連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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phase3 施術兵器
20.謁見


 聖王都シランド。

 ついに辿り着いたネル達の都は、湖畔に浮かぶ小島でできた都市(まち)だった。

 イリスの野と聖王都を結ぶ橋は陽光を浴びて銀蛇のごとく光り、几帳面に並べられた石畳が王都に向かって続いていく。この橋から景色を仰げば、荘厳なシランド城が霧に包まれ、まるで雲間に端座しているように雅やかな様子がよく見えた。

 フェイトは感嘆の息をもらした。

 

「……これは……綺麗な街ですね……」

 

 ネルが得意げな顔でふり返ってくる。

 

「だろう? 私たち、自慢の都市(まち)なんだ。……でもそれを、我が物にしようと企む輩がいる」

 

「アーリグリフ、か」

 

 クリフの言葉に、ネルが表情を鋭くした。彼女が横目でアレンを見やる。それからクリフ、フェイトと順に目を合わせていった。

 

「私たちはただ奴らからこの都市を、人々を守りたい。だから……」

 

 ネルはそこで言葉を切って、フェイトをじっと見る。思いつめたような、相応の覚悟を積んだ兵士の目だ。

 その力強さをまえに、これまではどこか自分とは違う世界のことと認識している節がフェイトにはあった。いまは、違う。

 

「だから、アンタたちの力を貸して欲しい」

 

 ネルの言葉の重さに、フェイトは固唾を呑む。

 いよいよ事態は自分の決断に左右されていくようになってくるのだ。新兵器の技術提供をしろと口酸っぱく言っていたあのネルが、こうして意見を翻したのだから。

 クリフがわざとらしいため息を吐いて、場を和らげた。

 

「それで? これから会う女王陛下はどんな人なんだ? 個人的に美人だとすげぇ嬉しいんだがな」

 

「……頼むから、陛下の御前でそんなこと言わないでおくれよ」

 

 ネルは呆れ混じりに目を細めて、まるで冗談と取れない、鋭い殺気をクリフに向けた。得物を抜いていないというのに見事なプレッシャーだ。

 クリフは口許を引きつらせると、真顔になって咳払いした。

 

「冗談だよ。ジョ・ウ・ダ・ン」

 

(怪しいな……)

 

(怪しいもんだね)

 

 フェイトとネルの、白けた視線にクリフは押されたように小声で言った。

 

「……ホントだぞ。な? アレン」

 

「………………ん? ああ」

 

 アレンは心ここにあらずといった様子だった。まるで寝起きのような惚けた目だ。クリフが首を傾げていると、フェイトとネルが、同時に重いため息を吐いた。

 

「行きましょうか?」

 

「そうだね。この道をまっすぐ行けば、城だよ」

 

 連れ立っていく二人の背を、クリフの声が追った。

 

「お、おい! ちょっと待てよ!」

 

「どうしたんだ? あの二人は?」

 

 慌てて駆け寄る長身の男二人に、街の人が奇異な眼差しを向けた。

 ゆるやかな王都での時が過ぎていく。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 謁見の間は、城の外観を裏切らない厳かな空気に包まれていた。

 白壁に、床は格子状の藍と蒼のタイルを並べた幾何学模様。足音を吸収する毛の長い絨毯が、玉座から一直線に、謁見の間出口の階段下まで続いている。

 まるでこの街そのものが美術館のようだ、とフェイトは思った。

 白壁の一部は硝子張りだった。その硝子の向こうに数本の滝が流れている。人工的なものなのかはわからないが、水が絶える様子はない。落水の音が謁見の間には聞こえてこないことからも、硝子の密度が窺い知れた。

 フェイトたちは今、女王と、その側近の執政官と向き合う形で(かしず)いている。

 謁見の間の扉付近には、衛兵が二人、並んでいた。

 

(……少ない……)

 

 アレンは顔を伏せたまま気配で城内を探りながら、胸中でつぶやいた。第一、女王の傍に一人も兵が控えていない。

 万が一の奇襲を考えていないのだ。

 聖都に入って、ただの違和感にすぎなかったものが確信に変わる。アレンは静かに瞼を落とし、思考を打ち切った。

 

「只今、戻りました」

 

 先頭で傅くネルが、凛と告げる。

 

「ご苦労だったな。その者たちがそうなのか?」

 

「は、ラッセル様」

 

 ラッセルと呼ばれた女王の傍らに立つ執政官は、後ろに控えるフェイトたちを見下ろした。

 

「……面を上げよ。陛下がお話になる。心して聞くがよい」

 

 厳かな声に従い、技術者として招かれたフェイトたちは顔を上げた。

 気難しそうな執政官(おとこ)である。痩せぎすで視線が鋭く、容赦がない。ラッセルはネルの後ろに控えた三人を見渡したあとにわずかに息を呑んでいた。技術者のどれもが、想像以上に若いのだ。実年齢と知識量は比例しないにしても、二十前後の青年たちが三人という状況――実際はクリフは三十六歳なのだが、クラウストロ人の若作りはラッセルの常識に当てはまらなかった――に、不安を感じずにはいられない。

 玉座に腰かけた女王が、そ、と口を開く。

 

「聖王国シーハーツへようこそ。グリーテンの技術者よ……。私がこの国を治めるシーハーツ女王、ロメリア・ジン・エミュリールです」

 

 女王は作り物のように整った目鼻立ちをしている。彼女がたおやかに目を伏せてみせると、気品溢れる視線はフェイトたちを向き、ただそれだけで相手を委縮にさせる、カリスマ性を秘めていた。

 フェイトは緊張から、慌て気味に頭を下げた。

 

「フェイト・ラインゴッドです」

 

「アレン・ガードと申します」

 

「クリフ・フィッターと申します、陛下。御拝謁を賜り大変光栄に存じます」

 

 順に名乗り、頭を垂れる。意外にも一番礼儀正しく傅くクリフに、フェイトは意外そうに瞬いた。

 女王は三人を見据えて頷くと、静かに口を開いた。

 

「そなたたちを我が王宮に呼び寄せたのは他でもありません。そなたたちの助力を願いたいのです。既に聞き及んでいると思いますが、今我が国とアーリグリフは戦争状態にあります。そして戦況は我が国にとって好ましくない状況にある……。私は今の状況を考えるとアペリス教経典、イケロスの預言書第十五章を思い出さずにはいられません」

 

「イケロスの預言書、ですか?」

 

 耳慣れない言葉が出てきて、フェイトが首を傾げる。女王が頷いた。

 

「グリーテン人であるそなたたちには馴染みのないものかもしれませんね。アペリス教の開祖である初代シーハーツ王が書き記した預言書です。その中の第十五章に次のようなくだりがあるのです。『聖地において混沌あり。混沌は大いなる災いを撒き散らし、災いが新たなる戦乱を生む……』私は今がこの予言が成就しつつある時ではないかと考えています。そしてそなたたちが予言にある矢であると」

 

 そう言って立ち上がり、女王は長い青の絨毯が敷かれた階段を優雅に下った。施政者としては異例の、特にロメリア女王は純粋な王室育ちであるにも関わらず、フェイトと同じ高さにやってきて、やがて、そ、とフェイトの前で膝をついた。

 

「今、我が国はアーリグリフによって戦乱の渦に巻き込まれています。このままでは罪もない我が領民たちの命が失われてしまうでしょう……。そのような事態を回避するためにもぜひ、そなたたちの力を我が国のためにお貸しください」

 

 フェイトの手を取り、恭しく頭を下げてくる。慌てて、フェイトは首を横に振った。

 

「そんな、やめてください」

 

 女王はフェイトから手を離して顔を上げた。秀麗な彼女の貌が、その赤い瞳が、じ、とフェイトを見つめる。

 フェイトは緊張で硬い表情のまま言った。

 

「陛下、僕たちに何ができるかは分かりませんが、できるだけのことはさせていただきます。そのつもりでここに来たんですから」

 

「……よしなに」

 

「あの、陛下」

 

「?」

 

 玉座に戻っていく気配のあった女王を呼び止めると、意外にもあどけない表情が帰ってきた。シーハーツ二十七世のご尊顔を、面と向かって見ることは適わないが、フェイトは拳を握りしめて続けた。

 

「実は僕たち……、アーリグリフを討つための、兵器を作るつもりはありません」

 

「……何だと?」

 

 聞き返したのはラッセル執政官である。彼に次ぐように女王も、す、とフェイトを見下ろす。

 

「どういう意味です?」

 

「は、はい……っ! 僕たちは新兵器を作るつもりはありません。ですが、さっき言ったように、陛下たちの手助けをしに来たんです」

 

「……と、申すと?」

 

「我らに、軍の統括を助成する権限(ちから)を頂きたい」

 

 アレンが答えていた。無礼にも関わらず、女王の瞳を見据えて。

 

「無礼な! 面を下げよ!」

 

 ラッセルが腹の底から怒号してくる。だが、アレンは執政官に一瞥もくれない。

 

「……アレン!」

 

 ネルの押し殺した声が響く。だが意外にも、彼らの制止は女王に制された。

 

「よいのです。……それより、そなたの意を申してみなさい」

 

「は」

 

 発言の許可を得たところで、アレンはようやく顔を伏せた。

 

「私が存じますところ、戦とは将で決します。武将は十の敵を薙ぎ倒し、知将は百の敵を討つ。さらに武将と知将が合わさるところは、百の兵で万の敵を討ち取ることでしょう」

 

「……何が言いたいのだ? 簡潔に述べよ」

 

「ラッセル」

 

 ラッセルのどこか苛立ったような咎めを女王は一声で制し、アレンを見下ろす。アレン以外のだれもが型破りな謁見に肝を冷やしていた。話の着地点がどこに定まるのか見守ることしかできず、息を殺している。

 冷や汗もののアレンの話は続いた。

 

「恐れながら、この国には知将しかなく。彼の国、アーリグリフにはその双方が揃っているものとお見受け致しております。施術は人によるもの。しかし、兵器に頼った戦いは戦を虐殺の場に変える凶器とも成る」

 

「……………………」

 

「陛下。陛下はアペリスの聖女であらせられるお方。ならば、御心にお留めください。アーリグリフにも、アペリスを信ずる民がいることを」

 

「!」

 

 ネルが目を見開いた。謁見の間を満たす沈黙に、執政官はしばらくの間を押し黙っていたが、やがて、ふ、と鼻を鳴らした。

 

「何を言うかと思えば戯言を! アーリグリフのために、我が国に滅べと言うのか!? ……いや、それを置いても貴様、施術兵器なくして、そなたらが我が軍に助力するだけであの国に勝てるとでも!?」

 

「恐れながら」

 

 アレンがまた、女王の瞳を見る。

 

「無礼な!」

 

「……ラッセル」

 

 激昂したラッセルを、女王が制した。

 

「そなたの申すこと、たしかに一理あります。我等の刃がアーリグリフの巨軍に及ばぬこともまた、事実。……ですが、それを迷うことなく言うた、そなたの物言いには、私も少なからず不快な心地になりました」

 

「陛下……!」

 

 ネルの、息を呑む声がかかる。王族と対面するなど、死罪に値する無礼だ。床を見据えるフェイトも、傍らのクリフも、表情が凍っていた。

 数瞬の間。

 フェイトは、ゆっくりと顔を上げた。アレンの意を、間違いなく自分も敢行するつもりであることを伝えるためにだ。

 ――己の意志を、貫くために。

 床に置いた右拳を、ぐ、と握りこむ。

 

「……陛下。僕も、彼と同じ意見です」

 

「っ、フェイト!」

 

 ネルの表情が引きつる。その傍らで、クリフが、ふ、と笑っていた。その彼等を順に見やって、女王は最後、フェイトとアレンを見る。

 緊張した面持ちと、至って平静な面持ち。どちらも罰則を承知で女王を真正面から見ている。異なった表情だが、奇しくもその碧眼と蒼眼は、まったく同じ光を称えていた。

 

 曇りなき光を。

 

 女王は一つ、間を置いた。

 

「……いいでしょう。そなたたちの意が、そなたたちの実力(ちから)が、真に紛うことなきものと証しなさい。さすれば、その望みについて私も道を探しましょう」

 

「御理解、感謝致します。陛下」

 

「ありがとうございます!」

 

 アレンとフェイトが恭しく頭を下げる。その彼等を見下ろして、女王は頷いた。

 当事者でありながら、冷然とした青年と、緊張こそしているものの、堅固な意志を覗かせる青年を、まるで値踏みするように。

 

 彼女は、そ、と微笑んだ。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

「で?」

 

 謁見の間を出た直後。御前試合の準備のために、一行はしばしの暇を言い渡された。

 クリフが率直過ぎる問いを口にしながら、アレンとフェイトをふり返る。

 

「すげぇ大事になっちまったが、どうするつもりだ?」

 

 いつもより語気が強い。フェイトが視線を向けると、明らかな怒気というよりも呆れが、クリフの顔に滲んでいた。

 

「それもよりにもよって、女王陛下に直接啖呵切るたぁいい度胸じゃねぇか」

 

「……まったくだね」

 

 腕を組んだネルがクリフに続いて睨んでくる。こちらは完全に血が上っているのか、顔色が赤く、唇はやや蒼白に染まっていた。

 

「いや、つい……」

 

 剣幕に押されて、フェイトは歯切れ悪く頭を掻いた。

 選択肢こそアレンに任せたものの、彼が何かを成すと言うなら、その重責は必ず己も負う。

 そういった覚悟が、今のフェイトには出来ている。

 それ故の行動だった。

 クリフが、アレンに視線を向けた。

 

「それもお前の作戦か?」

 

「そのつもりだ。それに手立てが見つかった以上、早々にこの戦いを切り上げて、行かねばならない場所がある」

 

 ネルがいる手前、『手立て』――亜空間通信機の名を伏せて、アレンは神妙な面持ちでクリフを見る。

 フェイトは合点のいかない表情で首を傾げた。

 

「行かなければならない場所って?」

 

「グリーテンだ」

 

 言い切るアレンに、クリフとフェイトは瞬きを落とした。

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