本編『14.尋ねびと』以降のアーリグリフ視点。
1.ウォルター
「ぎ、ぎ……銀河連邦をご存じないっっ!?」
激しく机を叩いて、彼女は風雷兵に詰め寄った。
ウォルターの屋敷内にある取調室。のどかなカルサアの陽射しが、嵌め殺しの窓から室に降り注いでいる。
取調官と書記官の風雷兵達は、彼女のただならぬ剣幕に押されながらも、渋面を浮かべて確かに頷いた。
途端、顔面蒼白になった少女が、慌てて背を向けうずくまる。抱え込むようにして取り出したのは、この惑星には存在しえないはずの小型通信機だった。
(こ、こここここっ! コンピュータさん! こ、ココッ、い、いいっ、一体どこですかっっ!?)
彼女がガタガタと震える指でオートオペレータの指示を仰ぐ。
しばらく間を置いて、ぴぴ、という電子音が立った。検索終了の合図だ。
[惑星の名はエリクール2号星。重力0.9G、大気組成は地球に近く呼吸に問題ありません。住民は人間型。技術レベルは地球の十七世紀程度。銀河連邦が定める条例を適用すると、『未開惑星』です]
「っっっんなっっ!」
絶句と同時。彼女は勢い良く立ち上がる。
すると膝が机の脚にぶち当たって、全身に電流が走ったように力が抜け、少女――ナツメは息を殺して呻いた。
また、違う意味での絶句が洩れる。
「だ、大丈夫か?」
気遣わしげな風雷兵の声。その彼等に、大丈夫だ、と手を振ってから、ナツメは改めて姿勢良く、素早く座りなおしてみせた。
「私の言ったこと、忘れてください! お願いします!」
「それは、どういった意味かな?」
「えっと……。探し人がいるのは確かなんですけど、どうもこちらの事情で、身元は明かせないみたいで……」
「ほぅ? それは異な事じゃのぅ」
不審さしか感じさせないナツメの正直な言葉に、風雷兵たちが気色ばんでいくそのときだった。入口から老人の声が滑り込んできて、風雷兵たちが慌てて席を立つ。
「ウォルター様!」
「……?」
ナツメは二人の兵士につられて入口の戸を見やった。
入ってきたのは、声の印象と同じ六十代の男性だ。禿頭が目立つ白髪を丁寧に撫でつけ、深い皺が刻まれた顔に収まった瞳が、じ、とこちらを見据えてくる。紫色の上等なマントを羽織った老人は、見るからに好々爺の、優しい笑みを浮かべていた。
「ウォルター様……、この方が!?」
ナツメが風雷兵を見ながら、老人を凝視する。老人は、いかにも、と首を振ってきた。数々の激戦を繰りぬけて来ただけあって、不審者が目の前にいるというのに、落ち着いた物腰だ。
ナツメは表情を改めた。席を立ち、床に膝をついて深々と頭を下げる。
「お願いします。この国に落ちたと言う飛行体の、乗組員に会わせて下さい」
突然の物言いなのは彼女も分かっていた。
それでも――……
(アレンさんなら、きっと生きている筈だ……)
拳を握り締めて、ナツメは祈るように老人の言葉を待つ。
「会うて、どうするつもりじゃ?」
至極当然の問いが上から降ってきた。
ナツメは膝をついた体勢のまま、顔だけを上げた。
「共に帰ります。……私は、あの人を迎えにここまで来たんですから」
「ほぅ?」
意味深な視線を送ってくるウォルターを、じ、と見据える。老人の印象は確かに好々爺だが、瞳の深さが常人とは違う。鈍色の眼光を放つ、その瞳だけは。
ナツメは厳しい表情で押し黙った。老人という外観に惑わされてはいない。相手は相当の修練を積んだ武芸者だ。だが今は取調べの為に、腰に差した刀と剣を預けてある。
今、ここにいる兵と共に斬りかかられれば――……。
そう考えて、ナツメはきゅっと唇を引き結んだ。
(……でも。私だって、負けられません!)
ウォルターを睨み上げる。
そのときウォルターの瞳に、好奇の色が混じった。彼女と同じく老人もまた、少女の力を量っている。
(こやつ……、この状況で我等が手を出せば、返り討ちにするつもりじゃ……!)
どこにでもいる小娘に思えた。
黒髪黒目の幼い少女。だが、瞳に強い意志がある。
ウォルターは見せつけるように悠然と踵を返した。
「良かろう。……しかし彼の者達は今、この国にはおらん。情報が欲しくば、己で手に入れるが良い」
「どこかへ向かった、という情報も入ってないんですか?」
「隣国、シーハーツの兵にさらわれての。それきりじゃ」
ナツメが目を見開いた。彼女の全身を、怖気が走る。
「……っ、っ本当ですか!?」
勢い良く立ち上がっていた彼女は、一瞬で思考を回転させた。
当然だ。
いつもの、万全の状態のアレンがさらわれたのならば、心配するに値しない。だが今回は
アレンと別れた、ハイダ近くの第七深宇宙基地。
彼は重傷を負った身で、バンデーンを追ったのだ。民間人の避難と護衛に連邦が追われ、軍人の治療が後回しにされた、あのとき。
――バンデーン艦の砲台から、民間人のシャトルを庇ったあの身体で彼はナツメと別れた。
正直、普通なら生死を確かめる必要などない。
小型船の船内を紅く染め上げた出血量。そして、あのバンデーンとの戦いで、生き残った第七基地の連邦艦は一つとてない。
だが。
(アレンさんなら、きっと……。そう思ってたのに)
身体が震えた。精神統一にもう一度、拳を握って己を戒める。この目で確かめるまでは、そう自分に、また言い聞かせる。
「シーハーツ……。確かアペリス教、という宗教を統括している国ですね」
静かにつぶやく。
さらわれた。
それが未開惑星以外で起こったなら、生死不明だ。だがここが未開惑星である限り、彼等は生きたアレンに価値を見出す筈だ。死体には興味がないだろう。
ナツメはウォルターから取調官の風雷兵に視線を移し、一礼した。
「……失礼しました。私は、この国を出ます」
言って、右手をかざす。預けた刀剣を返せ、という合図だ。
戸惑う風雷兵に、ほっほ、とウォルターの笑い声がかけられた。
「……?」
それが自分に向けられたものだと察したナツメが、ウォルターを振り返る。老人は、好々爺の仮面を被ったままに言った。
「そう急くでない。我が国とシーハーツは戦争中じゃ。いま出て行った所で、おいそれと国境は越えられぬぞ?」
「……見逃しては、もらえないんですか?」
「当然じゃ。あの乗組員の仲間と言うからには、いろいろと聞いておかねばならぬことが山積みじゃからの。……ただでさえ不審者のそなたが、シーハーツのスパイという可能性も拭えまい? 故にそなたを、現時点で我が領内から出すつもりはない」
ウォルターの言葉に、ナツメが目を細めた。少女の顔が、戦士の
黒き瞳が冷える。
およそ十五、六の少女とは思えぬほどの、壮絶な鬼気である。
「……っ!」
室内に居合わせた風雷兵達が、どちらともなく息を呑んだ。身が竦んでいる。
だが、ウォルターだけは臆せず少女を見返している。
「では、私と戦いますか」
まだ得物を手にしていないのに少女の声音は酷く落ち着いており、そして、鋭い気を孕んでいた。
――
ウォルターが笑う。
これほどの剣士の原石と言わんばかりの少女を、逃すつもりはないのだ。――そして、ここで戦うつもりも。
(わしがもう二十、若ければのぅ……)
手合わせるには老い過ぎた自分に苦笑しながら、ナツメを見る。彼女はわずかに腰を落としていた。
「だからそう急くでない。近頃の若者は、せっかちでいかんの」
「……どういうつもりです?」
抑えたナツメの声。気を和らげたのではなく、隠したのだ。
つまり
(その若さで……!)
ますます興味が湧く。
ウォルターは、好奇の笑みを消そうともしなかった。
「我等も彼の者達の追跡を全力で行っておる。……どうじゃ? お主、兵になってみぬか?」
「なっ!?」
がた、と取調官と書記官の風雷達が立ち上がった。
彼等の反応を尻目に、ナツメはウォルターを、じ、と見ている。用心深い眼差しだ。
ウォルターが続けた。
「兵になれば、シーハーツの情報は自ずと手に入る。そして、主の活躍次第では彼の国を自由に行き来することも可能になるじゃろう。……闇雲に一人で捜すより、組織力を手に入れた方が効率的じゃと思うがの?」
「……………………」
腰溜めに構えた彼女の体勢は、まだ変わらない。
だが――……。
「分かりました」
しばらくの逡巡の後。ナツメは構えを解いた。取調室に籠もっていた剣気が晴れていく。少女の頬が緩んだ。
「全面的に信頼できる内容ではありませんが、その話、乗ります。……しかし、約束を違えた時は容赦しませんよ」
「ほっほ。それでよい」
頷くウォルターに、ナツメは安堵したように笑い返した。そうしていると、ナツメはやはり、あどけなさを残した十五、六の少女に過ぎない。
見慣れぬ軍靴の踵を揃えて、ナツメは敬礼する。
「では、これからよろしくお願い致します。ウォルター様! 私はナツメ・D・アンカースと申します!」