「なん、だと……!?」
ラッセルは目の前の光景に、言葉を詰まらせた。
謁見後、場をあらためて御前試合が開かれたのだ。その席でのことだった。
白露の庭園。
この世でもっとも美しい庭園として知られる女王のプライベート庭園に一同は招かれた。フェイトたちの実力をみる相手に選ばれたのは、ラッセルが信頼する十名の精鋭兵たちだ。
いずれもこの城を警備し、あるいは最前線で名を上げた、言わずと知れた
「これで最後とお見受けしてよろしいですか」
問うアレンは、ブロードソードこそ差しているものの終始素手で戦った。傍らで、ふぅ、とため息を吐いているフェイトにも疲れた様子はない。
「う、うむ……」
ラッセルは狐につままれたような心地だった。条件は条件だ。それでも腑に落ちずに唸るより他ない。庭園の入り口から騒がしい声が近づいてきたのは、そのときだった。
「ほぉ~! これは面白い!」
「!」
ネルがそちらを振り返る。
ラッセルもまた目を剥いた。気難しそうな彼の顔に浮かんだのは、焦りにも似た驚き。
「アドレー殿!?」
ネルの、戸惑った声が庭園に響く。
それを皮切りに、フェイトも庭園の入り口を見やった。恰幅のいい上半身裸の巨漢が刀を肩に担ぐようにして立っている。年齢は五十半ばといったところか。顔に年相応の皺が刻まれているが、均衡の取れた肉体美が『老兵』と呼ぶにはいささか精悍すぎる印象を持たせた。男は白髪混じりの頭を揺らしながら、フェイト達のもとに歩み寄ってきた。
「お久しゅうございます、陛下。このアドレー、只今戻りましたぞぃ」
アドレーは渋みのある声で女王に一礼する。ラッセルから詰問が飛んだ。
「アドレー!? 貴様、何故ここに!」
「東国の視察とやらから、たった今戻ったのでな! 早速、陛下にお目通り願おうと、城の兵に聞いてここまでやってきただけのことよ!」
「そうでしたか。そなたの居ぬ城というのも、少し寂しく思っていたところです」
「光栄の極みにございますぞ、陛下。後にまた我が冒険譚でもお聞かせ致しましょう」
「それは楽しみなこと」
そそ、と微笑む女王に笑い返し、アドレーはフェイトに向き直った。
「さて! ――ワシはアドレー。アドレー・ラーズバードと申す。小童ども、名は?」
「……フェイト・ラインゴッドです」
「アレン・ガードと申します」
遠慮がちに答えるフェイトと端的に答えるアレンを見比べて、アドレーは含み笑った。
不意にフェイトが、眉尻を下げる。
「え? ラーズバードって、もしかして……」
「そうさ。アドレー殿はクレアの父君なんだ。私とクレアがクリムゾンブレイドを襲名する前、シーハーツ最強の兵として、私の父と共にこの国の一翼を担った人物だよ」
「んな人材を、何で遠方なんかにやってたんだ? 割りにあわねぇだろ? この戦況で」
至極全うな問いをするクリフに、ネルは眼球だけを動かしてラッセルを一瞥すると、声音を落とした。
「ラッセル様と折り合いが良くないんだよ。あの二人は、顔を合わせる度に衝突しあうからね」
「……なるほどな」
話題の渦中にいる男は、仲の悪い執政官よりもいま対峙している青年二人に関心がいっているようだ。白露の庭園で、シーハーツの兵士達が肩や足を押さえてうずくまっている一瞥して、楽しげに唇をまくり上げた。
「これは皆、おぬしらがやったのか?」
フェイトは警戒しながらも頷いた。途端、ネルが、は、と目を剥く。
「アドレー殿!」
「ならば次はワシが相手じゃ! いくぞ、小童ども!」
アドレーの躰に刻まれた施文が輝く。振り上げられた両手から、強大な力の奔流がアドレーの胸に向かって集まった。白い光が、胸の前で閃く。
「なっ!」
突然の展開に、フェイトが思わず眼を見開く。そのとき
「フェイタル・ヒューリー!」
怒号にも似た鋭い一喝と共に、猛然とアドレーの巨体が突進してきた。
思わず目を見開いたクリフが、ネルを仰ぐ。
「おい! あのおっさん……!」
「……ああ。施力だけなら、私以上。優れた体術と施術を組み合わせたその実力は、現在でもシーハーツ最強と言われてる」
「な!? ……んだとっ!」
クリフがフェイトをふり返り、舌打ち混じりに顔を歪める。そのときすでに、『フェイタル・ヒューリー』と呼ばれる施術と気攻術を組み合わせた体当たりが、フェイトとアレンを襲っていた。
どごぉおおおおおんんっっ!
けたたましい物音を立てて、二人の背後に突風が吹き荒れる。
ぱらぱらと土煙が舞った。それらが――晴れていく。
「……まったく。受けるなら受けるって、最初に言ってくれよ」
フェイトがぼやく。すまない、と返す青年の姿が、一同の目を奪った。
「……なっ!?」
クリフを除いた誰もが、突進を止められたアドレーまでもが、驚きに目を瞠る。アドレーの巨漢を、施術と気攻術を合わせた最強技『フェイタル・ヒューリー』を、真正面からアレンは片手で受け止めたのだ。
アレンの左手には、凝縮された紋章が雷に似た動きでのたうっていた。
「威力は高い。――それだけだ」
低くつぶやいたアレンの左手が、ぱ、と光る。
瞬間。
…………ォォッッ!
音ともつかない音を立てて、アドレーの巨体が庭園の外壁に打ち据えられた。
「かはぁっ!」
アドレーが息の塊を吐く。戦闘態勢にすぐ戻った老兵は、酷薄な笑みを浮かべた。
「やるのぉ、燃えてきたわい!」
アドレーのかざした左手の指先に施力が集まっていく。アレンはフェイトを一瞥した。
――まず、俺から行く。
そう、視線で告げてくる。
苦笑したフェイトは、やれやれと首を振って剣を納めた。
「相談は終わったか! 小童ども! いくぞぃ!」
「いつでも」
アレンが拳を軽く握る。瞬間。アドレーの施力が、カッと輝いた。
「ライトニングブラスト!」
「サンダーボルト!」
二人の雷光が庭園の中央で激突し、相殺し合った。ネルやフェイトを上回る雷束が、ともに一瞬で練り上げられ、火花を散らせてかち合ったのだ。強烈な雷の激突は鼓膜を破かんばかりに間遠く木霊していく。
「何だと!? シーハーツ最強の、……アドレーと互角だと!?」
思わず顔を庇ったラッセルが、皆に代わって叫んでいた。
アドレーが腰の刀を抜き打ち、斬りかかった。猛然と走る剣尖を、アレンは紙一重で避ける。
「連れの助けは、借りんつもりか?」
「実力を知るなら、個別の方が分かりやすいでしょう」
「……小童め!」
憎たらしそうにアドレーが笑う。アレンも微笑っていた。と。アドレーが両手で刀をはね上げた。
ゴォウッ
「――ッ!」
凄まじい太刀風に紙一重でかわさんとしたアレンの体勢が崩れた。
(んだとっ――!)
クリフが目を疑う。同時。アドレーが大上段から猛然と打ち込んだ。
「ヌンッ!」
アレンも抜剣していた。刃が打ち合う。アドレーの強烈な打ち込みを、アレンは柳のように剣をしならせて受け流している。
そのとき、アドレーの口許に、にやりと男らしい笑みが浮かんだ。
「ようやく、抜いたな」
「抜くつもりはなかったのですが……、さすがですね」
アレンが減らず口を叩いてくる。アドレーはますます愉快そうに笑う。
「遠慮するな、本気で来い!」
「……では」
切りかかるアドレーに対し、アレンも正眼に構えた。刀と剣と激しく火花を散らし合う。幾度も斬り合い、身体をぶつけ合う。アドレーの剣は力任せのものもあれば、隙の生じない一閃もある。老獪な駆け引きがここにあった。数合切り結びながらアレンはアドレーに敬意を覚えた。だからこそ彼は全身の気を高め、『技』を放つ。
ブロードソードの刃が、
ぞ……っ
アドレーの背筋に強烈に嫌な予感が走っていった。視線を交わしたアレンが、鋭く見据えてくる。
「ケイオスソード!」
ぱっ、と。
アドレーの前で闇が弾けるのと同時、
「なにぃ!?」
頭上で剣を止めたアドレーは我が目を疑った。斬撃が、アドレーの刀をすり抜けてきたのだ。アドレーは咄嗟に刀を離し、後方へ大きく退がった。それでも袈裟状に胸を切られ、苦痛に声が洩れる。
「アレをかわすとは、いい判断です。……久しいな、ケイオスソードを避けた者は」
アレンの嬉しそうな声を聞きながら、アドレーは施術で、斬られた胸を癒す。とっさの判断が遅れていれば、危なかった。
「ここまでやるとはのぉ。剣では勝負にならんか、じゃがワシは剣士ではない。施術士じゃ!」
アドレーが施文を輝かせ、両手に光をまとわせる。
アレンが言った。
「切り合っている間に施力を溜めていたのか」
「はぁああああ……!」
アドレーが施力を溜める、しばしの間。アレンもまた、一歩も動かなかった。
施力を溜めていたのは、アドレーだけではない。
アレンに集う力、大気の奔流が尋常ではない。それは女王の施力に迫り、よもや上回るのでは――そんな不吉さを感じさせる強烈な施力の流れだった。
「馬鹿な!? アイツは……、アレンは一体っ!?」
ネルから血の気が引いた。
観戦しているラッセルも、そして女王も、表情を固くする。
その三人を、不思議そうにクリフとフェイトが見ていた。
と。
「もう泣いて謝っても遅いわい!」
アドレーが冗談のように笑いながらひねり出したのは、身の丈の三倍はありそうな鋼鉄の巨人だった。そして両手を突き出す。
「タイタン・フィストぉおお!」
叫ぶと同時。鋼鉄の巨人が拳を振り下ろす。両肩についた刺々しい鎧に相まって、凶悪な野太い腕がアレンを襲う。
アレンは、待ち受けていたかのように、紋章を解き放った。
「……エナジーアロー!」
空が
青空が、雲に覆われていったのではない。一瞬、黒く闇に染まった。
アレンの左手に宿る、赤黒い光の色に。
気温が低下した。
ズゴォオオオオオオンンンッッ!
悲鳴にも似た大気の響きを皮切りに、アドレーの召喚した巨人が、天から降った強大な矢に貫かれる。まるで地面に杭を打たれたようだった。ぴん、と背筋を逸らし頭から貫かれた異界の巨人が、完全に動きを停止する。
――……ぉおおおお!――
轟音か、それとも巨人の上げた悲鳴か。
もはや震えとしか感じようのない騒音を立てて、庭園が、城全体が震える。
白い煙が立ち上がる中、それでも不思議と、庭園の石畳や植え込みが飛び散った形跡は無い。
だがそんなことは、フェイト達の意識の外だった。
渦中に立つ二人は、しばししてようやく、白い煙の中から姿を現した。それが巨人を蒸発させた煙だとは、誰も解らぬまま。
アレンは剣を鞘に戻した。
「……どうやらワシの、負けじゃ……!」
アドレーが告げる。
紋章と施術の衝撃で膝をついていたアドレーが立ち上がろうとしたところで、アレンが手を貸してきた。それを見上げて、アドレーは豪快に笑う。
「がっはっは! これ、ワシを年寄り扱いするでない!」
「……失礼しました」
アレンが深々と一礼する。
それからアドレーとアレンの視線が、同時にフェイトを向いた。