翌日。フェイト達が向かった先は、意外にも、アレンが協力しないと言った施術兵器開発室だった。
毛並みのいい絨毯を踏みながら、フェイトは真意が分からず、アレンを見る。と、クリフが問いかけた。
「お前、兵器開発には協力しないんじゃなかったのか?」
その質問に、ネルの表情がすごみを増す。訝しげな彼女に対し、クリフの方は訝しげと言うよりは、確認に近い様子だった。
クリフを横目に見て、アレンが頷く。
「ああ。だが、アリアスに向かう前に一度見ておこうと思ってな。それに許可なら、ラッセル執政官から貰ってある」
「……いつの間に……」
思わずつぶやくフェイトに、ふ、と含み笑って、アレンは開発室の扉を開けた。
「失礼します」
「ん?」
部屋の椅子に腰かけた施術士の女性が、読みかけの本から顔を上げて、首を傾げた。
この開発室の最高責任者、エレナ・フライヤだ。
彼女は前列のアレンと――、いや、ネルを一瞥してから、用件を思い出したのか、ああ、と間延びした声を上げて、手元の本を閉じた。
「いらっしゃい。話は聞いてるから入って」
椅子から立ちもせずに言う。
「エレナ様!」
その彼女をたしなめるように、部屋の奥から、几帳面そうな青年が現れた。詫びるように、こちらに一礼する青年。やせ細った白い相貌に、眼鏡の似合う彼は、頑強から縁遠く、温和で理知的な雰囲気を孕んでいた。
「すみません。どうぞ、こちらへ」
出迎えてくれる彼に従って先導で部屋に入ると、中は意外に広い、奥行きのある部屋だった。右の壁側は、部屋の端から端まで長い机が占めている。その長机を、覆うように施術兵器の設計図が重なっている。お世辞にも整理されていると言い難い状況だが、その机も、エレナが座っている机の上に比べれば可愛らしいものである。
「えっと……」
床にまで散らばったエレナの周辺に目をやりながら、フェイトは窺うように、エレナと青年とを見比べる。答えたのは、青年の方だった。
「初めまして。私はディオン。こちらの方、施術兵器開発の総責任者を果たされているエレナ・フライヤ様の助手です」
「どうも~」
間延びした、やや投げやりな声をかけてくるエレナ。その彼女を、む、と睨んで、ディオンは困ったような微笑をフェイト達に向けてきた。
「えっと……。フェイト・ラインゴッドです。よろしくお願いします、ディオンさん」
「ディオンでいいですよ。私は所詮、助手の身ですので」
「……分かったよ、ディオン」
頷くフェイトに、穏やかに笑んで、ディオンはネルと、後ろの二人を見る。
「今日のご案内は、私がさせていただきますね」
言い置く彼に、アレンは頭を下げ、クリフは、おう、と頷いた。ネルは、再び読書に熱中し出したエレナを見て、微かに苦笑する。そんなネルに、何とも言えない表情を返しながら、ディオンは一同を部屋の奥へと進めた。
「こちらです」
ディオンが案内した先は、一階の倉庫のような部屋だった。天井を二階と同じ高さにしており、部屋の中央に五メートル程の砲台が置かれている。武骨、というよりは、どこか精緻な像のような、シーハーツらしいデザインの黒い砲台。
「……………………」
一同の、視線が固まった。正確にはフェイト、クリフ、アレンの視線が。
それは明らかに彼等の想像を超えたものだった。見た目に反して、重厚にして頑強なつくりを持つ砲台は、とても十六世紀程度の文明に存在していい兵器ではない。
ごく、と喉が鳴る。
フェイトは、尋ねた。
「……近くで、見せてもらってもいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
ディオンに促されたフェイトが、施術兵器の側まで歩いていった。膝を付き、構造を確かめるように施術兵器を検める。それを遠巻きに、アレンは目を細めた。傍らのクリフが、ディオンに思ったことを口にする。
「それで。一体、こいつのどこが問題なんだ?」
「装置としては、ほぼ完成しているのですが、兵器として使うには威力が少し……。だからといって今以上に出力を上げてしまうと、耐久性の面で問題が発生してしまいまして……」
「なるほど。威力を上げると壊れて、威力を下げると兵器としては使えない、か。……痛し痒しだな」
クリフが相槌を打つと、アレンも尋ねた。
「それで。現段階で連射性はどれほどのものなんだ?」
「正確に測ったわけではありませんが、一発撃つごとに充填時間として十分ほど要します」
「十分、か。……フェイト」
今だ、施術兵器を検めているフェイトに呼びかけると、彼は顔も上げずに答えた。
「はいはい。……ん~、そうだな。図面を見てないから何とも言えないけど、五分が限界ってとこじゃないか?」
「了解」
アレンが頷く。
それからしばらくしてフェイトが腰を上げた。
「あの、ディオン」
「はい?」
丸眼鏡を押し上げて、ディオンが振り返る。その彼に、フェイトは続けた。
「この兵器の設計図を見せて欲しいんだ」
「あ、はい。それでしたら、開発室へ来てください」
「分かった」
こく、と頷いて、施術兵器から離れる。
促された次の部屋は、エレナと会った部屋の、すぐ隣だった。造りとしてはアリアスの会議室に良く似ている。緑を基調とした床と天井にクリーム色の壁。そこに、施術兵器の概要が何枚も貼られている。
ディオンが差し出してきた設計図は、壁に貼られたものよりも小ぶりな、ほぼA4サイズのものだった。
「これです」
「ありがとう」
受け取って、目を落とす。
しばしの間。
す、とフェイトは顔を上げた。
「……ごめん。あと、紙と書くものをもらえるかな?」
「はい、それを使ってください」
言って、ディオンは設計図が貼られた壁の近くにある机を指す。そこに視線を向けると、羊皮紙と、シックな万年筆に似たペンが転がっていた。頷いて、フェイトは机に向き直る。
「……どうだ?」
傍らから、アレン。構わず、設計図に書き込みを入れるフェイトは、しばらくしてから顔を上げた。
「二分、かな……。これで無抵抗アルミニウムでもあれば、充填時間を置かずに連射可能になると思うんだけど……」
「無抵抗アルミニウムって何です?」
首を傾げるディオンに、フェイトは曖昧な笑みを浮かべた。
「いや、こっちの話だよ」
再び図面に向き直る。アレンが問う。
「飛距離は?」
「……ディオン、施術によって発生する力を送り込むのに使っている導線は何かな?」
フェイトはディオンを一瞥する。唐突の質問に、ディオンは慌てて答えた。
「鉄、ですが……」
「鉄か……」
呻いて、しばらく沈黙するフェイト。
と。
「あの、飛距離でしたら――」
「だいたい五十メートルが限界、でいいかな?」
今までの実務経験を踏まえて、答えようとしたディオンを制して、フェイトが尋ねる。
瞬間。
ディオンが目を瞠った。
「……図面だけで、良く分かりましたね……!」
「いや、大したことじゃないよ……」
感心したため息を吐くディオンを置いて、フェイトは設計図を机に置くなり、アレンに向き直った。
「……それで? どうするつもりなんだ?」
「施力は我々で言うところ、電気に似ているんだったな」
「え? あ、うん」
首を傾げながらもフェイトが頷くと、アレンはポケットから小さな円板を取り出した。
――ペターニでメリルに貰った、電磁スタンボムだ。
「!」
それを目にした瞬間、フェイトにも得心がいった。アレンを見上げる。
この施術兵器を、巨大なスタンボムにしよう、という提案だ。
(そうだな。確かにこの導線をこう繋げば、電磁スタンボムの力場が完成する。けど……)
これだけ砲台が大きいと電撃のさじ加減が難しい。不可能ではないが、考察が必要だ。うぅん、とフェイトが唸っていると、アレンが確認するように尋ねた。
「出来るか?」
「……まあ、やってみるよ。ただし、ちょっとだけ時間をもらえるかな? ディオンと、話を詰めたいんだ」
「了解」
頷いて、踵を返すアレン。
ただし、得心がいったのは彼等二人の間だけで、だ。クリフを初め、ディオン、ネルは不思議そうに二人を見比べている。
「おいおい。どんな感じに話がまとまったんだよ?」
「それについては追々話す。――それよりもクリフ。暇なら、フェイトが
「あん?」
「ちょ、ちょっと……! アンタ達!?」
首を傾げるクリフを連れて、アレンが部屋を出る。それを見送って、所在が無くなったのはネルだ。このまま開発室に留まるべきなのか、それとも彼等の後を追うべきなのか。
行き場を失ったように、視線を漂わせている彼女に、フェイトは声をかけた。
「ネルさんも、しばらく休んで下さいよ。……多分、今日中には終わる筈ですから」
「フェイト……」
どういう決定に決まったのか。せめてそれだけでも知りたそうに顔をしかめるネルに、くす、と微笑って、フェイトは改めてディオンに向き直った。
「じゃあ、ディオン。これからコイツを――生まれ変わらせようか」
言ったフェイトは、少しだけ悪びれた表情を浮かべた。
……………………
………………
アレン達が向かったのは、聖王国シーハーツで最大の規模を誇る、王立図書館だった。
城より少し離れた場所にあるそこは施術士を初め、多くの国民に愛用されている。
ただし、それは一部の本好きな国民にとっての話であり、根っからの体育系であるクリフには居並ぶ本棚を見るだけで、ある種、眩暈を覚えた。
「……んな所に俺を連れ出すたぁ、いい度胸じゃねぇか……」
白い石造りの建物。それをぼんやりと眺めながら、唸るようにクリフが呻く。
城と同時期に作られた建物らしかった。図書館という名義上、景観こそ違うものの、内装や庭の造りが城と酷似している。古き良き時代の集大成とも言える外観は、クリフでなければため息ものの芸術品だった。
「そう言うな。……さすがに、俺一人で見つける自信が無いんだ」
こちらを振り返り、悪態をずっとつき続けているクリフにアレンが苦笑している。クリフは眉をひそめた。
「探し物か?」
「ああ。――アミーナの、彼女の病気を治すための薬草を探している」
「アミーナ? ……おいおい、あの子の病気は、この惑星レベルの技術じゃ治らねぇ……」
「フェイトがもらった、イリスの巫女花。そしてアミーナが栽培していた花や薬草は、色や外観に差異があるものの、エクスペルのリンガ地方と植物の生態系が似ているんだ。……なら、アレがある筈だ」
「……あれ?」
「メトークス……。副作用の強い花だが、即効性の高い多年草の薬草だ。あれと同じような植物が、この国か、近隣の国に生えている筈なんだ。アレさえあれば、彼女の病気は完治する」
「おいおい、マジかよ……!」
断言するアレンに、思わずクリフが息を呑む。頷いたアレンは、それでもどこか浮かない表情だった。
「じつは……。ペターニで医師に聞いてみたんだが、この国は薬草学に明るくないらしい。だから、この図書館にある植物図鑑から割当てるつもりだ」
アレンは、じ、とクリフを見据えた。
「……フェイトが、ディオンと話を詰めている間だけでいい。手伝ってくれないか?」
神妙な面持ちになったのは、本当にメトークスと同種の花があるか分からない、ということと、あったとしても、それを見つける手がかりがほんの僅かだ、という二重の点を踏まえてだ。
クリフがやれやれと頭を掻いた。
「お前……。前から思ってたが、相当にお節介な性格だな」
「……よく言われる」
答えるアレンは、自覚が無いのか、合点の行かない表情を浮かべている。クリフは苦笑して、肩をすくめた。
「ったく、しょうがねぇな。……どうせ暇だし、やってやるよ」
「すまない」
安堵したように表情を和らげるアレンに、クリフはわざとらしくため息を吐いた。
「にしても、何でネルも呼ばなかったんだ? アイツも暇だろ?」
「彼女には今のうちに片付けて置きたい仕事があるだろう。……それに、休めるなら休んだ方がいい。どうも無理をしすぎる嫌いがあるようだしな」
「アレン。お前のそれ、なんて言うか知ってるか?」
「?」
アレンは首を傾げる。と、対峙したクリフが、神妙に声をひそめて言った。
「
「……!」
意外そうに、きょとん、と目を丸めるアレンに、クリフが重々しく頷く。その、クリフのしたり顔をしばらく見詰めて、アレンはこみ上げてくる笑いの衝動を何とか抑えて、すまない、と謝った。
「確かに。そうかもな」
「だろ?」
「ああ、確かに。俺は、フェイトや貴方に遠慮していない節がある」
「知ってるつーの!」
顔を歪めるクリフに、ふ、と微笑って、アレンは図書館に向き直った。
「では、早速探そう。クリフ」
「へいへい」
ぽりぽりと頭を掻くクリフが、図書館に入って己の決断を誤りだと確信したのは、――それから間もなくのことだ。
「んだ、この本の数はァああああああ!」
とりあえず見てくれ、と手渡された本の山。
絶叫するクリフに、アレンはただ冷ややかな視線を送ってくるだけだった。
「図書館では静かに。常識だ、クリフ」
すぅ――……っ
恐ろしく、底冷えする蒼の瞳に睨まれて、クリフは口許を引きつらせて、そういえばこの男はこういう男だった、と痛感したのだった。