞬きを忘れて見入った。
途端、
「ぐ、……っ!」
胸を切り裂かれ、クリフが片膝をついた。
アレンが振り返る。
刃を構えて。
「さすがにタフだな、クラウストロ人。地球人なら、今ので終わっていたが」
「テ、メエ……!」
胸の血を握り締めながら、クリフは呻く。
――そう言えば、聞いたことがあった。
銀河連邦軍の中核を担うのは、地球人が多い。――種族としては、大した身体能力を持たない彼等が、他惑星人と渡り合う為に開発した格闘術。四百年前の『十二人の英雄』が使ったとされる剣術、体術、気功術、紋章術を体系化し、昇華させた連邦正規のマーシャルアーツのことを。
「さあ、次はお前だ。フェイト」
この連邦軍人は、そのマーシャルアーツ――『ガード流』を会得している。
クリフは、カッとフェイトを振り仰いだ。
「逃げろ、フェイト! 戦おうなんて思うんじゃねえっ!」
「ぁ、……ぁ……っ!」
ゆっくりと、アレンが歩いてくる。
壮絶な剣気を宿し、こちらの呼吸を奪うほどの
「どうした? お前が俺に語った信念とは、この程度で揺らぐものか? ――クリフはお前の為に傷を負った。それが彼の任務であったとは言え、ただの稽古で、彼がここまでの傷を負う事はない。その彼に、お前は逃げる事で答えるのか? それで、お前の語る信念は貫けるのか?」
「……っ!」
「敵を恐れてどうするっ! お前が貫こうとする信念は、俺と剣を交える事などより、遙かに難しいっ!」
日頃見せていた穏やかさなど微塵もない。
一度戦士の顔になった男は、一切の甘えを許さなかった。
フェイトは剣を握る。
――気圧されたからではない。
ただ、
自分の意志を、示す為に。
「そうだ。それでいい」
「馬鹿、よせッ!」
クリフが止めに来る。
さっきは虎を前にしたように身体がすくんだというのに、何故か今は、不思議な高揚感がフェイトを包んでいた。
「そうだな……確かに馬鹿だ。けどさ、クリフ。こいつの言ってる事ももっともなんだよ。ここで逃げちゃいけない。……何もかも、難しい事を
言い放ったフェイトは、碧眼に強い光を宿した。
――己が意志を。
「僕は、強くなるっ! 父さんや、ソフィアを迎えに行くためにっ!」
剣を構える。
フェイトは腹の底から吼えた。
「行くぞ、アレンっ!」
「フェイトぉおおおお!」
クリフの制する声。
それを完全に無視して、
「その意気や、――良し」
ニッ、と笑んだ連邦軍人は、壮絶に蒼の瞳を底光らせた。
……………………
………………
「ぐはっ!」
空気の塊を吐いて、フェイトが地面に倒れる。
ドッ、と。
同じく身体を地面に伏せたクリフが、忌々しげにアレンを仰ぐ。
「……ッ! て、てんめぇえええ!」
「フェアリーライト」
クリフの抗議が届く前に、空が白く輝いた。
頭上に――女神が降る。
もう幾度となく見た、栗色の髪を腰まで伸ばした癒しの女神。
ぱぁああああ……っ!
彼女が全身から光を発すると同時、クリフとフェイトに刻まれた傷が、あっという間に治っていく。
無慈悲なまでに、完璧に。
「さて、もう動けるな。構えろ」
「ちょ、おま……」
こともなく言うアレンに、フェイトが割りこんだのも束の間、アレンは既に、剣を構えていた。
「来ないなら、こちらから行くぞっ!」
「て、テメ……ちょ、待っ――!」
「うわぁあああああっ!」
「ぎゃぁあああああっ!」
彼等の意志が途切れるまで、その悲鳴はやむ事はなかったという。
銀河連邦軍、特殊任務施行部隊の実務訓練。
通称――『地獄』の、始まりである。