「……へ?」
まだ何かあったか――、
フェイトが問いかけたところで、アドレーは立ち上がって、凶悪に笑った。
「次は、そっちの小僧じゃの!」
言われて、フェイトが、は、と瞬きを落とす。剣を構える前、アドレーに問いかけた。
「連戦でかまわないんですか?」
「無論じゃ。おぬしのほうが、戦い慣れておらんようじゃからの」
「上等!」
アドレーの挑発に、フェイトはホームラン宣言するように、空に向けて剣先を掲げた。その不思議な動作にアドレーが首を傾げた瞬間、
「もらったぁっ!」
吼えると同時、フェイトが踏み込む。アドレーの施術はすでに見せてもらった。施力はネル以上。そんな相手と戦うのは、これが初めてだ。
ならば、接近戦を置いてほかに選択肢はない。
間合いを詰めるなり、フェイトは剣を上段から一閃した。
「うぉっと!」
軽口を叩いて、アドレーがバックステップで回避する。
同時。
フェイトは左手を掲げた。
「ショットガン・ボルト!」
闘気で固めた炎の炸裂弾が、アドレーに向かって走る。に、と笑ったアドレーが、施力に満ちた左手を振り下ろした。
「甘いわぁ! サンダーフレア!」
「うわっ!」
生じた施力の、その流れの深さに眼を見張る。瞬間。ショットガン・ボルトの炸裂弾が、網の目状に張り巡らされた雷の中にかき消えた。
直後、
雷が縦横無尽にフェイトの足元から湧き上がった。
「ぐ、ぁあああああっ、っっ!」
脳髄を焼ききるような凄まじい衝撃に、思わず悲鳴を上げる。棒立ちになったフェイトを嘲笑うように、アドレーが手にした刀を振り下ろした。
抜いてはいない。
鞘ごとだ。
「ほれっ!」
敵を捕縛するような雷の嵐に、鉄の棒が振り下ろされる。瞬間。無意識に払ったフェイトの剣が、鉄棒をとっさに止めた。
が。
攻撃の重さにフェイトの身体がずしりと沈み込む。
歯を食いしばった。
そのまま、アドレーの膂力に剣撃ごとなぎ倒された。
「か……っ!」
今度は、フェイトが庭園の床に叩きつけられた。
「フェイト!」
一喝のような、クリフの鋭い声。同時。降ってきた刀の鞘を、フェイトは横に転がってかわした。
およそ鉄の棒を振るっているにしては重すぎる轟音に、フェイトは、ぴくりと眉をしかめる。
見れば、自分の寝ていた位置の床が、鞘をめりこませていた。
(ッ! ……こいつも、殺す気で来てる――!)
目を見開いて、フェイトは景気づけに口元を拭う。別段、血がこびりつくような傷は負っていないが、気分の問題だ。
「ったく……軍人って奴はよ……」
「ほぅ……。なかなかの反射神経じゃのぅ?」
ぽつりとつぶやくフェイトを置いて、アドレーが邪悪に笑む。
フェイトは、勝ち誇ったようなアドレーを睨んで、
「舐めるな!」
仕返しとばかりに突き込んだ。風を巻く鋭い一線が、アドレーを襲う。アドレーは左足を大きく引くと、フェイトの突きを切り払った。同時。返す刃で、アドレーが抜刀する。
「ぬんっ!」
上段からの斬り下ろし、だが、フェイトは構わない。気功を溜めた下半身をバネに、全力にアドレーに体当たる。
どんっ、と。
本来なら、相手を吹き飛ばすほどの威力を持つ
が。
「……ぬっ!?」
アドレーが目を見開く。わずかに打ち込みの軌道を変えられたか。紙一重でフェイトの脇を走る剣尖を見やるアドレーの顔が険しく歪む。
ついで
「ブレードリアクター!」
下からのフェイトの斬り上げに、アドレーは舌打った。ぎりぎり、刀で止めんと半歩下がる。――間に合った。
だが。
安堵するのもつかの間。次ぐ振り下ろしを、完全に止められなかった。
「!」
アドレーの胸板が割かれる。
後一歩、深く踏み込まれていれば重傷だった。
「……やるのぅ!」
唸るアドレーに、フェイトはニッと笑った。
「まだまだ、これからですよ」
「小童が!」
アドレーは胸元を見下ろし、口端をつり上げた。
アドレーに比べれば腕力は足りないが、その剣速と身のこなしは、アドレーを上回っている。このまま肉弾戦を続ければ、フェイトの見立て通り、アドレーの分が悪い。
ちゃき、と小さな金属音を立てて、フェイトがブロードソードを握り直す。
間合い、二メートル。
フェイトが切りかかるには少し遠すぎて、アドレーが施術を放つには近すぎる距離だ。
じり、と両者がそれぞれ、己の間合いを求めて足を動かす。
じり……、
両者が相手の隙を突かんと、円を描くように、じり、じりと間合いを制し合う。
しばらく。
アドレー・ラーズバードという男は、いつまでも、小競り合いをする男ではなかった。
「来ぬなら、ワシから行かせてもらう!」
凄絶な笑みを浮かべると同時、ダンッ、と踏んだアドレーが刀を掲げる。施力集中を示す緑光が、アドレーの腕に溜まっていた。
(っ!? もう紋章術を――!?)
対峙すると、アドレーの詠唱力の反則さがよくわかる。フェイトが前傾姿勢になった、遠距離から一気に間合いを詰める、突きの体勢だ。
「それは違う」
アレンが、ぽつ、とつぶやいて静かに目を細める。瞬間。ネルは、アドレーの刀に宿った緑色の光を見据えて、フェイトに向かって叫んだ。
「フェイト! 罠だ!」
「何っ!?」
クリフが、意外そうに目を剥く。無理もない。施術は詠唱して当たり前。そんな常識を崩せる人間など、そうはいない。ネルは、突きを放ったフェイトが、刀に見掛け倒しの施力を宿したアドレーに突っ込んでいくのを息を呑んで見つめていた。
あれは、施術を放つために溜めた光ではない。
囮用だ。
「かかったな! サザンクロス!」
瞬間。突き入ったフェイトの足元に淡く輝く光が生まれた。――正確には、アドレーを中心に描かれた施術の陣が、彼の足元まで及んだのだ。
パリッという電撃の音が、軽やかに響く。施術発動を報せる、雷撃の音が。
同時。
「跳べ!」
鋭く響いた声に応じて、フェイトが、だんっ、と地を蹴った。
「ヴァーティカル……!」
一瞬で気攻を溜め、剣を振り上げる。アドレーの胸板を斬るまでの、近距離ではない。
が。
「何っ!?」
振り上げの剣圧で上空にたたき上げられたアドレーが、か、と目を見開く。折角作り上げた
―――そして、
「エアレイド!」
二閃目の振り下ろしの剣圧が、容赦なくアドレーに襲いかかった。
「ぐぅっ、っっ!」
アドレーは唇をかみしめ、眼を血走らせながら、また一瞬で施術を構成し直していく。
左腕を一振りし、己の胸の前で中空に施術陣を描く。
「ウォーターゲイトォオオオオ!」
腹の底からアドレーが叫ぶと同時。
ざっぱぁああああんっっ!
水しぶきを上げて、地面から、巨大なサメが姿を現した。フェイトに向かって、まるで水面から顔を出し、襲いかかるように。
「フェイト!」
クリフとネルが、同時に叫ぶ。
上空で、巨大ザメに横殴りに引き倒されたフェイトが、かは、と空気の塊を吐く。
優に、五メートル。
フェイトは地面に叩きつけられるなり、二、三回、バウンドした。
「く、ぉおっ!」
それでも意識は飛ばしていない。
フェイトは舌打ちすると、ブロードソードを鋭く構え、踏み込んだ。
対するアドレーは、ヴァーティカル・エアレイドをまともに食らったその後で、傷を広げんばかりに施術を放ったために、すぐには立てない。
「……本当に、やるのぅ……っ!」
膝をつき、刀を立ててフェイトを見据えるアドレーが、嬉しそうに口端をゆがめている。
瞬間。
――ぴたり、と。
ウォーターゲイトを受けきったフェイトの振り下ろしが、アドレーの首元で寸止めされた。
「僕の、勝ちです」
肩で息を切らしながら、フェイがニッと笑う。あの『地獄』を経験していなければ、意識を刈り取られていたのは、間違いなくフェイトだった。
「……こんな、ことが……っ!」
ラッセルは息を呑んだ。
フェイトは顔をゆがめながらラッセルと女王に向き直った。恭しく膝をつき、剣を傍らに置いて、頭を下げる。その傍らに、アレンも膝をついた。
「度重なる非礼、お許し下さい」
「失礼しました」
「……う……」
謝罪するアレンとフェイトに、顔を引きつらせるラッセルを、女王が、そっと制す。そして女王は、そそ、と歩み寄ってくると、白魚のような美しい手で、フェイトの肩に触れた。
「……え? あの……」
彼女の手が、淡く青く光る。
気づいて、フェイトが、ぽかん、と女王を見上げる。すると彼女は、フェイトを労うかのように静かに微笑い、慈愛に満ちた赤い瞳を満足そうに、すぅ、と細めた。
「いいでしょう。そなたを、……いえ。そなた達を、仮のクリムゾンブレイド――クリムゾンセイバーに任命致します」
「へ……?」
眼前で放たれた、言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
空っぽになった頭の中で、女王の言った意味を何度も反芻して。
フェイトは花が咲いたように、ぱぁあ、と表情を明るくした。
「あ、ありがとうございますっ、陛下!」
「……有難き幸せ」
それぞれ深くかしずくフェイトとアレンに、女王はゆっくりと頷いた。
そう言った自分を思い出しながら。