連邦軍人とフェイトくんの旅。   作:ばんどう

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5.ヴォックスとの邂逅

「遅ぇ!」

 

 開口一番の罵倒と共に、鋭い眼差しを向けられながら、ナツメは直立不動からきっちり九十度、腰を曲げて深々と頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません! ここまで保つと思ったのですが、予想以上にアレ(・・)の作用が強く、少々お手洗いのほうに――……」

 

「あ?」

 

 不審げに眉をしかめるアルベルに、ナツメは慌てて首を振り、もう一度、頭を下げ直した。

 

「いえ! なんでもありません! ――申し訳ありませんでした!」

 

「……ふん」

 

 納得はしていないが、あまり興味が無かったのか。

 小さく鼻を鳴らして、アルベルは改めて、ナツメを睨み据えた。

 

「王からの勅命だ。これから都に向かえ」

 

「王都に、ですか?」

 

 首を傾げる彼女にアルベルは構わない。

 

「分かったらさっさと行け、阿呆。疑問なら直接王にでも聞くんだな」

 

「はぁ……」

 

 やはり合点の行かない表情で首を傾げながら、彼女はアルベルに一礼して、踵を返す。

 団長室を出ると、彼女は、す、と細い顎に手を当てた。

 

「……王都……」

 

 先日、そこからやってきたばかりだ。用があるなら、その時に告げれば良さそうなものだが、勅命と言うからには重要な任務があるのだろう。否。現時点では、国王直々の小手調べといったところか。

 

(それとも、この間オッドアイさんと見つけた怪我人の具合が良くなったんでしょうかね?)

 

 詳しい事情は知らないが、オッドアイと共に、行き倒れの男をアーリグリフ王都に連れて帰ったあの日、城の兵達が騒然とした。よほど、行き倒れの男が有名であるのは分かったが、アーリグリフに来たばかりのナツメにはさっぱり事情が飲み込めない。

 

(……それに。あの人が名のある兵士だったとして、そんな方が賊に襲われるなんて事もないでしょうしね)

 

 第一、ナツメが助けたあの時、彼は一人だったのだ。

 あのアルベルでさえ、修練場から城に向かうときは付き人を従えているのだから、あの男が有名な兵士という可能性は、ナツメの中で希薄だった。

 それ故に分からない。

 王都に自分を呼ぶ国王の真意が。

 

(まあ、ともかく行きましょうか)

 

 こく、と一つ頷いて。

 早速、ナツメは、王都へ向かうべく修練場をあとにした。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 

 

 

 王都、アーリグリフ。

 降雪で白く染まった街を見下ろしながら、ヴォックスは傍らにいる王を睨むように見据えた。

 

「正気でございますか、王!? 女を兵にするなど!」

 

 場所は王都を見下ろせる高台、物見の塔。

 今は千里眼を持つ亜人の兵が二名、それぞれ東西に配備されている。シーハーツだけでなく、王都に近づく人の出入りを全て把握させるためだ。

 人払いはしても、この見張りの二人だけは外さなかった。

 そんな慎重な人物である疾風団長ヴォックスを真正面から見据えて、国主アルゼイは、ニッと口端を吊り上げる。

 

「そうだ。あれは役に立つ。お前の了承さえ得られれば、戦場にとて立たせるつもりだ」

 

「何を馬鹿な! シーハーツの間者(スパイ)の疑惑は晴れておられないのでしょう? ならば、拷問にかけて相手の真意を探るべきです!」

 

 相変わらず、不穏分子は使うつもりはない、と断言するヴォックスに、アルゼイは苦笑する。

 しんしんと降る雪が、あの少女のまっすぐな眼差しを思わせた。

 穢れを知らない、純粋な白。

 そこに闇の残光を刻んだ、あの少女の戦う姿を。

 

「ヴォックス。お前は剣技に見惚れたことはあるか?」

 

「は?」

 

 はた、と動きを止めるヴォックス。

 すると彼は数秒間、視線を空にやって、それから小さく頷いた。

 

「……お恥ずかしながら、一度だけ」

 

「グラオか?」

 

「……………………」

 

 問うアルゼイに、沈黙のまま頷くヴォックス。その彼に頷き返して、アルゼイは王都を見下ろした。

 今日も厳しい寒さが続く、我が国を。

 

「俺もだ。アルベルの奴も力を付けてきたが、あれの剣技に張り合うには、少なくともあと二年は必要だろう。――何しろ、あの腕だ」

 

 僅かに、目を伏せるアルゼイ。その横顔を真顔で見据えて、ヴォックスは、じ、と次の言葉を待った。

 アルゼイの視線が上がる。

 

「だが。俺はグラオとウォルターの試合を見た、あの時以上の感動を彼女に感じた。実力というより、あの瞳に。何か、固い意志のようなモノを感じたのだ。まだ十五になるかならぬかの少女に、な」

 

 言って、お前にも見せてやりたかった、と笑いかけるアルゼイ。その瞳に猜疑の色は無い。ヴォックスは、心中でため息を吐いた。

 

「ならば余計、放置しておくのは危険ではありませぬか! 老の薦めとおっしゃるが、素性の程は王も良く聞いておられぬのでしょう」

 

「だから、お前にも一度会わせたいのだ。俺が感じたほんの一部でも、お前が共感出来れば、それで納得がいくだろう?」

 

「手緩い事を!」

 

 吐き捨てるヴォックス。

 聞く耳は、分かっていたが、最初からなかったようだ。

 

「国王様!」

 

 と。

 見張り役の兵が、アルゼイとヴォックスに向かって頭を下げてきた。

 ナツメが到着したらしい。

 

「噂をすれば、というやつだな。行くぞ」

 

 ともかくついて来い、と言うアルゼイに、心中、顔をしかめながらもヴォックスは続く。

 階下に行くと、入り口の門番と何やら話している少女が、目に付いた。噂通り、黒髪黒目の小柄な少女。入団試験に合格したからか、漆黒の甲冑を几帳面に着こなしている。

 

「ん?」

 

 その少女の腰には、およそ小柄な体格には相応しくない、二振りの剣があった。

 正確には、剣と刀が。

 

「あ! どうも初めまして! 疾風団長のヴォックス様ですね?」

 

 と。

 少女がこちらに気付いて、パッと表情を輝かせた。タタッと軽い足取りで走り寄って来た彼女は、ヴォックスの前で足を止めて、ぺこりと頭を下げる。

 

「失礼致します。私、この度アーリグリフ軍として務めることになりました、ナツメ・D・アンカースと申します」

 

 言って、顔を上げた彼女は、人懐こそうな笑みを浮かべる。

 とてもあのアルベルと張り合ったとは思えないような、無害な笑みを。

 

「お前が?」

 

 つぶやいたヴォックスの眉間が、ぐっとしかめられた。

 いかにも怪しい。

 あまりに殺気が無いだけに、余計。

 そう胸中でつぶやく彼を置いて、はい、と歯切れ良く答えるナツメ。そして、す、と表情を改めた彼女は、視線をアルゼイに向けた。

 

「それで国王様。勅令との仰せでございましたが、私はこれからどうすれば?」

 

 表情を引き締めた彼女は、笑顔のときより少し利発そうに見える。

 観察するヴォックスに、アルゼイは一瞥くれて、それからナツメに頷いた。

 

「お前にはまず、我等の食糧難を何とかしてもらわねばならん。これよりカルサア山道に赴き、シーハーツの物資を強奪せよ」

 

 厳かに言い放つアルゼイに、ナツメは目を細めた。

 

「……盗み、ですか」

 

「兵糧は我が国の死活問題でな。主要都市にはまだそこまでの影響は出ていないが、それも戦況によっては分からん。今から作物が実るのを待つ時間も人も無い。ならば、すでに存在するモノを奪うしかないのだ」

 

「……………………」

 

「これもアリアスを陥落させるまでの辛抱だ。引き受けてくれるな?」

 

 うつむくナツメに、淡々と告げるアルゼイ。

 数秒の間。

 ナツメは、ぐ、と拳を握り締めた。

 

「分かりました」

 

 顔を上げた彼女は、挑むような視線をアルゼイに向ける。

 

「ですが、やるのは一度きりです。それで決着します」

 

「……ほぅ?」

 

 アルゼイが興味深そうに眉を上げる。

 踵を返した彼女は、颯爽と城外へと歩き始めていた。

 

「待て」

 

 ヴォックスがその背を呼び止めた。こちらを振り返るナツメは、人畜無害そうなきょとんとした顔をしている。ヴォックスが不快気に顔をしかめた。

 

「お前が物資を強奪している間、護衛隊の隊長としてシェルビーを抜擢した。必要ないとは思うが、万一、護衛隊がやられるような事があっても、お前は物資を持って帰還せよ。何があろうと、な」

 

 重々しく言い放つヴォックスに、ナツメの表情が引き締まる。

 何かを押し殺したような彼女の表情は、確かに王が言うように何か、不思議なものを孕んでいるように見えた。

 

「……分かりました」

 

 頷いて、今度こそ城を出る少女。

 その彼女を見送って、ヴォックスは低く、つぶやいた。

 

「……王。奴の動向を見張る者として、疾風からも二、三人。出動致しますぞ」

 

「いいだろう」

 

 頷くアルゼイを横目に、ヴォックスもナツメとは別方向に踵を返す。

 彼の中で、パズルのピースがはまった様な気がした。

 アルベルと互角に戦ったという噂の女。

 

(奴がオッドアイの力を借りた者か……)

 

 あの一瞬、ナツメが戦士の(それ)をしなければ、絶対に気付かなかったであろう、彼女の真の姿に、に、と口端を吊り上げる。

 かつかつ、と床を叩く軍靴の音が、冷たく、アーリグリフ城に響き渡った。

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