連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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4.修練場での日々

 疾風が本拠地を構える王都、アーリグリフは今日も雪だった。

 仕事に没頭するあまり、食事すら忘れる王は相変わらず、今日も執務室に缶詰だ。

 そして、疾風団長室に篭もったヴォックスもまた、シーハーツの現状を報せる報告書に鋭い視線を落としていた。

 戦争の中の、日常。

 ぴりぴりと空気は張り詰まっているが、それでも緊迫とまでは行かない、そんなひと時の事だ。コンコンと団長室をノックしてくる者がいた。

 

「入れ」

 

 短く応える。すると、失礼します、と言い置いて、30半ばの疾風兵が部屋に入ってきた。知った顔、というより、馴染みだった。

 幼い頃から忠実に自分に仕える男、シュワイマー。

 

「ヴォックス様」

 

 眼球だけを動かして、話の催促をするヴォックスに、シュワイマーは礼儀正しく一礼すると、利発そうな顔を上げて、報告を続けた。

 

「ベクレル山道に賊が現れたようです。被害者は重装騎士団漆黒のシェルビー副団長。何でも負傷されたとの事で、現在、城内で治療を受けられています」

 

「――何?」

 

 書面から完全に目を離して、ヴォックスがシュワイマーの顔を見る。と、ヴォックスは片手に持った報告書を執務机に置いた。

 

「……それで。状況を詳しく聞かせろ」

 

 立ち上がって、シュワイマーの傍らに歩み寄るヴォックスに、シュワイマーは、はっ、と歯切れ良く返事を返すと、精密機械のように正確に、起こった事象を述べ始めた。

 

「賊は二十名。いずれも腕の立つ者ばかりで、シェルビー副団長をあわやのところに追い詰めたのですが、エアードラゴンに乗った女が突如現れ、その賊、全てを斬り伏せたそうです。――そして女が乗っていたエアードラゴンが、我等が王、アーリグリフ十三世陛下の飛竜、オッドアイだと聞いております」

 

 ヴォックスが、目を細める。小さく、そうか、と呟いた彼は、シュワイマーの肩をトンと叩いて、執務机に寄りかかった。

 

「ご苦労だった。もう下がるが良い」

 

「はっ!」

 

 深々とかしづくシュワイマーを視界の端に、ヴォックスは窓を見やる。今日も雪深そうな、厚い曇空だ。

 

(……フン、奴らめ。しくじりおったか……)

 

 空を見上げ、ヴォックスは両腕を組みながら、つぶやいた。

 

「今宵は、空が荒れようぞ」

 

 

 

 ………………

 

 

 

 カルサア修練場、牢獄練。

 最上階の闘技場に程近い調理場で、ナツメは気難しい表情で彼女を見ていた。

 漆黒の給仕班、団員のアイドル、マユを。

 

「………………」

 

 漆黒に入団して二日。

 初めて訪れた調理場で、一体どんな料理が待ち構えているのか。楽しみにしていた矢先のことだ。

 額に浮かぶ、冷ややかな汗。

 マユを見つめるナツメの表情は、誰がどう見ても蒼白に歪んでいる。ごとり、と鳴った喉が、いかにも彼女の心境を物語っているようだ。

 

「…………マユさん」

 

 意を決して、ナツメは唇を動かした。鼻歌混じりに鍋をかき混ぜていたマユが、嬉しそうに振り返る。

 

「なぁに? ナツメちゃん」

 

「……いえ」

 

 そのあまりの喜色満面に、ナツメは言葉を濁して押し黙った。

 

 そもそも、ことの始まりが自分にあったからだ。

 

 

 

 一時間ほど前。

 初めて修練場に入ったナツメは、三階から漂ってきた美味しそうな香りにつられて、調理場に辿り着いた。

 

(あぁ~……! 美味しそうですね~! この先では一体何が……)

 

 うきうきしながら戸を開けると、給仕係のマユがいた。

 

「あら?」

 

 首をかしげる彼女と目があって、ナツメはにっこりと笑った。

 

「はじめまして。私、ナツメと申します! ――お給仕の方でいらっしゃいますか?」

 

「……ああ! 最近、入団されたっていうウォルター様の!」

 

 ぽん、と合点して頷くマユ。

 それに満足げに頷き返して、ナツメは腹の辺りをさすった。

 

「そうです! ――それで、少しお腹が空いてしまって……。今、何を作ってらっしゃるんですか?」

 

 コトコトと音を立てる鍋に目をやる。蓋がしてあったので、中は見えなかった。

 

「ゴールデンカレーですよ」

 

「ゴールデンカレー?」

 

「ええ。最近、カレーに飽きてきたって兵士の皆さんが言うので、それならば究極のカレー、ゴールデンカレーを作ろうと思って……!」

 

「へぇ。ゴールデンカレーですか……。なんだか美味しそうですね!」

 

「でしょう?」

 

「はい! ……ところで、えっと……」

 

「マユです!」

 

「マユさんは、お一人でお給仕を?」

 

「いいえ! 今、母が買い出しに出かけていて……。だから、今のうちに料理の研究をしてるんですよ!」

 

「お母様がいらっしゃると、どうしてダメなんです?」

 

「料理に失敗すると、お母さん、すごく怒るんですよ! 食材を無駄遣いするなって」

 

「ああ、なるほど。ということは、作品が出来上がった場合、試食する人間が一人もいないんですね?」

 

「……そうなんです。残念ながら」

 

 そそ、と目元にハンカチを当てるマユに、ナツメは、ぱ、と表情を輝かせた。どん、と胸を叩いて言い切る。

 

「任せてください! オフィーリア様の下で鍛え上げられたこの味覚! ウォルター様をも、うならせるほどなんですから!」

 

「本当ですか!?」

 

「はい!」

 

 そうして頷いた彼女は、うきうきと調理を再開し始めたマユの背を見つめて――……、現在に至るわけである。

 途中。

 

(えっ!? もう煮立っているのに、キャベツ入れるんですか!?)

 

(鶏肉と魚肉の共存!? そ、それはちょっと……!!)

 

 などと、一人胸中で騒ぎながら。

 

「はい! 完成で~す!」

 

 額の汗を嬉しそうに拭いながら、マユはそれ(・・)を皿に盛り付けた。

 なんだか妙に青臭い、通称「まずいシチュー」を。

 

 ナツメの頬を伝っていた汗が、静かに零れ落ちた。

 

 

 

 カルサア修練場、訓練施設。

 砦に残った兵達が、日課の組み手で汗を流しているときのことだった。

 いつも通り、団長室から大股で通路を歩くアルベルが、適当な兵に声をかけた。

 

「おい」

 

「はっ!」

 

 大剣を持つ手を止めて、呼ばれた兵が振り返る。その彼に向けて、アルベルは端的に言い放った。

 

「最近入ってきたあの阿呆を、俺の部屋に連れてこい。今すぐだ」

 

「……はっ!」

 

 失礼します、と言い置いて、兵が去っていく。

 その背を何気なく見据えて、アルベルは鼻を鳴らした。来た道を早くも戻る。

 

「……ふん」

 

 その背を、意外なものを見るように漆黒兵達が見据えていたが、アルベルは気付かなかった。

 

 ――それは団員呼び出しなど今まで一度もしたことのなかった彼に対する、好奇の眼差しだ。

 

 他人の視線など歯牙にもかけないアルベルは、つまらなそうに一枚の紙片を睨む。

 書簡は、アーリグリフ王からのもの。

 ナツメの初陣を促す内容だった。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 この世に救いの神が居たことを、ナツメは初めて知る。

 カルサア修練場、牢獄練。

 気合だけでかきこんだ、まずいシチューを平らげたときのことだ。

 

「どう!? お味のほうは?」

 

 突き抜けるような刺激に耐えていた。悪意の無いマユの笑顔が、ナツメには痛いほど眩しい。ぐらりと倒れかけた頭を、理性を総動員させてナツメは微笑う。

 いつも通りの笑顔で。

 

「おいしゅうございましたよ」

 

 ただし、彼女の顔色は青かった。そして――

 

「本当!? じゃあ、おかわり、ついであげますね!」

 

 颯爽とマユが空になった皿に、シチューを盛ってくれる。ナツメはにこにこと青い顔でそのさまを見つめて、今度こそ、ぐらり、と頭が傾ぐのを感じた。

 

 ――げふぅっ!?

 

 だが。ここで引くわけにはいかない。

 胸中でこぼれた悲鳴を、ナツメは頭を振って追い払う。

 

(そう! 曲がりなりにも私の方からっ、食べさせてくださいとお願いしたのだから……!)

 

 笑顔を貼り付けながら、ごとりと覚悟の喉を鳴らす。引くに引けないこの状況を、打破することだけ考える。

 

(……打破?)

 

 ぴく、と頭の端にかかった単語に疑問を持ちながら、そ、と皿ではなく寸胴鍋を見るナツメ。

 つまり、この状況の打破とは――

 

 すなわち、あの鍋をすべて平らげる。

 

 体がもつか否かは、運次第だろう。

 ナツメの頭に重い衝撃がのしかかる。

 その時だった。

 調理場の扉が開かれたのは。

 

「マユちゃん! あの新人がどこにいるのか知らないか!?」

 

 軽く息を切らしながら走ってきたのは、歳若い漆黒兵だった。ナツメがまだ知らない顔だ。――いや、知っている顔など数えるほどもないが。

 

「あの新人?」

 

 首をかしげるマユを置いて、ナツメは席を立つ。

 

「どうかなさったんですか?」

 

 スプーンを持ったままだったのは、彼女の決意の表れだろう。だがそれは、漆黒の美青年には、あまり良い印象を与えなかった。

 

「……こんなところで何をやっているんだ? 君は?」

 

 修練場を駆け回った所為か、彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。その彼に、ナツメは神妙な面持ちで頷いて見せた。

 

「試食です」

 

 達観したように、きっぱりと。

 それを聞いた彼の方はふとナツメの手元に見やって――いかにもまずそうなそれに、ぎょ、と目を見開いた。

 ナツメの顔色と皿を、もう一度、呆然と見比べてくる。

 

 こくり……、

 

 ナツメが静かに頷くと、彼は何か悟ったように押し黙った。そのまま、無言で見合う。

 

「…………………」

 

 おそらく、彼にも経験があるのだろう。だからこそ多くの言葉は必要ない。

 ただ、今にも土気色に変色しそうなナツメの顔が、まるで何事も無かったかのように微笑んでいるのを見て、彼は声にもならない拍手喝さいを心の中で起こした。

 そして、頷く。

 いかにも、おもむろに。

 

「どうかしたんですか、二人とも? さっきから黙ってますけど?」

 

 不思議そうに、首をかしげるマユ。その彼女に、二人は同時に答えた。

 

「いえ。なんでも」

 

 改めてスプーンを置いたナツメは、す、と笑顔を消すと、やはり青白い顔で彼を見た。

 

「それで。何か御用がお有りだったのでは?」

 

「あ、ああ!」

 

 それを受けて、彼は当初の目的を思い出した。

 ナツメを見る。

 

「アルベル様がお呼びだ。至急、団長室に来いと」

 

「……団長室、ですか?」

 

 合点の行かない表情で首をかしげる彼女に、漆黒兵は小さく頷いた。

 

「心配ない。私が送ろう」

 

「ありがとうございます。――すみません、マユさん。残りは必ず食べますから」

 

 言って、マユにも頭を下げる。

 

「こっちだ」

 

 先行する彼の後に続いて、ナツメは調理場を出る。

 呼びに来た兵にそれほど緊迫感が伴っていないことから、さほど重要な用件ではないのかもしれない。

 そう胸中でつぶやきながら。

 二人の背を、呆然と見つめて――マユは、ぽつり、とつぶやいた。

 

「……母が帰ってきちゃったら、終わりなんですけど……」

 

 途方にくれた彼女は一人、鍋のシチューを見据えて、がくり、と肩を落とした。

 出来上がったまずいシチューを、その後、彼女がどうやって始末したのか。

 ナツメは知らない。

 

 ただ――……。

 

 調理場を出た彼女(ナツメ)は、ぐ、と呻いて腹を抱え込むと

 

「団長の用事が終わりましたらば、お手洗いにも案内お願いします……」

 

 今にも死にそうな声でつぶやいて、冷や汗を流しながら足を動かした。

 そんな彼女を見つめて、漆黒兵は頷いた。彼女の勇姿をたたえて。

 

 アルベルの、遅い、という叱責を覚悟して。

 

 二人は、修練場の廊下を走り抜けた。

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